真鍋モデルから考える


Summilux 1.4/50 ASPH, Leica M10P @Chinkokuji Temple, Munakata


先週末、博多の東、宗像市にて第8回 宗像国際環境会議に参加した。

会場の宗像大社古事記日本書紀にも記される日本でも屈指の歴史を誇る特別な神社。全島が神域であり神官以外立ち入りできない沖津宮、大島の中津宮、九州本土の辺津宮という直線上にならぶ三宮が一つの巨大な神の領域である。

なお宗像大社は近代日本の存続をかけた日露戦争の際に、連合艦隊司令長官 東郷平八郎提督が必勝祈願をした場所であり、大同元年(806年)10月、唐より戻った空海(のちの弘法大師)がまず身を寄せた場所でもある。日露海戦の主戦場は対馬海峡神宿る島、沖ノ島近くの海域だったことを思い起こされる人も多いだろう。

そこでは様々な分野で環境に携わる活動をされている実に幅広い方々が参加されていた。多層的かつ立体的に刺激を受けたが、とりわけ印象的だったのは、全プログラムを通して参加されていた環境省事務次官の中井徳太郎氏が「我々にはあと10年ぐらいしかない」とはっきりおっしゃっていたことだった。その意味は「我々人類がなんとか受け入れられるレベルの未来の範囲で落ち着くかどうかが、ここからの10年ぐらいで決まってしまう」ということだ。

実は内閣府赤澤亮正副大臣の元、昨年末から5月末まで、デジタル防災(D防災)未来構想チームの一員として集中的な検討を行った。メンバーは東大 池内幸司先生、防災科研 臼田裕一郎先生、慶應SFC 大木聖子先生という防災の専門家、数々の予言的な天災作品を著されてきた作家の高嶋哲夫先生、そして国のAI戦略を担い、内閣官房Covid予測チーム、またSony AIのヘッドでもあるSony CSLの北野宏明先生に加えて自分という専門性とワイルドな組み合わせが実に興味深いチームだった。*1

NII*2/東大 喜連川優先生が率いられるD防災 社会実装チームがある一方で、我々未来構想チームが立てられたが、これは今できるかどうかはともかくとして、国として本当のところデジタルの力を生かして用意しておくべきことをちゃんと考えてほしいというミッションを受けたと我々は理解した。そのため、D防災未来構想メンバーは、今後50年間に起きうる最大級の災害を想定しつつ、Covid19到来の意味合いとして、ますます激しくなる疫病・天災社会に向け、pandemic-readyかつdisaster-readyな社会を相当急いで作る必要があるという認識で検討を行った。

日本のメディアではほとんど流れていないが、人の住んでいない永久凍土地帯ではこの数年、直径25-50m程度の謎の大型クレーターが多く発生している*3。言うまでもなく、隕石落下が増えているからではない。温暖化に伴う地下のメタンなどの爆発によるものと推定される。人類の取り組みが遅れ、このまま行けば、数十年以内に北極の氷は溶け、温暖化とパンデミックの発生はより加速する。これまで以上に積乱雲は巨大化しやすくなり、線状降水帯の発生が頻発するようになれば、熱海(あたみ)を超える被災が日常化する可能性は高い。環境省予測どおりであれば瞬間風速70mをこえる台風が来るようになる。その場合、街や家は多くが破壊されるだけでなく、インフラレベルから作り直す必要があるだろう。

それだけの規模の台風が来た場合、田畑は一発でやられる蓋然性は否定できず、食糧生産をビル内に移さなければ、食糧入手は極めて深刻な国家安全保障的なテーマになる可能性がある。ESG、SDGsとのんきなことをいっていられる時代は終わる。ヒューマンサバイバル、人類としての生き残り、こそが最大のテーマになるだろう。これがWishful thinking(蓋然性を無視したこうであってほしい思考)によらず、現実的に考えうる最悪を想定するミッションを持つD防災 未来構想チームが現在の延長で想定する必要があった未来だ。

その我々と同レベルか、それ以上に強い問題意識を持つ人にお会いしたことがなかったので実に鮮烈な印象を受けると共に、中井さんの存在を大変心強く感じた。


(参考)

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さて、この会に参加しているうちに色々な点と点がつながり、ようやく温暖化問題対策の全体観が見えてきたように思う。ここでは、それを読者諸兄姉に共有できたらと思う。

なお、温暖化がいかに急に進んできたかは次の図表を見れば明らかだ。


安宅和人 『シンニホン』(NewsPicks 2020)第六章より


まず、ベースとして理解しておきたいのは「地球に日々降り注ぐ太陽エネルギーは人間が使っているエネルギーと比べるとどの程度大きいのか」、ということだ。言い換えれば、それらを全部足したものと降り注ぐものを比較すると1対何ぐらいになるのかということだ。

これについては様々な研究があるがどうもほとんどの人に知られていない。自分の大学のクラスで聞いても100人以上いても基本no ideaというところだ。同程度、数倍という人もいれば数十倍という人もいる。

答えはざっくり7000~1万倍だ。

ちょっと目を疑う数字じゃないだろうか。これだけ山のようにエアコンやコンピュータを使い、モノを買い、クルマを走らせ、宇宙から見た地球は夜の風景ですら光り輝いているのに、だ。

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次に共有したいのは、このカンファレンスの数日前にノーベル物理学賞を受賞されたプリンストン大学の真鍋淑郎先生による気象モデルだ。言うまでもなく真鍋先生の受賞はCO2の温室効果ガス効果の提唱、解明による。

これが起点になった真鍋先生によるCO2濃度が気温に影響を与えることを示した1967年の歴史的論文からの図表。現在の計測値とも驚くほど合致している。(© Johan Jarnestad/The Royal Swedish Academy of Sciences
Press release: The Nobel Prize in Physics 2021 - NobelPrize.org

このファインディングに基づき、真鍋先生が提唱されたモデルが以下になる。

(© Johan Jarnestad/The Royal Swedish Academy of Sciences
Press release: The Nobel Prize in Physics 2021 - NobelPrize.org

ざっくり言えば、太陽から降り注ぐエネルギーのある割合がatmosphere(大気)のなかにある温室効果ガスにより熱エネルギーとして貯まるという実に簡潔で力強いモデルだ。僕なりに式に直せば、

地球上の熱 = 入 - 出

入=太陽から降り注ぐエネルギー × 透過率

出= 宇宙への放射 × (1- 温室効果ガスによる遮蔽効果)

ちなみに原則 宇宙への放射≒入

となる*4

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この2つの情報を合わせてわかることは、よく省エネ省エネと言っているが、本当にやっかいなのは我々のエネルギー消費量や我々の活動による排熱そのものではなく、降り注ぐエネルギーがちょうどいい塩梅で宇宙に逃げていかなくなっていること(つまり「宇宙への放射≒入 」が微妙に崩れていること)であることがわかる。降り注いでいる総量がそこまで巨大なことを考えればバランスの違いと言っても実に少しのものだ。このズレの大きな理由が温室効果ガスだ。

実際、Nobelコミッティーの発表資料には、真鍋先生を「放射バランスと空気塊の垂直移動の相互作用を研究した最初の人物(the first person to explore the interaction between radiation balance and the vertical transport of air masses)」と解説されている。


放射(輻射)についても簡単に復習しておこう。小中学校で習ったとおり、熱の伝わり方には3つある。対流、伝導、放射だ。対流は、お部屋や風呂の中で日々体験されていることでありわかりやすい。温かい空気や水は密度が下がり、上に登り、逆に冷たいものは下に下るという流れの中で運ばれる現象だ。伝導も日々体験されている通りで、冷たいものを触ればこちらからそちらに熱が移り、温かい人の手を持てばその人の熱が自分の手に伝わってくる、それだ。

放射のみが今ひとつわかりにくいと思うが、これはストーブから離れていて、対流も伝導もしないにも関わらず、そこに向かっていると暖かくなってくるというのと同じものだ。光の速度でも8分以上も離れている太陽に向かっているとポカポカするというのもこれに当たる。これは電磁波(光)の形でエネルギーが運ばれ、当たったところで幾分かが熱に変わるというものだ。

温室効果ガスはCO2、CH4、フロンなど幅広く存在している。このうちCO2は体積あたりの効果ではCH4の数十分の1、フロンの数千分の一の温室効果だが、とにかく人類による排出ボリュームが多いため、温室効果ガスの中でもとりわけ大きな役割をなしている*5

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この理解の上で、温暖化抑制のために必要な取り組みの広がりを整理してみると以下のようになる。

① 地下のCを使うのをやめる
② 地表からCH4他の強い温室効果ガス発生を抑制する
③ 大気中の温室効果ガスを直接取り込み減らす
④ 反射・放射(albedo)を増やす
⑤ 入を減らす

だ。ひとつひとつ見ていこう。

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① 地下のCを使うのをやめる

温暖化抑制といえば、大半の人にとって①-i、化石燃料の利用抑制だが、それは次を見ればもっともだ。


安宅和人 『シンニホン』(NewsPicks 2020)第六章より

人間由来の(つまり人類がいなければ増えるはずのない)CO2の多くが化石燃料由来だからだ。化石燃料は太陽エネルギーが化学結合のエネルギーとして変換され、億年単位で地下に溜め込まれてきたものだが、我々は日々ものすごいスピードで燃やし、大量のエネルギーを引き出し、合わせて大量のCO2を生み出している。

バイオ燃料*6の推進議論の背景はここにある。地上にもともとあったCO2をベースに植物が育ち、それを燃やすので行って来い的にCO2は(次を植えている限りは)ほぼほぼ増えないからだ。


①-iiのセメントなど鉱物資源の利活用から生まれているCO2も相当に多い。たとえば人類由来CO2の6-8%程度がセメントの製造によるものだと推定されている。我々の身の回りのいわゆる硬い建築物と土木の多くがセメントに依存しており、その上、

石灰石(CaCO3) + 900度以上の熱 → 生セメント(CaO) + CO2

という風に生み出されるので*7、そもそも石灰石重量の半分近いCO2を吐き出し(式量的には100→56+44)、熱を生むためにも更に多くの場合、(発電含めて)化石燃料を使っているからだ。

同様にアルミニウムを得るために地下のボーキサイト*8、鉄を得るために鉄鉱石を使うときにも結構な量が(電気の質と精錬の方法にもよるが)吐き出される*9。ただ、アルミニウム削り出しボディを愛用するAppleが一方でアルコア社とCO2を生み出すことのない(逆にO2を排出する)という製法へ変換というニュースもあり、まだまだ希望はあるだろう。

①を総じて、化石燃料の燃焼、そしてセメント、金属産生のために地下から大半のC(炭素)が汲み出され、大量のCO2が生み出されている。化石燃料に限らず地下からのカーボン持ち込みはなるべくゼロに近づけたいものだ。

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ちなみに現在、日本における化石燃料によるCO2排出(①-i)の内訳は以下の通り。


安宅和人 『シンニホン』(NewsPicks 2020)第六章より

様々な産業を束ねた「その他の産業(1割強)」を除くと、多い順に

  1. 電力(約4割)
  2. その他の産業での燃焼(約2割)
  3. 交通輸送(2割弱)
  4. 建物(約1割)

となる。

最大要素である発電側のCO2排出抑制策として一番わかり易いのが、発電の脱CO2化だ。電力源がまだまだ化石燃料に依存しているため節電もここに含まれる(完全に脱CO2化ができれば不要になる)。

エネルギー産生に伴うCO2排出 = Σ(エネルギー量 × CO2産生/産生エネルギー)

( )内はどのようにそのエネルギーが生み出されているかで変わる。当然のことながら自然エネルギー(水力、太陽光、風力、地熱ほか)や原子力は限りなくゼロに近い。

ただし、ソーラーは夜動かないだけでなく、数ミリ雪がつもるだけで発電量がほぼゼロになるなど、自然エネルギーの多くは供給にムラがあり、配電の安定供給(No Black out)には程遠い課題があることは相当に留意が必要だ。

家庭レベルであれば電気自動車のバッテリーで蓄電、利活用できるが、街のスケールなど大規模で信頼に足る蓄電方法が「位置エネルギー変換」ぐらいしか無いため(位置エネルギーは規模にもよるが水力の場合、うまく設計すれば9割以上電気に変換できる)、今後は背の高いビルの上下で大量の水や重いもの(砂鉄など)を上下させるというような蓄電方法の開発がおそらく行われるだろう。


現在急速に進んでいるのが、動力源として内燃機関(いわゆる内燃エンジン: internal combustion engine [ICE])を電気モーターに変えようというものだが、これはなぜだかわかるだろうか?

内燃機関エンジンは最高効率では40-45%の変換効率があるものの、上の図を見れば分かる通りクルマのような移動手段の場合、実際には2割に届かず、生み出されたエネルギーの大半が熱として散逸する。つまり全部推進力に変わるときの5倍程度のCO2が排出される。一方、電気モーターは入力の9割以上が推進エネルギーとして変わる。これは半ば物理限界的なものであり、このような差がある限り、かつて汽車が電車に変わったのと同様、ガソリン車は電気自動車に変わることはもはや必然と言える。

これが火力発電所による電力の割合がある程度あろうと、必要なパワー(出力)、エネルギー容量的に可能な限り電気自動車に変えたほうがいいという議論の背景だ。ちなみに中国の上海などの大都市では3-4年前にはすべてバスやスクーターは電気になっている。(とりわけガソリンスタンドの維持が困難な疎空間では、電気自動車以外の移動手段は早晩消えるだろう。ガソリンスタンド経営者はそこら中にチャージャーを置く事業者への変容が求められるようになる。)

なお、一度、電力で水素 H2を作って内燃機関にかけるというアイデアを最近耳にする。これは内燃機関の持つ強いパワー創出力があり、CO2は出ない良さを持つものの、変わらず入力(水素の燃焼によって生み出されるエネルギー)の大半が熱として散逸するので、エネルギー効率は悪い。水素を生み出すための電力が全て自然エネルギーであればそれでもよいのだが、無駄が大きいことは否定できない。

都市部のガソリンスタンドですら急激に減りつつある中、たとえ日本国内だけとしても*10水素ステーションが津々浦々にできることは考えにくく、こちらの用途はおそらくモーターでは足りないパワーと、電池では足りないエネルギー容量が要求される大型トラックなどに限られるのではないかと思われる。

エネルギー容量の問題は極めて重要だ。現在の最高性能のリチウムイオン電池の重量あたりのエネルギー密度はガソリンの35分の1程度しかなく、モーターが内燃機関の5倍のエネルギー変換効率を持つとしても、ガソリンタンクの7倍程度の電池を運ばなければ、同じ走行距離を生み出すことは出来ないからだ。ちなみに一般に長距離トラックは一度の給油で1000km以上の距離を走るように設計されている。

交通輸送用途のうち、必要な出力の大きさとエネルギー容量の視点で最後まで化石燃料利用が残るのはおそらくタンカーと飛行機になる。ただ、タンカーの場合は原子力船にしてしまうという裏技があり、そうすれば何年も走り続けることができるようになるのではないかと思われる。

飛行機は現在、重量の2~4割を燃料という状況で飛び立っているが、化石燃料と電池ではエネルギー密度が違いすぎるため、必要なエネルギーを電池で運ぶこと自体ができないのが実情だ(重すぎて飛び立てない)。また多くのひとの命を預ける飛行機で十分に均質なバイオ燃料を生み出せるようになるには(また経済的に合理的なレベルの価格に落とし込むには)どうしても時間がかかるだろう。ここの分についてはおそらくしばらくは諦め、③以降のアプローチによる相殺が必要になるのではないだろうか。*11

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② 地表からCH4他の強い温暖化ガス発生を抑制する

これは最近よく言われる牛のゲップ問題に代表される課題だ。

もともと空気中や地表の草に含まれるCはCO2として排出されても循環しているので大きな問題はない。ただ、そのCがCO2ではなく、CH4(メタン)のようなCO2の数十倍の温室効果を持つガスに変わる場合は目に見える害をなし始める。こちらについてはvegitableベースの肉、培養肉が低廉になれば相当削ることができるようになる。いつか個体肉(いま我々が食べている肉)は月に一度だけ食べられるような贅沢になる可能性は否定できない。

同じく人間の活動の結果、沼地の一部が腐り始め、CO2ではなくCH4などが吹き出てくるケースもこの一種といえる(②-ii)。これもインパクトが大きいようであればだが、エンジニアリング的な打ち手、グリーンインフラなど空間づくりのガイドラインも含めた打ち手が必要になるだろう。

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③ 大気中の温室効果ガスを直接取り込み減らす

直接空気からCO2、CH4、フロンなどを回収するということだ。植樹運動による副産物的効果だけでなく*12、Direct air carbon capture (DACC) もしくは、理化学研究所などで研究が進む人工光合成と呼ばれる技術もこれに入る。海中深くにCO2を溶け込ませてしまうこともこれの一部と言える。DACCや人工光合成技術の効率がイマイチという話はあるが、これらは技術革新で進む部分が大きいと推定される。むしろこのアプローチの課題はどのように規模をスケールするかだ。

世界規模で年間51ギガトン(510億トン)という相当の規模のCO2を僕ら人類は排出しており(Covid前の平常値)、日本国内だけに閉じたとしても仮に世界のGDP構成比5%とすると2.5ギガトンという相当の規模になる。排出段階であれ、空中に散逸しているものを対象とする段階であれ、この1%でも取り込もうとするとかなり工夫が必要になることはほぼ間違いない。

(参考)Ajay Gambhir, Massimo Tavoni,
Direct Air Carbon Capture and Sequestration: How It Works and How It Could Contribute to Climate-Change Mitigation,
One Earth, Volume 1, Issue 4, 2019,Pages 405-409,
https://doi.org/10.1016/j.oneear.2019.11.006

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④ 反射・放射(albedo)を増やす

これは次に見る通り、真鍋モデル的には決定的に重要な要素であるが、十分に手がつけられているとはいい難い部分だ。

地球上の熱 =(太陽から降り注ぐエネルギー × 透過率) - {宇宙への放射 × (1- 温室効果ガスによる遮蔽効果) }

僕が数十名の有志とSFC安宅研メンバーで進めている都市集中型社会以外のオルタナティブを創ることを目的とした検討*13には関連主要政府機能の相当シニアな立場の方もメンバーとして加わっている。宗像から戻ってきた直後、エネルギー検討チームでこの話をしてみると、これは確かに今まで世界レベルでも日本国内でも主たる検討のスコープに入っていないということだった。

アルベド(albedo)というのは拙著『シン・ニホン』読者の方であればおなじみだが、多くの人にとって聞き慣れない単語だと思う。一言で言えば、天体の外部からの入射光に対する、反射光の比のことを言う。反射能とも訳されるがここでのポイントは後述の通り、必ずしも反射とは限らないため、アルベドとして話をすすめる。

このように新雪であれば8割以上の太陽光を反射する。土では9割が吸収される。

東京区部の22%は道であるが*14、その大半がアスファルト張りであり黒い。上に見るように約9割が吸収されているわけだが、このアルベドを変えることの価値は大きい。ビルの屋上や壁面、家や車の屋根も同様だ。

ただ日本全国で見ると道の面積は3%程度であり(国土交通省 国土利用の現状による)、むしろエコシステム(生態系)を破壊しないようにしつつも、圧倒的に大きい森林面積をどうするか、また領海におけるアルベドをどう考えるかが大切になる。相当のイノベーション余地のある領域と言えるだろう。

上のデータからは、これ以上CO2を吸い込まなくなったが放置された人工林の多くを間伐し、新しい幼樹を植えることによって、アルベドも向上し、CO2吸収も活性化することが推定される。日本の場合、人工林の7割が杉か檜(ひのき)の単層林であり紙の材料としては向いていないが、間伐材は、合板やCLT*15の原料、バイオ燃料(薪利用も含む)、また未舗装道路における路面強化剤としても活用可能だ。

この視点で一つとても興味深い取り組みを行っているスタートアップがある。Radicool(ラディクール)という会社だ。敬愛する経営者である松本晃さんが会長をされているが、降り注ぐ光を波長変換し赤外光にして放射し返すラディクール素材を開発・販売している。これを貼ると普通であれば灼熱地獄になるような温室も適切な温度になり、窓などに貼っておけば夏は涼しく、冬は内部で暖房の反射、放射が起きるのでミラーフィルムかそれ以上の効果があるという。ちなみに来た光と同じ波長を跳ね返す場合「反射」、青を緑などのより長波長にして跳ね返す場合「蛍光」というが、ラディクールの場合は蛍光素材とは比較にならない長波長にして返すという極めて興味深い素材になる。

今後、様々なアルベドコントロール能を持つ素材・技術開発が行われるとともに、世界最初のアルベドコントロールに向けた法整備が行われることを希望する。相当に大きな市場になる可能性があるのではないだろうか。

加えて、アルベドそのものではないが、放射バランス(radiation balance)という意味でもう一つ手のつけられていない重要なミッションがある。それは冒頭にお見せした、海洋に溜まった熱の宇宙への放射の加速だ。水は密度が空気の約800倍、空気の4倍の比熱を持ち、宇宙に逃げられなかった熱の多くを蓄えている。この海面温度の上昇の結果、上昇気流が発生しやすくなり、積乱雲、台風の発生確率を上げる。台湾は日本よりも激烈な猛雨が時たま襲うことで知られるがその理由は海面温度が約2度違うことが大きいとされる。一方、日本海だけをとってみても、過去100年間に1.7度以上も海面温度が上がっている。この宇宙への放射を高める方法が見いだせれば天災抑制に直接繋がり、地球、人類にとって大きな一歩となるだろう。

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⑤ 入を減らす

この惑星のエネルギー収支的には最初のステップであり、ここで適切に削ることができれば温暖化問題は半ば終わりと言える。

地球上の熱 =(太陽から降り注ぐエネルギー × 透過率) - {宇宙への放射 × (1- 温室効果ガスによる遮蔽効果) }

太陽から降り注ぐエネルギー自体は太陽そのものの操作、もしくは太陽と地球との距離の制御が必要なため事実上コントロール不可能であるが、透過率の方は操作できなくはないと考えられる。なぜなら地表の約1割は雲で覆われており、それがやや厚くなるか、もしくはほんの少し面積が広くなれば、地表に到達するエネルギーの量が最適化する可能性があるからだ。ただ、どのぐらいが適切なのかの見極めは相当にむずかしく、クルマのブレーキ同様、自在にコントロールできる必要があることは間違いない。人類は温暖化というより寒冷化でながらく飢饉、飢餓と苦しんできたことは直視しなければいけない。

それほどメジャーなわけではないが、雲を生み出す、消し去るというような研究は行われるようになって久しい。この③④⑤はサイエンス的にはジオエンジニアリング(Geo-engineering)と呼ばれる領域だが、十分に可能性のある試みとして、①②をできる限りやりつつも、人類の持つ最終兵器的に研究を更に進める価値は高い。(参考:Harvard's Solar Geoengineering Research Program

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最後にいくつか留意点を。

まず、アルベドや太陽光の透過率の操作は相当の劇薬だ。

一度雪が溶けるとアルベドが急激に下がり、正のフィードバックが働くため一気に雪は溶けていく傾向がある。これをice-albedo feedbackという。その結果、氷河期の間、本当に僅かな期間に急激に温度がおそらく10度程度上昇し、また凍りだすと同じく、下がる方のフィードバックが働くためにまた急激に温度が冷えていくことを数10回この星は繰り返した。気温が安定する1万数千年前まで、ホモサピエンスは常に絶滅しかかっていたのはおそらくこのためだ。なので取り組みは必ず繊細なコントロール可能かつreversibleにしておく必要がある。クルマの運転においてなによりもブレーキ性能が重要なのと同じだ。


安宅和人 『シンニホン』(NewsPicks 2020)第六章より


また、地球に住めなくなったら火星や月に移住すればいいじゃないかと気軽に言う人がいる。ジョークだと信じたいが一応簡単に触れておこう。これらの星はそもそも現在の人間や食べ物になる地球上の生物にとってhabitableな空間ではない。火星など一人運ぶだけで技術開発も含め途方も無いお金と環境負荷が発生することは必至だ。

加えて、移動先が火星であれば到着までの宇宙船による被曝量は半端ないものであると推定され、仮に病気にならないまま移動できたとしても、そこで長く生き延びることはおそらく難しいだろう。つまりこれら近隣の星が全人類のノアの箱船になることは考えられない。そして我々が未来を変えるために残された時間はおそらく20~30年程度しか無い。

現実的には、僕らには地球しか無いのだ。いかに大切にこの星を守り、この星とともに共存できるかが今後当面、人類にとっての最大級の課題になるだろう。



ps. これは現時点での私の理解に基づくものであり、今後の発見、理解の進展に伴い、変わる可能性があることを付け加えておく。

ps2. 本エントリの英語版を作りました(10/19朝)。適宜展開などにご活用ください。
kaz-ataka.hatenablog.com


(参考)
歴史視点で天災を振り返りたい人に

水害リスクについて日本を代表する識者の数冊

高嶋哲夫先生による天災に関する名作のいくつか

2020年2月に出版した拙著。上に図表の一部を掲載したとおり、関連する議論を相当量行っているので、興味のある方には第六章だけでもご覧頂ければと思う。紙版だけでなく、Kindle / Audible版のいずれもある。

古舘さんのエネルギー視点で人類史を振り返る一冊。このあたりについて深めたい人におすすめ

ビル・ゲイツ氏によるCO2問題に関する実に俯瞰性の高い一冊。

マッキンゼーを経て、アーキネットを創業、コーポラティブハウスの概念を広めてきた織山和久さんによる都市問題を考えるなら避けて通れない分析的かつ構想的な一冊。

*1:僕は防災の専門家ではまったくないのだが、データ×AI世界の事情に比較的馴染みが深く、長年のストラテジストであり今後の災害に対して強い問題意識を持っているということで、赤澤先生のご指名により座長を仰せつかった。

*2:国立情報学研究所 / National Institute of Informatics 所長は喜連川先生

*3:The mystery of Siberia’s exploding craters - BBC Future

*4:このモデル図には地下からのエネルギー、恐らく核エネルギーが熱源、は入っていない

*5:本当に大きいのは水蒸気だが水の惑星としてはどうしようもなく通常無視して議論されている

*6:バイオマスエタノール、バイオガス、バイオコークス、ミドリムシ燃料ほか。木質ペレット、薪利用もこの一種だと考えられる。実際にはCO2の数百倍の温室効果ガスを生み出すN2Oの産出量が多いという話もあり燃料毎に精査が必要

*7:高校の科学の復習

*8:2018年現在 日本のアルミ生産の53%がリサイクルなので、天然原料からの生産は総必要量の半分弱

*9:ちなみに日本製鐵は幹部筋によると一社で日本のCO2排出の1割以上を担っているという

*10:世界に一切広まらない場合に開発コストがまかなえるのかは少々疑問

*11:ビル・ゲイツ『地球の未来のため僕が決断したこと』早川書房を参照

*12:気温があと数度上がると木の呼吸が増え、CO2吸収効果は期待できなくなる、むしろ排出源になることが示唆されている

*13:「風の谷を創る」運動論。シンニホン第六章、建築途上だが次のwebを参照。

*14:東京都都市整備局「[https://www.toshiseibi.metro.tokyo.lg.jp/seisaku/tochi_c/tochi_5.html:title=東京の土地利用平成28年東京都区部」による。

*15:Cross Laminated Timber(JASでは直交集成板)

ニッチはマスであり、Diversity対応は宝の山である

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Summilux 1.4/50 ASPH, Leica M10P, RAW @Towada lake, Aomori, Japan


福祉にVRをかけ合わせている登嶋健太さん、多様性視点で様々なファッションの改革を行っている金森香さん、そして落合陽一さんと色々語り合う機会があった。パラリンピックが終わったところでもあり、良いタイミングだったと思う。

そこでの大きな話題は、視覚、聴覚、手や足など多様な障害を抱える方々に向けて行う取り組みはどうやって、一過性の国や自治体などの公的な資金ではなく、ちゃんとビジネスとしてお金が回るようになるのか、という話だった。


そこで僕が思い、発言したのは、

そのニッチと思われている一つ一つの一見レアな多様性は、世界的に見ればそもそもマスであり、大きなセグメントと言える。何らかのdisabilityを持つ人は世界人口の15%にも登る。

www.wethe15.org

一つ一つがたとえレアであるとしても、それが小さなセグメントだというわけではない。コークゼロだって数百人に一人の僕のようなヘビーユーザ*1が消費(市場)のかなりの割合を占めている。いつも宣伝が流れている乗用車だって、国内に12,500万人も人がいるのに年間430万台しか新車が売れない*2。これを数百以上の車種が分け合っている。缶コーヒーのような兆円規模の飲料セグメントだって、5%ぐらいの人口で市場の8割をしめている(20:80ルールではない)。家庭用プリンター市場を支えるプリンターのインク消費(出力量)は1%以下の人が市場の大半だ(多くのひとは利益をほぼ生まないマシンを持っているだけ、、。)*3

、、どのお店にでも並んでいることや、宣伝の多さ、世帯別のクルマの保有率などによって目が濁ってしまいがちだが、誰でも知っている市場 = 誰でもコンスタントに消費しているマス市場、という発想が事実をフラットに見ればそもそも間違いだ。ほとんどのマス市場の正体はごく少数の人に支えられたニッチなのだ。自分自身、相当量で使われている(≒マス的な)商品やサービスづくりに随分携わってきたが、毎度大切だったのは極めて大量の消費を行う実に狭いハードコアなヘビーユーザだった。

もちろんスマホや電話、水道、電気、道、コンビニ、交通・物流網、クラウド上のストレージのような、多くのひとが日常的に使い、消費する存在は存在する。ただ、これらは「社会インフラ」というべき存在であり、いわゆる通常のマス消費市場とは一線を画し、レイヤを分けて考えるのが適切だ。


物理的な存在である我々もいずれ壊れていく。四十肩、五十肩になって腕が自由に動かなくなるのは日常茶飯事。何割もの人が生きているうちに血管障害を体験し、生き延びた場合も中風/脳卒中/strokeと呼ばれてきたトラブルにより往々にして身体の自在性を失う。視野欠損などいくらでもあり、老人性で白内障は随分の割合の人が体験する。四人に一人は認知症になる。いわゆる精神病床の6割はシニア層が占めているのはあまり語られない事実だ。


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安宅和人『シン・ニホン』(NewsPicks 2020)図5-26より


これらからわかることは何らかの身体的、精神的なdisabilityを持つ方々はむしろリードユーザと考えるべきであり、彼らに向けて作られるサービスは多くの人を優しく受け入れるものとなる。

こういう大ヒット商材の原点はあまり知られていないが、非常に先鋭化された課題(ある種のdisability)を持つニッチ市場向けの開発が大きなマス市場を生み出した典型例といえる。いずれもヒットするまでほとんどマスマーケティングらしい活動をされていないのも特徴だ(市場の声を正しく聞き、それに基づき形にしたという意味ではこれこそマーケティングなのだが、、)。

これらがうまく行ったとき、ユニバーサルデザインと言われることもある。(逆にはじめからあざとくユニバーサルデザインを打ち出したものは、何故かうまく刺さらないことが多いのも皮肉だが事実。)


また、グレーゾーンがじつは相当に広い。最近出た筧裕介さんの『認知症世界の歩き方』(ライツ社 2021)*4を読むと、きっと多くのひとが自分も何らかの認知症的な症状を抱えていることに気づくだろう。筧さんが上げていた生活シーン別困りごと(100以上ある)からいくつか抜き出してみると、、

  • 気候や場に応じた服や持ち物を選ぶのが難しい
  • 味付けがわからず、薄味になる
  • 醤油が動いて見える
  • 出先で忘れ物をする・家の中でものがなくなる
  • 整理整頓・片付けができない
  • 館内放送が耳障りで疲れてしまう
  • 支払う金額の計算ができない
  • 冷暖房が効きすぎているように感じ、具合が悪くなる
  • 運転中、信号・標識などに気が付かない
  • 周囲に注意を払って歩くのが難しい
  • 人の名前が覚えられない・思い出せない・取り違える
  • 言葉が出づらく、会話が滞る
  • 使い慣れた・見慣れた漢字が書けない
  • いないはずの人の声や音・気配を感じる
  • 「久しぶり」という感覚がない
  • テレビで見た内容が頭に入らない・残らない
  • 文章を組み立てるのが難しい
  • 聞いたことをあっという間に忘れる
  • 複数人の会話についていけない

amzn.to


僕も以前から臨時メモリを使い、必定な情報をその時々にreloadしながらなんとか生きてきた意識はあったが、読んでみて結構な認知症かもしれないと気づき目鱗だった。

視覚だってそうだろうし、聴覚だって、匂いや触覚、平衡感覚、筋肉感覚だってそうだろう。白とグレーなのではない。その間にたくさんの段階がある。だからこういう多様性を持つ人にやさしくすることは、実は多くの人を救うことにストレートにつながる。ニッチと言いながらその5倍や10倍の潜在市場は常にあるということだ。

kaz-ataka.hatenablog.com

たしかにデジタルによるもの作り(digital fabrication)、典型的にはDTP3Dプリンター(デジタル立体造形装置)の発達によって、一人ひとりに対してカスタマイズしたものづくりコストはかつてとは比較にならないほど下がりつつある。これが可能な分野においては、いわゆる限界費用ゼロ社会に向かっているのだが、それ以前に以上のような視点を持てば、非常に狭い市場対応を行っているのではなく、非常にわかりやすい価値(value proposition)を持つモノやサービスづくりをしていると言えるのではないだろうか。これは職場やまち、国づくりにおいても当てはまる。


ダイバーシティ対応は宝の山だ。


わかっている人にはわかっていることだが、とはいえ、僕らの社会は女性、小さな子供を持つ人、Covidの後遺症で苦しむ多くの人達、いずれ自分たちもそうなるはずのシニアな方々に対するアシストですらちゃんと前に進んでいない。その価値を感じ、考えてもらう、このwebの片隅の拙稿がそんなきっかけになったらうれしいなと思う。

*1:500mlボトルを大体日に3本程度消費。Covid時代に突入し箱で購入

*2:日本自動車工業会「2019年の四輪車新車販売台数は、前年より1.5%減少して519万5千台となりました。乗用車は前年より2.1%減少して430万1千台となり、うち普通車は0.2%増の158万6千台、小型四輪車は5.9%減の123万6千台、軽四輪車は1.1%減の147万9千台でした」

*3:いずれもかつて筆者が調べた情報

*4:ヤバ面白い一冊。本当は戦慄するかもしれない認知症 の世界がなんだかワクワクする冒険のように感じられた。しかも自分もきっと軽い認知症なんだなと思ったり、認知科学的にいろいろ考えたり、更には進化思考の太刀川英輔さんのいうところの創造的になるためにバカになる!やSteve Jobsの "Stay Foolish" は意図的認知症のススメだったのかもしれないと思ったりと、色々楽しめ、そして勉強になった。

第五の波

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Leica M (typ240), 1.4/50 Summilux @Onomichi, Hiroshima (Summer 2020)


昨年3月頭のWeekly Ochiaiにて落合陽一氏と予想したとおり、"Withコロナ"状態が今も国内、国外ともに続いている。

"手なり"で考える限り、来年オリンピックが当初期待していた形でできる可能性は低い。(略)早ければ年始にはなにか(ワクチンが)生まれてくるだろう。ワクチンは当然のことながら社会の免疫獲得*1を劇的に加速する。とは言え、これが10億単位で量産され、世界中の人が打ち終えるのには少くとも数年はかかるだろう。経済的な主要国の50%までをターゲットにしても、現実的な楽観シナリオでも1-2年はかかるというのが普通の見立てではないだろうか。

したがって、我々は当面、(感染爆発を極力抑止し、特効薬、ワクチン開発とその展開に最善を尽くす前提で)この疫病と共存的に生きていくしかないというのが現実的なシナリオと言える。僕らは再び、70-80年前に戻ったのであり、ある種の慎重さと生命力が何よりも問われる時代に舞い戻ったということができる。

(略)つまり僕らはパンデミックのタネの一連(series of pandemic seeds)にさらされ続ける可能性がそれなりにあり、そうすると今の新型コロナウイルスSARS-CoV-2)が去ってもなにか新しい伝染病との戦いが色々と続く可能性があることを心づもりしておくべきだということになる。これがWithコロナ(SARS-CoV-2に限らず)時代を生きることになる、とその時、僕が即座に発言した背景だ。

そろそろ全体を見た話が聞きたい2 - ニューロサイエンスとマーケティングの間 - Between Neuroscience and Marketing (2020-04-04)より(相当に端折ったので全文は昨年4月頭のオリジナルエントリを直接ご覧頂ければと思う。)


むかしからの読者諸兄姉であれば御存知の通り、本ブログではあまり一過性的な内容を書かないようにしてきたが、Covid対応に関し、いま手を打たなければ相当長期に渡ってダメージが残ると思われる局面だと思うので、いくつかの点と点をつないだ話ができたらと思う。

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まずシェアしたいのは、全世界的に広まりつつあるデルタ株、B.1.617.2. variant、のことだ。

  1. このインド発祥のSARS-CoV-2の突然変異体は米国CDC*2によれば通常の風邪やインフルエンザよりも感染力が高く、水疱瘡(一人から8-9人伝染る)、麻疹(一人から10人以上伝染る)並みの可能性がある。現在の米国での感染発生の8割以上がデルタによるもの。都内でも7/15段階で約半分(49%)、7月末で80%、8月後半までにほぼ全てがデルタになる見込み。(追記:国立感染研によると8/11段階で東京はすでにデルタ95%と推定される。*3
  2. デルタであってもワクチンは有効。すでにデルタが8割の米国であっても、米国全体で入院患者の97%がワクチンを打っていない人。ワクチン接種者が重症になるケースはないわけではないが極めて稀。*4*5
  3. シニアだけがかかるわけではない。ワクチンを打っていない人は5-12歳の子供*6も含めて相当高いリスクに晒されている。
  4. ワクチンを打たずに入院してきた患者の多くが、自分がワクチンを打たなかったことを後悔している。
  5. 局所的なアウトブレイク(outbreak:突発的で抑え込めない感染症の爆発)につながる可能性も十分ある。
  6. 中南米のラムダしかり、全世界的にワクチンを打った人が大半にならない限り、さらなる変異体が現れる可能性は相当にある。すなわち、今後の変異体の発生に備え、ブースター的接種体制も準備が必要

(以下のYale Medicine, UC Davis Health, CNN, The Washington Post, NHKの記事による)


参考)ワクチン接種の有無によるCovid19発症率は8倍、入院率は25倍、死亡率も25倍異なる
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from : CDC Improving communications around vaccine breakthrough and vaccine effectiveness (July 29, 2021)

ワクチン接種による防御は100発、弾(タマ)が飛んできたときに何発自分に当たるのかという風に考えるとわかりやすい。大量に飛んでくればもちろん当たる。ただ、普通の弾数であれば概ね弾を無力化することができ、あたってもダメージが小さく回復が早い。


参考)世界のワクチンを打ってる度合いの分布(2021/8/3現在)。
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WHO Coronavirus (COVID-19) Dashboardによる。

明らかにアフリカ、中東、東南アジアで接種率が低く、これらの国々に相当の人口(アフリカだけでざっくり11-12億)がいることを考えると、デルタがインドから生まれたように、相当の変異体がこれらの地区から発生することが想定される。

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次にシェアしたいのは、横浜聖マリアンナ病院救急 若竹春明先生からの情報だ(8/2 11:33付 FBポスト)。若竹先生は昨年当初からコロナと戦ってきた救急救命医のお一人。

関東都心部の第5波、本当にやばい状況です。すでに救急現場は、収容を10~20件断られ、受入先がみつからない状況が多く発生してきています。これは、第一波の状況に近い状態です(第一波は、100件以上断られ、県をまたいで来る症例もよくありました)。ですが、今は当時よりも遙かに悪い状況と判断しています。

理由は以下です。

①現在の感染者は 若い基礎疾患のない世代の感染者が殆ど。この世代は、医療提供をFullに行う(つまり人工呼吸器・ECMO 人工心肺など)ことから、緩和中心の終末期対応になることは殆どない。

②中等症→重症化の率・速度ともに多い。(デルタ株の脅威?)

  • 病病連携での搬送も困難:重症化をみれる病院が少ない
  • 病院負担が色々な意味で非常に大きい(あくまで副次的ですが、医療政策の問題もあり、このようなケースは病院経営も逼迫させられる。経営難がつきまとうと、現実問題として患者連携が滞る。)

③一般市民への情報拡散が十分に伝わらない

  • オリンピックなどの情報が優先されている
  • 緊急事態宣言が国民に意味をなさない状況になっている

④受入病床数が、当時と比べて殆ど大差ない可能性

  • コロナの現場で働く医療従事者は増えておらず(減っている?)、実質的な稼働ベッドは少ない
  • 人々の流れがある以上、通常救急も減らない

おそらく、①の理由で医療トリアージという概念すらもないのではと考えます。入院できるのは早く感染した方順になっているという恐ろしい状態です。誤った情報もあるかもしれませんが、少しでも皆様の日常活動のお役に立つことが出来ればと考え、あえて発信します。

これらを総合するとデルタ株はどうもこれまでのCovidとは相当に異質だということがわかる。そもそも感染力が相当に高く、本当に水疱瘡、麻疹(はしか)と同レベルということであれば物理的に接していない近くの人から空気感染している可能性すらそれなりにある*7。また悪化へのスピードが通常想定されているこれまでのCovid19よりはるかに早い。

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参考)ステルス期の長い従来株と異なり、インフルに匹敵するほどデルタ株の進行は早く、ウイルス量は約1000x、、、高い感染力の背景*8

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Viral infection and transmission in a large, well-traced outbreak caused by the SARS-CoV-2 Delta variant | medRxivより (8/15 16時追記)

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千葉県熊谷知事からの発信(7/30付 FBポスト)を見ても中等症がかなりの勢いで増えていることがわかる。しかも「中等症Ⅱはネーザルハイフロー療法のような重症に区分されてもおかしくない患者が含まれており、今後も感染者の急増に伴い、増加が続くことが懸念されます」とのことだ。

重症化スピードだけでなく、重症化率についても見てみよう。昨年頭から首都圏のCovid医療現場にいるある救命救急医*9からは「デルタ陽性100人の母数で肺炎20、治療抵抗性に重症レスピに至る5です。もし、治療できなければ20がそのまま重症になる可能性があります。この数字は発症後の現場から見える数字の推移です。ノーワクチン成人のデータは疫学的に数字がないので急ぎ国内で多施設からの疫学調査を実施すべきと思います」と聞く。

国立感染症研究所 : 感染・伝播性の増加や抗原性の変化が懸念される新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の新規変異株について (第10報)では

シンガポールの研究では、デルタ株では、非VOC*10株に比べて、酸素利用、ICU入室または死亡のリスクが4.9倍(95%CI: 1.43-30.78)上昇し、肺炎のリスクが1.88倍(95%CI: 0.95-3.76)との報告がある。また、PCRのCt値もデルタ株患者で優位に低かった。また、Ct値低値(30以下)の期間もデルタ株(中央値18日)では非VOC株(中央値13日)に比べて長かった

とまとめられている。(初出はThe Lancet上のpreprint *11)カナダでのデルタ株の悪性度報告では従来株に比べ入院率が2.2倍、ICU率が3.9倍、死亡率が2.4倍である。*12

また、岸田直樹先生による札幌市での最新データ(2021.8.4付 ; p.21)ではデルタ株の広がりに伴い*13、(正しい治療を受けないと生死に関わる)重症・中等症の割合が歴然と上がっていることが示されている。年末の第三波のときは50代、40代感染者のそれぞれ7%、3.5%しか重症・中等症がいなかったが(当時20代は0%)、現在、50代で25%、40代 14%、30代 6%、20代ですら約2%が中等症以上に。25%、14%というのは従来株の70代、60代並の値だ*14*15働き盛りの人たちは年末までのシニア層並みに警戒し、備えなければいけない。札幌市ではついに20代の死者も発生している。(北海道ニュースUHB 2021年8月7日16:26

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一言で言えば、デルタはこれまでのCovidと比べ、圧倒的な感染力、圧倒的な病態悪化の速度、加えて圧倒的な重症化率、この三点が特徴ということだ。

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以上から分かる通り、今回は、(1) 感染性、重症化スピード、重症化率、適切な医療を受けられないときの死亡率が高く、(2) ワクチンの防御率が歴然と高いケースだ*16 *17。しかも後述の通り (3) 医療キャパがそれほど余裕がなく、今後、適切な医療を受け続けられる保証はそれほど高くないケースでもある。このような状況下では、個人を主語としても、特殊な医学的理由がない限り、副作用とのトレードオフは考える必要がないほど、ワクチンを打つ価値のほうが高い。また、感染性の高さから派生する自分の周りの家族や、見知らぬ無数の人の命を劇的に守ることにも直接つながることは言うまでもない。

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次は昨日8/3に流れたニュースだ。

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https://news.yahoo.co.jp/articles/1a063817b8c46d018f9b840232ab7bb53605c5f0

空気感染の恐れすら考えうるというデルタ株の感染力を考えると、これまでのように接触感染を前提とするのではなく、少なくとも地域ごとの感染者密度に加え、デルタ株比率、人口密度で傾斜配分するのが筋であり英断と言える。巨大な培養器であり、変異体の発生源ともなりうる都市圏でのウイルス拡大を鎮圧しない限り、地方も安心できないということもある。

では社会全体としてどれほどのワクチン接種率が必要なのか。これは当然のことながらウイルスの感染力で決まる。もし本当にCDCのいうとおり麻疹並みだったらどの程度必要だったのか、それについてはある歴史的なデータがある。

米国における対麻疹(はしか)のワクチン接種による集団免疫形成事例だが、この感染力の場合、鎮火には6割、事実上の鎮圧には9割必要だったことがわかる。

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measles cases in the USA between 1938 and 2019
by Julius Senegal (27 April 2020)

ということでまずは少なくとも6割、最終的には9割を目指すべきだということが言える。(とりあえずのメドは8割)

65歳以上(3,635万)の85%がすでに打っていることから、65歳以上で1度は打った人は3,090万人と推計される。一方、この記事に国民(12,555万人)のうち1度は打ったのが5,116万人とある。

(ちなみに65歳以上の層ではすでに新規感染者、重症者ともに激減した。後述のデータを参照。これは本当によくやったと思う。これでこれまでの社会への功労者、恩人たちに石を投げずに済んだ。)

差分2,026万(=5,116-3,090)は、現在の感染者の中心(後述)である65歳未満人口(8,900万人)全体の23%に過ぎない。ここでもワクチン接種済み80%を達成するには約5,100万 to goだ。

大切なことは一回でもいいから、大半の人がとにかく打つこと。一度打てば完全な丸腰ではなくなり、相当(7-8割かそれ以上)の感染防御は期待できる。もちろん二度目は打つ。ただ一回目を相当量の人が打つことを最優先する。これが正しい鎮圧のアプローチのはずだ。

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抜粋引用(最初の3つがBBC, 最後がmedrxivから)

  • According to a document the company submitted to the FDA, the Moderna vaccine can provide 80.2% protection after one dose, compared to 95.6% after the second (in people aged 18 to 65 – it's 86.4% in those over 65).
  • For the Oxford-AstraZeneca vaccine, things are a bit different. In a paper published in January, the authors explain that the vaccine offers protection of 64.1% after at least one standard dose. This compares to 70.4% if you've had two full doses, or – oddly – 90% in people who have had one half dose followed by one full dose.
  • Pfizer-BioNTech: According to Pfizer data published in December 2020, the Pfizer-BioNTech vaccine is roughly 52% effective after the first dose. (注:抗体形成前のday12まで入れた値) The second estimate comes from the UK's Vaccine Committee, the JCVI, who decided to calculate the efficacy of the vaccine differently. (略) they only looked at days 15-21. Using this method, the efficacy of the vaccine jumps up to 89%
  • Our findings suggest that even a single dose of these 3 vaccine products provide good to excellent protection against symptomatic infection and severe outcomes caused by the 4 currently circulating variants of concern

DeepLによる参考翻訳は本エントリの最後に掲載*)


気になっているのは美容室、小売、飲食店などの実質的なエッセンシャルワーカー*18。すでに彼らが守られていないことの大きなダメージが顕在化している。病院・クリニックの保護はすでに済んでおり、あらゆる対人店舗の店員を全部守るべきだ。

jinjibu.jp

次の8/2付のリリースは百貨店トップの伊勢丹だから検知し、ちゃんと公表されたのであり、この影に数十倍では効かない同様の事例があると推定される。

エラー | 伊勢丹 店舗情報

これを合わせて、デルタ株の感染力の強さ、重症への進展の速さを踏まえれば、高校野球を含め、当面すべてのスポーツイベント、集客イベントはオリンピックに準じる対応、すなわちワクチン接種済み and/or 直前のPCR陰性をセットにして初めて出場可とするべき局面かと思う。(最低でもワクチン1回)

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第三にシェアしておきたいのは、東京都新型コロナウイルス感染症モニタリング会議資料のいくつかのデータだ

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(7/29 第56回資料より; この後の変化については*19

Covid感染者(検査陽性者)は急増。検査陽性者の多くは自宅療養。母数を1,333万都民とすると7/28段階で816人に一人以上が療養中の検査陽性者。検査を受けていない隠れ陽性者が同数はいると思うと約400人に一人は陽性と推測される。この伸びのベクトルを踏まえるとすでに300人に一人かそれ以上を想定すべき。

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(7/29 第56回資料より; この後の変化については*20

10代、20代を中心とする現役層が新規陽性者の大半。7割が自宅もしくは職場で感染。これは相当に啓蒙が必要だ。若い人は自分たちは関係ないと思っているかもしれないが、そうではない。むしろ逆に若いほどうつる(人生の短さによる免疫経験値の低さと行動量の両方の理由だろう)。しかも家や職場、学校、出歩く施設でだ。*21

追記)デルタ医療現場の友人から(8/11にtw/fbにしたposting)

1) 保育園子供ノーマスクでの感染クラスター。そこを介して親と残りの家族がほぼ全員やられる

2)学生経由でノーワクチンの家族が全員感染。こっちは学生たちの飲み会かお茶が発生源

この二つはデルタの感染経路として独自のもの。とすれば、この場面と家族構成、とくに親がノーワクチンの子どものケースに関してはリスクを警告しても良いのでは?

安宅注)学生はともかく幼児に常時マスクは非現実的。啓発と共に拡散を抑制する知恵と手立てが必要

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(7/29 第56回資料より; この後の変化については*22

都心(千代田、新宿、港)では週に300〜400人に一人のペースで新規陽性者が検出。隠れ陽性者を含めると150-200人に一人程度は存在していると推定される。もはやどこにでもいるレベル。実際、感染経路不明が、相当量存在。

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(7/29 第56回資料より; この後の変化については*23

落ち着いていた重症者の伸びが強い上昇局面に突入。重症者中のシニア層は急減、6月末から伸びは50代以下が中心。30代、20代の人はすでにそれなりにいる。実際30代前半の友人でも中等症で数週間入院した友人もいる。自分の家族や周りの人の命を守るために若者層も(できれば自然感染ではなくワクチンによる)Covid19に対する免疫を形成することが望ましい。

毎週更新される東京都の実資料には相当多くのデータが入っているので、直近のものだけでも一読がおすすめ。)

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8/12追記)
脚注データから見る通り既に、東京都心は相当の陽性密度(隠れ陽性を含め8/12現在 おそらく1/100程度)。開疎空間は良いが、人の多いところに行くのは最小化し、不織布かそれ以上の高性能マスクの着用、うがい、手洗いの励行が望ましい。

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これらの情報の上でシェアしたいのは、内閣官房で専門家の先生方の協力で進むCovid19の予測情報だ。これまでも第三、第四、そして今の第五波まで実に的確に予測されてきており、これこそ意思決定の中心にあるべき情報の一つと言える。

www.covid19-ai.jp

以下は慶應義塾大学 理工学部の栗原聡先生の7/27付けで発表された予測からの抜粋だが、ほとんど人流が戻ってしまった今の社会のまま行けば、数週間以内に感染爆発が起きることが示唆されている。

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栗原聡「SNSと報道データに基づく⼈の⾏動モデルの提案と感染シミュレーション #4」より)

重症者数については、デルタ株の重症化割合がアルファ株と同じとした場合なので、上述の新規事実に基づくと、これよりも悪化することはほぼ確実*24

このトレンドに現在の新規感染者数をかぶせると、このまま行けば毎日東京だけで万単位の感染者が発生しかねないということであり、ワクチン接種が8割まで進むまでに人口の5-10%程度(全国で600-1,200万人)の感染が起きる可能性があると予測しうる。ワクチン接種との競争になるが、重症化割合を5%としても30~60万人規模だ*25

これらの人は、そもそも中等症までに抑え込み、重症化発生を最小化する必要があることは言うまでもないが、重症化に至った場合は、病院に収容し適切な対応をできなければ高い可能性で死を迎えることになる。

(8/8 20時追記:当該チームの中心人物の一人である北野宏明先生による内閣官房プロジェクト最新予測(FBポスト8/5 17:38付)では、このまま十分な行動変容が起きない場合、9月末までに人口の8% 1000万人が感染。ここで発生する5%程度の重症者を医療体制が持ち堪えることができれば、死亡者は数百人から数千人のオーダー。逆に医療体制が対応しきれない場合、最大50万人の死亡者が発生。*26

ちなみに現時点で重症者のうち最も深刻な段階であるECMO*27装着数の推移は以下の通り。東京を見ると装着数が急激に増えていることがわかる。多少余力があるといえども、現在の急増トレンドでいつまで持つかは相当に微妙だ。


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NPO法人日本ECMOnet COVID-19 重症患者状況の集計による: この後の変化については*28


現在、日本で用意されているコロナ病床は厚労省調べによると36,590床、重症者用の病床が5,300足らずに過ぎない(7月28日0時時点)病床の総数が160万、クリニック10万を除いても150万あることを考えると残念と言わざるを得ない状況だ。高度医療が集中する国 12.6万、公的 31.1万、社会保険 1.55万の病床の多くは他の深刻なものに使わざるを得ないことはもちろんわかるが、それにしてもだ。

これを受けて、次のニュースにある通り重症患者以外は本当に入院できず自宅療養を求められるというニュースが流れているが、これをそのまま実施した場合、急激に悪化して、場合によってはかつて武漢から流れてきた動画のように、突然なくなる人が次々に出ることは十分に有り得る。(8/19朝追記: 東京における病院キャパの現状については *29

昨今のコロナ死亡者の少なさから安心している人も多いかもしれないが、これはここまでみてきたように限られた医療キャパの中での薄氷の上での数字であり、風前の灯と言える。

結果、なくなる方々は40-50代の働き盛りが中心であり、シングルマザー、シングルファザーの方々は全くワクチンが打てていない人が多いだろうことはほぼ自明だ。このままコロナ孤児が大量に発生するということはどうしても避けなければいけない。

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菅首相 新型コロナ ”自宅療養を基本”で医療団体に協力要請 | 新型コロナウイルス | NHKニュース


関連ニュース(追記)


上述の救命医の友人に聞いたところ

「ベッドがないから自宅にいなさい、は真逆のメッセージであり、ベッドを大幅に作って辛かったら受診、CTとって肺炎あったら入院 重症になる前に点滴治療する、これが死亡を減らす為にやるべき事」

「肺炎ができたら入院。必要なハードは酸素配管のあるベッド。そこで標準治療である点滴のデカドロンとレムデシビル、内服のオルミエントを使う。その治療を受けられれば大半は挿管はしのげる。ただし治療の開始が早期である必要性がある。そこまでやって重症に入る人は、レスピがなければ静かに看取る。それを覚悟する。肺炎ができたらすべからく入院させて標準治療を受けるベッドがあれば、かなり救われると思います」

デルタに関しては、病院受診を待てる症例と待ってはならない症例があり。この区別はCT取らないと区別できない。10日とか自宅で待てるということはデルタでは通用しない。すなわち状態の悪化が疑われる、サチュレーション低下、頻呼吸が出現するケースは全員を一度受診させることが必要。待ってはならないケースではその数日後に死を迎えることになる それくらいに速い。真の中等症以外を見られるだけの中等症病床が必要

との回答だったが、まさにそのとおりだろう。

(もし、軽症+中等を自宅なら、感染判明で、すぐに抗体カクテルを打って帰ってもらう、抗体カクテル往診しないといけない、というのが僕の周りの識者の見解だ。これからのデルタ患者の爆増により、抗体カクテルが足りなくなる可能性が高いが、これこそシン・ゴジラのときのあの血液凝固剤と同様に国の総力を上げ増産すべきだ。)

このベッドが生み出せない背後には、コロナ医療従事者に対する手当の極端な薄さがあるということをかねがね関係者から耳にしている。以下に、僕がこれまで聞いたコメントをいくつかそのまま貼り付ける。

コロナの今の枠組みでは、規制の元での病床でのみられる。管理者の気概次第。そして管理者が病床を開ける為には医者以上に看護師のコミットが必要。40病床の中等症を開ける為に日夜のシフトを考えると20-30人とかが必要。自ら手上げしてやりたいという看護師は既にやってる。看護師が集まれば、管理者が病棟を開けることはそれほど難しくはない。

コロナを見てる病院で実際に減給くらってます。看護師も医者も。それが現実です。ワクチン業務にインセンティブをはっきりつけたので、(現場は)燃え尽きまくってます。看護師のコロナ業務に補償と見合うだけのインセンティブは効くと思います

ワクチン接種には10倍のインセンティブをつけてます。問診や注射に。そこに集めたい理由もよくわかりますが、それに見合うように病棟コロナ真の業務には相応につけることが求められると思います

病院診療の本当の意味での実働は医師ではなく、看護師です。そこを納得させられるメッセージが全く聞こえてこない

では何が必要なのかについてヒアリングしたコメントが以下だ。

  • コロナ業務に専属で従事する看護師に各病院で設定されてる時間給に加えて給与を国が約束する
  • コロナワクチン業務と同等の金額が望ましい
  • それにより看護師がコロナ病床を担当することを受け入れる可能性
  • 30病床を開けるための看護師が集れば、次に医師の合意、管理者が承認する流れ
  • 病院につけても薄まる、不採算部門の赤字補填。たとえば大幅に患者の減ってる診療科

政策担当者の方々には是非、可及的速やかにご検討いただけたらと思う。

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以上をまとめると

  1. 当面(ここからの1-2ヶ月)のCovid19との戦いは、インフル以上に感染力が高く、悪化のスピードが早いデルタ株が中心、、空気感染に近い備えが必要であり、中等症以上の患者の自宅療養にそもそも適していない
  2. 行動抑制は重要であるが、感染拡大、重症者(そして死者)拡大抑制に本質的に効くのはワクチン接種
  3. デルタの感染力を考えると最低人口の6割、可能であれば9割のワクチン接種(免疫形成)を目標とすべき(8割程度がまずは目安)
  4. 若い人× 家庭&職場が現在の感染拡大の中心。現役層こそ早期の免疫形成が重要
  5. ワクチン接種は一回だけでも相当の意味がある。とにかくまずは一回目を打つ人(完全な丸腰ではない人)が大半になることが重要
  6. デルタ株の感染性の高さを鑑みれば、これまでのように接触感染を前提とするのをやめ、現在の感染者密度に加え、デルタ株比率、人口密度で荷重してワクチンを打つことが望ましい
  7. ワクチンによる抑制が間に合わない場合、ここから数週間のうちに感染の急拡大が起き、40-50代を中心に相当の重症者が発生する
  8. ここから数週間以内に起きる感染の急拡大に備え、対応病床の確保を一気に進めるべき、、病床不足による被害者急増リスクを回避*30
  9. 病床拡大の鍵は、命を張ってCovid19業務に従事している現場の戦士というべき看護師、医療スタッフ、、彼らに十全の給与、待遇を約束すべき
  10. 軽症+中等を自宅療養であれば感染判明ですぐに抗体カクテルを打って帰ってもらうべきだが、このままでは早期にショートする、、国内の総力を上げてでも増産すべき
  11. あらゆる大型イベントは当面、無観客としても、登壇者のワクチン接種 and/or PCR陰性による確認を前提とするのが望ましい
  12. 今後の変異体の発生、ブースター的接種の必要性に鑑み、半年か一年ごとに1億人に接種ができる医療体制に組み替える必要がある

コロナ医療の最前線で戦われている方々、ワクチン接種に携わる方々、病院と在宅の振り分けに尽力される保健師の方々、感染予測、またアジャイルな行政対応を進めていらっしゃる数多くの国政、自治体行政の皆様には本当に心から感謝したい。

このウェブの片隅の一つのブログエントリが、少しでもマシな未来につながる足しとなることを願いつつ。



ps1. この見立ては僕が直接存じ上げており、信頼できる国政に携わる何人かの方々と事前に相当濃厚に意見交換させていただいた内容になる。その中で点と点が必ずしもつながっていない、情報の補助線が必要なことが多いことに気づき、より多くの方々に向けまとめさせて頂きました。(各種アップデート情報はTwitter @kaz_ataka Kaz Ataka / 安宅和人 (@kaz_ataka) | Twitter, Facebook https://www.facebook.com/kaz.ataka/ に上げていきます。)

ps2. 投稿後、あるブログ読者の方から次のコメントを頂いた。

保健師についても是非触れてほしいです。保健所で実務をこなす保健師がいなければ病院と在宅の振り分けもできす、濃厚接触者も把握できない。自宅療養の中等症患者への支援までのしかかってくるとパンクします。

たしかに、ホテル患者や自宅患者の搬送に同乗されるなど、保健所の労働は極めて負担の多いことは見聞きしており、かなり過酷な職場になってしまっていると思われる。これからの患者の爆増の中ではとりわけ心配だ。ここは、どんどん業務を引き取ったり、外の民間の力が借りられるところでもあると思われ、様々に打ち手も考えうる。こちらも政策担当者の方々には是非ご検討スコープに加えていただけたらと思う。

ps.3 よく見ると昨年4月に整理したことと多く重なる上、当時(16ヶ月前)に掲げた課題は上記を含め、まだまだ対応できていないことが多い。Pandemic-readyな社会の構築に向け、中長期的な仕込みも仕込んでいかねばです。

kaz-ataka.hatenablog.com


更新履歴

  • 8/5 11am 首都圏の最新のデルタ株比率推定値を追記
  • 8/8 11am 東京都モニタリングデータ資料を最新版に改定
  • 8/8 8pm 内閣官房予測の最新情報を追記
  • 8/10 10:30am カナダでのデルタ株 悪性度データを追記
  • 8/10 13:50 ECMOデータを8/9付の最新のものに更新するとともに、ECMOの説明を付記
  • 8/11 11am 医療キャパが溢れ始めているニュースを数本付記
  • 8/12 11am ECMOデータを8/11付の最新のものに更新
  • 8/13 2am 東京都のモニタリングデータの推移を脚注に追加
  • 8/15 11am マスクの種類による防御能力(拡散防止能力)データを追記
  • 8/15 16時 デルタ株の発症までの速さ、ウイルス量について追記
  • 8/17 10:15am 国内のCOVID-19重症者における人工呼吸器装着数(ECMO含む)の推移を更新(脚注資料)
  • 8/18 11:30am 理研のチームによるエアロゾル飛散の可視化結果を脚注に追記
  • 8/19 10:50am 東京のCovid病床数と利用状況データを脚注に追記
  • 8/19 5pm 東京におけるデルタ比率を更新
  • 8/20 23:50 東京都モニタリングデータとECMO・呼吸器データの最新版を添付に
  • 8/30 12:31pm 空気感染についてのリンクを付記

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抜粋英文テキストのDeepLによる機械翻訳

  • 同社がFDAに提出した文書によると、Modernaワクチンは1回の接種で80.2%の防御効果が得られるのに対し、2回目の接種では95.6%の防御効果が得られます(18歳から65歳までの人の場合、65歳以上では86.4%となります)
  • オックスフォード・アストラゼネカ社のワクチンの場合、状況は少し異なります。1月に発表された論文によると、このワクチンは少なくとも標準的な1回の接種で64.1%の防御効果があると説明しています。これに対し、全量を2回接種した場合は70.4%、奇妙なことに半量を1回接種した後に全量を1回接種した場合は90%となります。
  • ファイザー・バイオンテック 2020年12月に発表されたファイザーのデータによると、ファイザー・バイオンテックのワクチンは、1回目の接種でおよそ52%の効果があるとされています。(注:抗体形成前のday12まで入れた値)2つ目の推定値は、英国のワクチン委員会(JCVI)によるもので、彼らはワクチンの有効性を異なる方法で計算することにしました。彼らは15〜21日しか見ていません。この方法では、ワクチンの有効性は89%にまで跳ね上がります。
  • 今回の結果から、これら3種類のワクチンを1回接種するだけでも、現在流通している4種類の懸念される亜種による症状のある感染や重篤転帰に対して、良好な防御効果が得られることが示唆されました。

*1:herd immunity いわゆる集団免疫

*2:Centers for Disease Control and Prevention 米国疾病予防管理センター

*3:新型コロナウイルス感染症の直近の感染状況等(2021年8月11日現在)

*4:Delta variant: 8 things you should know | Coronavirus | UC Davis Health

*5:日本の救急救命現場で毎日デルタ患者を見ているある医師からも「Covidで搬送されてくる重症は全てノーワクチン」と聞く。8/11 20時追記

*6:米国では5-12歳の子供へのCovidワクチン接種が認可されていない

*7:換気が大切ということ自体が、非接触かつ空気を介して感染りうるということであり、60年来続く5μ以上か以下という議論はちょっと、、であるということと。 The 60-Year-Old Scientific Screwup That Helped Covid Kill | WIRED / https://bmj.com/content/bmj/373/bmj.n913.full.pdf / How Did We Get Here: What Are Droplets and Aerosols and How Far Do They Go? A Historical Perspective on the Transmission of Respiratory Infectious Diseases by Katherine Randall, E. Thomas Ewing, Linsey Marr, Jose Jimenez, L. Bourouiba :: SSRN

*8:以下は理研 和田先生のチームによるエアロゾル(マイクロ飛沫)がどの程度周囲に飛散するか(通常呼気、マスクあり・なし、空気流あり・なし)の可視化結果。動画も含めてご参照。デルタ株が広がる中、マスクのない対話がどれほど危険かリアルに感じて頂けるかと。> マイクロサイズ飛沫の特性計測 | COVID-19 AI・シミュレーションプロジェクト

*9:筆者の長年の友人。若竹先生とは別の大型病院を見てきた先生

*10:Variants of Concern: WHOが指定する懸念されるCovid変異体。これまでアルファ、ベータ、ガンマがある。感染・伝播性の増加や抗原性の変化が懸念される 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の新規変異株について (第7報)

*11:Clinical and Virological Features of SARS-CoV-2 Variants of Concern: A Retrospective Cohort Study Comparing B.1.1.7 (Alpha), B.1.315 (Beta), and B.1.617.2 (Delta) @SSRN https://papers.ssrn.com/sol3/papers.cfm?abstract_id=3861566

*12:Increases with Delta variant were more pronounced: 120% (93-153%) for hospitalization; 287% (198-399%) for ICU admission; and 137% (50-230%) for death.

*13:陽性確定日( 7/26-8/1 )陽性者73.0%(788検体)に占めるデルタ株の可能性があるL452R変異陽性率 57.1%

*14:ワクチンのなかった年末と異なり、何割かの人が接種して中等症レベルにほぼならなくなっていることを考えると未接種者を母体とすると更に高い値と考えるべき。ただ接種者はそもそも陽性者母数への寄与自体が少ないので、上がるとしても数%程度か。

*15:ちなみに、この値は上のLancetに掲載されている参考値、N=67であるものの、デルタ感染者は49%が肺炎になり、28%が酸素補助が必要とのデータ、ともほぼ合致している。

*16:以下の米国の州別データを見て分かるのは非常にざっくりいえば、ワクチンを二度打つことでCovidの危険性はほぼほぼインフル並みに落ちるということだと思う(相変わらず厄介かつ、インフルが猛威を奮っているとき並に注意すべきものであるには変わりないが、、)。f:id:kaz_ataka:20210822023448p:plainf:id:kaz_ataka:20210822023459p:plain from COVID-19 Vaccine Breakthrough Cases: Data from the States | KFF

*17:f:id:kaz_ataka:20210822022000p:plain 大阪府のデータ。ワクチン接種の効果は絶大(重症・死亡率ゼロ)。一回だけの効果がノーワクチンの死亡率約半分にすぎないようにみえるのは感染者を母数にしているからで、実際には感染率まで掛け合わせると大幅に低いと推定される。from コロナワクチン2回接種で発症0.4% 重症・死亡なし 大阪府分析(産経新聞) - Yahoo!ニュース

*18:いらっしゃらないと社会が止まる機能の必須要員:水光熱、下水・ごみ処理、交通・物流、医療・福祉、理容、小売・卸、保育・教育、役場の方々ほか

*19:f:id:kaz_ataka:20210821013748p:plain都民の332人に一人がCovid療養中(≒患者)

*20:f:id:kaz_ataka:20210821013831p:plain家庭内感染の広がりにより、ついに10代以下が最大新規陽性セグメントに。

*21:そしてそれを家やコミュニティに持ち帰る。結果、ワクチンを打っていない人に更にうつり、デルタ株のためこれまでとは比較にならない高確率で重症化する。

*22:f:id:kaz_ataka:20210821013908p:plain感染者濃度はついに東京全域(島しょ部含む)が従来の最高基準に到達。f:id:kaz_ataka:20210821013920p:plain流入の多い都心部は136~237人に一人が新規感染者(隠れ陽性者を含めれば実際にはその倍はいてもおかしくはない)。またこの会議の説明でもでていたが陽性率が24%まで上がっており、PCRのキャパが追いついていない可能性も否定できない。

*23:f:id:kaz_ataka:20210821014055p:plain重症者全体の7割が現役層。30代以下が1割。f:id:kaz_ataka:20210821014216p:plain新規重症者は一ヶ月で6倍。

*24:栗原先生によるフルセットの発表資料は以下:SNSと報道データに基づく⼈の⾏動モデルの提案と感染シミュレーション #4 | COVID-19 AI・シミュレーションプロジェクト

*25:デルタの肺炎率20%ではなく、並行して進む抗体カクテル含む水際対応、ワクチン効果で下がるとした値

*26:以下抜粋引用「このままの場合(行動変容が起きないという極端な条件)では、9月末までに、人口の約8%が感染するという結果が出ています。これはおよそ1000万人(略)北海道の中等・重症化率と東京都の感染者年代別比率で、中等・重症者数を計算すると、大体、陽性者数の1.8%ぐらい(略)18万人。(略)死亡者は、医療体制が持ち堪えることができれば、数百人から数千人のオーダー。ただし、この1.8%は、現状レベルの感染者数で一定レベルの医療が可能である前提でこの数字。死亡者数が、数百から数千というのも、医療が対応できる前提の数字。(略)行動変容が起きない場合の下限が数万(MRI推定)、中間が、18万、最悪50万人という想定となるかと思います。(略)ただし、これだけの感染拡大の過程で行動変容が起きないことは考えづらく、どこかの段階で、大きな行動変容が起き、感染者数が減少に転じると考えるべきです。」

*27:人の肺の代わりに人工的に作られた人工肺によって酸素と二酸化炭素の交換(ガス交換)を行う人工心肺装置。ガス交換をする人工肺(膜型人工肺)と、体内から血液を取り出し人工肺に血液を送り体内に送り戻す血液ポンプによって構成。一般社団法人 日本体外循環技術医学会 2020/4/14資料 「エクモ(ECMO)とは - extracorporeal membrane oxygenation 体外式膜型人工肺」より

*28:f:id:kaz_ataka:20210821014456p:plainECMO視点でみても既に最大の波になっている。f:id:kaz_ataka:20210821014531p:plainf:id:kaz_ataka:20210821014544p:plain東京、神奈川ともに急伸。f:id:kaz_ataka:20210821014559p:plain千葉は本来のキャパに迫る勢い。8/20更新

*29:f:id:kaz_ataka:20210819104945p:plain 東京のCovid患者は6月末以来一ヶ月半で8倍に増えたが、確保病床は6%しか増えていない。重症化病床は増床ナシ。患者の85%の人は現在自宅。患者数が8倍であれば入院数、重症入院数も8倍になるべきだが3倍にもなってない。デルタで重症化度が上がったことも考えれば、かなりの数の方が然るべき手当を受けていないだろうことはほぼ明らかなように思う。

*30:なお、これは野戦病院の一種であり、この病床数は状況の変化に応じて変えられるできる限り柔軟なconditionalなものとするべき

手詰まらないこと

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Leica M10P, 50/1.4 Summilux, RAW @尾道

(これはおそらく時限的なポスティングです。)

昨日、自分の社内対象だが、かなり大きなレクチャーと対話のセッションを行った。少なくとも、3,500名ぐらいは参加申込みがあったらしい。

そこで、僕に与えられたのは「未来がますます不確実になっているなかでどう行動すべきか」「"残すに値する未来"をつくるために何が必要か」という重たい二つのお題だった。

まず、僕が話したのは、手詰まらないことの大切さだった。不確実性の高い状況において、生き延びることが出来る企業やそうじゃない企業の違いは、マッキンゼーで相当に研究され、半ば結論が出ている。目先で確実なことしかやっていないか、中長期もしくは未来の視点でそれなり以上の取り組みを埋め込めているか、だ。

これは囲碁や将棋などのボードゲームで言えば「手詰まらない」こと、ということになる。基本、もう有利になる手が打てなくなった時にゲームセットになるからだ。そのためには、どのような視点で世の中を見、ものを考えないといけないだろうか、という話を相当に手を変え、足を変えお話したのだが、多少なりとも意味があったのであればいいなと思う。

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ではこと日本を主語におくと、手詰まらないということはどういうことなのか、少しそんな話をしてみたい。

まず日本の財政事情を見ることから始めてみよう。一般会計だけでは全体がつかめないので、社会保険料も含めてみてみるとどうなるか、といえば、以前のエントリーでも書いたとおり、次のようになっている。

f:id:kaz_ataka:20210603092002p:plain

未来に対してリソースを張らなければ、大きな経済成長ができなくなることは国も会社も同じだが、税収及び社会保険料収入に対して、社会保障費が大きすぎる。この国では生産年齢人口(とその勤務先)の払う社会保険料が本来、年金、医療費他の社会保障費の原資であるが、現在大幅に不足している、ということだ。

(詳しくはこちらのエントリを参照)
kaz-ataka.hatenablog.com


その足りない部分(2016年予算で約45兆円、、)は上に見る通り、一般会計予算によって補填されている。一般会計予算に出てくる社会保障費30兆円が社会保障費の全貌なのではなく、単なる補填費用の一部がそこに出ているだけと考えるのが正しい。

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生産年齢人口に対する非生産年齢人口、特に引退層、の比率が高く、引退層の増大につれニーズ(社会保障費)は当面増え続けるが、社会保険料はそう簡単には増えないことがこの問題を深刻化している。

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かと言って自分たちを育ててきてくれ、またこれまでの社会を支えてきてくれた社会貢献層である引退層を放り出すことは本質的には全くなんの解にもならない。国や社会としてのコミットメント違反の上、人道的に極めて深刻な問題があり、治安の悪化は免れない。いずれ引退層になる生産年齢層、若者たちの将来不安も激増する。

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ではどうしたらいいのか、これがこの国最大級のリソースマネジメント問題だ。国家のCFOである財務省にとっても長らく最大級の課題の一つであることは間違いない。

この状況の質的な改善に向けて、

(I) 社会保険料原資の増大をねらい

(I-1) GPIFによる世界でも指折りの巨大な基金運用の開始
(I-2) 定年の見直しによる生産年齢人口の見直し

が進み、

また(II)社会保障費支出の抑制のために

(II-1) 年金の支払い開始タイミング
(II-2) 医療費の負担率
(II-3) 医療保険点数(医療費・薬の価格)

の見直しも行われてきた。

足りない社会保険料の補填に使われているのは(III)一般会計予算だが、この歳入増大に向けた

(III-1)付加価値税の一種である消費税率の見直し

もその外枠の収支改善のために継続的に行われている。

いずれも相当規模の成果を上げてきたが、未来の経済成長につながる投資をし、経済規模が大きくならない限り、更にこれからも行われるだろう。無い袖は振れない以上当然だ。

これらの構造的な関係を正しく理解することは、日本全体のマネジメント(経営)の視点から見るととても大切だ。

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最大の支出項目である年金については定年、年金の支払いタイミングの両方の見直しによって相当のメスがすでに入っている。医療費もかなり踏み込んだ手を打っているが、それでも次に見る通り、人間が物理的な存在である以上、歳を取ると壊れやすくなり、費用がかさむことは避けられない事実でもある。

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いま若い皆さんも、歳を取るとほぼ例外なく壊れやすくなる。普通の人の三倍ぐらいは生命力があるのではと若い頃思っていた自分も50歳を過ぎてから、目、耳、皮膚と様々にこれまでなかった修理費用が発生してきている。


そこでいま財務省がどうも目をつけているポイントの一つが、単なる引退層の人口が増えているだけの問題ではないということのようだ。人口構成推移はほぼ不可避だが、他の要因であれば手が打ちうる可能性が増えるからだろう。まっとうな発想だ。

その分析が出ていると言うことに元日銀の友人から言われ気づき、これ(リンク先のp.14)を先日FacebookおよびTwitterでポストした。

具体的には直接資料を見ていただきたいが、「国民医療費は過去10年間年率2.4%で増えてきたが、このうち人口増減・高齢化などの要因によるものは(過去10年間丸めると)平均1.1%」という、ちょっとした驚きのある、フレッシュな検討視点を与えてくれる内容だ。あたかも全てがシニア層の数が増えていることが原因のすべてのように見えるがそうではないという投げ込みだからだ。

なお、これははるか昔、2009年段階でマッキンゼーでおこなわれた日本のヘルスケアシステムの未来予測分析と見事に合致している。医療費拡大のドライバーは高齢化以上に、技術革新、経済成長、処方の変化になるだろうという予測だったからだ(全世界的に見ると実際その傾向にある)。

www.mckinsey.com

このような分析結果を見て、どうやってやっているのかと思う人もいるかも知れないが、それほど難しいことではない。売上は「客数×単価」と開くことができ、この変形で「客総数 x セグメント構成 x セグメント単価」、セグメント単価は「ニーズ構成 x 提供サービス別単価」に例えば開くことが出来るが(Σが入るので単純な式ではない)、これと同様の分析をすれば比較的簡単に人口増減・高齢化(人口構成の変化)によるインパクトと、それ以外(一人 and/or 症状あたりの医療費)のインパクトに切り分けることができる。これをざっくりやったものであることは財務省資料の説明から見るにほぼ間違いないだろう。


それ以外(「その他」)の影響要因として

  • 新規医薬品等の保険収載
  • 医師数、医療機関数の増加
  • 診療報酬改定
  • 過去の改定で収載された高額な医療へのシフト*1

と書いてある部分は僕も精査が必要だとは思うが*2、人口増減・高齢化とそれ以外の切り分けは、財務省当局としていくらなんでも根拠なく出すことはは考えにくい。

すると、いわゆる知識層/識者が多い僕のFB上の友人の多くからは、必要な留意点の提起も含め、かなり建設的な議論が行われた。


曰く

  • グローバル比較でも、先進国のほとんどで新技術、新治療法で医療費は伸びてます。その中で、実は日本は抑えられている方です。
  • 技術革新で高度医療があたりまえになってきた要素が多いという論文あります。ちなみに政府が出す図には印象操作が多いでしょう。
  • やはり高度医療も1因。オプシーボ年間数千万円が保険や高額医療負担軽減措置で60万円。アメリカは民間保険負担、高い保険金払えない人は投与されない。
  • 財務省と話をしたときに、このデータをもとに「文科省に研究費を配分すればするほど、高度・高額な医療が開発され、国家財政が悪化する」と言われたことがあります。大学の知の資産を、社会保障費の削減への貢献に使うことが必要と確信したきっかけです。
  • これ、コロナ後を見据えて、病院の統廃合したいのかな。なのであえて、高齢化以外の要因を前に出してきた。
  • 正しい部分もあるけど(その他の影響要因として書いている部分は)怪しいとこもあります(・新規医薬品→古い薬は減額されるから、一部は入れ替わりのはず/・医師数が医療費増に貢献するロジックが分からない/・診療報酬改定→消費税対応とかの分も入ってるよね??)原典数字に当たらないとそのまま信じるのは危ない気がします。なんらかの政策的な意図を持った分析かも知れない、、。
  • 産業として見れば、医療はGNPの上昇に貢献している。人々のさまざまなニーズの中で 健康と命を守るというニーズの割合の増大を反映している、と見るべきで 無理な政治の介入により健全な産業の芽がつまれている
  • QALY(Quality Adjusted Life Years)で医療の効果を測ろうとすると「命に値段を付けるのか?」と騒ぐ一方、この様に費用の面だけから議論する。医療の効果費用のバランスを常に分析するべきと考えるが、技術論では無く、哲学論になるのが問題


TW上では、ほとんどの人には前向きに捉えて頂きうれしかったが、一方、一部の方々から財務省プロパガンダ、或いはデマを撒き散らしているなどというひどい言われ方を言われ大変に困惑した。

上のような因数分解に馴染みがないのだと思うが、驚いた。2つの差がある市場の定量的な要因分析だとか、複数のシナジーが効く打ち手がどのようなインパクトをもたらすのか(売上じゃなくてコストサイドでも)みたいなことを検討したことがないという人が多いことを考えれば無理はないのかもしれないが、それにしても、少々ショックだった。

財務省的には新しい視点の一石を投げ込むことが狙いなのだから、これでも役をなしたのかもしれないが、このように単なる批判を目的とした批判は残念だ。

そもそも財務省には上の社会保障費抑制に向けた政策的な意図があることは立場上明確だが*3、多少印象操作することが合っても、事実として嘘を言うことはまずない上、嘘を言う理由がまったくない(というか業務的にアウト)。

またこれらは財務省の方々や、単に情報を共有した僕に対しては明らかな名誉毀損でもあった。ネット上ではデマに近いほどバズりやすい傾向があるという残念な事実もあり(特にこういう財務省のような当局・権威を叩くのはかっこよいと思っているフシがある)、このままではgood willでやられた財務省の方々の分析にも傷がつく、論理ではなく印象だけで判断するこの国の文化ではこの社会の未来にとって負の影響が高すぎる、そのように判断して問題のTweetは落とした。

あくまで個人の善意でやっているTwitterに対し、このような攻撃をするほんの僅かのアカウントはmute/blockした。同様のトラブルに合った友人たちのように法的に対応することも一瞬考えたが、そんなことをしても詮無いと思い思いとどまった。ここでidを晒すことも今はしない。

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そういう僕も、つい先程、親しいLGBTの友人の話を聞き、言葉を失うことがあった。僕らが大学生の頃、流行っていた、とんねるずのとある人気キャラクターが実に本当につらかったというのだ。無理して合わせて面白いと言っていたが引きちぎられるような思いだったと。僕は何十回、何百回とそのキャラクターのモノマネをしたことがあった。本当にクソ野郎だった、そんなことを50過ぎて知ってしまった。そんな自分が皆さんに言うのも恥ずかしいのですが、僕も悔い改めます。

仲間に加わってくれとはいいません。が、少しでもマシな未来につながればと思い、手詰まらないように一つ一つ仕掛けていければと思っています。

もう少し、暖かく見守ってもらえれば幸いです。

*1:注:例えばオプジーボ 、、高額と言われるオプジーボの治療費、実際はいくらかかる? | がん治療費ドットコム

*2:それぞれ多少論拠になる分析を見たことがあるのでわからなくはないが、数字をセットに出せないのであれば、むしろ考えられる要因と書いておくべきだったかもしれない

*3:これをやろうとしないのであればCFOではない

政治はなぜ僕らから遠いのか

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Tokyo from the sky: Covid発生前に東京上空より著者撮影


本日、永田町で行われたとある勉強会に講師として参加した。自分が教員を務める大学*1のある先生からの紹介案件だった。

てっきり"シンニホン"案件だと思って行ったのだが、最初に幹事的な国会議員の先生方との前打ち合わせ的な話し合いがあり、そこでお聞きした問題意識は全くとは言わないが、かなり異なる話だった。

曰く、

  1. 政治不信が蔓延し、政治と市民が分断、、、投票率が低い一方でのポピュリズムはその一つ。これに打つ手はあるのか?
  2. このまま行けば社会保障費用のために必ずそれほど遠くない将来、財政が破綻するが*2、全く理解が得られず、正しいことをしようとするとその政権はやられ、手を投じることが出来ない。どうしたらいいのか?
  3. テクノロジーがこれだけ発展し、テレワークなどが進む中、、民主主義、ガバナンス(統治システム、統治機構)はどうあるべきなのか?
  4. 少子高齢化の問題にも手を付けられていない。どう考えるべきなのか?

こういう話だった。

字余りの4番目に対し、まずざっと答えた。少子化と高齢化は原因と意味合いも全く異なる話であり、一緒くたに議論することをそもそもやめるべき。このように、独立した概念を合わせて一つの言葉で話すということ事態が、この社会が思考レスであることを露呈している。

高齢化はそもそも何も悪いことではない。これは人類にとって、そして日本の社会にとっての勝利だ。これを悪のように言うこと自体がとても罪深い話だ。社会全体の運営の視点で、唯一最大級に問題なのは、90歳近くまで生きるのが当然の時代において*3、健康で、判断力的にも問題ない人の多くが65歳で職場から「伐採」され、生産活動から排除されることにある。採用の際に年齢、性別を聞くことは違法化し、定年自体も違法化する、あくまで年齢に関わらず、メリットベースで雇用をどうするかを考えるべきではないか。(シンニホン第2章、第6章参照)

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少子化は当然のように社会にとって致命的かのように言われるが、現在、中国も含め、主たる先進国では(移民により増大が続く)米国をのぞき人口調整局面に入っている。生産年齢人口の頭打ちは当然で、この状態は当面続くことは基本確定的だ。また、現在、地球に対する人間の環境負荷は極めて高く、日本の一人あたりCO2排出量が仮に現在の半分のフランス並み(年間約5トン/人)になったとしても、地球の森が吸収できるのはせいぜい50億人程度に過ぎない。(シンニホン第6章参照)

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国連IPCC*4環境省の予測などから見えてくる、これから想定される気候変動とその起結(食糧危機、災害多発化ほか)を考えれば、人間一人あたりの環境負荷を劇的に下げるか、人間の数を劇的に減らすしか答えはない。したがって、50年後、100年後の地球、人類、そして自分の子や孫たちの未来を考えるのであれば、人口は減るのが正義。本当に解くべき課題は、強引にトレンドをひっくり返し人口を増やすことではなく、人口減少下においてどのように(財政破綻しないように)経済規模を維持し続けるかだ。*5

問の立て方がどちらも根深いところで間違っている。

__

では、最初の3つはどうかだが、これについて「この3つは深く関連しあっている」、、僕はそう答えた。

政治不信が蔓延、、というより市民と政治側がコミュニケーションが取れていない、市民がそもそも信用、期待していないというのは、どんなアンケート結果を見てもその通りであるし、我々の皮膚感覚としても正しい。ただ、これが何によるものなのか。

市民、つまり多くの人が集う場所はどこにあるのか、が考えるべき最初のクエスチョンだ。当然のように渋谷や新宿がそうだ、と考える時代は終わってしまった。TVや新聞などのマスメディアだと思う時代も終わってしまった。これらは確かにかつては最大級の人が集まるプラットフォームだったが、今はそうではない。

ではどこに行ったのか、、それはこのブログを読まれている人なら自明な通り、明らかにインターネット、スマートフォンの中にあるサイバー空間の中だ。

20代以下(30歳未満)の若い人がTVよりもインターネットを見るようになったのは2010年頃、10年以上前の話だ。雑誌は95-96年頃に頭打ちをし、新聞は90年代後半から若者には読まれていない。また、PC、カメラなど買う前にかなりの情報が必要なハイテク消費財の世界において、インターネット(価格コムのような情報サイト、メーカーのホームページ、検索など)がテレビの影響力を超えたのは、驚くなかれ2003−2004年、17年ほども昔の話だ。*6

今や大半の人がテレビよりもインターネットを見ており、LINEやinstagramなどサイバー空間の中において最も親密なコミニュケーションを行い、Yahoo!ニュース個人やTwitterで「信頼できる情報源からダイレクトに」ニュースを知り、Amazonや検索の上で「メーカーからの直情報とユーザの生の声」を見つつ消費の決定をし、ソーシャルやYouTubeの上で直接「編集されない生の人」を理解し、考えを育てている。これら「生声重視」は全世界的なトレンドと言えるが、最近の日経による調査データを見ても、マスコミを信頼できる人は9%に対し、インターネットを信頼できると答えた人は24%、マスコミを信頼できない人は47%に対し、インターネットを信頼できないと答えた人は約三分の一の17%だ。

vdata.nikkei.com

50代以下(60歳未満)の人の全員ではないが、多くの人において、情報消費、メディア、対人接点時間において、インターネットがもうTV、新聞、電話の数倍以上になって久しい。TVを見る時間の数倍、スマホを触り、街に出る時間の数倍、スマホアプリやYouTubeNetflix、AppleTVなどで情報を得ているということだ。Withコロナ状況になってから、出歩くことも減ったのでリアル空間のリーチ力も徐々に無視しうる状態(negligible)に近づいている。政府の審議会の大半ですら今やオンラインだ。電話はほとんどしない、直接人とも合わない、対人のやり取りは家族を除けば8-9割以上がインターネットという人がむしろ普通だろう。

なのに、街頭演説やリアル空間でのイベントに集中し、媒体的な接点はテレビや新聞が主というのが現在の政治活動のほとんどだ。実際、最近、講演案件も大半がオンラインだが、この勉強会も例外的にin personで(リアルで)行われた。

一言で言えば、人のいないところ、発言をそのまま信用してもらえないところで政治は行われているのだ。*7 一般の市民からすれば、目の前にいない、対話も成り立たない、編集で切り取られて発言も信じられない状態で、どのようにして、政治をする人、政治を任せている人たちを理解し、好きになり、政治案件を理解できるというのだろうか。*8

なぜトランプ前米国大統領があれほどの力を持ったのか、といえば、彼の発言ももちろんあるとはいえ、何よりも彼はこのサイバー空間の上で、大統領である前に一人の人としてコミュニケートする、そうやって言いたいことを伝え、反応を見つつ、フィードバックをしていたからだ。彼はやるべきことをやっていたに過ぎない。

これら市民側の行動様式の質的かつ量的な変容を考えれば、投票がオンラインでも可能になるべきというのは当然だ。デジタル通信基盤(ネットワーク、クラウド)の上で、政治や役所的なサービス提供が行われるべきというのも当たり前だ。それも9時〜17時ではダメなことは自明だ。そんなサービスはデジタルではない。24時間、365日、スマホの上で対応できてこそ意味がある。そして生活のリズムの中で、多くの市民に対して接し、耳を傾け、そして一人の個人として本心からの声を届けるべきだ。

これが出来て、はじめて多くのサイバー空間住民、つまり現在の市民の多数と、心の信頼関係(いわゆるrapport)ができ、先程の財政事情などのあまり耳にしたくない課題についても、市民側に聞く耳をもってもらうことができる。リアルでの接点はもちろんプラスにはなるが、あくまで補助のはずだ。

以上から、なぜ3つの話が深く繋がり合っているのか理解してもらえたのではないかと思う。

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ここまで話をした上で、そこで僕が問いかけたのは、この中でどのぐらいの数の人がClubhouseを知っていますか、ということだった。この数週間、話題を席巻してきた音声共有&配信ソーシャルプラットフォームだ。50人ほどいらした中で手が上がったのはざっくり3割。

では、この中で、Clubhouseを聞かれたことのある人、ときくと10人程度。が、そこで話をしたことのある人というと、もう5人を割っていた。では、その中で1万人以上フォロワーのいる人、と聞くとゼロ。国会議員の先生方ほどの力と知名度のある人であれば、少なくとも1万ぐらいのフォロアーは簡単に生み出せるはずです、と付け加える。

Twitter/Facebook/Instagram/TikTokなども当然やっている人は少ない。InstagramTikTokに至ってはそもそも使ったことがある人自体が圧倒的少数派である感じだった。

そう、伸びしろしかない、そしてそれがどれほど本質的な課題なのか自体を全く理解されていないことが赤裸々になった。

このあと、ガバナンスの観点で留意すべきこととして、更にDisaster(災害)、Pandemic(感染症・伝染病)が多発する社会に我々は向かっており、この意味合いとして何をすべきか、かなり重い話もし、これもえらく盛り上がったのだが、長くなったので割愛する。

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ここまでの投げ込みのあと、比較的若手*9の男性議員の方から質問を受けた。

  • サイバー空間に移行できていない人はどうなのか?
  • TVの影響力のほうが上という見方もあるが?

答え。

数年前から50代以下(60歳未満)は、個人レベルのばらつきはあるにせよ、どの年齢・性別セグメントでも総和としてTVよりもインターネット、サイバー空間のほうが大切になっているのは事実だ。つまり、いま実際働き、生産している人、そしてこれからの未来を担う若い人にリーチし、コミュニケートしようと思うなら、まずはここに入り、接し合わなければダメなことは自明といえる。

確かに、かつてはTVなどの4マス媒体(TV/新聞/雑誌/ラジオ)によって商品のプル(起点となる商品力)が発生し、口コミで広がったが、インターネット、サイバー空間上のバズ、話題が商品プルや話題の情報の起点となり、それがTVや新聞などのマス媒体で話題になるようになってもう10年以上だ。またサイバー空間にいない限り、市民は皆さんのことを生々しい存在として認識することが出来ない。一旦、サイバー空間で話題になれば、あるいは人気が生まれれば必ずTVなどいわゆる4マスに波及してくる。YOASOBIが一度もテレビに出ることなく、年末の紅白出場歌手となったこと、昨年の最大級の話題曲『香水』(瑛人)がインターネットの力のみで全国区に上がってきたこと、こういった事実を直視すべきだ。

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最後に、とある若手女性議員の方から。

と質問を受けた。

答え。、、ソーシャルはブログから始まり、ミニブログ、タイムラインの元祖と言うべきfacebook/twitterなどは第2世代、Instagram/TikTokなど画像、映像系が言ってみれば第3世代、生声によるClubhouseは第4世代といえる。どれも良さがあり、どれも得手不得手がある。どの世代についても一つぐらいはリーチできる力のあるようにしておくのが、良いと思う。どんどん新しい世代のソーシャルが出てくるが、どこかで十分な数のフォロアーがいれば、それはつないで活かすことはできる。だから、できるところからはじめませんか。



参考

*1:慶應SFC

*2:国家運営に必要な国債が裁けなくなる and/or 国債償還ができなくなる ≒ デフォルト発生。これについてもそれなりの議論をしたが省略する。実際のところ、現在のような毎年約1兆円の社会保障費の増加(!)だけではそう簡単に起きないとは個人的に思うが、以下は、読者諸兄姉にもイメージが湧くようにFYI。静岡沖から九州まで連なる南海トラフで近未来の地震発生が確実視されているが、ここで東海地震(静岡沖)、東南海地震(愛知・三重沖)、南海地震(紀伊半島・四国沖)が、想定通り3連動型で起きると、以下のようにほぼ確実に引き金になる。名古屋、大阪の大破に始まり数百兆円レベルのダメージとなる事がすでにわかっており、当然のことながら国債の格付け、為替相場、株が急落する。国債金利はそれに伴い急上昇し、国債債務不履行リスクは劇的に上がる。大量の国債保有する銀行の破綻も誘発する。顧客の預金の引き出し、銀行の貸し剥がしに伴い、倒産も加速する。これに伴い宝永の南海トラフ大地震同様に富士山大噴火が続くと、首都圏の被害、首都機能の停止も同時に起き三大都市圏が停止する。この費用捻出のため、大戦後のように銀行預金をまるごと差し押さえる(cf. 1946年の九割の資産課税)ことは、現代の社会でできるかは疑問でこれもあまり当てにできない。日銀が国債を必要なだけ買い付けるなどということをやると、円建てであろうと明治初期や大戦直後のようなハイパーインフレの可能性が劇的に上がるので無尽蔵には不可能(それでもやる可能性はある)。直後の混乱期が過ぎた頃、緊縮財政に伴い社会保障は大幅に見直しがかかる。高いインフレの中にありながら、年金は目に見えて絞られ、生活保護系は軒並みカットされる。一方で医療費負担、社会保険料は目に見えて上がる。公務員ですら給料がちゃんと支払われなくなると、アルゼンチンで起きたようにゴミ収集すら行われなくなる可能性がある。戦争直後のように激しいインフレと収入減がかさなり給料で生活できなくなると、飢餓、自殺は激増し、治安が悪化する。このように通常のコントロール機能では御せなくなる状態は起こりうる。以上の状況が起きた場合、並行して日本起点で世界恐慌が起きる可能性が高く、それに伴い日本の救済という名目でどこかの国がやってきてもおかしくない。(最悪のシナリオだがこれはないとは否定できない)

*3:平均寿命ではなく、何歳で最も死ぬのかを示す日本での最頻死亡年齢は、現在、女性92、男性88だ。

*4:Intergovernmental Panel on Climate Change / 国連の気候変動に関する政府間パネル

*5:半年ほど前かポストコロナを考える経団連のチームのご相談に乗った時に、この話をストレートに言ったところ、相当に受け入れがたいと言われたこともあることを付け加えておく。

*6:これは当時、前職で消費財マーケティング研究グループのコアメンバーの一人であった自分が、偶然、世界のマッキンゼーの中でも最初にデータドリブンに観測し、クライアントさんと再調査をしたほどの驚きの事象だったが、今や、金融商品など多少なりとも濃い目の情報が必要な大半分野においては当たり前過ぎて、議論する価値もないほどだ。ちなみに、このときこれを最初に目撃したクライアントさんはとある戦略商材をこの気付きに基づく、マスマーケティングなしのマーケティングアプローチをとって市場導入したところ、世界的に大成功した。価格下落の激しい世界において、数年間、全くそのような問題にも悩まされなかった。

*7:あるいは、静かにしていて欲しいところ。メインの活動がサイバー側に移った大多数の人は、街宣車をただ迷惑な存在だとしか思っていない。

*8:政治家は票につながるなら、すぐに動いてくれるよ、と言う口の悪い人がいる。ただ、釣りをしたことのある人ならわかると思うが、釣れるかどうかはもちろん潮の変わり目などで食い気が立っているということもあるが、魚がいるかどうかが第一だ。我々は魚ではないが、そういう方にはそう答えたい。

*9:40過ぎくらいに見えた

ウィズコロナ、開疎化と博物館の未来

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Leica M7, 1.4/20 Summilux, RDPIII, @Tuscany, Italy

昭和3年(1928)創刊という大変長い歴史を持つ博物館学の専門誌「博物館研究(MUSEUM STUDIES)」の今月号は「新型コロナウイルス感染症パンデミック下の博物館」特集。そのKeynoteというべき巻頭エッセイの執筆という貴重な機会をいただきました。

北海道、東北、沖縄でCovidの第三波が始まりつつあると、某有力関係筋からお聞きしています。やはり、本質的にこの機に空間や社会の仕組みを刷新する事が望ましく、その検討の一助になれば幸いです。

記事のオンライン化はされていないということで、転載の許可を頂いた日本博物館協会の皆様に深謝です。

www.j-muse.or.jp

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博物館(museum)というのは不思議な場所だ。静かでありながら、もういないはずの人がそこに立ち上がってくる、そんな体験をすることがしばしある。そこにあるのは人間が時間と空間を超え、リアルで日ごろ触れることのないホンモノに実際に接することができる特別な空間だ。対象についての思索を桁違いに深め、深い意味での心の力と霊感をえる場でもある。

このように、社会において特別な役割を持つ博物館が新型コロナ状況のために深刻な困難に陥っているという。何かヒントになる投げ込みを、という依頼を受け、拙い考えを述べさせてもらえればと思う。

本稿では、まず、現在の状況に即した必要な社会システムの変容の方向性について整理した上で、次に、博物館はどのような変容が求められるかについて考察し、更に、この時代が要求する博物館の価値とその発揮のあり方について考察できればと思う。


1 状況の背景と意味合い

COVID-19が日本に上陸してから8ヶ月になる。これまで人類を襲ってきたペスト、天然痘結核エイズなどの感染症に比べれば、遥かに致死率は低いが、経済的なダメージは屈指と言える。主要国では激しいロックダウンを行い、4-6月、中国を除き軒並み2割以上の経済縮小が発生した。

他の感染症同様、拡大の確実な停止には特効薬か、集団免疫が生まれることが必要だ。後者は自然感染もしくはワクチンによってもたらされる。ワクチンの登場は早くて年始であり、どのシナリオで見ても世界的な収束には1年以上はかかると見られる。ポストコロナを議論する前にウィズコロナ的な状況が当面続くと3月から訴えてきた背景だ。

この半世紀、エボラ出血熱エイズSARS、MERSと人類は随分と多くの新規の感染症に遭遇してきた。感染症が増えている一つの背景には、地上の大型動物の9割を家畜と人類が占め、人類と野生動物の生活圏が極度に近づいていることがある。実際、今回のSARS-CoV-2はコウモリ由来と推定されている。更に、世界的に進む温暖化の結果、北極やツンドラの氷が今後数十年中に一度は溶け、新たな病原体が出現する可能性が高まっている。

したがって感染症の発生がこれで止まることは考えにくい。我々は、解決策が必ずしもない様々な病原体とともに生きなければいけない状況、環境にあり、いわばpandemic-readyな社会を創っていく必要がある。


2 必要な変革の方向性

この事態の解決は止血、治療、再構築の3つのフェーズに整理できる。「止血」は現状の急速な悪化を止めるフェーズであり、世界各地で行われたロックダウンがそれに当たる。「治療」はこのようなウィズコロナ的な状態でもある程度の対応力を持つようにするフェーズ、「再構築」は今起きている変化の本質に即して系を作り直すフェーズになる。

なお既に明らかになってきている通り「止血」フェーズは、経済・社会的な負荷が高く、長期に渡って続けることは非現実的だ。かといってなし崩し的に元に戻したのでは、いつ何時、急激に拡大が再度始まるかわからない。では考慮すべき方向性としては何か。私の理解では大きく4つある。
① 密閉(closed)→ 開放(open)
② 高密度(dense)で人が集まって活動 → 疎(sparse)に活動
接触(contact) → 非接触 (non-contact)
④ モノ以上にヒトが物理的に動く社会 → ヒトはあまり動かないがモノは物理的に動く社会

この内①〜③を簡単に図にまとめると、以下のようになる。(図)

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つまり、これまで少なくとも数千年に渡って人類の文明が進めてきた「密閉×密」な価値創造(密密化)と逆向きの、「開放×疎」に向かう、「開疎化」というべきトレンドが強く生まれるだろうということだ。

都市の誇る価値創造の大半が左下の象限に存在する。密密化は半ば「都市化」と表裏一体であり、一人あたりのインフラコストを劇的に下げ、人と人の出会いを生み出し、さまざまな楽しみを効果的に生み出す価値創造のドライバーといえる。

博物館は一般的には収蔵物を密閉空間で展示し、そこに人が集まって見る空間だ。特別な展示になればなるほど人が集まり、それが経営の前提になっている。

開疎化に向けては山あいや海岸、河川沿いの開放的な土地に移し、開疎な展示空間を創ってマネジメントするというのが手の一つではある。しかし、マサチューセッツ州Tanglewoodなどで見られるコンサートホールであればわかるが、多くの博物館にとっては現実性が薄い。集客を無視したとしても、展示と保存に特別な環境が必須であり、かなりのコストを掛けねばハコを作ることができないからだ。すなわち移転も容易ではない前提で、空間、機能そのものの開疎化を実現しうるかどうかが今問われている。


3 空間の開疎化実現に向けた方向性

個別要素別に考えてみよう。まず「疎」については現在もされている「疎密コントロール」が基本だ。入退出を見て建物全体の人員数をコントロールするだけでなく、特定の空間における入場人員をコントロールすることが望ましい。必ずしも事前予約制である必要はないが、当日の直前であろうと受け入れキャパを可視化すること、オンラインで申し込めるようにすることは必要機能になるだろう。

距離感をさり気なくサジェストするようなデザインも有効だ。館内の人同士で距離を認識するアプリを開発し、近づきすぎると知らしめる(距離ウォーニング)手もあり得る。相互に認証すれば同伴者同士で鳴らないようにすることも可能だ。国内、もしくは世界の博物館に共通の基盤としてあれば実に便利だと思う。

では「開」についてはどうか。極力、空気の淀みを可視化し、排除する換気の視点を強化する必要があり、不十分な場合は空気を洗うことが求められる。

開放性のモニタリングが恐らく第一歩になる。すべての展示空間でCO2濃度を測り続けることで、どの程度外気並みの状況かは容易に分かる。東京を例に取ると現在外気は概ね450ppm程度であり、人が多くいるオフィスビルは1000ppm以上が多い。600ppm以下の維持が一つの目安になるだろう。

「空気を洗う」ためには水や高性能のフィルターを通すか、プラズマなどで消毒することが求められる。飛行機などで実装されている技術の転用は恐らく可能。また館内をほんの少し陰圧にすることで外気からの流れ込みを加速し、同時に入ってくる空気を効率的に洗うこともありえる。温度、湿度管理との兼ね合いが更に問われるが、熱効率の視点で建物の作りを見直す必要が出てくるケースもあるだろう。

このように開疎の実現にはおそらく「開」の実現こそが課題になる可能性が高い。状況のモニタリング、低廉で効果的な空気の入れ替え、空気の質の担保などを総合的に検討し、リノベーションの必要性と内容を検討するのがよいだろう。


4 新しい価値創造

博物館そのものの価値の観点からも考えてみよう。

身近で価値のある問いや視点は何であるのか、それを考える場所としての博物館の価値は大きい。過去、地球や人類はどのような災害にあい、それをどのように乗り越えてきたのか、生活視点で何が起き、それにどのように対応したのか、地域によってはどうなのか、他の生物ではどうなのか、など我々が参考とすべきことの多くが博物館に存在している。

数量的、科学的な事実や数字はもちろんだが、さまざまな感染症の流行っていた時代に人類が体験した苦しみと原因、社会的に行われた取り組みとその学びから得るものは多い。絵画、彫刻、音楽、小説、舞台芸術、デザイン、建築など、見るべき対象は広い。

たとえば中世でペストが猛威を奮っていた頃の風景は数多くの風景画に残されているが、その時の人々の暮らしや工夫は実に味わい深い。また結核スペイン風邪などが先人たちを苦しめていた約100年前、モダニズム建築が生まれ、それまでのビクトリア調の家造りに大きな変容が生まれた。その工夫の細部、込められた思い、その結果の評価を知ることの価値も大きい。

以上の目的のために可能であれば館内展示という枠を超え、収蔵品全部、そして+アルファ的に地域あるいは世界の友好的な博物館同士でテーマ的に連動した情報の提供などが行われてもいいのではないだろうか。そこはリアルと超高解像度のデジタル技術も組み合わせる必要があるだろう。

今こそ生で見て、感じ、考える必要がある。Wikipedia的な項目情報の羅列では足りないのだ。全体観を持って世界を捉え、感じるための機能はこのようなときにこそ必要だ。人類の知恵がそこにあるのにアクセスできないというのは残念なことだ。深い見識に基づく情報のつなぎ合わせや気づきの醸成は門外漢には難しい。博物館の持つ潜在力を解き放つために、新しい空間づくり、情報編集力、そして表現力がいま問われている。


初出:博物館研究 Vol.55 No.11 (No.630) pp.4-5

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(参考エントリ)
kaz-ataka.hatenablog.com
kaz-ataka.hatenablog.com

未来が欲しいなら名刺で生きるな、somebodyになるべし

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Leica M10P, Summilux 1.4/50 ASPH, DNG @Lake Nozori, Gunma


先日、Venture for Japan (VFJ)代表の小松洋介さんに受けたインタビューですが、めったに語らない内容であり、若い人たちに向けて僕もかなり丁寧に手を入れて作った原稿だということもあり、許可を得て転載します。小松さんありがとうございます。

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読書と研究とアルバイトに明け暮れた学生時代

――『シン・ニホン』を読んで、安宅さんに憧れる学生や若手社会人は多いと思います。そもそも安宅さんはどんな学生だったのか教えてください。

僕はいわゆるバブル世代ですが、バブルとは全く縁のない学生生活を送っていました。仕送りは要らないと親に言って、基本もらっていなかったので、大学1、2年のときは駿台予備校の寮リーダー(寮監)として住み込みで働き、日本中からやってきたいろんな寮生の相談相手やトラブル解決対応をしていました。寮生は自分が選んだ面白い連中ばかりで実におもしろかったですね。

寮のリーダー時代にすごく良かったのは、本を読み考える時間が大量に取れたこと。ひと夏で100冊読んだ年もあります。当時は寮生同様、心の奥底を覗き込むようなことや感じ考えることはたくさんあって、本を読むことで何十人もの人生を同時に生きているような感覚がありました。そうやって青春と向き合っていたんだと思います。

ただ、リーダー生活ばかりで学生生活が終わるのはちょっとどうかなと思ったので、3年生で寮を出て一人暮らしをすることに。そこからは、社会の仕組みを知るアルバイトをたくさんやりました。家庭教師や塾講師は当時、子供の親にたかっているように感じていたこともあり極力避け、雑誌の校正、引っ越し屋、割烹、デパートの内装解体工事、宅配便の仕分け工場など随分かなり幅広く体験しました。


――意外にも苦学生だったんですね。

そうですか。たしかに貧乏ではありましたが、生きている実感には事欠かず、学費以外は自分の足で立っていることで清々しく、そしてプライドを持って生きていました。昭和初期に出来たとても古いアパートに住んでいたので大家さんに許可をとって、壁も貼り直し、床も根太(ねだ)以外はどんどん直したり、本当に楽しかったですよ。またあの頃の幅広い経験が今でも非常に役立っています。学生のときぐらいにしか様々な社会の裏側の仕組みに入れないので、色々な体験をしておくのはおすすめです。

ただ、大学院に進学してからは研究に没頭するようになったのと、原則アルバイト禁止の研究室だったので、圧倒的に時給の高かった駿台予備校の講師に割り切って応募したところ、すごい倍率でしたが運良くなることが出来、それはそれで熱狂的に週に2〜3時間だけ教えていました。当時、駿台全体でも最年少講師の一人だったのではないかと思います。

もともと卒業後は子供の頃から憧れていた科学者(サイエンティスト)になろうと思っていたのでいわゆる就活はしておらず、とにかく研究、読書とアルバイトに明け暮れた学生時代でした。


年360日狂ったように働いたマッキンゼー時代

――研究者を目指していたとのことですが、新卒ではマッキンゼーに入社されています。

修士の院生の時は、2つの奨学金と予備校の講師の収入で生きていました。ただ2〜3月の受験シーズンは仕事がなくなって、奨学金だけではやっていけないために困っていました。そこで偶然見つけたのが、大学の生協のそばに貼り出されていたマッキンゼーの短期バイト情報、正確にはスプリングリサーチャー募集、のポスターです。

当時のマッキンゼーは、何をしているかもわからない“謎の会社”。でも、記載されている報酬額が良かったんですね(笑)。それをきっかけに応募したところ、採用して頂き、期間中、随分楽しみましたが、終わったあと、数年のブレイクのつもりでどうですかとお誘いを受けました。研究で色々どうしようかなと思い悩んでいたこと、リサーチャーの経験の結果、これは意外と向いてるかもと思ったこともあり、何年かたったらサイエンスに戻ろうと思って入社しました。

当時、テレビCMでは「24時間働けますか」という言葉が流行っていた頃。僕も年間360日ぐらい、平日は朝8時から夜2時や3時まで、土日も両方働くような生活を続けていました。狂ったように働いていましたが、1年目から手がける仕事が大当たりして、自分の分析のインサイトから生まれた商品が年間千億円単位の売上を上げるなど、身体的にはしんどかったですが、とにかく楽しかったですね。

とはいえ、素晴らしい職場ではありましたが、僕はこの偶然であった会社で過ごすために生まれてきたわけではないし、早く研究者に戻らねばと思っていました。

もともとずっと欲しかった学位(博士号)を取らずにマッキンゼーに行ってしまったことで、人生プランは歪んだと思っていたので、卒業後に研究者として歩むはずだった人生以上に成長しないと意味がないと、当時、もう一人の自分と常に戦っている感覚がありました。

そういうこともあって、マッキンゼーで4年半働いて自他共に目に見える結果を残したあと、脳神経科学(Neuroscience)を学ぶため大学院に戻りました。自分の深い関心が常に「知覚(perception)」にあったこと、子供の頃からの夢であったサイエンティストになりたかったということが一番の理由です。実はMBAを持つマッキンゼーの師匠たちからも安宅さんらしさが失われるので、ビジネススクールに行くのはやめたほうがいいと言われていました。笑


人生は、ご縁と愛嬌でできている

――安宅さんは、どんな状況下でも常に楽しんでいる印象があります。その秘訣は何でしょうか。

うーん、そもそも生きているだけで有り難いじゃないですか。痛いとかつらいも含めて、生々しく生きている実感を感じる時が僕は一番幸せです。逆に自分は何をしていたんだろうこの一日と思う時がかなりしんどいです。

僕は自分がやること、関わることは、適当にいなしたりは極力せず、できる限りディープダイブ(deep dive)するようにしています。するとなぜか楽しく感じ始めるんですよ。

どういうわけかギリギリまで自分が頑張っていないと、僕はむしろつまらなく感じます。生命が使われていない、命が生きていない感じがするんです。火中の栗を拾うようなことも何度もやっているうちに、生きる喜びを味わえるこれ以上ない機会になります。適当に逃げてラクに過ごすことも多くの場合できるのですが、あとあと虚しい時間だけが残るのでやらないです。

やれと言われたからではなく自らdeep diveしたくてやっているのでやれる。ただ若かった頃に働きすぎて半ば臨死体験のような経験をしたことがあり、それ以来、壊れそうなぐらいまでは無理しないようにはしています。このセンサーも結構いい感じで大切です。身体なのか心の声を常に聞くようにはしています。

2つ目に自分がどういう時に真にエキサイトするのかを知っているということも大きい気がします。僕は20代の後半の頃、どうも自分が本当に興奮して生きている実感を感じるのは、本当に意味のある変化を生み出せているかどうかだということに気づきました。以来、それが僕にとってのかなり深い判断軸の一つになりました。それは自分がいることで意味のある変化を生み出しうるのか、その軸で随分の選択をしてきました。いまバリューが出ているかなと自分が考えるのはおおむねこの軸です。

3つ目、僕の場合、想定外の状態になることが人生多いですが、それを楽しんでいることも大きいかもしれません。サイエンティストになりたくてしょうがなくても何度やっても、テロやその他の理由で道から外れてしまう。偶然出会ったバイト先に務めて、熱狂していたらそちらが本業になってしまう。社会的に問題だと思って仕掛けていたデータ人材の話が気がついたら更に仕事になっていく。偶然、誘われた国の審議会で依頼を受けた以上プロとして投げ込んでいたら社会変革がまた新しい仕事になっていく、、などなどです。振り返ってみると、常に5年前には想定していなかった人生になっていく傾向がありますが、それが人生の驚き、面白さ、楽しさの驚くほどの源泉になっています。自分が想定していたよりもどんどんワイルドな人生、展開になっていく傾向がありますが、これも星のめぐりかと思って有り難く受け止めるようにしています。

やったことがないことは芸風が広がるぐらいに考えてそれも徹底的にやってみる。わけのわからない展開になったらいい感じになってきた、ぐらいに考えて楽しんですすめる。

また、自分がやりたいことをやろうとすると理解を深めないといけないことは随分広いことに驚きますが、それもこんなのわかるわけがないと思わずにどんどん広げていく。

すると生まれ始めるのが、人との出会いです。僕自身、学生時代に出会った恩師や読んでいた本はもちろん、これまでやってきた仕事はいずれも偶然のご縁からはじまったものでした。出会いの先には必ず未来につながる何かがある。人生は「ご縁と愛嬌」でできていることを忘れないことが大切なのではないかと思います。

僕が今までの人生で出会った“ヤバイ人”に、チャーミングじゃない人は一人もいませんでしたから。


名刺で生きるな、somebodyになれ

――新卒で入社しても「こんなはずじゃなかった」「思い描いていた未来とは違う」と悩む若者は少なくありません。そうした若者には何を伝えたいですか?

先程述べた通り、想定外の展開をするのが人生です。少なくとも僕はずっとそうだったしこれからもきっとそうでしょう。それを一つのチャンスだと思ってやってみる。欽ちゃんこと萩本欽一さんに「したくない仕事しか来ないんです。でも、運はそこにしかない」という糸井重里さんとほぼ日で語られた言葉があるんですが、まさにこれです。

個人的な意見としては、長期的なキャリアパス(career path)みたいな考えは持ってもいいけれど、新しい展開があれば、柔軟に対応し、場合によっては捨て去ったほうがいいと思います。

人生が先まで読めるものだと思っていること自体が人生の幅を狭めていると思います。”Welcome troubles and unexpected !”(トラブルと想定外を楽しめ!)です。ということで、今の状況が楽しくないと悩んでいる人は、自分の人生に対して失礼な生き方をしていると思った方がよいかもです。人生の宝はその一見不可解な展開の中に眠っているんですから。

また、自分の人生が世の中とどう関わっていくのかを考えると、虚しく思わないためには、何かしらの道で一人前、可能であれば一流になっている必要があると気づくと思います。

たとえば世の中との関わり方には、アーティストやスポーツ選手などの「表現者」、医者や弁護士、デザイナーなど「プロフェッショナル」、「研究者や教育者」、ルールを作って世の中を回したり、変えていく「政治家や官僚」、世界レベルの調整をする「国際的公務員」、社会の革新を目指す「社会変革家」、事業会社を生み出し立ち上げる「創業者」などがありますよね。

こうした世の中との関わり方を全て抜くと残るのが、対極にある「ジェネラルな会社員」です。

学校を卒業して10年経ったときに、何かしらの道でそれなりの足場ができていないと一人前とは言えないし、自分らしく食べていけません。自分はどのように世の中と関わるのが適しているのかを見出す、あるいは自分の目指す社会との関わり方の実現のために、数年間会社で経験を積むのであればいいけれど、人生プランの中に「ジェネラルな会社員を目指す」というのはちょっとどうなのかなと思います。

だから、言葉を選ばずに言えば「会社で働く」のはいいが「会社員になるのを目指すな」と伝えたい。官僚機構も含め組織の一員になるということは、組織という価値創出機構、仕組みの一機能、一つのパーツになるということを意味しています。それなりの規模の組織に入ることで人生のリスクを下げようとすれば、どうしても自由度は落ちるということです。

それは自分が好きなことをやるのとは本来関係がないことです。熱狂的にやっているうちに、心から楽しく思えるものに出会うことはもちろんそれなりにあるとは思いますが、まとまった組織の一員の場合はそれがずっと続けられる可能性はそもそも低く、「こんなはずじゃなかった」と悩むのはおかしいことなのではです。初めからわかっていたことじゃないかと。

悩んでいるのなら、少しでも自分のユニークさを作ることに時間を割き、「僕は、私は、〇〇な価値を生むのが得意です」と答えられる“somebody”になって欲しい。そのためにも、若い頃から深く感じ、考え、それを元に判断する、悩んでいる前に何かをやる習慣を身につけるべきだと思います。

仮に既に就職し、働いてしまっている場合も、週5日、一日9時間働いても45時間、一週間168時間の27%に過ぎない。睡眠に3割取られるとしても4割もの時間が自由なのです。仕事の後の時間もある、週末もある、自分の投資できる時間をいかに使うかです。


――当たり前のように就活をするのではなく、自分をないがしろにしないことが大切というわけですね。

そうですね。就活は全くマストではなく、決してトッププライオリティでもない。僕自身、いわゆる就活をほとんどしていないですから、、。正直アドバイスできることがあまりない。そもそも自分のない人が就活をしてもろくな未来が待っていません。

自分はなんである、という部分を育て、その上で、どのように世の中に関わるのかを考えないと、描く未来はつくれません。よく、「自分の求める環境がない」という人がいますが、逆に「なぜ君のために世の中があるのか」と問いたい。そして自分は何であるは、本を読んだり、自分に向き合っているだけでは決して生まれない。僕の経験では内面の耕しと外部とのインタラクションの両方がどうしても必要に思います。

世の中は自分のためにできていないけれど、自分の居場所を作る自由はあります。だからこそ、兎にも角にも何かしらの道で一人前になることが大事。できることが1つもないなら社会は対応してくれないことを肝に命じて、得意なことを1つでも2つでも早く作って欲しいですね。この道、と決めてやれるものがあるならやる。大学院で突き詰め、専門性を持つというのは一つのやり方です。


呪いの言葉から、自らを解放せよ

――VENTURE FOR JAPAN(以下、VFJ)では、ローカルの中小企業の経営層に新卒から参画して、経営者と一緒に事業を作る経験を積めるのですが、安宅さんはVFJの可能性をどのように見ていますか?また、学生に向けてあらためてメッセージをお願いします。

学生に向けてのメッセージとしては、繰り返しになりますが「自分探しとか、就活に過度のエネルギーを使うのはやめましょう」です。エントリーシートを書いて志望動機に頭をひねって、髪の毛を黒く染めにいく時間があるなら、その時間を“somebody”になるための人生の耕しに費やした方がいい。自分は心のなかで探すものではなく、なにかやっているうちに生まれ、気づいてくるものですから。

自分が目指すsomebodyになるために、必要な経験を積むという就活なら意味があるかと思いますが、「手段、方便」であるはずの就活が目的になっている時点で望むような未来は得られないのではないでしょうか。僕もこれまでそれなりの数の面接(job interviews)をしてきましたが、会社も明らかに際立った人、強い存在感のある人には来てほしいですが、そんな「会社に入ること」に命がけの人を欲しくないですから。

VFJは中小企業の経営、経営課題の逃げ場のない解決という生々しい経験を積める稀有な環境だと思います。経営者と一緒に世の中を動かしていく、自分の意思決定で会社を動かしていくというリアルな経験は確実に人を成長させます。自分がなんだかわからないとか、現状に悩んでいる人は挑戦する価値は十分あるかと思います。

人はどこまで追い込まれて乗り越えたのか、修羅場の数だけ成長しますし、修羅場を経験した人の言葉には重みがあります。やってできないことはそれほどありません。「どうせ無理」「うまくいかない」といった“呪いの言葉”を吹きかけてくる大人が近くにいるとしたら、すぐに離れたほうがいいです。

自分の人生を他人の判断に委ねていたのでは、運や縁は訪れません。何でもいいからsomebodyになってほしいし、もし、自分には何もないと思うなら、あなたにはすべての自由が与えられているということを認識してください。自らに呪いの言葉をかけることをやめるのが、未来を切り開く第一歩になるはずです。



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