ニューロサイエンスとマーケティングの間 - Between Neuroscience and Marketing

安宅和人: 脳神経科学とマーケティングの間に棲息

「大人たちにほめられるような馬鹿にはなりたくない」


Leica M7, 50mm Summilux F1.4 @Singapore


これは昨日のエントリ(「青年よ、狭き門より入れ」)の続編、補足です。

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実は、僕らの同期の誰もが、親や周りの人からなんでわざわざそんな会社に行くんだ、もっと「ちゃんとしたところ」どこにでも行けるのに、という話を何度となくされている。会社の名前が未だにちゃんと発音できない親を持っているやつだって別に珍しくはない。


でも僕は本当に正しい選択をしてきたと思っているし(きっと同期のみんなもそうだろう)、こんな人もろくに知らない会社に来て、奇獣、珍獣たちと実に面白い日々を送ることが出来て本当に良かったと思っている。


そのあと、やっぱり研究するために大学に戻ったが(教授が退任していたこともあり、教授の奨めもありアメリカに行った)、これもいかにもビジネスエリートのビジネススクールに行くような人生を送らなくて本当に良かった。かなりユニークな経験の掛け合わせのおかげで随分変わった感じ方をするし、決してひとくくりにされないので楽。(向こうも僕みたいな変なやつを受け入れるとは思えないが。笑)



20年前のバブル末期の学生当時(今でも)僕の愛したブルーハーツの歌に、


「大人たちにほめられるような馬鹿にはなりたくない」


という素晴らしい(しかし過激な)言葉があったが、全くそれを地でいってきた。そうやってある種のリスクをとり続けてきたことで随分まれな苦労と、随分楽しい思いをした。



ウィキペディアやヤフー、グーグルとともにこんな「第三の波」(トフラーの情報化社会のこと)すらもう終わりつつあるこの時代に、古い世代の言うことなんて聞いていてもまず絶対に失敗するのではないかと僕は思う。


まもなく、単なる知識とその再生産で飯を食べる時代は終わる。古典的なプロフェッショナルである医者や弁護士、会計士ですら、単なる基礎的な診断レベルで飯を食うことは困難な時代になる。それはアメリカのクイッケンなどを見ていると、ぼくが米国在住当時からかなりクリアな流れだ。


単なるホワイトカラーの仕事が、エクセルや業務アプリ、つまりソフトウェアに取って代わられたように、いまはついに知識層の基本的な仕事が根底から破壊されつつあるのだ。(だからこのウェブの片隅の僕のブログで、極めてハイブラウな脳神経科学の質問の応答などがなされていたりする。)いわゆるWeb2.0はこれを決定的に加速するために存在していた、と後世の人は語るだろう。


会計士や弁護士の資格を誇る人は、ちょっと時代遅れのレッテルを貼られる(そのために才能を浪費した人として見られる)時代が来てもおかしくないのだ。



これからは自分の目で見て、自分の肌で感じたことをベースに、単なる分析、分解論を越えて語れ、それを引き起こせる人の時代になる。佐藤可士和氏などがもてはやされ、PENのようなスタイル、見立てを売り物にする雑誌が安定して伸びているのは単なるファッドではない。


僕は僕なりに次のフェーズのねらいどころについての考えがあるが、それは若い人たちにゆだねたいと思う。考えるなら今だ。実に面白いダイナミックな局面だと思う。

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ps. たまにはこんな話題もいいかなと思って触れました。
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