電魂物才ではなく物魂電才

長らく第三勢力の時代が来ると話をしてきた。

きっかけは2015年、経済産業省経産省)の産業構造審議会産構審)新産業構造部会、この今、来ようとしている時代についての意味合いを理解し、国として必要な取り組みや対応を考えるという場に呼ばれたことだった。

審議会の面々はかなり錚錚たるもので、その後、経団連の会長になられる日立中西さん、副会長になられるDeNA南場さん、フューチャー金丸さん、IGPIの冨山和彦さん、みずほFG佐藤さん、DLの驚異をいち早くアラートを出してきた東大 松尾豊さん、日テレ 宮島香澄さん、慶應経済 土居丈朗さん、CANVAS 石戸奈々子さんなどなど。今から考えれば恐ろしく濃い面々の会議だった。座長は東大 伊藤元重さん。ちなみにここにある回、スペシャルゲストとしてお越しいただいたソニーCSL北野宏明さん(現 Sony CTO) の本審議会での投げ込みからムーンショット構想もはじまった。

この7年前の秋、僕から投げ込ませていただいた基本的なパースペクティブ(世界観)は、データとAIの力によってあらゆる産業が変わってしまう。多くのものがつながるだけでなく、とりわけ情報の識別系、予測系、画像生成・ピッキングも含めた実行系はことごとく自動化し、スケーラブルに変わる。これにともなって再度人間の生産性は飛躍する。またこの技術革新期に入ったことに加え、人口は既に調整局面に入っており、事業のスケールよりも、希望を持てる未来に対する革新の有無が富、特に現在の富の生成の中心をなす企業価値、の源泉になる、という話だった。もちろん前年に出たピケティのいうr>g、すなわち資本の成長は通常の経済規模の成長を超えるという話の強烈な版だ。今となっては常識的なことばかり(?)に思うが、データやAI的なものに馴染みのない大半の産業サイドの方々には価値を感じていただき、なんどか追加で副大臣などへのご説明も行った。

あの時、この変化の背景にあるのは、多様なインターネットサービスやIoT機器から生み出される大量のログデータ、このリアルタイムな利活用を可能にする圧倒的な計算機と帯域(20年で4桁増)、そして機械学習、そして当時実際に動くサービスとして出てきたばかりの深層学習などアルゴリズム、大量データ処理、大量データ可視化技術など情報科学の急激な進化だということもお話した。

ちなみに、深層学習(deep learning: DL)が目覚ましい成果を出し、それまで機械学習を酷使してきたごく一部の業界的にこれは本物なのかとちょっとした騒ぎになったのが前年の2014年。この投込みをした数ヶ月前(2015年の5月)に出たGoogle Photoが、世界で最初のラージスケールのDL実装例だったのは今となってはhistoryといえる。

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(参考)同年に注目は集めるが、何が何だか分からない状態になっている人工知能についての特集号がハーバードビジネスレビュー岩佐文夫編集長(当時)の元で組まれ、そこになけなしの時間を投下して投げ込ませて頂いた拙稿。当時、識者の中で話題になり、この辺りの議論に一定の方向性を生み出したのでご存知の方もいるかもしれない。ここで行った知性の軸を用いた人間とキカイ(AI)の比較は今も思い入れ深い。

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この見立てを踏まえれば、産業はハードな技術やアセットを中心としたOld economyと、サイバーな技術やアセットを中心としたNew economyに2015年現在分かれているが、次の流れも明らかに思うという話もした。多くの人はGAFA*1などのNew economyサイドの躍進に目を奪われているかもしれないが、リアルとサイバー両方の強みを持つ未開領域に、第三種人類、第三勢力が一気に現れ、これらが世の中を刷新、席巻していくだろう、そここそが本当の主戦場であり、ここで勝負できるかどうかが僕ら日本の産業の未来を決めるのではないかと。

実際、GAFAを追い抜く企業などそう簡単に現れないと多くの人は思っていたが、今になってmarket cap(企業価値)ランキングを見れば、その一角に当たり前のようにサイバーな強みでリアルを革新するTESLAが入り、現在、企業価値100兆円前後という目を瞠る規模になっている*2

この時、第三勢力の現れ方には3通りあるという話もした。既存のハード的なアセットを生かしてOld economyの左上側から行く、サイバー的な強みを生かしてNew economyの右下から行く、はじめから新しい発想で立ち上げるという形がある、、今のところ、第3パターンが中心に見えるが、Old側からもNew側からも現れてくるだろう、と。拙著シンニホンでも書いたとおりデータ×AIの視点で言えば、画像認識などの入り口側と逆に、多くの出口的な産業を持つ日本の強みが生きるだろうということでもあった。

このいわば産業マトリックスは、登場当初よりそれなりに愛され、先日惜しくも逝去されたQuantum Leap(元SONY CEO)出井伸之さんにも「atakaさん、これだよ」と言っていただいていたりした。

ちなみに、2017年の春、世界の3大自動車メーカーグループ(GMトヨタVW)の一つ、GM(General Motors)がテスラに企業価値で並ばれるという歴史的なタイミングがあった。このときのトレンドから、日本の企業価値トップであり、クルマメーカーとしては世界最大の企業価値を持ち(当時)、そして僕らの誇るトヨタも早ければあと数年で抜かれてもおかしくない、と当時講演を行うたびに言っていたのだが、空気感としてはそれは流石にどうかなという感じだった。しかし、実際には、電池の供給問題やイーロンの問題発言などで少し遅れたが、トヨタはテスラに2020年7月1日に企業価値で並ばれ、いまはもう四倍の差があることは株式市場に詳しい人、資産運用に熱い方ならよくご存知だろう。

安宅和人「シン・ニホン」(NewsPicks 2020)図1-9より


販売台数は三大メーカーとは当時100倍以上違っていたのでいくらなんでもそれはないだろうと多くの人が思っていたのだ。僕はこれは産業革新期に特有の刷新性が企業価値に現れる話なんだ、富を生む方程式が変わったのだ、同じ話があらゆる産業で起こる、という話を、当時様々なところでお話したのだが、どれだけの人が真に受けたのかというのは現在の日本の企業のパフォーマンスを見れば明らかだろう。結局お勉強しかしなくて、やるべきことをやらなかったのだ。

ちなみに、以前も拙ブログ内でまとめたがいわゆるDX(digital transformation)というのはOld economyサイドの企業が、サイバー的な企業に生まれ変わることをいう。

kaz-ataka.hatenablog.com

極限的には、第三勢力的な企業に生まれ変わらないといけない。その後、経団連の中西会長下でSociety5.0、またAI戦略の中で北野宏明座長の元取りまとめられた、AI-ready化の最高レベル、、AI-Poweredな企業がまさに第三勢力そのものになる。

(参考リンク)
経団連 Society 5.0 -ともに創造する未来-(2018年11月13日)
経団連 AI活用戦略 ~AI-Readyな社会の実現に向けて~ (2019年2月19日)
経団連 AI-ready化ガイドライン

この「第三勢力」とはなにか、とよく聞かれてきたが、具体的にはいま世界のトップエンジニアリングスクール(MIT, Berkeley, Stanfordなど)を出る学生の人気企業トップであるTesla、SpaceXはもちろん、UberAirbnbKiva systems(現 amazon robotics)、テスラに続きEVトップを伺うBYD、ドローン最大手DJI、Huaweiなどがガチでそこに該当する。SpaceXの誇るStarlink、、すなわち衛星通信網が通信グリッドのない世界においても携帯電話を支える技術、、がロシアの軍事侵攻を受けたウクライナの多く方々を救ったことは記憶に新しいだろう。

もともとはBlockbusterという米国最大のレンタルビデオ会社*3のアタッカー企業として現れたNetflixも第三勢力と言って差し支えないだろう。YouTubeTikTok (ByteDance)、Amazon primeとならび、彼らはTV(局と配信網)の要らない世界を生み出しつつある。ちなみに北米カナダにおいてTVの広告収入をインターネット側が追い抜いたのは2013年*4GoogleFacebook単独でも全世界レベルで2020年にTVを広告収入で追い抜いている*5。なお、この新動画PFの中の進化圧のかかった競争も熾烈であり、Googleのメディア面の主力であるYouTubeのその広告収入は1-2年のうちにTikTokに抜かれる予測が出始めている。

そして、Alibaba、Tencentは劇的にリアルの生活を支える生活ポータル化を進めていることは業界の方々ならご存知のとおりだ。Alipay、WeChat wallet、またBaidu mapなどの作り込んできたそれらは5年前の2017年段階バージョンのものでも、Chinaの外の世界(日本を含む)はサービスとして追いついているか微妙だ。Alibabaの社内研究機関であるDAO academyの発表を世界の業界人は固唾を飲んでこの数年見守っている。New economyサイドからも第三勢力が現れるだろうと想定していたとおりといえる。

この影でもう一つ明らかになってきたトレンドがある。それは環境負荷をいかに下げ、いかにsustainability、人類と地球の持続可能性を高める未来に貢献できるのか、という視点だ。単なるデジタルは意味がない、それをテコにどれだけESG (environment, sustainability, and governance) 的な価値を生み出すかということだ。岸田首相の掲げられている新しい資本主義の核心は恐らくここであるべきだろう。環境負荷を下げる経済成長」、、これこそが新しい資本主義の核心であるべきだということだ。以前、テスラの社外取締役である水野弘道氏とまとめた図をここに掲げておきたい。

これらのトレンドを認識した上で、一方、冷静に考えてみると、iPod以降のアップルは完全に第三勢力といえる。「ユーザUI/UXも含めたプラットフォーム(PF)と莫大なdigital contents」のないスマートフォンiPhoneの発明)はただの黒い板だ。またアップルの端末のアルミはすべてアルコアと開発したCO2を排出しない製法で作られていることはあまり知られていない大切な事実だ。なお日本国のCO2排出の1割以上が「製鉄」というアルミ製錬と同じく、鉱物資源の利用に伴い、地下から持ち込まれたカーボン由来であることを付記しておく。

Apple Watchを使っている人なら、これがこれまでの時計とは似ても似つかぬものであること、スマホの利用のかなりの部分を置き換えるものであること、スマホに出来ない数多くの有り難い機能を持つことを日々認識している。このキカイは好きなだけデザインが即座に変えられるのは当然の上、当たり前のように電話がとれ、LINEやpaypayも使え、FB messengerも読める。脈拍はおろか、心電図や血中酸素濃度もわかり、異常な時はアラートを出し、すでに僕の友人数名を含む数多くの人の命を救っている。代わりに水深50メートル防水などはなく、普通は毎日充電が必要、時計合わせもソフトウェアというか通信に依存という、従来型の時計のreplacementとは全く違うものだ*6

このApple WatchやTeslaを使っていて感じるのは、新しいハードとしての作り込みの重要性だ。ノブやスイッチはできるだけ少なく、なめらかで、引っ掛かりのない、そして安定的で、落ちにくく、いざとなった時に簡単に修繕が可能だということが重要だということがわかる。これをAppleApple careでサービスケアするだけでなく、ハードサイドで徹底的に作り込んできている。テスラもかなり大きな独自のチップを2枚積み込み、どちらが落ちても常にランし続け、更に運転手の運転と自分たちの自動走行アルゴリズムを突き合わせ、学習を双方の石(半導体チップ)で続けているという。

この数年間、第三勢力が顕在化する中で、オールドエコノミーサイドに立つ企業がどうやって立ち向かっていったらいいのかという質問を随分と受けてきた。

長年ストラテジストとして生きてきた立場からするとDXでは間に合わない。はじめから第三勢力的な事業、事業体を作り、それらが成長したら飛び移る必要がある、DXより移住、と随分言い続けてきた。AI-ready化という言葉を生み出した自分が言うのもつらいのだが、正直なところだ。かつて豊田自動織機トヨタ自動車を作り、古河電工ジーメンス富士電機を、また富士電機富士通を作ったのと同じ話だ。それは既存Old economyのトップであるトヨタですら上述のような状態であることを見ればほぼ明らかに思うのだが、多くの企業や省庁、行政機関に伝わっているのかというと甚だ心配だ。現在のモデルで稼げるだけ稼ぎ、その利益をすべて新しいデジタル×低環境負荷の方向に振り込むべきなのだ。

また、第三勢力はサイバーマインドを持ったリアル、という意味で「電魂物才」という言葉を随分使ってきた。が、上の実際に起きてきたことを考えると、今の勝ち筋はどうも逆だなと思うに至った。実際、上述の第三勢力は電魂物才的な企業が多いが、この戦いにはどうしてもリアルな危なっかしさがついてまわる。リアルの使い込みからくる手触り感の磨き込みもどうしてもちょっと偏ったものになる。

オールドエコノミー、とりわけ日本のオールドエコノミーに必要なのは「物魂電才」なのではないだろうか。モノとリアルな世界の価値を大切にし、これをまったく新しいデジタル×ESG的な才覚で価値創造する、これが物魂電才だ。これをもとにもう一度考えると、多くの希望が意外と現れるのではないだろうか。日本は和魂洋才を掲げ、サイバー化する前の産業革命の最後の果実をもぎ取った国だ。いまの僕らにとっての和魂があるとするならば、それはきっとモノ、リアルに対する圧倒的な執着のように思う。これを宝にしつつも、新しい世界をいかに生み出していくか、それがいま問われていると思うのはきっと気のせいではないだろう。

*1:当時人口に膾炙し始めてそれほど間もない言葉だった

*2:2022.10頭現在、世界の企業価値第6位

*3:1997-2001の東海岸留学時代大変お世話になった

*4:https://www.iabcanada.com/iab-canada-releases-2016-17-internet-advertising-revenue-report/

*5:Google and Facebook ad revenue to top TV spend for first time | TechRadar

*6:これからしたたかに学び、サイバーの権化のようなGoogleも気がついたらスマホのみならずGoogle Home, Chromecast、Buds、Watchを含む第三勢力化している