web3と環境負荷とシン・コモンズ


Munakata Taisha Shrine, Munakata, Japan
1.4/40 Summilux ASPH, LEICA M10-P

この間、web3の世界的なメディアであるCoinDeskの日本版を運営するb.tokyo (N.Avenue) のYear End eventがあり、成田修造さん、川崎ひでとさんと登壇した*1

「生成AIとweb3が引き起こす日本のビッグシフト」という少々スパイシーかつ「生成AI」と「web3」ってそもそも関係あるのか?ぐらいのお題だったのだが、実に楽しく一時間あまり議論をした。

最初に衆院議員かつ自民党web3 PTメンバーの川崎さんから昨今のweb PT界隈のお話があり、そこから修造さんのキレキレの差し込みと問いかけを軸に一気に盛り上がったのだが、b.tokyoの集まりだけにweb3をどのように見て、どのように展望するかというのがひとしきり議論になった。(あと一つまとまって話をしたのはAI/LLMのプラットフォームゲームの考え方の話だったが、それについては昨日まで、何本かまとめたのでそちらをご覧いただければと思う。)

kaz-ataka.hatenablog.com

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僕からまず話をしたのは、crypto(web3的な暗号資産)はまるでゴキブリのように決して死なないというThe Economistによる"暗号資産ゴキブリ理論"(the cockroach theory of crypto)。同誌によれば、いくつかのcrypto tokenは少なくとも2つの理由で存在意義がある。第一にcryptoを持つということは「この技術が広く使われる未来」に対する賭けである。第二に繰り返しの波の中でcryptoは1630年代のチューリップのようなバブルではないことが明らかになってきた。ビットコインを見ると確かに浮き沈みは大きいが全体としては山脈のように見えると。

www.economist.com

その上で、web3の議論には、3つの大きなvalue proposition(価値提供)、期待されている役割の塊があり、それぞれは多少連関し合うが、別々に考えたほうがいいのではないかという話をした。3つというのは

  1. アセット保持
  2. DAO&トークン(いわゆるトークンエコノミー)
  3. ログイン・認証の仕組み

だ。ビットコイン(BTC)/イーサリアム(ETH)に代表されるいわゆるcrypto-currency(暗号通貨)は1にあたる。資産目的でアートなどに紐づくNFT*2を持っている場合もこれに当たるだろう。既存の通貨変動にさらされることがなく、既存の金融システムに依存しておらず、国を超えることが容易という強みがある。とはいえ、利用する場合には実際のcurrencyに落とし込む(換金する)必要がある場合がほとんどであり、その価値についてもリアルの通貨や金などと連動させて(ペグして)stable coinで保有していればよいが、そうでない価値創造もアルゴリズムに依存したBTCなどのcryptoで保有している場合、相場性がかなり高いためにvolatile(揮発性が高い:価値が安定しづらいの意味)という課題がある。

2は馴染みのない概念の人も多いと思うが、これこそがweb3の一つの本質というべきもので、実はcryptoすら立ち上げ段階ではある種のこれと言える。DAO(Decentralized Autonomous Organization 分散型自律組織)はなんらかの志を持つ人が集まり、そこに何らかの寄与をすると貢献に応じてトークンをもらう。その活動が十分に価値がある状態になると、その一部が市場で売買されるようになる。するとこれまでの貢献の証として幾ばくかのトークンを持っている人がトーク保有を通じ経済的な価値を得るようになる。これまで人類が共同して何かをやろうとしたときのシステムの進化を考えれば、志から始まり、お金以外の貢献もきっちりと扱うことができるという点で実に画期的なものであり、お金をとりあえず集めて始めるこれまでのアプローチ(図を参照)とはかなり異質といえる。



安宅和人「“残すに値する未来” を考える」環境省 中央環境審議会 (April 1, 2022)

しかも、共通の目的のためにお金を集める必要がある場合、脅威のスピードで多額の資金を収集することが可能だ。2年前、米国の合衆国憲法の原本を守る(競り落とす)ためのConsititution DAOの場合、わずか一週間で50億円以上のお金を集めた。これはスタートアップの場合、シリーズCぐらいまでいってもようやく集まるかどうかという規模のお金であり、これほどのスピードでお金を集められる仕組みはこれまで存在しなかった。

www.coindeskjapan.com

DAOが発行するトークンのうち、DAOの意思決定に参与できるものをガバナンストークンというが、12/23/2023現在、すでに価値が発生しているトップ100を集めた総額は777億ドル(約11兆円)とそれなりの規模だ。

www.coingecko.com


3もピンとこない人が多いかと思うが、結構クリティカルな用途(use case)だ。いまのインターネットワールドはweb1(例:ポータル、ニュース、検索、EC)とweb2(例:ソーシャルとCGM)が混在しているが、問題はこれらは膨大な数のIDとPWを組み合わせてようやくログインできる代物だということだ*3。またそれだけ煩雑でありながら、本当のところ認証としてどこまで強いのかといえば正直微妙であり、世界中の会社やPFはマルウェア、フィッシングなど様々な攻撃手段を介した流出リスクに相当に晒されている。

web3によるログイン・認証というのは、かなり頑強なKYC(know your customer 顧客認証 *4)を組み合わせた、web3のウォレットシステムによって認証/ログインを図ることでweb1/2やリアル空間のイベントすら入れるようになるということだ*5。PWフリーの世界が生まれうるということであり、便益としてはとてもクリアだ。

web appはわかりやすいと思うので、イベントの場合をより具体的に言えば、ブロックチェーンやデジタルアイデンティティ、NFTなどのWeb3の要素を活用して、イベント参加者の身元確認やチケット所有の検証を行う方法であり、典型的には以下のようなプロセスを取る。

  1. デジタルチケットの発行: イベント主催者は、ブロックチェーン上でユニークなデジタルチケットを発行。これらはNFTとして作成され、各チケットは譲渡可能でありながら、独特な所有権の記録を持つ。
  2. チケットの購入と所有: 参加者は、これらのデジタルチケットを購入し、自分のデジタルウォレットに保管。ブロックチェーン上でのトランザクションを通じて、チケットの所有権が確実に記録される。
  3. イベント入場時の認証: イベント当日、参加者はそのデジタルチケットをデジタルウォレットから提示。イベントスタッフはブロックチェーン上でそのチケットの有効性を確認し、入場を許可する。

このシステムは、既存のシステムでは困難なチケットの転売防止、偽造防止、参加者データの安全な管理など、追加的な利点を提供することもできる。このようなシステムは、イベント参加の透明性とセキュリティを高めるために有用だが、課題としては、実装には特定の技術的な知識とインフラが必要であり、参加者がデジタルウォレットやブロックチェーン技術に慣れていることも前提となる。

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これを踏まえた上で、現状と今後についてどう思うか聞かれたので、僕から答えたのは、こういうことだった。

昨今、社会インフラレベルの変革になっているAI/LLMに比べれば確かに1/100ぐらいしか話題になっていないが、web3の価値にはかなり本質的な部分がある。

とはいえ1の用途がガンガンに日本に立ち上がる時は相当に政情不安で、通貨に対する信用がなくなるときなので、あまり望ましいときだとは思えない。政情不安な国の人達の場合、これらを保持するアカウントの保持率は相当に高い。Statisticaによれば 、2023年段階で日本での保有率は6%だが、ナイジェリアやトルコでは47%だ。ただ、そういう状況が万一発生したら、日本でも当然みんな一斉に持ち始めるだろう。

3は本当はぜひ進んでほしいが、b.tokyo/CoindeskのイベントすらQRコードの世界であり、自民党web3 PT*6でなげこみに行かれているメンバーでもwalletでリアル会場に入ろうとしている姿を見たことがない(そういう受付をしているイベントがまだそもそも殆ど無い)ことを考えればまだまだ相当に遠い気がする。まずはweb1/web2側でのログイン刷新から進むべき。

本丸は2。志を形にすることができるという意味で大変に尊い。Market capによる価値創造は、web3以前に生まれたすべての価値創造システムの中でもっともΔ環境負荷/Δ価値創造が小さいと思われるが*7、それよりも環境負荷が低い可能性が高い。Cryptoのような莫大な計算も要しない。前エントリで書いた通り、地球との共存は我々にとって必須であり、同時に経済の流れを止めないためにはこのトリックはかなり大切になる可能性が高い。


安宅和人「“残すに値する未来” を考える」環境省 中央環境審議会 (April 1, 2022)

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現在の僕らの抱えている問題の多くは、ある種のコモンズ問題だという見方ができる。昨日書いた「地球との共存」問題にせよ、「人口調整局面のしのぎ方」にせよそうだ。この絡みで2年ほど前、孫泰蔵さんと安田洋祐さんとの間でかなり盛り上がった話をここで少し共有したい。

kaz-ataka.hatenablog.com

コモンズ(Commons)というのはみんなの共有資産というような意味で、道や公園、役所、空気や海・川などは典型的なコモンズだ。個人が土地を持っていると言ってもそこで何をやってもいいということはなく、かつてのカルト集団のように謎の施設を立てて毒ガスなどを製造し始めたりすることは当然のことながら許されない。静かな街で爆音でスピーカーで奏でることももちろん許されない。景観的に破壊的なものを立てることも、外に見える限り許されない。そういう意味では個人所有の土地すらコモンズ的な性質がある。

とはいえ、海辺を見るとよく分かるが、コモンズで起きやすいのは、誰も見ていないから何をしてもいいというか、ゴミなどを平然と捨てたりする行為だ。864年の貞観噴火*8が生み出した富士の樹海(青木ヶ原樹海)も産業廃棄物(産廃)の不法廃棄問題が話題になって久しい。

コモンズの悲劇(tragedy of the commons)はこうやって起きる。Wikipedia的には「牧草地のような有限で貴重な資源を多くの人々が自由に利用できるようになると、彼らはその資源を過剰に利用するようになり、その価値を完全に破壊してしまうことになる。自制することは個人にとって合理的な選択ではない。もし自制すれば、他の利用者に取って代わられるだけである」ということだ。

en.wikipedia.org

「この回避をなんとかpunishment(罰金、刑、犯罪公開など)による抑制をミニマムでやれないだろうか?」というのが、ここで答えを出すべき問いだ。

ここにDAOとtokenのしくみは生きる可能性がある。これまでのコモンズのように誰でもというより、クラブ的な利用ということにし、これまでのコモンズのようにタダ乗り可能なのではなく、多少の目こぼしはあるが原則タダ乗り不可な領域に持ち込めるのではないか、ということだ。貢献をインセンティブにする仕組みとして回すことによって、自発的により良い空間を作っていく動きが広がり、コモンズの価値が維持されてしかるべきということだ。そのためにはコモンズの価値を可視化し、それをrewardとしてトークンを発行していく仕組みがいるが、その設計さえうまく行けば、どんどんと良くなる空間価値をうまく作っていけるのではないだろうか?これを僕らは暫定的に「シン・コモンズ」と呼んでいる。


資料:安宅和人 tweet 3:07 AM · Feb 13, 2022

実はそれをこの2年あまり、風の谷を創る運動論で検討しているがまたおいおいと紹介していこう。


ps. 本登壇についてかなりまとまった記事が上がったのでご紹介したい (as of 12/27/2023 17:58)
www.coindeskjapan.com

*1:前のエントリの注釈でも書いたもの。年末でかなりタイトであったが、N.Avenueは元々ZHDの投資で生まれた会社であり、代表の神本侑季さんが旧知であったこともあり引き受けた。

*2:ノンファンジブルトーク

*3:同じIDとPWを使い回すことが非常にリスクの高い行動のため

*4:一般にユーザの実在性の確認を行う「身元確認」と、ユーザの行為を確認する「当人認証」の2つで構成される『本人確認』を意味する。KYC|一般財団法人 日本情報経済社会推進協会より

*5:VR/MR/AR的なバーチャル空間、web2の一種、へのログインにももちろん使える

*6:立ち上げ前段階から座長である自民党平将明さんにどんどんと鍵となる知り合いをご紹介し、ご支援している

*7:現在の富豪のほとんど全員が相続以外はこの恩恵によるもの

*8:貞観6年から7年末;864年~866年初頭