ニューロサイエンスとマーケティングの間 - Between Neuroscience and Marketing

安宅和人: 脳神経科学とマーケティングの間に棲息

能力主義とメリトクラシー


Leica M7, 90mm Tele-Elmarit F2.8, RDP III @ Grand Canyon National Park (Mooseと並ぶ、北米最大のシカ、Elkです。)


能力主義という言葉がある。


このように不景気になり、沢山の若い人がちゃんと仕事に就けない状態が続くと、若い人たちのコミュニティに熱望されているのではないかと思う。一方で、年を取って、守るものが多い人たち、多くの場合、その仕事を始めようとしている人たちの親の世代では、しかるべきポジションについている人ですら、あまりやり過ぎは良くないと考えているだろう。何しろ、自分の家族や子供をどうやって養っていけば良いか分からなくなるからだ。


実は、僕は一度もいわゆる年功序列的な仕事をしたことがない。もともと科学者にずっとなりたいと思っていたから、ということもあるが、少なからず、年を取った人たちにアービトラージ、日本語のえげつない表現で言えば、「さやを抜かれる」のがいやだなと思っていたからでもあると思う。もともとお金を儲けようと思って仕事を始めた訳ではないけれど、いわゆるサラリーマンに夢を抱くことが出来なかったことも大きな理由だったと思う。僕が大学四年だったバブル全盛、バブル最後の年(1990〜1991年)で、生涯賃金が、最も高いといわれた興銀(日本興業銀行*1)でもうろ覚えだけれど確か4〜5億だとかで(殆どの大手企業は当時3億円以下だった)、かたや自分が腰を痛めて診てもらっていた接骨院の親父が「このあいだも株で1500万円もうけた」なんて言っていて、最大稼げる企業に運良く入り、全ての夢を捨てて、身を粉にしてもこんなものかと思うと、なんだかバカらしくなったこともある。もう少しリスクをとって、今風(?*2)に言えば確変モードを狙いにいきたいと思っていたのかもしれない。


で、能力主義なのだが、当時はあまり何も思っていなかった言葉だけれど、今さんざんビジネスの現場で変革に携わり、実際に結果につながることに携わってきた結果、かなりくせ者ではないかと思っている。


「力」があれば重用されるべきなのかと言えば、正直クエスチョンだからだ。


事業、事業体というのは英語の会計用語でgoing concernということから分かる通り、常々変化に対応して、成長していく、少なくとも生き延びて先々に向けて投資していくというのが役割だと思う。


能力主義のいうところの「力」というのが実際に変革を起こす力であるとか、結果を産み出す力ということであれば良いのだが、往々にして世の中的には、あの人はこういう資格を持っているとか、こういうことをやらせれば出来るとか、経理に詳しいとか、あの分野に付いて良く知っているとか、しまいにはあの人は高い教育を受けているみたいなことばかりを「能力」と捉えがちだ。で、結果、英語学校ブームとか、資格とりましょうユーキャンみたいな、話がまき散らされることになる。*3


仕事を始めるぐらいの本当に若いうちはそれでもいいだろう。自力で引き起こした結果が何もないのが殆どのケースなのだから、そういう代替指標でもないと、多くの場合判断のしようがないだろうことはある程度しかたないと考えられる。


ただ、実際に仕事を何年も行えば、必ずその人の人生の後に何が残っているのかが、明確になる。


どのような変化を起こし、実際に今いる組織でどのような動きを引き起こし、それがどのような結果につながっているのか。その中で、どれだけの人を育て、どれだけの組織をまとめ、どれだけの希望と力を産み出したのか、だ。つまりgoing concernとしての組織にどれだけポジティブな効果を産み出したのか、そして産み出しているのか、が形になる。


決して、一発屋的な発明とか、大きな商談を一つとりましたという話ではない。問題はあくまで継続的に、あるいはシステマティックにそのような望ましい変化を産み出すことが出来ているのか、ということだ。


そう言う視点で考えると、多くの会社にかなりの数でいる「あの人はなかなかあの領域に詳しい」「あの人はこの分野ですでに何十年だ」という人は、組織にとっての価値は本当のところかなり怪しい。望ましい効果を産み出す人は、単に技能や知識があるだけでなく、それを使って結果を産み出せる人だからだ。心の問題が一つであり、大半の場合であれば、リーダーシップの問題でもある。人を一つの方向にまとめあげ、それに沿って結果を産み出せる人でなければ、ある程度以上のインパクトを産み出すことが事実上不可能に近いからだ。またそれが、会社や大学、研究所というものが人の集まりであることの意味でもある。



非常にシンプルで古典的な枠組みにSkill & Willマトリックスというのがある。



素朴な枠組みなのだが、人だとか自分がどこにいるのかを考える上で大変参考になる。組織を動かそうとする時に、組織の現状を考え、どこをレバーにして動かしていくのかを考える際にも、大変深い示唆を与えてくれる。


当然、どの組織にとっても宝になるのは、右上の象限の人であって、これはもう「人材」ではなく、「人財」というべき人だ。通常、大組織であれば5%とかそのぐらいしかいない。このような人たちを腐らせているようではその組織に未来はなく、どんどん任せていくべきだ。そして人の上に立つ人であれば、まずここに入ることを目指す必要がある。


縦軸は単にやる気として捉えられていることが多いが、これは本来は気持ちの心構え、心の素地というべきもので、右に行けば行くほど、その力に見合ったその結果のリーダーシップ、人望、牽引力が含まれる。付いて行こうとする者(follower)がいなければ、リーダー(leader、つまり牽引する者)とは言えない、と英語の世界ではよく言うが、まさにこれだ。


問題は、多くの組織において、能力主義で重用されたり、若い人が目指している領域が、右下にあることで、これらの人たちが大量にたまっている組織はかなり不健康だ。上のマトリックスでは暫定的に、左上と右下で人材1、人材2としたが、右下の人たちは僕は人材だとは思わない。


こういう人たちが、ああだこうだと文句ばかり言って、多くの場合、深い問題意識をもつこともなく、変革をくじく。そして、裏でぎゃーぎゃー言う。変に組織に長くいたりするので、影響力もあったりして、dark forceになりがちだ。なので、僕は能力主義というのは危険だなと思うのだ。


一方、左上の人たちは、多くの場合、未来への希望だ。この人たちこそ、鉄は熱いうちに打てで、どんどんとチャレンジさせないといけない。思い切りストレッチしてようやく出来るかどうかというチャンスをどんどん与える。もちろん、ただ任せるだけであれば無茶であり、無責任としか言いようがないが、ここは任せつつ、成長とトラブルがないかを近づきすぎずに見守る。信じて任せられ、思い切りがんばることなしに、人が大きく伸びることはあまりないのではないのかなと、僕自身の経験からも思う。


これまでそれなりの数の企業や組織を見てきたが、比較的能力主義と言われる中途の人が多い職場で右下な人たちを随分大量に見た。ちゃんと一緒に働いた人の声を聞くなどという基本チェックも含めた、十分にjob marketが発達してこなかったためかもしれない。これらの人たちは、何かを比較的つつがなくまわすことは出来ても、環境の変化に応じて、色々なことを仕掛け、その新しい試み、変化、イノベーションのために関係するお客様や沢山の人たちを動かすなんてことはしない。そして何か分かったようなことだけを言う。それは組織にとっての本当の力にはならない。


逆に良く練れた年功序列の組織の方が、帰属的な愛のある組織であれば、却って上の方の人たちは役割を担おうとしていくことがあっても全然おかしくない。


そう言う意味で、右上の度合いこそを組織は大切にするべきではないかと思う。これが会社にとってのmeritによる評価であり、これをmeritocracyという。なぜか、自分の元いた組織以外で日本語では聞いたことがないが、能力主義という言葉の底の浅さと、問題がこれだけ多くの組織で露呈してきている現在、メスを入れるべき、改善の方向性ではないかと思っている。


今、Wikipediaで検索してみたが、英語であれば、リンクのようにかなり徹底的に説明してあり、次に見る多くの言語での説明がある。が、日本語ではやはりないようだ。


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このコラムがある種の一石を投じることになればよいなと願っている。

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この間、ためにためてあったNHKのプロフェッショナル、仕事の流儀のうち、井上雄彦さんの回を偶然見、その結果、『バガボンド』を読んでいる。まだ20巻までしか読んでいないのですが、なぜか、上のようなことを思った次第です。


Hope you had a great weekend!


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ps. このエントリに限らず、写真にもスターなど頂けたりするととてもうれしいです。また、よろしければ下のリンクをクリックして頂けると幸いです。

*1:すでにバブル崩壊の過程でなくなり今はみずほコーポレート銀行の中の母体というべき存在。今から考えれば二重にバカ話かもしれないけれど、トップ官庁を蹴っても行っても良いという人がいたぐらいの日本屈指のエリート企業だった

*2:少なくとも当時はあまり一般的ではなかった言葉だと思う

*3:註:これらを行う事業者に罪はない