Brazil 21:緑と金の跳躍

(Brazil 20より続く)


「オパ!」

おっさんが声を上げる。竿先が水面に吸い込まれている。ど素人のうちのかみさんにまで釣られ、これまで面目丸つぶれだった彼にも遂に僥倖がやってきたようだ。強い引きだ。糸を出したり巻いたりしたりしながら格闘している。水面が割れる。美しい円環が、金と緑のストライプが、飛び出す。トクナレだ。大きい。跳ねる。そこを何とか竿を押さえてくいとどめる。それを繰り返しているうちに魚が近づいてくる。揚げる。四十センチはある。

やられた。これまでピクリともしなかったおっさんの紅白の正月ルアーに遂に魚がかかる。しかもマン(大人)・サイズのトクナレ。おっさんが破顔する。会心の一瞬。おめでとう、と呟くが、心には悔しさが襲ってくる。何としても自分もマン・サイズのトクナレを釣らなければ。それをしなければ帰れない、そういう気持ちが全身に漲ってくる。プレタを何匹となく釣り上げ、トクナレも小さいながら釣って、満たされ気味であった自身の深い部分に火がつく。


五分、十分。突然、僕の竿に電撃が走る。来た。強い。プレタの引きではない。何だ?巻く。糸が出る。ゆるめないように気を張る。そしてまた巻く。突如、アマゾンの濁水が裂ける。美しい緑と金の羽が跳躍する。

「タ・クナ・レー」

おっさんが歌うように口に出す。マン・サイズだ。昂揚が全身に満ちる。本物の震えが腕に走る。強い。跳躍したかと思うと潜る。潜ったかと思うと跳躍する。素晴らしく良く闘う。そして何にも増して美しい。この瞬間が永遠に続いて欲しいものだと願う。その一方で何とか揚げねばと考える。何度目だろうか、奴が跳躍ではなく潜水に戦術を変える。そこで力の勝負となる。糸を衝撃で切られないようにドラグを何度となく調整し、ついに奴が目の前の水面に姿を見せる。アマゾンの勇者ここに落ちる。


その時を分水嶺に、僕だけでなく、おっさん、お兄ちゃんにも立て続けにトクナレが掛かるようになる。揚げては外し、揚げては外す。それを繰り返しているうちに、特に歯があるわけではないトクナレの口で親指の腹がぼろぼろになる。

この河の信じがたい豊かさ。わずか二十メートル四方ほどのこのポイントでどれだけの魚を揚げただろうか。これらプレデター(predator;捕食者)と呼ばれる、肉食性の魚を一匹養うには軽く五千匹の小魚は必要だろう。それを考えると、一体この水の中にはどれだけの魚がいるのだろうか、水の全てが魚で埋め尽くされているのではないか、そういった思いが巡る。確かにポイントは大事だ。しかしそれにしてもこのような先史的な釣りを体験すると、アマゾンの豊穣さに胸が打たれずにはいられない。それと共にいつまでもこの豊かさが残って欲しいものだと強く願う。先ほどから時折現れる、大きな魚に追われて水面を跳ねるように逃げる小魚の一匹一匹が愛おしくなってくる。


勝利の船は帰る。枯れ木の群れにさよならを言う。アディオス。また会う日まで。


写真説明

1. マン・サイズのトクナレとおっさん


2. どこにも傷のなく、どこにも垢の付いていない瞬間


Brazil 22へ続く

(July 2000)