逆のスケーラビリティ


Parco delle Madonie, Sicily, Italy (September 2023)
1:1.4/35 Summilux ASPH, Leica M10P, RAW


先日書いたエントリで触れた人類がグローバルに抱える大きな2つの課題のうちの一つ、「人口調整局面のしのぎ方」についてもう少し考察してみよう。まずは先般のエントリ*1から一部抜粋する。

この人口調整局面ではかなりの深刻な問題が大量に噴出する。それは例えば、会社がほしいと思った人の数が取れないということから始まり、僕が「風の谷検討」でよく見ている疎空間であれば、郵便局や役所のような基本機能すら人がいなくて維持できなくなるという問題でもある。もっと深刻には、道や橋梁だとか上下水道、食料供給の要である灌漑網、電力網、ゴミ収集と処理のような社会の基盤をなすインフラがこれまでのようには維持できなくなるということであり、あまりまくる家だとかビルの廃屋の処分すらやる余力がなくなるということでもある。森も荒れ果て、田畑も荒れる。既存の生産年齢人口の生み出す余剰で回すことを前提としているヘルスケアシステムや年金機構も回らなくなる。

これをどのように少しの人口で回せるようにするか、この過剰インフラ問題をどのように解決するかが極めて深刻な課題として全世界的に噴出する。それが先程のべた地球との共存問題が深刻化する中で起きる。これについての答えを誰が出せるかが大きな課題であり、これもまさにレジリエンス問題であると言える。


現代社会は、人口増加と経済成長を前提としたシステムのもとで発展してきた。そこでは、ビジネスやさまざまなプロセスが成長や変化に対応して拡大や縮小(ほとんどの場合「拡大」)を効率的に行えることが求められ、その力があることを僕らはスケーラブル(scalable*2)と言ってきた。このスケーラブルな性質や度合いをスケーラビリティ(scalability)という。

これらはビジネスやソフトウェアが新しい要求や増加する利用者数に対応できるかどうかを示す考え方、指標であり「このアプリはスケーラブルで、ユーザ数が10倍、100倍に増えても性能が落ちない」「この物流センターのスケーラビリティは高く、現在の一桁増のスループットまで増設が容易に可能」という風に使われる。

この二つの言葉は技術的、施設的な文脈だけでなく、ビジネスモデルや組織の成長戦略においても使われる。例えば、スタートアップが急激に成長する中、その事業がスケーラブルである、つまり拡大に適しているかどうかを語ったりする。やたらうまいラーメン屋さんがいて、2店舗目、3店舗目まではコアなスタッフを店長として送り込み、なんとか味を保てても、5店舗ぐらいになると味もサービスもガタ落ちしてしまうというようなことがあれば、それはスケーラブルではなかったということになる。

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中国を含む主要国を起点に、インドも含め、全世界的に長期的に進むと見受けられる「人口調整局面」(詳しくは上述のエントリを参照)において起きるのは、真逆の問題だ。もちろんペストが蔓延した14世紀欧州の主要都市のように数年で2/3 ~ 1/2という規模まで落ち込むわけではないが、これまで規模拡大を前提として投資や資金の拠出が行われてきたことを考えると、かなり異質な変化と言える。

職業柄*3、インターネット/メディア分野はもちろん、飲料、食品、半導体、IT、通信、流通、機械、商社、金融、医療、教育、建設など随分と多様な分野の、そして随分と多くの企業のトップマネジメントと接してきたが「成長はすべての痛みを癒す」という言葉を何度となく聞いてきた。実際、成長の過程で理由のわからない問題の多くは消えはしないが、別の新しい成長課題に発展的に置き換わることが多い。

大量に土地を買うわけでもないIT(ハードとソフト)側はそんなに大変じゃないのではと思われるかもだが、金融機関のオンラインシステム更新を見れば分かる通り、レガシー的なシステムの刷新は重い。初めから作り直すほうが遥かに軽いケースが大半だ。*4 これらの投資は規模縮小局面下で行うことは相当に厳しい。

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ではどうしたらいいのか。ここで求められるのが、縮小する環境に適応し、効率的に機能を維持する、いわば「逆のスケーラビリティ」というべき能力だ。これは、単に縮小するだけでなく、質の高いサービスを持続可能な形で提供し続けることを意味する。なお、元ブログの脚注に書いた通り、経済成長が止まると社会の安定的な維持力が失われる。とりわけ日本の場合、財政課題が大きいため、高付加価値化も含め、経済規模は維持できることは持続可能性の必須条件と言える*5

また、企業の場合と社会インフラを担う公共サービスの場合は大きく違う部分もあるが、働く人(employee)も顧客も母数が徐々に長い時間をかけて減るというのは同じであり、しかも維持するべきリソースは意図的に見直さないと削れないのも同じだ。

いずれにせよ、デジタルな力も借りたCPR/BPR *6を通じ、限られたリソースで最大の効果を生み出すため、効率的な運営体制の構築が必要になる。全体の人員を2/3に、現在の業務はいまの半分の人員で回るようにして、余力*7でこのプロセス変革をやり遂げるなどだ。

企業の場合は、大規模な市場への依存はリスクが高まり、リスク分散や利益率の向上のため、製品やサービスの多様化やニッチ市場への適応が必要になる。教育、医療、その他インフラ整備など公共サービスの場合、効率的な資源配分のためのメリハリを決めないといけなくなる。合わせて地域のコミュニティとの共同による新しいサービスモデルの開発が恐らく必須になる。上の引用で触れた「既存の生産年齢人口の生み出す余剰で回すことを前提としているヘルスケアシステムや年金機構」、すなわち社会保障関連費用の場合、全く異なる仕組みが必要になる。

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またこの過程で大きな問題になるのは、これまでのようにはメンテ出来なくなるインフラや施設だ。

もちろん今後の維持は不要であると切り捨てることができる場合には、企業であれ、公共団体であれ、除却し*8、バランスシートから落としてしまうことになる。後ろに引っ張っても良いことがないので、早期に財務諸表をキレイにしておくべきではあるが、除却の体力がない場合には結構な厄介なことになる。

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企業側はいくらでも知恵が湧くと思うので、ここから先、公共サービスに絞って考えてみよう。

公共サービスの場合、長期間にわたって除却していくべきものを明示して、少しずつ落としていくという若干特殊なアプローチが求められる。無い袖は振れないからだ。コンパクトシティ化を図る自治体の場合、コンパクトシティに指定されない空間の投資を最小化する、もしくは取りやめることを意味しているが、これがまさにそれに当たる。一方、非指定空間に住む市民・住民にこの意味合いが必ずしも説明できていないとすれば、それは無責任と言える。

とはいえ、公共サービスの場合、切り捨てることは出来ないが、これまでのようには維持できないインフラが実はかなり多い(場合によっては大半になる)と思われる。

この社会インフラには、道、上下水道、ごみ処理、モビリティ、教育、ヘルスケアなど実に幅広い要素が含まれ、国がメインとなる社会保障関連費用と並ぶ、もう一つの課題解決のヘソとなるだろう。(都市集中型社会に対するオルタナティブをつくることを目指す「風の谷をつくる」運動論の中で、長らく検討してきた。以下は昨年春、環境省で投げ込んだ資料から抜粋。)


安宅和人「“残すに値する未来” を考える」環境省 中央環境審議会 (April 1, 2022)

この項目は都市以外の「疎空間」(人口密度50以下の空間の意味)を例に考えたものだが、疎空間以外でも十分に参考になるだろう。

ちなみに、随分な数の疎空間をこれまで見てきたが、未だにかなりの単価のインフラ投資が、国や県の補助と巨額の借金で行われているケースが多い*9。が、これは相当にリスクの高いアプローチだ。インフラの維持費は、当然のことながらインフラ単価に依存する。しかし、維持費まで国や県が補助するケースはほとんどない*10。借金して作られた場合はもちろん自治体持ちだ。そして、この費用(借金返済とインフラ維持費)を受けるのは、いまよりも生産年齢人口が少ない未来の世代たちだ。

また、国や県からの助成金という名の下に行われる「都市からの輸血」がこれまでのように続くことは想定しづらい。人口調整局面が続く中、社会保障関連費用が急激に増加しており、いつまでもこれまでの額を維持できるわけではないからだ。上の建設・土木補助費などは地元の陳情を受けて、政治家の方々などが汗をかいた結果で、ほとんどが善意で行われているとは思うが、結果的に財政を見れば、相当に課題があるケースは多い*11


財務省「これからの日本のために財政を考える」(令和5年4月版)より抜粋編集
安宅和人 kaz_ataka tweetより(4:05 AM · May 20, 2023)

公共サービスサイドでのこの課題の解決には、かなりゼロベースでの思考が要求される。僕らの見解では、むしろやるべきことはより低廉で身の丈にあったスペックのインフラに作り直すことだ。道や上下水道のような土木インフラの場合、この刷新には最低でも数十年はかかる。ちなみに、この実現に必要な土木を、僕らは「ほぐす土木」あるいは「逆土木」と呼んでいる。なお、ほぐしている間、これまでに近い土木費用がかかり続けると推定されるが、世代が変わる頃には目に見えてメンテ費用が下がるはずだ。(三年前の以下のエントリを参照。9/15/2020付の「日刊建設工業新聞」での特別提言記事より許諾を得て転載)

(参考)
kaz-ataka.hatenablog.com

インフラの中でもサービス系の場合、提供アプローチも全面的に見直す必要がある。ここでデジタル技術やソリューションの出番だと思われるかもしれないし、実際その側面も大きいのだが、ただ単にデジタル技術を入れるアプローチは殆どの場合、答えにならない。

例えば、その地域の足である公共のモビリティについて考えてみよう。かなり意識の高い疎空間の集落で、無人の自動運転バスを実験していたりするが、このバスを動かし続けるだけでガソリンや電気代がかかり、しかもメンテ費用も馬鹿にならない。結果、赤字がただひたすら増える。そもそもバスでは答えにならないのだ。既存のソリューションの場合、現在国で議論になっているオンデマンドのライドシェア型で恐らく初めて採算が合うようになるだろう(ライドシェアモデルの場合、不採算の場合、乗るクルマ自体が現れない)。いずれもデジタル技術を使っているが、使うポイントが全く異なることがわかるだろう。まず大切なのは何でもデジタルを入れることではなく、そろばんを叩くことだ。


ps. 以前、拙著『シン・ニホン』にも書いた通り、教育やヘルスケアとなると更にサービス維持難度は上がる上、様々に大幅なメス入れが必要になる。この辺りは、現在、鋭意執筆している谷本を待って頂けたらと思う*12


(参考)
aworthytomorrow.org

*1:参考)全文はこちらからkaz-ataka.hatenablog.com

*2:文字通りスケール、拡大可能という意味

*3:McKinseyで様々な分野を対象にトップマネジメントコンサルタントを11年、ヤフーの社長室長的なロールを4年、CSOを10年経験。

*4:DXより移住だと長らく言ってきた背景の一つ。参考 kaz-ataka.hatenablog.com

*5:全員のリソースを取り上げて、全部をコモンズ化し、共産主義的社会にいけばいいじゃないかと主張する人もいるが、これが自発的な工夫の力を失わせること、またこれが人間の本能に反しており、また、結局、国家のかなり強い統治が伴わないとできないことは20世紀をかけて我々は学んだ。

*6:core process redesign/business process redesign

*7:スキルセット的に人員の入れ替えが必要になる可能性も十分ある

*8:「除却」とは特定の資産を会社の財務諸表から取り除くこと。特定の資産がもはや価値を持たないか、利用されなくなった場合に通常行われる。通常は売却か廃棄ののち、損失計上により実施される。資産の識別、資産の評価、除却の記録、財務諸表への反映というプロセスを取る。

*9:東京都内の道と比べても相当に立派な農道、10億円以上かかったが人のあまり来ない道の駅、同じく10億円以上かかったがほぼ使う人のいない公園整備、数十億円かかった新庁舎や校舎など

*10:国道や一級河川になれば国が持つので除く

*11:随分後に「毒まんじゅう」だったと後で気づいたと率直にお話された人もいる

*12:本稿も適宜取り込まれる予定