Brazil 14:音楽、人種、リズム

(Brazil 13より続く)


計画にめどが付くと途端に腹が減ってくる。バッフェに入る。

奇怪な物体が皿の上に寝ている。どうも魚らしい。馬を上から叩きつぶしたような顔をしている。口は掃除機の吸い込み口そっくり。何だこれは?と聞くとただ一言、スルビン、と言われる。とにかくとって食べろ、と身振りで言っている。食べる。!!?!この魚の身は、魚のそれではなく、鶏のそれである。確かな歯ごたえである。美味である。この魚を後日、メルカード(市場)で見ることになるが、身体はまさに虎。中国の古代の怪獣、麒麟のような奇魚である。麒麟は、確か聖人の出る前に現れ、生きた草を踏まず、他の動物を食べることもないとされていたと思うが、このアマゾンの麒麟、スルビンは、僕のような俗人の前にも平然と現れ、アマゾン中の小魚をそのヴァキュウムのような口で食い漁っているという。結果、こうやって猛獣中の猛獣、人間に食べられる。因果というモノは恐ろしい。

その後、アマゾンのエビをふんだんに使ったピラフも食べ、素朴で率直な幸せに膨張し、ホテルの中を浮遊する。到着時、玄関辺りで、案内をもらっていたのを思い出し、サンバを見に向かう。太鼓のようなお腹をした大きく、そして暖かい笑顔をした紺Tシャツの男の人が立って、十人ぐらいの男達と音合わせをしている。その横に座って、昂揚しては沈む、沈んでは昂揚する、そんなリズムに浸かっているうちに身体が熱くなってくる。これからショーをやると言うより、地元の祭りでこれから楽しむ前の練習、そんな様子である。誰にも気取りはない。普通のTシャツにパンツ姿。みんな実にいい顔をしている。ステージの脇では、小さな黒人の女の子が、白いパンツをはいて、踊る練習をしている。本番にも出るのか、それともお父さんに付いてきただけなのか。かわいく、いじらしい。踊り子のお姉さん達もその脇で腰を振っている。音があると自然に身体が動くようだ。褐色もいれば、黒いのもいる。そこにブラジルの生み出した様々な人種のスペクトラムを見る。

ブラジルで生粋の黒人を見ることは少ない。黒人も、土人ことインディオも、日系人も、ヨーロッパ人も、混ざり合うだけ混ざり合って、今の人たちを作っている。ここは本物の人種の坩堝(るつぼ)である。人種間の隔たりがない。みんな自然に生き、自然に関わり合っている。とても人と人の関係が素直だ。アメリカにいるときのような緊張感がない。アメリカが人種の坩堝というのは全くの嘘だ。白人は白人、黒人は黒人、中国人は中国人、ユダヤ人はユダヤ人、ヒスパニックはヒスパニック、それらの中だけでずっと生きているのが殆どである。住居地域は明確に分かれ、文化的にも混ざり合うことなく、互いに緊張しながら付き合っている。大学のカフェテリアの中ですら分かれている。ヤマカを被った連中(ユダヤ人)、真っ黒の人たち、白人、アジア人。結果、アメリカの黒人は、アフリカから来たと言われても何の違和感もないほど純粋な黒人が多い。一方ブラジルには、そういう人は少ない。例えいてもみんな溶け合っている。これがきっと町を歩くときに、疲れない理由なのだろう。実際、人種の混ざり具合によって、この国には二十数種もの呼び名があるそうだ。ちょっとでも黒人の血が入っていればBlackと言われ、ハーフであっても、クォーターであってもアジア系アメリカ人と言われ続けるアメリカとは大違いである。これだけでもいかに人種的な偏見のない社会であるかがよく分かる。

アメリカでもこの国でも、少なくとも黒人は奴隷として連れてこられた。しかし、結果はこんなにも異なる。この差はアマゾンを含めた風土によるものなのか、ポルトガル人とイギリス人の狭量さの違いによるものなのか、ラテン系とアングロサクソン系の文化の違いのせいなのか、あるいはプロテスタントカソリックの違いによるものなのか、それともアメリカ・インディアンとインディオの違いによるものなのか、僕には全くもって定かではないが、何かとても深いものを示唆しているように思われる。いずれにしても、この人種のあり方にせよ、食の豊かさ、うまさにせよ、とても民度の高い国である。そして気取りや傲りのない国である。このような国を甘く見ていると、きっと自分たちに跳ね返って来ると、心に刻む。


演奏が始まる。ダン、ダン、ダン、ダッダ、ダ、ダダダ、、、ダン、ダン、ダン、ダッダ、ダ、ダダダ、、、


写真説明(クリックすると大きくなります)

1. 音合わせの最中

2. 太鼓叩きの人たち。心から楽しんでやっているのがよく分かる。

3. 女の子。五、六歳だと思うが、見事に踊る。



Brazil 15へ続く

(July 2000)



上の文章に出てくるリズムは、このアルバムに入っているNotes From The Undergroundのイントロで聞けます。もうちょっと明るい感じで聞いていたんですが、このニューヨーク風の味付けも大都市で聞くにはナイスです。
amzn.to