(書評)『真理の探究 - 仏教と宇宙物理学の対話』


Leica M7, 1.4/50 Summilux, RDPIII @Flagstaff, AZ


これ以上、ディープなテーマの本を探すのは困難だろうと思われる一冊。世界的な理論物理学者である大栗博司先生と、仏教学の泰斗である佐々木閑(しずか)先生の対話。

年末ぐらいから少しずつ読んできて、途中で全く関係のない『サピエンス全史』とか再度読み始めてしまったり*1、全く別のことにハマってしまったりしたためにようやく読了。

『真理の探求』というタイトルがやばすぎて、机の上をふらっと見た人に「遂にその道に、、、(絶句)」的な反応を示されることが多い本でもありました*2。そういう意味で魔除け的な効果があるのがオススメポイントその一です。笑

対話形式なので、双方の先生の質問がまた理解をぐっと深めてくれます。

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比較的冒頭に、双方から突き詰めた結果、どちらの立場からも「人生の目的はあらかじめ与えられているものではなく、そもそも生きることに意味はない」という衝撃的な結果が語られる。

科学の方法が、宇宙に意味がなく、人間にはあらかじめ目的が与えられていないことを明らかにした(p.33)

僕も心の底からそう思うので、全く同感であるが、このことを受け入れられる人はかなり少ないとは思う。とは言うものの、「そんなgivenな意味はないのだから、意味を与えるのは自分だ」と思って生きることは大切で、このことを若くして気づくかどうかで人生の重さは遥かに変わると思う。

いま手元にないので、30年ほど前に読んだ記憶だけで書くが、アウシュビッツを生き延びた心理学者 ヴィクトル・フランクル博士の手記である『夜と霧』のなかでも、「生きる意味がはじめからあるのではなく、生きる意味はお前が与えるようにお前の生命が求めているのだ」「生きる意味はあるのではなく自らが自分の意志で与えるものなのだ」という気づきがあったとおぼろげに記憶しているが(涙を流しながら読んだのにこの程度しか覚えていないのが私の情けないところ)、、これと全く同じ結論だ。

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今やかなりの数のベストセラーを書かれている大栗先生のことを知っているこのブログの読者は多いと思うので簡単に書いておくととにかくすごい人です。どんなハイエンドの物理のことも大栗先生にかかるとまるで絵本のような容易な文章で語られる(大栗先生自ら描かれるイラストがまたすばらしい)。2012年にTEDxUTokyoの一回目が行われた時に一緒にスピーカーとして立たせていただいた時以来のご縁で親しくさせていただいている。これ以上ないほど明晰。明るく、パワフルで元気で、子供のような純粋さを持たれているステキすぎる方です。

間違いなく、世界を代表する理論物理学者の一人。科学の聖地Caltech*3の理論物理のヘッドでもあり、我々のような門外漢への現代最高の物理世界の啓蒙者の一人でもあります。いつもは一テーマで一冊、それでも平易でよくこんなスペースに収められたなと感嘆しますが、この本では各章がもうその一冊分の世界。ちなみに第一部のタイトルは「宇宙の姿はどこまでわかったか」。ホーキング放射と因果律の破綻などシンプルで深い話も盛り沢山。

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佐々木先生は不勉強ながらこの本で知りましたが、なんと京大工学部のご出身(!)。理屈で仏教を突き詰めて仏教徒ではなく仏教を信奉されている(仏教の信奉者)というお立場。このようなバックグラウンドで研究されてきた話が面白くないわけがなく、ヤバイです。

一例を上げると佐々木先生は輪廻なんてないというか信じていないという衝撃的なことがサラリと語られる。

二千五百年前のインドでは当然の社会理念であった輪廻も、現在の日本人にとっては社会通念ではないので、私たちはそれを土台にすることはできません。私自身、輪廻は信じておりませんから。(p.93)

科学的に考えればたしかに物質は体になったり空気になったり石になったりと色々変転しているものの、それらは一旦ばらばらになって別の物体だとか数多くの個体に分かれてしまうわけで、たしかにです。

このあたりから始まり、いまの仏教と日本で信じられているものはそもそもブッダ仏陀)が教えたものとはかけ離れており、我々が仏典のつもりでお経として日本で読んでいるものはブッダその人の教えでもなんでもないこと、大乗仏教はどこから出てきたのか自体が実は謎であること、大乗仏教はかなり一神教に近づいた考えであることなどが読んでいるうちにどんどんわかります。

最後の最後には、大乗仏教の起源まで解明された話が出てきます。(このテーマ自体がハア?それってイシューなの?と思われる人が多いかと思いますが、これ自体がとんでもなく興味深いテーマだということが分かることもこの本の面白さの一つです。)

これまで大栗先生のご本は大部分目を通してきたこともあり、今回驚いた話はかなりが仏教絡みでした。大栗先生がいつもの明晰さでズバリと聞きづらいこともきっちりと切り込まれていくだけにその見え方がより明瞭になっている効果は絶大。

深層心理学とか宗教について色々興味を持って調べたり考えたりした若かった時以来、久しぶりにストレートに向かいあいました。

  • 仏法の基本原理、三法印
  • 四諦とはなにか
  • 三蔵とは?(そうあの三蔵法師の三蔵です!)
  • グローバルスタンダードとしての三宝
  • 釈迦オリジナルな仏教の本質

など面白すぎる話題が盛り沢山。三宝周りの話など面白すぎて、この間、政府系のある委員会でもついこの本でお聞きした話をお話したら委員の皆さんもばかうけ

「意識を失った人」は実は「意識だけがある」人(p.121)

という話も面白すぎますし、これに続く自由意志についてのお二人の対話も実に深妙。

時間とは「刹那」の単位で変化する現象の積み重ね(p.124)

という話を読んだときは、ユクスキュルの名著『生物から見た世界』の話に思いを馳せ、頭がグルングルンともう大興奮。(この本には生物によって時間の流れや世の中のみえ方が全く違うことが具体的な事例から出てきます。)

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人が世の中、生の意味に向かい合うということは何を意味しているのか、そして生きるということについて思い悩むことのくだらなさというか本質についてガツンと向かい合いたい、そんな方は手にとって頂ければかならず何らかの気付きがあると思います。

この本が生まれた瞬間に日本に生きていることを感謝したくなる、そんな本でした。


*1:話はずれますが、先日とある対談でも触れたとおり、これも絶対に読むべき名著です!

*2:僕は全く読んでる本にカバーとかかけないので

*3:California Institute of Technology,カリフォルニア工科大学学部入学生の数は一学年でわずか235人程度。卒業するのはその3分の2。世界で最も賢い人の集まる大学と言われる。世界の大学ランキングでもよくHarvard、Oxfordを抑えて一位になっています。