「風の谷」という希望

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Leica M7, 1.4/50 Summilux, RDPIII @Lake District, UK

2017年の秋、とある知人の誘いで鎌倉にある建長寺 *1に合宿討議に行った。コクリ!プロジェクトという集まりだ。コクリと言っても子供の頃やったコックリさんとかとは全く関係がない。Co-creationの略で、「100年後に語られる一歩を創ろう」と様々な社会変革を働きかける人たちが集まり、その働きかけそのものについて語り合うのではなく、心の底に降りていって、そして自分の中にあるものを見つめ合う、そんな集まりだった。

誘ってくれたのは、そのコクリの運動論のfounderである三田愛さんと、中心的にこの運動論をサポートされ、もはや中心人物の一人である太田直樹さんだった。なおコクリでは各自をファーストネームをベースにしたハンドルネームで呼びあうことになっており、以下お二人をあいちゃん、なおきさんとして紹介する。

あいちゃんはリクルートの一員だけれども、このコクリ運動論を長らくリクルートの社会変革プロジェクトの一部として仕掛けられていて、公と私が高度に一体化している。笑顔が素敵で、可愛い男の子の一児の母であり、涙もろい。なおきさんは数年前まで総務大臣補佐官を務められていたので、その筋(霞が関界隈)の人であればご存知のかたも多いだろう。BCGのコンサルタントを長らく務められ。いまはかつての公務の延長だけでなく、数多くの地方再生的な取り組みにかかわられている。人懐っこい笑顔と、強さ、そして柔軟性が共存するとても素敵な個性だ。

そのお二人がある日、夏だったかちょっと相談があるということでオフィスにいらっしゃった。当時、僕はもともと長らく仕掛けてきたデータ×AI人材が足りない、またこの新しい局面でジリ貧気味の日本をどうやってturnaroundさせるのか系のお話*2が相当に立て込んでいて、いろいろ首が回らなかったのだが、もうなんだか二人のほんわかした暖かさとなんとも言えない不思議な語りに、つい行くと言ってしまったのであった。

当日も鎌倉遠すぎる!とか思いながら、ひいこらクルマを運転し向かい、なんとか参加したのだが、行ってみると、体の奥底に潜んでいるなにかを表に出す試みなど、数多くの実に面白いセッションがあり、あっという間に一日が終わりに近づいた。そして、最後に座禅を組むわけではないが、深く自分の何をやりたいのかを考える場があった。そこで僕に唐突に電撃のように一つの考えが降りてきた。

いたるところが限界集落となって古くから人が住んできた集落が捨てられつつある。これは日本だけでなく、ヨーロッパやアメリカ、オーストラリアなどでも同じだ。この1-2世紀かけて、世界のどの国も人口は爆増してきたのに、だ。これは世界中のあらゆるところが都市に向かっていているということだが、このままでいいのか。このままでは映画ブレードランナーのように人間が都市にしか住めなくなり、郊外は全て捨てられてしまう未来に刻一刻と向かってしまう。そんな未来を生み出すために僕らは頑張ってきたのか。これが僕らが次の世代に残すべき未来なのか。今、データ×AIだとかそれ以外にも数多くのこれまででは不可能だったことを可能にするテクノロジーが一気に花開いているが、これらはそもそも人間を開放するためにあるのではないのか。これらをうまく使うことによって人間が自然と共に、豊かに生きる未来というのは検討できないのか、そうだ!「風の谷」だ!

風の谷というのは、宮崎駿監督がおそらく最初に生み出された映画作品の一つ「風の谷のナウシカ」(以下ナウシカ)に現れる一つの心の原風景のような集落だ。そこに描かれる未来は、現在とは似ても似つかぬ世界で、もうほとんどの空間は人が住めるようなところではなくなっている。巨大な菌類に覆われた"腐海"という、人間や大半の生命体にとっては毒まみれの極めて危険な空間になっているのだ。腐海にはその毒性に耐えうる巨大な蟲(むし)たちが謳歌していて、人は腐海に覆われていない限られた空間に暮らしている。そもそもが人類の文明が発達しすぎて、バイオテクノロジーとロボティクスを組み合わせたような巨神兵という破滅的な兵器が世界の殆どを焼き尽くし、それから千年ぐらいたってしまったあとの話、という設定だ。風の谷は腐海の風上にあり、つねに風が吹き込んでいるために腐海の毒に覆われてない、そんな場所として描かれる。

ナウシカは僕がまだ10代の頃、アニメージュという雑誌に宮崎監督の異様なエネルギーを込めた手描きの作品として連載されていた。当時、時に涙を流しながら読んでいたのだが、まだ連載中にそこまでの一部が映画化されたのが上の映画作品だった。原作含め、とても好きな作品ではあったものの、扱うテーマがあまりにも重く、正直もう十年以上も見た記憶がないぐらいの状態だったのだが、唐突に僕の上にその言葉が降りてきた。

で、その瞑想的なセッションが終わり、それぞれが自分に降りてきた考えをシェアし合うセッションに移った。120−130人ほども参加していたので、もちろん全員が、というわけにはいかず、あえて手を上げてでも話したい人が話すという場だった。はじめ数名の人がいろいろな意見を述べられていたのだが、僕にもう驚くほどの衝動が襲ってきて、上の話をしたのだった。結局10数名ほどの人が新しい考えを述べられたと思う。

その後、各アイデアに興味を持つ人、賛同する人がそれぞれ集まって議論する場に移った。僕のアイデアに賛同される人などいるんだろうか、と恐る恐る建長寺の大広間に向かうと、四人の人が集まってきてくれていた。げんさん、けんすけさん、ともこさん、えいじさんだ。げんさん(熊谷玄さん)は日本を代表するランドスケープデザイナーで国内だけでなく韓国の国宝寺や中東など世界を股にかけて数多くのお仕事をされている。けんすけさん(藤代健介さん)は渋谷にCiftという場をもって家族を融合させる拡張家族という、人のつながりとコミュニティをゼロベースで問い直す試みを行っている。ともこさん(白井智子さん)は「成長したくない子はいない」と居場所のない子どもたちのための日本初の公設民営のフリースクールを作られている。えいじさん(原田英治さん)は「誰かの夢を応援すると、自分の夢が前進する」という骨太の出版社、英治出版の創業社長だ。*3

あの場の熱気はものすごいもので、わずか10-20分の間に僕らの考えをどんどんと整理していった。

  • テクノロジーの力で人がいない問題は大半が解決できる、、、郵便局、モノのデリバリー、人の移動、異常の検知
  • 人間はもっと技術の力を使えば、自然と共に豊かに、人間らしく暮らすことが出来る空間を生み出せる
  • 定住する必要はなく週末だけとかでもいい。いない時はテクノロジーにメンテしてもらえばいい、、自動走行車は、道に関係なく動けるトラクターとかが必要になるかも
  • 「風の谷」は1つではない。いくつも、恐らく日本だけで1000を超える「風の谷」を創るポテンシャルがある。世界にも。しかも思想を共有しつつも多様に広がりうる
  • Scrap and build。古い集落は地縁、血縁、風習が強く、このような新しい取り組みをやるには膨大な調整が必要。、、、廃村間際の空間で一度ゼロベースにしてやり直す

などなどだ。

このあと、岩佐文夫さん(編集者/前ハーバード・ビジネス・レビュー編集長)、宇野常寛さん(評論家/Planets主催)、菊池昌枝さん星野リゾート/前 星のや東京総支配人)、佐々木康晴さん(クリエーター/電通)、園田愛さん(インテグリティヘルスケア)、橋本洋二郎さん(コクリ/ToBeings)、深田昌則さんPanasonic Catapult)など僕の近くのヤバい人で、かつ深く賛同し、更に立ち上げ段階のふわっとしたこの段階からしっかりとコミットしてくださるという人に少しずつ声をかけて、2017年のクリスマスの日、12/25に第一回の議論を開始した(もちろん、あいちゃん、なおきさんも)。かれこれ一年半以上前の話だ。

最初の数カ月はそもそも我々は何を目指そうとしているのかの具体化だった。結局のところ、僕らが目指しているのは「都市集中型の未来に対するオルタナティブを作ろうということなんだ、ということが最初の何回かの議論ではっきりした。大事な留意点としては決していわゆる村おこしをしようとしているわけではないということだ(もちろん結果的に起きる部分は多分にあるだろう)。

並行してこれらの議論から浮かび上がってきた我々の目指す姿、価値観を憲章としてまとめていった。すべての価値観を問い直せる運動論にしようと。憲章の最初のドラフトをしていただいたのは岩佐文夫さん、これを宇野常寛さんと共にもみ直して頂き、更にコアメンバーで揉み込んでいる。なお憲章は永遠のβであり、いつまでたってもver.1には到達しない。一部を抜粋して紹介しよう。

●前文的なもの
人間はもっと技術の力を使えば、自然と共に豊かに、人間らしく暮らすことが出来る空間を生み出せる。経済とテクノロジーが発展したいま、我々は機能的な社会を作り上げることに成功したが、自然との隔たりがある社会に住むようになり、人間らしい暮らしが失われつつある。これは現在生きる我々の幸福だけの問題ではない。これからの世代にとってのステキな未来をつくるための課題でもある。「風の谷」プロジェクトは、テクノロジーの力を使い倒し、自然と共に人間らしく豊かな暮らしを実現するための行動プロジェクトである。

●「風の谷」はどんなところか

  • 良いコミュニティである以前に、良い場所である。ただし、結果的に良いコミュニティが生まれることは歓迎する。
  • 人間が自然と共存する場所である。ただし、そのために最新テクノロジーを使い倒す。
  • その土地の素材を活かした美しい場所である。ただし、美しさはその土地土地でまったく異なる。
  • 水の音、鳥の声、森の息吹・・・自然を五感で感じられる場所である。ただし、砂漠でもかまわない。
  • 高い建物も高速道路も目に入らない。自然が主役である。ただし、人工物の活用なくしてこの世界はつくれない。

●「風の谷」はどうやってつくるか

  • 国家や自治体に働きかけて実現させるものではない。ただし、行政の力を利用することを否定するものではない。
  • 「風の谷」に共感する人の力が結集して出来上がるものである。ただし「風の谷」への共感以外は、価値観がばらばらでいい。
  • 既存の村を立て直すのではなく、廃村を利用してゼロからつくる。ただし、完全な廃村である必要はない。
  • 「風の谷」に決まった答えはない。やりながら創りだしていくもの。そのためには、行き詰ってもあきらめずにしつこくやる。ただし、無理はをしない。
  • 「風の谷」を1つ創ることで、世界で1000の「風の谷」が生まれる可能性がある。ただし、世界に同じ「風の谷」は存在しない

●「風の谷」が大切にする精神

  • 自然と共に豊かに人間らしい生活を営む価値観。ただし、「人間らしさ」は人ぞれぞれである。
  • 多様性を尊び、教条的でないこと。ただし、まとまらなければならないことがある。
  • コミュニティとしての魅力があること。ただし、人と交流する人も、一人で過ごしたい人も共存している。
  • 既存の価値観を問い直すこと。ただし、現代社会に背を向けたヒッピー文化ではない。ロハスを広げたいわけでもない。
  • 既得権益や過去の風習が蔓延らないこと。ただし、積み重ねた過去や歴史の存在を尊ぶ。

●さいごに

  • 「風の谷」は観光地ではない。ただし、観光客が来ることを拒まない。
  • 「風の谷」は風の流れがあり、匂いや色彩の豊かさを五感で感じられる空間である。ただし、谷がなくてもいい。

(以上抜粋)

ここにあるように、〇〇と決めつけない、このような表現を僕らは「風の谷文法」と呼んでいる。

この憲章の骨格部分ぐらいがまとまってきたぐらいの時に、僕のマッキンゼー時代の同僚でいまシグマクシスにいる柴沼俊一さん(しばちゃん)と内山そのさんから取材を受け、まとめてもらったのが以下の記事だった。それなりに話題になったので、ご覧になった人もいるかも知れない。しばちゃんはそれ以来コアメンバーに入っている。

www.future-society22.org

また並行して、仕事の合間を見て様々な分析も進め、議論を深めていった。この中から、この都市集中型の未来に向かっているのには少なくとも2つの大きな理由があることも見えてきた。1つがコミュニティ、空間を維持し続けるためのインフラコストの異様な高さであり*4、もう一つが都市の利便性に抵抗しうるだけの、土地としての求心力をもたせることの困難だ。この前半部分の最初の分析は落合陽一・小泉進次郎両氏による「平成最後の夏期講習」で投げ込み、その後、このイベント討議をまとめられた本の中にも入ったのでご覧になった人もいるかも知れない。

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(参考:平成最後の夏期講習での投げ込み資料

実際の空間の中で全身で考えなければ考えが及ばないことも多く、各人が「谷」的な場所に行って、体験してきては気づきをシェアすると共に、コアメンバーの有志でいくつかの場所の視察、合宿にも行った。その中の一つ、奥会津は実に美しい空間だったが、もう人がいなくて回るか回らないギリギリのところとは何かを知り、実際に隣の建物が1キロ近い空間でモビリティと道についての考えを深めた。また土地の求心力の観点で土地の記憶と食を融合する重要性も深く実感した。柳田國男先生の「遠野物語」の舞台でもある岩手県の遠野にも赴いた。千年以上続く日本屈指の馬の産地だが、見渡す限りの牧場の中、僕らよりも遥かに大きな生物、馬、の群れと何時間も触れ合うことからの気付きは深かった。夜、外にでると、360度あらゆる方向からサラウンド的に動物の活動でざわついていたが、そこからくる本能的な戦慄と僕らの先祖が普通に体験してきた夜の重みも全身に染みた。*5

昨年の9月からは僕が慶応SFCでゼミ(研究会)を持つようになり、学生の皆さんにも入ってもらうようになった。今は、上の二大課題と全体統括的な課題を様々な個別課題に切り分けつつ、道、モビリティ、上水/下水、エネルギー、ゴミ、ヘルスケア、森の多様性、食、建物など個別チャンクごとにスコーピングを整理すると共に、かなり幅広く深掘り、検討を進めはじめている。

少し余談だが、こんな議論をしている最中の昨年の夏ぐらいに、委員の一人を務める内閣府の知的財産戦略ビジョン検討で、同じく委員の魔法使い 落合陽一くんと同じテーブルになったことがあった。どんなお題だったのかよく覚えていないが、その審議会の毎度のスタイルで各委員が5分ほどで大きなポストイットにアイデアを書きまくり、これを大きな紙に貼り付けながら各自1-2分で説明するということをやった。僕が「風の谷」 vs 「ブレードランナー」の話をふと投げ込んだところ、彼はさすが直ぐにかなり良い反応をしてくれ*6、僕から問題意識を説明し、ひとしきり議論をした。しばらくして今年の年始に彼のブログ記事になった「風の谷のブレードランナー」はこの時の話がきっかけだったのではと思う。*7

そうこうしているうちに今年の1月末にコアメンバーでの第16回ミーティングがあった*8。毎度夕方7時に集まりエンドレスで盛り上がるのだが、この時は年始でしかも二年目の第一回ということもありいつにもまして熱い議論になった。結果、「数百年、少なくとも200年以上続く運動論の最初の型を立ち上げる」ということで合意した。都市集中型の未来に向かうのはmake senseするロジックであり、これに対してmake senseするオルタナティブを作ることは並大抵のことではない。だからこそ、一過性の、いまこの2019年段階での最適解を見つけることが目的なのではなく、正しく問いを立て、lastingな継続性のある運動論にしていこうと。

並行してコアメンバーは少しずつ広がり、小林ヒロト先生(建築家/慶応SFC)、大薮善久さん(土木のプロ/元日建設計)、喜多唯くん(東大暦本研)、上野道彦くん(暦本研/LINE)、御立尚資さん(BCG)などにも入ってきて頂けるようになった。そのほか、名前を聞けば分かるようなテクノロジストの先生、元秋田県副知事、資源エネルギー庁高官、'Living Anywhere'運動の主催者の方々などヤバイ面々にもアドバイザリー的に入っていただいている。

そしてこの夏、ついに具体的に本物の土地で更なる検討を開始する。

場所は実際「谷」的な場所を持ち、なおかつ目線の高い首長(加藤憲一市長)とスタッフの方がいらっしゃる自治体、小田原市*9。実に楽しみだ。


ps. なおもちろんこの風の谷の運動論は、憲章にある通り、一つの場所に留まるものではまったくなく、数多くの実験、展開地点が広がるものだ。しかも共鳴する志を持つ、世界各地の運動論を排除するものでもまったくない。むしろ学びあい、知恵を共有しあい、多様なソリューションの検討をしていくべきものだ。いまの限られたキャパではいきなり戦線を広げるわけにはいかないが、このことは最後に付け加えておきたい。

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関連エントリ

*1:鎌倉五山第一位の臨済宗建長寺派大本山で、国の重要文化財に指定されている総門・山門・仏殿・法堂・方丈が一直線に並ぶ伽藍配置が残る。公式サイトによる。

*2:2013年春に有志で立ち上げたデータサイエンティスト協会の理事だとかスキル定義委員長のお仕事に始まり、NII、統数研、遺伝研、極地研などの国研を束ねる情報・システム研究機構×文部科学省の高度データ人材育成検討、はたまた経産省産業構造審議会 新産業構造部会の新産業構造ビション関係、総務省×文科省×経産省による人工知能技術戦略会議関連の検討、国交省のi-Construction検討(土木系の深刻な人不足をICTほかのテクノロジーで解決しようという国家的プロジェクト)、各所で呼び出される「シン・ニホン」構想の投げ込みなどが重なりかなりバタバタしていた。

*3:ティール組織」や拙著「イシューからはじめよ」も実は英治出版だ。

*4:この結果、都市からのかなりのまとまった資本注入なしには回らない、すなわち都市側がこれ以上は無理だと判断した途端に詰む状況。これでは未来の世代に向けて張ることも、仕掛ける余力を生み出すことも困難。

*5:この自然の中でも体験できる豊かな食文化を教えて頂いたLiving Anywhereおよび奥会津、遠野近辺の関係者の方々に深く感謝している。

*6:平成最後の夏期講習の前打ち合わせの時からこの前段階として上の話をしていたこともあるからかもしれない

*7:この超絶忙しい異才(天才)に入ってもらうのに適したロールを今はパッと思いつかないのだが、最高にロックでテクノロジーでデザインセンスがあり、未来への想いが熱い落合くんにどこかできっと合流してもらえるタイミングがあるのではと勝手に思っている。

*8:ほぼ月次で集まって個別検討の進捗と今後の進め方を相談している。合宿を除いてももう22回行った。

*9:小田原市は先日、内閣府SDGs未来都市事業に選定された。加藤市長の施政方針資料にも「風の谷」が登場している。

2018年の活動を振り返る


Sabah, Borneo Island, Malaysia
Leica M (typ240), Summilux 1.4/50, RAW


気がついたらあっという間に年の暮れですが、皆様いかがお過ごしでしょうか?

年末だということもあり、自分の振り返りも兼ねて、web上でpublicになっている主たるアウトプット的なものをまとめてみました。★が付いているのが個人的に重要かなと思っているものです。

1. 財務省 財務総研のイノベーションを通じた生産性向上に関する研究会★
https://www.mof.go.jp/pri/research/conference/fy2017/inv2017_04.htmwww.mof.go.jp
https://www.mof.go.jp/pri/research/conference/00report/inv2017/inv2017_report10.pdfhttps://www.mof.go.jp/pri/research/conference/00report/inv2017/inv2017_mokuji.htmwww.mof.go.jp

昨年の本当の年末、主計官の皆様及び財務総研の先生方に投げ込ませて頂き、10月に遂に「シン・ニホン”AI×データ時代における日本の再生と人材育成」を含む本が「きんざい」から出版されました。ちょっと値が張る本ではありますが、生産性問題について考えたい人におススメです。元は財務省 財務総研での昨年秋から今年年始にかけての集中討議。東大大橋弘先生、名誉所長吉川洋先生、Glocom高木聡一郎先生、楽天 森正弥さんらの錚々たる講師陣の中になぜかお呼ばれしお話ししたものです。


2. 情報通信審議会 情報通信政策部会 IoT新時代の未来づくり検討委員会 人づくりWG(第3回)
総務省|情報通信審議会|情報通信審議会 情報通信政策部会 IoT新時代の未来づくり検討委員会 人づくりワーキンググループ(第3回)
http://www.soumu.go.jp/main_content/000529912.pdf
1/24 ここでもシン・ニホンを投げ込みました。


3. 日経調『人工知能は、経済・産業・社会をひっくり返すのか?~大企業トップがAIに関してやるべきこと』★
人工知能(データ×AI)研究委員会 報告書、審議経過 | 日経調 Japan Economic Research Institute
http://www.nikkeicho.or.jp/wp/wp-content/uploads/17-3_AI_report.pdf

日立の庄山名誉会長のもと、日本を代表するAI関連の識者の多くが集まり、一年半ほど検討してきたものの取りまとめ。大企業はそのままではこの変革を起こせない、ここでどういう投げ込みをするべきかについてかなり喧々諤々議論しました。第2章はこれを差し込むことも含めて、かなり色濃く僕の提案が反映されています。

ちなみに日経調の正式名称は日本経済調査協議会。1962年3月、「日本経済の発展に寄与することを目的に、内外の経済社会ならびに経営に関する中長期の基本問題を幅広い視野に立って調査研究する機関」として、経済団体連合会日本商工会議所経済同友会および日本貿易会の財界4団体の協賛を得て設立されたという歴史のある財界のシンクタンク


4. AIは僕たちのFun Timeをどんどん増やしてくれる(対談)
www.hoshinoresorts.com

2月に星野リゾートの星野佳路社長と10数年ぶりにお会いしてお話した内容。とっても楽しくかつ光栄でした。


5. ICCサミット FUKUOKA 2018
industry-co-creation.com

スタートアップを中心にいわゆるヤバイ人が集う小林雅さんが率いるICCこと、Industry Co-Creationの年に二度のサミットに登壇。何度もやってきたデータとかAIとかではない話にしたいと訴え、2017/5のDiamondハーバード・ビジネス・レビューで書かせていただいた論考をもとに「知性に関する一つの考察」を投げ込み。これを石川善樹さん、楽天北川さん、リバネス丸さん、尾原さんとやったセッションがもう立ち見が入りきれないほどの熱気で異様な盛り上がりに。楽しかった!


6. EIJYO COLLEGE SUMMIT 2017(講演)
eijyo.com

2/17。大手企業35社の営業職女性がつどうエイカレッジの年会で講演させていただきました。マッキンゼー時代の親しい同僚である佐々木裕子さんからのお声がけ。下のMashing Up、日本ヒーブ協会の40周年記念シンポジウム含め、今年は輝く女性に沢山お会いし、希望を感じた一年でした。


7. おじさん VS 世界 「若者よ、自意識を捨ててラクになれ」 (パネル討議)
www.cafeglobe.com

2/23 MASHING UPという輝く女性が集まるイベントの中で前Wired JAPAN編集長の若林さん、石川善樹さんと登壇したという異色な記事です。


8. MIT Asia Business Conference
http://mitasiabusinessconference.com/ai-digital-transformation-panel/

3月にMITのMBA/PhD学生たちからお声がけがあって登壇。中国がゲームのすべてを変えつつある、イノベーションはむしろもうアメリカではなく中国から生まれていると言ったらえらく驚かれ、会場の別の登壇者の多くから、数多くの反論?を受けました(笑)


9. stars insights: 24 April 2018(インタビュー:英語)
http://www.the-stars.ch/media/431752/kazuto-ataka_machines-will-never-completely-overtake-human-beings.pdf

3月 MITの前後でSingaporeのstarsという次世代リーダーを生み出すイベント登壇の際に取材を受けたものが4月に記事になったもの。


10. INNOVATION ECOSYSTEM ニッポンは甦る! (講演、単行本への寄稿)

こちらは自民党 知的財産戦略調査会から気合の入った一冊。甘利先生、山際先生の全体観に始まり、落合陽一さん、上山隆大さんとの総論対談、更に冨山和彦さんらの識者提言に。よりスッキリとした形で、3月にこの知財戦略本部で投げ込ませていただいた僕の「シンニホン」の抄訳も入ってます。政権で国家戦略を担う人たちの考えを俯瞰するためにも、いろんな識者の視点を一気に見るためにも有用な一冊。個人的には自分の言葉がいきなり表紙を開くと出てきてビックリしました。


11. 安宅和人 x Future Society 22(インタビュー)★
www.future-society22.org

3月にシグマクシスの柴沼さんと内山そのさんの取材を受けた内容。柴沼さんはマッキンゼー時代からの大切な友人であり後輩。この一年あまり仕掛けている「風の谷」の話を初めて外で語った場でもあります。


12. 5/12 東洋経済のAI特集「AI時代に勝つ子・負ける子」

(1) AI時代の人間に必要な力が見えてきた(基調論文的な記事)
premium.toyokeizai.net

(2) AIを使い倒せる人がどの職種でも活躍する(コラム記事)
premium.toyokeizai.net

基調論文的な記事の骨格づくりでかなりサポートしました。(人間とAIを対比した図表はDiamondハーバード・ビジネス・レビューの人工知能特集でかつて僕がまとめたものそのものです。)


13. 内閣府 人間中心のAI社会原則検討会議「AI readyとは何か?」(国の審議会での投げ込み)★
https://www8.cao.go.jp/cstp/tyousakai/humanai/2kai/siryo3-3.pdf

裏面でやっていた経団連の「AI原則TF」、中西会長「Society5.0」検討(未来協創TF:後述)(どちらも座長はソニーCSL北野先生)の議論中にふと口に出したこの考えが、今から考えると確かにmissing pieceで大切な投げ込みになりました。多くの人にも一緒に考えてもらえたらうれしい。


14. 内閣府 知的財産戦略ビジョン(国の審議会討議のアウトプット)★
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/kettei/chizai_vision.pdf(フル版)
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/kettei/chizai2018_smmry.pdf
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/kettei/chizai2018_smmry.pdf(ダイジェスト版)

6月発表。住田局長(知財戦略推進担当)のもと、ATK梅澤高明さん、魔法使い落合陽一さん、ドワンゴ川上量生さん、IGPI冨山和彦さん、慶応中村伊知哉先生、ロフトワーク林千晶さん、原山優子先生、東大渡部俊也先生らとの異種格闘技戦の本当に面白かった議論を経て生み出された戦略ビジョン。単なる知財の枠を超え、この社会を強くするために「価値デザイン社会」を目指すということになり軸がソリッドになった。これまで色々なところで訴えてきた「未来=夢×技術×デザイン」という枠組みがここに入ったことに希望を感じました。


15. テクノベートが進化させる未来とは?~ヤフー安宅×メルカリ小泉×ロボ高橋×理研髙橋(パネル討議)★
www.youtube.com(2018)
globis.jp(2017)
www.youtube.com(2016)

7/7 グロービスMBA学生のみなさんが年に一度集まる「あすか会議」でのkeynote的なセッションでの登壇。動画です。2017の小泉さん、落合陽一さん、Globis堀さんとの登壇、2016のIGPI塩野さん、千葉工大 古田先生、Globis堀さんとの登壇のビデオもセットでご覧になるといい感じかと。


16. 新しい社会と知財のビジョン-「価値デザイン社会」を目指して-(パネル討議)
https://www.rieti.go.jp/jp/events/bbl/18072001.html

7月にRIETIで内閣府の住田局長と一緒に登壇させていただいた時の記事が上がりました。知財戦略プロジェクトにて、上述の異種格闘技戦の本当に面白かった議論を経て生み出された「価値デザイン社会」がテーマです。お手すきのときにでもご覧頂ければ幸いです。


17.【落合陽一・小泉進次郎】平成最後の夏期講習 (公的イベント登壇)★★
【落合陽一・小泉進次郎】平成最後の夏期講習|ニコニコインフォ
冒頭プレゼン_安宅和人さん_我が国の未来に向けたリソース投下の現状と課題.pdf - Google ドライブ
logmi.jp

7月末に落合・小泉両氏の声がけで行われた画期的なイベント。本来の副題は「人生100年時代を考えるための社会保障基礎講座」。あらゆる社会の課題と政治とテクノロジーで解決しようという試み。年始に一冊の本として発売される予定。(ゲラ確認はかなり前に完了)
僕は冒頭で登壇し「我が国の未来に向けたリソース投下の現状と課題」について語った。時間がない人はこれだけでも見ていただきたい。


18. 数理・データサイエンス教育強化コンソーシアム「数理・データサイエンスと大学」インタビュー
http://www.mi.u-tokyo.ac.jp/consortium/topics.html#3

情報・システム研究機構(NII、統数研、遺伝研、極地研など情報系の国研を束ねる機構)機構長を昨年まで勤められ、今は東大で数理・データサイエンス人材育成に取り組まれている北川先生からのお話で、今必要な人材育成と取り組みについて忌憚のない所をお話させていただきました。


19. 2018/09/10-11「2018台日科学技術フォーラム:AIの未来生活への応用とイノベーション
http://japan.tnst.org.tw/front/bin/ptdetail.phtml?Part=3-058&Rcg=47

台湾と日本の政府間で毎年一回テーマが決められ、両方から識者がでて話すというなんともこれも場違いなイベントにソニーCSLの北野先生らと登壇。はじめての台湾は懐かしく、そして心のあたたまる場所でした。


20. 新時代ビジョン研究会「大学に10兆円の基金を」(講演と討議)★
www.php.co.jp

9月にPHP研究所 x 鹿島平和研究所の壮大な研究会にお声がけいただいた。「シン・ニホン」の改訂版を投げ込み、錚々たる識者の方々と議論。ちょうど今発売中のVOICEに巻頭記事的に載っています。


21. STS Forum 2018 (Science and Technology in Society Forum)
https://www.stsforum.org/file/2018/12/Summary-2018-for-web-Link.pdf
https://www.stsforum.org/file/2018/12/Summary-2018-for-web-Link.pdf

10/7 尾身幸次先生が主催され、ノーベル賞学者、世界の大学の学長クラスも10名以上、国に直接アドバイザリーをされている人が集まるというなんとも場違いな場にて昨年に引き続き登壇。Innovation Ecosystemというタイトルのセッションで、ノーベル賞学者である前理研理事長の野依先生とご一緒させて頂きとてもありがたかった。セッションの内容は上のリンク先のpp.124-127にあります。(英語のイベントなので英語サマリーです。)


22. Society5.0 -ともに創造する未来-経団連TF検討のアウトプット)★
http://www.keidanren.or.jp/policy/2018/095_honbun.pdf

11/13。経団連の中西会長(日立製作所会長)直下の未来協創TFにて夏前からソニーCSL北野先生、損保ジャパン浦川さん、日立矢野さんらとグリグリやってきたものがついに形になった。

日本の中長期的な未来を見据えて、既存の価値観の方々からは過激に聞こえかねないことを相当量仕込んだが、早速、「理文を問わず理数素養が必要」「変革はむしろ多様性、地方から生まれる」などの動きにつながり、大変嬉しい。


23. 2050年の世界(パネル討議)
forbesjapan.com

11/26に開催された「Forbes JAPAN CEO Conference 2018」でのkeynote panel discussionの書き起こし記事。竹中平蔵先生、石川善樹さん、朝倉祐介さん、リバネス井上浄さんらと2050年の世界に向けての投げ込み。


24. 教育再生実行会議 技術革新ワーキング・グループ(第4回)配布資料(国の審議会での投げ込み)★★
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/kyouikusaisei/jikkoukaigi_wg/kakusin_wg4/siryou.html

11/27に行われた会議にてシン・ニホンの改訂版と教育行政視点での重要と思われる論点をかなりまとめて投げ込みました。残念ながら国会が長引き、柴山文科大臣のご臨席は流れたのですが、未来につながることを願っています。


25. Pitch to the Minister 懇談会 “HIRAI Pitch”
開催状況 - Pitch to the Minister 懇談会 - 内閣府
https://www.cao.go.jp/others/soumu/pitch2m/pdf/20181204gaiyou_11.pdf

12/4に平井内閣府特命担当大臣(クールジャパン戦略、知的財産戦略、科学技術政策、宇宙政策)に直接投込みさせて頂く貴重な機会をいただいた。

Hirai Pitchは「創造する未来社会からバックキャスト的に新たなイノベーションを起こしていくため、情報通信技術(IT)、科学技術、知的財産戦略、クールジャパン戦略、宇宙開発等はどのように進めていくべきか、大臣と産学官関係者との間で幅広い意見交換を行う懇談会を開催する」という‼️な取り組み。

平井大臣の新しいテクノロジー社会へのずば抜けた理解の深さ、人としての暖かさ、未来に向けた強い意志に触れ、希望を感じる会でした。

Webに上がっているものとしてはだいたいこんな感じかなと思う。また何か気づいたら足しますね。

ちなみに僕は「日々何をやっているのか?」とよく聞かれるので、ご参考までに答えておくとだいたい以下のミックスです。当然のことながらコアなのが上の3つです。

  1. 大学の先生としてのお仕事(講義、研究会活動、学事関連活動ほか)
  2. 会社の全社ストラテジスト(CSO)としてのお仕事
  3. 国や公的団体のお仕事(10前後の委員、登壇、ご相談対応ほか)
  4. 講演/取材/執筆/原稿確認などの対外発信系
  5. 理事や社外取締役とかをやっている組織の運営
  6. 自分が運動論として仕掛けているもの

「あなたを突き動かしているものは何か?」ということもよく聞かれるのですが、一言で言えば「少しでもマシな社会を残したい」ということです。僕が関わる組織(学校、会社、国ほか)がしっかりと意味ある形で成長すること、それに向けて悔いのない形で仕掛け、起動することはもちろんなのですが、public mind的に言えば、

  1. 未来に賭けられる国にするということ
  2. 未来を生み出す人材を一人でも多く生み出すこと
  3. 今の子供やその次の世代たちが生きるに値する生活空間を生み出すこと

これが今の3大アスピレーションです。

2019年もワイルドに仕掛けていければと思っています。

皆様の一人ひとりが素敵な年末、そして新年をお迎えられますことをお祈りしつつ

未来は目指すものであり創るもの


Fujisawa, Kanagawa, Japan
Leica M (typ240), 1.4/50 Summilux, RAW


昨日のエントリでも引用した昨年春、情報処理学会誌の冒頭で書いた記事をここにも転載しておこうと思う。情報処理 Vol.58 No.6 June 2017*1

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3年前は講演で呼ばれるとビッグデータばかりだった。いまはAI(人工知能)とシゴトの未来、そして世の中の未来一色だ。国の審議会、委員会でも、未来についてばかり議論している。シゴトの未来、産業の未来、必要になるスキルの未来、AIの未来、などなどだ。

しかし僕らの多くは知っている。数秒後とかならともかく、未来の本当の姿など誰も予測できないということを。人工知能となんだか似た響きだけれども、ちょっと違う隣の分野に人工生命の領域がある。コンピュータ上でモデル化された生命がいて、これらが生き延びていく。突然変異も仕込めるし、捕食関係も仕込める。膨大な世代を繰り返し、進化する姿も見ることができる。とても興味深い領域の一つだ。

以前、ある教育系テレビ番組で流れていたが、そこでコンピュータ上の生命を何種類かおいて、それらがどのように進化していくかを見ていくと、初期値やモデルが同じでも毎回違う結果になる。まったく同じ結果は二度と起きない。多くの人にとって、これはちょっとした驚きだ。未来は予測できないということだからだ。シンプルにモデル化された世界でもそうであるということは、我々の生きているような遥かに要素が多く、入り組んだ世界であればもっとそうだということは自明だ。そもそも我々の生きているこの系(地球の表面)は必ずしもクローズなシステムですらない。太陽のフレアや地質変動などの外部影響を常時受けているからだ。

その番組に出ていた人の一人は「これって地球の歴史が繰り返されたとしても、二度と同じ人類は生み出されないということですよね?」と実にもっともな反応をされていたが、これは僕らの未来についても当てはまる。

もちろん、技術の進展の太筋の方向性は見える。たとえば、僕が今、産業化ロードマップづくりでかかわっている人工知能分野関連であれば、識別・予測から実行(作業)における暗黙知の取り込み、そしてイミ理解/意志likeな世界への展開などだ。ただ、これが生み出す未来は予測できない。

産業はそこにある課題とその課題を解決する技術、方法の掛け算で生まれる。課題がどうなるかが変わると当然のように中身は変わる。また実現するアプローチがちょっと変わるとまたまったく違う世界がやってくる。よく考えてみると、そんなことはiPodが生まれた2001年から僕らは知っている。ワクワクをカタチにする方法なんていくらでもある。でもどれが当たるかなんか誰もわからないだけだ。

でも未来は目指すことも創ることもできる。課題がある、技術がある。その組み合わせ方も、問題の解き方も自由だ。ダーウィンが言ったように、生き残るのは最も強い種ではなく、最も変化に対応できる種だ。そして一番いいのは、未来を自ら生み出すことだ。振り回されるぐらいなら振り回した方が楽しいに決まっている。

未来は目指すものであり、創るものだ。

*1:確か1200文字という相当の制限の依頼でしたが、締め切りギリギリのタイミングのとあるミーティングの隙間でぐっと書きあげた記憶があります。この内容、寄稿する以前から何年か言い続けてきましたが、今も変わらず大事な内容だと思っています。先日、モデレーターとして登壇したある場でも、前職の後輩でもあり大切な友人でもある朝倉さんが同じ趣旨のことを発言してくれていて、とても嬉しいなと思いました。

手なりの未来を受け入れるな

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Mt Fuji from Fujisawa, Kanagawa, Japan
Leica M (typ240), 1.4/50 Summilux, RAW

今年はなんと一本しかブログエントリを書いていないことに先程、気がついた。はてな内のPF*1移行で少々手馴染みがなくなってしまったこともあるが、毎日facebookとかtwitterみたいなものに気軽に書いていたり、ほとんど毎日のようにどこかで人前で話したりしていると、ついこういう状態になるので危険だな。。ということでなにかちょっと書いてみたいと思う。

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ブログ読者の方々には全く報告できていなかったが、実は2016年の春から、慶応SFCでデータ×AI社会時代の基礎教養のようなクラスを教えている。*2

ちなみに教え始めて半年ぐらいたった頃から、そろそろ研究会もと話を受けてきたが、そちらも今年の秋ついに立ち上げた。この名前も実績もない僕の研究会に手を上げてくれた勇気ある優秀な学生の面々の積極的な参加もあり、ワイルドに楽しい未来に向けて仕掛けている。

最近、そのクラスで数コマ一緒に教えてもらっている会社の研究所(Yahoo! JAPAN研究所)のT氏とクルマでキャンパスに向かった。専門としている情報科学分野のトップカンファレンスに毎年出しているような、優秀でバリバリの若手の一人だ。

その中で、僕が研究会だとか僕のプライベートな取り組みの中で仕掛けている話をした。かなりの数のおっと驚くようないわゆるいい意味でヤバイ人有志と仕掛けている運動論の話だ。*3

これを聞いた彼が「それって答えがあるんですか?」と真顔で聞いた。

、、。その時、何を聞かれているのか、少々よくわからなかった。

「答えがないからやるんだよ。そもそも答えがあるなら、もう若くはない僕がわざわざ、この限られた残りの人生を投下しようなんて思わない。なけなしの限られたリソースを投下して、様々なヤバイ人を巻き込んでまでやる意義があるとは思わない」

、、確か、こう言った。

「そういうものですか」

「そういうものだよ。確かに病気を治すようなタイプの課題解決はある。明らかに健常状態というべき、目指すべき像があるケースだ。そうじゃない状態の時、健常状態とのギャップが何によるものなのかを、緊急度の高い順、本質的に分岐している順に確認し、原因が見えたら、打ち手を当てはめるというものだ。おそらく世の中の課題解決の8割かそれ以上がこれに当てはまる」

「しかしそういう課題解決は僕が無理してやる必要のないものだ。他の連中でも優秀ならできるし、そもそも僕よりも多分、彼らのほうが適性が高い。医者に限らず、特定の領域のプロと言われている人は大体がこれをやっている人たちだ」

「でも世の中の課題の1−2割は、そもそも目指すべき姿そのものを描くことから始めなければいけない課題だ。今がたとえ回っていたとしても、本来どうあるべきかということを考えること自体をやらないとギャップ自体がわからないという課題だ。こういうのは若干以上の妄想力であり、意思がないと到底生み出すことはできない。IQだけの問題じゃないんだよ。こういうのこそ、僕みたいなおっさんが馬力を出してやらないといけない問題だと思っている。」

この像を描いていくこと自体が、大きな課題解決だが、それが見えたとしたら、その中で、更に解くべき課題が見えてくる。これらの課題は当然のことながら新しい課題が多く、既存の問とは必ずしも合致しない事が多い。

また当然のことながら、既存の解がそのまま使えることは少ない。解に求められる条件を考え、解そのものを考えていく、そういう必要がある。しかも、考えるだけではだめで、ちょっと試して、またその中でフィードバックを得ながら形にしていく必要がある。

こういう課題解決こそ、面白くて、やりがいがある。僕と一緒にやっているヤバイ変で面白い人達が仕掛けていくに値する課題だ、という認識だ。こういうことに取り組んでいく中で、次の世代も育っていく。

「なるほど」

この時の話は、これで終わった。クルマの中の会話にすぎないが、なかなかいい話だ。笑 *4

-

さて、

ついこの間、高校生たちの英語でのDebate選手権全国大会というべき場で話す場があった。
*5

そこで僕が彼等に話したのは、

  • 不連続的な変化が重なり合っている実に面白い時代である
  • 結果として富を生む方程式も根本から変わってしまった
  • 鍵となる人も劇的に変化してしまって、皆さんの親までの世代とはかけ離れたものになってしまった
  • だから35歳以上の人達の言うことに過度に耳を傾けないほうがいい

という話、そしてなにより、だからこそ、

「手なりの未来をそのまま受け入れるな」

ということだった。「手なり」というのはビジネスの世界でよく使われる言葉だが、「まあ今の流れのまま、そのまま進めるとすると」というような意味だ。*6

というのも、ちょうど僕が最後の基調講演者として投げ込む直前に行われていたSemi-final(準決勝)のテーマが、「都市集中型社会は我々の未来にとっていいことである(かどうか)」という感じのまさに僕が仕掛けているテーマを直撃している話だったからだ。*7

「都市集中は世界のあらゆるところで起きている。経済的に今のところmake senseしているのも事実だ。だからといってこれが仕方のない未来なわけでもない。いまのまま行けばこれが続くというだけのことに過ぎない」

「日本が長期にわたる少子化傾向、長寿化の結果、財政が回らなくなりつつある、データ×AI時代の戦いで米中の後塵を拝している、国の規模に見合ったワイルドな企業が生み出せていない、とか他にも色々不幸気味な話を聞くことはあるだろう。でも、これらが未来なわけでもない」

「もちろん何もしなければこれらが続いてろくでもないことになるだろう。だが、だからこそこういう課題について僕らは議論しているのであって、それをそのまま未来でも続く話として受け入れるような人になってはいけない。」

例えば、健康診断で肝臓の値が悪かったとする、項目的に飲み過ぎだとわかったとすれば、当然のことながら酒を控えて、生活改善を図るだろう。こうやって僕らは未来を変えていっている。

これは、たとえ、会社や国のような組織であっても同じだ。おかしいことに気づく力は大切だ。それがないと変な未来を止められないからだ。でもこのおかしな未来を予測できる力は、僕らが未来を少しでもマシな風に変えるためにある。

このまま行ったらろくでもない未来だと気づいたら、どういう状態があるべき姿なのかを考え、自分にできる少しでもインパクトの大きそうな取り組みを行うべきだ。それが君らの未来を変える。

「未来を予測できる」「未来は変えられない」かのように思っている人が世の中に多すぎる。未来は予測できない、これが僕らが人工生命の研究の結果から知っていることだ。*8

「未来は目指すものであり、創るもの。みなさんが僕らの未来だ。ワイルドに仕掛けていってほしい」

こう言って、この10分ほどの話を終えた。

あそこにいた高校生の一人でも多くに、伝わっていてほしいナと思う。*9

*1:platform

*2:「データ・ドリブン社会の創発と戦略」の基礎編とAdvanced編。高校1−2年レベルの数学知識しかない人に世の中のパースペクティブから始まり、一年で深層学習の基本までカバーする。

*3:これはこれでかなりのボリュームの話なのでまた別途書けたらと思う。それが待てない人は、まずは次を読んでいただければと思う。シグマクシスの柴沼さんによる記事だ。 www.future-society22.org

*4:ちなみにこの2つの課題解決の話は、昨年春にこってり書いたのでご関心のある向きには是非読んでもらえたらと思う。Diamondハーバード・ビジネス・レビュー5月号の「知性」特集の巻頭論文内での論考だ。www.dhbr.net この号はあいにくDHBRとしてはかなり珍しく売り切れてしまったとお聞きしているが、幸いまだKindleで買える。https://amzn.to/2rYCFmI

*5:正確には「第4回 PDA高校生即興型英語ディベート全国大会」 http://docs.wixstatic.com/ugd/0f7755_b6d635b09e6040f68484cc3974c1da1d.pdf?fbclid=IwAR36XV99dGnrxNC2gOllpPZkP4VeqJqMHiiq_t9jstFGheQmT2aNaBNnw-g

*6:もともとはどうも麻雀用語。役などを考えすぎずに、手持ちの組み合わせに素直に従って、打っていくこと。

*7:今から考えれば、事前に僕と討議した話を踏まえたテーマを選ばれたものと思われる。

*8:これについては昨年、情報処理学会誌の巻頭言に書いたのでご関心があれば読んで頂ければと思う。情報処理 Vol.58 No.6 June 2017

*9:実は先生方や父兄の皆さんに向けては「大人の人たちはじゃまをせず、彼らを認め、金を出し、人を紹介し、支えていってほしい」と言った。これもちゃんと伝わっていてほしいなと思う。

未来にかけられる社会にしたい


Leica M (typ240), Summilux 1.4/50 ASPH, RAW @St Paul de Vance, France

僕は政治家でもなければ官僚でもない。さらに言えば、つい数年前まで、長らく国とかそういうものとは距離をおいてきた人間だ。国には頼らない、必要な変化は自分で起こす、というのがいままでの生き方だった。心のスタンスとしては今もそれは変わらないのだが、昨今は、やたら多くのデータとかAI関連の仕事に巻き込まれている。

曰く、人工知能技術戦略会議、人間中心のAI社会原則検討会、経団連のAI原則タスクフォースなどだ。少しでもまともな未来に繋がる可能性があるのであればと、なけなしの時間を投下している。

で、そんな場であるとか、はたまた人前で話すことがあるときなどに最近強く訴えていることの一つに僕らの社会、国(普通に考えれば最大のコミュニティ:共同体)の未来にかけている度合いが少なすぎるという話がある。以前、とあるインタビューでも答えた話だ。一言で言えば、僕らの国はかなりの規模のお金があるのに、未来に賭けられていないという話だ。

この話をすると大半の人に??とされることが多いので、昨日、とある日本を代表する企業グループのトップマネジメント向け講演の前に少しチャートにまとめてみた。

まずこれが、通常ニュースに流れる一般会計予算。

ここで注目すべきは約100兆もの予算の中で、普通に国家予算としてイメージされている部分が約26兆しかないという部分*1。そしてその理由は、借金(国債)の支払いが1/4もあるということと、社会保障予算が1/3も占めているからということだ。

社会保障予算?、、少し変だと思わないだろうか。働いている人ならみんな、我々の一人ひとりがかなりの額の社会保険料を支払っていることを知っている。そして知らない人も多いが、実は会社も同額払っている。月に7万払っていたら実は14万払っていることになる。これがあるのになぜ?である。しかも医療費だって40兆ぐらいあるはずなのになぜそれよりも小さいのか?

これはそのベースである社会保険収入が外れているからだ。なので社会保険の収入を明確に入れて、それで支払われるべき社会保障系の予算の全体を含めてまとめてみると次のようになる。(国の財政の専門家ではないので細部は理解しきれていませんが、数字が噛み合っているのと、政府系の結構な数の人に話をしても大枠同意してもらっているので、概ね正しいと思います。)

なんと2016年段階でこの国の予算は170兆円もあり、かなり立派な額だ。金がないわけではないことは明らかだ。

しかし、社会保障関連の支出は約120兆円、一般会計予算よりも遥かに大きく、70兆円近い社会保険でも全く足りていない。あまりにも巨額のために、運用で7兆円も補填しながら、一年に45兆円も足が出ているというのが実情だ。

これを国と地方財政で補填している。地方交付金が15兆円あるが、地方財政から13兆円は社会保障費を補填しているので、言ってみれば、地方交付金も半ば、社会保障費の補填と言っても差し支えない状況にある。

国債の支払いは実際には、過去に社会保障費で足が出た分を借金(国債発行)によって補填したものがほぼ全てなので、これも社会保障費の残債を払っていると考えても良いものだ。

この社会保障費の内訳を可視化すると次のとおりだ。

国家功労者だが引退層に年金で60兆円近く、加えて医療費約40兆円の約2/3が使われていると推定され、ここに過去の社会保障費の残債を合わせると100兆円を超す額が、シニア層および過去に使われている。

一方で、財務省の資料にある通り(リンク先 p.5)、国の正味の予算(真水部分)は過去30年近くほとんど増えていない。というかむしろ、国の機能を維持するためのギリギリのラインを、官僚の皆さんが自らも犠牲にして(給与レベルも数十年にわたって据え置きにして)死守してきたので削られていないだけと言っても良い。このままでは優秀な人は資産家以外は研究者になったり、国のために働こうとは思わなくなってしまう。これが上に書いたインタビューでも次のように答えた背景だ。*2

若い世代への投資、未来の成長力に使うお金が削られ続けています。


研究機関や大学にかけるお金は、主要国の中で貧弱過ぎます。国を支える大学同士で比べると、東大・京大の学生辺り予算は米国主要大学の3〜5分の1です。科学技術予算を見ると、この歴史的な技術革新期に、2004年以降、韓国は倍、ドイツは1.4倍にしている中で、日本は増やすどころかむしろ減少傾向です。将来の研究、技術開発および教育を担うPhDを、借金しないと取れない主要国は日本ぐらいです。大学教授の給与は世界的には日本の倍以上が現在水準になっているのに、30年以上据え置きで、PhD学生と共にトップレベルの才能の流出が顕在化しています。今、技術革新を引き起こしている一つの中心である情報科学系の国研の予算も削られています。

(この辺りの多くは、年末に財務省内のシンクタンクである財務総研で、主計官の皆様および財務総研の先生方の前でお話させていただいた内容のp.64以降をご参照)

シニア層は本当に我々の社会を支えてくださった大切な人たちだ。特に戦争に行った世代、戦後の焼け跡の二年で200倍と呼ばれるインフレをしのいだ世代、その後の混乱期から高度成長期につながるまで幼少だった世代のご苦労はもう言葉にはいい付くしがたいものがある(ちなみに現在、国民の5人に1人が古希を超えている、これらの苦労を少なからず体験した世代だ)。彼らの恩義に出来る限りお応えすることに異論はない。そもそも年金は国としての約束でもある。

ただ、今のこの国のリソースの張り方はあまりにも過去に向いている。国を家族に例えるならば、稼ぎ手の稼ぎよりも多くの金を借金までして、おじいさん、おばあさんに使っていると言っても良い状況だ。ただでさえ、国の競争力が下がって、生産性が上がらない中、我々の未来の世代に対して、そして新しい未来を生むためのR&Dに十分に投資しなければ、ミゼラブルな未来が待っていることは間違いない。そもそもストラテジスト的な視点から見ても、目先をしのぐことばかりを考えて、未来に向けて仕掛け、投資しない事業に成長などないことは明らかだ。*3

できれば10兆、たとえあと5兆でもいいから未来に向けて振り向けることができたらどれほど大きな事ができるだろう。国立大学の運営交付金ですら1兆数千億しかないのだからそのインパクトは計り知れない。仮に今の真水部分が50兆円(それでも一般会計の半分にすぎない)になればこの国は5年ほどで見違えるほどすごい国になるだろう。

しかし、いま財務省の予測を見ると、なんと2025年には社会保障支出は約150兆円になるという(リンク先のp.10)。真水の26兆円をゼロにしても足りない額だ。デフォルトを起こす可能性すら高まっている*4。一日も早く社会保障支出の伸びにキャップをかけて、もっと未来に向けてかける国にしなければいけないのではないだろうか。プライマリーバランス国債の支払いと発行の差分:つまり借金が増えていくかどうか)も大事だが、それに加えて、出費に占める占める未来と現在、過去のバランスも議論すべきだ。

それに合意さえできれば、打ち手はいくらでもありえる。状況が改善して、日本が未来に十分かけられる状況が安定するまでは、年金を現金ではなく7割がたクーポン払いにすることや(使われた分だけを国の支出にする)、年金への課税(消費税へのシフトはこれを目指したものと推定されるが、ゆうちょ預金やタンス預金には無力)、医療費負担の見直しの検討も必要だろう。

少しでも希望を持てる未来を次の世代に残したいし、手なりで行くよりも少しでもマシな未来に変えていくことこそが生きている大切な意味の一つに思う。「来たときよりも美しく」というのはヤフーの前CEOである宮坂学さんの言葉だが、これは国や地球など僕らが生きる共同体に対しても正しく当てはまる。

  • 我々はこのまま過去にだけリソースを使い続け、未来への可能性を捨てるのか、それとも未来を信じ、未来に向けてリソースをもっと張るのか?
  • そのためにどのように社会保障予算の増大に伴う支出に歯止めをかけるのか?

この2つの問いこそが真にいま、国のレベルで議論すべき、そして一刻も早く方向性をクリアにすべき論点だと思うのだが、皆さんいかが思われるだろうか?


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★もしかしたら考える材料になるかもしれない本のご紹介

財務省の方による基礎資料

ベストセラーになった前書の続巻。具体的に考えうることが色々あって思考材料として価値があります。

小黒先生はじめ財務省経産省出身の専門家による濃厚な論考。財政破綻とは何なのかの理解を得たい人にオススメ。

アルゼンチンのような財政破綻社会をもたらさないためにラディカルな財政再建を試みる首相直下チームの戦い。(娯楽物ですが国について考える材料として勉強になります。)

*1:うち5兆円は国防費で25万人の自衛隊を維持するためにかなりミニマムな額。米国は約60兆円。中国は約30兆円、PPPベースでは米国と匹敵

*2:加えて、本来作るべきSoftware Engineering Institute (SEI) のようなサイバーセキュリティの専門機関すら置けていない上、日本の霞が関のビルの大半がリノベすらされておらず、主要な会議室の大半がこのデジタル化の時代にHDMI(デジタル)接続できず、VGA(アナログ)出力しか対応していない。これは英国、シンガポールなど国外の省庁を回ると異常なことだとわかる。同じ理屈で大学を見ても国の旗艦であるはずの東大や京大すらリノベも不十分で、ある東大医学部の教室にはいまだにブラウン管のテレビが置かれていたりする。アメリカの大学であれば日本の大学より古い建物であっても、普通medical schoolの建物の中はピカピカだ。

*3:経済成長につながる投資を今のように絞り続ければ、国がこのまま人材育成的にも、科学技術的にも経済的な再生力を失った状態になる。今すで日本はトップ科学論文数で人口が2.5分の1の韓国に並ばれ世界6位。GDP/capitaの世界ランキングは約60年前の1960年以来の水準で世界35~40位。

*4:国として肺炎になったような状態で仮に破綻すれば、年金だとか医療システムなどはちゃんと機能しなくならなくなるのはもちろん、再生すらそう容易にできなくなる可能性がある。財政破綻とはいまのような単なる支出に見合った収入がないこと(いわゆる赤字。国の場合、これを補填するのが銀行からの借り入れではなく「国債」発行)ではなく、国なり公共団体が、必要な金が調達できなくなることで(企業であれば資金繰りができなくなることで「倒産」)、そんな国の通貨の価値は大きく下がりハイパーインフレは必然的に起こる。かつて世界のトップ5に入るほど豊かだったが、戦後、財政破綻したアルゼンチンでは、ゴミすら回収されなくなったという。また第一次世界大戦後のドイツが敗戦の結果、歴史的なハイパーインフレになったあと、ナチ党とヒトラーが生まれ世界大戦に突入したように、ある程度以上の経済規模を持つ国が破綻することは、世界的に非常に望ましくない不安定な世界につながりうる。

星座をつくろう


Leica M (typ240), 1.4/50 Summilux ASPH @Gordes, Provence, France

先日、とある高校の学祭に立ち寄る機会があり、そこの出し物の一つで久しぶりにポーカーをした。

ポーカーというのは親が配る五枚の札で役作りを行い、その組み合わせの強さで、幾ばくかの賭けをし、もっとも強い人が掛け金を得るというシンプルなゲームだ。手持ちの札が悪ければ何枚でも交換できる。ロイヤルストレートフラッシュという言葉があるが、これはポーカーから来た言葉だ。*1

そこで一緒のテーブルに付いていたある青年が手持ちのコインのすべてをいきなりベットする(掛け金として出した)ことがあった。思わず僕はたじろいで、降りてしまったのだが、もう一人のプレーヤーが更に掛け金を積みまし、勝負が行われた。開けてみて驚いたのは、どちらも実際にはそこまで凄まじい手ではなかった。つまりここにはかなりの心理戦があるということだ。

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今日目覚めるとJアラートに基づき、ヤフーの防災速報から北の某国からミサイル発射という速報が出ている。その何分後かには通過という速報が出て、安堵したわけだが、案の定、テレビも大騒ぎだ。

でもみんな知っている。その小国が隣の大国や、海向こうの大国、そしてその同盟国である我が国と全面衝突する気なんかないことを。そんなことをしても何も良いことなどないこと、財政破綻ですまない結末を知っている。

僕は年中、人が拉致で消えるような土地で育った。

そのせいかこの辺のニュースにはなんというか親しみがあるのだが、これらの話を聞くたびに思い起こすのは、Sapiens (邦題『サピエンス全史』)の作者でもあるハラリの次の言葉だ。

Sapiens: A Brief History of Humankind

Sapiens: A Brief History of Humankind

terrorism is a strategy of weakness adopted by those who lack access to real power.
テロリズムは本物の力へのアクセスを持たないものによる弱者の戦略だ。

terrorism worked by spreading fear rather than by causing significant material damage. Terrorists usually don’t have the strength to defeat an army, occupy a country or destroy entire cities.
テロリズムは著しい物理的なダメージを引き起こすことではなく、恐怖を広めることで機能する。テロリストは通常、相手の軍隊を打ち負かす力を持たない。国を占拠したり、都市をまるごと破壊する力を持たない。

How, then, do terrorists manage to dominate the headlines and change the political situation through the world? By provoking their enemies to overreact.
ではどのようにテロリストは、世界中のヘッドラインを支配し、政治的な状況を変えるのか?敵の過剰反応を引き起こすことだ。

In essence, terrorism is a show. Terrorists stage a terrifying spectacle of violence that captures our imagination and makes us feel as if we are sliding back into medieval chaos.
一言で言えば、テロリズムはショーなのだ。テロリストは我々の想像力を掴んでしまうような戦慄する暴力のスペクタクルをステージに掲げ、我々が中世的なカオスに引き戻されているかのように感じさせる。

In most cases, this overreaction to terrorism poses a far greater threat to our security than the terrorists themselves.
大半のケースで、このテロリズムに対する過剰反応こそが、テロリストそのものよりも遥かにおおきな我々の安全に対する脅威をもたらす。

("Homo Deus" より。拙訳)

Homo Deus: A Brief History of Tomorrow

Homo Deus: A Brief History of Tomorrow

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どうだろうか。今の状況そのものじゃないだろうか。核を持とうと、相対的な力に鑑みれば、起こっていることは本質的にテロリズムだ。

ポーカーにおいて相手のブラフに過剰に反応するのは愚かだ。同じくテロリズムにおいて相手のショーに本気で付き合うのは賢いやり方ではない。これはプロレスなのだ。

防衛力を見直そうとか、我々が意図的に安全と平和の価値を実感するために騒いでいるのであればいいのだが、それ以外の目的であれば、平然と生きたいものだ。

そして飛ばすなら、平和のミサイルを。

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"僕を発射台にのせて

飛ばしてごらん

花火のように夜空をかざるよ

きのう君の夢を見た

それは僕のため

チカチカ燃える 導火線なんだね

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今夜ぼくはミサイルに

君は星になる

すべてのルール ちょっとだけ忘れて

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夜の階段のぼる

星座をつくろう

忘れられない 思い出にしよう

(”ミサイル" THE BLUE HEARTS

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誰か彼らにパンクと、カッコのいい踊り方を教えてやってほしい。

サピエンス全史(上)文明の構造と人類の幸福

サピエンス全史(上)文明の構造と人類の幸福

サピエンス全史(下)文明の構造と人類の幸福

サピエンス全史(下)文明の構造と人類の幸福

*1:役やゲームの仕方については任天堂のサイトに詳しいので、そちらをご覧されたし。

Places in the Heart


Leica M7, 1.4/50 Summilux, RDPIII, Tuscany, Italy

もう30年近い昔の話だ。

当時ほんとうに言葉などなくても分かり合えた友人が何人かいた。みんな本当にいいやつだった。

ある日、その一人と、なんだかもう何もしたくなくなって、名画座に映画を見に行った。

"Places in the Heart"

という映画だった。*1

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アメリカの南部の多分20世紀はじめの頃の話だ。ある日、突然、家族と幸せに生きていた婦人が突如未亡人になるところから話が始まる。彼女の夫は、町でとても信頼されていた保安官だったが、酒を飲んで気持ちよくくだを巻いていた黒人に注意すると、暴発的に玉が出て、死んでしまうのだ。その黒人の青年は処刑され、木にあたかもモノのように吊るされる。

彼女は本当に呆然とする。が、いつまでも泣いている訳にはいかない。とても可愛い3つ、4つの娘と、少しお兄さん、6つか7つの息子という二人の小さな子どもたちを抱え、綿花を育てることを決意する。箱入れ娘で仕事のことなど何も考えたことのない彼女には、何もかもが厳しい。銀行もちゃんと相手をなかなかしてくれない。しかも男女平等とはいい難いこの世界で、過酷な仕打ちがつづく。それでも彼女は生き抜くことを決意する。

少しでも生活の足しになればと、銀行のすすめで空いている部屋に目の見えない男を住まわせる。自分たちでは育てたり取り切れない綿花を育てるために経験豊かな黒人農夫の男の人を雇い入れる。そうこうしているうちに、ようやく家族がまた新しい形で再生されていく。途中でも色々ある。妹が夫の友人と不倫をしていたり、雇った黒人が銀の食器を盗もうとしたり、、。KKKも出てくる。人種差別の風景はもう本当に厳しい。

苦労して頑張って綿花と家族と人間関係を育てる物語だ。*2

主演はサリー・フィールド。その時、はじめてみた女優さんだったけれど、素晴らしかった。当たり前のように彼女はこの映画でオスカーを取った。その後の活躍は言うまでもない。今や大女優だ。

盲目の男性をやっていたのが、これまた名優としてその後名を成すジョン・マルコヴィッチ

日本でビデオを手に入れようとしてもずっと手に入らず、今に至る。

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この映画は最後に、とある聖書の言葉で終わる。死んだはずの夫も、誰も彼もが再度、教会に集まり、その中で語られる言葉だ。

If I speak with the tongues of men and of angels, but do not have love, I have become a noisy gong or a clanging cymbal.
(たとえ、私が人や天使の言葉を話したとしても、愛を持っていなければ、私はかしかましい鐘やなりやまぬシンバルと同じ)

If I have the gift of prophecy, and know all mysteries and all knowledge; and if I have all faith, so as to remove mountains, but do not have love, I am nothing.
(たとえ私に預言が与えられ、あらゆる奥義とあらゆる知識に通じていたとしても、そして山をも取り除くほどの強い信仰があったとしても、愛がなければ、私は無にひとしい)

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どこまでその映画で引用されていたかよく覚えていないのだが、この言葉は聖書で見るともっと続く。*3

ただ覚えているのは、どんな言葉も、どんな素晴らしい話も、愛がなければ、それは無だということだ。

この時、おそらくまだ20にもならない僕は、文字通り涙が溢れ、足から力が抜け、終わっても5分ほど立てなかった。

一つ席を空けて座っていた、僕のその友人もそうだった。

いまその彼ももういない。その映画を見た7〜8年ほどあとに、不慮の事故でなくなってしまった。本当にきれいな死に顔だった。

彼の分までちゃんと生きよう、そういう気持ちがなければ今の自分はなかったともよく思う。

人前で話す時、人に何か話す時、自分は愛の無いやかましい鐘になっていないのか、、ふとした時にこのことを考えることが今も多い。

胸に手を当てて考える。

自分の胸、自分の言葉にに愛はあるのか、と。

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ps. この聖書の言葉は次のように続く。聖書の言葉は英語はから。日本語はココから持ってきたもの(上の翻訳は僕なりに多少手を入れている。)

And if I give all my possessions to feed the poor, and if I surrender my body to be burned, but do not have love, it profits me nothing.
(たといまた、わたしが自分の全財産を人に施しても、また、自分のからだを焼かれるために渡しても、もし愛がなければ、いっさいは無益である。)

Love is patient, love is kind and is not jealous; love does not brag and is not arrogant,
(愛は辛抱強く、愛はやさしく、妬まない。愛は高ぶらない、おごらない。)

does not act unbecomingly; it does not seek its own, is not provoked, does not take into account a wrong suffered,
(不作法をしない、自分の利益を求めない、いらだたない、恨みをいだかない。 )

does not rejoice in unrighteousness, but rejoices with the truth;
(不義を喜ばないで真理を喜ぶ)

bears all things, believes all things, hopes all things, endures all things.
(そして、すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてを耐える。 )

Love never fails;
(愛はいつまでも絶えることがない。)

*1:当時いくらぐらいだっただろう。新作じゃないので、おそらく900円ぐらいで見れたんじゃないかと思う。でも今と違って本当に懐のさみしかった僕らは、多分外食を一回分諦めたんだと思う。あの一時期、僕はよく、この千円で食べるか、映画を見るか、はたまた本を買うか、をよく考えていた。バブル末期の学生でも、僕みたいなのは少しはいた。

*2:遠い記憶なので、多少の間違いがあると思うが、僕の記憶ではこういう映画だということでご寛容いただきたい。

*3:コリント人の手紙 第13章からの言葉。