つなぐ道とつながる道、逆土木

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Onomichi, Hiroshima, Japan
Leica M(typ240), Summilux 1.4/50 ASPH, RAW

先日、国交省/日本みち研究所の松田和香さんに受けたインタビューの後編です。本日 9/15付の「日刊建設工業新聞」(日本中の土木のプロが読まれる専門新聞)での特別提言記事を許諾の上、転載させて頂いています。前編については以下をご参照。

kaz-ataka.hatenablog.com

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(松田)
著書『シン・ニホン AI×データ時代における日本の再生と人材育成』では、「風の谷を創る」プロジェクトの話の中で道の話が出てきます。道についてはどのような思いがおありですか。

(安宅)
道は、前提として空間を二つに割る必要があると思います。一つは都市人口密度が1平方キロ当たり数千人以上の規模で、インフラ投資してもペイできる空間を『都市』とすると、残りの大多数の土地である『疎空間』にある道はペイしません。この疎空間の道をどう考えるかが大事です。われわれ*1の見解では(谷的な空間における)『道』には集落と集落、あるいは街と街を『つなぐ道』、空間の中で家や建物に『つながる道』という2種類があります。これらは根本的に役割の違うもので、つながる道はわだちが沈まない程度の『柔らかい道』が望ましいと思います。硬い道は谷の豊かさを生み出す動植物にとっては迷惑な上、メンテコストが極めて高いからです。

今は谷的な疎空間も硬い道だらけなので一度ほぐす必要があります。まさに『ほぐす土木』の開発が必要です。今後、建設業の労働人口が減少し現在の340万人から半減、4割ぐらいになったら、道をメンテナンスしきれずに非常に巨大な空間を捨てることになるでしょう。捨てたくなかったら、もっとロースペックでメンテナブルな道をつくるべきです。『谷』内の『つながる道』は、メンテキットのようなものを配って住民が手入れできるようにするなど、これまでとは根本的に思想を変える必要があるでしょう。


(松田) 日本は地震や台風等の災害が多く、最近は多頻度、激甚な傾向にあり、国土強靱化に向けた道づくりも進められています。

(安宅)
環境省では2100年には風速90㍍台の台風がくると予測しています。しかもその数値はアグレッシブシナリオではなく、温暖化が(IPCC*2勧告レベルで)抑えられたとしても風速70㍍級の台風が恒常化するという予測です。風速70㍍は満載のトラックが倒れるレベルです。風速90㍍となると多くの家が倒れます。今後30~50年の間に道と街は全部造り直さなければならないというのが、われわれが向かっている未来で、その対策を考えるのが国や自治体の仕事です。200兆円規模の被害が、事前メンテナンスによって20兆~30兆円に抑えられるなら、やった方がいいでしょう。都市部、特に東京は『つぶれたら日本が崩壊する』という理由で直すでしょう。けれどもそれ以外のところは放置される可能性が大きいです。そこに少なくとも風速70㍍級に耐えうる空間や建物を造ることが重要だと考えます。


(松田)
 この6月、社会資本整備審議会道路分科会基本政策部会が「2040年、道路の景色が変わる-幸せにつながる道路-」という提言を行いました。道路政策を通じて実現を目指す社会像を書いたものですが、将来の道の姿について何かお考えがあれば。

(安宅)
既に年間3200人とかつての5分の1以下まで減った交通事故死者数をゼロにするには、人間の知覚能力を超える能力が求められます。それならば人と車は分離するのが一番です。人と車が混ざる道にはあらゆるところにセンサーを埋め込んでおく。そうすればセンシング情報を車や道そのものに送り込んで共有し、例えば事前にアラートして車を制御できるのでトラブルは減ります。ただそれをやるくらいなら、車が多少迂回(うかい)してでも人と徹底分離した方が、低コストなのではとも思います。いずれにせよ日本の道路は狭く、人と車が入り交じっているのがデメリットです。AI-readyになっていない。ちなみにセンシングは人が多くて飛び出してくる可能性が高い空間で有効ですが、疎空間でもメンテで活用すべきです。


(松田) 最後に建設業界にエールをお願いします。

(安宅)
これまで述べてきたように向こう30~50年、土木業界には想像を絶する需要がくると想像しています。大変なことだと思うけれど、皆さんの向こうに未来があるので頑張っていただきたいし、イノベーションを起こす重要な局面だと思います。ただ今のままでは、国も自治体もこんなに巨額な金は払えない。だから知恵を出す必要があります。皆さまへの期待と依存度は高まる一方です。それから『ほぐす土木』、僕らは『逆土木』とも言っていますが、そういう話に興味がある人がいたら紹介してください。


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(参考資料)

環境省による2100年のシミュレーション動画。一度は見ておくことをオススメ。作った方に直接お聞きしたところ、もっと強烈なシナリオも十分あり得るとのことです。
ondankataisaku.env.go.jp


2013年自然災害リスクの高い都市ランキング世界第一位となった東京・横浜地区の抱えるリスクを、東京都屈指の土木の専門家、土屋信行氏が簡潔かつ端的にまとめた一冊。

首都水没 (文春新書)

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日本を代表する防災・減災・危機管理の研究者である河田先生(京大名誉教授/人と防災未来センター長)による一冊

日本水没 (朝日新書)

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  • 作者:河田惠昭
  • 発売日: 2016/07/13
  • メディア: 新書


Society5.0の前提としてのAI-readyについては経団連検討のこちらを
www.keidanren.or.jp


「AI-readyとは何か」について経団連の前に内閣府 人間中心のAI社会原則検討会議(第2回)にて投げ込んだときの資料へのリンクはこちら



初出:2020年9月15日 日刊建設工業新聞 
記事pdfはこちら(9/15夕方現在、前編までしか掲載されていません。)

*1:一般社団法人 残すに値する未来/「風の谷を創る」運動論のコアメンバー

*2:Intergovernmental Panel on Climate Change/国連気候変動に関する政府間パネル