ニューロサイエンスとマーケティングの間 - Between Neuroscience and Marketing

安宅和人: 脳神経科学とマーケティングの間に棲息

開疎化がもたらす未来

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Leica M7, 1.4/50 Summilux, RDPIII, Somewhere in AZ, USA

「開疎化」という言葉を世に出してから二週間たった。3/11のWeeklyOchiaiで落合陽一氏と話した「Withコロナ」からはもう一ヶ月以上だ。

Withコロナというのは解決策が必ずしもない新型コロナ(SARS-CoV-2)や様々な病原体とともに生きなければいけない状況、環境のことを言う。世の中の期待と異なり、状況の収束にはSARS-CoV-2対応に絞ったとしても、現実的な楽観シナリオでも1-2年はかかる、更に様々な病原体がこれから現れる可能性は相当に高く、これが終わりなわけではない、その視点で課題と未来に向けた方向性を整理する必要がある、というのが前回の議論『そろそろ全体を見た話が聞きたい2』だった。

kaz-ataka.hatenablog.com

開疎化と言っているのは、一言で言えば、Withコロナ社会が続くとすれば、これまで少なくとも数千年に渡って人類が進めてきた「密閉(closed)×密(dense)」な価値創造と逆に、「開放(open)×疎(sparse)」に向かうかなり強いトレンドが生まれるだろうという話だ*1

ちなみにその逆、言ってみれば「密密化」は都市化や人類の文明の発達してきた方向とほぼ表裏一体であり、つい4ヶ月ほど前まで、このままいけば、ブレードランナーのようなsuper都市セントリックな未来、それ以外の空間が捨てられる未来、がやってくるというのが、全世界的に起きてきた強く太いトレンドだった*2

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前回のエントリが、Facebookだけで既に約4,000回ほどもシェアされ*3、4/8のWeeklyOchiaiでもこのテーマについて話したこともあり、「開疎化」という言葉は結構な勢いで広がり、これは何をもたらすのかということを聞かれることも多い。

それってみなさんの想像力に託されているんですよ、と言いたいところではあるが、言い出しっぺということもある。2月に出した拙著『シン・ニホン』編集者の井上慎平さんから随分な量の質問も頂いているので、それも見つつ、少し考えてみよう。

井上さんから頂いた質問は、開疎化時代において、たとえば以下のそれぞれがどうなるのか、ということだ。

  • 都市と地方の関係性はどうなるのか
  • 都市空間の変容
  • 密を前提としている産業の未来、、食やエンタメ
  • 開疎化が困難な領域は?
  • 人間の感性はどう変わるのか
  • 人と人の関係性は変わるのか
  • データ×AIと開疎化の関係
  • 価値はどのように逆転するのか
  • 優秀さの定義は変わるのか
  • 開疎化は右からと左側からのどちらから向かうのか
  • 脱グリッドとは?

なんとも絡み合っているので、徒然なるままに書いていこうと思う。
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まず、多分、僕の周りの人たちの多くが、何より気になるところと思われるのは、Withコロナ時代において開疎化が進めば、そもそも都市はどうなり、地方との関係がどうなっていくのか、ということだろう。

何しろ開疎化という概念と都市が誇るものは大半がことごとく対立している。切れ目なくやってくる環状線の電車、10以上もの路線が入り組み日に数十万から数百万の人が利用する主要駅、通勤アワーは常に座席の数倍以上の人が乗り込む電車やバス、何千もの店が集積する街、何万人も入って一緒に応援するスタジアム、10以上のスクリーンを持つシネマコンプレックス、みっちりと居住(オフィス)空間がつまり、それが積層化された高層住宅やオフィス、毎日数万人が集まる花見の名所、列で何十分も人が並ぶテーマパークや新しい名所、、などなどだ。

ここで留意したいのは都市は決して東京や大阪のような大都会だけではないということだ。多くの地方にも中核的な都市空間はある。例えば多くの人がリゾートで訪れる沖縄、僕も大好きだが、実は那覇市の人口密度は約8,000(人/平方キロ)にも及び、23区内の人口密度約1.5万強の半分程度もある。つまり単に地方の時代が来たとかそういう話ではないのだ。

たとえば日本の各地でコンパクトシティ化が進んでいるが、これはこれまでの人類の最大の発明、ソリューションである「都市」を地方の空間において再現しようというもので、普通にやると開疎化とは逆の流れになる。

開疎化は都市の中でも進む。前回のエントリで書いたように、同じ都市の中でも、開疎化されているかどうかによってオフィス、飲食店、娯楽施設など、あらゆる空間が評価される時代が来る。空間の開放性、通気の良さ、座席配置などだ。「空気回転率」(空気の入れ替え回数/時間)あるいは「単位換気時間」(何分で全部の空気が外気と入れ替わるか)はモニターされるのが当たり前になるだろう。代替指標としてのCO2濃度も計測するのが当たり前になる。

外資やプロフェッショナルファームであればブースという2~6人で区切った作業空間がよく見られるが、そういう場合は、そのブースごとにこれらをモニターすることになる。概ね「疎(sparse)」ではあるものの、「開(open)」ではないためにこれまで以上に空気の回転を重視する仕組みにしていく必要があるだろう。

先程のCO2を例に取ると、外気と同じであれば450ppmぐらいであるが、僕が計測器を持ち歩いてみたところ、インテリジェントビルは新築でも人が働いていると1,000ppmを超えているところは珍しくない。これに対応するべく、前回書いた通りオフィスビルそのものの温暖化対応と伴って、かなりのリノベーション需要が発生するはずだ。

この新しい我々の世界ではハコというものの役割も再定義されないといけない。通気の良い形に設計思想も変え、今までのビルは大幅なリノベーションが必要になるだろう。オフィスにつきものの「島」もおそらく消える。日本の職場は官庁も含めて外資的な感覚では異様な人口密度の場所が多いが、それも補正されざるを得なくなるだろう。実は温暖化に伴って風速70-90Mに対応できる街やビルにする必要があるが(『シン・ニホン』第六章を参照)、その対応も一緒に行うべきだ。(そろそろ全体を見た話が聞きたい2

加えて、いま多くの人が体験している通り、ライブ感漂う状態で空間的に離れた人とリアルにつながるための空間や技術開発が進む。この視点で見ると世界的にメガヒットとなりつい最近まで極めて品薄だったAppleAirPods Proの発売は実にタイムリーだったと言える。空間的にもおそらくコックピット的なオフィスが増えるだろう。それは自宅にも相当配備され、オフィスビルの中にもかなりの数ができる可能性が高いのではないかとおもう。

離れて作業や議論している中、あたかも一緒にいるかのように感じ、共同作業して価値を生み出すための技術も必要になる。カンファレンスやコンサート、ライブなどの根本的な刷新、興行系のビジネスのモデル刷新、それに即したインフラ的なプラットフォームの整備も必要になる。VR/MR/ARも大事だがそれ以前の話も大量に出てくるだろう。(そろそろ全体を見た話が聞きたい2

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そうなるとそもそも会社が一つの場所に土地をまとめて借りる必要があるのかという話に当然なる。かなりの人が開疎的に働き、「本当に集中的にブレストする、知的生産を行う」ときのために何割かの人が集まれば良いという形にオフィスは変わっていくのではないかと思われる(当然コアメンバーだけが参加し、陪席者は外からその空間にバーチャル的にjack-in*4する)。

なお、今の日本のオフィスの多くは密密的な「島」を中心ににデザインされているので、開疎的にオフィスを作り直すと今と同じぐらいの面積は維持し続ける必要があるのではないかと思う。開疎状態で全員が出勤する(これ自体が言葉として矛盾がある)となるとおそらく今の3〜4倍程度の面積が必要になるケースが多いと思われるが、そういうことはなくなるだろう。10年、20年後まで見据えて考えれば、風通しもよく、低層でエレベーターが人で溢れたりしない開疎なビルや街が中心になっても全くおかしくない。交通機関も含めて都市計画の大幅な見直しが必要だ。

この変化に従い、多くのオフィスワーカーは家の中か比較的容易に行ける場所に作業コックピット的な空間が必要になる。職住近接ではなく、職住一体型の住宅の開発、リノベーションが進む。参加者外秘のビジネス討議を行うためには、そこがセキュアかどうかも示せることが求められるようになる。

いま現在は貸し会議室やシェアオフィスは需要が激減していると聞くが、おそらくこの流れに沿って空間を設計し直すことで蘇る部分も多いだろう。これまでは街ナカばかりをシェアオフィス化していたと思うが、郊外の空き家や空きビルなどを再設計して、気持ちの良い作業空間として打ち出し直す場所が求められるようになる。夏冬は少々きついかもしれないが、隙間風の入る古い木造住宅も、春秋の開疎空間としては良い場所と考えられる。
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作業場としての都市的な空間についてばかり述べたが、消費、娯楽の中心地としての都市機能についても考察してみよう。

消費、、こちらについては銀座、表参道、NYの5th Avenue、あるいはプレミアムモールのような生のブランド体験を得るための場所は残ると思うが、ここに訪れるというのは今まで以上にちょっとした贅沢な体験になる可能性がある。開疎化の流れの中では店舗内の人の数は相当にコントロールする、入店者も管理する必要があるからだ。高級ブランドのお店では若干、加圧状態にして、外から病原体が入らないようにすること、空気でお客を洗うようなスペースづくり*5も行われていくだろうことも容易に想像できる。

実際には、今のSARS-CoV-2そのものは一旦どこかで落ち着くだろうと思われるので、その小康期は元通りになるが、そういう何らかの病原体がはびこっている時は、十分な免疫を持つ人(抗体価の高い人)だけしかおそらく訪れることが厳しくなる。そうでない人は、外からそういうフラッグシップ的な店舗にJack-in的に訪れ、まるでリアルかのような接待を受けることが求められるのではないだろうか。その場合、そのフラッグシップ店舗は、当然そのような大きな街ナカにある必要はなくなる可能性が高い。

例えばチロルの山中に、巨人が古墳になったような不思議な建造物がある。

kristallwelten.swarovski.com


この地下はクリスタルガラスで世界的に有名なスワロフスキーが持つ、クリスタル・ワールドという世界最大のフラッグシップ店舗だ。10年以上前に訪れた時でも案内者が20ヶ国語以上の主要言語に対応しており、他では全く見たことのない質と量の展示販売が行われていた。この地下に世界最大のスワロフスキー工場もあるともお聞きした。

こういう場を求めるブランドは相当に多く生まれると思われ、なおかつ、その誘致を行い、その周りをそのブランドに相応しいだけの美しく、自然とともに豊かさを持った空間にできる土地の開発が進むだろう。数十から100平方キロ米の土地に一つ、そういう場所があるだけで、全く新しい開疎な豊かさを持つ郊外の空間が生まれる。その周りには、いま世界のairbnbなどでどんどん提供が進む開疎でゆたかな居住空間も生まれてくるだろう。*6

(若干余談だが、これに関連する未来として、もう一つ大きな変化として想像されるのはluxuryブランドの未来だ。これだけ人の中に出る機会が減れば、自分の豊かさや趣味の良さをshow offする[人に顕示する]という価値を売るブランドの必要性は当然減る。50万円のカバンや時計を持つ必要性が小さくなるということだ。もっと人に寄り添い、その人それぞれの人生を豊かにするという風にリポジショニングしなければ、多くのluxuryブランドは生き残れなくなるだろう。ブランドコミュニケーションも、こういう場面には、、というアプローチで想定する場面が全く変わってくるだろう。)

フラッグシップ以外の店舗はどうなるのかと言えば、特に服や靴、アクセサリーなどは見て触って着ないと話にならないので、もちろん残ると思う。ただ、今のままでは開疎とは言い難い店舗が多いので、むしろ郊外で大きなスペースの中で行う事業者が増えるのではないかと思われる。想定する用途や場面は劇的に変化するだろう。いわゆるスーツというものがついに特別なときにしか着ない、一つのコスプレ的なものになる可能性は十分にある。紋付袴のようにだ。Jack-in的に仕事をするために着るスーツなどもはやmake senseしないからだ。

スーパーなど食品系で行われる日々の購買は、前回も議論した通り、オンライン、非接触決済に急速にシフトしていく。食品や日々の消耗品ですら重いものや店頭になかなかないものはオンラインで色々カートに突っ込んでおいてまとめて買うような時代に向かうだろう。僕が子供の頃、自分の育った北陸の田舎では、お酒やビールは近所の酒屋さんが持ってきてくれるのが当たり前で(ツケ払い)、豆腐やお魚も行商の人が毎日家の前に来てくれて買っていた。八百屋さんもものが多ければ運んでくれた。あれが半ば戻ってきて1日か2日に1回のオンデマンド化するのではないかと思う。都市部においては週1回、パルシステムなど生協的なサービスを使っている人も多いと思うが、それでは足りない部分をまるごと引き取っていくという仕組みだ。

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宮崎駿監督の名作『風の谷のナウシカ』で描かれる世界は、腐海と呼ばれる毒性の高いガスと胞子に覆われた空間と、腐海にまだ覆われていない数少ない空間に分かれ、残された数少ない人類は後者の方に住むようになっていた。今回はそこまでは行かないが、都心にいるということは、半ば、密密なリスクの高い生活をすることに他ならない。

風の谷のナウシカ [Blu-ray]

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長らく「風の谷を創る」運動論の仲間の中で言っていることだが、こうした開疎な「風の谷」的な空間を周りに十分持てない都市は価値を失う可能性が高い。都市が都市として価値を持ち続けるためにも周りに豊かな谷的な空間が必要になる。

開疎化が進めば、このような変化がいわゆる大都市圏でも地方でも起きていく。十分に開疎な空間に住んでいる、働けていると思っていない人は、徐々に開疎な空間に移るか自分たちの空間を作り直していく。住む場所としての土地の価値のヒエラルキーも、単に各地域の都心と言うよりも、開疎で自然豊かなところ、そして都心にアクセスの比較的良いところがベストという風になっていく。*7

もちろん都市の持つ極めて高い効率性、利便性、楽しさがあるためにそう簡単に事は進まない。開疎的な空間をどのように経済的にサステイナブルな空間にしていくかというのは僕らが同志でずっと検討してきている「風の谷を創る」運動論の核心の一つだ。

kaz-ataka.hatenablog.com

とはいえ、都心が持つ知的生産、消費の中心地、価値創造・演出の中心地という特性は徐々に、オフィスや生活空間の分散(開疎化)とともに弱まっていくだろう。今、様々なオフィスや大学は立入禁止に近い状態になり、遠くから眺める半ば神殿のような存在になりつつある。神殿としてのオフィスや大学はどのようにあるべきかには相当の試行錯誤が起きるだろうが、これは巨大なビジネス機会でもある。

クリーンな開疎空間から来た人が、密密な空間に入ることにはちょっとした勇気が必要になる。密密な空間から来た人は、開疎な空間に入るにあたってうまく清めることが必要になる。空間と空間のスイッチ、Jack-in/Jack-outはリアルでも起きる世界になるだろう。

到底頂いた質問に答えきっているとは言えないが、一旦、ここまでということにしたい。また余力を見て続きを書いてみようと思う。


ps. 「風の谷を創る」の同志である仲間たちの声を、これもまた仲間の一人である宇野常寛さんがまとめ、連載的に紹介していただいているものをここに紹介しておこう。どれもとても読み応えがあるので、落ち着いて読む時間があるときに一つずつ味わって読んで頂くのがおすすめだ。

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*1:これを経済的にmake senseさせるというのは一朝一夕では解決できないとても重い課題であることを、もう数年来、まさに開疎的な空間である「風の谷を創る」ための検討活動を行ってきた僕らはよく理解している

*2:詳しくは「風の谷」という希望、というエントリをご参照

*3:2,600回以上シェアされたところで、このブログの全エントリのシェア数のカウンターがゼロリセットされるトラブルがあり、その後1,300回以上シェアされている。

*4:Jack-inは東京大学/ソニーCSLの暦本純一先生の提唱するバーチャル空間に接続することを意味する概念。ここから出ることをJack-outという

*5:エアーウォッシャー的な小部屋を通るなど

*6:これは、僕がこの数年有志で検討してきた「風の谷」構想にかなり親和性が高い。もし一緒に、自分たちの土地で、あるいは自分たちのブランドで検討したいという人がいたらぜひご連絡をいただけたらと思う。

*7:なお、これは都心がシンプルにアウトだと言っているわけではない。例えば東京の居住空間の中でも豪邸が立ち並ぶ松濤、池田山、猿楽町/桜台の裏辺りなどは既に相当に開疎であり、教育レベルも高く、10-15分圏に総合病院も多い。そういう意味でそう簡単に価値は減らない、むしろ希少性のために価値がさらに上る可能性がある。