Brazil 13:釣行に向けて

(Brazil 12より続く)


マナウス到着当日、夕方。

河に圧倒されたまま、部屋に戻り、マナウスでの計画を練る。具体的には、アメリカから担いできたラフガイドなるブラジル案内本を開き、英語の通じると思われるツアー会社に片っ端から電話をかける。目的は、とにもかくにもアマゾン、そしてジャングルを堪能すること、裸の知覚を徹底的に呼び起こすこと、そしてアマゾンの怪魚ピラーニャ、そしてできれば名魚トクナレを釣ることである。その柔軟性のために、明日のホテルの予約は取っていない。しかし、かけていく内に、この辺りの川やジャングルを回るのはよいとして、現在、釣りに出るのはなかなか困難であると言うことが分かってくる。現在、まだ雨期のため、水量がほとんど最大値に近く、魚が広大な海の中に散らばりきっているようなのだ。特にトクナレ釣りは非常にムズカシそうである。

トクナレは、アマゾンを代表するゲームフィッシュである。恐らくアメリカの湖沼にいるラージマウスバス(ブラックバス)と類縁だと思われるが、その美しさ、闘争心は類例を見ないとされている。大きな金色の線で縁取られた黒い斑点がどの魚の尾にもあり、そのためクジャクの羽を持つ魚としてピーコック・バスと英語では呼ばれる。分類学的には、四つの亜種があるとされているが、その生態、生育領域は重なり合っている。大体五十センチぐらいまで成長する。

ピラーニャは開高氏曰く、さながら神のように、空気のように、水のように遍在する、ということなのでそれほど心配していない。実際、どの旅行社もピラーニャだったら、特に小さいのだったら間違いなく釣れるという。恐らく知らない人が多いと思うので、付け加えておくと、一口でピラーニャといっても、実に二十種以上が存在する。赤いもの、黄色いもの、パープルに輝くもの、そして真っ黒で巨大なもの、etc., etc.このうち、真っ黒で巨大なものはピラーニャ・プレタと呼ばれ、ピラーニャの中でも別格である。サイズもほとんどの種が二十センチかそこらで成長が止まるのに対し、このプレタ(黒)は、四十センチ以上に成長する。また釣れた場合も他とは比較にならないほどよく闘うとされている。旅行社の言ってることを翻訳すると、プレタは釣れないが、他のあまたの小さいのだったらよく釣れると言うことである。しかし、それではつまらない。どうせピラーニャを釣るなら、プレタをとずっと思い詰めてきたのだ。しかし、季節・水量という何ともならないものを前にし、釣り師独特の悲観的現実的楽観主義に落ち込む。

そう言えば、サンパウロで山根先生と食事をしていたとき、先生がふと呟いていた不吉な話を思い出す。先生は、現在マナウスにブタンタン研究所分館の建設、設立準備をしているのだが、先週その見学から帰ってくる途中、同乗の飛行機に日系人のグループがいたという。あまりにも暗くお通夜のようなので、先生がどうしたのかと話しかけたところ、彼らはいずれもサンパウロ周辺の狂の付く釣り師達で、マナウスからの釣りの帰りだった。その腕自慢達が、三日も攻めてほとんど全くの丸坊主だった、というのである。なお、釣りに疎い人のために付け加えると、坊主というのは釣りに行って何も釣れないことを言う。験(ゲン)担ぎに、薬用不老林などを持っていく人がいたりするのはその為である。だから、あなたが釣り師のタックルボックスに毛生え薬を見たとしても、ああ、この人は禿を気にしているんだななどとはゆめゆめ思ってはいけない。

とにかく、よほど遠出が必要である。なおかつ優秀なガイドも必要だ。釣りは一にも二にもポイントである。魚がいなければ、どれ程良い腕を持っていても、どれほど良い時間帯であっても絶対に釣れない。この辺りは、非常にマーケティングに似ている。魚がいて、腹が減っていて、活動的で、そんな状態の所をめがけて、的確なインパクトを与えたときに初めて釣り上げることが出来るのだ。ダメなマーケターは、タレントだ、景品だ、広告投下量だ、といった表面的なインパクトにばかり目が向き、良いマーケターはターゲットの居場所や行動パターンの解明にその才能を傾ける。これと同じように良い釣り師は、何もできない嵐だとか真冬のときは竿やリール、あるいは仕掛けをかまって憂愁をうっちゃっているかもしれないが、いざ釣りとなると魚の居場所探しにエネルギーを注ぐのである。男と女の道に似ているという人もいるが、ここは私の専門外であり、読者諸兄姉の経験と叡知に判断を任せたい。釣りをしない人は、釣り人というのはなんて暇人で、退屈な連中だろうと思っているかもしれないが、釣り師の頭の中は常にフルに回転しているのである。いや、敢えて優秀な釣り人は、と付け加えておく。

そうやってガイドブックを、あるいはサンパウロで聞いてきた番号を見ながら、旅行社という旅行社に片っ端から電話をかけてみる。が、どうもピンとこない。ふとステイしているホテルの旅行会社からつかんできたパンフレットを見てみると、釣りをしたければスピードボートを使った五時間の釣りをアレンジできる、と書いてある。とにかく電話をして話をしてみる。すると、どうもそれとは別に、パンフレットにも何も書いてない特別なツアーがあるらしい。完全なプライベートツアーである。出発は朝四時。これでこそ本物の釣りである。降りていって話をする。そのツアーというのは、本当の釣りバカのためのツアーで、何でもこのホテルから二百キロもひたすらジャングルの中を走り抜けた奥地に行くというものらしい。本当に興味があれば、アレンジする。ガイドは本物の釣りバカ。結果は保証する。この写真を見ろという。壁にはトクナレを掲げた釣り師達の写真がこれでもか、というほど飾ってある。心の中で何かがひらめく。ここに賭けることにする。結局の所、釣りも、人生も何もかも賭だ。


写真説明(クリックすると大きくなります)

1.ブラジル全土の地図。マナウスがどこで、イグアスの滝がどこか分かりますか?

2.マナウス周辺の地図。マナウスから真上に伸びる道をひたすら北に釣りに行く。



Brazil 14へ続く

(July 2000)