Brazil 8:アマゾンのジャングル開発

(Brazil 7より続く)


あまりにもマナウス周辺のジャングル開拓が急速に進んでいるために、この辺りの気象も劇的に変わりつつあるとガイドは嘆く。何年か前には、瞬間風速ではあるものの53度という気温を記録したという。老人や小さな子供などは空調なしではひとたまりもないだろう。やはりアマゾンも不死身ではないのだ。

彼は言う。レイン・フォレスト(熱帯雨林)とジャングルは違う。数百年以上の樹齢の木が主として生い茂っているのがレイン・フォレスト、主として五十年以下の木が生い茂っているのがジャングルであると。そして対岸の森を指し、あれらはみんなジャングルだ。一度焼かれた森だと。この辺りは、アマゾン的な飛躍があってよく分からないのだが、そうやってジャングルばかりになってしまったために、この町も異常に暑くなったという。

僕たちが幸運だったのは、余り時期を深く考えずに行ったにも関わらず、それが冬(確かに彼らはwinterと言った)の終わりであったために、日中でも三十数度程度だったことだ。その伐採のせいも恐らくあって、夏だと四十五度ぐらいまで上がるという。

アマゾンの土壌は極めて貧しい。数百年、中には千年以上生きた木を倒して残された土地のうち、良い土壌は表層の数メートルだけという。こうやって燃やしても得るものは広大な荒れ地でしかないのだ。しかし人は今日も燃やす。釣りに出るため、ジャングルの奥地まで車で数百キロ入ったときも、随分長い間、燃やされた森が風景として片側、あるいは両側に続いた。虚脱感と、無力感が身体を満たしてくる。

アメリカに帰ってきて間もなく、アマゾンのジャングルについてのチェーンメールが来る。ブラジルの国会でジャングルの開拓領域をこれまでの倍にするべきかどうかの議決が行われる。ひいては反対する場合は友人に自分の名前を書いて、このメールを回し、百人目になったら、どこどこに送れ、というものである。あまりのタイミングの良さにも驚いたが、僕は何もしなかった。ブラジルの人たちがおかれたあの貧しさから彼らを救い出すことの考えなしにそういうことを言うのはあまりにも強国の、あるいは先進国の傲慢ではないかと思ったからである。

ブラジルは世界で十番目の経済規模を持つとは言え、その一億六千万にも上る人口の大半はとても貧しい。南米最大の都市、サンパウロでも空港からしばらくはずっとスラムだった。そしてこのアマゾンの町、マナウスでもスラムじゃないエリアを探す方が難しい。原住民の多くは、河の上に浮かぶ小屋に住み、電気も水道も何もないところで、魚を捕ったり、観光客を相手にして暮らしている。ブラジル全土でみても大卒は一割以下。このエリアでは百人に一人も大学には行かないだろう。小学校ですら半分も行っていないのだから。

文字も読めず、何ら学校もでていない人たちは、当然何の職にも就けない。彼らが金を得ようとして出来るのは、河から大きな魚を沢山捕ってきて売るか(これは漁師のような仕組みがないと難しい)、森を燃やして牛を飼うかのどちらかである。彼らが完全に文明から隔絶されていれば、確かにそのままでも良いだろう。しかし、現実にマナウスの存在そのものがそうであるように、彼らの周りには豊かさと発展が広がっている。この広大な国土で車一つ買えないのだ。何かしようと思うのは当然である。

そんなとき、かつて好き放題自然を破壊してきた連中に、人の国の森についてぐちゃぐちゃ言われたくないと言うのは当たり前であり人情である。ヨーロッパにはもはや完全な天然林はない。有名なドイツの黒林しかり、スイスの湖の畔の森たちもしかり、まずほとんどの森は全て人の手によって植林された結果である。アメリカもそれほどではないが、結局自分たちの都合のいいように自然を破壊し、畑を作り、道を造り、現在の繁栄を築いた。日本は言わずもがなである。本当の天然林など、知床や屋久島ぐらいにしか残っていない。

その連中が、ただアマゾンのジャングル開発をただやめろと言っているのが実状なのである。政治的に圧力をかけようとしているのが実状なのである。このスキームは過去十年、二十年がそうであったようにワークしない。原住民、アマゾンの地域の人たちの誰もこんなものに耳を傾けない。彼らの側に一度も立ったことのない人の発言など誰が聞くだろうか。結果、森の破壊は続く。

必要なのは、彼らが、森を破壊しないで生きていくすべを与えることである。森を燃やして牛を飼うよりも良い生き方を提供することである。それなしに、森を壊すなといっても他に生きる術のない彼らは引き続き活動を続けるだけだ。

以前から何か違うんじゃないか、と思っていたが、ブラジル以来、このような独善的な発言を平気でする連中にどうしても嫌悪感を禁じ得ない。なのに平気でこういうことを言う人間が多いことに驚く。それが、arrogance(傲岸さ)だと言うことにすら気づいていない。指摘をすれば怒り出す始末である。

こういう連中の思い上がり、自分とその子供達だけのことを考えた、何の深みもない利己的なエコロジー意識など、このアマゾナスの住民にとってピラニア一匹の価値ほどもないことに彼らは気づいていない。彼らは世の中が、利ではなくイデオロギーで動いていると信じている。途上国は先進国の言うことを無条件に聞くべきだと思っている。



写真説明(クリックすると大きくなります)

1.マナウスからジャングルの奥地に続く直線道路。この永遠感覚。


2.マナウスにやって来た無数の船とそれを見やる人たち。船はいずこからか来たりて、かく漂う。


Brazil 9へ続く

(July 2000)