ニューロサイエンスとマーケティングの間 - Between Neuroscience and Marketing

安宅和人: 脳神経科学とマーケティングの間に棲息

ファイト新聞と箱根の記録


GXR, 35/1.4 Nokton Classic, 気仙沼の避難所生活を送る子供達の有志が自発的に作り、多くの人を励まし支えた、ファイト新聞編集部の看板 (歴史的遺産として保存が決定)

昨日、一昨日と、箱根駅伝があった。ご覧になった方も多いのではないかと思う。

去年の柏原の走りがあまりにも鮮烈だったため、駅伝そのものにはさして造詣のない僕もご多分に漏れず見た。すると、最初の最初から東洋大が強い。あまりにも強い姿に圧倒されたまま、ゲームセット。

東洋大の圧勝、見事というほかはない。データ放送のおかげで、過去と比べてもどれだけ異様なスピードで走っているかはリアルタイムでよく分かった。

今振り返って、記録を丁寧に見てみると、第一回の大正9年は15時間という悠長な時代。何しろ優勝校が東京高等師範学校(東京高師)だ。

8回目(昭和2年)までは14時間台の戦いが続き、それ以降は13時間台の競争。で、徐々に早くなるものの、私が生まれるまだ前の昭和35年(第36回)にようやく11時間台の戦いに突入。そこから40年以上に渡り、駅伝は11時間台、という時代が続く。

この11時間の壁をこれまで打ち破ったのは、わずかに二回。平成六年(70回)の山梨学院大10時間59分13秒と、昨年(87回)の早稲田10時間59分51秒だけだ。*1

それを大幅に上回った、今回の記録、目で見て実感してみようと思い、上のリンクのサイトからデータを頂き、プロットしてみた。


(クリックすると拡大します)

これがなかなか面白い。

圧倒的な改善があったのは、昭和の初め。2時間近く詰まっている。ここで何があったのだろうか、と考えるのはなかなか面白い。モボ、モガの直後の時代、支那事変が昭和12年なので、この段階では日本はまだいい時代だったのだろう。そういえば、今の朝の連続テレビ小説カーネーションの舞台が平和だった初めの時代がこの頃だ。

明らかに悪化するのが、昭和18年から24年までの開催が何度も取りやめられている戦争末期*2、そして終戦直後の時代。どれだけ栄養状態が悪かったのかよく分かる。当時幼少期だった、自分の親の世代が、我々の世代より明らかに背が低いことからもわかっていたことだが、この数字を見てもしみじみと実感する。

戦前並みの12時間半に戻るのが、朝鮮戦争勃発の昭和25年(1950年、26回)。我が国の復興が、隣国の災難のタイミングでシンクロしていることが、こんな数字からも分かる。

その後、経済の発展、高度成長、結果としての栄養状態の改善を反映するかのごとく、継続的にタイムは改善。中でも二度の大きなタイムのレベルが変わったタイミングがあることに気付く。

昭和39-41年(40-42回)と、昭和58-59年(59-60回)だ。

昭和39年と言っても多くの方は、ピンとこないかもしれない。これは1964年、東京オリンピックの年だ。先進国の仲間入りを果たすこの平和の式典に向け、数年前から、激しくスポーツの発揚、国内でのシューズやウェアなどの改善が大きく行われていたことは容易に想像がつく。年始に行われるこの駅伝がおそらくオリンピックの長距離やマラソンの選考会もかねていたのではないかと推測する。

昭和58-59年となると僕の中高時代であるが、ユーミンダンデライオン、達郎が高気圧ガールをうたっていたこの時代、スポーツで記憶にあるのは正直、1984年(昭和59年)のロス五輪ぐらいしかない。確かに楽しい時代の楽しい祭典だったが*3、ここで20分以上タイムが縮まったのはどうしてなのだろう?よく分からない。

このあたり、今回も箱根の解説をしていた瀬古さん*4や宗兄弟がマラソンで大活躍していたと記憶するが、駅伝でこれだけの改善があると言うのはちょっと??だ。だれか陸上に詳しい人、是非教えてほしいなー。と思ってもう一度詳細を見てみると、58年はあの谷口浩美日体大のエースとして出て区間新を出している!

ただ、上のグラフで明らかな通り、これ以降は、日本人の栄養状態も、体型的にも改善が止まり、記録はほとんど横ばいに入る。そんな中で、たとえ昨年の21秒差の準優勝がどれだけ悔しかったとしても、8分15秒も記録を縮めた今回の東洋大チームは本当に称賛に値する。

中でも福島出身で「僕が苦しいのはたったの一時間ちょっと。福島の皆さんに比べれば、全然きつくはありません」と言い切った柏原竜二の言葉には、思わず涙した。選手達、一人一人におめでとうの言葉とともに、我々に力強い新年をくれてありがとうと、ウェブの隅っこから伝えたい。

なんとも日本的なスポーツであるが故に、大変な注目を集める駅伝。…今回は、リアルタイムで、色々なデータを見ることで、ちょっと新しい気づきを得、テレビもようやくデジタルなんだな、を実感。

冒頭のファイト新聞の子供達が、大きくなり、この駅伝の話を聞く時、何をどう思うだろう?

そんな彼らに少しでも、意味のある未来を残せたらと思う。

*1:昨日のテレビ解説者によると新コースでは昨年の早稲田だけ

*2:S16,17,19-21は開催されていない

*3:とはいっても冷戦のためソ連や東側諸国がボイコットしたのは今も記憶に鮮やか

*4:区間新記録間違いないです」などと相当前から発言しておきながら、フタを開けてみると、ギリギリ3秒上回るだけなど、ちょっと踏み込み、いい切りがすごくて面白かった。スターだから許される?笑。

本の目次を入手しました


本の目次、おおむね入手しました。

下に見る通り、最初に根源的な考え方を共有した上で、イシュードリブンな知的生産の方法を元々のブログエントリの流れに沿って、一つ一つ解説しています。

で、その中では、出来る限り表層的なhowではなく、実際にどういう風に考えたら、困った時に打開の糸口をつかめるか、的な話、そもそも根源的なこととして何を押さえて考えるべきかを中心に書きました。関連する基礎的な考えはコラムなどで説明していますが、この本は、ツール類を説明する本ではないので(それらは必要に応じて使うだけの道具)、あくまでおまけ的な扱いです。

イシュー分析(イシューアナリシス)については、これまで、少なくとも研究もふくめて想定して、この国でちゃんと語られたことがあるとは思えないため、これからの日本、世界を担う人たちのお役に立てばと思いつつ、いきなり経験のない人に対しては、ちょっとtoo muchかなー、ぐらいまで書きました(仮説ドリブンについての2章と3章)。

どこかで習ったはいいが、本当のところ何がなんだか全然、本質がつかめない感じの人にも参考になると思います。また、ところどころに僕が仕事において何を大切だと思っているか的な話も入れました。

端的かつeasyな答えを求める人には、??かもしれませんが、しっかりと自分の頭で噛みしめながら前に進んでいく人には、いろいろ楽しんだり、一緒に考えて頂ける本であって欲しいと思っています。

ではでは、取り急ぎ、ご参考までに。: )


ps. 早く普通のブログエントリを書きたいです、、。



Leica M7, 50mm C-Sonnar F1.5, PN400N @ Old Parsonage Hotel, Oxford, England

-

はじめに 優れた知的生産に共通すること 

■序 章 この本の考え方―脱「犬の道」
常識を捨てる 
 バリューのある仕事とは何か
 踏み込んではならない「犬の道」
 「圧倒的に生産性の高い人」のアプローチ
 「根性」に逃げるな

コラム:「噛みしめる」ことを大切にしよう

■第1章 イシュードリブン―「解く」前に「見極める」
イシューを見極める
仮説を立てる 
 「スタンスをとる」ことが肝要
 何はともあれ「言葉」にする
 言葉で表現するときのポイント

よいイシューの3条件

イシュー特定のための情報収集

イシュー特定の5つのアプローチ 

■第2章 仮説ドリブン(1)―イシューを分解し、ストーリーラインを組み立てる
イシュー分析とは何か 
【ステップ1】イシューを分解する 

【ステップ2】ストーリーラインを組み立てる 

コラム:MECEとフレームワーク

■第3章 仮説ドリブン(2)―ストーリーを絵コンテにする
絵コンテとは何か 
【ステップ1】軸を整理する 

【ステップ2】イメージを具体化する 

【ステップ3】方法を明示する 

コラム:知覚の特徴から見た分析の本質 

■第4章 アウトプットドリブン―実際の分析を進める
アウトプットを生み出すとは

トラブルをさばく 

軽快に答えを出す 

■第5章 メッセージドリブン―「伝えるもの」をまとめる
「本質的」「シンプル」を実現する 

ストーリーラインを磨き込む 

チャートを磨き込む 

コラム:「コンプリートワーク」をしよう 

おわりに 「毎日の小さな成功」からはじめよう 



関連エントリ

イシューからはじめよ―知的生産の「シンプルな本質」

イシューからはじめよ―知的生産の「シンプルな本質」

-

ps. このエントリに限らず、写真にもスターなど頂けたりするととてもうれしいです。また、よろしければ下のリンクをクリックして頂けると幸いです。

本の予約受付が始まりました


Leica M7, 50mm C-Sonnar F1.5, RDPIII @London, England

読者諸兄姉(みなさま)、こんにちは。

いかがおすごしでしょうか。

本については、火曜についに校了し、一段落しました。

校了と突然聞くと、これまで単なる原稿のやり取りで、なんとなく出版自体が、現実感のない話だったのですが、本当に世の中に受け入れてもらえるんだろうか、とこの数日、ちょっとしたストレスです。(苦笑)

-

で、すでにAmazonに登録してあります、と編集者さんが言うので、見てみると、載っているばかりか、すでに予約受付が始まっているじゃないですか、、、。

うう。そんなの聞いていない、、、。

本の後付けには、12月11日に第一版、第一刷と書いてあったので、僕はもうてっきり、まあひと月ぐらい「待ち」かなーと思っていたのですが、もうそんなこと言っていられないので、腹をくくることにしました。

-

僕の最も大切な読者である、このブログに来て頂いている皆様にはあらかじめいくつかお伝えしておいた方が良いと思うので、このエントリを書いています。


1.自己紹介

本来、このブログの何気ないエントリから始まった話なので、kaz_atakaのハンドル名のまま本を出した方が色々楽だなーと思っていたのですが、

「それではただでさえ内容的に本格的な本であり、売りようがない!」

という編集者さんのご指摘もあり、ひとしきり考え、リアルネームで出すことにしました。現在の所属などについても、出来る限り開示してほしい、ということで、職場の了解を得て載せることにしました。

もともと、このハンドル名もほとんど実名に近い上、このブログでも自分のことをそれほど隠しているわけではないので、恐らく、大きな驚きはないかと思いますが、状況、ご理解いただければ幸いです。

ただ、とはいうものの、それはそれとして、このブログにおける自分がいるのも事実であり、自分が現在行っている活動と本の内容は一切関係がないので、このブログは当面、このまま、これまで通り続けられたらなー、と思っています。その辺りの誤解が読者の皆様に起きないことを願っています。


2. 帯に書いてある言葉

このブログの、特に古くからの読者の方であれば、良くご存知かと思いますが、僕自身は「脳科学」という言葉が相当に問題のある言葉ではないかと思っています。

ただ、出版側では、僕がこれまでブログで書いてきたような「脳・神経科学」「脳神経科学」あるいは「ニューロサイエンス」という言葉では、帯のキャッチーさが足りない、そもそも字数が足りない、そんな違い誰も分かっていない、というご判断で(うう)、抵抗はしましたが、確かにリスクを取って販売されるのは出版社さんなので「脳科学」という言葉が入っています。

他のキャッチコピーも、同様に出版のリスクを取られる出版社側のご判断で入っています。ご理解いただければ幸いです。(色々勉強になりました。)


3. 内容のトーン

こちら、一応、独立した書物ということで、若干、このブログとは異なるトーンで書いています。どちらかというと、僕が、これまでの仕事の中で、自分が学んできた知恵を、自分の直接知っている、周りの若い人たちに伝承する、そういう感じで書いていますので、もしかすると少し、その辺りの微妙な違いを感じられる人がいらっしゃるかもしれません。(ただ、それほど大きくは多分違わないと思います。)

こちらについては、そういう感じのものだ、と理解して頂ければ幸いです。


4. 写真

はじめは、このブログと同様に僕の大好きな「写真」をちりばめた、軽いエッセー的なものを想定して作り始めたのですが、どうも内容がそういう感じではなくなってきてしまったということで、ある種、心残りではありますが、写真は入っていません、、。(代わりに相当量の図表が入っています。)


5.目次

本当はもっと細かいちゃんとした目次があるのですが、とりあえず登録されたということで、まだ、それが載っていません。本当に言いたいこと、伝えるべきことは、序章までに書き、これまで頂いてきたご要望である、個別論を、1章以下になるべく表層的なhowにおちいらないように願いつつ、書いています。

詳細な目次については、おそらくそれほど遠くなく反映されると思っていますが、ここに載せられるようになったら載せますね。

-

で、問題の本のタイトルとリンクは、以下の通りです。

『イシューからはじめよ - 知的生産の「シンプルな本質」』

イシューからはじめよ―知的生産の「シンプルな本質」

イシューからはじめよ―知的生産の「シンプルな本質」

実は、最後の最後まで「はじめにイシューありき」という、僕の長年の愛用の語句(一緒に仕事をしてきた人ならおなじみ)というタイトルで書いてきたのですが、この内容で、このような文語調のタイトルでは取っ付きにくすぎる。これが聖書の有名な言葉(はじめにロゴスありき)から来ていること自体が、ほとんどの人には理解されない、と言われ、泣く泣く断念しました。

余談はさておき、少しでも多くの人に役立つ内容と思って頂ければうれしいですが、これだけはもうよく分からないので、あとは祈るばかりです。レビューなども前向きなコメントが集まってほしいですが、これもあとは祈るばかり。人事を尽くしたかどうか分かりませんが、日々の仕事後の時間と、週末が主の、限られた時間の中で出来る限りのことはしたので、あとは深く考えないようにしたいと思います。:)

何らかの建設的なご意見があれば、このブログのコメント欄でも良いですし、メールでも構いませんので、頂ければ幸いです。改訂のチャンスがあるのか分かりませんが、次に僕が何らかの形で生かせるときがあれば、ぜひ生かしていければと思っています。

-

最後に、ここまで、この本を書き続けることができたのは、編集者の方の辛抱強さもありますが、何よりも皆様からの声、応援があったからです。心から感謝しております。

もし、何らかの直接的なイベントなどあることになりましたら、また随時お知らせしていきますねー。(あまりそういう感じの本ではないので、どうなるかよく分かりませんが、、、何かそういうチャンスがあればしてほしい的なコメントをかつてブログの読者の方から頂いている旨は、お伝えしてあります。)

多謝!


関連エントリ

-

ps. このエントリに限らず、写真にもスターなど頂けたりするととてもうれしいです。また、よろしければ下のリンクをクリックして頂けると幸いです。

本がついに世に出せそうです!


Leica M7, 50mm C-Sonnar F1.5, RDPIII @Covent Garden, London, England


苦節、一年半。(笑)

いつになったらこの本は出来るんだと思って、なんども音を上げそうになりましたが、ついにほぼまとまりました。

うまくいけば年内に出そうです。

良かった。

本当にひょっとして、もし、ですが、ここまで、お待ちいただいていた人がいらっしゃるなら本当に感謝です。はじめは前職の後輩に話すつもりで書いて、ちっとも分からないと言われてボツになり(苦笑)、何度となく書き直し、いっそのことブログのように書いたら、だいぶ分かりやすくなるのでは、と書き直し始めたのが、なんとか突破口になって、編集者の方の絶大なpatienceもあって、何とかほぼ形になりました。

かつて書いたブログエントリそのものについて、もっと詳しく知りたい、スキップせずに説明してほしいという、これまで頂いてきた読者諸兄姉(みなさま)の声になるべく答えられるように、限られた力ではありますが、なんとか振り絞って書きました。

世の中で、次から次へと大量のツールとか、問題解決法のようなものが現れますが、そういうことではなく、サイエンスとか、ビジネスなど分野によらず、本当に圧倒的に生産性の高い知的活動の背後にある、それらの背後にある考え方のようなもの、をなんとか説明できないか、すべてを一貫した流れの中で試みました。逆にこれを読まれたあとであれば、どのようなツールであっても、この枠組みの中で位置づけぐらいは理解できるのではないかと思います。

実際に日々手を動かして、実際に日々考え、呻吟されている人の根本的な生活改善につながるような本、ふと立ち返って、相談するような相手になる本になってほしいなと、思って書きました。少なくとも自分が若かった時に、聞いておけば良かったと思うことは出来る限り書いたつもりです。編集の人が(難しすぎると)拒絶反応を示さない限り、内容的にも出し惜しみせずに書きました。それが成功していることを願っています。

一部、ブログからも持ち込みましたが、少なくとも9割以上は未公開の原稿です。ブログからの記事も、そのままではなく、相当に手が入っています。また、かなりの数の図表(チャート)を呻吟しつつも作成し(笑)、入れ込んだので、それもみなさんの理解に役立ってくれればと心から願っています。

-

世の中で現れる、あるいはこれまで書かれた一見近そうな色んな本との最大の違いは、恐らく、そのブログエントリと同様に、一貫した流れと考えの中ですべてを説明したこと、そして僕が基本的にサイエンス、エンジニアリングなど理系の読者の方を相当に意識して書いたところだと思います。

とはいっても、僕が途中で用意したサイエンス系のネタのかなりは、一般読者には分からないという理由で、残念ながら、剥ぎ取られてしまいました、、、。完全な研究者、大学院生を相手にした本ではどうも事業採算的に厳しいそうです、、、。もちろん、本職のマーケター、コンサルタントの方、会社で経営企画をやっている方々に向けても、なるほどと思って頂けるよう、出来る限りの努力をしたつもりです。が、この辺りは、その本がでたところで、みなさまに率直なご意見を頂ければと思っています。

-

とりあえず、周りの知人数名に図表も入らない原稿段階で読んでもらったところ、口々に「意外と」読みやすく、面白い(笑)と言ってくれたので、知人なので割引が必要ですが、そこは最低線は越えているものと期待しています。

今、最終原稿(いわゆるゲラ)の確認をしています。

タイトルとか、目次など、公表できる時が来たら(多分そんな未来ではないです)、またお知らせします。

とりあえず、上の、ほぼ一段落のことだけでもお知らせできたら、そう思って書きました。

-

気がついたらもう五ヶ月もこのブログを書いていなかったというのが若干信じられませんが、この一年ぐらいは仕事も色々にぎやかだったのと、この本のおかげ??で、若干浦島太郎な気分です。

また徐々に再開していきます。

今後とも皆様よろしくお願いしますー。


関連エントリ

イシューからはじめよ―知的生産の「シンプルな本質」

イシューからはじめよ―知的生産の「シンプルな本質」

-

ps. このエントリに限らず、写真にもスターなど頂けたりするととてもうれしいです。また、よろしければ下のリンクをクリックして頂けると幸いです。

不動産を借りて20年後に何が残るのか?

このエントリは、次の前エントリの続きです。そちらを読まれてからの方がずっと分かりが良いかと思いますので、お時間があれば、ぜひそちらをまずご覧ください。



Leica M7, 50mm C-Sonnar F1.5, RDPIII @Phuket, Thailand


前回の不動産のエントリについてのコメントなどを読んでいると、一定割合の人に根深い誤解があるように見えるので、少し書き足しておきたい。それは、「20年で切っているからこう見えるのであって、借りていると何も結局残らない」という意見だ。


結論から言えば、これは全くの誤解で、借りている場合は、出費が大幅に抑えられるので、生活での出費レベルが同じである限り、そのまとまった資金が本来残る。結局、20年経った古い家(すまい)とその余剰資金の間でどちらが良いのか、という話になります。


例として上げた三軒茶屋の70平米以上、賃貸であれば30万円、買うのであれば7500万円の物件のケースで、


不動産価値を含めても、買う方が20年間で約200万円損をする」


というのは、買う場合、「買った場合の不動産残存価値」分のキャッシュがあったとしても200万円、借りている人より使うお金の総量が多いと言うことを意味しています。「買った場合の不動産残存価値」と言うのは、このケースであれば、元々の不動産価値7500万円から、目減り分3300万円を差し引いたものですので、4200万円です。


つまり、「買った場合の不動産残存価値」が換金できない場合、財布の中は4400万円、借りた人よりも少ないと言うことになります。逆に見れば、借りている人には、その4400万円分多くのお金が存在しています。そして、これが買わないこと、お金を不動産の形で塩漬けにしないことで生まれた自由な老後の資金になります。


大幅に残るはずのその資金は、前エントリのフレームワークの中での実際のお金が動く部分だけに注目すると、出て行くキャッシュと運用益だけからも次のように簡単に計算できます。


(借りている場合のお金の流れ)

家賃の総和               △7800万円
頭金相当資金の運用益          +500万円
税金と保全コスト相当資金の運用益    +α万円


借りたケース出費計           △7300+α万円


(買った場合のお金の流れ)

頭金(6の一部)            △2000万円
ローン(1+5)            △7600万円
固定資産税(3)            △600万円
保全コスト(4)            △1500万円


買ったケース出費計           △11700万円


(出費の差額)

△7300ー△11700=4400万円(αを無視した場合)


なので、繰り返しになりますが、買えば、家が残るとかどうとかという議論はこのケースの場合、「4400万円の自由なお金」と「20年経った住まい」とどちらが良いのか、という話に言い換えることが出来ます.*1


ただ、これでは価値観の問題になり、比較のしようがないので、すべてお金換算して、比較できる状態に持ち込み、議論していたのが前エントリだったというわけです。


もちろん、ここでは、借りている人は、買っている場合と同じだけしかお金を使わない前提です。20年経ったら、家を借りるお金も買うお金もない、と言うのは借りることで生まれた余剰を勝手に使いきった時の話で、それは使っているお金が二つのケースで異なる訳でもう既に比較になりません。


ということで、こういう検討の結果、仕事がなくなった瞬間にデフォルトを起こすリスクを抱えて変にローンと共に生きるよりも、このように、買っても特に明確な得をしないような相場の時には、その間、貯められるだけためて、臨時のリスクにも備えつつ、それで引退時に何か適切なものを即金で買うのが正しいのではないかと、僕は自分の個人のケースとして思うようになりました。


もちろんお金はあるので借り続けるのもありですが、多分ライフスタイルが変わるので、同じような物件を借り続ける必要もなくなるでしょう。


みなさま、いかがでしょうか?

        • -


この誤解が解けたと言う前提で、あと残された課題は、次の5つになります。

  1. 一体いくらの家賃はいくらの購入物件とバランスするのか(現在の金利状況で。マンションと戸建てそれぞれで計算が必要)
  2. 金利、インフレ率が変わった場合には、どのような辺りでバランスするのか
  3. ローン期間を変えた場合にはどこでバランスするのか(その人の人生プランの節目をどこと考えるのか)
  4. その土地のその広さの購入候補物件は、この土地の場合、上のバランスをベースに見ると、借りる側とバランスしているのか、あるいは安いのか?(相場観、、、今回物件候補をいくつか見て大まかにジャッジした部分だが、本来個別具体的に行う必要がある)
  5. バランスしている、あるいはある程度安い場合、20年なり何なりの塩漬け的なローン期間をどう考えるのか?つまり、支払い義務が固定された、自分の職業、景気、インフレ率などの変動要因(つまりリスクへのコミットメント)を自分としてどう考えるのか?


実はこの大半を僕は、僕の場合のケースで個別具体的に計算、検討してみました。総合として結構な気付きがあったので、みなさまもそれをざっくりでも良いからやってみてはいかがでしょうか?




参考エントリ

ps. 前エントリと同様、業界の人間でも、専門に研究したことのある人間でもない門外漢なので、根本的なエラーを起こしている可能性があります。あくまで個人の暇を見て書いているだけのブログなので、丸ごと真に受ける人もいないと思いますが、そのような気付きがあれば、大変助かるのでぜひお知らせください。



*1:インフレになれば、ローン支払いが増える一方、借りている場合の余剰資金運用益が大きくなるので、支出の差(借りている場合の優位性)は更に相乗的に増えます。その時にもしも土地がバブル的に上がっていれば、その残った「20年経った古い住まい」の価値が上がるので、うまくやれば、支出の差を埋めてくれるかもしれませんが、これはまた異なる変数と考えるべきだと思います。

不動産購入に関する一つの(ショックな)気付き

(感謝とお詫び)

昨夜、寝がけにぼそっと書いたエントリにたくさんのアクセスを頂きありがとうございます。私個人としては発見内容についてはオドロキでしたが、世の中的にはこれだけ買っている人も多く、もしかしたら常識なのかも、と思っていたので、ちょっと反応の大きさにびっくりしています。


お詫びと言うのは下の三茶のケースに上げた計算が、間違っていたことで(ローンのところで手数料が二度カウントになっていました)、この場合ですと、買う場合の損は約1000万円ではなく、200万円になります。今回自分が作ったスプレッドシートがブログに書くには複雑で、なおかつ極めて個別性が高いケースだったので少しでも一般化しようとして、つなぎ合わせるように新しく作ったのが失敗でした。(苦笑)下の表記は初めて読む人のために、元の表現を残す形で、修正しました。


みなさま、本当に申し訳なし!


ただ、全体としての考え、僕個人のケースでは、このフレームワークに乗っ取って計算すると、大きな損になったことが確実なことはお伝えしておきます。こんなブログの数字を丸ごと信じる人はいないと思うものの、本当に申し訳なさで一杯です。


本日、午前中に現在インドにいる前職の弟子の一人からメールが来て、フレームワークも考え方も正しいが、なぜか計算にらしからぬミスがありますよ!と指摘を受けました。(Dさん、多謝!)長年、分析を教えてきたような人間なだけに、顔から火が出るほど恥ずかしかったのですが、職場ではセキュリティポリシー的に直しようがなく、今ようやくこうやって修正、お詫びをしている次第です。ブログと言えども、次回からは再読ぐらいしてアップするようにいたします。


(以下が本当のこのエントリです)



Leica M7, 50mm C-Sonnar F1.5, RDPIII @Phuket, Thailand


ふしぎなことが起こるものだ。


僕はなんというか腕一本のような仕事を続けてきたためか、長らく貸家主義で*1、これまでずっと買わずに住んできた。


しかしながら、生活の過酷さのため、職場にある程度の時間で通える比較的都心に近い城南地区に住み、家族と苦痛が発生しない程度の空間で住んでいると、それなりの家賃が発生し、本当にこんなに家賃をずっと掛け捨ての保険のように払っていることは正しいのだろうかという不安がそこはかとなくずっとあった。


自分が育ち、親が住み続けている地域が、長らく全国屈指の持ち家率を誇るということがあり、このことは親も不思議に思っているらしく、何度か「買うつもりはないのか」「家賃は完全な無駄ではないのか」「そんなにお金を毎月使っていればこの辺りでは目が出るような豪邸が買える」と聞かれた。


都度、上の説明をするのだが、納得が得られない。この未来の不確定な国の中で、腕で仕事をしていて、5年以上のローンを組むということ自体が不安なんだ、ということが分かってもらえない。*2

        • -


ということがあり、今の町に引っ越して以来、一応、不動産屋さんにいくつかお声がけをし、何かいい物件が出たら教えてほしいと長らくお伝えしてあった。


子供が既に小学校なので、転校させたくないということもあり、学区指定で探しているのだが、そのためかほとんど物件が出てこない。(笑)


まあそれも縁だろうと思って、かれこれ一年半ほどなのだが、この数ヶ月立て続けに、掘り出し物件が出てきて、いずれも物件を直接仲介する不動産会社の方から、他に公開する段階の前に打診を受けた。一つがかなりいい感じの土地で、一つが破格と言ってよい条件のマンションだった。


土地は友人の建築家やハウスメーカーの人に見てもらったりすると、色々お金がかかりそうな土地だと言うことが分かり*3、価格的に折り合わなかったのだが、マンションの方は相場の二倍近く広い物件であったため、コレは!と若干興奮し、内覧で、ちょっと値段的にはたかいけどなー、と思いながら一発で申し込みをした。


ただ、万一買う場合に想定していたよりもかなり高い物件であったので、それなりの額のローンを組む必要があった。月々の払いを今の家賃と同じにして、ボーナス払いを少々積めば、自分が引退するまでの20年ぐらいでも買えなくはないかなと。


で、その事前審査が無事とおれば、当然最初に申し込んだ私にその物件が決まるとのことだった。一つ言われていたのは、即金という人が出てきた場合には、売り主が(法人物件だった)、売り急いでいるので、そちらを優先されるケースがあり得るということだった。が、不動産屋さんが言うには、それは値段的にもなかなかないと思う、ということでまあ、なるようになれと待っていた。


すると、翌日に連絡が入り、即金の人が現れてしまった、という。もともと先述の場合があり得るというお話だったので、まず売り主に確認します、ということで電話を切った。はたして、やはり物件はその即金野郎(笑)に行ってしまった。どうも業者のようだった。うーん、単なる業者間の売り買いなら一般人を場に混ぜずにやってくれと言いたいが、しょうがない。これも縁だと思い、すっきりとあきらめることにした。

        • -


話は続く。


で、結局僕は得をしたのか、損をしたのかで、正気に戻り計算をしてみたのだが、どう計算をしてみても、その物件の場合、20年間で、数千万円以上の得をしていると出る。「得」と言うのは投下した資本と残った資本(不動産含む)の差分がどちらが大きいのか、と言うことである。え”っなのだ。そう、計算上はこの物件は明らかに買わない方が得だったのだ。モノの1時間もかからない計算でこの結果が出た。*4


では、値段で折り合わなかった土地の方であれば、採算が合ったのかと言えば、これも多少はマンションよりましだが、全く合わない。こちらの方は、もう東京らしい狭小な土地を買って、クルマが停められて、今の部屋と同じ広さがあればよい程度の条件なのだが、合わない。



???


これは全くもって僕の想定していない異様なことで、500万程度損をするというぐらいであれば十分納得できたのだが、妻もそれって本当にあり得るのか、どうして誰もそのことを正面から言わないのか、と言う。*5


僕もおかしいと思うのだが、桁を間違うようなエラーを起こすとも自分では思えず、何日間か数字を眺め続けてみてやはりこれは半ば以上の真実を含んでいる、という結論に到達した。

        • -


表面的には、次の二つだけの議論なので、これは買った方が良いのでは?となる訳だが、実際にはそうならない。


1.借りると残る不動産価値=0

2.買うと不動産価値が残る



買うケースが借りる以上に負になるのは、以下の6つの総和の結果起きる。


(1)取引にまつわる各種手数料、、、これは当初不勉強のためあまり想定していなかったが、物件の大体1割程度発生する。簡便のため、物件を5000万円とすると500万近く見ておく必要がある。


(2)不動産そのものの価値の目減り、、、土地を買う場合には、20年後には上物が事実上ただかそれに近い状態として売却せざるを得ず、マンションの場合は売却時にリフォームしていても年率2−3%は価値が落ちる。上物はいくつか見積もりを取ってみたが、建坪が30-35坪で2500万円は掛かり、マンションは20年後には少なくとも価値の4割は消滅する(5000万の物件であれば2000万円程度)。そう、これは価値が無条件に落ちていく投資なのだ。なので、残る資産はそれを差し引いたものとなる。


(3)固定資産税、、、そもそも借りている場合、全く関係のないコストが持ち家の場合には発生する。これは年数十万程度だが、20年分となるとバカにならない。500-1000万円程度になる。大型の引越を2年ごとにして、契約更改で2ヶ月程度とられているような負担だ。


(4)保全コスト、、、マンションの場合は、毎月管理費および修繕費の積み立てが相当額発生する。仮に抑えめの月3万円でも20年で720万円。通常15年過ぎると更に上がるため20年で1000万程度見ておくのが無難と考えられる。またこれに加えて、20年も住んで、借りているのと同じレベルのコンディションを維持しようとすれば、ほぼ間違いなく最低でも500万円以上のリフォームコストが発生する。こちらは戸建てであっても同じだ。


(5)ローン、、、例え金利がならして2%に押さえられたとしても、20年で22%程度の金利が発生する。この辺りはそこら中にローンシミュレーターがウェブ上に存在しているので信じられない向きにはやってみれば良い。上もの分は現金で買ったとしても、土地の分が仮に4000万円だとしても880万円。3000万円だとしても660万円。2000万円(城南地区では発見ほぼ不可能)だとしても440万円。

http://www.nextjp.com/hensai/hensai.html
http://house.biglobe.ne.jp/special/sim/index.html


(6)頭金と頭金の運用益、、、これも借りる場合には発生しないコスト。仮に2000万ここで入れるとすると20年で数百万円以上の価値が創出される。これは買う場合には見えない損失の一つ。例えばの計算は次で出来る。

http://www.my-fp.com/cal/

          • -


モデルケースとして例えば城南地区で人気の町、三軒茶屋*6に現在、70平米以上の2LDK(リビングと親子それぞれの寝室)、駐車場付き、築10年以下の貸し物件で探すと概ね30万程度だ。(ヤフー不動産による)20年の家賃は7200万円。更改手数料、引越手数料が二年で2ヶ月分だけ掛かるとすると7800万ということになる。


一方、買う場合、同程度の広さの物件がマンションの場合、概ね7000強-8000万円(同)なので、ほぼほぼ同じと言える。ここでは簡便のため7500万円とする。


これだけであれば、やっぱり圧倒的に買いか、と言うことになるが、実際には、買う場合には上の6つの和を資産から差し引く必要がある。以下は20年のローンを組み、その20年後に自分の手元に存在している資産を雑に計算したものだ。*7


(1)手数料 約750万
(2)価値の目減り 約3300万(価格7500万円。マンションのため目減り△2.5%/年の場合)*8
(3)固定資産税 約600万(概算、、初期減税が効かなくなるので多分更に上がる)
(4)保全コスト 約1500万(月4万程度の保全費+リフォーム500万円。後半で高くなる保全費含まず)
(5)ローン 約7600万(頭金2000万で、手数料を含む6250万円*9@2%で借りる場合)
(6)頭金と頭金の運用益 約2500万(頭金2000万を利付き国債1.8%で運用すると660万付く)

16250万円15500万円(手数料でのダブルカウントを除く)



(結果)

借りる場合 △7800万円
買う場合 7500マイナス16250 15500=△8000万円


→ 不動産価値を含めても、買う方が約1000万円200万円損をする。

        • -


私は実際には別の町に住んでいるが、更新条件も含め、相場よりも低めに住居を借りているので、借りる場合の総出費が更に減り、買う場合、更に出費が大きいケースとなる。結果、このギャップはかなり大きく出てくる。これが私の場合に、数千万の差が発生した理由だ。


具体的にこの三茶のケースに当てはめると、30万円の家賃で相場35万円強相当の物件(従って累計家賃は上のシミュレーションと同じ)にすんでいるという形に近く、それに広さ、立地などスペック的に相当する物件購入価格が9000万円台後半から1億円強することになり、若干目を疑うような差になったのだった。


もう少し詰めると、一体どの程度の家賃で借りている人は、どの程度の物件の購入で均衡するのか算出できる。

        • -


という気付きがあって間もなく、日本を代表する不動産ディベロッパーの友人(部長)と飲むことがあった。この話をツラツラしていたのだが、彼もここまでとは認識していなかったらしく、絶句していた。


こういう歪みはもっと明らかにされてよいのではないだろうか。いずれにせよ、今回の不動産購入に関しては、まるで神の加護があったように感じている。




ps. 実際には門外漢なので、根本的な間違いをしている可能性もあります。そのような気付きがあれば、それはそれでうれしいので何かあればお知らせください。



コメントを拝見し、追加関連エントリを書きました。↓

*1:要は長年にわたってローンにコミットするというのが正直すぎて出来ない

*2:例えば、このように税金がフローからは集まられない時代が続くと、遊休土地の資産課税のようなことがいつ始まってもおかしくないのではないかと、僕は思っているが、その場合、土地は暴落すると思う

*3:擁壁とか基礎の打ち込みなど

*4:僕は引退か顧問生活に移る時には一度売っぱらってもう少しましな生活空間に移りたいと思っているので、実際に自分の手元に何が残るのかが大切と考えている。

*5:要はあなたの勘違いではないのか?笑

*6:註:私の住んでいる場所ではない

*7:NPV補正は特にしていないのでこれによる誤差は存在。

*8:なお、買った場合に残る不動産は、売却時3%の手数料を不動産屋に払う必要があるので、資産としての差は更に大きい。また、ヒルズ、ミッドタウン、汐留、月島のように都心での大型造成が続く限り、売りたいタイミングで、想定している値段(相場)で売れるかどうかはかなり危うい。

*9:7500+750-2000

Hello! I am back! (probably)


Leica M7, 50mm Summilux F1.4, PN400N


気がついたらたいしてモノを書かないまま何ヶ月かが経ってしまいました。登録して頂いていただいてる読者諸兄姉(みなさま)、ゴメンなさい!


最後に書いてから二ヶ月。


色々書き物をしていたのですが(そしてかなり書いていながら、今もまだケリが付いていないのですが)、このまま書かないと、このブログ、書かないままになってしまいそうなので、何か自分のためにも書いていきたいと思います。



思い起こせばブログを書き出してからちょうどこれでほぼ一年。あっという間でした。


最初の二ヶ月ぐらいはあふれんばかりに書きたいことがあって書いていたけれど、これがもう内容がハードコアだったからか全然反響がなくて、さすがにちょっと参ったりした。笑


せっかくなのでちょっと振り返ってみたいと思う。

          • -


去年は自分の人生にとっても結構な節目の年で、長年つとめたプロフェッショナルファームを卒業し、トップマネジメントに対するサポートという意味では、これまでと一見似ているけれど、それがなんというか平行して何十倍もの密度で起こる経営のつなぎ目のような仕事をするようになった。


それまで(前職)でも、三つ四つぐらいは常にon-goingのプロジェクトを持っていたので、ある程度以上の仕事のcomplexityにはなれているつもりだったけれど、平行して、クリアにケリが付かない、そしてつけることが必ずしも正しい訳ではないことが大量にあると言う状況に最初は面食らった。正直、知恵熱のようなものが出たし、当初、体調もすばらしくは良くなかった。今も必ずしもベスト順応している訳ではないけれど、それが望ましい訳でも、期待されている訳でもなく、ある種の平衡状態に変化しつつも来ている気がする。


同じく昨年、子供も学校に入り、すくすくと育ってくれていてとてもうれしい反面、三つ、四つの時のような無邪気さがだんだんと大人びてきてさみしかったりもする。ただ、やっぱり疲れて帰ってくると、当然のようにもう寝ていたりするけれど、顔を見ると本当にほっとする。そして、時たま親にしみじみ感謝する。


このバタバタしているタイミングに平行して、40になって、世の中平均的には人生の半分が過ぎたんだなと思って、自分はどれだけのことを残せたのだろうと思うこともある。ただ、いくつかの歴史に残るようなヒット商品や事業を産み出す過程に直接的にかなりディープに関わることが出来たことなどを考えると、仕事という面ではそれなりに充実していて、毎回ギリギリだったりしたけれど、そうして命を削りながら、限界に挑んできたので、それほど悔いはないなと思う。今死んじゃうと遺産らしい遺産が何もないのが、家族に申し訳ないとは思うが、、それはそれで、ここから先少しでもなんとか前に進んで、あとで振り返ったとき、あの頃も本当に楽しかったと、家族や周りの人に思い出が残るとそれでうれしいなと思う。


実ははたちの頃、一度だけ肺炎にかかって一週間近く入院したことがあって、毎日39度9分とかという体験したことのないような熱が連日でて、点滴を毎日四本だとか六本だとか打たれてふらふらだった。小中高無欠席というような健康体で育った僕は、39度以上の熱に記憶する限りそのとき初めてかかり、普通の人から見たらばかな話だけれど、ホント死ぬかと思って、看護婦さんに「僕はこんなところで死ぬわけにはいかないんだ」(まだなにもやっていなくて死ねないから。笑)、、、なんて本気で叫んだりしたのが懐かしい。あれから20年あまりが過ぎ、それなりによくがんばったよな、と思う一方、沢山のすばらしい人たちに出会い、助けてもらってきたこと、際どい時に天に助けられたなと思ったことが何度となくあったことを本当に有り難く思う。

          • -


このブログのタイトルの通り、サイエンスとマーケティングを行き来する生活を送ってきて、今はマーケティング、そしてその延長のマネジメント側にかなりどっぷり浸かっている。僕の専門のニューロサイエンスは、若干怪しげな脳科学と言う言葉とともにかなりメジャーになって、とりあえず人権が生まれたカナ、という感じで、これはちょうど僕が高校から大学に行く辺り(=25年ほど前)の分子生物学ブームに近い状況なのかなと思う。


ただあの頃の分子生物学ブームと大きく違うのは、ニューロサイエンスは、まだそれほどの成熟段階にはない。分子生物学は当時、DNA, RNA, proteinの絡み合いとそこから生まれる遺伝情報の連なり、ダイナミズム、それらが使われて細胞が専門化し、成熟化していく過程の大筋が固まって、分子生物学から、細胞生物学、あるいはガン遺伝学などなどに一気に向かおうという次のフェーズに明らかに突入した段階にあったからだ。


門外漢の人には信じてもらえないかもしれないが、領域個別の機能や興奮、情報伝達パタンは愚か、神経一つのレベルの神経伝達の現状すら未だによく分かっていないことが多い。例えば神経の多くは大量に分岐しているけれど*1、それに全て信号が流れる訳ではないということだけ分かっていて*2、それを正しく説明するロジックは我々にはまだない。つまり脳のモデル化以前に、たった一つの神経のシミュレーションすらまだ我々には出来ない。


ホジキンとハクスリーの偉大な成果から飛躍的な成長は出来たと言えば出来ているが、第一段階の最も深い質問にはかなりの部分、まだ答えられていない。むしろ相対性理論量子力学の初期時点で、その中身が物理学者も理解しきれていない段階で大騒ぎしていたのに近いのではないかと思う。人間、いつも謎だとか、ターゲットとすべきゴールがないとダメになってしまうというか中だるみしてしまうので、そう言う意味で分けの分からない物の筆頭の一つとして我々の脳、神経系についての関心が高まっているのであれば、それは素直で素敵なことだとは思う。


マーケティングについては、この国は少なくともまだまだだと思う。マーケティングサイエンスの専門ジャーナルはそれなりに欧米に存在しているが、その中に日本人の研究者の論文を見ることは少ない。ブランドの構造をどう作るかというような、なじみ深い問題一つを取ってみても、アナリティカル(分析的)にその課題を切り分け、議論できる人がほとんどいない。その上で、それを同じく分析的に意思決定しましょうと言っても、そのアプローチのアイデアすら湧かない人が第一線の人でも大多数だ。だから、ファクトとロジックがないために、すぐに宗教間の戦いみたいになってしまう。これは若い人に取っては大きなチャンスフィールドですね。間違いなく。

          • -


ブログの話に戻ると、秋になって書いた研究の本質的な流れに関する話と、そのあとぐらいかな書いていたアカデミア関連の話にそれなり以上の反響があり、この辺り、はてなの読者層がたまたまそういうのに刺さりやすいということがあるかと思うけれど(例えば、アメブロとかヤフーブログでヒットしたとは到底思えない。笑)、それに加えてやっぱり自分がこういう自分が若かった時だったら知っておきたかったと思うようなことを伝える意志を持って書いていたことが大きかったのだろうと思う。


休載中に書いた大学の経済的なストラクチャーの話など、ホント長年、誰に話しても知らない、聞いたことも自力で調べたこともない(留学経験者も含めて)ということが続いてきたので、書けてよかったなと思う。これで啓蒙が進んでどこかに誰かなにかを書く際には、このブログが引用されたりすればとてもうれしいと思う。



で、今後ですが、春先はアカデミア関連でかなり問題意識が先鋭化していたのですが、今の瞬間はそれほどでもなく、ニューロ関連になるのか、マーケ関連になるのか、はたまた草なぎ君みたいな社会観察系になるのかよく分かりませんが、何かピンと来たら書いていきたいと思います。


本エントリのタイトルを書いた時は、「明確にこれを発信したい!」と思うほどの意志がない状態でここから先続けられるかな、と思いが立って書きましたが、なんとか書いていけそうな気がしてきました。


今後ともヨロシクです。今日はまだ入院開け患者みたいな状況ですが(笑)、徐々に出来る範囲でパワーアップしていきます。


何かこんな感じのことでどう思いますか、とか、こういうことについて書いてほしい、的なことがあれば、お気軽にコメントなど頂ければ幸いです。出来る範囲で出来るペースで対応します。


それではまた!


        • -


Subscribe with livedoor Reader

*1:何もかも調べたことのある人がいる訳ではないので、大まかだが、脳の中の多くの神経だと1000〜5000程度の枝があることになっている

*2:生理学をやっていない人はプロのニューロサイエンティストでも知らない人がいる