欲に駆られないマーケティングは可能か(2)

(1)より続く


僕が好きなカメラの世界にこれからのマーケティングのあり方の一つの原型がある。リコーのGRデジタルというカメラだ。雑誌Penや、Real Design、日経トレンディなど幅広く取り上げられてきたので、これをご覧になっている人にもその名前を聞かれた人はそれなりにいるだろう。


リコー社はご案内の通り、世界でも屈指のオフィスオートメーション(プリンター、複写機、ファックスなど)のメーカー、サービスプロバイダーだ。しかし、その源流は理化学研究所の光学部門に発することは知る人ぞ知る事実。戦後の財閥解体の流れで、理研コンツェルンが解体され、現在の基礎科学のみを行う理化学研究所と、事業部分が切り離され、その中の一つであった光学部門が独立したのが始まりだ(改称以前の名前は理研光学)。


その中にあって、ある種、細々と光学部門の源流を続けてきたのがリコー社のカメラ部門な訳だが、この彼らが90年代の高級コンパクト(カメラ)ブームの中で、何のマス訴求もなく出したのがGRというカメラだった。このコンパクトなフィルムカメラは、当時一眼レフキラーとして知られ、かなりの数のプロカメラマンがメイン機の一眼レフ、当時であればニコンのF5などと共に持ちあるき、ついでにとったら、それが本ちゃんに使われたことなどいくらでもあると言われるある種伝説のカメラだった。森山大道氏の愛用カメラとしても知られ、中古価格も未だに最低で5万円程度と非常に高い。*1



余談になるが、そのレンズの写りがあまりにも良いため、ライカマウントにして売り出された二千本のレンズ(一本10万円以上)が瞬く間に売り切れたというのも、一部のカメラマニアにはよく知られた話だ。GRレンズは今でもたまにマップカメラなど大手の高級カメラを扱う中古カメラ店の店頭に並ぶことがあるが、毎度すぐに売り切れるほどのレンズである。


このカメラが90年代後半に打ち切られて久しかったわけだが、それをデジタルの時代に復活させたのがGRデジタルである。とはいうものの、時代が異なるだけでなく、もう既にGRを知る人は知る人ぞ知る状態になった中にあって、彼らリコー社のとったアプローチは独特のものであった。まず彼らは社内にシンパを作った。そしてそれをブログマーケティングなどが騒がれる前の3年前に彼らがあくまで宣伝ではなく、自分たちもユーザの一人として作り手に、そして潜在的なファンの人たちに声を届けることを開始した。(リコーGR公式ブログ


それのみならず、同じ関心を持つ人の共通の出会いの場としてあくまでその公式ブログを位置づけ(今や数千トラックバック)、聞いては取り入れ、取り入れては投げかけるということを繰り返し、気がついたら、仲間の輪が広がっていった、ということで、驚くほどの強い引きを実現した。トラックパッド企画から生まれた一千部限定のシンパコミュニティ向けカタログなど、本当に感動ものの出来だ。以前、企画担当の野口氏にお会いした際には、店頭に大しても特に特殊な働きかけはしなかったと伺ったが、「志」に賛同する店舗側のご協力により、ビック、ヨドバシなどの多くの店頭で特別なコーナーを単一機種で作り上げていたのはご覧になった人も多いかもしれない。結果、導入後2年間、ファームウェアのアップデートはあったものの、キャノンやニコンですら毎年モデルを出す変遷の早い世界で、モノの変化は全くなく、なのにも関わらず店頭での値段は全く落ちなかった。しかも2007年末、上市後2年も経った段階で、専門誌日本カメラのコンパクトカメラ部門で相変わらずトップ5入りしたほどのプロの評価と突出したファンを生み出した。


ここにあるのは、対話であり、誠実であり、衒い(てらい)のない正直である。ここに僕は一つの希望を持ちたいと思うし、これが一つのこれからのマーケティングの型を力強く示唆していることは間違いないことと思われる。確かに、このようなある種、マスとは言いがたいこだわりの商品だったから可能だったということは言えるだろう。しかしながら、前節に書いた通り、正直しか通らない、しかもいかなる情報も手に入るようになってしまった世界では、大半の人がいずれ少なからず自分のこだわりを主とした消費へと向かうことはほぼ間違いないのではないだろうか。少なくとも「売らんかな」のマーケティング、「マーケティングの顔をした販促」はいずれ遠からず滅びるものと信じたい。


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*1:ニコンの当時のフラッグシップF5でも現在は5万以下のモノがそれなりに存在