Disaster-ready2.0 — 地形が動く時代の防災をデザインする


Oirase Stream, Aomori, Japan
Leica M10-P / Summilux 50mm f1.4 / RAW

写真では、洪水に見えた

先日、故郷の富山、そして隣の石川が記録的な集中豪雨に襲われているのと、ほぼ同じタイミングで、ネパール・チベット国境では、これもまた長く語られることになるであろう事象が発生した。

その写真を最初に見たとき、僕はそれを「激しい洪水」だと思った。濁流が谷を埋め、集落を呑み込んでいる。

しかしNYTの衛星画像でスケールを確認して、話がまったく違うことがわかった*1。山の高所で氷河と岩盤が崩れ、氷、岩、泥、水が一体となって谷を駆け下り、地形そのものを変えていた。動いていたのは水ではない。山そのものだった。

同じ現象が、写真では洪水に見え、衛星画像では地形の改変に見えていた。この落差が、本稿の出発点になる。

僕たちは災害を、たいてい写真の側から見ている。そこで起きているのは、いつもの災害が少し激しくなったものだ、と。しかし引いて見ると、別の種類の出来事が起きている。その時、僕は次のように書いた。

富山・石川の豪雨と、ヒマラヤの氷河・岩盤崩壊は、もちろん同じ現象ではない。個々の災害をただちに気候変動と結びつけることにも慎重であるべきだと思う。

それでも、山と水のある土地で、これまで私たちが前提としてきた「災害のスケール」が通用しなくなりつつあるのではないか、という感覚を強く持った。

雨、水、土砂、雪、氷、斜面。これらを別々の災害として考えるのではなく、山地そのものが変化する時代の複合リスクとして捉え直す必要があるのだと思う。

富山・石川をはじめ被災された皆さま、そしてネパール・チベットの被災地の皆さまの無事と、一日も早い救助・復旧を願います。

2026年8月28日のX投稿より(@kaz_ataka)

この一連の災害は、僕ら自身がこの9年間続けてきた谷の検討、そして『風の谷という希望』(以下、「谷本」)に書いたレジリエンスの記述、そして、かつて国の検討で携わったデジタル防災の前提の更新を迫っている。

(なお、本稿は国の防災を論評するために書いているのではないことを予め記しておきたい。後半では何をどう更新すべきかのたたき台も示せたらと思う。)

現在の地形を、初期条件として

防災には、あまり意識されることのない前提がある。

現在の地形を初期条件として、そこに外力を与える、という組み立てだ。

この山とこの川があって、そこに百年に一度レベルの降雨が起きる。そのとき水はどこまで来るか。これがハザードマップの基本的な構造だ。確率論的地震動予測地図も、ある意味では同じ形をしている。地形は舞台であり、外力は舞台の上で起きる出来事だ。舞台の側はほぼ動かない。

堤防も、砂防堰堤も、警戒区域の指定も、基本的には現在ある地形を初期条件として考えられている。日本の(そして世界の)防災計画のかなりの部分が、この上に載っている。

ここで付け加えておきたい。この前提が更新されていない、という話ではない。

気候変動による水災害リスクの増大に備えるためには、治水計画等を「過去の降雨実績などに基づくもの」から「気候変動による降雨量の増加などを考慮したもの」に見直すとともに、河川、下水道、砂防、海岸等の管理者が主体となって行う治水対策に加え、集水域と河川区域のみならず、氾濫域も含めて一つの流域として捉え、その河川の流域全体のあらゆる関係者が協働して流域全体で行う治水対策、「流域治水」への転換を進めていくことが必要である

国土交通白書 2020より


この通り、日本では、気候変動はすでに検討対象に入って久しく、「流域治水」への転換は、すでに国の既定路線だ。*2

しかし、そこで想定が変わっているのは外力の大きさであって、場が固定されているという前提のほうではない。激甚化への対応は、より大きな雨をより大きな器で受け止める方向の強化であり、器の形そのものが書き換わることの想定ではない。

2020年末から21年春にかけて、国のデジタル・防災技術ワーキンググループ未来構想チーム検討では、数年に一回のレベルではなく、今後 50 年で起こり得る最大レベルの災害を対象とした。具体的には、以下のようなものだ。

<各災害の規模の目安>
1)メガ集中豪雨:数日で降雨量 3,000mm クラス
2)台風・暴風雨、高潮:風速 70m(瞬間最大風速 90m)以上/海面上昇 1〜3m/伊勢湾・狩野川台風級/荒川中域決壊
3)地震:首都直下型地震/南海トラフ三連動型地震/千島海溝地震
4)津波:南海トラフ三連動型地震による巨大津波
5)噴火:富士大噴火(宝永大噴火級以上)


そこで、被災インパクトの大きさは

人命および主要機能の集中度 × 外力(ハザード)の大きさ × 災害発生頻度 × 脆弱性

と整理されたが、ここでの脆弱性はその器が基本同じであるという前提の議論だ。

日本が、これを知らないわけではない

誤解のないように、もう一段書いておきたい。深層崩壊も、河道(かどう)閉塞も、地震による地形変化も、日本の防災が知らない現象ではない。むしろ、かなり考慮されている。

2011年の紀伊半島大水害では、3000箇所を超える斜面崩壊と大規模な河道閉塞が発生した*3。河道閉塞による湛水は、その年の五月に施行された改正土砂災害防止法で緊急調査の対象となり、実際に紀伊半島でも適用された*4

つまり、制度も知識もある。

それでもなお、問題は残る。

知っていることと、それを前提に系 (system) を設計することは、まったく別だからだ。

この制度の形は「起きた後に、急いで調べる」である。例外的な事象が発生したときの緊急対応の手続きであって、平時の設計を更新する規則ではない。地形が変わったという情報が、次のハザードマップに、次の計画に、次の想定に、連続的に書き戻される仕組みにはなっていない。

言い換えれば、既存の防災の系が持っていないのは地形変化の知識ではない。地形変化を次の状態の初期条件として書き戻す、系の更新則のほうだ。

系が、らせんを描いて変わっていく

ここが本稿の中心になる。従来の組み立ては、こうなっている。

一方向に流れる。地形は、この式の中では定数だ。しかし実際に起きているのは、こうだ。

外力が来ると、二つのことが同時に起きる。一つは被害だ。もう一つは、地形そのものの変容だ。

被害はそのつど外に出て完結する。しかし地形の変容は残る。そして次の外力は、変容したあとの地形に当たる。

つまりこれは、同じところを回るループではない。一周するごとに系が別の状態に移り、しかも元には戻らない。螺旋(らせん; spiral)である。

豪雨を例に取ると具体的にはこうなる。

  1. 豪雨で山腹が深層崩壊を起こすと、崩壊跡は植生を失った裸地になり、次の雨では表層の土砂が以前より容易に流出するようになる。
  2. 崩れた土砂は河道に入って河床を押し上げ、同じ流量でも水位は前より高くなる。
  3. 堤防の高さも橋桁の余裕も、設計時に想定した値から実質的に目減りする。
  4. 流路が変われば、これまで水が当たっていなかった斜面の脚部が洗われはじめ、次の崩壊の準備が進む。

外力の大きさは同じでも、二度目の被害は大きくなる。受け止める側が別物になっているからだ。*5

言い換えれば、災害のたびに地形という状態変数が更新される。被害の大きさが次を決めるのではない。地形が次を決める。場所は同じでも、次の災害を受ける系は、もう同じではない。

なお、地形を変えるのは外力だけではない。被災後の復旧工事、たとえば砂防堰堤の設置、天然ダムの切り下げ、河道の掘削、もまた地形を書き換える。系の更新は、自然と人為の両方から入ってくる。

一点、触れておきたいのは、地形が変わるといっても、そう簡単に分水界(英: drainage divide)が動くわけではないということだ。上流で山体が抜け、河床が上がり、流路が変わったあとも、流域という枠そのものは同じである。変わるのはその内部だ。流路、河床、水の滞留、氾濫の条件。器の縁は残るが、器の中身の形が別物になる。

そして厄介なのは、この変化が連続的ではないことだ。斜面は徐々に低くなるのではなく、ある時点で抜ける。河床は少しずつ上がるのではなく、一晩で数メートル変わる。系の状態そのものが、ある瞬間に飛ぶ。

ここで参照すべき先例がある。気象の世界だ。

気象モデルは、変化が前提を変えていくように組まれている。ある時刻の大気の状態が計算され、それが次の時刻の初期条件になる。少なくとも状態変数は更新され続ける。

地象の世界でも、同じことをする必要がある。

先述の2021年の提言*6は、連鎖の発想をすでに持っていた。防災デジタルツインの節では、事前予測よりも二次災害・三次災害への早期の被災想定を主眼とすることを明記した。

その上で、シミュレーションで可視化すべきものを六つ挙げている。

  • 気象・地象状況、
  • 土地そのものへの影響
  • インフラへの影響
  • 建築物への影響
  • 生命への影響
  • お金への影響

いま読み返すと、一箇所だけ手前で止まっている。土地が、影響を受ける対象としてしか置かれていない。決壊、浸水、火山灰・噴石。土地に何が起きたかは被害として計上されるが、その変化が次の計算の初期条件として書き戻されることは想定されていない。

自分らがまとめた提言だが、この前提は更新されなければならないと思われる。

三つの定常性が、同時に壊れている

起きているのは、地形、統計、対応能力の三つが同時に非定常化しているということだ。

地形。いま見た通り、外力が加わる場である地形自体が、外力によって書き換えられる。ハザードマップの「ハザード」だけでなく、「マップ」の部分が変数になる。

統計。「百年に一度の雨」という言い方は、過去の系列から計算した再現期間が将来にもある程度当てはまるという前提、すなわち定常性(stationarity)の上に成り立っている。この前提はすでに弱い。IPCC も、過去にはほとんど経験されなかった極端事象が、新しい場所、新しい時期、新しい組み合わせで起こりうるとしている*7。国の治水計画自体が、過去の実績だけでなく気候変動後の降雨量を織り込む方向に変わり始めているのは、この認識の反映だ。

対応能力。前稿で触れた通り、建設業の就業者、現場で手を動かす技能者は急減している。しかも就業者の四分の一以上が六十歳以上である。災害が激甚化する方向に動くのと同時に、それに応答する側の能力が減衰していく。

三つ目は、単なる背景条件ではない。連鎖の一部だ。橋が落ちる。直せる人がいない。孤立が長期化する。ここまでが一本の鎖だ。

三つとも非定常だとすると、一つの結論が出てくる。想定を精緻にし、それを防ぎ切ることだけを中心に置く設計思想では、もはや足りない、ということだ。

予測精度を上げることは、もちろん大切だ。ただ、それだけでは届かない。予測が外れること自体を、設計条件に入れなければならない。

残るのは、変わっても生きられるか、という問いになる。

災害は、独立には起きない

日本で考えるべき災害は、山地の水・土砂災害だけではない。地震が起きる。津波が来る。集中豪雨と線状降水帯が来る。熱波が来る。寒波が来る。豪雪もある。

これらは原因が違う。地震や津波を気候変動と一緒にしてはいけないし、熱波と豪雨も同じ現象ではない。原因の側を混ぜて論じるのは誤りだ。

しかし、困ったことに、災害は独立には起きない。

大地震で停電したところに熱波が来ればどうなるのか。集中豪雨で何千人も避難しているところに、猛暑が来たらどうなるのか。

一つの外力によって弱った系の上に、次の外力が載る。人が生き残れるかという側から見れば、災害は別々の事象ではない。

だから問うべきは「何災害か」ではない。どの系を通って連鎖するかだ。そして、その系は災害の種類ごとに違う。

山地の水・土砂災害であれば、それは流域だろう。質量が重力に従って動く以上、連鎖は地形に沿って走る。熱波であれば、おそらく電力網と建物と人の健康状態を含む系になる。津波なら、沿岸の地形だけでなく、道路、港湾、物流を含む系が一気に切れる。

僕たちは長いあいだ、この単位を災害種ごとに取り違えてきたのではないかと思う。

行政の縦割りには、法、予算、専門性、権限などさまざまな理由がある。ただ、その背景の一つには、連鎖を運ぶ系ではなく、災害の名前で仕事を割ってきたことがあるのではないだろうか。

現実は、そんな名前の境界では止まってくれない。

ならば、何をするか

とるべき方向は三つあると考えられる。

1、ハザードマップを、静的なものから動的なものにする

災害の後に、地形、河道、道路、インフラの状態を再計測し、次の防災の初期条件として即座に書き戻す。衛星、SAR、LiDAR、ドローンで地形変化そのものを検知する技術は、すでにある。静的なハザードマップから、動的な連鎖図(dynamic hazard-chain map)へ。

山地の水・土砂災害であれば、流域治水に、地形更新のループを入れる、と言い換えてもいい。

技術だけが決定的なボトルネックではない。むしろ難しいのは制度の側だ。ハザードマップや警戒区域を前提に、建築規制、不動産取引、保険など多くの制度が組まれている。年単位で固定された地図を前提とする制度に、災害のたびに更新される地図をどう入れるか。ここを解かなければ、技術だけが宙に浮く。

2、「想定最大」ではなく、「想定を超えたらどう壊れるか」を設計する

どこまで防げるか、だけではない。超えたらどこから壊れ、何を残すか。

越水したらどこへ水が行くか。一本の道路が切れたら何日孤立するか。電力、水、通信、医療など、最低限の生存機能をどう守るか。

施設の強度ではなく、壊れ方(failure mode)と回復経路を設計する。

3、災害の名前ではなく、連鎖が走る単位で系を設計する

組織を災害の名前で切るのではなく、連鎖が走る系で横串を通す。水と土砂なら小流域と谷。熱なら電力・建築・健康の系。それぞれの連鎖に対して、それを運ぶ単位で見る。

水の絡む災害については、災害対応行政の単位を流域に組み替える。河川、砂防、治山、道路がそれぞれの「災害」を担当するのではなく、一つの流域について一枚の連鎖図を持つ。そのうえで、上流から下流まで一つの系としてシミュレーションし、必要な取り組みを考え、整え、有事に対応する。

ここで注意すべきことが一つある。シミュレーションの目的を「どこが崩れるかを当てること」に置かないことだ。深層崩壊の発生地点を斜面単位で予測することは、現在の科学では事実上できない。目的は、どの斜面が崩れても、その先に何が走るかを列挙しておくことである。予測できないことを前提にしたまま、先読み能力を上げる。

疎空間では、非定常な世界がすでに可視化されている

ここまでは国土全体の話として書いてきた。しかし三つの非定常は、すべての場所に等しく当たるわけではない。

疎空間に、まず強く現れる。

今回問題にしているような大規模な地形更新は、まず山地で強く現れる。対応能力の減衰も、疎空間から先に効く。そして大規模災害において救助・復旧のリソースは人口密集地域に優先的に配分されるため、疎空間への支援到達は構造的に遅れる。

これは想定ではない。2024年の能登半島地震では、多くの集落が孤立し、道路の分断と冬季条件が重なって、一部地域では救援到達まで二週間以上を要した。

つまり疎空間は、非定常な世界がすでに可視化されている場所といえる。都市がいずれ直面する条件が、疎空間では先に来ている。ここでも、疎空間はタイムマシンとして機能する。

そして幸いなことに、単位が一致している。

流域といっても、信濃川のような大流域ではない。連鎖がある程度完結する支流域・小流域のスケールだ。僕らが「谷」と呼んできた生活圏の多くは、この小流域と強く重なる。

水が集まり、土砂が動き、人が住み、道が通る。暮らしの単位と、災害が走る単位が重なっている。

地形に沿って水と土砂が動く以上、これは偶然ではない。だから谷では、一枚の連鎖図が、そのまま設計図になりうる。

避けられない非可逆性という、新しい問題

ここで、風の谷(以下「谷」)のレジリエンスの定義そのものに戻る必要がある。

僕らは谷の存続要件を四つの条件として整理してきた。疎でありながら成立するエコノミクス、高いレジリエンス、三絶的な土地の求心力、そしてサンゴ礁的な文化空間の形成である。レジリエンスはその第二の条件にあたる。

僕らは、レジリエンスを「壊れない力」とは考えていない。谷本 第5章では、変化を受け入れながら、本質的な機能を維持する能力と捉え、受け身力、対応力、復旧力の三つに分けた。さらに第7章では、その本質をもう一段掘り下げ、一度破壊すると二度と回復できない、取り返しのつかない変化を避けることだと書いた。Disaster-readyも、その文脈で初めて正しく理解される、と。

一度壊れると二度と戻らない変化として挙げた例は、三つだった。

天然林を人工的な単純林に変えれば、もとの生態系は失われる。地下水を過剰に汲み上げれば地盤が沈み、元には戻らない。稚魚まで獲り尽くした漁場も、一度崩れれば戻らない。

地形が書き換わることは、この四番目の例である。山体が抜ける。河床が上がる。流路が変わる。元には戻らない。

ただし、これまでの三例とは決定的に違う点がある。

三つとも、人間の行為による非可逆変化だった。だから避けられる。伐らなければいい。汲み上げなければいい。獲り尽くさなければいい。避けるべきものとして名指すことに、意味があった。

地形の書き換えは、外力による非可逆変化である。避けることができない。起きるのを止められない種類の、取り返しのつかない変化だ。

だから非可逆性には二種類ある、と言い直す必要がある。行為由来のものと、外力由来のもの。前者に対する構えは「やらない」で足りる。しかし後者に対する構えは、「起きたあとも成立し続ける」しかない。

ここで気づくことがある。行為由来の地形の非可逆変化は、都市ではすでに起きている。

江東五区では、1960年代までの地下水の過剰な汲み上げによって、場所によっては地盤が5メートル以上沈下した。一度圧密した地盤は、地下水を戻しても元の高さには戻らない*8

つまり地形が非可逆に書き換わった土地で、すでに200万人を超える人が暮らしている。山地でこれから起きることの先例が、都市側にある。

原因は違う。山地では外力が地形を変え、都市では行為が地形を変えた。しかし変わったあとの世界をどう生きるかという問いは、同じである。

存続可能性という概念が要求される理由が、ここではっきりする。避けられる非可逆性しかない世界であれば、正しく振る舞うことが答えになる。避けられない非可逆性がある世界では、正しく振る舞ってもなお、前提は書き換わる。そのあとも成立するかどうかが、別途問われる。

地形の非可逆変化が毀損するのは、レジリエンスだけではない。谷の求心力の基盤である景観そのものも失われる。

なお、三つ目の非定常である対応能力の減衰については、僕らの検討にすでに答えの方向がある。人口減少や地域縮退のフェーズでも自律的に機能し続ける、逆スケーラブルな空間であるべきだという要件だ。社会全体としてはともかく、「風の谷」の検討では概念が用意されている。

谷スペックを、どう書き換えるか

以上を踏まえて、僕ら自身の検討を更新する必要がある。まだ、他のメンバーと議論したわけではないが、谷本第5章に書いたDisaster-readyの記述のうち、三箇所の更新を検討したい。

(1) レジリエンスレベルの単位を、発生頻度から持続日数へ

谷本 第5章では、谷づくりにおける現実的な判断基準として「災害対応レベル」を五段階で示した。十年に一度の災害に対応する基礎レベルから、三十年、百年、三百年、そして千年に一度に対応する理想レベルまで。谷の成熟に応じて段階的に上げていく発展モデルとして提示したものだ。

この仕様は、すべて発生頻度で書かれている。

そして発生頻度は、定常性の上にしか成り立たない。過去の系列から計算した「三十年に一度」が、これからの三十年にも同じ意味を持つという前提があってはじめて、仕様として機能する。その前提が壊れているなら、この五段階は、そのままでは使えない。

代わりに置くべきものは、同じ第5章の中にすでにある。復旧力の要諦として挙げた「自立性」——外部支援が到着するまでの間、自力で生存し続ける能力だ。これを定量化する。

孤立可能日数。外部からの支援がまったく届かない状態で、その谷が何日成立し続けられるか。水、電力、通信、医療、食、そして避難場所のそれぞれについて、日数を割り当てる。

この置き換えには、決定的な利点がある。発生頻度は予測値なので、統計が非定常になれば意味を失う。しかし孤立可能日数は設計値である。予測を必要としない。その谷が自分で決められる。

第5章はDisaster-readyの本質を「予測できないことを前提とした設計」だと書いた。ところが仕様の側だけが、予測に依存したままだった。孤立可能日数への置き換えは、章の主張と仕様を一致させる作業でもある。

日数をどう決めるか。地形が変わる前提を置く以上、道路復旧までの期待日数を過去の実績から取ることはできない。前回と同じようには壊れないからだ。だから、「復旧までの推定日数」ではなく「その谷が自力で持たせると決めた日数」から決める。

そのうえで、段階としては三つが適切だと考えている。

  • 3日(基礎)。72時間は人命救助の臨界期であり、最低限ここまでは自力で持つ必要がある。
  • 7日(標準)。道路の応急復旧や外部支援、医療搬送に一定の目処が立つ期間として、谷の基本目標はここに置きたい。
  • 14日(先進)。東日本大震災、能登半島地震などを踏まえ、日本で起こりうる最大級の災害における支援遅延を見込むレベルだ。

発生頻度による五段階は、十年から千年へと桁で伸びていく構造だった。日数はそうならない。3日、7日、14日で止まる。30日や100日という段階は置かない。

ここで極めて重要な但し書きが要る。

孤立可能日数は、長ければ長いほど良い仕様ではない。

谷本 第5章で書いた通り、受け身力を極限まで高めようとすれば莫大なコストがかかり、疎空間のエコノミクスとして成立しなくなる。過度に堅牢なインフラは、谷の最大の魅力である景観を損なう。レジリエンス (resilience) ではなく頑強さ (robustness) を追求した、巨大な防潮堤や鉄筋コンクリートの構造物が並ぶ空間は、もはや風の谷ではない。

過度な備蓄や堅牢化はエコノミクスを壊し、景観も損なう。上限は災害の側ではなく、谷が谷であり続けられるかという側から決まる。

だから孤立可能日数は、四条件の制約下で決まる設計値である。エコノミクスが許す範囲で、三絶を毀損しない範囲で、何日持たせるか。谷ごとに違う数字になるし、外から一律には決められない。

五段階はレジリエンス単体の指標だったが、孤立可能日数は四条件の交点に置ける。これも置き換えの理由の一つになる。

そして孤立可能日数は、NBO(No Blackout)の三原則——止まらない、すぐ戻せる、緩やかに落ちる——を数値として表現し直したものでもある。緩やかに落ちるとは、何日かけて落ちるのか。その答えが仕様になる。

(2) 立地判断を、一回の選択から更新される判断へ

谷本の第5章では、予測に本質的な限界がある一方で相対的なリスク評価は可能であり、ハザードマップに基づく立地選択が最も基本的かつ効果的なアプローチだと書いた。そして崖下や津波リスクのある場所の住居や施設は、計画的に数十〜百メートル単位で移動していくべきだとした。*9

この判断そのものは変わらない。立地は今も最も効くレバーだ。

ただし、地図の側が変数になるなら、立地判断は一回で終わる判断ではなくなる。谷の中で安全とされた場所が、上流の崩壊と河床上昇によって、次の雨に対しては別の意味を持ちうる。

「計画的に移動する」の計画を、一度の計画から、地形変化のたびに見直される継続的な再評価へと開く。否定ではなく、時間軸の追加である。

(3) 軽量デジタルツインに、地形更新のループを入れる

谷本 第5章では、谷において高密度センサーネットワークに依存しない「軽量デジタルツイン」——主要な地形・建物データ、限定的なセンサー情報、衛星データ、住民による観測情報を組み合わせたもの——を提案した。

ここに欠けていたのが、地形更新のループだ。現実から継続的にデータを収集して更新される、とは書いた。しかし更新されるのは状態であって、地形そのものではなかった。

そして軽量であることは、この点ではむしろ有利かもしれない。谷は小流域であり、地形変化を検出すべき範囲が限られている。衛星画像と住民の観測を組み合わせて、変化した地形を次の初期条件として書き戻す。国土全体で構築するより、一つの谷で先に成立させるほうが早い可能性がある。

疎空間がタイムマシンであるなら、ここでも先に実装されるべきなのは「谷」のほうだ。

そして、これは都市の問題でもある

ここまで疎空間の話として書いてきたが、三つの非定常は都市も素通りしない。

東京の低地では、河川氾濫が地下空間へ波及し、地下鉄、電力、交通へと連鎖することが想定されている*10。これは本稿で見てきた構造そのものだ。災害種別では河川災害でも、実際に起きるのは都市機能の連鎖的停止である。

谷でいう「孤立可能日数」は、都市では「機能停止の許容日数」と読み替えられる。地下鉄や電力が止まったとき、何日で戻すのか。その間、何を残すのか。

疎空間が先行しているのは支援の遅れであり、都市が先行しているのは地形の非可逆変化である。先に来ている未来は、一つではない。

Disaster-ready 2.0

以前、Disaster-ready とは災害への対応力ではなく、社会の設計特性だと書いた*11。本当の問いは「災害にどう対応するか」ではなく、「災害が不可避に起きる世界で、止まらない社会をどう設計するか」だと。

いま、その一段先に置き直す必要がある。

問いは、地形が動的に変わっても生き残れる国土(空間)をどうつくるかだ。地形だけではない。気候が変わっても。災害が重なっても。対応する人が減っても。それでも成立し続ける場所を、どうつくるか。

持続可能性(sustainability)は、ある条件のもとで、その状態を持続できるかを問う。

存続可能性(viability)が問うのは、さらに手前だ。条件そのものが変わり、場が書き換わり、前提が消えたあとでも、その系はなお成立可能なのか。

避けられない非可逆性がある世界で問われているのは、こちらのほうだ。

防災の最後の単位は、施設ではない。生存である。

Disaster-ready 2.0 とは、より大きな災害を想定することではない。前提そのものが変わることを前提に、社会を設計することだ。

山は動く。川は変わる。海岸も動く。気候も変わる。人も減る。

それでも人が住み続けられる場所を、どう設計し、実現していくか。

それがいま問われている。


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本稿は、拙著『「風の谷」という希望——残すに値する未来をつくる』(英治出版、2025)特に第5章、第7章をもとに、その記述の更新として書いたものです。

*1:The New York Times, "Nepal Flash Flood Damage"(2026年8月27日)。 https://www.nytimes.com/interactive/2026/08/27/world/asia/nepal-flash-flood-damage.html

*2:流域治水推進行動計画も参照

*3:紀伊半島大水害の被害状況については国土交通省近畿地方整備局の災害情報を参照。過去の大型災害については例えば https://www.kkr.mlit.go.jp/kiisankei/bousai/past-disaster-info.html

*4:土石流・地滑りに加えて河道閉塞による湛水が緊急調査の対象となる発生原因に加えられた。同年9月の台風12号による奈良県・和歌山県の河道閉塞箇所が、河道閉塞による湛水を発生原因とする土石流としては全国初の緊急調査着手事例となっている。

*5:砂防の世界では、災害の要因を素因と誘因に分ける。誘因は雨や地震といった引き金であり、素因は地形や地質、植生といった土地の側の条件だ。従来の防災は、誘因が変わることは考えてきた。しかし素因は、少なくとも計画の時間スケールでは動かないものとして扱われてきた。いま起きているのは、誘因によって素因が書き換わり、その素因が次の誘因への応答を決めるという事態だ。

*6:赤沢副大臣(当時)のもとで座長を務めた。

*7:IPCC AR6 WG1 第11章。 https://www.ipcc.ch/report/ar6/wg1/chapter/chapter-11/

*8:「海面上昇時代と三大都市圏」(2025-09-06)参照。

*9:国は立地の側についても認識を示しており、立地適正化計画の居住誘導区域からは災害レッドゾーンが原則除外されている。

*10:中央防災会議によれば、荒川右岸低地が氾濫した場合、地下鉄の多くが水没すると予想されている。後楽園、神保町、霞ヶ関、六本木など四十四の駅では、地上が浸水していなくても地下が水没する。

*11:「Disaster-Ready:停止状態に陥らない社会をデザインする」(2026-01-10)

集約の外側にも、国土はある — コンパクトシティが答えていないこと


火入れによって保たれる茅場と、地形に沿った道
Minakami-Fujiwara, Gunma, Japan
1.4/50 Summilux, Leica M10P, RAW

先日、国土計画に携わる方から連絡をいただいた。人口減少や社会経済の変化を踏まえた今後の国土像について、「風の谷」の考え方も含め、一度話を聞かせてほしいという。

僕自身、かなり重要なテーマだと思っている。ただ、この問題について七年以上、100人を超える人間で様々に検討してきたことは『風の谷という希望』に相当に体系立てて書いた。その後もブログにいくつか書いている。講演や取材の依頼の大半をご辞退せざるを得ない状況でもあり、まずはそこから入っていただきたいとお返事した。

そのやり取りの中で、改めて一つ、書いておいた方がよいと思ったことがある。

人口減少下の国土や都市を考えるとき、いま最もよく語られるのはコンパクトシティやスマートシュリンク(英: smart decline)だ。これらは、都市経営の問題には一定の答えを出している。

しかし、疎空間の問題にはほとんど答えていない。

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人口が減る。そうである以上、これまで全国に張り巡らせてきた道路、上下水道、公共交通、学校、医療、行政などを、今までとまったく同じ形で維持し続けることは難しい。使う人が減る。維持する人はもっと減る。一方で、橋も道も水道管も学校も、一度つくれば人口に合わせて勝手に小さくなってはくれない。

だから、一定の場所に人を寄せ、都市機能を集約する。今の上下水道、道路、公共交通、医療、教育の仕組みをそのまま前提にして、一人あたりの維持費を考えれば、人口が減ったところでは寄せるという答えになる。

当たり前だ。

問題は、その前提そのものを疑っていないことだ。

集約の外側で起きること

コンパクトシティやスマートシュリンクには、必ず「外側」が生まれる。


出典:安宅和人『風の谷という希望』(英治出版、2025)図版1-9

人を寄せる対象になった場所では、インフラや公共サービスがある程度維持される。そうでない場所では、新たな投資は抑えられ、既存インフラの維持も次第に最小化されていく。そしてその外側は、狭くない。

これは財政や都市経営の論理から見れば合理的だ。しかし、そこに暮らしている人から見ればどうだろう。

「今後ここには十分な投資をしません。住み続けるのであれば、あとはできるだけ自分たちで何とかしてください」

という話になる。現代人にとってこれは、事実上、その土地に住み続けるという選択肢を失うことに近い。

そして、この意味合いが、外側に住む人に十分に説明されているとは限らない。説明しないまま進めるのであれば、それは無責任だと思う。

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具体的な話をしよう。僕の実家は富山市にある。

富山市は、コンパクトシティ政策の先行事例だ。LRTを軸に公共交通を再編し、その沿線に居住と都市機能を誘導する。「お団子と串」と呼ばれるこの構造は、2012年にOECDがメルボルン、バンクーバー、パリ、ポートランドと並ぶ世界の先進5都市の一つとして取り上げ、世界銀行の事例集にも載った。国内外から視察が来る。政策としては、日本で最も成功した部類に入る。*1

実家は、その串の外にある。約1時間に一本来ていた市バスは、4時間に一本になった。バス停は錆びて傷んだまま、直されずに立っている。

これは政策の失敗と片付ける話ではない。集約という設計思想からすれば、外側が薄くなっていくことは自然な帰結だ。

しかも、この土地は古い。旧北陸道沿いの漁村で、千年以上続いている。富山市内の人口集積地の相当部分より、むしろ古いとさえ言える。

集約の中心は、歴史の中心とは限らない。多くは20世紀に人口と機能が集まった場所だ。そこを基準に線を引けば、それより遥かに古い場所が外側に落ちる。同じことは、この手法を採るすべての自治体で起きる。むしろ、よくできた政策ほど、内と外の差ははっきり出る。

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ここで、行政実務に携わる方からは当然の反論がある。外側を捨てるとは誰も言っていない、と。

その通りだ。立地適正化計画の居住誘導区域の外は届出制であって、居住が禁じられるわけではない。そもそもこの計画が及ぶのは都市計画区域であり、疎空間の多くは初めからその外にある。

外側を正面から対象にした施策もある。集落生活圏を単位とする「小さな拠点」、集落ネットワーク圏、そして第三次国土形成計画(2023年)が掲げる「地域生活圏」。いずれも、人口が減っても生活サービス機能を維持しようとする取り組みだ。

だが、その中身を見ると、中の構造は同じだ。基幹となる集落に生活サービス機能を集める。周辺の集落をコミュニティバス等のネットワークで結ぶ。集約とネットワーク化。コンパクト+ネットワーク。

疎空間に対しても、都市に対するのと同じ解を、縮小して当てている。本質的には、小さな都市化だ。これは縮退を受け止める設計としては筋が通っている。ただし、疎空間そのものを設計対象として扱ってはいない。

ここに欠けているのは、疎空間を都市の縮小版として扱うのをやめ、別のアーキテクチャとして設計するという発想だ。

守るべきなのは機能だ

僕らは、蛇口をひねれば潤沢に良質な水が出ることを前提として生きている。使った水やし尿は、衛生的に処理できる。ごみは定期的に回収される。道は維持される。雪が積もれば、一定量を超えれば除雪される。電気が来る。通信がつながる。

自分でクルマを運転できなくても、ある程度の移動手段があることを期待している。体を壊せば、そう遠くないところにクリニックぐらいはあり、大きなけがをしたときには外科のある病院にたどり着けると思っている。子どもがいれば、少なくとも初等教育、中等教育の一定部分にはアクセスできると考えている。

これらを僕らは一括して「インフラ」や「公共サービス」と呼んでいる。しかし実際には、これは便利なサービスの束ではない。

現代人がある場所で暮らすための生命維持系 (system) だ。

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では、人口が減ったとき、この生命維持系をどうするのか。ここで二つを分けて考える必要がある。今あるインフラを残すことと、そのインフラが提供してきた機能を残すこと。この二つは違う。

  • 水道管を今と同じように何十キロも延ばし続ける必要があるのか
  • 路線バスを現在と同じ時刻表で走らせ続ける必要があるのか
  • すべての集落の近くに診療所を維持する必要があるのか
  • 学校という建物を今と同じ数だけ残す必要があるのか

恐らく、答えはノーだ。だが、

  • 安全な水が使えること
  • 排水やし尿を衛生的に処理できること
  • 必要なときに移動できること
  • 病んだときに医療につながること
  • 子どもが教育を受けられること
  • エネルギーと通信が使えること

これらは、その場所を人が暮らせる場所として残すのであれば、何らかの形で満たさなければならない。

守るべきなのは、管でも建物でも路線でもない。機能だ。

都市スペックから谷スペックへ

『風の谷という希望』(「谷本」)では、空間が生き続ける力を viability、存続可能性と呼んでいる。持続可能性、sustainability を語る以前に、その空間そのものが存続できるのかという問題だ。

kaz-ataka.hatenablog.com
(Medium連載 "Designing for Viability" 日本語版。)

僕らは、存続可能かつ持続可能な状態にある自然豊かな疎空間を「風の谷」、略して「谷」と呼んでいる。特定の場所の名前ではない。疎空間に住まうための設計思想の呼び名だ。

現在の疎空間の多くは、都市からの相当量の経済的な「輸血」によって成り立っている。なぜそこまでコストが高くつくのか。僕らはこれをスケール則と呼んでいる。

山の上に一軒だけ家があり、そこに1キロの道と水道を引くとする。かなり低いスペックの舗装道でも、5億円前後かかる。人口密度1万人の場所に引く国道が仮に50億円だとして、密度が千分の一以下になっても、費用は一桁ちょっとしか落ちない。分子はほとんど下がらず、分母だけが千分の一になる。一人あたりのコストが跳ね上がるのは、これが理由だ。システム全体の負荷のかなりの部分は、端にある。

そこで「ならば人を寄せよう」と考えるのがコンパクトシティだ。しかし、もう一つ別の問いがある。

人が少なくても回る仕組みをつくれないのか。

僕らはこれを以前から「逆のスケーラビリティ(reverse scalability)」問題と呼んできた。これまで社会は、100人の仕組みを1000人、1万人でも回せるようにする拡大の力を競ってきた。これから必要になるのは逆だ。1000人で回していたものを、500人、100人になっても、必要な価値を大きく落とさずに回せるようにする力だ*2

これは、いまある公共サービスを薄く延ばし続ける話とは逆である。

一つ、やるべきなのは、都市スペックから谷スペックへの転換だ。空間の維持に必要なレベルで、身の丈に合ったインフラに作り直す。これを実現する土木を、僕らは「ほぐす土木」あるいは「逆土木」と呼んでいる。*3

kaz-ataka.hatenablog.com
(2020年9月15日/日刊建設工業新聞 特別提言記事を許可を経て転載)

維持費は、建造単価にほぼ比例する。キロ10億円の道は、キロ1億円の道の10倍の維持費がかかる。「ほぐすこと」は、そのまま次の世代に残せる余力になる。

水道管を何十キロも延ばすかわりに、近くで取り、浄化する。中央のグリッドにつながっていることを、所与としない。

ただし、一軒だけがオフグリッドになっても効果は薄い。他の家が使い続ける限り管は撤去できず、収益だけが減って採算はかえって悪化する。グリッドをほぐすのなら、末端の枝ごとまとめて切るべきだ。*4

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そもそも水は生活用水だけではない。生活用水は、人間社会が必要とする水の1割強にすぎない。農地を潤す水、森と水源を育む水、下流域へ流れていく水。四つの水は循環でつながっている。*5

エネルギーは、まず用途を見る。疎空間で最も大きいのは人とモノの移動で、6割近くを占める。次いで、寒冷地では暖房だ。都市とは需要の形が違う。だから熱は熱で使う。冬の暖房なら、強度伐採すべき人工林はいくらでもあるのだから、間伐材を薪やペレットで燃やす方が筋がいい。*6

太陽光や風力を並べれば済む、という話でもない。数ミリの雪が積もれば太陽光の出力はゼロに近づく。設置が土砂災害の誘因になった例もある。欧州と異なり風が安定的に吹く土地はこの国には少ない上、風から取れるエネルギーは小さな風車ではたかが知れており、景観を壊す大きさのものは谷の求心力そのものを損なう*7。グリッドの形も、火山灰と雨で止まる架空線のままでよいわけがない。*8

そろばんを叩く

人を運ぶ、物を運ぶ、医療を届けるという機能を、それぞれ別々のサービスとして考えること自体を見直す。ここで、技術の使いどころを取り違えると話が壊れる。

バスで考えてみる。人口密度25人/km²、8キロ四方の土地。人口は1600人。ここに上下1日8便のバスを走らせると、ディーゼルでもEVでも、年間1700万〜1900万円ほどの赤字が出る。運転手のいらない自動走行バスにしても、センサーや通信の設備投資と安全監視員の人件費で、同じくらいの赤字が残る。住民一人あたり、年間一万円強の負担だ。

しかも決まった経路しか走らないので、家の前には来ない。定時運行なので、出たいときに出られるわけでもない。利用客が今の3倍あれば採算は合う。疎だから合わない。

これは、都市型のソリューションを疎空間にそのまま持ち込んだ結果だ。ここにも、小さな都市化に通じる構造がある。

必要なのは、バスを自動化することではない。形式を変えることだ。住民が持つEVを使ったオンデマンドのライドシェアであれば、公が大量に設備投資をしなくても回る。ドア to ドアになり、QOLもむしろ上がる。空の大型車が走る無駄も消える。自動運転は、その上に段階的に載せていけばいい。谷は交通量が少なく、主要ルートも限られる。逆説的に、その実装には適した環境かもしれない。*9

大切なのは、デジタルを入れることより先に、そろばんを叩くことだ。そしてもう一つ。今の仕組みをどう維持するかという問いから、一度離れることだ。

「水道をどう残すか」ではなく「どうすれば水に困らないか」。
「バスをどう残すか」ではなく「どうすれば移動に困らないか」。
「病院をどう残すか」ではなく「病んでも老いても、どうすれば安心して暮らせるか」。

問いを変えなければ、答えも変わらない。

なお、これは5年10年で済む話ではない。道や上下水道のような土木インフラを身の丈に合ったものに作り直すには、最低でも数十年かかる。しかもほぐしている間、当面はこれまでに近い土木費用はかかり続ける可能性が高い。効果が目に見えるのは、世代が変わる頃だ。それでも、いまの仕様のまま維持しようとする限り、コストは下がらない。問われているのは、新たな財源の有無よりも、いま投じている費用をどちらに向けるかである。

そしてこれは、金だけの問題でもない。建設業の就業者は、1997年の685万人をピークに、2024年には477万人まで減った。実際に現場で手を動かす技能者に限れば、464万人から303万人だ。しかも就業者の4分の1以上が60歳以上である*10。この人数がさらに減ったとき、いまの仕様の道を維持しきることはできない。手が足りなくなれば、結果として巨大な空間を捨てることになる。ほぐすのは、そうならないためでもある。

同時に、physical AIへの期待は大きい。点検、測量、草刈り、除雪、簡易な補修。これまで人がやるしかなかった維持の作業を機械が担えるようになれば、少ない人数でも空間を保てる。ただし、いまの仕様のインフラにそのまま機械を入れても難しい。機械が扱える形に空間をほぐしておくことと、physical AIを入れることは、セットの話だ。*11

ここで、もう一つ重要なことがある。すべての集落を今の姿のまま永久に残せという話ではない。そんなことはできないし、する必要もない。

災害リスクが高すぎて、人が住まない方がよい場所もあるだろう。自然に還した方がよい土地もある。人がいなくなる集落も当然出てくる。使われなくなった道路や公共施設を除却することも必要になる。人口が減る以上、社会は縮まざるを得ない。*12

縮むこと自体は、問題ではない。

問題は、縮むことと、住める場所を失わせることを、同義にしてしまうことだ。

外側は、国土の大半である

多くの人が「地方」と呼んでいる空間についても、少し注意が必要だ。この問題は、都会 vs 地方という構図に収まらない。地方と呼ばれる県であっても、大半の人は人口密度の高い都市的な場所に住んでいる。

いわゆる「地方問題」「国土問題」と呼ばれているものの大半は、実質的には疎空間問題だ。人口減少も、インフラ維持の困難も、災害時の脆弱性も、先鋭化するのは人口密度の低いところである。大都市圏の内側であっても、疎な周縁部から順に現れる。

数字を見た方が早い。


出典:安宅和人『「風の谷」という希望』(英治出版、2025)図版1-7

2020年の国勢調査を1kmメッシュで見る。国土387,286km²のうち、そもそも人が住んでいない地域が54.3%。人が住んでいて、かつ人口密度が50人/km²以下の地域が19.8%。合わせて74.1%、およそ四分の三が疎空間だ。そしてこの74.1%に暮らしているのは、1億2,615万人のうちの1.0%にすぎない。

逆から見れば、人口密度5,000人/km²を超える地域は国土のわずか1.7%。そこに人口の49.5%、つまり半分が住んでいる。人が実際に住んでいる国土(約17.7万km²)に限っても、その四割強は疎空間であり、そこに暮らすのは国民の1%である。

つまり、コンパクト化によって生まれる「外側」は、地図の片隅に少し残る場所ではない。

国土の大半である。

そこには森があり、水源があり、農地があり、海岸があり、何千年にもわたる土地の記憶がある。そこをすべて、人が住まない空間にしていくのか。それとも、必要な場所については、疎なままでも人が生きられる新しい仕組みを考えるのか。

かなり大きな分岐だと思う。

ここで、「谷」検討の土台にある二つの前提を書いておきたい。人類の二大課題は、「地球との共存」、そして「人口調整局面のしのぎ方」であるということだ。*13

この二つは、疎空間において最も先鋭的な形で現れる。そして、この二つから必然的に導かれるのがレジリエンスだ。効率でも成長でもない。変化に耐え、変化に応じる力である。

同時に、この二つの前提は、都市集中を合理的にしてきた条件そのものを揺らがせ始めている。

一つは、リスクの側からだ。人口、経済、情報、物流、意思決定。この国は社会の基幹機能を、少数の巨大都市圏に極端に集中させてきた。集中は効率を生む。同時に、集中は相関を生む。同じ場所に集めたものは、同じ事象で同時に止まる。*14

しかも、災害の規模そのものが変わりつつある。環境省が2019年に示した「2100年 未来の天気予報」では、1.5℃目標を達成できなかった2100年夏に、中心気圧870hPa、最大瞬間風速90m/sというスーパー台風が描かれている。多くの家が倒れうる風速だ。*15

今後30年から50年のあいだに、道もまちも造り直さざるを得ない。そのとき、都市部は直されるだろう。止まれば国が止まるからだ。

では、外側はどうなるか。

ここでも、同じ問いが出てくる。分散は、平時には非効率に見える。冗長性は、平時には余剰に見える。だから予算の議論では真っ先に削られやすい。しかし、社会が止まらないための余裕は、平時の効率の中には現れない。疎空間を人が住める状態で残しておくことは、国土全体に冗長性を残しておくことでもある。

もう一つは、価値の側からだ。AIは空間を不要にするというより、空間に求められる価値そのものを変える。都市にしか成立しなかった機能の一部は、場所から離れていく。毎日、巨大都市の中心にいる必要は薄れる。一方で、自然、身体、食、文化、土地の記憶といった、その場所でしか生まれない価値の重みは、むしろ増す。

だとすると、人口減少局面にある今やるべきなのは、20世紀につくった都市集中型の国土構造を、そのまま小さく縮めることなのだろうか。

僕にはそうは思えない。

疎であることと、閉じていること

縮むことは避けられない。しかしそこで、公が先に手放すべきなのは、場所よりも、古い仕組みの方だと思う。「公が最後まで踏ん張る」とは、すべての水道管や道路、学校、診療所を永久に維持することだろうか。そこを人が暮らせる場所として残すのであれば、最低限、生きられる条件をどう成立させるかを最後まで考えることだと思う。

都市には都市の仕組みがある。中密度の空間には中密度なりの仕組みがある。そして疎空間には、疎空間に合ったアーキテクチャがあってよい。

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さらに言えば、密か疎かという軸だけで考えるから行き詰まる。もう一つ軸がある。その空間が、開いているか、閉じているか、だ。

疎であること自体が問題なのではない。疎が閉じていることが問題なのだ。僕らは疎でありながら開いていることを「開疎」と呼んできた。開疎には、三つの意味的な広がりがある。

一つは、災害とパンデミックに対する「保護的な開疎性」だ。非接触の流れ、屋外の空間、分散した物流、非同期の仕事。感染も、避難のボトルネックも、インフラの過負荷も減る。

二つ目は、風・景観・快適性につながる「環境的開疎性」だ。空気が抜ける。熱がこもらない。視線が遠くまで通る。僕らが絶景と呼んでいるものは、構造的には開疎性の表れでもある。

三つ目は、才能と変化を吸収する「文化的開疎性」だ。外から来る人、産業、技術を、断絶なく受け入れられるかどうか。閉じた系は、変化に必要な多様性の流入そのものを失う。

人が出入りできる。情報が巡る。学びが溜まる。資源が滞らない。それができていれば、疎であることは衝撃を吸収する力になる。それぞれを同じ仕組みで維持する必要はない。異なる密度の空間が、それぞれの形で存続可能であること。そこには大きな意味がある。

kaz-ataka.hatenablog.com

最後に、一つ断っておきたい。ここまで書いてきたのは、生きられるかどうかの話だ。存続可能性の話であって、そこに住みたいかどうかまでは扱っていない。

人が実際にその疎空間を選ぶには、そこにしかない何かが要る。圧倒的な景観価値(絶景)。創造性あふれる生活基盤(絶生)。その土地でしか得られない出会いと気づき(絶快)。僕らはこれを「三絶」(さんぜつ)と呼び、求心力の要件として整理してきた。

生きられることは必要条件だ。十分条件ではない。

コンパクトシティは、どこに集めるかへの答えだ。スマートシュリンクは、どう畳むかへの答えだ。どちらも要る。残っているのは、集約の外側をどうするのかという問いだ。

スマートに縮むとは、人を賢く集めることであり、同時に、人が減っても生きられる空間をどう残すかを設計することでもあるはずだ。残す場所は選べばいい。すべての人に疎空間で暮らすことを勧める必要もない。ただ、都市に住む以外の選択肢が残るかどうかは、設計の結果として決まる。人口減少が自動的に決めることではない。

国土を考えるとは、この列島の上に、次の世代が実際に選ぶことのできる「生きられる空間」を、どれだけ多様に残せるかを考えることだ。

集約の外側にも、国土はある。

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ps. 本稿と同じテーマを、英語圏の読者に向けて再構成した英語版をMediumに掲載しています。
There Is Land Outside the Line
What compact city policy does not answer
medium.com

*1:Compact City Policies | OECD; Toyama, Japan: Light Rail Transit and Urban Integration (World Bank Urban Knowledge Exchange) http://openknowledge.worldbank.org/handle/10986/22819

*2:逆のスケーラビリティ - ニューロサイエンスとマーケティングの間 - Between Neuroscience and Marketing

*3:『風の谷という希望』第4章、第9章を参照

*4:『風の谷という希望』図版4-13 「オフグリッド化とグリッドの経済」を参照

*5:『風の谷という希望』図版9-23 「日本国土の水収支」を参照

*6:『風の谷という希望』図版10-3 「疎空間の用途別エネルギー構成」; 10-5 「人口密度と一人あたり家庭用エネルギー」を参照

*7:またブラックスタート機能の欠落のため、能登の風力発電が地震のあと全機止まったことは記憶に新しい。

*8:以上、『風の谷という希望』第10章「人間の活動を支えるエネルギー」を参照

*9:このエネルギー視点だけでは、答えの出しようがない応用問題としてのモビリティについては『風の谷という希望』第15章を参照

*10:総務省「労働力調査」(各年平均)。技能者数は日本建設業連合会「建設業の現状」による。

*11:第六の象限 - ニューロサイエンスとマーケティングの間 - Between Neuroscience and Marketingを参照

*12:少子化問題を考える - ニューロサイエンスとマーケティングの間 - Between Neuroscience and Marketingを参照

*13:人類の抱える2大課題、、実魂電才(物魂電才2) - ニューロサイエンスとマーケティングの間 - Between Neuroscience and Marketingを参照

*14:都市集中という「隠れた」システミック・リスク - ニューロサイエンスとマーケティングの間 - Between Neuroscience and Marketing

*15:環境省「『2100年 未来の天気予報』(新作版)の公開について」(2019年7月8日)。1.5℃目標未達成の夏のシナリオでは、中心気圧870hPa、最大瞬間風速90m/sの台風を想定。動画「2100年 未来の天気予報 夏」も参照。 https://www.env.go.jp/press/107008.html

Killing Me Softly——AI時代に「自らに由る」とは


制約のある世界のなかでも自在に動ける力
Shodoshima island, Japan
1.4/50 Summilux, Leica M (Typ 240), RAW


学生の頃、友人たちと実によく飲み、よく語り合った。そこには何冊か必読書があり、その一冊がエーリッヒ・フロムの『自由からの逃走』(東京創元社、日高六郎訳)だった。伝統や権威という「第一次的な絆」から解放されることだけでは人は自由にならず、孤独や無力感に耐えられなければ、権威への服従や画一化へと自由を手放してしまう、そんな話だ。

あの頃、店でも部屋でもよく流れていた曲のひとつが Killing Me Softly だった。このところ、ふとしたことから久しぶりに聴きだして、繰り返し聴いている。この曲の話は最後にしよう。

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岡野原大輔氏*1の『ヒトとAI』(岩波新書 2026)をこの数日、開いている。ヒトと敢えてカタカナで書いているのは生物学的な意味の Homo sapiens の意味であることは言うまでもない。

様々な意味で実に味わい深いこの一冊は、未来に残る古典になるだろうが、その一節でこう語られる。*2

「自由とは、選んだ結果を自分のものとして引き受けられること」
「責任とは、選択の帰属を放棄しないこと」

だが、AIが選択肢をつくり、比較し、推薦し、ときには自分以上に「自分なら何を選ぶか」を知るようになったとき、自由とはいったい何を意味するのだろう?

ここで思わず、しばらくの間たゆたうように思ったことを、備忘録代わりに記しておこう。

「自由」という二階建ての言葉

「自由」は、通常、英語の freedom、liberty に該当する言葉だとされ、実際のところ、その意味がわからない人には適切に使うことのできない典型的な二重の背景のある言葉だ。一つは東洋、そして日本の文脈であり、もう一つはもちろん欧文脈だ。権利(right)、自然(nature)などと同じだ。

中国古典由来の「自らに由る」、みずからをよりどころにする、を源とするこの言葉は、外からではなく、自分自身を起点として動くという意味だ。

これが仏教的な影響を受け「自由自在」という言い方につながっていく。欲望のままに振る舞うことという意味では毛頭なく、むしろ逆に、執着や固定観念、自我へのこだわりに縛られず、その場に応じて自在に動けるという状態のことを意味している。自在というのは、状況が変わっても、自分を失わず、その状況に応じて動けることだが、この意味では、自由と自在は近い。

つまり、自由とは制約がなくなることではなく、制約のある世界のなかでも自在に動ける力を持つことと言える。疎空間的な山に住む人、職人、農家を考えるとわかりやすい。自然条件、消費、娯楽という意味では都市生活よりはるかに制約が多い。しかし、土地を読み、天候を読み、道具を使い、周囲と助け合い、自分で暮らしを組み立てられる人は、ある意味では非常に自由だ。

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結果、「自由」という言葉には、

  • 無理をしなくてよい
  • 自分らしくいられる
  • 気兼ねしなくてよい
  • 自然体でいられる

という、自分を取り繕わなくていいという意味での使い方が多い。

日本語の「自由」の古層だけを取り出せば、選択肢が一つしかなくとも、それを自ら引き受けて自在に振る舞えるなら「自由」でありえる。逆に選択肢が50も100もあったとしても、欲望や恐怖、世間体に振り回されているなら自由ではない、ということだ。

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しかも日本語では「勝手」「わがまま」「好き放題」と「自由」が近づく瞬間がそう珍しくない。

「自由にしてください」は肯定的かもだが、

「ずいぶん自由にやっているね」
「自由すぎる」
「自由奔放」
「自由気まま」

と言われると、褒め言葉ではないニュアンスが多く含まれる。

面白いのは、この影が明治期の借用によって生じたものではなく、出自の時点ですでにあったことだ。『後漢書』閻皇后紀に、こうある。

兄弟権要、威福自由

外戚が権勢を握り、賞罰を思いのままにした、という文脈で、これは明らかに非難だ。「自らに由る」は、裏返せば「他に由らない」ということであり、そこには最初から専横の気配が同居していた。

しかもこの含みは、日本に入ってからも長く続く。『徒然草』六十段、真乗院の盛親僧都を評してこう書かれる。

万自由にして、大方、人に従ふといふ事なし

万事思いのままで、人に従うということがない。中世の古文書でも「自由」は、先例や道理を無視した身勝手な主張を指す語として使われ続けた。

兼好のこの筆致は、単なる非難ではない。呆れながら、どこか感心している。これはそのまま「ずいぶん自由にやっているね」の語感だ。先ほど並べた「自由すぎる」「自由奔放」のあの微妙な響きは、明治の翻訳が生んだ歪みなどではなく、七百年前とほぼ同じ場所にある。*3

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また「自由になった」と言うと、

  • 会社を辞めた
  • 子育てが終わった
  • 離婚した
  • 定年になった
  • 一人暮らしになった

など、拘束がなくなった状態を指すことが多く、しかし同時に「することがない。誰からも必要とされない。誰ともつながっていない」というニュアンスも含んでいる。日本語の「自由」は、ときに解放だけでなく、孤立を同時に含んでおり、「自由だけれど寂しい」という文章はまったく矛盾しない。

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これが、幕末、明治期に入り、欧文脈の liberty や freedom を日本語にしなければならなくなり、「自由」が対応語として定着していく。

福沢諭吉、西周らは、これをどう訳すかに大変に苦労している。「自主」「自尊」「不羈」「自在」などに近い意味を含みつつ、政治的・社会的な権利としての liberty を表す必要があったためだ。福沢は『西洋事情』で、この訳語が「我儘放蕩」の意に取られることをはっきり警戒している*4。中村正直が J.S. ミルの "On Liberty" を『自由之理』(1872)として訳したのも同じ時期だ。

訳語を選んだ当人たちが、その語の持つ影を正確に見抜いていた、ということでもある。そしてここで日本語の「自由」は二階建て、もしくは二枚重ねになった。

freedom の根にあるもの

では、欧文脈の freedom、liberty とはなにか?

liberty はラテン語 libertas 系で、政治制度・法・権利の語彙になりやすい。一方、freedom はゲルマン系の日常語なので、より広く、身体的・心理的・実存的にも使える言葉だ。そういう意味で彼らの大和言葉的な freedom を掘ってみよう。

手元の Webster などによれば、free は古英語(Old English)*5の frēo, frīg に遡り、"one's own, dear"——「愛しい、仲間に属している」という語群とつながっている。英語の friend も遠い親戚にあたるという。

つまり、非常に古い層では、freedom を持つ人は、「誰にも属さない孤立した個人」というより、「奴隷ではなく、共同体の正式な一員として生きている人」に近かったと考えられる。これは「自由=個人主義」のイメージとは相当に違う。freedom の根には所属(belonging)と尊厳(dignity)があるということだ。

そして状態・領域を示す接尾辞 -dom もまた示唆的で、これは古英語 dōm、すなわち「裁き」「法」「管轄」に由来する。英語の doom と同根だ。freedom とは語源的には「自由という管轄領域」であり、はじめから境界を含んだ言葉だったことになる。

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さらに、西洋政治思想のなかでは、freedom は長く slavery(奴隷制)/ servitude(隷属)/ tyranny(専制)の反対語だった。したがって、

I am free.

というのは、単に「私は好きなことができる」ではなく、「私は他者の恣意的な意思に従属していない」という意味になり、これが、マグナ・カルタ、イギリス市民革命、アメリカ独立、フランス革命、奴隷制廃止、公民権運動などにつながっていく。

アメリカ文化で freedom が非常に強い感情を伴うのもこのためで、freedom of speech、freedom of religion、freedom from oppression、academic freedom など、「権力がここを侵してはいけない」という境界を示す言葉になっている。先ほどの -dom がそのまま生きている。

一方で financial freedom、freedom to choose、freedom from fear、a sense of freedom、I finally feel free. なども実に自然な英語だ。最後の I finally feel free. は、「私は自由権を持っている」ではなく、「何かから解放され、自分として動ける感じがする」という意味だ。このため freedom は、制度的概念であると同時に身体感覚に近い言葉と言える。

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また、英語の freedom にはもともと二方向がある*6

  • freedom from X = X に邪魔・支配・拘束されないこと
  • freedom to Y = Y を実際に行えること

たとえば貧しい人に「どこにでも住む自由がある」と言っても、実際に住居を選べなければ形式的自由(freedom from)しかない。その意味で、この2つの freedom の違いはとても重要だ。

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心理学的には、人は単に選択肢が多いから自由を感じるわけではなく、むしろ、「自分が自分の人生の原因になっている」という感覚が重要だ。Deci と Ryan の Self-Determination Theory でいう autonomy に近い。岡野原さんの言う「引き受け」は、この autonomy の別名でもある。

たとえば100種類の商品から選べても、「買わなければならない」「評価されるためにこれを選ばざるを得ない」と感じていれば、それほど自由ではない。一方、選択肢が3つしかなくても、「自分で考え、自分で決めた」と感じられれば freedom を感じる。

したがって心理的な freedom は、options より self-direction に近い。この議論は、かつて整理した、AI native 時代においてデジタルで閉じてしまう領域では人間はディレクションとダメ出ししかすることがなくなってしまう、という話と表裏一体とも言える。

kaz-ataka.hatenablog.com

自由 ≠ 独立

現代のアメリカでは freedom がしばしば individualism と結びつき、

自由=誰にも指図されないこと
(freedom = nobody tells me what to do)

のように理解される。しかし歴史を遡ると、奴隷はコミュニティから切り離されていたから不自由だったのではなく、むしろ「他者との関係そのものを自分で選べず、主人の恣意に支配されていたから unfree だった」と言える。

そう考えると、freedom ≠ independence (自由 ≠ 独立) であり、人間は他者、土地、自然、制度、インフラに依存していても free であり得る。依存(dependence)の反対が自由(freedom)なのではない。問題は支配(domination)であり、「そこから出られないこと」だ。

また、たとえば「どこに住むか」を再び考えるとき、形式上は誰でも好きな場所に住める。しかし、仕事・医療・教育・通信・交通が都市にしかなければ、You are free to live anywhere. は法的には真でも、実質的にはかなり怪しい。その意味では本当の freedom は、

実際に成立する複数の生き方のなかから選べること
(the ability to choose among genuinely viable ways of living)

と捉えることができる。この捉え方をすると、freedom は「制約がないこと」ではなく、「生きられる可能性が複数あること」になってくる。制約下での自在さを説く日本語の「自由」とは、ほとんど真逆の響きだ。*7

二つの軸

日本語の「自由」と英語の freedom が微妙に、そして本質的に違って響く理由は、ここまでで出揃った。両方を重ねると、自由には二つの軸がある。

第一の軸は、環境の側にある。その人の前に、実際に成立する生き方が複数あるか。viable な選択肢の空間がどれだけ開いているか。freedom from の延長にある問いだ。

第二の軸は、主体の側にある。その選択の帰属を、最後に自分のものとして引き受けているか。岡野原さんの定義であり、「自らに由る」の核心でもある。

このどちらが欠けても自由とは言えない。選択肢がいくらあっても引き受けなければ自由ではないし、どれだけ引き受けても選べる生き方が一つしかなければやはり自由ではない。

だから自由の定義はこうなる。

自由とは、何にも依存しないことではない。他者や社会や自然との関係のなかにありながら、それらに一方的に支配されず、実際に成立する複数の生のなかから、自らに由って選び、引き受けられることである。

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さらに一歩進めると、これは「疎」と非常に相性がいい考え方だとも言える。

密から逃げることが自由なのではない。「密にしか生きられない」という状態から解放されることが自由である。都市も谷も、その間も、viable な生の選択肢として存在すること。それが自由を増やす。

風の谷という営みの根にあるのは、第一の軸を広げる仕事だ。誰かに谷に住めと言う話ではまったくなく、住むという選択肢が実際に成立するようにしておく、という話だ。選択肢が成立していない世界では、第二の軸をどれだけ磨いても自由は増えない。

AIは、どちらの軸に効くのか

生成AIが登場したことで、「選択肢をつくる」「比較する」「推薦する」「ある程度まで判断する」こと自体は、どんどんAIに外部化できるようになった。無意識に「自由=自分で選ぶこと」だと思っていた定義が怪しくなってくる。

AIに1000案つくらせ、その中からAIにベストなものを選ばせることもできる。人生相談をして「あなたなら A がいいでしょう」と言わせることもできる。仕事上の判断も相当なところまでAIに委ねられる。では、それに従った自分は自由なのか。

岡野原さんの定義に立てば、問題は誰が選択肢を生成したかではない。最後にその選択を誰のものとして引き受けるかだ。

ただ、引き受けだけを自由の条件にすると、自己責任論と区別がつかなくなる。用意された選択肢の中から選び、「これは私の選択だ」と引き受けた人は、はたして自由になったのか、それとも引き受けたという実感だけを与えられたのか。

だから二つの軸で見る必要がある。AI時代に本当に恐ろしいのは、第二の軸を保ったまま、第一の軸がこっそり縮むことだ。

しかもこの縮小は自覚されない。第一の軸が縮むとき、体感はむしろ逆に振れる。「選択肢が増えた」と感じるからだ。1000案は確かに1000案ある。だがそれは同じ空間の中の1000案かもしれない。手元の選択肢が増えるほど、その外側にあったはずの生き方は見えなくなる。

フロムがかつて1941年にナチスを見つつ喝破した通り、かつて自由から逃げる先は、権威、指導者、組織、世間、画一性だった。これからはそこに「AIがそう言ったから」が加わるかもしれない。だがそれ以上に静かなのは、逃げたつもりすらないまま、選べたはずの生が視野から消えていくことのほうだ。

Killing Me Softly

Strumming my pain with his fingers,
Singing my life with his words,
Killing me softly with his song,

彼の指が私の心の痛みをかき鳴らしている
彼の言葉は私の人生をうたっている
彼の曲が私をやさしく殺そうとしている
(拙訳)

Killing Me Softly は、永遠の名曲だ。2025年2月に逝去した Roberta Flack さんの声で世界的に親しまれたこの曲は、もともと Lori Lieberman さんが1972年に録音したものの、翌年のカバーだということを最近知った。オリジナル版は、いい歌手がいると聞いてふらりと店に立ち寄った、という場面から始まる。

そこである歌を聞き、何も自分のことを知らないはずの人が、自分でもまだ言葉にできていなかった自分の人生を歌っている——そんな衝撃を受けて書き落とされた曲だ、と Lieberman さんは語っている。

ただ、この来歴自体に異論がある。クレジット上の作詞は Norman Gimbel、作曲は Charles Fox であり、着想が誰のどの経験に由来するのかについて、当事者たちの証言は食い違っている。

この曲は、「誰の経験が誰の言葉になったのか」がわからなくなった曲でもある。これから書こうとしていることの、そのままの前触れのようだ。

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自由とは、選んだ結果を「自分のもの」として引き受けられること、と捉えるなら、Killing Me Softly はその一歩手前にある、もっと不穏な問いを突きつけているように思う。

そもそも「自分のもの」とは何なのか。自分の感情。自分の記憶。自分の物語。自分の言葉。自分の選択。僕らはそれらを「自分の内側から出てきたもの」と思っている。

ところが、他人の歌を聴いた瞬間に、「これは自分だ」と思ってしまう。自分より他人のほうが自分を言い当ててしまう。すると、主体と外部の境界が急に怪しくなる。

そしてこれは、生成AIとの関係に驚くほど似ている。

AIと長くやり取りしていると、ときどきかなり奇妙な瞬間がある。自分がまだうまく言葉にしていなかった考えをAIが言語化して、「そう、それだ」と思う。

そのあと必ず、次の問いが来る。

これは自分が考えたのか、AIが考えたのか?

こう書きながら、では具体的にどれがそうだったのかと思い返すと、うまく取り出せない。だがそれは当然なのだと思う。AIの言葉が自分の言葉として馴染んでしまったなら、後から切り分けられるはずがないからだ。切り分けられた分だけが記憶に残り、馴染んでしまった分は記憶から消える。手元に例がないということ自体が、その証拠のようなものだ。

これは Killing Me Softly と同じ構造だ。他者が、自分の内側にあった何かを、自分より先に言葉にしてしまう。そしてAIの場合にはそれが偶然ではなく、自分との対話を材料として、ますます精密に自分を映す鏡になっていく。

フロムは言う。「自分で決める」というのは不安だ、と。

誰かが、「あなたはこういう人ですよ」「あなたが本当に欲しいのはこれですよ」「あなたならこちらを選ぶべきです」と言ってくれれば、多くの人はものすごく楽になる。占いやおみくじはまさにこの仕事をしている。

しかも、その発言の相手が自分以上に自分を理解しているように感じられたら、なおさらだ。20世紀にはそれが権威や集団やイデオロギーだった。21世紀には、そこに自分を極めてよく理解するAIが加わる。

強制されて起きるとは限らない。むしろ、気持ちがいいから起きる。Killing Me Softly だ。

境目をどこに引くか

すると「自らに由る」がものすごく重い言葉になる。その「自」はどこから来たのか。自分の考えは、本当に自分だけから生まれたのか。

親、友人、教師、本、音楽、社会、文化、アルゴリズム、AI……無数の他者によって自分はできている。

そうだとすると「自らに由る」は、外部の影響を受けないことではあり得ない。むしろ、無数の外部からつくられた自分でありながら、最後には「これは私の生だ」と引き受けることだ。

では、自分を発見させてくれる他者と、自分を明け渡してしまう他者。その境目はどこにあるのか。

いまの僕の仮の答えは二つある。

一つは、事後に自分の言葉で言い直せるか。なぜそれを選んだのかを、借り物の理由ではなく自分の語彙で説明できるなら、それは自分のものになっている。「AIがそう言ったから」しか出てこないなら、まだなっていない。

もう一つは、そこから降りられるか。その相手なしでも判断できる状態が保たれているなら、依存していても自由だ。ないと立てなくなっているなら、もうそこから出られない。

自分を発見させてくれる他者は、こちらの語彙を増やす。明け渡してしまう他者は、語彙を減らす。増えているか、減っているか。見るべきはそこだ。

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「自由からの逃走」は、これからますます簡単になる。それは権力によって力ずくで奪われるのではなく、自分をよく分かってくれる何かに、気持ちよく預けることで起きるのかもしれない。

Killing me softly.

だからこそ、自らに由る。無数の他者によってつくられた自分でありながら、それでも最後に、自分の生を「自分のもの」として引き受ける。そして同時に、引き受けるに値する生の選択肢が、複数あり続けるようにしておく。

AIの時代に問われる自由とは、案外、そんな古い言葉の中にすでに書かれていたのかもしれない。

*1:日本におけるAI構築の第一人者の一人。Preferred Networks (PFN) 共同創業者 代表取締役社長

*2:『ヒトとAI』(岩波新書、2026)第13章より。

*3:『後漢書』閻皇后紀「兄弟権要、威福自由」。『徒然草』の用例とあわせ、『日本国語大辞典』の「自由」の項に拠る。

*4:本文、自主任意、自由の字は、我儘放盪にて国法をも恐れずとの義に非らず。総てその国に居り人と交て気兼ね遠慮なく自力丈け存分のことをなすべしとの趣意なり。英語に之を「フリードム」又は「リベルチ」と云う。未だ的当の訳字あらず。 福沢諭吉. 西洋事情初編 福沢諭吉著作集 (p. 14). Kindle Edition.

*5:およそ5世紀から11世紀頃まで、イングランドで話されていた言語。アングロ・サクソン語(Anglo-Saxon)とも呼ばれる。

*6:Isaiah Berlin, "Two Concepts of Liberty"(1958)の negative liberty / positive liberty の議論とも重なる。

*7:この話は風の谷の求心力のコア要件の一つである「絶生」要件の話に直結している。

数えることは、見ることではない — 日本の博士課程にある二つの伸びしろ

A scholar in his niche. Trinity College, Cambridge (2010)


2008年、このブログを書き始めた頃、読者の方からの質問に答える形で、「大学院教育で何ができると、人が育ったと言えるのか」という論考を書いた。気がつけば、もう18年前になる。

kaz-ataka.hatenablog.com

日米双方の研究大学の大学院に身を置いた目から見ると、日本の大学院における博士号と、米国のPhDは、かなり異なるものを指しているのではないか。そう整理したのが、2008年のあの論考だった。

日本では博士号は、ともすれば、大学院に入り、長い時間研究を続け、論文を書き、学会で発表するなど、研究者になるための「十分な経験」を積んだことを示す資格として受け取られる。何ができるようになったかというより、いわば、一定の苦労のチェックリストを一通り終えたことが重く見られる。

これに対して、米国の、少なくとも僕が経験したような研究大学のPhDは、プログラムが育てるべき能力を定め、候補者がそれを身につけたことを確認したうえで与える資格である。その分野を体系的に理解し、大学で教え、自ら問いを立て、独立して研究を設計・遂行し、成果を伝える。そうした一連の基礎能力を、コースワーク、教育実践、研究の設計と遂行、論文執筆、口頭審査といった具体的な経験のなかで身につけ、示したと、大学が認めるものである。

違うのは、どちらが厳しいかではない。大学が何を育て、何をもって「育った」と認めるかである。

その論考はその後、国内外の研究者にも読まれ、「教育や研究室運営に活かしている」と直接連絡をいただくこともあった。

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それから月日が流れ、大学の無期教員*1となって7年以上がたった。これから書くことは、今になって見えてきた話ではない。2008年に書いたときにも、感じてはいた。ただ、論点としてきちんと立てないまま来てしまった。遅ればせながら、正面から出しておきたい。

日本の博士課程は、博士を育てるために大学が本来引き受けるべき二つの責任を、外に投げてしまっているのではないか。

一つは、博士課程の学生の身分と生活を、本人の財布に投げていること。

もう一つは、学位を与える判断を、論文の本数と匿名の査読者に投げていることだ。

「博士課程単位取得退学」と「論文本数による学位審査」は、別々の問題に見える。だが、その根は同じである。大学が、人を育てる責任と、博士に値する仕事を自ら見極める責任を、十分に引き受けていないのだ。

身分と生活を、本人の財布に投げる

日本の大学の周辺にいると、「博士課程単位取得退学」、いわゆる「満期退学」という経歴を持つ人に、しばしば出会う。

これは、少なくとも僕は日本以外では全く耳にしたことがない言葉だ。

博士後期課程で、学位以外の必要単位を取得し、標準修業年限を終えたものの、博士号を取得しないまま大学を退学する。履歴書には「単位取得退学」と書かれる。

外から見れば、意味を取りにくい言葉だ。学位を取らずに大学を去ったのであれば、単なる退学ではないのか。事情を知らない人には、博士課程をやり遂げられなかった人のようにすら聞こえかねない。

だが実際には、それほど単純ではない。

人文科学や社会科学の多くでは、資料の発掘、長期にわたるフィールドワーク、言語の習得、単著としての大きな構想などに時間を要する。博士後期課程の標準修業年限である三年程度で、博士に値する仕事をまとめることは、分野によっては相当に難しい。

米国でも、博士の取得には相応の時間がかかる。なお、米国では学部卒業後に直接PhDプログラムへ進むことが多く、この年数には日本の修士課程に相当するコースワーク期間も含まれる。

生命科学系の博士課程では、大学院に入ってから学位を得るまで、中央値でおよそ7年を要する。入学した人のうち、10年以内に博士に到達するのは6割強にとどまり、その多くが5〜7年目に学位を得る。5年ほどで取り終える人は、むしろ少数派である。

分野の内側を見ると、この時間差はさらに際立つ。生命科学や社会科学の多くは9〜10年で頭打ちになるが、人文系、とくに英語・英文学や外国語・外国文学、は、10年を経てもなお修了者が増え続け、プラトーに達しない。三年どころか、十年でも閉じきらない時間構造がそこにある。*2

僕が専攻していたneuroscience*3のような領域では、たとえばサルを使う研究であれば、実験に入る前の訓練だけで一年以上かかることがある。一つの実験計画がうまくいかなければ、それだけで研究期間は大きく延びる。学位の取得まで7年、8年とかかることは、米国では決して珍しいことではなかった。







(工学・生命科学は6〜7年で立ち上がるが、人文学は10年でようやく約49%)

それでも、米国には日本の「単位取得退学」にそのまま当たる身分はほとんどない。多くの博士課程では、コースワーク*4を終え、Qualifying Exam*5など所定の審査を通ると、学生は博士候補生(doctoral candidate)となる*6。その後は定期的な進捗評価を受けながら、博士論文を完成させることになる。

もちろん、無条件にいつまでも在籍できるわけではない。コースワークと資格試験には明確な到達基準があり、成績が基準に届かなければ、その段階でプログラムを離れることになる。研究の進捗が不十分な場合も、プログラムを離れることがある。しかし、少なくとも一定期間は、授業料免除と生活費支援を前提に、研究者になるための訓練を受ける。博士課程の学生を受け入れるということは、プログラムがその育成に責任を負うことを意味している。

僕がいたYaleでも、大学院のtuitionは相当に高額だった*7。半期ごとに請求書は届いたが、その後、大学のfellowship*8によって支払われたという通知が届いた。生活費もstipend*9として二週に一度小切手で支給された。学費と生活費をどう支えるかは、大学、部局、フェローシップ、TA・RA、指導教員の研究費などによって異なるが、基本的な考え方は共通していた。

博士課程の学生は、大学に授業料を払う消費者なのではない。研究者として育てるために、プログラムが受け入れた候補者なのである。

一方、日本では、多くの場合、「在学期間=授業料の課金期間」になっている。論文の執筆や審査が延びれば、四年目、五年目にも授業料が発生する。生活費も当然必要になる。研究者としての訓練が続いているにもかかわらず、そのコストは基本的に学生本人に乗る。

この問題を回避するため、日本の大学は奇妙なハックを生み出した。必要な単位を取り終えた学生を、いったん退学させる。そうすれば授業料は止まる。そのうえで、「退学後、一定期間内であれば博士論文を受け付ける」という運用を行う。

これが、単位取得退学という二重構造である。

制度上は大学を退学している。ただし、その後の実態は人によって分かれる。同じ指導教員のもとで研究を続け、数年のうちに博士論文を仕上げる人もいれば、そのまま関係が切れ、学位に至らないまま終わる人もいる。前者にとっては、大学との関係は切れているようで、切れていない。

さらに、退学後の学位申請の扱いは大学によって分かれ、論文博士として整理される場合がある一方、一定期間内であれば課程博士として扱う大学も少なくない。

制度上の整理と、実際の育成過程が食い違う。このねじれ自体が、単位取得退学という奇妙な身分を生んでいる。

文部科学省が、「満期退学」「単位取得退学」を、あたかも博士課程の正規の出口であるかのように扱うことに警鐘を鳴らしてきたこと自体は、理解できる。博士課程に入った学生が、何年も学位を得られないまま放置される。大学は指導責任を曖昧にする。学生は身分も生活も不安定なまま研究を続ける。これは健全ではない。

しかし、だからといって、「在学中に学位を出せ」と年限を締めるだけでは問題は解決しない。大学が博士課程の学生の身分と生活を支える仕組みをつくらないまま、在学年限だけを厳しくすれば、時間を要する研究ほど苦しくなる。フィールドワーク、長期観察、資料発掘、単著型の研究、失敗の可能性が高い実験。そうした、本来時間をかけて取り組む価値のある研究ほど、制度の時間に押し潰されることになる。

問題は、研究に時間がかかることではない。その時間を、大学が制度として引き受けていないことにある。

学位の判断を、論文の数に投げる

大学が引き受けるべきもう一つの責任は、候補者の仕事が博士に値するかどうかを、自らの目で見極めることである。だが、ここにも別の外注がある。

日本の理工系、生命系、医学系の少なくない大学院では、博士論文を提出するための条件として、「筆頭著者として査読付き国際誌に何報以上」といった内規が置かれている。

単位ではない。博士論文全体の中身でもない。論文の本数である。

数が揃わなければ、博士論文の審査に入ることすらできない。

もちろん、査読論文を書くことは重要だ。研究成果を、外部からの批判に耐える形で整理し、世に出すことは、研究者にとって欠かせない訓練である。博士課程の間に論文を書くことを強く奨励するのは当然だろう。だが、査読論文を出すことが重要であることと、その本数を学位授与の機械的な必要条件にすることは、同じではない。

奇妙なのは、多くの場合、大学の学位規則そのものには比較的まともなことが書かれていることだ。博士論文は一篇の研究として、その学術的意義、新規性、創造性、一貫性を審査する。

正しい。

ところが、その下にある専攻の内規や運用では、その判断が論文の本数に置き換わる。表では中身を審査すると言い、裏では数を数える。*10

もっとも、本数主義にも、それなりの言い分はある。中身の判断は、どうしても主観に流れやすい。指導教員の胸三寸で、学位が理由もなく遅れることもあれば、逆に身内に甘くなることもある。論文の本数という外形的な基準は、その恣意を排し、誰の目にも明らかな最低ラインを引いてくれる。

だが、それでも、これは審査ではない。外部の査読プロセスを何回通過したか、数えているだけである。

博士号は、大学という仕組みが与える最高学位である。その学位を授与する権限と責任は、大学の本質に属する。にもかかわらず、その中核的な判断を、「匿名の査読者が、ある学術誌への掲載にいつ同意したか」に置き換えてしまう。これは、大学が担うべき審査責任の一部を、外部に委ねていると言わざるをえない。

もっとも、日本の大学院がすべてそうだというわけではない。指導教員を審査委員に加えず、査読論文の本数も要件としない専攻は、確かに存在する。ここで問題にしたいのは、個々の運用の巧拙ではなく、学位の判断を論文の本数に置き換える仕組みが、いまなお珍しくないという構造の方である。*11

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数が足りても、博士に値しない仕事はありうる。数が足りなくても、博士に値する仕事はありうる。少なくとも米国の多くの博士課程では、その両方が起こりうる。査読論文を何本出していても、研究全体が一貫した独立の探究になっていなければ、博士に値しないと判断されることがある。逆に、まだ査読論文として掲載されていなくても、仕事の中身が十分に新しく、深く、独立した研究として成立していれば、博士論文の口頭審査を通ることがある。

なぜ両方が起きるのか。見ているのが、数ではなく、中身だからだ。

博士号を与えるとは、「たくさん研究した」と認めることではない。「一定数の論文が査読を通った」と認定することでもない。自分で問いを立て、研究を設計し、失敗を含めて探索し、何か新しいものを見つけ、それを一貫した知として組み上げる力があると、大学が認めることである。その判断を、匿名の査読者に丸投げすることはできない。

査読と学位審査は、重なる部分はあるが、同じものではない。

査読は、個別の論文が、その学術誌 (academic journal) の文脈で掲載に値するかを判断する。学位審査は、研究全体が独立した探究として成立し、候補者が研究者として自立しているかを判断する。掲載の可否や時期には、査読者、編集過程、学術誌の方針、分野の流行、投稿先の選択が大きく影響する。それを学位の機械的な代理指標にすれば、通すべき仕事を取りこぼし、数は揃っていても博士論文として弱い仕事を通すことになる。

数えることは、見ることではない。歴史には、その端的な例がある。

1924年、ルイ・ド・ブロイがソルボンヌに提出した博士論文は、電子などの粒子が波の性質を持つという物質波の仮説だった。あまりに新奇で、ペラン、ランジュヴァン、カルタンらを擁する博士論文委員会でさえ、その真価を測りかねた。そこでランジュヴァンは、判断を体裁や業績数に委ねる代わりに、その意義を見極められる人物、アインシュタインに論文を送り、意見を求めた。

アインシュタインは、これを「物理学の最も難儀な謎に差した、最初のかすかな光」と評し、「大いなるヴェールの一角を持ち上げた」と書いた。委員会は学位を授けた。三年後、電子線回折によって物質波は実験的に確かめられ(デイヴィソン゠ガーマー、1927年)、ド・ブロイは1929年にノーベル物理学賞を受ける*12

査読論文の本数で決まったのではない。一つのアイデアの破壊力を、見る目のある者が見たのである。

自分たちに測りかねる仕事を前にして、数に逃げるのでも体裁で退けるのでもなく、その中身を見極められる目を探し当てる —— 審査とは、本来そういう営みだ。

本来、博士課程における育成と審査の中核は、独立性を持った博士論文委員会 (thesis committee) にあるべきだ。資格試験を通ったあと、候補者の研究は、指導教員 (advisor) 一人の所有物ではなくなる。指導教員はもちろん重要な一員である。しかし、指導教員が候補者を抱え込み、恣意的に学位取得を遅らせたり、逆に十分でない仕事を通したりすることがないよう、委員会が一定の独立性を持つ必要がある。

その独立性は、運用にも埋め込まれている。

僕が経験したプログラムを例に取ると、博士論文委員会は指導教員が組むものではなかった。候補者自身が、指導教員の助言も受けながら構成を考え、加わってほしい教員に一人ずつ依頼する。委員会の主査 (chair) を自分の指導教員が務めることは認められない。開催の主導権も候補者にあり、進捗の早い学生は半年に一度といった頻度で自ら委員会を開き、公式の場でもそれ以外でも、委員から助言を得に行く。そして、その開催状況を、プログラムが学生ごとに記録し、追っていく。このように指導教員が委員会の判断を一人で支配できないよう、一定の独立性が制度として組み込まれていた。

ここで、先ほどの本数主義の言い分を思い出したい。中身を見る審査は、結局、指導教員の胸三寸に逆戻りするのではないか。本数主義が生き延びてきたのは、まさにこの恐れゆえだった。だが、答えは、数に逃げることではない。判断を、一人の主観から、複数の目と、明示された基準へと開くことだ。いま見た委員会の独立性、すなわち指導教員が主査を務めず、構成も開催も候補者が担い、プログラムが記録する —— は、まさにそのための仕組みである。こうした仕組みによって、少なくとも指導教員一人の胸三寸に委ねる危険は、大きく減らすことができる。

委員会は進捗を見る。問いを見る。方法を見る。失敗を見る。何が新しいのかを見る。候補者が、本当に独立した研究者になっているかを見る。だから、掲載されなかった負の結果も、どの学術誌にも収まりにくい越境的な研究も、博士論文には正当に含まれうる。

二つの責任を、大学に取り戻す

では、この二つの責任を、どうやって大学に取り戻すのか。

必要なのは、年限を緩め、いつまでも研究させることではない。博士課程の段階と責任を、設計し直すことである。

コースワークと所定の審査を終えた者を、いつまでも「授業料を払う学生」として扱うのではなく、博士候補生(doctoral candidate)として明確に位置づける。博士候補生には、通常の授業料とは異なる在籍身分を用意し、大学との関係、研究指導、研究設備へのアクセス、倫理審査、図書館、データベースなどを維持する。可能な限り、生活を支える経済的支援も組み込む。

その一方で、無期限には放置しない。委員会が定期的に進捗を確認する(開かれるべき委員会が開かれていなければ、プログラムや委員会から指導が入る)。研究計画は成立しているか。必要な指導は行われているか。学位取得の見込みはあるか。どの段階で論文を提出すべきか。どの水準に達したら博士に値すると判断するのか。これらを明確にする。

ここで参照しているのは、米国の制度が全体として理想的だ、ということではない。借りたいのは、博士候補生という身分、委員会が審査の主体となる仕組み、そしてプログラムが育成に責任を負うという構造である。

これは学生への温情ではない。むしろ、大学とプログラムの責任を明確にすることである。大学が、誰を博士候補生として認めるのか。どのような条件で指導と支援を続けるのか。どの時点で、博士取得の見込みがないと判断するのか。どのような仕事を博士に値すると認めるのか。それらを、大学自身が引き受けるということだ。

近年、博士課程の学生への経済的支援に国費が向けられるようになったことは、大きな前進である。しかし、研究資金を学生個人に配るだけでは、プログラムの責任は立ち上がらない。個人への支援に加えて、人を受け入れ、育て、学位まで送り出す博士プログラムそのものに、責任と資源を結びつける必要がある。

もちろん、その財源をどう確保するかは、それ自体が容易でない問いであり、ここで言う責任設計は、それだけで全てを解決する十分条件ではない。だが、誰を、どのプログラムが、どこまで責任を持って育てるのかが定まらないまま金だけを配っても、育成の責任は宙に浮いたままになる。責任の設計は、財源の議論に先立つ前提である。

博士課程とは、本来、プログラムが責任を持って人を育てる仕組みである。どのような教育と訓練を行い、どのような研究者を育て、どの水準に達したら博士と認めるのか。その責任単位は、学生個人でも、指導教員一人でもない。

プログラムである。

日本が本気で博士人材を育てたいのであれば、二つの外注をやめる必要がある。

身分と生活を、学生の財布へ投げるのをやめる。
審査を、論文本数と匿名査読者へ投げるのをやめる。

博士課程を、授業料課金の年限管理から解放する。
博士審査を、論文本数のカウントから取り戻す。

その両方が必要である。

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これは、日本の研究力低下とも地続きの問題だ。失われた30年のあいだ、日本は博士を増やす、研究力を強化する、知識集約型の社会へ移行すると言い続けながら、博士課程そのものの時間設計と責任設計を、十分に作り直してこなかった。

そしてAI時代には、この問題はいっそう重くなる。既存の知を集め、比較し、再構成すること。定型的な分析を行い、文章にまとめること。短時間で答えられる問いを解くこと。こうした仕事は、ますます機械に寄っていく。だからこそ、人間の研究者に問われるのは、長い時間をかけて問いを立てる力、まだ見えていないものを見る力、数えられないものを考える力、言葉になっていない現実をつかむ力である。そのような知が、三年の箱にきれいに収まるとは限らない。

もちろん、だらだらと長く研究すればよいという話ではない。むしろ逆だ。だからこそ、博士候補生という明確な身分、委員会による進捗管理、合理的な期限、経済的支援、明確な評価基準、そして大学自身による本気の審査が必要になる。

博士号は、在籍年限の内側で処理する事務手続きではない。その社会が、どのような時間をかけて知を育てるかという制度である。

数えることを、見ることの代わりにしない。大学が、もう一度、自分の目で見ることだ。それができないのであれば、その博士プログラムは、根本から設計し直す必要がある。

私自身、大学に身を置く一人だ。人を育て、自らの目で見極めるという責任から、私たちのプログラムも例外ではない。まず自分たちから、何ができるのかを考えてみたい。


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参考文献 / References

  • Council of Graduate Schools (2007/2008). Ph.D. Completion and Attrition: Analysis of Baseline Program Data from the Ph.D. Completion Project (R. Sowell, T. Zhang, & K. Redd 著/M. F. King 編). Washington, DC: CGS. 掲載図表のもとになった数値は、同プロジェクトの公開データ("Quantitative Data", Completion Data/Excel)として入手できる. https://www.phdcompletion.org/quantitative-data/
  • Sowell, R., Zhang, T., Bell, N., & Redd, K. (2008). Ph.D. Completion and Attrition: Analysis of Baseline Demographic Data from the Ph.D. Completion Project. Washington, DC: CGS. https://cgsnet.org/wp-content/uploads/2022/01/phd_completion_and_attrition_analysis_of_baseline_demographic_data-2.pdf
  • National Center for Science and Engineering Statistics (NCSES), National Science Foundation. Doctorate Recipients from U.S. Universities / Survey of Earned Doctorates(各年版). 分野別「大学院入学から学位取得まで」の中央値を含む. https://ncses.nsf.gov/surveys/earned-doctorates
  • 中央教育審議会 大学院部会「審議経過の概要──国際的に魅力ある大学院教育の展開に向けて」(学位授与等)https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/attach/1407395.htm
  • 中央教育審議会答申「新時代の大学院教育」(2005年)「円滑な博士の学位授与の促進」https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/attach/1415111.htm
  • 東京大学大学院理学系研究科 地球惑星科学専攻「博士論文の審査過程、提出要件等について」 https://www-old.eps.s.u-tokyo.ac.jp/students/dissertation-process.html
  • 東京大学学位規則/京都大学学位規程(大学レベルの学位審査に関する規程)。京都大学大学院工学研究科「博士学位論文の取扱いについて」(研究科レベルの学位取得基準の例)。
  • de Broglie, L. (1923). Ondes et quanta. Comptes Rendus de l’Académie des Sciences, 177, 507.(学位取得前に発表された短報の一例)
  • de Broglie, L. (1925). Recherches sur la théorie des quanta. Annales de Physique, 10(3), 22.(博士論文)
  • Bacciagaluppi, G., & Valentini, A. (2009). Quantum Theory at the Crossroads: Reconsidering the 1927 Solvay Conference. Cambridge University Press.(アインシュタインの評、ランジュヴァン宛書簡の引用を含む)

*1:無期教員とは、任期の定めのない教員のこと。数年ごとに契約を更新する任期付き(有期)のポストと対をなす概念で、いわゆるテニュア(終身在職権)を得た教員がこれにあたる。

*2:米国・カナダの主要研究大学で、1992-93〜2003-04年度に博士課程へ入学した学生を追跡したCouncil of Graduate SchoolsのPh.D. Completion Projectによれば、入学から10年時点の累積修了率は、工学64%、生命科学63%、社会科学56%、数学・物理科学55%、人文学49%で、全分野では57%(理工系59%に対し社会科学・人文系53%)である。分野を問わず、入学者の4割強は10年を経ても博士に到達していない。分野別・全国規模の修了率としては現在もこの調査が最も包括的で、その後の大学個別のデータもおおむね同じ傾向を示す。 学位取得までの期間にも大きな分野差があり、NSF(NCSES)のSurvey of Earned Doctoratesによる「大学院入学から学位取得まで」の中央値は、2012年修了者で人文学9.0年、社会科学7.7年、生命科学6.9年、物理科学・工学がともに6.7年、直近(2022年)でも生物・生物医学系で6.4年である。時間を要する分野ほど、本稿でいう「単位取得退学」のような不安定な身分に置かれやすい。 なお、修了率の曲線は、理工系・生命科学系では9〜10年でほぼ頭打ちになる一方、人文系では10年時点でもなお上昇が続く(CGSも、社会科学・人文系の最終的な修了率はさらに上がりうると指摘している)。とはいえ、10年で博士に到達しなかったおよそ4割の多くが、学位に至らないまま課程を離れた(=離学した)ことに変わりはない。時間を要する分野ほど、修了までの時間も、離学の割合も大きくなる。

*3:脳・脊髄・神経系の構造、発達、機能、そして疾患のメカニズムを、分子レベルから行動・認知レベルまで多角的に研究する学問。分子細胞生物学、生理学、認知科学、医学、物理学、工学などが融合した手法横断的な分野として、急速に発展してきた。

*4:コースワーク(coursework)とは、博士課程の前半で課される体系的な履修過程を指す。専門分野の基礎を網羅的に学ぶ授業と評価から成り、これを終えることが次の段階(資格試験・本格的な学位研究)へ進む前提となる。日本の博士課程に比べ、要求水準が高く、比重も大きいことが多い。

*5:Qualifier とも呼ばれる資格試験は、コースワーク修了後に課される関門試験である。これに合格して初めて学生はdoctoral candidateとなり、本格的な学位研究に進む。分野により、筆記・口述・研究計画の審査などの形をとる。

*6:米国では、博士課程を途中で離れる場合でも、多くの大学で在学中の到達段階に応じた学位が授与される。コースワーク相当の要件を満たせば Master of Science (MS) / Master of Arts (MA)、資格試験を経て博士候補生に進級した段階で Master of Philosophy (MPhil) が与えられ、それを持って課程を離れることができる(制度は大学・分野により異なる)。たとえば僕がいたYaleでも、MS・MA・MPhil は博士号への「en route(途上)」の学位として、候補生に進む学期に自動的に授与される。英文学のように、三年目にPhDではなくMPhilを選んで出る道を明示する専攻もある。日本の「単位取得退学」が、何を達成したのかを外形的に示さない曖昧な退学の記録であるのに対し、これらは、大学が「ここまで達成した」と積極的に認定して与える学位である。出口においてもなお、大学が自らの目で中身を見て学位を与える、という構造は共通している。

*7:当時でも、個人で負担することが現実的とは思えない水準だった。

*8:ここでいうfellowshipは、返済不要の給付(授業料の免除・支弁)を指す。日本で「奨学金」と呼ばれるものの多くは、実際には貸与、すなわち将来返済を要するローンであり、両者は性格が大きく異なる。米国の主要博士課程では、授業料は基本的にこの給付でカバーされ、学生個人の負担にはならない。

*9:stipendとは、博士課程の学生に生活費として支給される返済不要の給付を指す。フェローシップ、大学の財源、TA・RA、指導教員の研究費など、その財源と法的な性格はプログラムによって異なる。

*10:一例として、東京大学大学院理学系研究科・地球惑星科学専攻の課程博士申請要件は、「申請者を筆頭とする論文が国際誌に1編以上(区分により2編以上)掲載または受理されていること」と定め、しかも「博士論文と直接関係のない内容の論文でもよい」としている。京都大学大学院工学研究科も、研究科として「博士後期課程学位取得基準」を設けている。他方、大学レベルの学位規則(東京大学学位規則、京都大学学位規程など)は、博士論文そのものの学術的意義や独創性を審査すると定める。表(学位規則)では中身を、裏(専攻内規)では本数を —— という二重性が、ここに見てとれる。

*11:沖縄科学技術大学院大学(OIST)の科学技術研究科や一部の国際連携プログラムなどがその代表例。ハラスメント防止や国際標準への適合を目的に、指導教員を審査委員から完全に外し、査読論文の機械的な本数基準ではなく「博論そのものの質」を国内外の外部審査員が評価する仕組みを導入している。

*12:ド・ブロイの学位審査の経緯について、二点補足しておく。第一に、ランジュヴァンがアインシュタインに送り、返ってきた評として記録に残るのは、「物理学の最も難儀な謎に差した、最初のかすかな光」および「大いなるヴェールの一角を持ち上げた」(1924年12月16日付ランジュヴァン宛書簡)である。しばしば流布する「これは博士号ではなくノーベル賞に値する」という言葉は、後世の脚色とみられ、一次資料では確認できない。本稿では確実な方の評のみを用いた。第二に、ド・ブロイが学位取得前に発表していたのは、主にComptes Rendus(フランス科学アカデミー紀要)への短報であり、アカデミー会員を通じて公表される短い通報だった。現代的な意味での、査読を経た通常の長さの原著論文が何編も揃っていたわけではない。業績が皆無だったのではないが、要点は、本数の充足ではなく、一篇の論文(博士論文)が体現するアイデアの重要性そのものが、見識ある目によって評価された、という点にある。

価値はスケールしない。発酵する。

Koji room at Horikawaya Nomura, a centuries-old soy sauce and miso brewery in Gobo, Wakayama, Japan.
文化、関係、大地には、経済とは別の時間がある

英語の culture という言葉には、少し不思議な二重性がある。

一つは、人間がつくる文化。芸術、習慣、ものの見方、共有された意味の世界だ。

もう一つは、生物学的なculture。微生物を培養し、育てたものを指す。ワイン、チーズ、味噌、醤油、日本酒。そこでは、目には見えない生き物の集まりが、与えられたものを別の何かへと変えていく。

文化と微生物のcultureは、まったく違うもののように見えて、実はかなり近い。

どちらも生きたものの集まりであり、ただ蓄積するのではなく、異質なものが交わり、時間をかけ、受け取ったものを新しい価値へと変えていく。

どちらも、急がせることができない。

別々の道から、同じ場所へ

先日、メルボルン大学で建築・都市・地域について研究しているDan Hillさんから、『風の谷という希望』は英語で読めないのか、という問い合わせをいただいた。

Danさんは、日本を含む各地のslowdown cultureを研究しており、鹿児島を題材に、文化としてのcultureと、発酵を生むcultureを重ね合わせた論考を書いていた。

medium.com

読んで驚いた。

僕らが「風の谷」の検討のなかで長く考えてきたこと、とりわけ『風の谷という希望』第7章で扱った価値生成の考え方と、かなり近い場所へ、まったく別の入口から到達していたからだ。

Danさんは斎藤幸平さんの脱成長論と鹿児島から出発し、僕らは人口が減り、薄くなっていく谷や沿岸部から出発した。

別々の道から、同じ膜の両側にたどり着いたように感じた。

このやり取りをきっかけに、これまで考えてきたことを、改めて一つの形にしてみたいと思った。


成長か、脱成長か

僕らはいま、成長をめぐって少し違う問いを立てているのではないだろうか。

一方には、経済は成長し続けなければならないという考えがある。もう一方には、有限な地球の上で無限の物質的成長はあり得ず、豊かな国は意図的に経済を縮小すべきだという脱成長論がある。

脱成長論が指摘する環境的な制約は正しい。有限な系のなかで、物質的な拡大を永遠に続けることはできない。

ただし、経済をそのまま縮めればよいのかというと、僕はそうは思わない*1

金利とは、単なる金融技術ではない。将来の経済は今日より大きくなるという、社会全体が未来に対して置いた賭けだ。

年金も、信用も、投資も、多くの社会制度も、将来の経済がいまより大きくなることを暗黙の前提にしている。経済が縮小しても、過去につくられた複利の請求は消えない。小さくなるパイを、増え続ける請求が食べていく。

だから、脱成長をそのまま実行すれば、穏やかに速度を落とせるとは限らない。成長を前提としてつくられた構造のなかで縮小すれば、制度そのものが人を食い始める。

しかし、成長至上主義もまた、反対側から同じ間違いをしている。

文化に資金を投入したからといって、文化が倍速で生まれるわけではない。信頼に投資したからといって、信頼が翌四半期に二倍になるわけでもない。

成長論も脱成長論も、すべての価値が一つの時計で動いていると考えている。

だが、そうではない。

本当の問いは、増やすか減らすかではない。

その価値は、どのような時間で育つのか、だ。

四つの資本、四つの時計

一つの場所を生きたものとして成り立たせている資本には、少なくとも四つある。

経済資本、文化資本、関係資本、自然資本だ。

経済資本は複利で増える。金が金を生み、密度と効率によって投資が投資を呼ぶ。現代社会が最もよく理解してきたのは、この時計だ。

しかし、文化資本は同じようには増えない。

文化は、異質なものが出会い、混ざりきらないまま影響し合い、時間をかけて発酵することで生まれる。

関係資本、つまり信頼や互酬性は、熟成する。築くには何年もかかるが、たった一言で壊れることもある。時間に対して極端に非対称な資本だ。

自然資本は、循環する。季節、土、水、森。一本の木には何十年分もの太陽が蓄えられている。これもまた、金を積めば翌年に再生できるものではない。

経済は複利で増える。
文化は発酵する。
関係は熟成する。
大地は循環する。

価値には、それぞれ異なる時計がある。

問題は、経済資本の時計を、ほかのすべての価値に押しつけることだ。

文化を早く完成させようとする。信頼を短期間で調達しようとする。森を投資回収の時間で評価する。

発酵を早めようとして温度を上げすぎれば、菌は死ぬ。

価値を育てようとしたはずの資本が、その価値を壊してしまう。

価値は"膜"で生まれる

発酵には、時間だけでなく、界面が必要だ。

生物は、"膜"の上で価値を生み出している。

細胞は、ミトコンドリアの膜を隔てた勾配によってエネルギーをつくる。神経細胞は、シナプスという隙間を越えて情報を受け渡す。*2

"膜"は壁ではない。

壁は、内と外を分断する。膜は、内と外を区別したまま、必要なものを通す。

完全に混ざってしまえば、違いがなくなり、新しいものは生まれない。完全に切り離されていれば、そもそも何も交わらない。

価値が生まれるのは、その間にある"膜"だ。

人の集まりも同じだと思う。

外から来た人と、その土地に長く暮らしてきた人。新しい技術と古い技。都市と谷。異なるものが、互いを消さない距離で出会う。

油と水は、かき混ぜてもすぐに分離する。しかし、両方と結びつく乳化剤があれば、一つの新しい状態をつくることができる。

地域にも、こうした乳化剤のような人が必要になる。

有名な移住者でも、伝統を守るだけの人でもない。その土地を内側から理解しながら、外の世界とも自然に行き来できる人。どちらかをどちらかに同化させるのではなく、両者の間を何度も渡ることのできる人だ。

地域を「活性化」しようとする多くの試みは、この膜と乳化剤の設計を見落とす。

外から人や資本を急激に入れすぎれば、むしろ分離と対立が起きる。必要なのは、流入量だけではない。

異なるものが出会いながら、その違いを失わずに済む場と時間だ。

時間は、待つことではなく技である

発酵に必要なもう一つの要素は、時間だ。

ただし、何もしないで待つという意味ではない。

時間を扱うことそのものが、一つの技である。

酒を樽に入れれば、木はゆっくり呼吸する。微量の酸素が荒さを丸くし、水分やアルコールの一部が失われることで、残ったものが濃縮される。樽の木そのものからも、香りと構造が移っていく。

これを資金で短縮することはできない。

酒造りでは、最初の小さな発酵である酒母、すなわち酛(もと)が、その後の全体を大きく左右する。最初の菌の状態を誤れば、後から良い米を加えても、完全には取り戻せない。

はじめに、どのようなcultureをつくるか。

短期では、最初の場と条件を整える。中期では、状態を見ながら手を入れる。長期では、成熟を待つ。

完成を急ぐのではなく、十年、三十年、百年先を考える。百年続いたところで、次の二百年を考える。

これは放置ではない。

むしろ、極めて注意深い設計と手入れを求められる。

テロワールとは、味わうことのできる時間である

先日、和歌山県御坊市にある堀河屋野村を訪れた。

三百年以上にわたり醤油や味噌をつくり続けてきた蔵だ。麹蔵には木の棚が並び、道具にも、壁にも、長い時間の痕跡が残っていた。

そこでは、発酵は比喩ではない。

原料、菌、道具、水、火、人の手、建物、季節。どれか一つだけで味が生まれるのではなく、それらの関係が、長い時間をかけて一つの環境をつくっている。

テロワールとは、土地の個性というだけではない。

川の傾斜、水が石や土の中にとどまる時間、気温、湿度、菌、建物、人の営み。それらの関係が蓄積し、味として現れたものだ。

言い換えれば、テロワールとは、味わうことのできる時間である。

そしてこれは、食や酒に限った話ではない。

一つの場所の価値も、特定の界面と、特定の時間が交差するところから生まれる。

存続から、生成へ

これまで僕は、「持続可能性」の前に「存続可能性」があると述べてきた。

そもそも生き続けられないものを、持続可能にすることはできない。

kaz-ataka.hatenablog.com

また、災害が起きても社会全体が止まらないこと、壊れても部分的に機能を残せることの重要性も論じてきた。

kaz-ataka.hatenablog.com

発酵という視点は、そこにもう一つの次元を加える。

生きた場所は、ただ残るだけでは足りない。
止まらないだけでも足りない。
新しい価値を生み続けられなければならない。

持続可能性は、状態を保つことを問う。
存続可能性は、変化しながらも生き続け、更新し、新しいものを生み出せるかを問う。
発酵は、葡萄を葡萄のまま保存することではない。葡萄をワインへ変える。受け取ったものを、元よりも豊かな何かへと変換する。

人口が減り、薄くなっていく場所に必要なのも、この生成する力だと思う。
まず、その場所が生き、何かを生み出せなければならない。その後に初めて、残すに値するものが生まれる。
順番を逆にすれば、高い費用をかけて丁寧に維持された、何も生まれない空間が残る。

未来は、ただ建設されるものではない。
まして、スケールさせれば生まれるものでもない。
未来は、醸される。

異なるものが、互いを消さずに出会う膜がいる。両方の側に足場を持つ人がいる。そして、時間を遅れではなく技として扱う必要がある。

成長か、脱成長か。
それは最も深い対立軸ではない。
本当に問われているのは、最初のcultureをどう育て、どのような環境を守り、どれだけの時間をかけるのか、ということだ。

待つことは、何もしないことではない。

おそらくそれは、最も難しいデザインの一つである。


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本稿は、2025年刊行の『風の谷という希望―残すに値する未来をつくる』(英治出版)で初めて展開した考えを発展させたものであり、風の谷をつくる検討チームと、これまで関わってくださった多くの人々、土地との、十年近い共同の仕事の上に成り立っています。


ps. 本稿と同じテーマを、英語圏の読者に向けて再構成した英語版をMediumに掲載しています。

Value Doesn’t Scale. It Ferments.
medium.com

*1:本件については斎藤幸平さん、石山アンジュさんとの対談の中でかつて指摘した。 斎藤幸平、安宅和人、石山アンジュが考える「本質的な豊かさ」と経済の両立 (2021.10.07)

*2:この部分は単なる比喩ではなく、生物学的な仕組みに基づいている。筆者は分子生物学を学び、分子細胞生物学と神経生理学を組み合わせた研究で脳神経科学のPhDを取得している。

AI時代のリーダーシップ:導くとは何か


Amagi, Shizuoka, Japan
1.4/50 Summilux ASPH, Leica M10P, RAW


AI時代のリーダーシップとは何か。

そんなテーマで対談する機会があった。お相手は、前職の後輩であり長年の友人でもあるNPOクロスフィールズ代表の小沼大地さんと、越境学習を長く研究されている法政大学の石山恒貴さんだ。

小沼さんは、冒頭で三つの問いを掲げた。

  • AI時代にリーダーに求められる力とは何か。
  • これからのリーダーが積むべき経験とは何か。
  • 越境の経験が、これからの時代に果たす価値とは何か。

60分のうち、最初の15分ほどは三人とクロスフィールズの取り組みの紹介だったので、実際に議論できた時間はそれほど長くない。小沼さんが問いを投げ、石山さんと僕が交互に話す。そんな形であっという間に終わった。

だが、話しながら、自分の中では別の問いが立ち上がってきた。

リーダーとは、そもそも何をする人なのか。

かつて福澤諭吉翁は、リーダーを「先導者」と呼んだ。管理者でも、決裁者でも、権限者でもなく、先に立ち、人を導く者。

だとすれば、AI時代に問われているのは、単に「リーダーに必要なスキルは何か」ではない。

そもそも、導くとは何か。

この問いを少し掘っておきたい。

リーダーシップとは、人ではなく機能である

リーダーとは何をする人なのか、から考え始めると、議論はすぐに混線する。

肩書きとしてのリーダーもいれば、役職はなくても明らかに場を導いている人もいる。組織図上の上司がリーダーとは限らないし、逆に誰かが正式に任命されたからといって、その人にリーダーシップが宿るわけでもない。

大切なのは、「人」に縛られないことだ。

リーダーのなす役割とは何か。つまり、「リーダーという人」ではなく、「リーダーシップという機能」を見ることだ。

ここで一つ紹介したいのが、5つのリーダーシップ、Five Leadership Model だ。*1

  • Thought leadership:目指す先を定め、解くべき問いを示す
  • People leadership:才能を引き寄せ、火をつけ、育てる
  • Client leadership:顧客やステークホルダーとの関係を安定させ、育てる
  • Collaborative leadership:ハコや既存の役割を超えて価値を生み出す
  • Entrepreneurial leadership:これまでにないことを仕掛ける

言葉はやや仰々しい。だが、言われてみれば、いずれも確かにリーダーの仕事だ。

迷った時に方向や進み方を示せない人を、リーダーとは言えない。人を見出し、育てられない人は、リーダーとしては弱い。いざという時に場を安定させられない人も、力不足だ。既存のハコや仕組みを超えて働きかけるのも、間違いなくリーダーの仕事だ。さらに、既存のモデルややり方を壊し、新しいことを仕掛けることも、リーダーの重要な役割だ。

AIが代替するのは、タスクであって機能ではない

オンラインの参加者から、こんな問いが出た。

「そもそもリーダーの定義が変わるのではないか。AIが、いまリーダーがしていることを代替するようになるのではないか。」

自然な問いだと思う。だが、少し分けて考えた方がよい。

AIが代替するのは、リーダーの仕事の中に含まれるタスクであって、リーダーシップという機能そのものではない。

情報を集める。整理する。比較する。論点を並べる。資料をつくる。メールを書く。議事録をまとめる。シナリオを出す。こうしたタスクは、AIが相当程度担うようになる。すでに担い始めている。

だが、「方向を定める」「人を育てる」「場を安定させる」「ハコを超えて束ねる」「リスクを引き受けて踏み出す」という機能は、タスクではない。

タスクが機能を支えるのであって、機能がタスクでできているわけではない。

人を束ねる力も、そう簡単には代えられない。サッカーで言えば、どれほど天才的な選手がいても、一人だけで試合には勝てない。三人のソロが集まっただけなら、出力は三人分にしかならない。三人の総和を超えるものがチームとして生まれた時、初めてそのチームは真に機能していると言える。

リーダーがいて助かった、と人が思うのは、たいていこの瞬間だ。

枠組みは消えない。中身が変わる

では、AI時代にリーダーシップの枠組みは変わるのか。

僕の見立てでは、リーダーシップの枠組みそのものは消えない。だが、その中身はAIによって著しく変容する。

これから問われるのは、単にAIを使えるかどうかではない。AIの出力をなぞり、表面的な最適化にとどまる人と、AIを使いながら問いや判断の次元そのものを変えられる人との差が、歴然と開いていく。

なぜか。

AIは、途中工程を圧縮するからだ。

調べる。整理する。比較する。叩き台をつくる。論点を並べる。文章にする。可視化する。そうした「解く部分」の多くは、AIが担うようになる。

その結果、人間に残るものは何か。

一つは、何を問うか。
もう一つは、最後に何を良しとするか。

つまり、ディレクションとダメ出し。問いと判断。入口と出口だ。(この点については2月に書いた以下の拙稿を参照 )

kaz-ataka.hatenablog.com


同じことが、5つのリーダーシップの中でも起きる。

Thought leadership は、その典型だ。

AIは人類が蓄積してきた知識や表現の多くを飲み込み、既存の問いの空間の中ではかなり強く内挿する。すでに誰かが考え、書き、議論してきたことの延長であれば、かなりの水準で答えらしきものを出す。

だからこそ、「答えを概ね持っている人」の価値は相対的に下がる。

それよりも重要になるのは、問いの空間そのものを変える人だ。
問いの次元を変える人であり、問いの地平(horizon)を変える人だ。

これは、AIが苦手なことでもある。AIは与えられた問いには強い。だが、その問いで本当にいいのか、そもそも何が問われるべきなのかを決めるのは、人間のリーダーの仕事として残る。

Client leadership も同じだ。

顧客が言っている課題は、本当に課題なのか。本人たちが避けている決断は何か。組織として何を変えなければ成果が出ないのか。どのリスクを取る覚悟があるのか。

定型的な分析や提案はAIがかなり埋める。だが、顧客が本当に決めるべきことを一緒に見極める力は残る。むしろ、情報が過剰に出る時代には、その価値が上がる。

Collaborative leadership も変わる。

これまでは、人と人、部門と部門、組織と組織をつなぐことが主だった。だがこれからは、そこにAI、データ、業務プロセス、外部パートナーが入り混じる。協働の相手が、人間だけではなくなる。

人間・AI・組織・データを一つの動く系に編成すること。
複数の知性と利害を接続し、実際に動く形にすること。

ここに新しい collaborative leadership の重心が移る。

Entrepreneurial leadership もまた、単に新しいことを仕掛ける力から、新しく可能になったことを現実にする力へと重心が移る。

AIは試作コストを大きく下げる。誰でも試せるので、単なるアイデアの価値は下がる。大事なのは、何が本当に今できるようになったのか、その結果どの前提が壊れたのか、どこにまだ誰も取りに行っていない価値があるのかを見極めることだ。

そのとき、既存の事業、制度、組織の論理とぶつかることは避けられない。いま成立しているものを丁寧に回すだけでは、次の現実は立ち上がらない。時には、既存の最適解を問い直し、必要なら壊してでも、新しい可能性に賭ける必要がある。

Entrepreneurial leadership の本質は、現在を否定することではない。現在を現在として回しながら、その外側に未来の種を仕込むことだ。今すぐ成果にならないもの、まだ名前のないもの、既存の評価軸では測りにくいものに、あえて資源と注意を向けることだ。

ただし、AIには手がない。実際に物をつくり、人を動かし、調達し、届け、制度や事業として定着させる重さは残る。

だからこそ、小さく試し、大きく学び、早く捨てる。そして最後には、事業、制度、運動として現実にする。

つまり、AI時代の entrepreneurial leadership とは、新しいことを仕掛ける力にとどまらず、新しく可能になったことを、事業、制度、運動として現実に定着させる力である。

だが、問いと判断はどこから来るのか

ここで、もう一段降りる必要がある。

AI時代に人間に残るものが、問いと判断なのだとすれば、次に問うべきは明らかだ。
その問いと判断を支える見立ては、どのような経験から育つのか。

問いを立てる。
最後に良しと言う。
自分なりの見立てを持つ。

これは、どこから来るのか。

単なる知識からではない。頭の中の計算だけからでもない。

見立ては、身体を通じた経験の蓄積から来る。相手と向き合い、現実に触れ、思い通りにならないものにぶつかり、不可逆な時間を生きる。その履歴が、知覚となり、判断の土台になる。

以前、「AI native時代の袋小路」で書いた通り、見立てる力は、ファーストハンドの経験の積み重ねからしか育たない。

kaz-ataka.hatenablog.com


AIはサポートできる。視野を広げ、情報を補い、仮説を出し、言語化を助けることはできる。だが、その人だけの皮膚感覚を持つことはできない。能力が足りないからではない。身体を持って不可逆な時間を生きた履歴を、構造的に持てないからだ。

ここで、People leadership は最も深い仕事になる。

人を育てるとは、単にスキルを付与することではない。その人なりの知覚を育てることだ。自分の足で立つ勇気と、自分の見立てを持つ力を育てることだ。

ここにAI時代の落とし穴がある。

辛い途中工程をすべてAIに肩代わりさせる人は、流暢に内挿できるようになる。もっともらしい答えを出すことはできる。だが、裸の知覚が育たない。

問いの地平を変える力も、最後に良しと言う力も、そこからしか出てこないにもかかわらず、である。

AIで人を拡張する。
同時に、人を無力化させない。

これが、これからの育成の核心になる。

「離」の重さが跳ね上がる

もう一つ、小沼さんから問われたことがある。

枠を超えるとはどういうことか。

僕が話したのは、守破離のことだった。

この国は、長年、「守破離」で人を育ててきた。まず型を守る。次に型を破る。最後に、型を離れて自分なりの形をつくる。

AIは、この構造を大きく変える。

AIは「守」を圧縮する。多様な型を学習済みだからだ。
さらに、「破」のハードルも下げる。既知の方向への逸脱なら、いくらでも試せるからだ。

その結果、「破」は卓越の証ではなくなる。
差異化は、丸ごと「離」に移る。

だが、「離」はプロンプトからは生まれない。

型を知らずに型を壊すことは、「離」ではない。ただのノイズだ。住んだことのない家を壊すことは、建築の刷新ではない。

「離」は、「守」を通り、「破」を通り、そのうえで初めて生まれる。自分の身体で型に住み、痛みを伴って型を破り、その先に自分なりの形を立ち上げる。それが離だ。

AIは「守」を助ける。「破」を助ける。だが、「離」は外部装置からは出てこない。

だからこそ、近道があっても、人にちゃんと辛い「守」を通らせる。それも、人を育てる者の仕事になる。

では、AI時代に人はどこで自分の型を壊されるのか。

ここで、越境経験の価値が立ち上がる。

越境経験の価値は、むしろ上がる

越境が大事なのは、単に視野が広がるからではない。普段の所属、役割、文脈から外に出ることで、自分の型が通用しない場に立たされるからだ。予定調和ではない相手と向き合い、言葉がうまく届かず、自分の前提が壊されるからだ。

閉じた情報空間の中で、いくら巧みにシミュレーションしても、自分の型が本当に壊れる経験には届きにくい。現実の人、現実の土地、現実の組織、現実の痛みと向き合う時間が、その人の知覚を鍛える。

だから越境は、AI時代において単なる研修メニューではない。

人が自分の見立てを持つための経験であり、自分の型を一度壊されるための経験であり、やがて自分なりの「離」に向かうための経験でもある。

AI時代のリーダーシップとは何か

最初の問いに戻ろう。

AIは、かなりのことを「解く」ようになる。

集める。整理する。比較する。仮説を出す。書く。つくる。回す。こうしたことは、ますますAIが担っていくだろう。

だが、それはリーダーが要らなくなることを意味しない。むしろ逆だ。

答えらしきものが大量に出る時代には、何を問うかが重要になる。
選択肢が無数に出る時代には、何を選ばないかが重要になる。
できることが爆発的に増える時代には、何を引き受けるかが重要になる。

そして何より、AIは責任を取らない。

提案はする。分析もする。もっともらしいストーリーもつくる。だが、最後に「こちらに進む」と決め、その結果を背負うのは人間だ。

福澤諭吉翁が、リーダーを「先導者」と呼んだ意味が、ここで重くなる。

先導者とは、ただ先に立って歩く人ではない。正解を知っていて、後ろに教える人でもない。

まだ道になっていないところで、どちらに進むべきかを示す人だ。何を見るべきかを示す人だ。何を問うべきかを示す人だ。そして、その先にある未来が、本当に人々が向かうに値するものなのかを考え続ける人だ。

AI時代に「導く」とは、答えに連れていくことではない。

見るべき現実へ、導く。
問うべき問いへ、導く。
選ぶべき未来へ、導く。
そして、人が自分で歩ける状態へ、導く。

つまり、AI時代のリーダーシップとは、AIを使いこなす力そのものではない。

AIによって答えが溢れる時代に、何を問うか、何を選ばないか、何を人間が背負うかを決める力だ。

そしてその力の核心は、閉じない世界で育つ知覚にある。

AIが「解く」時代に、人間のリーダーは「導く」ことを取り戻す。


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※この記事の英語版を Medium で公開しています(repositioned for an international readership)。

Leadership in the Age of AI: What It Means to Guide

https://medium.com/p/leadership-in-the-age-of-ai-what-it-means-to-guide-f9fa08814282

*1:小沼氏や僕がかつて務めていたMcKinsey内部でのフレームワーク。他にもInspirational leadershipなどいろいろあるが、基本この5つは、評価可能かつ育成可能なスキルとして、シニアなマネージャー以上に対して用いられていた。

今日の飯をどう残すか:谷は育つものだ 2


Amagi, Shizuoka, Japan
1.4/50 Summilux ASPH, Leica M10P, RAW

疎空間に必要なのは、頑張りでもハコでもなく、続くための条件である

前回、「谷は、つくるものではなく、育つものだ」という文章を書いた。いま「地方創生」として語られていることの多くは、問題設定からずれているのではないか、と。本題は「都会 vs 地方」ではなく「都市 vs 疎空間」であり、「どう人口を増やすか」ではなく「人口が増えない前提で、どう生き続けられる系にするか」なのだ、と書いた。

kaz-ataka.hatenablog.com


ありがたいことに、多くの反応をいただいた。その中に、考えるべき大切な論点があった。

疎空間には、今日も商売をし、田畑に出て、宿を掃除し、請求書を書き、銀行振込をし、回覧板を回している人たちがいる。未来を語る前に、今日の売上、今日の雇用、今日の暮らしをどうするのか。そこを見なければ、疎空間の未来など語れないのではないか、という指摘だ。

これはまったくその通りだと思う。

今日の飯がなければ、明日はない。今日の商売が回らなければ、未来の構想もない。今日の暮らしが壊れていれば、100年後の話など空疎に響く。

ただし、今日の飯が危うくなっているなら、その理由を深く見立てなければならない。

売上が足りない、人が来ない、担い手がいない、学校が細る、交通が弱い、医療が不安だ。その一つひとつを「もっと頑張ろう」で返しても、原因に届いていなければ状況は悪化する。

ビタミンが足りない人は、気合いで走り続けても治らない。必要なのは、何が欠けているのかを見立て、欠けているものを補うことだ。

では、今日の飯は何が支えているのか

そのうえで大切なのは、今日の飯を「個々人の頑張り」に閉じて考えてはいけない、ということだ。

いま疎空間で起きていることは、努力の量の話ではない。担い手が減り、学校や医療や交通が細り、災害リスクが高まり、商圏が縮み、ケアの負担が増えている。一軒の店、一人の農家、一つの学校が頑張れば何とかなる、という局面では、すでにない土地が多い。

そして、ほとんど語られていない事実がある。

多くの疎空間は、暮らしの土台、すなわち上下水道、電気、道、ごみ処理を、その土地の経済だけでは、すでに支えきれていない。それでも動いているのは、広域から、そして未来からの、大きな「輸血」があるからだ。人口密度がある水準を下回ると、一人あたりの社会維持コストは跳ね上がる。その差額は広域の再分配という形で支えられ、足りない分は、縮んでいく未来への借金で埋められている。

誤解しないでほしい。これは一方的な施しではない。都市もまた、水も食料もエネルギーも森も、疎空間に支えられて成り立っている。問題は、この相互依存を支える勘定と仕組みが壊れていて、未来から前借りしている、ということだ。

しかも、今世紀末に向けて日本全体の人口がほぼ半減していく局面では、都市側の再分配力も急激に下がる*1。都市が疎空間を支える力も、未来が現在を支える余力も、これまで通りには残らない。谷化には、どう考えても50年単位の時間がかかるというのに。

また、これは疎空間だけの話ではない。やがて都市も、同じ構造に直面する。

そしてこれは、その土地に生きる人の頑張りが足りない、という話ではない。むしろ逆だ。すでに不利な構造の中で、踏ん張っている。

つまり、「今日も回っている」という事実の中には、借りものの土台が含まれている。

だから問うべきは、「誰が今日の売上をつくっているのか」だけではない。「その売上が、そして、その売上を成り立たせている土台が、明日も、10年後も、次の世代にも続くための条件は何か」だ。

どれか一つの視点では、解けない

ここで一つ、誤解を避けるために書いておきたい。

僕のブログだけを読んで反応される方も多い。もちろん、ブログはブログとして読んでいただければありがたい。ただ、風の谷検討(以下、谷検討)そのものは、ブログの数千字で閉じる話ではない。

『風の谷という希望』では、疎空間を、エコノミクス、レジリエンス、求心力、文化・価値創造を軸に、森や水、農や食、教育や医療、エネルギーや交通、景観や土地の記憶まで、複数の視点から見ている。どれか一つを取り出しても、問題は解けない。

農業に関わる人には、まず食と農の章(第13章)だけでも開いてもらえたら嬉しい。教育に関わる人は、教育や学校の部分だけでも(第12章)。宿や飲食に関わる人は、滞在、回遊、サンゴ礁空間の部分だけでも(第6章、第7章、第14章)。インフラや行政に関わる人は、基盤インフラ(第4章、第9章)、レジリエンス(第5章)、自治体経営(第3章、第4章、第15章)の部分だけでも開いてもらえたら有り難いと思う。


農だけでは農は残らない。食だけでは食は残らない。宿だけでは宿は残らない。学校だけでは学校は良くならない。疎空間の難しさは、土地の持つ自然、歴史、文化、記憶は本来豊かでありながら、人、金、知、サービス、インフラの密度が薄く、しかもそれらが深く絡み合っていることにある。単一の視点からの正論は、しばしば全体としては答えにならない。

「現場のことは、現場にいる人にしかわからない」という声もある。

その通りだと思う。現場を見ずに、土地の未来は語れない。机上の構想だけで、商売も、農も、学校も、森も、水も、暮らしもわかるはずがない。

ただし、ここで言う「現場」とは、一つの店、一つの産業、一つの集落、一つの行政領域だけを指すものではない。疎空間の現場は、田畑であり、厨房であり、宿であり、学校であり、森であり、水源であり、道であり、インフラであり、祭りであり、土地の記憶でもある。

谷検討の仲間たちには、疎空間の出身者、疎空間で暮らす人、疎空間での課題解決に直接関わってきた人たちが多い。そして、かなりの頻度と深さで、数多くの疎空間を訪れ、土地の人たちと語り、表の産業だけでなく、インフラ、水源、森、道、農、学校、医療、商業、食、景観、土地の記憶に関わる現場を見てきた。

それは、現場の人の声を置き換えるためではない。むしろ、個々の現場の声を、土地全体の構造の中に置き直すためだ。

それでもなお、現場は一度見ればわかるものではない。土地は深く、複雑で、時間を含んでいる。だからこそ、単一の現場感覚だけで語るのではなく、複数の現場を横断し、構造として見立てる必要がある。

現場への敬意とは、「現場の声をそのまま肯定すること」ではない。現場が抱えている痛みの奥に、どのような構造的な背景があるのかを見極めることだ。

問題の層を切り分ける

ここで一つ、切り分けておくべきことがある。

疎空間で起きている問題のすべてが、「疎空間だから起きている問題」ではない。谷検討から見えてきたのは、解決すべき課題を次の三つのレイヤに切り分けて考えると、議論がこんがらがらない、ということだ。

社会横断の課題。儲からない、売れない、人が来ない、続かない。この話のかなりの部分は、疎空間以前に、どこでも起きる事業課題だ。ニーズのないことをしているのか。価値はあるが伝わっていないのか。価格設計が間違っているのか。体験や品質が弱いのか。届け方、見せ方、売り方、運営のどこかがおかしいのか。ここは、ビジネスの基本に即して見ればよい。

疎空間共通の課題。顧客密度が低い。発見されにくい。移動や配送のコストが高い。担い手が孤立する。共同化しないと固定費を吸収できない。滞在時間が短いと消費が立ち上がらない。学校、医療、交通、インフラの弱さが、商売の前提条件そのものを揺らす。同じ事業課題でも、疎空間ではこうした条件が重なり、難度が上がる。

谷固有の課題。その土地の森、水、道、食、歴史、祭り、人の記憶を、どう結び直すのか。その土地でしか生まれない求心力を、どう育てるのか。これは一般論では解けない。

森や田園のように都市性の低い領域では、社会横断的な課題と疎空間共通の課題が重なって見えることもある。だが、商業、宿、教育、医療、交通、エネルギーのように都市的な仕組みとの接続が強い領域では、この三層を分けておかないと、議論はすぐにこんがらがる。

問題の層を間違えると、打ち手も間違える。社会横断の課題には、まず事業としての見立てと改善がいる。疎空間共通の課題には、密度、共同化、回遊、滞在、インフラを組み替える設計がいる。そして谷固有の課題には、その土地の記憶と価値を読み直す力がいる。谷づくりでまず必要なのは、この層の切り分けだ。


[図版3-2:風の谷実現に向け解決すべき課題の3レイヤ。資料:風の谷 全体デザイン班 コアメンバー討議(御立尚資、宇野常寛、安宅和人);安宅和人『風の谷という希望』(英治出版、2025)図版3-2]

受け皿ではなく、enablerを

たとえば農業であれば、ただ小さな田畑を守り続けるだけでは、多くの場合、答えにならない。もちろん小規模であること自体が悪いわけではない。土地に根ざした農の価値は大きい。しかし、経済として回すには、一定のスケール、共同化、加工や流通、販路、担い手、土地利用の再設計が必要になる。「農業を残す」とは、昔の形を凍結保存することではない。農が土地の生態系、食、景観、教育、観光、文化と結び直され、経済としても暮らしとしても続く形に作り替えられることだ。

飲食も同じだ。良い店が一軒あるだけでは、土地全体はなかなか変わらない。わざわざ食べに来る理由があり、泊まれる場所があり、歩ける道があり、土地の記憶に触れる体験があり、通信も交通も成立している。そのとき初めて、食は単発の消費ではなく、滞在と回遊を生む界面になる。

宿も同じだ。ただベッドがあるだけでは、土地に人は関わり続けない。そこに滞在することで、森や川や海、畑や工房、人や歴史、生活のリズムと接することができる。その土地でしか得られない時間がある。そのとき初めて、宿は単なる宿泊施設ではなく、土地と外の人をつなぐ結節点になる。

学校も同じだ。「学校を残したい」と言うだけでは、学校は良くならない。小規模校の良さはある。だが、子どもたちが固定された少人数の関係に閉じ込められ、先生も地域も外と混ざらないままでは、未来に開かれた学びにはなりにくい。必要なのは、学校単体を守ることではなく、学校を地域内外の人、知、自然、技術、文化と混ぜることだ。子ども同士が土地を越えて出会い、先生が越境し、外部の専門家や異人が関わり、地域そのものが学びの場になる。そういう仕組みがあって初めて、疎空間の教育は弱点ではなく、むしろ強みになりうる。

ここで必要なのは、受け皿づくりではない。enablerづくりだ。

ハコをつくることやインフラを増強することが、そのままenablerになるわけではない。

人口が縮み、担い手が減り、維持更新の余力が細る中で、使われない施設、過大な道路、過剰な上下水道、身の丈を超えた防災設備を増やすことは、未来への負債を積み増すことになりかねない。

レジリエンスも、硬く、大きく、壊れにくくすることだけではない。それはしばしば、身の丈に合わない頑健化であり、将来の重荷を増やすだけに終わる。必要なのは、平時には価値を生み、非常時には完全には止まらず、壊れても戻せ、人口が減っても維持できる仕組みだ。

そして、こうした仕組みを疎空間で見立てておくことは、疎空間のためだけではない。疎空間は、都市の未来を先取りする、いわばタイムマシンのような存在だ。ここでの設計は、都市がこれから迎えるレジリエンス問題への備えでもある。

ハコやインフラは、それが人、知、金、価値の循環を生み、未来の固定費を上回る意味を持つときに初めてenablerになる。

補助金で施設をつくる。移住者向けの住宅を用意する。観光客向けの拠点を整備する。道の駅を大きくする。それぞれに意味がある場合はある。しかし、それが人と知と金と価値が回り続ける条件になっていなければ、単なる受け皿で終わる。受け皿だけを増やしても、中身は育たない。

本当に必要なのは、土地の営みが続くための条件を整えることだ。商売が成立するための滞在時間をつくる。小さな事業が孤立しないよう、共同化と連携の回路をつくる。外から来た人が消費者ではなく、継続的な関係者になれる余白をつくる。農、食、宿、教育、ケア、エネルギー、交通がばらばらではなく、相互に支え合う系にする。土地の美しさを壊さず、むしろ価値の源泉として磨く。災害時にも完全には止まらない、戻せる仕組みにする。都市の縮小コピーではなく、疎空間に合った生き方のOSをつくる。

これが、我々の谷検討から見えてきて、谷本としてまとめたことだ。

谷づくりは、現場の泥くささを軽んじる話ではない。むしろ逆だ。今日の飯、今日の暮らしを本当に残したいからこそ、それを個々人の気合いや善意や忍耐に押し込めてはいけない、という話だ。

本気で残したいから、直視する

もう一つ、大切なことがある。

その土地が滅びないために必要なことは、できるだけフラットに直視しなければならない。これは、土地への愛情の有無とは別の話だ。むしろ本気で残したいからこそ、見たくない現実を見なければならない。

多くの病が、気合いや願いだけでは治らないのと同じだ。本人がどれほど頑張っていても、自分だけでは原因を見立てられず、必要な手を打てない病はある。むしろ、自力で何とかしようとするほど発見が遅れ、状態が悪化することもある。

だから診断がいる。

状態を見立て、原因を探り、必要な手を組み立てる専門性がいる。痛みを伴う手当ても、生活習慣を変えることも、これまで当たり前だったやり方を手放すことも、必要になる。

疎空間も同じだ。

「この土地が好きだ」「この店を残したい」「この集落をなくしたくない」。その土地の人たちの思いは尊い。だが、思いだけでは土地は残らない。人口密度、担い手、商圏、インフラ維持費、水源、森、災害リスク、教育、医療、食、宿、交通、景観、土地の記憶、次世代への継承。これらを洗いざらい見なければ、本当に何が詰まっているのかはわからない。

そのために、谷本では巻末に「風の谷化ガイドライン」を置いた。

これは、どの土地が上か下かを採点するための表ではない。その土地がどこで詰まり、どこに希望があり、何を変えれば頑張りが報われる系に近づくのかを、洗いざらい確認するための見取り図だ。

その入口として、谷化の深度と関与者の広がりを、次のように整理している。


[図:風の谷化ガイドライン — 谷化の深度と関与者の広がり(ver.0.813)。レベル1〜5。土地を採点するためではなく、どこで詰まり、どこに希望があり、何を変えれば谷化が進むのかを見立てるためのもの。*2


このガイドラインは、こうした深度を、先に挙げた複数の領域すべてにわたって見ていくものだ。ただし求心力(三絶)だけは、特定の領域に収まるものではなく、すべての領域に通底するため、独立の軸としては立てていない。

どれか一つだけを見ても、土地は見えない。逆に言えば、自分の関わる領域からでいいので、このガイドラインを開いてもらえれば、自分の現場が、実は他の現場とどれほど深くつながっているかが見えてくるはずだ。

これらを直視せずに「頑張れば何とかなる」と言い続けることは、優しさではない。最後には、その土地に生きる人たちを追い込む。

本当に厳しいのは、現実を見ることではない。現実を見ないまま、じりじりと選択肢を失っていくことだ。

もちろん、すべてが今の形のまま残るわけではない。集落も、学校も、道も、営みも、昔の姿を凍結したまま次の時代に渡すことはできない。だが、これは「残せない」という話ではない。今の形に固執することと、本気で残すことは、むしろ逆だ。形を変えてでも生き続けられるように編み直すこと。それを避けて「大丈夫だ」と言い続ける方が、はるかに残酷だ。

残すとは、凍結保存することではない。次の時代にも生き続けられる形に、編み直すことだ。

今を、系につなぐ

「今」を見ない未来論は空虚だ。しかし、「今」だけを見て構造を見ない現場論もまた、未来を失う。

いま必要なのは、この二つをつなぐことだ。今日の商売を、明日の系につなぐ。今日の暮らしを、次の世代の選択肢につなぐ。今日の田畑、店、宿、学校、祭り、森、川を、100年後も意味を持つ形に編み直す。

残すに値する未来とは、外から誰かが査定するものではない。その土地に生きる人たちが、「ここを次の世代に渡したい」と本気で願い、そのための条件を育て続けることの中にしか生まれない。

疎空間に必要なのは、「ただ頑張ろう」ではない。「何を変えれば、頑張りが報われる系になるのか」という問いだ。

谷は、つくるものではない。育つものだ。しかし、勝手に育つわけではない。育つためには、育つ条件がいる。土壌、水路、光、風、菌、混ざり合う場がいる。人の営みも同じだ。

今日の飯を残すためにこそ、谷を育てる必要がある。

*1:前エントリでも触れた通り。国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(令和5年推計)結果の概要」 https://www.ipss.go.jp/pp-zenkoku/j/zenkoku2023/pp2023_gaiyou.pdf

*2:谷本15章と巻末資料には、谷を支える3つの基礎軸(求心力を除く)[エコノミクス、レジリエンス、文化/価値創造]、森と水とトレイル(自然と谷)、食と農、基盤インフラ(道、水道、静脈系)、エネルギー、空間デザイン、まち商業空間、生活オフィス空間、谷をつくる人をつくる(教育)、ヘルスケア(well-being)のそれぞれの視点でのガイドラインを掲載している。図だけでは伝わりきらない部分も多いが、各章で紹介する検討と合わせて見ていただければ、土地を洗いざらい見立て、どこから手を入れるべきかを考えるための道具として使っていただけると思う。