
Amami, Japan
1.4/50 Summilux, RDPIII, Leica M7
『風の谷という希望』、谷本、が世に出て10か月が過ぎた。
新しい地方創生をテーマとする国交省×NewsPicksのイベントに招かれたり*1、はたまた、地方創生そのものをテーマとした雑誌Ambitions REGIONの創刊号の巻頭特集*2でも取り上げられた。様々な土地が、急に「谷化」に目を向け始めている。
だからこそ、本当のことを伝える時が来ている気がしている。
谷本は意図的に日本やどこかの土地を主語として書くことはしなかった。それはそもそも疎空間が存続できないことは世界的な問題だからだ。歴史と自然豊かな疎空間の未来が残るために、フラットに見たときに何が大切なのか、この10年近い取り組みの中から見えてきたことを伝えることを最大の目的として書いた。
ただ、谷本を丁寧に読めば見えてくることがある。それは、「地方創生」として語られていること、各地方で行われていることの多くは、僕らの谷検討から見えてきたことと、ほぼ真逆だ、ということだ。
よく聞かれる問い
風の谷の検討をしていると、よく聞かれる。
「谷づくりは、どこでやっているんですか?」
「どこかにモデルになる土地があるんじゃないですか?」
「これは、自治体や首長が頑張ることですよね?」
いずれも、よくわかる問いではある。ただ、その前提には、風の谷検討とはかなり異なる発想が含まれている。少しずつほぐしていこう。
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そもそも風の谷検討は何なのかといえば、人が数千年は住んできたような歴史があり、自然豊かな疎な空間はいかにして存続可能かつ持続可能になるのか、という話だ。イデオロギーでもなんでもない。
そこに含まれる要素は広い。道、上下水、ごみ処理、エネルギーのような「基盤インフラ」もあれば、森や田園のような自然や人間が自然とともに作ってきた要素(「人間と自然」)もある。教育やヘルスケアシステムのような「社会インフラ」もあれば、人が住み働く場所、人が集う場所のような「生活空間」もある。
都会 vs 地方ではなく、都市 vs 疎空間
ここが問題の起点として大切なのだが、この疎空間問題は「都会と地方」という問題ではない。地方であろうと、人口の大半は稠密に人が住む空間、「都市」に集中している。その多くは海岸沿いの低地に、この数百年から千年程度で急激に人が集積してきた場所であり、数千年にわたって人が住んでいる場所は少ない。
いっぽうで、この谷問題が扱おうとしているのは、人が長く住み、自然豊かな「疎空間」だ。これがどのような国においても国土の大半を占め、この中にもっとも長い歴史を誇り、人が暮らしてきた空間が含まれている。すなわち「都会 vs 地方」ではなく、「都市 vs 疎空間」という図式でなければ問題を適切に捉えることはできない。
しかも、地方と呼ばれるエリアの課題の大半は、実は「疎空間」で起きている。たとえば人口の増減は疎密でほとんど説明することができ、対象となっているエリアの疎密度と人口をかけ合わせればどのようなことが起きるかがわかり、それを加重平均すれば、特定の県の人口増減は概ね説明できる。またたとえば、維持できない基盤インフラ、社会インフラの大半は、地方の都市部ではなく、疎空間部で起きている。
地方問題と呼ばれているもののかなりは疎空間問題なのだ。

持続可能性の前に存続可能性
しかも、この谷検討では以下の2つについては構造的に起きている現象であり、与件として捉えることはあっても、これを根本的に解決することはできないと考えている。
1つは、人類が豊かさとともに全世界的に長い人口調整局面に入っていること。すなわち人口増を前提とした議論には意味がないということだ。これについては、かつてかなり丁寧に本ブログで議論したのでそちらを参照されたい。

2つ目は、人類と地球との共存が決定的に重要な状態であることが続くということだ。温暖化一つをとっても、いまの森の大半は今世紀末までに大きな変容を迫られる。地球上の土地利用に占める割合は、いまや森を越え農地(放牧地を含む)が最大だ。人間はもう、生態系における外乱ではない。最大の構成要素である。最も深刻なこの課題を棚上げしたプランも、意味をなさない。
たとえば、
- パンデミックと天災は被害が増える and/or 甚大化
- インフラや構造物は現在の復旧力を超え相当に壊れる頻度が高まる
- 土木・社会インフラは劇的に余り、メンテが困難になる
- スクラップするためには相当の人手とコストがいるが今のやり方では対処しようがなくなる
- 人は取れなくなり、大量の人材を前提とした仕組みは成り立たなくなる
すなわち、いずれの意味においてもレジリエンス課題は喫緊的に深刻だ。
疎空間は、この二つの課題が最も先鋭化した空間だ。いわば、未来から先に現実が届くタイムマシンと言っていい。
この段階で、風の谷検討が多くの地方創生・地方再生議論とは根本的に異なることに気づかれるだろう。これまでの地方創生は、人口増加、成長、都市集中による効率化、インフラ拡張・維持を前提としているが、今起きていることは、人口調整局面、災害激化、ケア負担の増大、さらにエネルギー制約などであり、「地方創生」という言葉では、もう問題は解けないということだ。
「どう人を増やすか」ではなく「どうviable(生き続けられる状態)にするか」が本題だということだ。viableでない土地でsustainabilityを語っても、意味がない。良いコミュニティである前に、良い場所である—その認識が前に立たないかぎり、ほぼ必ず失敗する。
鍵となる4つの視点の、ほぼ全てからズレている
持続可能(sustainable)である以前に存続可能(viable)である必要があるが、その視点で見ると、我々の検討から見えてきた4つの柱は避けて通ることができない。
1つ目がエコノミクス、2つ目はレジリエンス、3つ目は土地ならではの求心力、最後が文化・価値創造、だ。
まず「エコノミクス」。金が回らない空間はそもそも存続可能でないことは言うまでもなく、持続的な発展も期待しようがない。
「レジリエンス」については、上で触れたとおりだ。このような状態で、災害や人口調整局面でもviableかつsustainableな空間を作る必要がある。
「求心力」は自明だろう。大量の人が流れ込むことはありえないだけに、その土地を愛し、土地の未来に長期的にコミットでき、新しい変化を生み出し続ける人たち、土地が生み出し外に出ていった才能の1/10だけでも引き寄せる必要がある。
そのうえで、その土地が次々と新しい変化を引き起こし、価値を生み出し続けること、すなわち「文化・価値創造」は必須だ。
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このように、これらは論理的な必然だが、そのほぼすべてから、いまの疎空間の取り組みの大半はズレている。エコノミクスの現状は棚上げされ、レジリエンスの名のもとに身の丈に合わない頑健化が進み、求心力のかなめである三絶(絶景・絶生・絶快)への意識は地方再生文脈で著名な土地ですら低く、サンゴ礁のような空間づくりの視点も欠落した土地が大半だ。
エコノミクス
金が回らない空間は、どれほど理念が美しくても存続できない。
経済的な良循環が未来を作ることは、事業経営者であれば誰もが理解していることだが、地方、疎空間の経営(managementの意味)ではほとんどケアされることはない。疎空間の比率が大きな自治体のほとんどでは、現在、ひたすら都市からの輸血、そして(人口が縮小する)未来からの借金が続くことが当然視されている。ちなみに、収支、特にコストサイドは人口密度に高い逆相関があり、現時点ではざっくり言えば、人口密度1000人/平方キロを大きく超えるところに採算ラインがある。

R5 (2023) 年度での2100年の日本の人口の中位予想は6278万人であり*3、このままの人口比率でいけば東京は1400万都市から714万都市になる。このような未来に、これまで通りの都市からの輸血が可能だと仮定することは不可能だ。都市の中でもより中心部(円ではなく櫛形のことも大いにありえる)に機能は寄せていくことになるだろう。
しかしながら、自然法則や経済原理に合わない取り組みがほとんどだ。
- コミュニティとの関係構築なしに、施設だけを作って人が集まると期待する
- 必要な運営コストを考慮せず、継続的な資金投下の目処がないにもかかわらず、中央から金を持ってきて大規模な施設や活動を立ち上げる
- 定期的なメンテナンスや更新なしでも、施設やシステムが劣化しないと考える
- 固定費が高すぎる事業モデルで小規模運営を続ける
使われない道、使われない建物、維持できない上下水道、更新できない橋梁に投資し続けることは、未来への投資ではない。将来世代への負債だ。
問うべきは「立派につくれるか」ではない。「100年後も続けられるか」だ。疎空間に必要なのは、都市スペックの縮小版ではない。疎空間らしい、身の丈にあったQOLを下げない形でのインフラだ。
レジリエンス
疎空間では、壊れないことよりも、止まっても生き残り、戻せることが重要になる。
土地の力で直せる空間にするなら、つくり方を根底から変える必要がある。
エネルギーで問うべきは、「再エネかどうか」ではない。「災害時に立ち上がるのか」「ブラックスタートできるのか」「景観を壊していないか」「既存グリッドと賢く共存しているか」だ。ブラックスタートは外部電源無しで立ち上がる能力だ。能登の震災時、半島には70を超える風力発電設備があり、そのうち震災で壊れたのは10基に満たなかったが、すべてが止まったのは記憶に新しい*4。
すでにグリッド型の電力や水道がある場所に、ばらばらとオフグリッド設備を足しても、系として維持範囲を畳めない限り、土地全体のコスト構造は改善しにくい。電力にしても水の供給にしても、この認識のない取り組みは多い。
必要なのは、教条的なオフグリッドではない。状況に応じてグリッドを使い、必要な部分をほぐし、災害時に生き残るエネルギー系だ。
そして、見落とされがちだが心のレジリエンスへのケアも、十分とは言いがたい。
求心力—三絶
人口増が前提にできないなら、その土地に関わり続けたくなる理由をつくるしかない。
疎空間の最大の資産は、土地そのものの美しさだ。
絶景を壊すインフラ、建築、看板、送電設備、メガソーラーは、単なる景観問題ではない。地域の将来価値を壊す問題だ。近景・中景・遠景の調和への問題意識も、ほとんど欠落している。
森は、単なる木材生産装置ではない。水を涵養し、空気を通し、生態系を支え、人の感覚を開き、土地の記憶を宿す基盤だ。採算性や生態系を十分に見ない林業中心の発想で森を見るかぎり、風の谷は生まれない。必要なのは、入れない森ではない。歩ける森、感じられる森、学べる森、土地の深い時間に触れられる森、そして人のあえて入らない深い森だ。
多くの土地で、降水量が大きく減っているわけでもないのに、川の水が数十年前と比べて細っているという声を聞く。その背景に、間伐不足による人工林の過密化や水循環の変化が関わっている可能性が指摘されている。*5
絶景だけでは、人は来ない。働けない、通信が入らない、泊まれない、救急時に詰む、子育てに不安がある、そんな場所では、持続的な活動は生まれない。絶生とは、ただ生きられることではない。創造的に生き、働き、学び、安心して滞在できる生活基盤のことだ。このために必要な取り組みの方向性も相当に見えているが、多くの土地で行われていることは我々の検討結果とは程遠い。
そして土地の記憶に基づく、その土地ならではの出会いと気づき、すなわち絶快が、一度でも土地に訪れた人を、そして永らく住み続ける人を引き寄せ続ける。だが、全国的に知られ、数千年にわたり人が住み続けてきたような土地でさえ、300年前、500年前の土地の記憶が十分に読み解かれ、現在の空間価値として活かされている例は多くない。絶快については、まだ本格的には手つかずの土地が大半だ。
価値創造—サンゴ礁
施設ではなく、異質なものが接し続ける界面をつくらなければ、価値は生まれ続けない。
多くの地域づくりは、施設をつくるが、界面をつくらない。
補助金で建物を建てるが、面白い人が混ざる場所をつくらない。観光客を呼ぶが、土地に関わり続ける異人を育てない。イベントを開くが、日常の中で価値が発酵し続ける仕組みをつくらない。
これでは、サンゴ礁空間にはならない。
風の谷とは、施設群ではない。異質な人・知・技・文化・自然が接し続ける、界面の集積である。
主語を、取り違えている
谷づくりの主語を、首長や自治体にしてしまうのも、大きな誤解だ。
首長や自治体の役割は重要だ。だが、谷づくりは首長の任期で完結する取り組みではない。森や水の再生、インフラの組み替え、土地の記憶の読み直し、景観の醸成、教育やヘルスケアの再設計、文化の発酵、いずれも50年から100年はかかる取り組みだ。

これは行政の役割を軽く見るという意味ではない。首長が変わった瞬間に止まる取り組みは、谷づくりとは呼べない。
谷づくりの主語は、行政ではない。その土地を次の100年に残したいと願う人々の、世代を超えた連鎖だ。行政は、その主語を支える重要な器であり、制度的な伴走者である。
必要なのは、「誰が首長か」に依存するプロジェクトではない。首長が変わっても、担当者が変わっても、土地への敬意とコミットメントが継承される仕組みだ。
谷は外部者がつくるようなものではない
そして「谷づくりは、どこでやっているのか」という問いも、実は少しずれている。
風の谷は、外部者がどこかに乗り込んでいって、開発案件として“つくる”ものではない。
土地に深い敬意を持ち、その土地にコミットした人たちが、「この場所を次の100年に残したい」と本気で願う。その内発的な切実さが、外部の知恵や仲間を呼び込む。そのとき初めて、谷化は始まる。
外部者にできるのは、主役になることではない。診断し、言語化し、知をつなぎ、必要な技術や人材を結び、長い時間軸で伴走することだ。
風の谷は、誰かがつくるプロジェクトではない。土地と人と時間の相互作用の中で、“つくられていく”系である。
自然豊かで、歴史のある土地に必要なのは、その土地を小さな都市にすることではない。都市ですら長期的に人口が減り続ける局面で、自分たちの人口が増えると考えること自体が相当に無理のある発想だ。
大切なのは、疎空間を、疎のまま、生き続けうる系へと育てることだ。
谷は、つくるものではない。育つものだ。
そして、育つためには、長く強く、しなやかにコミットし続ける、その土地を本気で残したい人たちが、いなければならない。
谷づくりは、正しい現状認識から始まる。
*1:参考: 国土交通省 https://www.mlit.go.jp/report/press/kokudoseisaku03_hh_000269.html youtu.be
*2:Ambitions編集部 (著, 編集) Ambitions REGION (VOL.01) 大型本 – 2026/5/25 prtimes.jp
*3:国立社会保障・人口問題研究所 「日本の将来推計人口(令和5年推計) 結果の概要」https://www.ipss.go.jp/pp-zenkoku/j/zenkoku2023/pp2023_gaiyou.pdf
*4:東京新聞:能登半島地震は「風力発電」にも大打撃、発生直後にすべて停止 風車が破損、電源は使用不能に 2024年3月11日 06時00分 www.tokyo-np.co.jp および筆者も一員を務めた石川県 能登地震 復旧・復興アドバイザリーボード会議での知見より。
*5:Bosch, J. M., & Hewlett, J. D. (1982). A review of catchment experiments to determine the effect of vegetation changes on water yield and evapotranspiration. Journal of hydrology, 55(1-4), 3-23. ほかを参照



















