ニューロサイエンスとマーケティングの間 - Between Neuroscience and Marketing

安宅和人: 脳神経科学とマーケティングの間に棲息

悩まない。悩んでいる暇があれば考える


Leica M7, 90mm Tele-Elmarit F2.8, PN400N @Santa Monica, CA


これはだいぶ以前からの僕の仕事上の信念。

kaz_atakaの教えの1(イチ)と呼んでいる。


多くの人は悩むことに時間を使いすぎている。そして悩んだことを仕事をしたと思ってしまう。でもこれは僕は大きな無駄だと思っている。

考えることと、悩むことは違う。全く違う。僕はそう思っているのだが、なかなか分かってもらえない。


僕が一緒に働く若い人にいつも言っているのは大体こういうこと。

「悩んでいると気付いたら、すぐに休め」

「10分以上(君のbrilliantな頭で)真剣に考えても埒(らち)が明かないときは、もう考える筋がないのだから、そのことについて考えるのは一度やめたほうが良い。それはもう悩んでいる可能性が高い」

「悩んでいるかどうかも分からないのであれば、もう悩んでいる可能性が高いのでやっぱり休んだほうが良い」

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考えると悩むって、それぞれどういう意味だと思いますか?

僕の理解では、

「悩む」というのは、答えが出ないという前提のもとに考えるふりをすること。

「考える」というのは、答えが出るという前提のもとに、建設的に考えを組み上げること。整理すること。


似ているような顔をしているが全く違う。

「悩む」というのはつまり、いくらやっても徒労感、変な自己満足しか残らない活動なのだ。そしてアウトプットが出ない人に限って、この悩む時間が長い。だからこいつ悩んでいるな、と思うといつもこう言ってる。


「悩んでいるぐらいなら女の子(男の子)と遊びにいくなり、映画でも見て来た方がまだまし。何も思いつかないなら、ナンパでもしてきてはどうか。ナンパ100人してうまく行けば楽しいし、全部ダメだとしても何か悟るだけまだまし。」(笑)


僕はパーソナルなこと、つまり恋人とか家族みたいな、もう答えが出るとか出ないとかというよりも「向かい合い続けることが意味があること」以外は、一切悩むことは意味がないと思っている。(それでも悩むのが人間であるし、そういう人は嫌いではないのだが、その人間らしさについての考察については省く。笑)


特に仕事(研究を含む)において、悩むというのはばかげたことだ。仕事は何かを生み出すためにあるものであり、変化を生まないと分かっている活動に時間を使うのはばかげている。

が、これを明確に意識していないと、すぐに悩んでいることを考えていると勘違いしてしまう。だから、僕と一緒に仕事をする若い人には、「とにかくもう悩んでいると気付いたらすぐに休む、悩んでいる自分をすぐに察知できるようになろう」と言っている。


暴論に聞こえますか?(笑)


見ていると、大体、この教えの本当の意味が分かって、実践に入るのに一年ぐらいかかるようだ。でもあるところで、みんな吹っ切れて「ようやくkaz_atakaの教えが分かるようになりました」とうれしそうにいうようになると、大体professional problem solverとして一皮向けた状態になっている。そして、何を習ったよりもこれが一番深い教えでした、と言うことが多い。


悩んだり、考えたりする対象がないような仕事をしている人にはちょっと関係のないことだけれど、知的生産に関わっている人にはかなりクリティカルなことではないかと思っている。


なんだか、腰が痛くて仕事できないでいるのだけれど、これは悩んでも考えてもしょうがない課題。とにかく早く直すしかない。この明瞭さが大切、、、なんて思っていたらこんなことを書いてしまいました。

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というような僕の基本的な考えについても、ちょっとずつ書いていけたらと思う。

異論、反論、オブジェクション(©筑紫哲也さん)色々あると思うけれど、それは承知。がんがん書き込んでみてください。


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ps. これまで、沢山頂いたみなさまの声に少しでもお応えできればと思い、一冊の本をまとめました。(2010.11.24発売予定)知的生産に本格的にご興味のある方は、どうぞ!

内容については、次のエントリをご覧頂ければと思います。


イシューからはじめよ―知的生産の「シンプルな本質」

イシューからはじめよ―知的生産の「シンプルな本質」


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