ニューロサイエンスとマーケティングの間 - Between Neuroscience and Marketing

安宅和人: 脳神経科学とマーケティングの間に棲息

From CT to DC (11) : ジョージタウン、そしてプリンストン(最終回)


この町 (Washington DC) に何日もいると、「見る」ということに疲れてくる。Georgetown(大学)のラウンジに入り、金髪の女の子が勉強している姿を右目に一息つく。左目には、遙かに広がる青空と浮かぶ雲。高台にあるからか、ソファに沈みながら空を見ていると、まるで自分が浮かんでいるみたいだ。静かで、止まった時の中、ラテ*1を飲む。


見渡すと勉強しているのは白人の女の子ばかり。不思議な感じである。あまりにレアなためか、異質に見られることもなく、静かにくつろぐ。このまま眠ってしまいたい。



Contax T2, 38mm Sonnar F2.8 @Georgetown University



翌日、


大いなる墓場DCをいでて、北に向かう。三百マイル(約五百キロ)もの旅だ。ゆっくりもしてられない。ニューヨーク通りを抜け、五十号に入る。その道がそのまま、北へ続いていく。


途中バルティモアで、昼ご飯を食べる。シーフード食べ放題のバッフェにはいるがこれが過ち。シーフードとは名ばかり、うまいのは貝だけ。ザリガニがメイン。代わりにというわけでもあるまいが、一リットルもあろうかというほどの炭酸水を与えられる。僕は牛じゃないぞ。


更に北へ。


休憩もかねてNew Jerseyに入ったところで、プリンストンに立ち寄る。美しい、小さな、そしてmatureで、心の安らぐ素晴らしい大学。これまで見たどのアメリカの大学よりも、愛すべき、そして大学らしい大学だと感じる。バークレー*2とイェールの良いところを足して二で割った感じ。日本でつまらぬ大学生活を送ってしまったことを少し残念に思う。こういうところで、四年間、選りすぐられた学生たちと生活を共にすることが出来れば*3、その後の生はどれほど違ったものとなっただろう。まあ高校の頃、好きなことばかりして、なかばドロップアウトだった僕など、きっと入れなかったに違いない。人口が日本の二倍以上なのに、定員がどこも千人ちょっとぐらいしかないアメリカのトップスクールは実に入るのが大変なのである。日本で定員五百人ぐらいの大学だと思えばよい。僕の今いるイェールでも、カレッジ(大学生)の連中を見ると、高校時代ピアノで全国二位だったとか、National Merit Scholarに選ばれていたなどという、!が三つぐらい並びそうな連中がごろごろしている。


良い町を最後に訪れることが出来てとても良かった。

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ここまで来れば、もうコネティカットは目と鼻の先である。マンハッタンの摩天楼が目に入ってくる。


到着だ。



(CT to DC 完)

(April 2001)

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*1:Cafe Latte:エスプレッソに泡立てたミルクを混ぜ込んだ飲み物。(←2009年追加註。スタバも上陸していない当時、説明が必要だったことで時代を感じる)

*2:UC Berkeley (The University of California at Berkeley) Science、Artsの全分野に渡る強さ、生み出したノーベル賞の数などアカデミクスでは間違いなく世界の頂点に立つ大学の一つ。学生運動など、リベラリズムの総本山でもある。サンフランシスコの北、バークレーの町にある。緑と青空の美しい大学である。

*3:Ivy Schoolsはほとんど全寮制である。

From CT to DC (9) : 硫黄島メモリアル


ポトマック川の向こうに、アーリントン墓地がある。戦死者、大統領など国のために人生を捧げた多くの人たちがそこで静かに眠っている。


案内をたどり、ある丘の上に着く。巨大な戦士達が、旗を立てようとしているまま凍り付いている。



Contax T2, 38mm Sonnar F2.8 @Iwo Jima Memorial


Iwo Jima Memorial(硫黄島メモリアル)。


日本が大東亜戦争*1と呼び、アメリカが太平洋戦争と呼んだ戦争において*2分水嶺となった硫黄島での戦死者、そして朝鮮戦争での死者をまつってある。日露戦争において、二百三高地を十万以上もの犠牲を出して奪い取った旅順と同じく、硫黄島の頂点の陣地を目指して、日米は命がけの戦いをした(硫黄島の戦い Battle of Iwo Jima)。アメリカとしては、日本進軍、爆撃の拠点としてどうしても獲らなければならなかった島。日本としては、当然、絶対に死守しなければならない島だった。日本だけで21703人、アメリカも6821人もの死者を出したという。そしてその頂点をアメリカ軍がとり、旗を立てようとしている瞬間をそのまま彫像にしてある。結果、日本中の都市が爆撃され、焦土となった。日本にとってもアメリカにとってもあまりにも意味深い、神聖な場所である。



手を合わせ、祈る。知らず涙ぐむ。


そこで白髪の初老の男の人が、四十に差しかからんとしている自分の子供に対し、諭すように話をしている。視線を感じる。僕は心で叫ぶ。日本だって大変な思いをして戦ったんだ。これはフェアゲームだ。お前たちは、そのあと、原爆を二度も落とし、罪もない一般人を数十万も殺した。責められる筋合いはない、と。



この硫黄島メモリアルと、少し離れたところにあるThe Tomb of Unknown (無名戦士の碑)は、国と軍によって大切に管理されている。大統領や国務長官が必ず行く場所でもある。かたや、同じく国の名の下によって建てられ、かつて国の管轄下にありながら、占領軍によって強制的に分離された靖國神社、それに対する日本国民の扱いは目に余るものがある。召集令状赤紙)をもらい、かつて戦地に赴く際には、もしもの時には、ここで大切に国としてまつるからと国は約束したのだ。そして彼らは国のために、死んだのである。それを昔ながらのしきたりでただ奉ってあるだけなのに、未だ靖國神社に国の代表が行き、国のためになくなった人たちに手を合わせるのが問題視される。これは一体どういうことなのだろうか。


国家は時に、国民の命を無情に奪う。しかし、そのために失われた命は大切にまつられ、その勇気と献身は国家が存在する限り永遠に称えられるべきである*3。そして約束をしたことは守るべきである。それが世界のどこであろうと、国というものが出来る最低限の礼儀である*4



人は涙を失ったのだろうか。


「目に涙がなければ、魂に虹は見えない」


北米ミンカス族の諺である。


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添付資料

1. ワシントン中心部地図。碁盤の目のような造り。斜めに走る道には、建国当時の十三州の名前が与えられている。アーリントン国立墓地は川を挟んで主要機関を見下
ろす高台にある。


2. 政府側地図。様々な政府機関と博物館がモール(Mall)と呼ばれる芝生の空間を取り囲む。



(April 2001)

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*1:1941年12月12日の閣議決定による日本としての本来の正式名称

*2:この戦争には60年以上たった今も未だに呼称の混乱がある。大東亜戦争と呼ぶのが間違いのような風潮があるのは、国家そのものが滅び、米占領下にあった際、占領軍が行った徹底的な情報操作活動に未だ多くの人が影響(洗脳?)されているからと考えられる。議論そのものがタブー視されているのは問題。その戦争の名の下に失われた数百万の国民(この読者の親族の多くも失われたはずである)のためにもはっきりさせるのが筋だと思う。

*3:なお、敗戦後当時の日本の正式名称はOccupied Japan。一つの国家としては認められていなかった。パスポートも占領軍が発行した。当時日本で作られ、輸出されたものにはMade in Occupied Japanと刻印されていた。

*4:2009年追記。このところA級戦犯 (嗚呼なんと言う戦勝国側の呼び方!) 、すなわち戦時の指導者層の分祠問題などかしかましいが、内政干渉も甚だしく、ここは国家として毅然とすべきであると考える。正直、戦争経験者が日本だけでなく、いずれの国にも大量に残っていた私の子供の頃には全く問題視されていなかったことが、なぜか現在、騒がれている、、、このこと自体が、恥と穢れをきらう日本人に影響を与えるための、単なる政治カードと化していることを示している。

From CT to DC (8) : アメリカでいかに危険地帯を見分けるか

大分以前に載せていた、ほぼ10年前の旅行記(学位を取った頃です)、一部、掲載していなかったようなので、掲載します。ちょっと内容的にどうかと思ったりもしますが、まあ、当時、そのように感じていたのは事実なので、一応。ご笑覧いただければと。


これが少し残っているのであといくつか載せて、気が向けば、今年の夏、初めてイングランドを回ってきたので、それもどこかで文章に出来ればと思います。



Leica M7, 50mm Summilux F1.4, PN400N @Manhattan, New York City, NY


(以下、いろいろ考え、やはり掲載することをやめました。もうしわけありません、、。代わりに旅行記の続きを載せますねー。)


(April 2001)

米国の主要大学はどうしてこれほどの投資益を叩き出せるのか?:国内大学強化に向けた考察3


Leica M3, Summilux 50mm F1.4 @表参道、東京


(はじめに)

本エントリは次の2エントリの続編です。もしまだであれば、なるたけそちらをまず先にご覧になられることをおすすめします。(多分その方が何倍か味わいぶかいと思います。)

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では、論点2の延長として、最大の構造要因である、なぜこのような巨大な投資収入がアメリカの主要大学では生み出せるのか、という問題に踏み込んでみたい。


投資収入はどこから発生するのかと言えば、当然のことながら「投資運用資金」とその「運用力」だ。


まず運用資金の総額についてみてみよう。ちなみにこれをendowmentと呼ぶ。



いかがだろうか。


息を飲むのではないか。


なんとこれらの大学は、運用基金69億円の東大とは文字通り3桁違う兆円単位の資金を投資・運用しているのだ*1


トップ四校に至っては東大の約200から500倍という巨大な資金を持っている(この四校が全米のendowmentトップ4であることは言うまでもない)。


これで驚くのはまだ実は早い。


上で見た、endowmentを学生の総数で割ると、本当の資金の手厚さが出てくる訳だが、それが次だ。



Endowment総額どころではなく、今度は500倍、1000倍という差である。


中でも、古くから資金を集めてきた老舗三校が飛び抜けている。一人2億円規模だ。学生の少ないPrincetonがとりわけ厚い。投資からの収入の割合が、Princetonにおいて際立っていた大きな理由が実はこれである。


ちなみに東大はゼロではない。単に少なすぎて見えていないだけだ。わずかに二千ドルなのである。他の日本の大学だともう一桁少ないことが多発するだろう。とても悩ましい(そしてかなしい)問題である。



次に投資収入を産み出すもう一つの力、『運用力』を見てみよう。上が2007までの10年、下が2007-2008年のパフォーマンスだ。数字は年率%。比較のために、アメリカの日経平均にあたるS&P500の数字を載せている。ただ上表のみは、完全に同期間のS&Pデータを入手できなかったため、2000-2007の数字を載せている。



こちらも驚くべきパフォーマンスである。市場が赤字のときですら黒でまわしているデータから明らかなように、本物の投資、ファイナンス力を持っているのである。


なおこのROI*2投資会社のプロでも模範とあおぐような数字だ。例えば、上に挙げた以外にも、2000年、ハーバードは記録的なリターン32.2%を叩きだしているが、同期間S&P500は7.3%しか上がっていないという。教えているだけではない、これらの大学は、実際に世界の投資の模範となっている。


その結果、投資である以上、確かに沈む年はあるが、際立った「投資運用資金」を、突出した「運用力」により、極めて巧妙に運用し、今の規模に至る。


また、公共サービスを提供する非営利の大学なので当然無税だ。



こうやって手塩にかけて増やしたendowmentの大体5%程度(従って、ここで議論している大学だと学生一人辺り500〜1000万円/年)が毎年の財源として投入される。これが昨日見た巨額の投資収入を産み出すカラクリなのである。単に金を集めているだけでは決してないのだ。


このように産み出されたものを潤沢に学生のサポートに、施設のリノベーションにつぎ込む。Harvardの2007-2008予算では、全出費のうち、10.7%が学生への奨学金の類いに使われている。年額にして、一人平均、約1万7千ドル、、、なかなかの額だ。

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なお、ここまで触れていないが、このendowmentを産み出す最大のベースは当然のことながら寄付である。今わたしの手元にYaleのCampaign Annual Report 2007-2008があるが*3、この1年でYaleは603millionもの寄付を得ている*4。そのうちの七割424millionが卒業生からの寄付だ。大学から若干信じがたいレベルの経済的なサポートを得、他では得がたい濃い学問的、社会的な経験をし、優れた友人、そして師達に出会い、世の中に出て身に着けたスキルとネットワークを生かし、更に成功する*5、その感謝の気持ちがこのような大学へのギフトとなって返る。大学はそれをいきなり使い切るのではなく、大切に殖やし、少しずつ使う。これが一つの系であり、サイクルなのである。


また、この手厚い学生サポートの仕組みが、世界から優秀な学生を集め、その学生と、手厚い給与、周りの優れた学究達に引かれて、更に優れたファカルティが集まる、それがこのような大きく成功する大学の中で回っている。日本や欧州の連中は母国に帰るものが多いが、それ以外の優秀な連中はアメリカを好きになり、定着し、更に新しい価値を産み出す。ハンガリーで生まれ、BerkeleyでPh.D.をとり、Intelを率いたAndy Groveもその一人だ。かなり前に移民し、この間、ノーベル賞を取った南部先生もその一人だ。、、、これはアメリカの国家としての戦略でもある。

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日本の大学が、これらの大学と同じように研究環境と経済環境を整えることで才能を集め、人を育て、持続的に成果を産み出していこうと思うのであれば、文字通り桁違いの運用資金を産み出し、それを通常を大きく越えるリターンでまわし続けていくことが求められる。グラントの拡充はマストだが、それだけでは足りないというのが、前のエントリで詳細に見たとおり、世界の大学の学びである。Yale Corporation、Harvard Corporationでの資金運用をする人間は超一流のinvestorであることが知られているが、まさに彼らがアメリカのアカデミアを身体を張って守っているとも言える。


また、ここまで私自身のなじみが深いアメリカの主力大学ばかりを取り上げてきたが、イギリスで9世紀以上の歴史を誇るOxford、8世紀に登る歴史を誇るCambridge、いずれも兆円近いendowmentを持つことを付け加えておこう。なお、米国のPublic schoolでは、UC Berkeley、そのmedical schoolとも言えるUCSFが世界のトップ10レベルのアカデミックパワーを持つが(graduate schoolのみ)、 以下に述べる通りsustainabiiltyの視点から、今後、国立大学といえども、独立法人としてまわしていくことが期待されている日本の大学の手本にはならないと判断し、取り上げなかった。


UCSFは多くの人は聞いたことがないかもしれないが、西海岸一のmedical schoolであり、学生もかなり少ないため、結果として潤沢だが、規模的にも、総合大学の比較として参考にならない。UCの総本山であるBerkeleyは、州からかなりの補填を行っていることが長らくかなりの課題となっている。Endowmentが小さい中で*6、南のStanford東海岸の名門校と競い合うオファーを提供するための資金が足りないのが一つの理由だろう。従って、sustainableな仕組みとしては、財政の破綻している我が国の参考になりえない。実際、カリフォルニア州自体が財政破綻して、州職員がいきなりお暇をもらったニュースがこの間流れたばかりであり、UCの中でもBerkeleyだけは守るのではないかと思いつつも、今後相当のダメージが来うる状態にある。世界トップレベルのファカルティが集めてくるグラントだけでは、当然のことながら足りないのだ。UC systemはキャンパスごとに会計分離しておらず、州の制度上、成績の良い学生はとりあえず受け入れなければならない状況にある (undergraduate) ことも模範にはならないと判断した。(なお、このように書いてはいるが、Berkeleyは、私個人が世界で最も愛する大学の一つである。)


若干脱線したが、ということで、日本の話に戻ると、現在、各大学が進めている寄付キャンペーンは更に徹底的に行うべきだが、ここまでの差がある中、必要なスピード感を考慮すると、かなり抜本的な荒技も含めて考えないと、なかなか意味のある答えにはならないのではないかと思われる。


あくまで例えば、であるが、

  • 個人、法人が大学に寄付を促進するための税法の改正
  • 会社側の同時寄付補填の仕組みの整備(アメリカではmatch upする*7のは当然の福利厚生の仕組みとなっている。会社が同額払う日本の厚生年金と似た仕組みである。)
  • 現行のアセットを証券化するなどして運用資金を産み出す仕組みを作る
  • 国家としての運用資金の設立(イギリスにもファンドではないが、参考になる仕組みがあると聞く)
  • 世界レベルの投資運用スキルの獲得と磨き込み(世界レベルの優れた人材を捕まえてくるのが第一。その上で、上記の大学たちに分散的に投資をお願いする?)


こういうレベルのことではないか、と思う。ここまで踏み込んでも答えになるのか見えないような時に、安易な民営化論、統廃合論など論外だと僕は考える。これは日本としての国力をどうやって守り、作り上げるのかという問題なのではないだろうか。



(とりあえず第一部完)


ps. このあたりの内容を最新データをもとに分析し直し、経産省産構審 新産業構造部会にて発表しました (2017.2)。よかったらご覧ください。“シン・ニホン” - AI×データ時代における日本の再生と人材育成


ps2. これまで、沢山頂いたみなさまの声に少しでもお応えできればと思い、一冊の本をまとめました。(2010.11.24発売予定)知的生産に本格的にご興味のある方は、どうぞ!

内容については、次のエントリをご覧頂ければと思います。


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*1:年間、わずか数百人しか採らないCaltechを除く

*2:Return on investments: 投資収益率

*3:寄付をしていると、Deanの直筆の手紙とともに送られてくる

*4:たった一年の成果であるが、ほぼ東大の全基金の10倍である。一昨日のエントリに見るとおり、学部卒の学生は東大の三分の一、院卒であっても半分以下しか生み出されないことを考えると更に驚異的

*5:私自身がそう感じ、確かに出来る範囲でcontributeしようとしている

*6:記事を発見しました。$2.9billionですから3000億円程度です。現在$3billion endowment増資キャンペーン中

*7:上限例えば年間1000ドルまでは、従業員と同じ額の寄付を会社も行う

日本の大学の資金力のなさはどこから来るのか?:国内大学強化に向けた考察2


Leica M3, Summilux 50mm F1.4 @こどもの城、青山


(これは昨日のエントリ「本当に東大レベルのお金があれば、世界に伍していけるのか?」の続きです。ご覧になっていなければ、是非まずそちらをお読み頂ければ幸いです。)


次に2、これだけの資金力のギャップを産み出している構造的要素についてみてみよう。


見たいのは次の三つ

  • 収入に何らかの構造的な違いがあるのか?
  • あるとすると、特に大きなギャップを生むものは何か?
  • それは何によるものなのか?

である。


まず、アメリカ側の例としてPrincetonにおける収入源を見てみよう。*1


大きなrevenue sourceは五つだ。なお、これらの項目は、ほとんど米国の大学で共通である*2。その割合に目を向けて頂きたいのだが、投資からの収入が総収入の45%を占めている。一方、学生からの収入は東大の10倍近い学費であるにもかかわらず、19%に過ぎない。*3


一方、日本の場合、東大を例にとると項目数は同じく5つだが、大きく内容が異なる*4



アメリカの5分類のいずれにも相当しない、いわゆるお上からのお金、運営交付金補助金が56%も占めている。一方、グラントにあたるものがない。これは米国の場合、グラントはまず一度大学に入り、何割かの大学への上納金(天引き率は大学によって異なる。一般に有名大学ほど高い)を差し引いたあと研究室に振り替えられる仕組みがあるが、日本ではそのような仕組みになっておらず、ラボに直接入るのではないかと思われる(誰か詳しい人がいれば教えてください)。余談になるが、米国では、サイエンス系ファカルティの給料の多くは、大学が出しているのではなく、グラントから大学が許可する給料の額分支払われる*5。つまり文字通り自力で稼ぐ必要がある。これには驚く人が多いのではないか。

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若干強引ではあるが、これを軸をそろえて比較すると以下のようになる。



もう明らかだろう。米国のこれら主要大学において、通常、最大の収入源である、投資収入が我が国の大学にはほぼ全くないのだ*6。そこを国からの補填で持たせている。

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この収入の配分を前節でみた学生一人当たりのExpense(出費の年額予算)にそのまま当てはめてみると次のようになる*7



いかがだろうか。


どこから実額で差が生まれているのかがこれでよく分かる。恐らくほとんどの人が見たことのない分析ではないかと思う。(僕も自分でやって初めて見た。もしかすると本邦初かも。笑)


単純に二倍にすれば良いというような話では全くなく、構造的な違いによるものであることが歴然である。少なくとも、国費を大学指定して投入するなどという一過性の打ち手レベルのことで解決するような問題ではないことが分かる。また、このような状態の大学はいくつ束ねても改善しない。壊れている資金のインフローが統合によって良くなるというのは考えにくいからだ*8



これを見る限り、少なくとも三つのてこ入れが必要のように見受けられる。

  1. 投資収入の確保、、、まず運用資金、そして強力な投資運用能力
  2. 研究グラントの拡充と課金フローの確立、、、抜本的に財源を強化する必要があるが、それと共に一度大学にプールし、大学に何割かを残す仕組みが不可欠
  3. 学生からの更なる収入の確保、、、学費の値上げに加え、これも実質的には教育グラントの強化が必要*9


これが、アメリカの大学から帰ってきたうちの教授は何にもしない、とどんなにぼやいてもしょうがない問題なのである。これは大半が「しくみ」の問題なのだ。


問題の根は深い。

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気を持ち直し、次に、これらの大学が、どうしてこれだけの投資収入を生み出せているのかを見極め、その上でまずとりあえずの意味合いを整理したい。


つづく


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*1:Medical schoolなどのいわゆるprofessional schoolsは殆どないが、Ivy schoolの中では大きすぎず、成功しているアメリカの代表的な大学と言える。

*2:Medical schoolを持つ場合、付加サービスからの収入が増えることが多い。

*3:東大の学費は1ドル100円換算で$5358だが、Princetonの今年度のundergraduateの学費は、1年間で$49190である。全寮制のため、部屋代、食事代を含む。

*4:平成18年度の財務情報

*5:着任時を除く

*6:歴史の比較的短いMITは投資収入が割合としては低いが、最後のデータの通り、かなりまとまった額の収入源になっている。非常に割合の高いグラントについては精査しないとよく分からないが、軍事研究など大型のグラントを例外的に得ている可能性がある

*7:実際には必ずしもrevenue=expenseではないが、ここでは分析の目的上、便宜的にこうする

*8:片方の資産をすべて売却しても良いなどということであれば話は別だが、そのような自由度は通常ないはずである。むしろマネジメントのキャパを超えたcomplexityに到達し、非効率が大量に発生する可能性が高いのではないか

*9:可能であればどこかで考察するが、Ivy schoolの学生はundergraduateであっても8割程度は学費補助を受けており、全額学費を払っている学生は稀である。Graduate studentについてはその半分程度を占めるPh.D.の学生の場合、理系であれば再三ご紹介してきた通り、学費、生活費をあわせて全額大学の補助を受けている。つまりタダ。この財源の相当部分は教育用のグラントである。結果、professional schoolの学生のみ比較的借金などをして払っている。

本当に東大レベルのお金があれば、世界に伍していけるのか?:国内大学強化に向けた考察1


Leica M3, Summilux 50mm F1.4 @子供の城, 青山


こんなところで議論するようなことではないと思うのだけれど、この間、大学論についてのエントリを書いてから、大学運営の基本的な構造について、恐らく幅広い誤解がある、あるいは事実の誤認識があるのではないかと思っており、少し書いてみたいと思う。


多分一回に書けるような内容ではないので、あふれた場合には何回かに分けて書いてみたい。本来、どこかにまとまった投稿でもすべき内容ではあるのですが、このネットの持つ力を信じて、少し載せてみたい。



曖昧さを落とし、はっきりさせたいと思っているのは次の三つ。


1.大学の教育、研究が世界に伍すために必要な予算のレベル感と現状

2.ギャップを産み出している構造的要素

3.以上をふまえると、国立大学の民営化、統廃合論は本当のところ検討に値するイシューと言えるのか?


なお、図表が多く小さいので、見づらい方はクリックして見てみてください。

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まず1、すなわち経済的にどの程度の規模感が必要かを見てみたい。理屈で考えてもらちがあかないので、そもそもの年間の経費バジェットとしてアメリカの主要大学はそもそもどのぐらい持っているかを見てみよう。*1


総合大学としてアメリカで最古の三つHarvard, Yale, Princetonと、歴史は100年ぐらいしかないが今や西のIvy schoolとも言うべきStanford、同じく若いがエンジニアリングスクールトップのMIT、非常に小さいが最先端科学研究のトップランナーの一つであるCaltechを選んだ。日本の代表として国としては出来る限り潤沢にお金をかけてきたはずの東大も一緒に見てみよう。(1ドル100円としている.以下同様)



(単位はUS billion、なのでほぼ1000億円単位)

たしかに予算として持っているお金の規模は、少なくとも東大は世界レベルだと言うことが分かる。



ただ、これらはその予算の対象となる学生の規模によって意味合いが全く異なる。それを見てみると次のような感じ。



我が国の方は、予算の集中だけでなく人も東京大学に集中し、やたら巨大であることが再確認できる。HarvardやStanfordでかなりの割合を占めるいわゆるprofessional schools*2がさして存在しないこと、留学生の数が少ないことを考えると(例えば東大の8%に対し、Yale 16%)この数字以上に巨大な大学だと言える。


ちなみに、以前もどこかのエントリで書いたが、米国は日本の2.4倍の人口を持ち(すでに3億人以上)、日本のような激しい少子化傾向がほぼ皆無のため、アメリカで定員1000人の大学であれば(大体MITがこの規模)、日本に仮にあるとすると同じ若者人口辺りで補正すれば定員300~400人の大学ということになる。逆に学年3000人以上の東大がアメリカに行けば、一学年7500人とか、8000人という巨大な大学になる。


で、この数字で先ほどの予算を割ってみると、これがお待ちかねの学生一人当たりの大学が持つ予算となる*3



いかがだろうか?


これら米国を代表する大学たちは、軒並み学生辺りの予算が年15万ドルを越えており、この15万ドルというのが一つの指標になる。とりわけ大きなエンジニアリングスクール(工学部のようなもの)を持つStanford, MIT, Caltechは高い*4 そして、我が和朝の誇る東京大学の方は、Harvard, Yale, Princetonのレベルと比較してすら、半分あるかどうか。


ちなみに、学生一人当たりの教員の数はそれほど変わらない。*5



また、予算の出費に占める給与・賃金の割合も劇的には変わらない。(Stanford 52%, Yale 46%に対し、東大41%)


ということは、教員辺りの給料、福利厚生が半分程度しかないということであり、これでは競争力のあるファカルティを世界から集めて形成すること自体が困難であるのは明らか。わたしの専門でもある脳神経科学のような伸張著しい分野が現れた場合、対応する力は著しく弱いと考えられる。*6当然、何度かこのブログで議論してきた学生に対する経済的なサポートも出来ない。


つまり、これほど手厚くやっているはずの東大であっても、現在の予算ですら到底足りていない、というのが実情と考えられる。ビジネスの場合、通常、同じ「事業」を行うとしても、半分のお金でやれというのは極めて難しい*7。同様に、少なくとも現状の倍はないと、アメリカの主要大学と同じようなことを実施するのはかなり困難なはずである。本当に国力の要として大学をきっちり考えるのであれば、たとえ議論しているのが東大だとしても、予算レベルを上げるか、全体として(統合とは逆に)更に人数を半減させるなどの絞り込みをかけるといういずれかの選択肢の問題になる。


次にこの差をもたらしている要因は何かについて見、本当に予算を上げるというような簡単な問題なのかを見てみよう。


(「日本の大学の資金力のなさはどこからくるのか」へつづく)



関連エントリ


ps. このあたりの内容を最新データをもとに分析し直し、経産省産構審 新産業構造部会にて発表しました (2017.2)。よかったらご覧ください。“シン・ニホン” - AI×データ時代における日本の再生と人材育成


ps2. これまで、沢山頂いたみなさまの声に少しでもお応えできればと思い、一冊の本をまとめました。(2010.11.24発売予定)知的生産に本格的にご興味のある方は、どうぞ!

内容については、次のエントリをご覧頂ければと思います。


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*1:数字は全て彼らのホームページから持ってきたもの。2008 or 2007年

*2:典型的には、Law, Medical, Business, Art, Music, Architectureなど

*3:註:研究費ではない。kaz_ataka試算

*4:註:米国の古い大学は巨大な工学部を持つ日本の大学とは大きく異なり、ほとんどエンジニアリングスクールがない、、、大学はArtとScienceをするところという位置づけで、professional schoolですら、100年ほど前まで邪道扱いされていた。

*5:ファカルティの定義はかなり大学ごとに異なるため、僕の方でちょっとデータを見て補正したためあくまで参考値。

*6:実際、ニューロサイエンスは北米の学会で4万人を超えるほど集まるなど、今や最大級の学術分野でありながら、未だにまともな対応が出来ているとは言いがたい。

*7:ブクマコメントを見て書き足し。大学という「系」を比較するための事業まるごととしての「システム」の話であり、単一の商品開発などの話をしている訳ではありません。同じ程度の規模の、ほぼ同じ業界の、にたようなポジショニングの商品を作っている会社が半分のコスト率で事業を行うということが可能なのか、という話です。ナイキとアディダスでも良いし、トヨタと日産でも良い。確かに研究者の人向けの言葉ではありませんね。誤解があったのであれば申し訳なし。

From CT to DC (10) : ワシントン・モニュメント

ワシントン・モニュメントは妙に違和感のある建造物である。


宗教的であり、巨大であり、形が強烈すぎる。



Washington Monument, 旗の下にいる人達が見えるだろうか。


ワシントンの町は、高い建物を建てることが禁止されている。この辺り、皇居の周りと同じなのだが、その理由が冴えている。この巨大な槍を町のどこからでも「見える」ようにするためだと言うのである。まさにこれは神殿である。ワシントンは、世界のデモクラシーの中心を自称するが、実は宗教都市だったのである。ワシントンに来た人は、その形のせいか、場所のせいか、無意識に惹き付けられるようにこのモニュメントに向かう。


この町の機能的な、そして区割り上の中心は、キャピトル(議事堂)であるが、そこにはこれほどの求心力はない。町に集まった人たちは、砂糖に群がる蟻達のように、この塔に吸い寄せられ、触って帰る。ずっと高い空から見下ろすとかなり面白い風景だろうと思う。


そばに行って見上げる。鮮烈な印象が襲う。これはまさに、モノリス、ではないか。猿人達がキャーキャーいいながら、こわごわと近づいたあの物体そのものではないか、と錯覚する。2001年のモノリスは(奇しくも今年は2001年である)猿人に智慧を与え、人への進化を促したが、この現代のモノリスは一体我々に何を与えてくれるのだろう。



手を合わせるようなものではないのだが、異様な畏怖感と共にこの場を去る。



(March 2001)

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