
Oirase Stream, Aomori, Japan
Leica M10-P / Summilux 50mm f1.4 / RAW
写真では、洪水に見えた
先日、故郷の富山、そして隣の石川が記録的な集中豪雨に襲われているのと、ほぼ同じタイミングで、ネパール・チベット国境では、これもまた長く語られることになるであろう事象が発生した。
その写真を最初に見たとき、僕はそれを「激しい洪水」だと思った。濁流が谷を埋め、集落を呑み込んでいる。
しかしNYTの衛星画像でスケールを確認して、話がまったく違うことがわかった*1。山の高所で氷河と岩盤が崩れ、氷、岩、泥、水が一体となって谷を駆け下り、地形そのものを変えていた。動いていたのは水ではない。山そのものだった。
同じ現象が、写真では洪水に見え、衛星画像では地形の改変に見えていた。この落差が、本稿の出発点になる。
僕たちは災害を、たいてい写真の側から見ている。そこで起きているのは、いつもの災害が少し激しくなったものだ、と。しかし引いて見ると、別の種類の出来事が起きている。その時、僕は次のように書いた。
富山・石川の豪雨と、ヒマラヤの氷河・岩盤崩壊は、もちろん同じ現象ではない。個々の災害をただちに気候変動と結びつけることにも慎重であるべきだと思う。
それでも、山と水のある土地で、これまで私たちが前提としてきた「災害のスケール」が通用しなくなりつつあるのではないか、という感覚を強く持った。
雨、水、土砂、雪、氷、斜面。これらを別々の災害として考えるのではなく、山地そのものが変化する時代の複合リスクとして捉え直す必要があるのだと思う。
富山・石川をはじめ被災された皆さま、そしてネパール・チベットの被災地の皆さまの無事と、一日も早い救助・復旧を願います。
この一連の災害は、僕ら自身がこの9年間続けてきた谷の検討、そして『風の谷という希望』(以下、「谷本」)に書いたレジリエンスの記述、そして、かつて国の検討で携わったデジタル防災の前提の更新を迫っている。
(なお、本稿は国の防災を論評するために書いているのではないことを予め記しておきたい。後半では何をどう更新すべきかのたたき台も示せたらと思う。)
現在の地形を、初期条件として
防災には、あまり意識されることのない前提がある。
現在の地形を初期条件として、そこに外力を与える、という組み立てだ。
この山とこの川があって、そこに百年に一度レベルの降雨が起きる。そのとき水はどこまで来るか。これがハザードマップの基本的な構造だ。確率論的地震動予測地図も、ある意味では同じ形をしている。地形は舞台であり、外力は舞台の上で起きる出来事だ。舞台の側はほぼ動かない。
堤防も、砂防堰堤も、警戒区域の指定も、基本的には現在ある地形を初期条件として考えられている。日本の(そして世界の)防災計画のかなりの部分が、この上に載っている。
ここで付け加えておきたい。この前提が更新されていない、という話ではない。
気候変動による水災害リスクの増大に備えるためには、治水計画等を「過去の降雨実績などに基づくもの」から「気候変動による降雨量の増加などを考慮したもの」に見直すとともに、河川、下水道、砂防、海岸等の管理者が主体となって行う治水対策に加え、集水域と河川区域のみならず、氾濫域も含めて一つの流域として捉え、その河川の流域全体のあらゆる関係者が協働して流域全体で行う治水対策、「流域治水」への転換を進めていくことが必要である
この通り、日本では、気候変動はすでに検討対象に入って久しく、「流域治水」への転換は、すでに国の既定路線だ。*2
しかし、そこで想定が変わっているのは外力の大きさであって、場が固定されているという前提のほうではない。激甚化への対応は、より大きな雨をより大きな器で受け止める方向の強化であり、器の形そのものが書き換わることの想定ではない。
2020年末から21年春にかけて、国のデジタル・防災技術ワーキンググループ未来構想チーム検討では、数年に一回のレベルではなく、今後 50 年で起こり得る最大レベルの災害を対象とした。具体的には、以下のようなものだ。
<各災害の規模の目安>
1)メガ集中豪雨:数日で降雨量 3,000mm クラス
2)台風・暴風雨、高潮:風速 70m(瞬間最大風速 90m)以上/海面上昇 1〜3m/伊勢湾・狩野川台風級/荒川中域決壊
3)地震:首都直下型地震/南海トラフ三連動型地震/千島海溝地震
4)津波:南海トラフ三連動型地震による巨大津波
5)噴火:富士大噴火(宝永大噴火級以上)
そこで、被災インパクトの大きさは
人命および主要機能の集中度 × 外力(ハザード)の大きさ × 災害発生頻度 × 脆弱性
と整理されたが、ここでの脆弱性はその器が基本同じであるという前提の議論だ。
日本が、これを知らないわけではない
誤解のないように、もう一段書いておきたい。深層崩壊も、河道(かどう)閉塞も、地震による地形変化も、日本の防災が知らない現象ではない。むしろ、かなり考慮されている。
2011年の紀伊半島大水害では、3000箇所を超える斜面崩壊と大規模な河道閉塞が発生した*3。河道閉塞による湛水は、その年の五月に施行された改正土砂災害防止法で緊急調査の対象となり、実際に紀伊半島でも適用された*4。
つまり、制度も知識もある。
それでもなお、問題は残る。
知っていることと、それを前提に系 (system) を設計することは、まったく別だからだ。
この制度の形は「起きた後に、急いで調べる」である。例外的な事象が発生したときの緊急対応の手続きであって、平時の設計を更新する規則ではない。地形が変わったという情報が、次のハザードマップに、次の計画に、次の想定に、連続的に書き戻される仕組みにはなっていない。
言い換えれば、既存の防災の系が持っていないのは地形変化の知識ではない。地形変化を次の状態の初期条件として書き戻す、系の更新則のほうだ。
系が、らせんを描いて変わっていく
ここが本稿の中心になる。従来の組み立ては、こうなっている。

一方向に流れる。地形は、この式の中では定数だ。しかし実際に起きているのは、こうだ。

外力が来ると、二つのことが同時に起きる。一つは被害だ。もう一つは、地形そのものの変容だ。
被害はそのつど外に出て完結する。しかし地形の変容は残る。そして次の外力は、変容したあとの地形に当たる。
つまりこれは、同じところを回るループではない。一周するごとに系が別の状態に移り、しかも元には戻らない。螺旋(らせん; spiral)である。
豪雨を例に取ると具体的にはこうなる。
- 豪雨で山腹が深層崩壊を起こすと、崩壊跡は植生を失った裸地になり、次の雨では表層の土砂が以前より容易に流出するようになる。
- 崩れた土砂は河道に入って河床を押し上げ、同じ流量でも水位は前より高くなる。
- 堤防の高さも橋桁の余裕も、設計時に想定した値から実質的に目減りする。
- 流路が変われば、これまで水が当たっていなかった斜面の脚部が洗われはじめ、次の崩壊の準備が進む。
外力の大きさは同じでも、二度目の被害は大きくなる。受け止める側が別物になっているからだ。*5
言い換えれば、災害のたびに地形という状態変数が更新される。被害の大きさが次を決めるのではない。地形が次を決める。場所は同じでも、次の災害を受ける系は、もう同じではない。
なお、地形を変えるのは外力だけではない。被災後の復旧工事、たとえば砂防堰堤の設置、天然ダムの切り下げ、河道の掘削、もまた地形を書き換える。系の更新は、自然と人為の両方から入ってくる。
一点、触れておきたいのは、地形が変わるといっても、そう簡単に分水界(英: drainage divide)が動くわけではないということだ。上流で山体が抜け、河床が上がり、流路が変わったあとも、流域という枠そのものは同じである。変わるのはその内部だ。流路、河床、水の滞留、氾濫の条件。器の縁は残るが、器の中身の形が別物になる。
そして厄介なのは、この変化が連続的ではないことだ。斜面は徐々に低くなるのではなく、ある時点で抜ける。河床は少しずつ上がるのではなく、一晩で数メートル変わる。系の状態そのものが、ある瞬間に飛ぶ。
ここで参照すべき先例がある。気象の世界だ。
気象モデルは、変化が前提を変えていくように組まれている。ある時刻の大気の状態が計算され、それが次の時刻の初期条件になる。少なくとも状態変数は更新され続ける。
地象の世界でも、同じことをする必要がある。
先述の2021年の提言*6は、連鎖の発想をすでに持っていた。防災デジタルツインの節では、事前予測よりも二次災害・三次災害への早期の被災想定を主眼とすることを明記した。
その上で、シミュレーションで可視化すべきものを六つ挙げている。
- 気象・地象状況、
- 土地そのものへの影響
- インフラへの影響
- 建築物への影響
- 生命への影響
- お金への影響
いま読み返すと、一箇所だけ手前で止まっている。土地が、影響を受ける対象としてしか置かれていない。決壊、浸水、火山灰・噴石。土地に何が起きたかは被害として計上されるが、その変化が次の計算の初期条件として書き戻されることは想定されていない。
自分らがまとめた提言だが、この前提は更新されなければならないと思われる。
三つの定常性が、同時に壊れている
起きているのは、地形、統計、対応能力の三つが同時に非定常化しているということだ。
地形。いま見た通り、外力が加わる場である地形自体が、外力によって書き換えられる。ハザードマップの「ハザード」だけでなく、「マップ」の部分が変数になる。
統計。「百年に一度の雨」という言い方は、過去の系列から計算した再現期間が将来にもある程度当てはまるという前提、すなわち定常性(stationarity)の上に成り立っている。この前提はすでに弱い。IPCC も、過去にはほとんど経験されなかった極端事象が、新しい場所、新しい時期、新しい組み合わせで起こりうるとしている*7。国の治水計画自体が、過去の実績だけでなく気候変動後の降雨量を織り込む方向に変わり始めているのは、この認識の反映だ。
対応能力。前稿で触れた通り、建設業の就業者、現場で手を動かす技能者は急減している。しかも就業者の四分の一以上が六十歳以上である。災害が激甚化する方向に動くのと同時に、それに応答する側の能力が減衰していく。
三つ目は、単なる背景条件ではない。連鎖の一部だ。橋が落ちる。直せる人がいない。孤立が長期化する。ここまでが一本の鎖だ。
三つとも非定常だとすると、一つの結論が出てくる。想定を精緻にし、それを防ぎ切ることだけを中心に置く設計思想では、もはや足りない、ということだ。
予測精度を上げることは、もちろん大切だ。ただ、それだけでは届かない。予測が外れること自体を、設計条件に入れなければならない。
残るのは、変わっても生きられるか、という問いになる。
災害は、独立には起きない
日本で考えるべき災害は、山地の水・土砂災害だけではない。地震が起きる。津波が来る。集中豪雨と線状降水帯が来る。熱波が来る。寒波が来る。豪雪もある。
これらは原因が違う。地震や津波を気候変動と一緒にしてはいけないし、熱波と豪雨も同じ現象ではない。原因の側を混ぜて論じるのは誤りだ。
しかし、困ったことに、災害は独立には起きない。
大地震で停電したところに熱波が来ればどうなるのか。集中豪雨で何千人も避難しているところに、猛暑が来たらどうなるのか。
一つの外力によって弱った系の上に、次の外力が載る。人が生き残れるかという側から見れば、災害は別々の事象ではない。
だから問うべきは「何災害か」ではない。どの系を通って連鎖するかだ。そして、その系は災害の種類ごとに違う。
山地の水・土砂災害であれば、それは流域だろう。質量が重力に従って動く以上、連鎖は地形に沿って走る。熱波であれば、おそらく電力網と建物と人の健康状態を含む系になる。津波なら、沿岸の地形だけでなく、道路、港湾、物流を含む系が一気に切れる。
僕たちは長いあいだ、この単位を災害種ごとに取り違えてきたのではないかと思う。
行政の縦割りには、法、予算、専門性、権限などさまざまな理由がある。ただ、その背景の一つには、連鎖を運ぶ系ではなく、災害の名前で仕事を割ってきたことがあるのではないだろうか。
現実は、そんな名前の境界では止まってくれない。
ならば、何をするか
とるべき方向は三つあると考えられる。
1、ハザードマップを、静的なものから動的なものにする
災害の後に、地形、河道、道路、インフラの状態を再計測し、次の防災の初期条件として即座に書き戻す。衛星、SAR、LiDAR、ドローンで地形変化そのものを検知する技術は、すでにある。静的なハザードマップから、動的な連鎖図(dynamic hazard-chain map)へ。
山地の水・土砂災害であれば、流域治水に、地形更新のループを入れる、と言い換えてもいい。
技術だけが決定的なボトルネックではない。むしろ難しいのは制度の側だ。ハザードマップや警戒区域を前提に、建築規制、不動産取引、保険など多くの制度が組まれている。年単位で固定された地図を前提とする制度に、災害のたびに更新される地図をどう入れるか。ここを解かなければ、技術だけが宙に浮く。
2、「想定最大」ではなく、「想定を超えたらどう壊れるか」を設計する
どこまで防げるか、だけではない。超えたらどこから壊れ、何を残すか。
越水したらどこへ水が行くか。一本の道路が切れたら何日孤立するか。電力、水、通信、医療など、最低限の生存機能をどう守るか。
施設の強度ではなく、壊れ方(failure mode)と回復経路を設計する。
3、災害の名前ではなく、連鎖が走る単位で系を設計する
組織を災害の名前で切るのではなく、連鎖が走る系で横串を通す。水と土砂なら小流域と谷。熱なら電力・建築・健康の系。それぞれの連鎖に対して、それを運ぶ単位で見る。
水の絡む災害については、災害対応行政の単位を流域に組み替える。河川、砂防、治山、道路がそれぞれの「災害」を担当するのではなく、一つの流域について一枚の連鎖図を持つ。そのうえで、上流から下流まで一つの系としてシミュレーションし、必要な取り組みを考え、整え、有事に対応する。
ここで注意すべきことが一つある。シミュレーションの目的を「どこが崩れるかを当てること」に置かないことだ。深層崩壊の発生地点を斜面単位で予測することは、現在の科学では事実上できない。目的は、どの斜面が崩れても、その先に何が走るかを列挙しておくことである。予測できないことを前提にしたまま、先読み能力を上げる。
疎空間では、非定常な世界がすでに可視化されている
ここまでは国土全体の話として書いてきた。しかし三つの非定常は、すべての場所に等しく当たるわけではない。
疎空間に、まず強く現れる。
今回問題にしているような大規模な地形更新は、まず山地で強く現れる。対応能力の減衰も、疎空間から先に効く。そして大規模災害において救助・復旧のリソースは人口密集地域に優先的に配分されるため、疎空間への支援到達は構造的に遅れる。
これは想定ではない。2024年の能登半島地震では、多くの集落が孤立し、道路の分断と冬季条件が重なって、一部地域では救援到達まで二週間以上を要した。
つまり疎空間は、非定常な世界がすでに可視化されている場所といえる。都市がいずれ直面する条件が、疎空間では先に来ている。ここでも、疎空間はタイムマシンとして機能する。
そして幸いなことに、単位が一致している。
流域といっても、信濃川のような大流域ではない。連鎖がある程度完結する支流域・小流域のスケールだ。僕らが「谷」と呼んできた生活圏の多くは、この小流域と強く重なる。
水が集まり、土砂が動き、人が住み、道が通る。暮らしの単位と、災害が走る単位が重なっている。
地形に沿って水と土砂が動く以上、これは偶然ではない。だから谷では、一枚の連鎖図が、そのまま設計図になりうる。
避けられない非可逆性という、新しい問題
ここで、風の谷(以下「谷」)のレジリエンスの定義そのものに戻る必要がある。
僕らは谷の存続要件を四つの条件として整理してきた。疎でありながら成立するエコノミクス、高いレジリエンス、三絶的な土地の求心力、そしてサンゴ礁的な文化空間の形成である。レジリエンスはその第二の条件にあたる。
僕らは、レジリエンスを「壊れない力」とは考えていない。谷本 第5章では、変化を受け入れながら、本質的な機能を維持する能力と捉え、受け身力、対応力、復旧力の三つに分けた。さらに第7章では、その本質をもう一段掘り下げ、一度破壊すると二度と回復できない、取り返しのつかない変化を避けることだと書いた。Disaster-readyも、その文脈で初めて正しく理解される、と。
一度壊れると二度と戻らない変化として挙げた例は、三つだった。
天然林を人工的な単純林に変えれば、もとの生態系は失われる。地下水を過剰に汲み上げれば地盤が沈み、元には戻らない。稚魚まで獲り尽くした漁場も、一度崩れれば戻らない。
地形が書き換わることは、この四番目の例である。山体が抜ける。河床が上がる。流路が変わる。元には戻らない。
ただし、これまでの三例とは決定的に違う点がある。
三つとも、人間の行為による非可逆変化だった。だから避けられる。伐らなければいい。汲み上げなければいい。獲り尽くさなければいい。避けるべきものとして名指すことに、意味があった。
地形の書き換えは、外力による非可逆変化である。避けることができない。起きるのを止められない種類の、取り返しのつかない変化だ。
だから非可逆性には二種類ある、と言い直す必要がある。行為由来のものと、外力由来のもの。前者に対する構えは「やらない」で足りる。しかし後者に対する構えは、「起きたあとも成立し続ける」しかない。
ここで気づくことがある。行為由来の地形の非可逆変化は、都市ではすでに起きている。
江東五区では、1960年代までの地下水の過剰な汲み上げによって、場所によっては地盤が5メートル以上沈下した。一度圧密した地盤は、地下水を戻しても元の高さには戻らない*8。
つまり地形が非可逆に書き換わった土地で、すでに200万人を超える人が暮らしている。山地でこれから起きることの先例が、都市側にある。
原因は違う。山地では外力が地形を変え、都市では行為が地形を変えた。しかし変わったあとの世界をどう生きるかという問いは、同じである。
存続可能性という概念が要求される理由が、ここではっきりする。避けられる非可逆性しかない世界であれば、正しく振る舞うことが答えになる。避けられない非可逆性がある世界では、正しく振る舞ってもなお、前提は書き換わる。そのあとも成立するかどうかが、別途問われる。
地形の非可逆変化が毀損するのは、レジリエンスだけではない。谷の求心力の基盤である景観そのものも失われる。
なお、三つ目の非定常である対応能力の減衰については、僕らの検討にすでに答えの方向がある。人口減少や地域縮退のフェーズでも自律的に機能し続ける、逆スケーラブルな空間であるべきだという要件だ。社会全体としてはともかく、「風の谷」の検討では概念が用意されている。
谷スペックを、どう書き換えるか
以上を踏まえて、僕ら自身の検討を更新する必要がある。まだ、他のメンバーと議論したわけではないが、谷本第5章に書いたDisaster-readyの記述のうち、三箇所の更新を検討したい。
(1) レジリエンスレベルの単位を、発生頻度から持続日数へ
谷本 第5章では、谷づくりにおける現実的な判断基準として「災害対応レベル」を五段階で示した。十年に一度の災害に対応する基礎レベルから、三十年、百年、三百年、そして千年に一度に対応する理想レベルまで。谷の成熟に応じて段階的に上げていく発展モデルとして提示したものだ。
この仕様は、すべて発生頻度で書かれている。
そして発生頻度は、定常性の上にしか成り立たない。過去の系列から計算した「三十年に一度」が、これからの三十年にも同じ意味を持つという前提があってはじめて、仕様として機能する。その前提が壊れているなら、この五段階は、そのままでは使えない。
代わりに置くべきものは、同じ第5章の中にすでにある。復旧力の要諦として挙げた「自立性」——外部支援が到着するまでの間、自力で生存し続ける能力だ。これを定量化する。
孤立可能日数。外部からの支援がまったく届かない状態で、その谷が何日成立し続けられるか。水、電力、通信、医療、食、そして避難場所のそれぞれについて、日数を割り当てる。
この置き換えには、決定的な利点がある。発生頻度は予測値なので、統計が非定常になれば意味を失う。しかし孤立可能日数は設計値である。予測を必要としない。その谷が自分で決められる。
第5章はDisaster-readyの本質を「予測できないことを前提とした設計」だと書いた。ところが仕様の側だけが、予測に依存したままだった。孤立可能日数への置き換えは、章の主張と仕様を一致させる作業でもある。
日数をどう決めるか。地形が変わる前提を置く以上、道路復旧までの期待日数を過去の実績から取ることはできない。前回と同じようには壊れないからだ。だから、「復旧までの推定日数」ではなく「その谷が自力で持たせると決めた日数」から決める。
そのうえで、段階としては三つが適切だと考えている。
- 3日(基礎)。72時間は人命救助の臨界期であり、最低限ここまでは自力で持つ必要がある。
- 7日(標準)。道路の応急復旧や外部支援、医療搬送に一定の目処が立つ期間として、谷の基本目標はここに置きたい。
- 14日(先進)。東日本大震災、能登半島地震などを踏まえ、日本で起こりうる最大級の災害における支援遅延を見込むレベルだ。
発生頻度による五段階は、十年から千年へと桁で伸びていく構造だった。日数はそうならない。3日、7日、14日で止まる。30日や100日という段階は置かない。
ここで極めて重要な但し書きが要る。
孤立可能日数は、長ければ長いほど良い仕様ではない。
谷本 第5章で書いた通り、受け身力を極限まで高めようとすれば莫大なコストがかかり、疎空間のエコノミクスとして成立しなくなる。過度に堅牢なインフラは、谷の最大の魅力である景観を損なう。レジリエンス (resilience) ではなく頑強さ (robustness) を追求した、巨大な防潮堤や鉄筋コンクリートの構造物が並ぶ空間は、もはや風の谷ではない。
過度な備蓄や堅牢化はエコノミクスを壊し、景観も損なう。上限は災害の側ではなく、谷が谷であり続けられるかという側から決まる。
だから孤立可能日数は、四条件の制約下で決まる設計値である。エコノミクスが許す範囲で、三絶を毀損しない範囲で、何日持たせるか。谷ごとに違う数字になるし、外から一律には決められない。
五段階はレジリエンス単体の指標だったが、孤立可能日数は四条件の交点に置ける。これも置き換えの理由の一つになる。
そして孤立可能日数は、NBO(No Blackout)の三原則——止まらない、すぐ戻せる、緩やかに落ちる——を数値として表現し直したものでもある。緩やかに落ちるとは、何日かけて落ちるのか。その答えが仕様になる。
(2) 立地判断を、一回の選択から更新される判断へ
谷本の第5章では、予測に本質的な限界がある一方で相対的なリスク評価は可能であり、ハザードマップに基づく立地選択が最も基本的かつ効果的なアプローチだと書いた。そして崖下や津波リスクのある場所の住居や施設は、計画的に数十〜百メートル単位で移動していくべきだとした。*9
この判断そのものは変わらない。立地は今も最も効くレバーだ。
ただし、地図の側が変数になるなら、立地判断は一回で終わる判断ではなくなる。谷の中で安全とされた場所が、上流の崩壊と河床上昇によって、次の雨に対しては別の意味を持ちうる。
「計画的に移動する」の計画を、一度の計画から、地形変化のたびに見直される継続的な再評価へと開く。否定ではなく、時間軸の追加である。
(3) 軽量デジタルツインに、地形更新のループを入れる
谷本 第5章では、谷において高密度センサーネットワークに依存しない「軽量デジタルツイン」——主要な地形・建物データ、限定的なセンサー情報、衛星データ、住民による観測情報を組み合わせたもの——を提案した。
ここに欠けていたのが、地形更新のループだ。現実から継続的にデータを収集して更新される、とは書いた。しかし更新されるのは状態であって、地形そのものではなかった。
そして軽量であることは、この点ではむしろ有利かもしれない。谷は小流域であり、地形変化を検出すべき範囲が限られている。衛星画像と住民の観測を組み合わせて、変化した地形を次の初期条件として書き戻す。国土全体で構築するより、一つの谷で先に成立させるほうが早い可能性がある。
疎空間がタイムマシンであるなら、ここでも先に実装されるべきなのは「谷」のほうだ。
そして、これは都市の問題でもある
ここまで疎空間の話として書いてきたが、三つの非定常は都市も素通りしない。
東京の低地では、河川氾濫が地下空間へ波及し、地下鉄、電力、交通へと連鎖することが想定されている*10。これは本稿で見てきた構造そのものだ。災害種別では河川災害でも、実際に起きるのは都市機能の連鎖的停止である。
谷でいう「孤立可能日数」は、都市では「機能停止の許容日数」と読み替えられる。地下鉄や電力が止まったとき、何日で戻すのか。その間、何を残すのか。
疎空間が先行しているのは支援の遅れであり、都市が先行しているのは地形の非可逆変化である。先に来ている未来は、一つではない。
Disaster-ready 2.0
以前、Disaster-ready とは災害への対応力ではなく、社会の設計特性だと書いた*11。本当の問いは「災害にどう対応するか」ではなく、「災害が不可避に起きる世界で、止まらない社会をどう設計するか」だと。
いま、その一段先に置き直す必要がある。
問いは、地形が動的に変わっても生き残れる国土(空間)をどうつくるかだ。地形だけではない。気候が変わっても。災害が重なっても。対応する人が減っても。それでも成立し続ける場所を、どうつくるか。
持続可能性(sustainability)は、ある条件のもとで、その状態を持続できるかを問う。
存続可能性(viability)が問うのは、さらに手前だ。条件そのものが変わり、場が書き換わり、前提が消えたあとでも、その系はなお成立可能なのか。
避けられない非可逆性がある世界で問われているのは、こちらのほうだ。
防災の最後の単位は、施設ではない。生存である。
Disaster-ready 2.0 とは、より大きな災害を想定することではない。前提そのものが変わることを前提に、社会を設計することだ。
山は動く。川は変わる。海岸も動く。気候も変わる。人も減る。
それでも人が住み続けられる場所を、どう設計し、実現していくか。
それがいま問われている。
-
本稿は、拙著『「風の谷」という希望——残すに値する未来をつくる』(英治出版、2025)特に第5章、第7章をもとに、その記述の更新として書いたものです。
*1:The New York Times, "Nepal Flash Flood Damage"(2026年8月27日)。 https://www.nytimes.com/interactive/2026/08/27/world/asia/nepal-flash-flood-damage.html
*2:流域治水推進行動計画も参照
*3:紀伊半島大水害の被害状況については国土交通省近畿地方整備局の災害情報を参照。過去の大型災害については例えば https://www.kkr.mlit.go.jp/kiisankei/bousai/past-disaster-info.html
*4:土石流・地滑りに加えて河道閉塞による湛水が緊急調査の対象となる発生原因に加えられた。同年9月の台風12号による奈良県・和歌山県の河道閉塞箇所が、河道閉塞による湛水を発生原因とする土石流としては全国初の緊急調査着手事例となっている。
*5:砂防の世界では、災害の要因を素因と誘因に分ける。誘因は雨や地震といった引き金であり、素因は地形や地質、植生といった土地の側の条件だ。従来の防災は、誘因が変わることは考えてきた。しかし素因は、少なくとも計画の時間スケールでは動かないものとして扱われてきた。いま起きているのは、誘因によって素因が書き換わり、その素因が次の誘因への応答を決めるという事態だ。
*6:赤沢副大臣(当時)のもとで座長を務めた。
*7:IPCC AR6 WG1 第11章。 https://www.ipcc.ch/report/ar6/wg1/chapter/chapter-11/
*8:「海面上昇時代と三大都市圏」(2025-09-06)参照。
*9:国は立地の側についても認識を示しており、立地適正化計画の居住誘導区域からは災害レッドゾーンが原則除外されている。
*10:中央防災会議によれば、荒川右岸低地が氾濫した場合、地下鉄の多くが水没すると予想されている。後楽園、神保町、霞ヶ関、六本木など四十四の駅では、地上が浸水していなくても地下が水没する。
*11:「Disaster-Ready:停止状態に陥らない社会をデザインする」(2026-01-10)


















