ニューロサイエンスとマーケティングの間 - Between Neuroscience and Marketing

安宅和人: 脳神経科学とマーケティングの間に棲息

DXとは何か?

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Summilux 50/1.4, RDPIII, Leica M7 @Lake District, UK


月曜日の夜、データサイエンティスト協会(以下DS協会)スキル定義委員会で「DXって何?」という話が出た。

DS協会スキル定義委員会は、これまでもデータサイエンティストのミッション、定義、求められる3つのスキルの整理(2014)に始まり、この類のものとしては恐らく世界初と思われるデータサイエンティストにもとめられるスキル要件を洗い出したスキルチェックリスト(2015 ver.1/2017 ver.2/2019 ver.3)、IPAと共同でのタスクリスト(2017 ver.1/2019 ver.2) *1、最近ではデータサイエンス100本ノック(構造化データ加工編)などを生み出してきたDS協会の中核的な委員会だ。*2 *3

このメンツから出てくる「DXって何?」というのは、当然のことながら、これが何の略なのかとかという意味の質問ではない。DXは「状態」ではなくdigital transformation という「変化」の当て字だと全員わかっているからだ。

ではこの問いが何かといえば、

  • DXはバズワード的にそこら中で使われているが経営的に本当のところ何を意味するべきなのか?
  • DXという言葉について世の中の理解は揃っているのか?
  • 関わるDS, Data professionalはDXをなんだと思うべきなのか?

という意味だ。

ここはバリバリのデータサイエンティストたちが多く集まっている場だ。彼ら、スキル定義委員の多くが、日々、DXを掲げる様々な企業に関わっている。ここからこのような問いが出るということは、その言葉がいかに雑に使われ、混乱のもとになっているかを彼らが身を持って感じているということだ。


そこで僕が、

「DXはOldエコノミーが、AI×データ化すること(次の図で右に行くこと)であり、その度合いは経団連で以前まとめたAI-ready化ガイドラインそのもの、急がないと第三種人類にリーダーの地位を奪われる」


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https://www.keidanren.or.jp/policy/2019/013_sanko.pdf

と言うと、AI-ready化についてよくご存知の皆さんはようやく納得という感じだった。Old economy側がデジタル社会に対応するために、組織やビジネスモデルなど企業を根底から変革し、AI-ready, AI-poweredになることができるかが問われているということであれば(国がわざわざ言っている意味も含め言葉の必然性が)理解できると。なお、New economy側はデータ×AI利活用をそもそもの基盤としており、常に更なる革新の圧力にさらされていることは言うまでもないが、これと混同しないことが大切だということでもある。

データ×AIによる変革が進むこの局面においては、単なる「スケール」より「未来を変えている感」が企業価値を生むために重要になる。しかしOld側の多くは、自分たちが置かれている状況の深刻さに気づいていないケースが多い。このままでは今までライバルとすら思っていなかった新興プレーヤーに急激にリーダーの地位を奪われ、disruptされる。今すぐDXに舵を切らなければ、生き残っていけない。オールドエコノミーにとっては、まさに「change or die」という局面だ。Old側は、粛々とDXを進めていくしかない。スピードが足りなければ新しい血をメインに新部隊を作る必要もある。

なお、今月頭にテスラがトヨタを追い抜き世界一の企業価値を持つ自動車メーカーになったことは御存知の通り。7/21段階で世界の企業価値ランキングはテスラ15位、トヨタ36位だ。

www.cnbc.com

3年前に販売台数ではトヨタと同規模のGM企業価値を、当時100分の1の台数も売っていないテスラが抜き去り全米一の価値を持つ自動車メーカーになったときから予期されていたことではあるが、なんとも鮮やかであり、日本人としては唇を噛みしめるばかりだ。たとえ販売規模が小さくとも、テスラの向こうには「モビリティと持続可能なエネルギー社会の未来」が見えるということだ。

markets.businessinsider.com

「AI-readyとは何か?」については拙著『シン・ニホン』第二章で詳述したが、馴染みのない方は以前内閣府で投げ込ませていただいたリンク先の資料をご参照頂き、上の四象限では到底表現できていない部分が大量にあるので、腱反射のような反応は避けて頂ければと思う。

安宅和人「“AI ready”とは何か?(試案)」内閣府 人間中心のAI社会原則検討会議 (2018.6.1)
https://www8.cao.go.jp/cstp/tyousakai/humanai/2kai/siryo3-3.pdf


ちなみに、上のチャートは、産業や企業がハード系のアセットを主として持つものとデータ×AI系のアセットを持つものに大きく二分されるというものだ。詳しくはハーバード・ビジネス・レビュー 2015年11月号に寄稿した拙稿をご覧頂ければとおもうが、簡単に言えば、

  • Old economy : モノ・カネというリアル空間系のアセットを主とした事業
  • New economy : データ・AIというサイバー空間系のアセットを主とした事業
  • 未開領域 : リアル空間とサイバー空間の両方の特性を持つ領域

だ。現存する企業のほとんどはOld economyに属している一方(行政システムも同様)、Alphabet、Facebook、Tencentなど、ハードに極度に依存せず、インターネット、スマホのうえでさまざまな新規の価値を生み出している企業はほぼNew economy側だ。

New側は、今まで以上にデジタル技術を高めていくと同時に、世界的なインターネット人口の飽和、伸び悩みに伴い「“リアル”をさらに取り込み、融合しなければならない」という圧力が高まっている。上のマトリックス的には右下から右上に向かうベクトルになる。

5年前に「未開領域」とした広がりには世界の刷新を図ろうとする「第三種人類」というべきプレーヤーが続々と現れてきている。TeslaKiva Systems(現Amazon Robotics)に代表される「AI化された機械」系と、AirbnbUberなど「シェリングエコノミー」系(シェア系)の2類型が今のところ目立つが、更にいろいろな形態の企業が現れてくるだろう。

www.tesla.com
www.amazonrobotics.com

サイバー空間とリアル空間両方で相当のプレゼンスを持つようになったAppleMicrosoftAmazon、Alibabaの「ハードxSWxデータPF」系も右下から上がり今やここ(元々未開領域であった場所に現れた企業)に入るのではないかと思う。これらの会社が企業価値のトップを争っていることにはそれなりに意味がある。

新型コロナの影響を強く受けたのがモノや空間の使い回しを行うシェア系であり、新型コロナウイルス接触感染リスクが懸念され、モノを誰かとシェアする行為をビジネスの主軸としている企業の業績は、著しく低下しているのが現状。とはいえ、「何かをシェアする」という考え方そのものが死に絶えたわけではなく、近いうちに、「ニュー・シェアリング」ともいうべきビジネスが登場すると考えられる。

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実はこの「AI-ready化ガイドライン」の原案づくりは「AI-ready」という言葉の言い出しっぺである僕が担当した。我々、検討チームの見立てでは、発表段階(昨年2月)では経団連企業ですら大半がレベル1という状況で、実際そのように発表された。今はせめてレベル2企業が何割かになってて欲しいのだが、、。


こういう事を言うと

アメリカのオールドエコノミー企業はai-ready3-5に移行できているのでしょうか?1でとどまっているのは日本の特徴ですか?

という質問を頂くことがある。

これについては例えば次のリンク先にある企業価値ランキングから明らかな通り、向こうではOld側といえども動きの速い企業が散見され*4、それ以上にNew economy側からの刷新が激しいと言える。Old economy側はあくまで防御側だ。実際、AI-ready化に必要な内製を行うサイエンス(統計数理/情報科学)、エンジニアリングリソースがない上、レガシー的なアセット*5が足かせになることが多く、DXでレベル3〜4以上に行くことは稀だ。旅行業界を例に取ればdisrupter側であるExpediaが全米1になったのは10年以上前、今はtripadvisor/kayakなどが更に刷新。ドイツに行って最もいけているスタートアップを聞けばN26というオンライン銀行がきっと最初のいくつかに入ってくる。TeslaがGMVWToyotaを抜いただけではない。

www.dogsofthedow.com

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古くからの大企業と霞が関の方々の多くに伝わっていない、あるいは理解されていないのは、アメリカが誇った数多くのかつての革新的な大企業、IBMXeroxDell、DuPont、KodakGMなどからNew economy、第三種人類が生まれてきたわけではない、ということだ。古くからの大企業は原則Old側であり、新しく生まれてくる側のスポンサーになるか、もしくは、刷新、淘汰の波にさらされる側にある。言い換えれば、DXはOld側各社にとって概ね必要条件ではあるが、社会全体がイケている状態になるための十分条件ではない。

以上を踏まえると、Old economy側が刷新する必要性を感じないで済む事業環境、即ち未来を仕掛け、刷新する側がガンガン生まれていない状況、というのが日本の現状であり、明白な伸びしろだ。深いドメイン知識を持つ人が仕掛ければ変わっていく部分、大きな富を形成しうる余地が巨大だ。

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今の25歳以下の方々から見たら想像がつかないかもしれないが、30年前、経団連の幹部には、ソニーを生み出した盛田昭夫さん、チェーンストアという概念を持ち込み、小売を大きく革新した中内功さん、など錚々たるスタートアップの創業者たちが何人もいた。ホンダやトヨタ自動車の創業者、最初期を知る方々の多くもご健在だった。

僕らが真に仕掛けるべき未来はDXだけではなく、第三種人類的な世界の構築に大きく広がっている。社内ベンチャーでもいい、準備の内職後に飛び出して頂いてもいい、ぜひ、Old economy側でドメイン知識を吸収しつつも、果敢に挑戦してくださる人が一人でも多く現れてくれればと思う。

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ps. 4月頭に本ブログでまとめ、発信した通り、withコロナ状況では「開放×疎=開疎化」「人は動かないがモノがガンガン動く社会になる」というトレンドが強く働く。この中においては当然、勤務、直接のやり取り、価値移動の非接触化(リモートワーク含む)が進む。これらがDXの大きな後押しになっていることは間違いない。ただ、これだけではダメなことも自明。結局、AI-ready化が必要ということになるだろう。

kaz-ataka.hatenablog.com

*1:機械学習時代に即したスキルチェックリストのver.2、深層学習時代に即したスキルチェックリスト ver.3/タスクリスト ver.2

*2:2015年春に、座長の北川源四郎 情報・システム研究機構長のもとで、この国のビッグデータ専門人材育成検討が始まった際には、10人ぐらいの委員のうち、協会顧問の樋口知之統計数理研究所(統数研)所長(現 中央大教授)、協会理事の丸山宏 統数研副所長(現PFN CSO)、僕とDS協会から3人加わり、中核的な投げ込みをした。リテラシー層、専門層、リーダー層の三層の人材育成モデルが必要であること、大学に進学するような人は理文、専門を問わずリテラシーレベルの数理データ素養が必要であること、専門層とリーダー層の間ぐらいにある「棟梁レベル」(DS協会スキル定義委員会の言葉)の強化が最も必要だということもここで決まった。ここで1,000億単位のリーダー層育成検討を行うべきだという話を強く投げ込んだことが、この後の人工知能技術戦略会議(年間100億×10年)の設立につながった。現在のAI戦略会議である。この時、我々の言っていることがこれまでの統計数理的な教育、計算機科学の教育と何が違うのか文科省の方々にわかってもらうことに大変苦労したが、その時、文科省側の人達に言われたのは、このDS協会での事前検討がなければこの検討は、劇的に難航し、大幅に遅れただろうということだった。

*3:全国の全800大学に入ることになった数理・データサイエンス・AI素養のモデルカリキュラムやその認定制度設計も相当深く支援している。

*4:今回のCOVID19用のワクチン開発がそうであるように、bioinformaticsを酷使したヘルスケア企業など典型的

*5:歴史ある金融機関を例に取れば、超一流立地の支店網、比較的高給である支店長ほかミドルマネジメントの数の多さ、千億単位で刷新費用がかかる基幹系システムなど