現在の脳科学、脳神経科学で脳の活動はどこまで分かるのか (4)

前項より続く)



Contax T2, 38mm Sonnar F2.8 @Paris


(3)光の信号による方法


脳や神経をむき出しにする必要があるが(つまりヒトでは困難)、膜の電気的な興奮状態で蛍光状態が変わる特殊な染料(voltage-sensitive dye)を用いると、電極のように点ではなく、光の信号を利用し興奮状態を電極並みのリアルタイムで記録することが出来る。Optical recordingと呼ばれる手法で、私のthesis committeeのchairであったDr. Larry B. Cohenが30年あまり前に、当時ポスドクだった神野先生(現東京医科歯科大学名誉教授)らと開発した手法だ。これは空間的に広がる脳神経系の興奮を、本来の神経の発火、興奮のスピードで面で記録することが出来る現在唯一の方法でもある。


例えば、単一の神経細胞ニューロン)の場合、通常、一つに対し同時に前述のパッチ(クランプ)という電極を使う手法で記録できるのは4−5箇所がほぼ技術的に限界(同時に4本させる人自体がそれほどいない)。それに対し、この手法を用いると、神経の広がりのすべてに対し、同時に記録できるため、かなり根源的なことを調べることが出来る。


例えば、二股に分かれた神経があったとして、元から来た信号が両方に行くのか、どうなのかというと、片方にしか行かないときと、両方に行くときがあることが分かっている。これはたった一つのニューロンのモデル的なシミュレーションをすること自体が困難ということを示す非常に重要な情報なのだが、ただ、どうしてなのか、とかどういう条件ならそうなるのか、ということが未だに解明されていない (branch point failureと呼ばれる問題)。Optical recordingは、点ではなく、神経の全てでの活動を記録できるので、こういう現象を研究するにはうってつけ、というか他に代替のない方法である。


あるいは実際に、ある動物が何かを見ている際に、どのように情報が脳の表面で2次元的に表現されているのか神経の情報処理のスピードで見ようとすると、基本的にこの手法しかない。ただ、上述の通り、微細な光の差を読み取るため、脳をむき出しにする必要がある上、このdyeは長時間のrecordingを行うと、神経にダメージを与えることが知られており、実験動物にしか使えない。また、当然のことながら、脳自体がかなり不透明(opaque)であり、深い部分を調べることはほぼ不可能。


また、原則的にそこにある全ての細胞を染め上げないと行けないのがもう一つの課題。どの信号がどの神経細胞から来ているのか区別することができないという多くの方法論に共通する本質的な課題がある(電極を単一の神経に挿すときだけは反応からある程度予測が可能)。とはいえ、ヘモグロビンの酸素結合などを代替指標にしているのとは異なり、圧倒的に空間的、時間的な精度は高い。 また、例えば匂いの神経であれば、嗅覚上皮から時間をかけて選択的にdyeを神経に送り込むという技もある。



(5)へ続く


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