ニューロサイエンスとマーケティングの間 - Between Neuroscience and Marketing

安宅和人: 脳神経科学とマーケティングの間に棲息

富士の世界遺産内定に思う

GXR, Nokton Classic 35/1.4 (上空から見た富士)


富士山が世界文化遺産に内定したそうだ。

>「富士山」世界遺産に登録へ NHKニュース http://cro.st/mc5j

ニュースをご覧になった方も多いだろう。実にめでたい話のはずなのだが、なぜか初めてこれを聞いた時、僕は全くうれしくなかった。尽力されて来た方々には、本当に申し訳ないが、正直、なぜだか失礼な話だとすら思ったのだ。

それはほとんど生理的な反応だった。概ねこの国の何かが称えられることについてはうれしいというのがいつものことなのに、だ。

なぜなんだろう?

以下、自分なりに考察してみる。

まずそもそも、「富士」は、古(いにしえ)からの日本というか、この我々の住む土地の象徴であり、恐らく長い長い間、崇拝の対象であったはずだ。

富士は比較的新しい山だとはいえ、あの存在感とまれに見る形態の美しさから考えるに、天津神(あまつかみ)の末裔である現在の天皇家がこの国を祭るようになる以前からの崇拝の対象であったことは恐らく間違いないだろう。この国が葦原中国(あしはらのなかつくに)と呼ばれていた頃どころか、そのまた前の文字が伝わる以前の恐らく縄文の頃からそうだったと考えてもそれほどムリはないはずだ。

特に千年ほど前までは百年に一度ぐらいは噴火していたという話なので、存在の偉大さと、畏怖心が織り混じった感情が古代日本にあったと考えてもそれほどおかしくはあるまいと思われる。

そのような我々、日本に住む人々にとって明らかに格別の存在である山に、「世界遺産」というような肩書き、称号が必要なのだろうか、というのが第一。

そんなものがなくとも我々は富士を守ると思うし、乱開発などするとは到底思えないのだ。

この山は日本、日本人にとって唯一無二の存在だ。2012年末で962もあるという世界遺産の一つになっただけでむしろ貶められたとすら感じるというのはいい過ぎだろうか。

世界遺産を選定するUNESCOこと、国際連合 教育科学文化機関の条約本文を見ると、条約制定の理由の一つとしてまず次のようにある。(Wikipediaによるとアラビア語、英語、フランス語、ロシア語およびスペイン語を正文として作成されている、とのことなので、この中で私が唯一読める英文をまず掲げる。正文はUNESCOより。正式の翻訳が見つけられなかったので訳は意訳)

the cultural heritage and the natural heritage are increasingly threatened with destruction not only by the traditional causes of decay, but also by changing social and economic conditions which aggravate the situation with even more formidable phenomena of damage or destruction,

文化遺産と自然遺産はますます破壊の脅威にさらされつつある。通常の劣化理由だけでなく、社会的そして経済的な状況の変化により、更に手強い損傷や破壊がおき、状況が悪化している)

富士は本当にこのような状況におかれているのだろうか。むしろ、世界遺産に選ばれたことで、人が更に大量に押し寄せ、悪化する可能性の方が高いのではないだろうか、、。

しかも、なぜか今もほぼ無条件に日本人のほとんどが富士山を愛し、大切な存在だと思っている。裏日本で育った私もそうだ。菊の御紋を掲げていて国粋主義者と言われることがあったとしても、富士の写真を掲げていて、そのように言われることはまず考えられない。あまりにも我々日本人の多くにとって素直な感情だからだ。

つまり、富士は今も我々の多くの心に普通に生きている。海外に長く住んで日本に帰って来た時、多くの人が富士を飛行機や新幹線から見て、心から安堵するような存在なのだ。

日本最古ではないかもしれないが、少なくとも格式では一番であり、極めて古い歴史を持つ伊勢一帯(少なくとも内宮と外宮)が仮に世界遺産になったとしても、僕は同じく違和感を感じるだろう。富士も神宮も廃墟になってしまったアテネの神殿ではないのだ。ノアの方舟のたどり着いたとされるアララト山のような神話とセットになった話でもない。今生きて、存在していることに存在価値のすべてがある。伊勢の場合、巨大な杉の木は沢山あるかもしれないが、文化遺産に選ばれているバチカンのように特別の歴史的な美術品、古い建築物で取り囲まれた存在でもない。

そのような今も愛される我々の国の本質の一部と行っても良いような存在が、「世界」の保護監視下におかれる「文化」遺産になるということがなんともしっくり来ないのだ。

また条文に戻ると次のようにある。

protection of this heritage at the national level often remains incomplete because of the scale of the resources which it requires and of the insufficient economic, scientific, and technological resources of the country where the property to be protected is situated,

(この遺産の国レベルでの保護は往々にして完全ではない。必要とされるリソースの規模が大きいことと、その保護されるべき対象がおかれた国の経済的、科学的、そして技術的なリソースが不十分なためだ)

この豊かで技術大国の日本で、今も生きて愛されている富士という対象に対して、上の話が当てはまるということは考えにくいのではないだろうか。

第三に、この山ほど知られている日本の存在は殆どない。アメリカにいた頃、日本に初めて行く人の相談に乗ったことがなんどかあるが、彼らが持っている日本についてのイメージには常に富士と京都があった。これと秋葉原に代表されるハイテク、詳しい人なら浮世絵、枯山水などのミニマリズム的デザインが入り交じった不思議な国が、海外から見た際の日本という国の概ね共通に近いモチーフだろう。

そのぐらい知られている存在を、あえて世界遺産にしてまで、更に名を上げる必要が本当にあるのだろうか。それよりも、もし世界遺産すら取れなかったらどうするつもりだったのだろうか。

ちなみに今回、富士が選定された文化遺産の条件は以下の通りだ。(訳は文化庁のもの)

For the purposes of this Convention, the following shall be considered as "cultural heritage":
(この条約の適用上、「文化遺産」とは、次のものをいう。)

monuments: architectural works, works of monumental sculpture and painting, elements or structures of an archaeological nature, inscriptions, cave dwellings and combinations of features, which are of outstanding universal value from the point of view of history, art or science;

記念物:建築物、記念的意義を有する彫刻及び絵画、考古学的な性質の物件及び構造物、金石文、洞穴住居ならびにこれらの物件の組み合せであって、歴史上、芸術上又は学術上顕著な普遍的価値を有するもの )

groups of buildings: groups of separate or connected buildings which, because of their architecture, their homogeneity or their place in the landscape, are of outstanding universal value from the point of view of history, art or science;

建造物群:独立した建造物の群又は連続した建造物の群であって、その建築様式、均質性又は景観内の位置のために、歴史上、芸術上又は学術上顕著な普遍的価値を有するもの )

sites: works of man or the combined works of nature and man, and areas including archaeological sites which are of outstanding universal value from the historical, aesthetic, ethnological or anthropological point of view.

遺跡:人間の作品、自然と人間との共同作品及び考古学的遺跡を含む区域であって、歴史上、芸術上、民族学上又は人類学上顕著な普遍的価値を有するもの )

このMonuments, Groups of buildings, Sitesの三分類で言うと、富士は明らかにSites*1だと考えられる。

ここの works of man or the combined works of nature and man, and areas(人間の作品、自然と人間との共同作品及び区域)という言葉には、やはり違和感がある。富士は自然の作品だからだ。仮に300年ぶりの爆発かなにかが起きて、人間が造った登山道や神社がなくなったとしても、それほど価値は低減しないだろう。

which are of outstanding universal value from the historical, aesthetic, ethnological or anthropological point of view(歴史上、芸術上、民族学上又は人類学上顕著な普遍的価値を有するもの)ということについては全くその通りだと思うのでココには違和感はないのだが、、。

引用が多くなんだか長くなってしまったが、僕ののどに骨が引っかかるような感じを理解していただけただろうか。

ということを書いていたのだが、今朝、富士周辺の方々の喜びの顔をテレビで見ていると、まあいいやと思ってしまった。(笑)

ハッピーならそれでいいのだが、ホント、自分の複雑な感覚に時たまやられてしまうそんなゴールデンウィークの独り言でした。



*1:遺跡という訳は不適切