現在の脳科学、脳神経科学で脳の活動はどこまで分かるのか (最終回) 、、、および現在のニューロマーケティングについての個人的所見

前項より続く)



Contax T2, 38mm Sonnar F2.8 @Paris


まとめ


以上、駆け足で脳活動の把握について現在利用可能な技、方法論を一通り見てきた。いずれのアプローチも脳の実活動を見るにはかなり限界があり、従っていったいどのような脳の活動パタンがどのような情報処理をしているのかは殆ど分かっていないのが現在の我々の脳理解の実情だ。昔良く漫画であったみたいな、頭に何かをかぶせたら、脳を直接見ないでも、考えたことが見えるなんてことは夢のまた夢。恐らくそのような日はかなり当面来ないと思われる。何しろ、もっとも研究が進んでいる視覚ですら、例えば「何かを見る」ということ自体が、脳神経の活動上、本当のところいったい何を意味しているのかすらまだ良く分かっていないのだから。 現在の最先端としては、見ているものごとの興奮パタンを何度も見ていると、いくつかの既知の選択肢のものであれば、どれを見ているか分かることもある、という程度。


これが、何をやったとき、何を体験したときにに脳のどこが活性化するとかしないとかという程度の、ある種、過去のファインディングの追認的な研究ばかりが行われてしまいがちな一つの理由である。通常、過去のある程度の知見がないと活動部位パタンの解釈すら出来ず、ペーパになるのはそういう解釈可能なタイプのものが殆どだ。分子生物学的な手法を使って、ある細胞やあるタンパクの機能を止めた状態で合わせてみないと、今ひとつ何も分かった気がしない理由でもある。


なお、ここまで個人的に読み込んだ限り、現在ニューロマーケティングと呼ばれる分野は大半がこの程度の議論をしているように見える。何が本当のところ消費者に刺さるのかどうなのかという、ウソ発見機的に使うのであれば多少は効果的だろうが、プロのマーケターとして(またニューロサイエンティストとして)言わせて頂ければ、消費者インサイトのためにこの程度のデータがいるのかといえばかなり怪しい。ちなみに「基本的な」消費者インサイトとは、例えばこういうものだ(通常はこれより遥かにディープな議論をファクトベースで行う):

  • 本当に何が購買のドライバーになり、何がボトルネックになっているのか?
  • 誰が買い、誰が本当に使っているのか?それはどうしてなのか?
  • そもそもどういう切り口で見るとニーズをうまく捉えることが出来るのか?
  • また階層的なニーズはどうつなげて考えたら良いのか?


プロモーションとマーケティングの違いが分からない(あるいはあえて無視する)ような人ではなく、本物のマーケターが入り、もう一、二段、真正の発展がいるだろう。ニューロサイエンティストたちも、自分たちが脳神経科学を知っているというだけの理由で、事業に関わる多くの人の生活に影響を与え、億円単位の損失が簡単に生じるこのような分野に安易に立ち入らない方が良い。またマーケターの側もこういう一見見たことのない情報をみたぐらいで圧倒されるということのないようにしないといけない。いかにも代理店、あるいは言葉は悪いがマーケティングゴロ的な人たちが好きそうなギミックだ。例えば全く意味のない脳の写真を合わせて見せただけで、広告の信頼性が上がるというデータも見たことがあるが、これは脳神経科学のインサイトに基づくマーケティングでもなんでもなく、ベネトンの裸の広告と同じくプロモーション上で視覚的インパクトを上げるだけのギミックにすぎない。


我々は恐らく脳の情報処理の実態、仕組み、それをもたらす脳内の背後の構造についてまだ1%も理解などしておらず、今のような研究を続けてもそれほど急速な進歩は見込めないことはこれで分かって頂けただろうか。例えば、恐怖を伴う記憶に関して、amygdala(扁桃体)という部位が絡んでいることはそこの活動を局部的に止めることですぐに示せても(これ自体がテクニカルには意外と大変)、そのamygdalaの中でどのような情報処理がどの神経間でなされて、どういうときにどのようなアウトプットをどの部位にどのような時間的なタイミングで行うのか、それは電気信号だけなのか、(情報処理パタンに大幅な影響を与える)化学的なホルモン様なものをいかに伴うのか、など到底クリアには分かっていないのが実情なのである。


簡単に脳科学?だとか脳神経学者と称する人の言うことを鵜呑みにしてはいけない理由はここにある。系としてそれほど分かっていないものを、光のあたっている部分だけをベースに、ある種、空想的に引き延ばして語っているだけのことがあまりにも多いのである。


一方、本物のニューロサイエンティスト(特にphysiologist)たちのロマンの一つはこの謎の大きさにあることも分かって頂けたのではないだろうか。



(関連エントリ)

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(#) マーケティングという名の下に、本物のビジネス、消費者ベネフィットの最適化ではなく、実事業者に付加的にまとわりついて金を儲けることを考える人たち、ビジネス関連者を、Star Warsのアナロジーから私は個人的に「マーケティングのダークサイドに立つ者」 (darkside people of marketing) と読んでいる。


(本稿了)

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