本当に東大レベルのお金があれば、世界に伍していけるのか?:国内大学強化に向けた考察1


Leica M3, Summilux 50mm F1.4 @子供の城, 青山

こんなところで議論するようなことではないと思うのだけれど、この間、大学論についてのエントリを書いてから、大学運営の基本的な構造について、恐らく幅広い誤解がある、あるいは事実の誤認識があるのではないかと思っており、少し書いてみたいと思う。

多分一回に書けるような内容ではないので、あふれた場合には何回かに分けて書いてみたい。本来、どこかにまとまった投稿でもすべき内容ではあるのですが、このネットの持つ力を信じて、少し載せてみたい。


曖昧さを落とし、はっきりさせたいと思っているのは次の三つ。

1.大学の教育、研究が世界に伍すために必要な予算のレベル感と現状
2.ギャップを産み出している構造的要素
3.以上をふまえると、国立大学の民営化、統廃合論は本当のところ検討に値するイシューと言えるのか?

なお、図表が多く小さいので、見づらい方はクリックして見てみてください。

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まず1、すなわち経済的にどの程度の規模感が必要かを見てみたい。理屈で考えてもらちがあかないので、そもそもの年間の経費バジェットとしてアメリカの主要大学はそもそもどのぐらい持っているかを見てみよう。*1

総合大学としてアメリカで最古の三つHarvard, Yale, Princetonと、歴史は100年ぐらいしかないが今や西のIvy schoolとも言うべきStanford、同じく若いがエンジニアリングスクールトップのMIT、非常に小さいが最先端科学研究のトップランナーの一つであるCaltechを選んだ。日本の代表として国としては出来る限り潤沢にお金をかけてきたはずの東大も一緒に見てみよう。(1ドル100円としている.以下同様)

(単位はUS billion、なのでほぼ1000億円単位)
たしかに予算として持っているお金の規模は、少なくとも東大は世界レベルだと言うことが分かる。


ただ、これらはその予算の対象となる学生の規模によって意味合いが全く異なる。それを見てみると次のような感じ。

我が国の方は、予算の集中だけでなく人も東京大学に集中し、やたら巨大であることが再確認できる。HarvardやStanfordでかなりの割合を占めるいわゆるprofessional schools*2がさして存在しないこと、留学生の数が少ないことを考えると(例えば東大の8%に対し、Yale 16%)この数字以上に巨大な大学だと言える。

ちなみに、以前もどこかのエントリで書いたが、米国は日本の2.4倍の人口を持ち(すでに3億人以上)、日本のような激しい少子化傾向がほぼ皆無のため、アメリカで定員1000人の大学であれば(大体MITがこの規模)、日本に仮にあるとすると同じ若者人口辺りで補正すれば定員300~400人の大学ということになる。逆に学年3000人以上の東大がアメリカに行けば、一学年7500人とか、8000人という巨大な大学になる。

で、この数字で先ほどの予算を割ってみると、これがお待ちかねの学生一人当たりの大学が持つ予算となる*3

いかがだろうか?

これら米国を代表する大学たちは、軒並み学生辺りの予算が年15万ドルを越えており、この15万ドルというのが一つの指標になる。とりわけ大きなエンジニアリングスクール(工学部のようなもの)を持つStanford, MIT, Caltechは高い*4 そして、我が和朝の誇る東京大学の方は、Harvard, Yale, Princetonのレベルと比較してすら、半分あるかどうか。

ちなみに、学生一人当たりの教員の数はそれほど変わらない。*5

また、予算の出費に占める給与・賃金の割合も劇的には変わらない。(Stanford 52%, Yale 46%に対し、東大41%)

ということは、教員辺りの給料、福利厚生が半分程度しかないということであり、これでは競争力のあるファカルティを世界から集めて形成すること自体が困難であるのは明らか。わたしの専門でもある脳神経科学のような伸張著しい分野が現れた場合、対応する力は著しく弱いと考えられる。*6当然、何度かこのブログで議論してきた学生に対する経済的なサポートも出来ない。

つまり、これほど手厚くやっているはずの東大であっても、現在の予算ですら到底足りていない、というのが実情と考えられる。ビジネスの場合、通常、同じ「事業」を行うとしても、半分のお金でやれというのは極めて難しい*7。同様に、少なくとも現状の倍はないと、アメリカの主要大学と同じようなことを実施するのはかなり困難なはずである。本当に国力の要として大学をきっちり考えるのであれば、たとえ議論しているのが東大だとしても、予算レベルを上げるか、全体として(統合とは逆に)更に人数を半減させるなどの絞り込みをかけるといういずれかの選択肢の問題になる。

次にこの差をもたらしている要因は何かについて見、本当に予算を上げるというような簡単な問題なのかを見てみよう。

(「日本の大学の資金力のなさはどこからくるのか」へつづく)


関連エントリ

ps. このあたりの内容を新しいデータをもとに分析し直し、本としても出版しました。更に日本全体の刷新の視点で見たときに何が課題で、それはどうして起きているのか、なにが太い筋で鍵になるのアクションなのかからはじまり具体的な打ち手としては?まで含めて議論しています。全体を俯瞰して考え、自分はどう仕掛けたいのか考えてみたい方におすすめです。(2020.7.20追記)

ps2. これまで、沢山頂いたみなさまの声に少しでもお応えできればと思い、一冊の本をまとめました。(2010.11.24発売予定)知的生産に本格的にご興味のある方は、どうぞ!
内容については、次のエントリをご覧頂ければと思います。

*1:数字は全て彼らのホームページから持ってきたもの。2008 or 2007年

*2:典型的には、Law, Medical, Business, Art, Music, Architectureなど

*3:註:研究費ではない。kaz_ataka試算

*4:註:米国の古い大学は巨大な工学部を持つ日本の大学とは大きく異なり、ほとんどエンジニアリングスクールがない、、、大学はArtとScienceをするところという位置づけで、professional schoolですら、100年ほど前まで邪道扱いされていた。

*5:ファカルティの定義はかなり大学ごとに異なるため、僕の方でちょっとデータを見て補正したためあくまで参考値。

*6:実際、ニューロサイエンスは北米の学会で4万人を超えるほど集まるなど、今や最大級の学術分野でありながら、未だにまともな対応が出来ているとは言いがたい。

*7:ブクマコメントを見て書き足し。大学という「系」を比較するための事業まるごととしての「システム」の話であり、単一の商品開発などの話をしている訳ではありません。同じ程度の規模の、ほぼ同じ業界の、にたようなポジショニングの商品を作っている会社が半分のコスト率で事業を行うということが可能なのか、という話です。ナイキとアディダスでも良いし、トヨタと日産でも良い。確かに研究者の人向けの言葉ではありませんね。誤解があったのであれば申し訳なし。