ニューロサイエンスとマーケティングの間 - Between Neuroscience and Marketing

安宅和人: 脳神経科学とマーケティングの間に棲息

日米の人材育成の考え方の違いに見えるもの


Leica M7, 35mm Biogon F2 @Las Vegas


前エントリのコメントで頂いた、


「この記事で書かれていることは、日系企業外資系企業(特に米系?)における人材育成の姿勢の違いにも通じるような気もしますが、どう思われますか?」(wackyhopeさん)


のご質問について、ちょっと考えてみたい。


結論から言うと、キャリアパスというか育て方、あるいは必要なスキルレベル、その要件の明快さの有無という意味では、僕はwackyhopeさんのおっしゃる通りだと思います。僕のこれまでの限られた(といってもそれなりに長く多様な)組織マネジメントの観察、および実際の仕事の経験でも、ここは日本と欧米の有力企業間であり得ないほど違うと感じる部分です。日本は「ゼネラリスト」とかという曖昧な言葉のもとに、正直かなり適当にやっている企業が多いと思います。だから人事部が必要になる。


人事部が不要?、エ”ッと、これは驚かれるかもしれませんが、多くの有力外資は、いわゆる人事部というような採用も、教育も、福利厚生にも、人員配置にまで単一で強大な権限を持つ組織を必要としていません。HR(Human Relation:ヒト周り)の組織は多くの場合、遥かに軽く、なおかつ本業、事業のサポートスタッフとということを良く分かって行動しています。選ぶのも、育てるのもHRは関わりますが、HRが独占するような仕事ではない。それは組織全員のロール、役割であり、そのための仕組みを経営の方針に合わせ、多少整備したり、まわす人にすぎない。



以上は、なかなか深遠な部分で、どこまでシステムとして言語化して考える力があるか、人に任せず仕組み化するか、ということの違いに結構よるのではないかと僕としては思っています。そしてこれが恐らく、読者諸兄姉のご察しの通り、ある種の国力の差になっていると僕は思います。

翻って日本の組織の強さは人による目配りとつなぎの良さだと思います。トヨタのように人でつなぐことを、すべての局面で全面にやれるのなら良いですが、人の育成も含めそれは普通はかなり困難。ちなみに、そのトヨタすら、最近は海外展開が広がった結果、兵站が切れそうといってかなり強い危機意識を持っています。(これは、時たま経営陣が、ぼそっとインタビュー記事などで語る、知る人ぞ知る事実です。)

ということで、この辺のシステム思考の欠落(あるいは不得手)は僕は日本の国家的に広がった課題のような気がします。


大学院の話と同じで系(システム)の問題なのに、人をただ入れたりすれば解決するとつい思ってしまう。でもそんな話では全然ない。実際には、

  • 組織において何を大切にするのか、
  • それをどんな仕組みで担保するのか、
  • それをどういう分にまわしていくのか、
  • 仕組みではまわしきれない部分をどうやって動かすのか、

などという基本的なハコではない組織設計をちゃんとしていかないといけない。読者諸兄姉もお感じになっている通り、組織は戦略(すなわち目指すところ、目指すプライオリティ、勝つ道筋)に従うものであって、逆などワークしないのですから。:)


このエントリを読まれている人は、おそらく理系な人が主で、あまり組織とかマネジメントについてはなじみのない人が多いかもと思いますが、実は、組織というのはいわゆる組織図に見えるようなハコの部分はそれほど大切ではありません。大半のケースで、そこに書ききれない部分こそが組織設計、組織デザインの要です。


例えば、前の大学院についてのエントリで、「欧米で学位を取ったはずの教授がいるけれど、そういう風にやっていない、、、」的なブクマコメントを確か拝見しました。でも、それはそういう系設計(システムデザイン)の視点から見ると至極当然です。前エントリで書いたような、アメリカの主要大学ではプログラムがそう回っているだけなのです。そのプログラムにおいて、各ファカルティが自分のロールを果たしている、ただそれだけなのですから。


従って、日本にそういう経歴の先生が一人や二人来たぐらいで変わる訳もなく、またそのファカルティは当然日本のシステムの一部になりますから、自動的に仕組みというより「人」でつないで運用するしかない組織に染まってしまう。

その人は、専門研究領域に関しては明らかにプロですが、組織変革とか組織に関する問題解決の専門家ではないので,組織設計とは何か、という基本的なことも当然全く分からない。『組織』『変革』については素人ですから、当然、おかしいと思っても手の打ちようがない。どこから着手したら良いのかも分からない。

結果、その先生は、無意味なほど多い擦り合わせ系のミーティングの合間に、ラボに戻って来たときぐらいは、何かちゃんと自分のラボの連中にだけでも教えたい、せいぜいそう思うぐらいしか出来ないのではないかと思います。逆にアメリカの主たるresearch universityにいけば、どんな仕組みの国からやって来ても、それなりにちゃんとファカルティとしてワークするというのは同じ話とも言えます。


また仕組みを入れたときの運用がものすごく日本人は下手というのも課題です。ハコとハコをリードする人にばかり目が行き、往々にして組織設計の魂が入っていないから(偉大な創業者がいる場合は例外)、杓子定規に運用することばかりが前面に出てしまう。そして非効率とか無理とかひずみが生じてしまう。かたや国を越えて現地採用のマネジメントの育成も含めて成長しているような企業は、とてもこの型作りがうまい(註:このレベルまで出来ている企業は、欧米系といえども少ないです)。


ということで、ご指摘の通り、単にサイエンスの世界の話ではない、むしろ国家的な癖の問題ではないかと僕は思うのです。ちょっとなかなかあまり明らかに語られないことですが、まあここまで踏み込んだ話題もたまには良いかなと。(とはいうものの、何だか最近,シリアスかつ難しい話題が妙に多くなって来たので,次はもう少しくだらないことでも書きます。笑)


いかがでしょうか?

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