Contax T2, 38mm Sonnar F2.8 @Tyrol, Austria
15年前に消費者マーケティングの世界に入ってまず驚いたのは、とにもかくにもやたらキャッチコピーなのか、信念なのか良く分からない考えが撒き散らされていることだった。いわく、ファーストムーバーアドバンテージ、いわくポジショニング、いわくドミナント戦略、、、。
複雑な現象の背後にある原理原則を明らかにし、それから積み上げるように世界を理解していくサイエンスの世界から見るとかなり違和感のある世界だ。
一方、マーケティングもニューロサイエンスも知覚のメカニズムを探る試みという点では共通している。この二つはある種、楕円における二つの焦点のような関係だ。いかなる知的活動も神経系の活動によって生み出されることを考えると、マーケティングの基礎となるべき考えも、本来神経系の特徴にあるはず。
この10年余り日々考えてきた結論は、おそらく、それは以下の4つのポイントに集約されるということ。いずれもコンピュータとは似て非なる脳の情報処理の特徴である。
1.(入力)閾値を超えない入力は脳神経系では意味を生まない
2.(認知)脳神経系は、不連続な差しか認知することが出来ない
3.(理解)脳神経系にとって理解することは情報を「つなぐ」こと
4.(記憶)情報を繰り返しつなぎ続けると記憶にかわる
1は、いわゆる全か無の法則だ。あるレベルを超えた入力しか神経系では(ほぼ)意味がない。匂いであろうが音であろうが、ある強さを超えると急に感じられる。あるいはあるレベルを割り込むと急に感じられなくなる。
実際には神経膜の完全興奮状態(firing:発火という)に達する前の興奮状態(sub-threshold membrane potential)も何らかの意味があることが分かっているが、神経の端から端、神経間で伝達しうる信号は基本的にfireさせないと発生しない。単一の神経細胞(ニューロン)ですらこうであるため、神経系は群であろうと基本的に同じタイプの入力、出力特性を持っている。
結果、理系の人ならおなじみのシグモイダル曲線、S字カーブ的な関係になる。コンピュータの場合、情報モジュール的には0/1で処理しているかもしれないが、系という視点で見ると入力の閾値(意味を持ちうるライン)というものが存在しないこととは対照的だ。
2は何を言っているのか良く分からないかもしれないし、聞いたことがない人も多いかもしれない。これは「なだらかな」違いを脳は認識することが出来ず、何らかの「異質、あるいは不連続な変化」しか認識できないということだ。
レストランでラーメンを食べているときに、どこか離れている人がうどんを食べていたりしてすぐに気付いたことのある人はそれなりにいるだろう。だけれども自分の食べているうどんの匂いが数パーセント程度弱くなったとして(実際にはこの程度は食べているうちに起こる)、それをすぐに察知できる人はいない。これと同じことが音であれ、我々霊長類にとって最も鋭敏な感覚の視覚であれなんであれおこる。あまたある一般向けの脳の本にはあまり出てこないかもしれないが、実は脳はひたすら小さな(しかし異質な)差分を強調するように情報処理するように進化してきており、これは実際に脳における知覚を考える際には根源的な原理の一つである。
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