隠岐、摩天崖
Leica M10P, 1.4/50 Summilux ASPH
みなさん、お元気ですか?本当に久しぶりの更新となってしまってすいません!ブログとして書きたいネタも随分有りましたが、ぐっとこらえ、23年の年末からずっと一つの本を土日も祝日もなく書き続けてきました(この間、ほぼすべての講演・取材依頼をご辞退)。本日はそれがようやくまとまりそうだ、という報告です。
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7年半にわたって取り組んできた、都市集中型の未来に対するオルタナティブ検討、「風の谷をつくる」プロジェクト。
このここまでの検討をようやく一冊の本としてまとめ、世に出せることになりました。
タイトルは 『風の谷という希望 – 残すに値する未来をつくる』。2025年7月30日、配本予定です。
200年の祈りを込めています。
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このプロジェクトについて、実はこのブログでも一度触れたことがありました。 覚えている方もいるかもしれません。2019年7月のこちらのエントリです:
当時はまだ、都市にしか住めない未来というのはどうなんだ、それしか僕らが残せる未来はないのか、という問題意識から始まったこの検討を、様々な分野の有志で集まり検討し始め、まだ1年半あまりの段階でした。
このあと、コアメンバーの一人である宇野常寛さんの「遅いインターネット」で連載のようなかたちで参加メンバーの声が随分とあがったことをご存知の人もいらっしゃるかもしれません。
2020年の2月に出した『シン・ニホン』の最終章で少し触れたこともあり、肌感覚的には、この取り組みに対する静かな注目度は相当に高く、国だとか、都道府県、さらに「疎空間」で様々な取り組みをされている随分多くの方々に、風の谷の取り組み、検討から見えてきたことについて教えてほしいと聞かれてきました。各地で取り組みをされている人は多くとも、本当にしっかりと問題を診断し、構造的な課題が見えている人がいないからだということがどうも原因のようでした。だからこそこのような状況になるわけですが。。
疎空間というのは聞き慣れない言葉だと思いますが、都会 vs 田舎の図式では答えを出せないこの問題に対し、密空間(都市)に対立する概念として、整理したものです。「人口密度が低く、社会基盤の維持が困難とされがちな場所」を、あえて“再設計”の対象とし、都市とは異なる原理で成り立つ空間として捉えなおすために、この言葉を用いています。
とはいえ、数年前に糸井重里さんと対談させて頂いたときに糸井さんがふと言われたように、「人類の体は疎空間の時にできている」のです。人類、あるいはそれぞれの社会の文化が育ってきた、自然豊かな空間が今急激に捨てられそうになっている、それを知恵や技術を使い、なんとか見捨てることなく存続しうる未来は生み出せないのか、それが僕らの問題意識の根源にあります。
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そうした関心の高まりもあり、まだ公開できないといいながらも、国交省や環境省の基本計画策定のみなさんとの議論にも随分となけなしの時間を使ってきました。東京都の東京ベイeSGプロジェクトの検討にも何度か依頼を受け投げ込みに行きました。群馬県や富山県の基本計画には相当量の僕らの言葉が散りばめられている状況です。
が、その概要、全体像についてすら一度も実はまとめて語ってこなかったことに気づかれている人も多いでしょう。
僕ら検討メンバーの中では、全体論から空間全体、道やエネルギーのような基盤インフラ、教育やヘルスケアのような社会インフラに至るまで、実に多くの検討チームに分かれて、検討をし続けてきました。コアな大人メンバーだけで30人前後、一時的な検討メンバーまで含めれば100人近く、更に僕の慶應SFCの研究会(ataka lab)の学生の多くも携わり、100を超える検討が行われてきました。今も相当数の検討を行っています。
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そこから見えてきたことは随分と多く、ついに疎空間が存続可能(viable)かつ持続可能(sustainable)に成立するために必要な太い命題(解決すべき課題)は概ね見え、個別、といっても随分広いそれぞれの領域における抑えどころ(領域ごとに解決すべき課題)もだいぶ見えてきました。Viableかつsustainableな状態にある疎空間を「風の谷」、以下、「谷」とも呼ぶことにします。
これまでのやり方では解決できず、そもそも放置されてきた課題であるからこそ、あらゆる事を極力ゼロベースで考え、エコノミクス、自然と人間、ランドスケープ、土木やヘルスケアなどの個別領域への理解などをすべて合わせて束ねてきた検討になります。ワイルドで、実に面白かったのですが、実に大変な検討でもありました。
人に会うたびに聞かれるぐらいなので、その僕らの問い立てから、どのようなものが見え、どのような方向感が見えてきたのかを皆さんにお届けすることはきっと価値があるだろう、そう信じてがんばってまとめた、それがこの一冊になります。
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全体は4部構成。第I部は風の谷とはなにか。
- 問題意識と構想(第1章)
- 人類の2大課題(第2章)
- 谷づくりにマインドセットとアプローチ(第3章)
第II部以降の議論に必須になる全体観を紹介します。第2章では、都市も疎空間も前提とせざるを得ない前提について整理します。多くの空間で行われている検討が風の谷づくりとは似て非なる存在であることも第I部で明らかになります。
第II部は全体論としての疎空間問題の構造。4つの大きな命題の解決が鍵であること、その実現のために鍵となる視点を整理します。
- エコノミクス(第4章)
- レジリエンス(第5章)
- 求心力と三絶(第6章)
- 文化・価値創造(第7章)
第4章の頭出し的な部分は、小泉進次郎さんと落合陽一さんが主催された「平成最後の夏期講習」などで触れてきましたが、本当のディープな部分は開示したことがありません。ここだけでも相当に味わい深いと思います。
世界がCovid-19という未知の局面を迎えた際に紹介した視点や、国のデジタル防災検討(未来構想チーム)に座長として携わった際の知見が第5章で統合されます。疎空間にとってのレジリエンスは、311や能登を見れば明らかな通り文字通り生命線です。これを考えない谷づくりはありえないというのが我々の考えです。2つの鍵となる概念を紹介します。
kaz-ataka.hatenablog.com
デジタル・防災技術ワーキンググループ未来構想チーム 提言
6章と7章は、この風の谷検討から見えてきた一つの華というべき内容になります。ここで紹介する「三絶」や「サンゴ礁」の概念はいずれ人口に膾炙するだろうと思います。
システム思考から、エコノミクス解析に至るまで相当の盛りだくさんで、ここまでだけでかなりお腹いっぱいになる人も多いかもしれませんが、第III部こそが個別の具体領域の検討になります。
- 人間と自然の調和 – 森、流域、田園(第8章)
- 空間構造の基盤:インフラ – 道、水、ごみ(第9章)
- 人間の活動を支えるエネルギー(第10章)
- ヘルスケア – 肉体的・精神的・社会的健康(第11章)
- 谷をつくる人をつくる(第12章)
- 食と農 – 育てる、加工する、食べる(第13章)
どの領域も、相当のプロが中にはいりながらも、僕らなりにゼロベース検討してきた結果をまとめています。
流域論や林業、水文学、獣害など様々に議論されてきた谷における自然と人間の問題が第8章になります。森というものの捉え方から我々は考え直す必要があると考えています。
健康な体は健康な肉体に宿る、という言葉はまさにインフラに当てはまります。基盤的なインフラ部分が9章、10章。社会インフラ部分が11章、12章です。土木インフラもエネルギーも、はたまたヘルスケアも教育も、都市の視点では答えが出ないことがここで明らかになります。いずれの章も相当に凝縮していますが、どの章も相当に読み応えがあるかと思いますし、我々なりのfindingsの中でも核となる部分をふんだんに紹介しています。
なお、専門家であっても、他領域にまたがると“プロではなくなる”のがこの本の難しさであり面白さでもあります。だからこそ、どの章も初学者に寄り添うように配慮しつつ、いずれのセクションも専門家の方々に読まれることを想定し、書いています*1。
そういう意味でこの検討は実に幅広く絡み合う、ある種の人を解き放つための素養、リベラルアーツといえるかもしれません。検討している側、書いている側も本当に大変で、このような書物の場合、誰かが通して書かざるを得ないために、運動の言い出しっぺである僕が頑張って書きましたが、セクションや章が変わるたびに、単に分析を再チェック的にやり直すだけでなく、膨大な書物や論文に目を通しつつ、なんどもなんども、言葉を失うほどのしんどさを感じました。
昨今、主食のコメ、また温暖化による世界的な干ばつなど相当に議論になる食料生産(農と漁業)は疎空間の基幹産業であるとともに、景観の要でもあります。またその恵みから生まれる酒などの加工食品も含む食は土地のもつ求心力そのものと言えます。これをどう考えるのかが13章になります。
どの一章たりとも手を抜いていません。
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第IV部「実現に向けて」は再び全体論に戻ります。
- 谷の空間をデザインする(第14章)
- 風の谷という系を育む(第15章)
以上のすべての要素が流し込まれる谷全体の器、空間づくりとは何を意味し、そこでは何が鍵になるのか。どのような要素が求められ、どのような視点が大切になるのか、ランドスケープデザイナー、クリエーター、建築家、ストラテジストなど幅広い才能が様々な角度から検討してきた膨大な検討のエッセンスをまとめたものが第14章です。ボリューム的にも内容的にも驚くほどリッチです(書く側も悲鳴を上げつつがんばりました)。通常の都市デザインといかに違う視点が必要かがおそらくわかって頂けると思います。また、ここでは「土地読み」という谷づくりにおいて必須の概念を体系化します。
最後の章は谷を全体として系として考え、どのようにたちあげていくかについて検討してきた内容をまとめています。統合性の高いテーマであるモビリティも例に取りつつ、コモンズとしての谷をどのようにマネージしていくか、谷化のレベル感をどう捉え、どのように着手するか、というかなり大切な議論を行います。
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疎空間の存続可能性や持続可能性を真剣に追いかけるなかで、僕らが何度も突き当たったのが、「都市の偉大さ」でした。
現代の私たちは、エネルギー、教育、医療など、多くのインフラやサービスを都市の集積力に依存して生きています。単に中世や古代の生活様式に戻ればよいという話ではありません。
けれど、不思議なことに、都市とは対極にある疎空間を見つめるという行為が、結果として、都市そのものが抱える課題や可能性をも浮かび上がらせてくれました。だからこそ、この本の問いかけは、疎空間に関心のある方々だけでなく、むしろ都市に暮らす方々にもこそ、深く響くかもしれないと感じています。
本書を通じて、「風の谷」という構想に向き合ってきた多様な仲間たちの情熱と英知が、少しでも読者のみなさんの心に届けば幸いです。
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注釈込みで全66万字(通常の新書が8-12万字)。読み応えしかない一冊になっています。バラバラにしてしまっては面白くなく、またそれでは全体観を見失い、永遠に「谷」ができない、、そう感じたため、一冊にまとめることにこだわりました。2段組で、900頁強となる予定です。
図版(チャート、分析、写真)も数百枚入り、読み進めるうえで大きな助けになるはずです。できるかぎり論理的に構造化しましたが、新規の概念や見方が多く、まったく速読などに向かない本でもあります。第三部以降は一章を数日から一週間ぐらいで読み続けていただくようなイメージです。
一冊1万円ほどになってもおかしくない分量と構成ですが、できるだけ多くの実践者の手に届くよう、価格は大幅に抑えてもらいました。税抜き5,000円(税込み5,500円)です。風の谷の運動が生まれた瞬間からの賛同者に原田英治さんがいらしたご縁もあり、英治出版から刊行されます。
また、この風の谷検討はこれまで我々コアメンバーの手弁当、ポケットマネーでやってきたのですが、今後スケールするに当たり原資が必要ということもあり、この本の売上の一定割合はこの風の谷をつくる活動に配分されます。なので買っていただくと活動の応援にもなります。特別なスキームをご提案頂いた英治出版の皆様に心から感謝しています。
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一旦以上です。
この本では、森、水、インフラ、エネルギー、教育、医療、文化、食と農、空間設計など、いわば「生きる」を支えるすべての領域にわたって、「どうすれば、自然豊かな疎な空間を、持続可能な場として再設計できるのか?」を描いています。
地域で何かを始めようとしている方や、社会の変化に向き合う専門家、そして、ぼんやりと違和感を抱きながらも動き出せていない方、、そんな方たちに少しでも役立ってもらえたらと思って、文字通り命を削って書きました。もし心に引っかかるものがあれば、手にとって頂けたら嬉しいです。
そうそう、amazonや版元.comにはすでに上がっており、予約受付も開始しているようです。
今回はまず、報告まで。
よければ、少しだけ、楽しみにしていてください。
長く待っていてくださった方にも、初めて知る方にも、この「風の谷という希望」が何かのきっかけになることを願っています。
*1:言うは易しで猛烈に大変でした。というかこの執筆の最大の難しさと面白さがこのあたりにあったように思います。