AIは世界の写し絵


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(これは次のblog postの続編です。)
kaz-ataka.hatenablog.com


機械学習ベースのAIの生み出す結果について問題提起的な議論を聞くことが多い。

〇〇についてしらべると

  • 極端に男性に偏っている
  • 極端にヨーロッパ系の人たちに偏っている
  • 極端にリベラル(英語圏の意味の左派)よりである
  • 豊かな人達に向けた議論があまりにも多い
  • 体型や容姿に恵まれた人への極端な偏りを感じる

などなどだ。


気持ちは大いにわかるが、機械学習というものの特質を考えると致し方ないところは多い。機械学習ベースのAIは7-8年前にHarvard Business Reviewで整理したとおり、相当の計算環境に、テキスト処理や機械学習を含むアルゴリズムを実装し、大量の経験値を与えて特定の目的に向けて訓練したものだからだ。


安宅和人「人工知能はビジネスをどう変えるか」より(Nov. 2015, Diamond Harvard Business Review)

大量の経験値は、結果が出るゲームやマニピュレーション(ピッキングや運転など)のようなものであれば実戦(バーチャル空間を含む)で良いが、多くの場合は、既存のデータが用いられることが多い。

既存のデータは二重の意味で使う側からするとちょっとした課題がある。

第一に必ずしも事実として正しくないものが大量に含まれている。情報の信頼性と言うべきものであり、英語で言えばtrustworthy (trustable) かどうかだ。

第二に事実としては正しいけれども社会的に許容されないものが大量に含まれている。これは情報の社会的正義性というべきものであり、英語で言えばsocially acceptableかどうかだ。

最も大量に使われている機械学習ベースのAIツールという意味で検索(Search)を例に取ると、第一の課題は検索が生まれたときから続く本質的な課題だ。

これについては政府など出自が確実な情報サイトに加え、Search誕生当時、もっとも人手をかけて信頼性が担保されていたYahoo! Directoryに載っているサイトなどがindexingされ、その上で、Larry Page氏が考案したPage rank(Page氏の名前とサイトのページを掛けた命名)システムにより当初立ち上がった。今でも情報源の利用される度合い、サイトの信頼性、記事を生み出した人の信頼性を相当に幅広く、そして深くratingしていることはほぼ間違いない。

ちなみにWebの前はそもそも出版社、新聞社、TV局ぐらいしか多くの人に情報を提供できなかったために、メディア側の選択による情報の偏りは大いにあったと思うが、中身の信憑性はある程度以上に担保されていた。一方、TwitterYouTubeTiktokに代表されるソーシャルメディア化が進む現在では相当の情報が怪しいという意味で情報空間は劇的に変化した。

GoogleやかつてのYSTYahoo! Search Technology)、そしてBing、Baidu、Naver、Yandexは長らくten blue linksとよばれるウェブ面で最初に出てくる情報に欲しい(関心にrelevantな)、役に立つ(useful)、可能であれば鮮度の高い(fresh)情報が必ず含まれることを担保するために膨大なエネルギーを注いできた。25年以上前のwebサービスを利用した人であれば、機械検索をした場合、数ページ以上もスクロールしなければ、欲しい情報にたどり着けないことが普通だったことをよく覚えているだろう。みなさんの膨大な検索履歴がこの結果を磨き上げてきたと思えばこれは10億単位の人の無限の取り組みによる人類の偉大な建造物と言える。

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第二の課題はあまり議論されないが社会正義的には相当に大切で、また相当に難しい問題と言える。これは最近であればDiversity, Equity, and Inclusion(DE&I)と呼ばれる話が直結している*1。直訳すれば「多様性、公平性、包括性」なわけだが、この中身で問題とされているものが時代とともに急激に変わってきたからだ。

50代前半の自分が子供の頃は、正直、社会的に大きく話題になるDE&I的な話題は5つぐらいしかなかった。

第一に優生学eugenics)的な差別。ナチスドイツで有名になったが、実はプラトン以来の話で極めて根深く、これが実際のところ他の軸にも覆いかぶさっている。末期は単に堕胎を認めるためのものとして形骸化していたとはいえ、日本にも1996年まで優生保護法があったことの罪深さは大きい。断種された方々やその周囲の方々の苦悩は僕には到底語ることはできない。

第二に人種および民族差別、特に黒人解放問題。植民地・奴隷制度時代の記憶が混ざっており、更に根にあるのは自分たちとはそれぞれが違うという問題で異質の受容性の問題だ*2。戦前の米国での黄禍論、日本における在日差別問題もここに含まれる。

第三に女性差別。女性解放(Woman liberation)や米国で1960年代末に一気に始まった男女共学化(co-education)はこの話だ。仕事による男女の雇用や昇進差別問題はここに含まれる。*3

第四に貧富問題。現在Social Divideと呼ばれている問題だが、貧しさの中から這い上がるタイガーマスク巨人の星などは大きな社会的な意義をもって放映されていたと推定する。

第五に国家の差別。南北問題に代表される問題だ。人種・民族差別問題と絡み合うことが多い。

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これが現在であれば、eugenics的な考えがもたらす課題は、パラリンピックに見る通り、様々な障害を持つ方々の活躍や権利が当然になる一方(素晴らしい進展だ)、実は今もデザイナーベイビーや遺伝子治療の関連で課題が復活しつつあり議論は相当に入り組んできている。何がどこまでsocially acceptableなのかの見極めはかなり難しい。

Raceというのは生物学的には意味のない概念であり、これによる差別の撤廃に疑義を唱える人は表立っては絶滅したが、実にしぶとく、まだまだ問題を廃絶できていない。その結果、かつてとは比較にならないほどセンシティブな問題になっており、表現においてacceptableな領域は極めて狭くなっている。部族問題は当時は大きな議論にならなかった隣国の話が大きな政治課題だ。

Gender parity問題は解決すべき課題と日本でも流石に認知されつつあるが*4、現在、gender問題にはLGBTQに代表される性的マイノリティの問題が当然含まれる。日本の性別区分、男/女は相当に遅れており、female, male, non-binary, prefer not to say(女性, 男性, それ以外, 言いたくない)が世界の標準だ。ここでもかつての常識は許されなくなっている。

かつて広告に出てくる人の体型など問題視されたことはなかったが、Tyra Banks, Naomi Campbell, Miranda Kerrなどスーパーモデルを輩出したVictoria's Secret(米国を代表する女性向け下着ブランド)ですら、彼女らAngelsプログラムを2018年に廃止し、ユニークな経歴、興味、情熱を持つパートナーにスポットライトを当てるVS Collectiveに移行した(大坂なおみ選手もその一員)。広告に出るのはスタイルの良い美男美女ばかりというのはすでにアウトであり、Body Diversityはもう不可避な流れと言える。*5

Divideの話は深刻さをむしろ増しているのにも関わらず大っぴらに議論されることは憚られる謎の風潮がある。併せて、関係は微妙であるが飲酒行為やタバコにまつわる許容性も劇的に小さくなった。

国家の差別については、シンガポールに代表される東南アジア、中国、インド、ブラジルなど中南米諸国、いくつかのアフリカ諸国の繁栄とともにだいぶ改善されつつあるが、その結果、これらの国々に対する表現として許されるゾーンは激変した。一方で911以降のタリバン、IS関連の問題などは逆に当時なかった問題がテロと国際政治を起点に発生している。

当時気にする人など殆どいなかったAnimal rightも今や相当にセンシティブな話題であり、1990年代(30年前)の感覚で迂闊なことをいうと地雷を踏むことになる。

つまり30-40年前とは全く別の世界と言っても良い状況だ。かつて許容されたことの多くがもう許されないのだ。*6


とはいうものの、世界のデータをそのままスキャンして写し絵をとると、これらの社会の記憶がまるごと写し取られる。

それは今の目から見ると「政治的に正しい/社会的に許容可能である (politically correct/socially acceptable)」ではない情報が溢れている世界が写し取られるということだ。デジタル化されている情報が偏っているだけの話ではない。情報のTrustabilityだけでなく、DE&Iのホワイト、グレーゾーンが実際にはmoving target(動く標的)であり、このacceptableな境界線は時間とともにダイナミックに動いているからだ。つまり機械学習ベースのAIからこの課題を完全に排除することは事実上不可能と言って良い。

機械学習ベースのAIとしては、trustableそうな情報はすべてを一旦飲み込む、それをデータの重要性(データの分布や人が使うかどうか)という視点で提供する。これは検索においてもそうであるし、ChatGPTのような大量言語モデル(LLM)ベースのAIについてもそうだ。しかし、その結果は、社会の歪みで汚れているだけでなく、社会の動く基準の両方によって、ある種よごれているということだ。

ただ、犯罪に絡む言葉、差別用語を辞書から剥ぎ取ることができないのと同じく、これらを剥ぎ取るとたとえば検索の機能は相当に使えないものになる。第一にそれ自体が調べるに値する情報であり、第二に詳しくは割愛するが、検索ワード(クエリ)の大半は年に一度も使われるかどうかという代物の巨大なロングテールといってもよい情報であり、これらに対して答えが出るかどうかで検索利用者の満足度が大きく変わるからだ。

ということでAIのもとになる情報源にはこの2つの軸でnot acceptableなものが入り混じっていること、双方の軸が相当に動いていること、したがって完全にクリーンなツールを作ることはできないことまでは、現代における情報利用のリテラシーとして深く理解をしておく必要がある。

子供に対してもちゃんと教えるべきであり、はじめは子供向けの検索でいいかもしれないが、中学校に入るかどうかぐらいから大人向けの検索を開放しなければ彼らの関心にうまく答えられなくなる。その段階で繰り返し、事例をもとに機械学習の原理とともに課題とリスクを話し合うような場が必要だ。


ここまでで少々お腹いっぱいかもしれないが、Trustable/Acceptableに加えて、あと2つの提供される情報に関する軸をheads-upしておきたい。

一つは、これは本人が余り意識していないかもしれないが、利用者の志向というか性向による偏りだ。これが第3の軸になる。機械学習はあなたの利用特性をどんどんと吸収し、あなたの好む結果をどんどんと出してくるのだ。いわゆるパーソナライズだ。

パーソナライズと言っても個人に対して行っているとは限らない。言語によっても地域によっても起きる。「災害」と"Disaster"は異なる処理がされているということだ。これは課題と言っていいのかわからないが、明らかに情報の偏りを生じさせる。興味深い事例として、IDのタグ付を外すために、ブラウザでシークレットモードの画面を立ち上げ、そこで Beautiful woman、美しい女性、खूबसूरत महिला(ヒンディ語)と画像検索をして頂ければどれほど違う結果が出るかわかるだろう。

このような言語、地域、社会的な文脈に加えて、自分がどのような検索結果を選んでみているかによる偏りが重なってくるということだ。自分が見ている検索結果や、Chatbotの返答は一般的なものではないという認識を相当強く持っていないとこのフィルターバブル*7、あるいはエコーチャンバー*8的な問題を認識することは困難だ。本当はログインなしで検索などは続けたほうがいいのかもしれない。


最後に、4つ目の軸として、その情報の背後にある社会の本音度というのがある。たとえば前国務長官ヒラリー・クリントン氏とドナルド・トランプ氏が戦った2016年の米国の大統領選では下馬評ではクリントンという声が強く、人に聞いてもクリントンに入れるよという人が多かったわけだが、実際にはトランプがかなり明確に勝った。この軸こそが情報を見るときに大切だという話が先日、Pixie Dust社(PXDT)のイベントで代表の落合陽一氏から出て、たしかにと膝を打った。この落合軸というか本音度は相当に大切だが、これはいま我々が見ている情報や、それを飲み込んだ機械学習の結果にどのように出てきているのかはよくわからない。今後研究が必要になるだろう。

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機械学習ベースのAI時代に求められるリテラシーとして、その背後の話とその情報吸収の意味合いについて、ちょっと整理してみた。写し絵を飲み込んだAIは僕らの生み出した最大級の知的資産の一つではあるのだが、そこには相当に理解を深め、留意しておくべきことがある。それを知った上で使い倒せるようになりたいものだ。

Have fun!!



ps. DeepLとDeepL Writeを活用し、英語版も作りました。FYI
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*1:タバコやアルコールのようなそれ以外の問題ももちろんある

*2:帝国主義中華思想的なものはすべからくこの傾向がある。かつて大日本帝国を名乗っていた日本も相当に色々深く反省し未来に生かさねばならない。

*3:日本はなぜか立ち遅れているが、男女は共に同じ教育機会を得られるべきであり、社会的にも同じrepresentationを持つべきであるということは疑義のない正義のはずである。この観点に則って、もともと全寮制の男子校であった米国東海岸の名門大学たちは軒並み1960年代後半に門戸を開き、20世紀末以降はgender parityを実現している。本来は共学の小中高で1:1で定員を当てている通りのことが、基本高等教育や職場、特に意思決定層でもおきなければいけないというのが世界のコンセンサス。前駐日米国大使が女性だったり、メキシコでは国会ですらgender parityが実現される中、日本の国会はいまでも1割しか女性がいない。 (参考)Times Higher Education : World University Ranking 2023 : Gender ratioは基本的な評価項目であり、サイエンス、工学にフォーカスしたCaltechやMITですら女性が4割である。ちなみに男女比ではなく、女男比。これが世界の標準。

*4:先進国の大半ではほぼ解決しつつあるが、注釈のとおり日本は何周か遅れている

*5:日本のTVのバラエティ番組における一般庶民の代表としてのお笑い芸人はこの観点で大きく貢献している。

*6:なお、日本では「臭いものに蓋」文化のせいで、この大半が、議論して都合の良い物(障害者雇用や女性役員の数など)以外は、ほとんど正面から議論されていない。そのためにこの国が世界の主要国からは数十年遅れた意識になっていることは、特にリーダー層の方々は相当に認識したほうがよいだろう。また、自分の業務や会社がどのような状況かをチェックすることを強く推奨する。実際、僕も数年前に赴任直後の北米からのとある駐日大使に様々なこのDE&I的な属性での日本の異様な遅れについて数時間、大使館でガンヅメサれたが、自国の現状に本当に泣きたくなるほどだった。

*7:特定の情報フィルターを通った情報だけの泡の中にいる現象

*8:音が反響する部屋

Analogical Capacity of Generative AI


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Midjourney and ChatGPT, two powerful applications, have emerged in rapid succession, and so-called Generative AI based on the Diffusion Model or Transformer architecture is a hot topic around here and there. Midjourney, which attracted a lot of attention for its ability to generate more and more images, is more on the creator side, but when ChatGPT, which returns answers in an interactive manner, was released at the beginning of December, it became a topic of considerable discussion in the Skill Definition Committee of the Data Scientists Society of Japan due to its ability to answer questions. I was also quick to advise the students in my lab, "You guys should use it without thinking too much. Without using it, you will not understand its greatness, its challenges, or anything else.

midjourney.com

Then, two weeks ago at a seminar, a student who was about to graduate said to me,

“I can't live without ChatGPT. I make ChatGPT do all my assignments, my emails, ChatGPT can do SQL, ChatGPT can do diagrams. But when I ask ChatGPT to cite a paper, ChatGPT generates a fictitious paper and cites it.”

He literally uses ChatGPT as his "new servant" and makes ChatGPT write codes, translate, draft reports, and reply to emails to people who are a pain in the ass. The student have ChatGPT cite papers, and he can spot where ChatGPT is making up stuff that doesn't really exist. It's quite impressive.

In parallel, when the US Medical Licensing Examination (USMLE) was solved by the ChatGPT, reports emerged that it scored at or near pass level without any special training, and that it also had high levels of agreement and insight in its explanations. It seems obvious that this is a good match for medicine, where reliable information is available, but it is also likely to be a major factor in the training and future of intelligent professionals.

www.medrxiv.org

That said, a significant number of students at Stanford University are already using ChatGPT. According to an anonymous survey conducted from 1/9 ~ 1/15 (N=4,497), just over a month after it appeared, around 17% of student respondents used ChatGPT for fall quarter assignments and exams, according to an article in The Stanford Daily (founded in 1892) about five days ago.

stanforddaily.com

This is not surprising for Stanford, which is located in the middle of Silicon Valley.

Although university spokesperson Dee Mostofi says in the article that "Students are expected to complete coursework without unpermitted aid”, "In most courses, unpermitted aid includes AI tools like ChatGPT."

In this phase of discontinuity, it is more important for those who create the future to use it and get a feel for the implications of it more than anyone else, rather than simply following the rules and remaining ignorant of them.

This should be certainly the case at UC Berkeley, the rival school across the Bay, as well as at Carnegie Mellon (CMU) and MIT, the four major computer science meccas, along with these two schools.

And now, in a bit of a milestone, Microsoft has announced a major investment in OpenAI, a major player in this field. The implications of this in itself are quite interesting from an industry perspective, but will not be discussed in this article.

openai.com

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Back to the topic at hand, the emergence of generative AI tools indicates that education, work, and everything else needs to change . As I wrote in Harvard Business Review Japan (HBR Japan) more than seven years ago, humans are creatures who use everything and anything technology that is created. (This is when artificial intelligence became a hot topic so rapidly and the views were so confused that I was asked to organize a discussion on how we should think about AI, including its implications for society and business.)

www.amazon.co.jp

At the end of the 20th century, when "search" was invented at the Stanford campus in Palo Alto, it was said that the value of simply providing answers was disappearing, and this is a sign that we are entering a new era. From this perspective, the current education system, in which students are given many questions in cases where there is a fixed answer, and compete to give the correct answer as quickly as possible, is really approaching a pointless world. This is because machines are better at this, and we are entering an age in which we are more likely to leave it up to them. (On the other hand, the ability to dig into questions that have no starting point is more important than ever.)

According to the Stanford Daily article above, one subject now requires "If you choose to use an AI agent for generating portions or aspects of an assignment, you must disclose this use and cite it in the same manner as you would cite any external source.” Some other subjects have reverted to paper and pencil exams in response to the impact of the ChatGPT.

It is true that there are many cases in which you need to have knowledge like anatomy in medicine crammed into your head to make immediate decisions in the field, and the confusion in higher education in this area will continue for a while, but I believe that it would settle down after a year or two.

Be that as it may, this change means that the ability to formulate meaningful questions, evaluate the answers produced, and provide correct questions and instructions has become critically important. In a real sense, we have entered the age of “liberal arts,” and this also means that we have entered the age of refining "perception," which was the conclusion and core concept of my discussion regarding the essence of intelligence in the past on HBR Japan.

www.amazon.co.jp

The ability to understand various values and beauty in a complex and vivid way, a sense of beauty based on this, a heart that wants to have a certain thing, and a vivid sense of knowing that this is not good enough, are really the key to success in the future with these Generative interactive AIs. The starting point is to feel deeply and vividly with the body, such as by stroking and licking.

As I discussed with Dr. Yoichi Ochiai at Weekly Ochiai at the beginning of the year, Japan's elementary and secondary education system, which mainly provides almost the exact opposite education, has the potential to become a device that produces a large number of "high IQ people who are simply put to work" if drastic changes are not made. Even though there are many aspects that students will hack on their own, if they are not given considerable freedom in elementary, middle, and high school, their ability to generate questions and to feel and evaluate things in their own way will be considerably damaged.

newspicks.com

As you will soon see, ChatGPT is very different from so-called "search. While it is possible to use ChatGPT as a search tool by typing in the words you want to know, this is not an approach that unleashes the power of this Large Language Model (LLM)-based tool, because search is better and more accurate at such things, and LLM-based tools are far better at them.

This is because search is better and more accurate at such things, and there are other things that LLM-based tools are overwhelmingly better at. (Some of you may remember that Galactica, the AI tool that Meta introduced as if it was an AI that could answer everything, went on a bit of a hiatus after three days.)

www.technologyreview.com

Search, which is arguably the most used AI-based tool today, is extremely strong in tapping out what the answer is. It can search even behind the scenes around the world and give you the answer in an instant. And it is highly reliable. In reality, it is a process of looking up digitized information in advance to determine its reliability and then organizing it, but if done well, it can arrive at the answer you want at a shockingly fast pace.

ChatGPT is a Chatbot that provides a general direction for things you want to know, or things you want to do but don't know what to do, in other words, things you couldn't get answers to before unless you tried to figure it out yourself or involved people who know what they are talking about. Moreover, answers are generated in real time. This is a unique and moving experience, just like when you are asking something to a human being. I also like that different answers are generated each time. If you give the right instructions, you can even have ChatGPT write programming code.

This is true not only for text, but also for images, music, and other generative systems in general, but the speed at which this new machines creates something is incomparably faster than that of humans (see Ochiai's demonstration in Weekly Ochiai). What this means is that many people are approaching a state similar to Michelangelo, who had a large number of disciples and devoted his energy to directing and finishing their work.

The problem is that things are said that are not necessarily correct, and as my students have pointed out, are often somehow made up or pieced together with similarities (the generative system itself is inherently creative, if you think about it). The same is true of papers, and facts. When I acquired the building blocks (tsumi-isi) in the image above, I asked, "What are the similarities and differences between “Sai no Kawara”(the Children's Limbo) and The Myth of Sisyphus?" and got the following answer

In Greek mythology, the Sai no Kawara is the place of judgment for the dead. Those who have done evil are cast into the underworld, while those who have done good are accepted by Elias.

On the other hand, "Sisyphus" is the place of judgment for the dead in Egyptian mythology. The dead are judged by Osiris, and those with light hearts are brought back to life, while those with heavy hearts are cast into the underworld.

Both depict the place of judgment that the dead undergo, so there is a similarity, but there is a difference because the person or method of judgment is different.

This is quite an interesting answer, but it clearly confuses the Buddhist worldview of the Sai no Kawara with Greek mythology (Sisyphus) and Egyptian mythology.

However, this is to some extent unavoidable considering that many phrases and meanings in LLM are represented as vectors in a multidimensional space. The following presentation on Google translate will give you some idea of the representation in multidimensional space.

https://techcrunch.com/wp-content/uploads/2016/11/transcape.png
https://arxiv.org/pdf/1611.04558v1.pdf

However, it is even a little impressive that "Sai no Kawara" is a concept that is quite close to "Sisyphus" in terms of vector space. Perhaps it is because we are only a few steps away from the discovery of similarity as in humans, the extraction of meaning from it, and its extension from some kind of idea and analogy.

In fact, the largest use (about 60%) of the Stanford students who used ChatGPT in the previous article was as a brainstorming partner. Even Stanford students, who are usually close to experts and people who know a lot about most things, are not likely to ask people for something like this kind of college homework. However, most of our daily ideas start with something that is almost unimportant. And when we ask, we get something back from ChatGPT almost instantly. A messy answer is not a bad thing. People are more messy and more random, but communication is still possible, and something interesting can come out of such dialogue.

I am not the only one who feels that this is leading to something great.

One of my greatest joys is to imagine something more by connecting things that are not normally connected, and I am now in possession of another new tool.

Now, with new tools in hand, let's go back to the real world.



ps. For a sequel, click here.
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Note: This blog entry is based on the original Japanese entry translated by DeepL (also an LLM-based AI tool) with some minor modifications.

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生成系AIのアナロジー力


1.4/50 Summilux ASPH, Leica M10P, RAW

MidjourneyChatGPTと立て続けに強烈なアプリケーションが出てきて、Diffusion model(拡散モデル)やtransformer architectureに基づくいわゆるGenerative AI(生成系AI)がそこらで話題だ。ガンガン画像を生み出すことで一気に注目を集めたMidjourneyはクリエーター寄りだけれど、11月末、対話型で答えを返してくれるChatGPT*1が出てきたときに*2、あまりの回答力にDS協会*3のスキル定義委員会でもひとしきり話題になり、僕も自分の研究会の学生たちに「君ら、深く考えずにまずは使い倒したほうがいいよ」と早々にアドバイスした。使わないことには凄さも課題も何もわからないからだ。

すると二週ほど前のゼミで、ある卒業を控えた学生が

ChatGPTがないと生きていけない。課題もメールも全部やらせている。SQLも図の作成もできる。ただ、論文を引用してくださいと聞くと架空の論文を生成して引用してくるのでこれだけは使えない

と宣う(のたまう)ではないか。本当に彼は文字通り「新たな召使い」としてChatGPTを使い倒し、codeも書かせ、翻訳もやらせ、レポートも下書きを書かせ、めんどくさい相手へのメールの返事も書かせている。論文を引用させて、それが本当には存在しないものをでっち上げているところもちゃんと見破っている。なかなかである。*4

並行して、米国医師資格試験(USMLE)をChatGPTに解かせてみると、特殊な訓練なく合格かそれに近いレベルのスコアで、説明の一致度や洞察も高かったという報告が出てきた。信頼できる情報が揃っている医学との相性がいいのは当然としても知的プロフェッショナルの訓練と未来に大きく関わることは間違いなさそうだ。

www.medrxiv.org

かと思えばStanford大学ではかなりの数の学生がすでにChatGPTを使っているという。まだ現れて1ヶ月あまりの1/9 ~ 1/15まで実施された匿名調査によると(N=4,497)、学生の回答者の約 17% が、秋学期の宿題や試験にChatGPT を使用したというのだ。5日ほどまえの学生新聞(The Stanford Daily; 1892年創刊)の記事だ。

stanforddaily.com

シリコンバレーのど真ん中にあるStanfordとしては当然だろう。

大学スポークスパーソンのDee Mostofi氏は

学生は「許可されていない助け」なしにコースワークを仕上げることが期待されており、「許可されていない助け」は多くの場合、ChatGPTのようなAIツールを含んでいる(“Students are expected to complete coursework without unpermitted aid,” “In most courses, unpermitted aid includes AI tools like ChatGPT.”)

と記事内で語っているが、この不連続性の高い局面においては、単にルールを守って知らないままでいるよりも、使って使ってそれで意味合いを誰よりも身体で掴むことのほうが未来を生み出す人たちにとって大切だからだ。

SF Bayの向かいのライバル校である UC Berkeleyでもきっとそうだろうし、この二校とならびComputer Scienceの4大メッカと言えるCarnegie Mellon(CMU)、MITでもそうだろう。

そして現在、ちょっとした節目ということでMicrosoftはこれの大元であるOpenAIに大きな投資をすることを発表した。この意味合い自体が業界的にはかなり興味深いが本稿では割愛する。

openai.com

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話を戻すとこのような生成系AIツールの出現は、教育も仕事も何もかも変化が必要だということを示している(先日ちょっと話題になったリンク先のTweetでも書いた)。人工知能が急激に話題になり見立てが混乱していた七年あまり前、AIをどう考えたらいいのか、その意味合いも含めて議論を整理してほしいとの依頼を受けて書いたとおり、人間は生まれた技術を何もかも使い倒す生き物だからだ。

20世紀末にパロアルト Stanfordのキャンパスで「検索(Search)」が生まれたときも、ただ答えを出すということの価値は消えつつあると相当に言われたが、これは本当にそういう時代に更に突入したことを示している。この視点で見ると決まった答えがあるケースにおいて問いを多々与えて、早く正確な答えを出すことを競う今の教育は本当に無意味な世界に近づいている。それはキカイのほうが得意であり、キカイに任せる時代により一層突入してしまうからだ。(逆にとっかかりすらない問いについて掘削する力はこれまで以上に大切になる。)

上のStanford Dailyの記事によれば「宿題の一部でもAI agentを使ったらちゃんと資料として使ったことを明らかにすること(If you choose to use an AI agent for generating portions or aspects of an assignment, you must disclose this use and cite it in the same manner as you would cite any external source)」と課すクラスが現れ、紙と鉛筆の試験に戻した先生もいるとある。確かに医学における解剖学のような知識を頭に詰め込んでおかないといけないと現場での即座の判断ができないことは多々あり、この辺りの高等教育現場の混乱はしばらくは続くと思うが、1-2年もすると概ね落ち着くだろう。

それはそれとして、この変化は意味のある問いを立てる、生み出された答えを評価し、更に正しく問いや指示を与えるという能力が決定的に大切になったということを意味している。本当の意味で教養の時代に突入したということでもあり、これはかつて知性の本質について考察した際に結論、また中核概念として述べた「知覚」の磨き込みの時代に突入したということでもある。

多様な価値や美しさを複合的にそして生々しく理解できる力があるか、それに基づく美意識、〇〇がほしいという心、これではダメだとわかる皮膚感覚、、この辺が本当に勝負になる。なでて、なめるなど、身体で深く生々しく感じることがその起点である。

ほぼ真逆の教育をメインに行なっている日本の初等中等教育は、劇的と言っても良い変化をしなければ、年始のWeekly Ochiaiで落合陽一氏と語り合ったとおり、本当に「High IQのただ使役させられる人」を大量に生み出す装置になる可能性がある。学生たちが勝手にハックする部分が多いとはいえ、小中高で相当の自由度が与えられなければ、問いを生み出したり、自分なりに感じ評価する力は相当にダメージを受けるだろうということだ。

newspicks.com

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使ってみればすぐに分かるが、ChatGPTは、いわゆる「検索」とは大きく異る。クエリと言われる知りたい言葉を打ち込む(= 検索のような)使い方もできなくはないが、それはこの大量言語モデル(Large Language Model: LLM)に基づくツールの能力を解き放つものとしては微妙だ。なぜなら、そういうことは検索のほうが得意で正確であり、LLMベースのツールのほうが圧倒的に得意なことが別にあるからだ(あたかもなんでも答えられるAIかのようにMetaが投入したGalactica3日でちょっとしたお休みに入ったことを覚えている人もいるだろう)。

現在最も使われているAIベースのツールといっても良い「検索」は答えがあることを叩き出すのには極めて強い。世界中の裏までも探して、一瞬で答えを出してくれる。しかも信頼性が高い。実際にはデジタル化された情報を信頼性を見つつ事前に調べ上げ、それを整理しているのだが *5 うまくやれば*6衝撃的な速さで欲しい答えにたどり着くことができる。

ただ、なんとなく知りたいことだとかやりたいが何をしたらいいのかよくわからないこと、つまりこれまでは自分で頑張って考えるか、よく分かる人を巻き込まないと得られなかった答えの大まかな方向性がChatbotであるChatGPTでは得られる。しかもリアルタイムで答えが生み出される。これがなんというか人間に聞いているときのような独特の感動がある。毎回違う答えが生み出されるのも良い。適切に指示さえすればコードを書かせることもできる*7

このようなテキストだけでなく、画像や音楽などの生成系全般に言えることだが、この新たなキカイが何かを生み出す速度は人間とは比較にならないほど速い(Weekly Ochiaiの落合氏のデモを参照)。これは何というか大量の弟子を持っていて、指示と仕上げにエネルギーを注いでいたミケランジェロに近い状態に多くの人が近づいているということだ。

問題は必ずしも正しくないことが語られること、僕の学生が指摘しているようになんというかでっち上げる、あるいは類似したものでつなぎ合わせてしまうことが多々あるということだ(生成系そのものが考えようによれば本質的にクリエイティブである)。論文もそうであるし、事実もそうだ。僕が上の画像の積み木(tsumi-isi)を入手したとき、「賽の河原とシーシュポスの神話の類似性と違いを教えて下さい」と聞くと次の答えが得られた。なかなか興味深い回答であるが、これは仏教的な世界観である賽の河原とギリシャ神話(シーシュポス)、エジプト神話を明らかに混同している。

ただこのことはLLMにおいて多くのフレーズや意味が多次元空間におけるベクトルとして表現されていることを考えれば半ば致し方ないことと思われる*8。多次元空間での表象については、次のGoogle translateに関する発表を見ていただければ多少イメージが湧くだろう。

https://techcrunch.com/wp-content/uploads/2016/11/transcape.png
論文リンクhttps://arxiv.org/pdf/1611.04558v1.pdf

しかし「賽の河原」が「シーシュポス」と相当にベクトル空間的に近い概念であると言うこと自体がちょっとした感動すら覚える。人間同様の類似性の発見とそこからの意味合い抽出、その延長にあるある種の思いつきとアナロジーからの発想まであと数歩だからかだ。

実際、先程の記事のStanfordの学生たちでChatGPTを使った学生たちの最大用途(約6割)はブレストの相手としての活用だ。だいたいのことで識者や詳しい人間が近いはずのStanfordの学生といえども、こんな大学の宿題みたいなもののために人に尋ねるわけにはそうそういかない。しかし僕らの日頃の思いつきってほとんどどうでもいいことから始まることがほとんどだ。しかも即座に尋ねて、ほぼ即座に何かが返ってくるのだ。雑な回答というのも悪くはない。人間はもっと雑だしもっと適当なのに、十分コミュニケーションは成り立っており、そんな対話から面白い何かが生まれてくる。

これってなにかすごいことにつながっている気がするのは僕だけではないだろう。

普通にはつながらないものをつなげてさらに何かを妄想する、それが僕の最大の喜びの一つだが、また一つ新しい道具が手に入りつつある。

さあ新しい道具を手にしつつ、生の世界に帰ろう。


ps. 続編はこちら。
kaz-ataka.hatenablog.com

ps2. DeepLを活用し、英語版も作りました。
kaz-ataka.hatenablog.com


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www.designofficea4.com

*1:OpenAIから生まれたAIチャットボットの一つ

*2:テスト公開は12/1。一週間以下で100万人以上が使用

*3:データサイエンティスト協会

*4:この学生は学部二年でとある情報系の名のある学会で奨励賞をもらったような輩なので、それなりのリテラシーはある。

*5:「検索(Search)」には意図把握、答えの準備と事前整理、意図と答えの意味的なマッチング、人にわかるように出す、という大きく4つのAI的なステップがあり、「答えの準備と事前整理」にはサイト評価、indexing、knowledge graph作成、それに基づくknowledge panel作成などの様々なすさまじい量の活動がリアルタイムで行われている

*6:複数の単語を並べたり、引き算的なことなどの技によって恐ろしく快適になる

*7:たとえば株式会社Works Human Intelligenceの@autotaker1984氏による次の論考を参照 ChatGPTによるプログラム生成の可能性と限界(前編) - Qiita ChatGPTによるプログラム生成の可能性と限界(後編) - Qiita

*8:実はもう一つ根源的な背景があるのだがそれについては別の論考で別途検討したいと思う

人生に影響を与えたコンテンツ2


Summilux-M 1:1.4/50 ASPH, Leica M10P, RAW @Hakuba, Nagano, Japan


全く終わっている感じがしないので昨日の続きをもう少しつづけられればと思う。

kaz-ataka.hatenablog.com

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そうこう彷徨っているうちに、出会ったのが現代生物学だった。40年近い前の当時の僕の理解では、ウイルス、細菌、培養細胞を用いた研究により、セントラルドグマや異端児としての逆転写酵素など分子生物学的な骨格的課題の検討が概ね終わり、人間の生命の理解は大きく次のフェーズに入ろうとしているように思えた。

利根川進先生らによる免疫の多様性の解明、ホメオボックスなどの発見による発生など高次なレベルでの生命の検討が進むようになったこのタイミングであればもしかしたら、精神活動を物理化学的なアプローチでそろそろ迫ることができるのではないかと直感を得、その方向で進むことにしたのだった。

  • 当時の通称はCell。そもそも版が大きく、約35年前ですら1300ページぐらいあった辞書のような本。1953年以降に解き明かされてきた、膨大な生命の秘密とその解明プロセスを取りまとめた一冊。神を感じざるを得ない、いや自然こそが神なのだと思わされた。
  • リードを見ればメッセージが見えるというワトソンのこの教科書は世界の数多くの様々な分野の教科書のモデルになったと思われる。極めて専門性の高い内容をストーリー仕立てで明晰に伝えていくこの文章には、さして難しくもない内容を難しい言葉で語る衒学的な文章に辟易していた自分にとって、青天の霹靂のような感動があった。多分、僕の文章にも見えないが大きな影響を与えている。
  • 一体どのように「生命とは何か」という問いに対して人類はアプローチし、どのような実験、分析、技術開発、そして何より問いの立て方によって答えを出してきたのか、この一冊を適切に調べ、考えつつ丁寧に読めば100冊を超える本を読んだのを超える学びがあると思う。

人類史に一度しかない生命の根源物質とその仕組みが人の前に現れる瞬間。その生々しさと面白さ、ワイルドさ、ありがたみを教えてくれた一冊。とにかく面白い。

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本当にふとした拍子で何年間かマッキンゼーコンサルタントをすることになり(その経緯は以下のブログエントリをご参照)、出会ったのがperception technologyというべきマーケティングの分野だった。ここで最初にやった仕事の一つで、市場の最小単位が1消費場面(オケージョン)であることに思い至り(以下の「市場における原子」をご参照)、そこから市場を純化して見出す手法(オケージョン=ベネフィット)を見出すというとても面白い仕事を最初にした*1

kaz-ataka.hatenablog.com

kaz-ataka.hatenablog.com

この発想の根本にあったのは、『ファインマン物理学」の中にある、人類がすべての知恵を失い、一つだけの情報を残すとしたら何だと思うか、という問いだった。市場を純化して原子、分子レベルといえるところまで落とし込めばきっとものすごくきれいな塊が切り出せるに違いないと思ったが、それが本当にワークし、きれいに初めて塊として見えてきたときの感動は今も忘れられない。このあと、随分多くの市場で適用し、大きな市場創造に何度もつながった。


  • Caltechで行われた歴史的な講義をもとに作られた人類の至宝というべき教科書(オリジナルの英語版は全3巻)。天才ファインマンが自然を理解するとはなにか?ということを真に深く、そして簡潔に語る。
  • モノのオーダーによってどのようなサイエンスが必要になるのか、の語りはおそらく名著(そして名動画)Powers of Tenの本の着眼につながっている。
  • 人間の自然への理解がどう始まり、どのように今に至るのか、スクラッチで物を考えるとはどういうことなのか、など実に多面的にinspirationを得てきました。いつか自然のすべてをファインマンのように理解し、考えられたらと思いますが、そんな日は来ないと思えるところがまた素敵です。


まだ入社1年目の終わりなのに5千億の売上の事業の戦略立案を、クライアントの部門に張り付いて一人でやる(3-4ヶ月後から先輩が加わり二人で)というちょっと今では(当時でも、、)考えられないプロジェクトを任されていたこともあり(前のプロジェクトで僕が生み出してしまった上の手法と、そこで生み出された新しいフレームワークを応用するという立て付け)、社内にあるマテリアルは本当に膨大に読み込み、マーケティングということでコトラー先生の本『マーケティング・マネジメント』もすごい圧力の中で一日で読んだ。当時は黄色い本でもっと小さかった。僕の知りたいことが書いてないということがわかったのが大きな成果だった。笑。

その後、マーケティングの基本となる部分を何もかも自分で再構築しながら理解していくことになる。。ちなみに上のプロジェクトに伴い、当該ブランドは劇的にブランド価値が高まり、そこから生まれた新商品は日経優秀製品・サービス賞をいただくことになる。最初の数年、かなり大きな仕事を立て続けにしたこともあり、三年目の終わりぐらいから、職場では新人のトレーニングを時折するようになった。

ポジショニングという言葉を生み出したAl Ries & Jack Trout両氏の一冊。当時、本当に目から鱗がポロポロと落ちた。日本語訳もよいが可能であれば原文で読むことを推奨。


これほど衝撃を受けた本はあまりないと思う。MITメディアラボの創設者であるネグロポンテ先生が著者。衝撃を通り越して、未来を激しくinspireされた。いま読んでもきっと気づきがある、特別な一冊。

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当時、良く見ていた、ミンスキー先生の歴史的な一冊。心の働きがシンプルな機能的モジュールによって創ることが可能であることを示した思索をとりまとめている。すべてのAI論の原点の一つなのではないかと思う。


既に大学を退官されていた日本でのサイエンスの師匠の大石道夫先生*2のすすめもあり、PhDをとりに米国に留学した。

神経科学のすべての「基本」となる考え方を体系的かつ重層的に学んだ一冊。Cell同様、大判で千数百ページもあり、まさにCellの神経科学版のような感じです。しかも文字がさらに細かい、、。読者は生化学(biochemistry)、生物物理(biophysics)、分子生物学(molecular biology) のある程度の素養があることが前提。この内容を1セメスターで駆け抜ける講義(週2コマ x 2だったか。試験も3~4週に一回)がPhDを取りに留学したときの最初の大きなハードルの一つだった。懐かしい。

本年逝去された(涙)嗅覚研究の世界的な権威であるGordon M Shepherd先生による脳神経系のメタかつミクロな構造的な理解を実現した驚異の一冊。これほど複雑な神経系がこれほどシンプルな構造化が可能なのだということを知ったことは本当に自分にとって大切な気づきだった。先生のThe Synaptic Organization of the Nervous Systemの講義*3をとり学ぶことができたのは一生の宝。(注:全く素人向けの本ではないので、Neurobiology/Neuroanatomyについて相当学んだ人以外の購入は勧めません)


米国滞在当時にみたアメリカという国に追われるアメリカ人(ウィル・スミス)の物語。Cyberに筒抜ける世界の恐怖をこれ以上ないほど赤裸々に見せてくれた。このあと9.11が起きたが、そのあとのアメリカで起きた対応があまりにもリアルだった。。

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日本に戻ってきてからはトレーニングプログラムの基本担当メンバーとなった。合わせて、二代の支社長直下でトレーニングマテリアルを見直すという特殊なプロジェクトを(クライアントワークの裏面で)担当した。分析や課題解決はなぜか割とすっと筋が見えるところがあり、ただ、その根っこの部分、たとえば「分析とは比較である」という僕にとってはアタリマエのことなどはうまく言語化されていないなと思い、これらを社内のトレーニング資料としてまとめていった。「犬の道」という言葉をマッキンゼー社内のトレーニングで使うようになったのは、アメリカから帰ってきた頃のことのように思う。

卒業後、いつかどこかでまとめておかねばならないなと思っていたのだが、石倉洋子さんに勧められて書き始めたブログのある場末のエントリが随分と話題になったため、これは出さないといけないんだなとおもって、12年前に出したのがこのいわゆるイシュー本。

思い出のブログエントリは以下。
kaz-ataka.hatenablog.com

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古代ギリシアの哲人であり、政治家であったセネカの本。『イシューからはじめよ』の帯にある言葉「人生は何かを成し遂げるためにはあまりにも短い」は「人生は良く生きれば十分に長い」と語るこの本へのオマージュです。学生の頃からの座右の書の一つであり、今でも開くと背筋が伸びます。

コーランを目指して作られたというヤバい一冊。インドおよびアジアを放浪し、生きることの核心を味わってきた天才写真家による類まれな作品。高校生の時に出版されて、その月に買ったほぼ初版を持っています。写真プラス言葉の選びがもう奇跡。イシュー本もこの本同様、ボロボロになるほど繰り返し立ち返るものになってほしいと願って書きました。

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未来、映画まわりについても少し。

一番好きな映画の一つ。20回は観た気がする。唐突に現れる異星人と向かい合う人類の物語。面白く、深く、考えさせられ、そして元気が出ます。ジョディ・フォスターのContactも好きですが、得られるパワーという意味でこの作品を推したいと思います。


10代、20代前半ずっと連載していたアニメージュの原作。巻が出るたびに読み、涙しました。これが心に潜んでいて、今やっている『風の谷を創る」運動論につながっていると思います。これをさらに映画として世に出し、我々の活動も止めずにやらせて頂いている宮崎駿監督、鈴木敏夫プロデューサー、ジブリの方々には感謝しきれないです。


Awesomeとしか言い難い映画。大恐慌時代のテキサスの小さな町で、夫に突然死なれた若き二人の子を持つ未亡人が苦労して、目の不自由な同居人、アフリカ系の綿花栽培のプロなどと生活を立ち上げていく。今や盟友で知られる元アイドルのサリー・フィールドが二度目のオスカーを取った歴史的作品。映画館で友人と観て、しばらく席を立てませんでした。


田舎の山奥でダムができて沈んでしまう村の物語。老人役の加藤嘉がリアルすぎる。田舎で育った人は涙腺崩壊すると思います。


未来(2019年)をテーマにした、都市にしか住めなくなった人類と人造人間(アンドロイド)が共存する世界での人類の行く末。美しいが悲しいディストピア


これほど人類のたどってきたものを俯瞰してメタ化し、考察した本はまれ。衝撃の一冊です。


『シン・ニホン』のタイトルと帯の言葉「この国はもう一度立ち上がれる」はこの映画のオマージュ。これほど国、政府をリアルに扱い、その無力感を味あわせてくれる作品は類例がない。


数多くの西洋概念を日本に取り込み、紹介し、未来を生み出した福澤諭吉先生の歴史的な著作。明治あるいは開国というのは一体日本人にとって何だったのか、を本当の意味で理解できる稀有な一冊。その後、日本を揺るがすことになる「国体」が全く想定外の言葉の翻訳であることを知り驚きました。統計学を日本で初めて紹介したという意味でデータサイエンス教育の原点でもある。『シン・ニホン』を執筆しているとき、常に僕の机の上にはこの本がありました。

*1:ここで生まれた商品は今もCVSなどで普通に日本中で売られている

*2:東京大学 分子細胞生物学研究所 初代所長。当時、筑波の産総研 生命研所長

*3:PhD学生向けの10人以下の講義

人生に影響を与えたコンテンツ


Summilux-M 1:1.4/50 ASPH, Leica M10P, RAW @Hakuba, Nagano, Japan


先日、人生に影響を与えたコンテンツ、特に本や映画、について取材を受けた。クローズドな場に向けたものであったため、そこで話した内容を少しご紹介できたらと思う。

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ここまでの半世紀をざっくりと振り返ると、もともとは分子生物学を学び、脳神経科学の分野に進み米国で学位(PhD)をとったが、ポスドクの最中に911があり、断腸の思いで帰国。

また約30年前からストラテジーマーケティング分野で飲料、小売、商社、ヘルスケア、クルマ、ハイテク機器、ペイメント、半導体、検索、メディア、広告、国の産業戦略、AI戦略、人材育成などなど、B2C/B2B/public、幅広い分野の戦略立案、商品・ブランド開発、立て直し、事業開発に深く関わってきた。

一方、デジタル/データ×AIの世界に様々に関わり、上とも重なるが社会レベルでも仕掛けるようになって約10年。足元の戦略立案やデータ、サイエンス部隊の統合・運営、研究所機能からはじまり、気がついたらDS協会の立ち上げ、数理/DS/AI教育、国のAI戦略、デジタル防災、10兆円基金など随分といろいろなことに携わってきた。

思い起こせば前職で少なくともAPAC(アジア太平洋地域)で最初の本物のビッグデータを利用したDBM (database marketing) のプロジェクトに立て続けに入ったのが1995の春*1、あの年、インターネット人口が20万人と言われた当時の日本で最初の大型ISP立ち上げにも携わったので、そこから考えれば28年近い。

都市集中型社会に対するオルタナティブ検討を「風の谷を創る」運動の仲間たちとはじめてちょうど5年。文化・全体デザイン、空間デザイン、インフラ、食、森、ヘルスケアなど12のサブチームでの研究が進む一方、悪影響が想定されるためあまり正確な土地の名を上げることはできないが、当初予定地とは異なる複数の土地で具体的な検討が立ち上がりつつある。

aworthytomorrow.org


こんなちょっとcomplexity高めに見える自分の人生の中で、自分の価値観の礎につながっているようなコンテンツをいくつかご紹介できたらと思う。

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子供の頃、、自分が育った本当に古くから続く漁村というべき田舎では、当時TVは民放が2つしかなく、友だちと遊ぶ、釣りと絵を描くこと以外は、まさに本こそが生きる喜びだった。文字を覚えたのは早く、中学校に入るぐらいまでは毎週図書館で家族のカードも使って週6冊の本を借り、本とともに生きてきた。自分に影響を与えた本を数えだすと正直きりがない。

  • 多分一番好きだった絵本の一つ。小学校に入るか入らないかの頃、もう数えられないほど読んだ。今から考えれば、風の谷を創る運動の発想の源はこの辺にあると思う。

  • これも小学校低学年の頃、本当に繰り返し、暗記するほど読んだ本の一つ。うわばみが蛇を飲む話、お花を守る話など、本当に好きだった。大学生ぐらいになって読み返すと結構違う印象でびっくりしたのを覚えている。


もともと絵かきかサイエンティストになりたかった自分は*2、小学校の高学年の頃、モジリアーニとゴッホの絵をみてかなり衝撃を受け、どのように自分が成長しても、このような独自の世界に到達しうる感覚が直観的に持てなかったこともあり、絵かきでいくことは諦めた。

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かたや、人との感覚の違いなのか異質性、ズレの感覚が自分から離れることがなかった僕は、「人と人はそれぞれどうして違うのか」に相当長きにわたり興味があり、それはどういうサイエンスであればたどり着けるのだろうかと次に随分と考えた。

人がひとりひとり違うというのはどういうことなのか、については、自分なりに考え続けた結果、確か高1のときに突然悟ることがあり、それはどうも一人ひとりの「知覚」の違いによるものなんだと思うにいたった。この10年余り、随分多くの人に紹介してきたユクスキュルの環世界の話もこの中に入るだろう。知覚とは感覚器から入ってくる様々な周囲の情報を総合して、その意味を理解することとざっくり言うことができ、これが僕の理解では知性の核心にあるものだが、それについてかつて取りまとめた論考も上げておければと思う。


比較文化文化人類学もとても面白かったが、これがサイエンスになるという感覚がうまく持てなかった。レヴィ・ストロース「野生の思考」にでてくるマテ茶にいずれ大学院生になって、人生の師匠であり、今年逝去された日系ブラジル人である山根徹男先生に出会い、ハマることになる。


精神医学については、相手のまとう世界にすっと馴染む体質を持つ僕のような人間、しかも心がいろいろなものに揺さぶられる、感じやすい人間には到底向いているとは思えなかった。きっと患者さんと自分が同化してしまうだろうと思ったといえばわかってもらえるだろうか。

またその世界はいわゆるpractitioner(実践家)の仕事であり、科学的な「知覚の掘り込み」に向かうようなものにはかなり遠そうに思え、こちらも違うなと思うに至った。手先が器用だったので、手術とかは恐らくうまくなる最低限の素養はあるかもと思ったが、僕のように何事にも感じやすい人間が医学を学ぶというのは全く向いているようには思えなかった。

深層心理学フロイトユングの世界も随分と高校の頃、入れ込んだ。とはいえ、フロイトよりも自分の肌にあうとおもったユングの到達した世界は、なかば密教であり、これであれば弘法大師 空海の教えを学んだほうがいいのではないか、であればこれはサイエンスというより、ことなる瞑想の延長のような世界なのでないかと思った。なお、心理学は学習のモデルなどとても興味深かったが、必ずしも証明ができない仮説とモデルがちょっと当時の僕のイメージでは、サイエンスにしては少し多すぎるように感じ、一旦、自分の選択肢から落とした。


青春らしい悩ましさももちろんたくさんあり、随分の本を読んだ。忘れられない一冊を選ぶのは難しいが、フロムといえばまずは恐らくこれ。名著中の名著。イヴァン・イリイチの「脱学校の社会」と合わせて読むのがオススメ。


僕の手元にあるのは白水社串田孫一訳ですが、いつ開いてもしみじみと考えさせられ、元気になる一冊。「薪も燃やさなければ腐る」は不滅の名言。


ボストンの郊外の森に一人一年、一般的な社会から隔絶されて生きた人の考察。奇人変人として生きていいんだと、それこそが曇りのない目で世の中を見ることなんだと勇気をくれた一冊。どこでもいいから開いて見るだけで心が洗われる。


大学生のときに、奥付の発行日前に並んだ出版したばかりの本を立ち読みで72ページも読んでしまい(二段組本なので新書一冊分ぐらい)、到底読み終えることができないと、当時の僕の財布には明らかに高かったけれど、泣く泣く買って、しゃぶるように読んで震えた一冊。教養とはなにか、人の心を育てるとはなにか、についてIvy leagueなどアメリカ東部の名門大学で長年教えてきたブルーム先生の語りがしみる。


随分と長くなったので一旦ここで(続く:おそらく。。)

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続編です(12/25 10:55am 追記)
kaz-ataka.hatenablog.com

*1:基幹系からデータを引き出すのがどえらく大変でした。。

*2:じっくりと事実に向かい合ったり、思索をし、知恵を出すこと、事実の背後の何かを解明すること、そこから意味合いを出し、商売のお役に立つことは好きだが、商売人になること、ビジネスパーソンになることはそもそも自分の血をあまり沸き立たせるものではないことはずいぶん小さいときから自覚していた

First Love


1.4/50mm Summilux, Leica M10P, Ebisu, Tokyo


6日ほど前、思わず以下のようにTweetしてしまった。

若い姿を演じた八木莉可子さんと木戸大聖さんの輝きはまばゆく、濱田岳さんの作る間合いと空気感はすごいものだった。美波さん演じる妹もリアリティと質的存在感が素晴らしかった。

あれほど魅力的で存在感のある、小泉今日子さん、夏帆さん、向井理さんがそれぞれしっくりと馴染んでいるのもうれしかった。

加えて、綴(つづる/荒木飛羽)と詩(うた/アオイヤマダ)の若く強く多重奏的な存在。、、、うたを綴る、それってまさにこの作品の主題。

どの方も声が素晴らしく、楽器の奏で合いのようでもあった。監督が演技だけでなく、喉も大切に人選されたことがわかる。

この作品には3つの大切な出会いと愛が現れる。若い主人公の二人にまず起きる出会い、おとなになった主人公に深く染み入るように起きる出会い、そして主人公の子である綴に起きる出会い。この3つが絡まり合い、影響しあい話が進んでいく。

とにかく絵が美しく、フレーミングも完璧。色と明暗の出方、画像の粒子感は銀塩*1で撮っているとしか思えなかった。入念にミルフィーユのように組み上げられた世界の再構成が実に繊細で無理がない。時間効率視点で間合いを飛ばして観る人が多いようだが、そういう方々には到底楽しめない作品でもある。

主役のお二人、寒竹監督、出演者の方々に加えて制作チームの方々に心から感謝。


(参考)銀塩とデジタル写真については以下をご参照
kaz-ataka.hatenablog.com


作品名のもとになっている宇多田ヒカルさんの音楽は言うまでもなくfantastic、まさにkeynote(基調となる音)。実際にかかっていようがいなかろうが、全編に脳の中で反響し、聴こえている。

First Love

First Love

初恋

初恋

この作品にともなう宇多田ヒカルさんのFirst Love/初恋 (完全生産限定7インチアナログ盤) (メガジャケ付)はこちら)


これは9本繋いだ映画というべきものであり、これまでにない映像表現をNetflixというプラットフォームが生み出したとも言える。映画同様、いつまでも観られる作品として残して欲しい。

ちなみにTwitterで #FirstLove初恋 と検索すると世界中の各地からかなりの量のTweetを観ることができ、この作品が世界的に愛されていることが生々しくわかる。

https://twitter.com/search?q=%23FirstLove%E5%88%9D%E6%81%8B&src=recent_search_clicktwitter.com


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僕にはめったに無いことだが、見終わって造り手のみなさまの録画を拝見した。

youtu.be
youtu.be

佐藤健さんがほぼ一年この作品にかかりきりだったと話をされているのを見て思ったのは、いま日本の映像づくりに足りていないのは、十分なお金と時間なんだな、若い才能を理解し支えうるだけの懐の深い支え手なんだなということ。世界レベルの作り手は監督も俳優もちゃんといる。

先日まで行われていたワールドカップ同様、これらは広い業界の広がり、社会の熟成がなければそう簡単に生まれるものではなく、これは本当に誇るべきものだと思う。

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で、この内容のTwitterをポストをしたら、既存の媒体の体力がないからというようなコメントをする人がいらした。が、TVキー局の展望については以下のエントリ通り、14年前にはほとんど歴然としていたと思う。

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世界的にみても、iab Canadaのレポートをご覧いただければ分かる通り、メディア力の代替指標としての広告市場規模は北米では9年前の2013年にTVがインターネットにトップを受け渡している。2022年の場合、世界のAd市場はざっくりTV $170BGoogle $168B(≒ TV総市場)、Meta $113Bだ

単純に日本では業界外であまり認知されていないだけということと、日本では広告出費のシフトが視聴時間のシフトに沿っての進みが遅いだけのように思う *2。米国ではさらにTikTokYouTubeに媒体としての広告収益で遠からず抜き去るという予測もある。

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話を戻そう。この国に、これだけのものを生み出す才能は十二分にいる。これを確信できただけでも本当に大きな収穫だ。

とはいえ、ゲーム同様、潤沢な投資を行って世界的に広く回収する仕組みをどのように持てるのか、、それがこの作品の突きつけているもう一つのkeynote(基調音)だと思ったのは恐らく僕だけではないだろう。


ps. 本エントリはtwitterfacebookに投稿したものに大幅に手を加えたものです。

Facebook


(1/15/23 22:35追記)#スラムダンク を同じ日に3度連続で映画館で見たという親しい友人がいて、原作を読んだことのない僕もIMAXで観た。とても良くていま原作を読んでいるが、この主人公の #桜木花道 (さくらぎはなみち)の #晴子 (はるこ)の一言から始まる変化が #FirstLove初恋 の #並木春道 (なみきはるみち)と重なりすぎると思うと名前にも大きな重なりがあることに気づく。たくさんのオマージュがこの作品には織り込まれている。

*1:銀塩フィルムのこと

*2:ワクチン接種の広がりにより、ほぼ落ち着いたCovidで事実に即してマスクを外せないのとも似ている(参考)この国ではファクトや論理より空気のほうが重い - ニューロサイエンスとマーケティングの間 - Between Neuroscience and Marketing

空気に飲み込まれたくない中学生、高校生のみなさんへ

Chinkokuji-temple, Munakata, Fukuoka, Japan Leica M10P, 1.4/50 Summilux, RAW


(これは10/30のエントリ「この国ではファクトや論理より空気のほうが重い」からの抜粋です)


データや情報はメディアに頼らず自分で元ソースから見て考えることが大切です。それも一つだけではなく、ここで行ったように何重にも複数の情報を横断的に比較しないと意味がわからないことはたくさんあります。これらの読み解きや確認すべきポイントはどこかにまとまっているわけではありません。その領域についてのある程度の基礎知識を持った上で、全体感を把握しつつ、狙いを定めていくのが基本です。ざっくりとした地図を持って入る探検に近い感じです。

感染者数のような同類に見える数字も同じ母数(例えば極端に人口組成が変わらない前提での人口10万人など)同士になるように、あるいは同じ割合で比較してはじめて意味があります。約1,400万人の人口を抱える東京都で感染者数が多いのは当たり前です。%は何を何で割っているのかを理解しなければ比較することはできません。A/Bの分母分子が同じ性質なもの同士で比較できているのか常に確認しましょう。本当にこれとこれを比較して意味があるのかを常に考えながらやってみることが大切です。(これをapple to appleとよく言います。)

幸い今の時代には「検索」があります(20世紀にはなかった社会インフラです)。検索はインターネットの力、莫大な計算機リソース、驚異的なAI技術を駆使して作られたものですが万能ではありません。とはいえ、キーワードの組み合わせ方など、調べるのが上手くなれば適切な情報源に辿り着くには大体のケースで数分もかからないようになります。これにも慣れていきましょう。そうすることで与えられたものだけでないことからモノを考えることができるようになっていきます。その上で検索で出てきた原典の論文や本まで調べられるようになれば素晴らしいです。

あと割とすぐに気づくと思いますが大切な情報は日本語では手に入らないことがとても多いです。もしくは偏った情報、切り取られた情報が多い。英語で調べられるようになると100倍力になるのでオススメです。要約やまとめサイトはかなりのバイアスがかかっているのが普通なのでいきなり見るのはおすすめできません。まずはそれよりその領域の基礎的な知識を確認したほうが探検の役に立ちます。SNSはもちろん、紙の本ですらあやしい内容は多いです。できるだけ加工されていない情報(一次情報)を確認するとともに、メディアなどの権威に振り回されず「健全な懐疑心」を持ってすべての情報源にあたりましょう。

(参考)Wikipediaがまとめた有名情報源の信頼度、、、Encyclopædia Britannicaですら△です。
Wikipedia:Reliable sources/Perennial sources - Wikipedia

その手に入れた情報を元に点と点をつなぎ、元データそのもの以上の何かに自分で気づいた時、皆さんは本物の力を手に入れたことになります。人がやった分析結果を理解するのは、自力で分析するより圧倒的に簡単です*1。しかし、欲しい情報はないことの方が圧倒的に多い上、信頼できる分析は思いの外少ない(学術論文は概ねOK)。自分の意思で目的を持って答えありきではなく、現在起こっていることを発見する力を持つ人は大人でもほんの僅かしかいません。踏み出してみましょう。きっと楽しい世界が待っています。世の中で言われているのと違うことがいかに多いか気づくでしょう。

この手に入れたファクトはまずは近くの人に共有して、そしてその意味合いを考えてみましょう。誰も気づいていないと思えばどんどんと発信していきましょう。ここまでこれば君らはもう心は立派な大人です。


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*1:とはいえ、データそのものの性質、分析の狙いと結果、その意味合いを正しく理解できる人は、それが比較的簡単なモノであっても実はとても少ないです。特に馴染みのある分野外のものを見るのは相当に困難です。これが世の中に専門的な訓練を受けた専門家が色々いる(社会的に必要な)一つの背景です。