ニューロサイエンスとマーケティングの間 - Between Neuroscience and Marketing

安宅和人: 脳神経科学とマーケティングの間に棲息

米国の主要大学はどうしてこれほどの投資益を叩き出せるのか?:国内大学強化に向けた考察3


Leica M3, Summilux 50mm F1.4 @表参道、東京


(はじめに)

本エントリは次の2エントリの続編です。もしまだであれば、なるたけそちらをまず先にご覧になられることをおすすめします。(多分その方が何倍か味わいぶかいと思います。)

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では、論点2の延長として、最大の構造要因である、なぜこのような巨大な投資収入がアメリカの主要大学では生み出せるのか、という問題に踏み込んでみたい。


投資収入はどこから発生するのかと言えば、当然のことながら「投資運用資金」とその「運用力」だ。


まず運用資金の総額についてみてみよう。ちなみにこれをendowmentと呼ぶ。



いかがだろうか。


息を飲むのではないか。


なんとこれらの大学は、運用基金69億円の東大とは文字通り3桁違う兆円単位の資金を投資・運用しているのだ*1


トップ四校に至っては東大の約200から500倍という巨大な資金を持っている(この四校が全米のendowmentトップ4であることは言うまでもない)。


これで驚くのはまだ実は早い。


上で見た、endowmentを学生の総数で割ると、本当の資金の手厚さが出てくる訳だが、それが次だ。



Endowment総額どころではなく、今度は500倍、1000倍という差である。


中でも、古くから資金を集めてきた老舗三校が飛び抜けている。一人2億円規模だ。学生の少ないPrincetonがとりわけ厚い。投資からの収入の割合が、Princetonにおいて際立っていた大きな理由が実はこれである。


ちなみに東大はゼロではない。単に少なすぎて見えていないだけだ。わずかに二千ドルなのである。他の日本の大学だともう一桁少ないことが多発するだろう。とても悩ましい(そしてかなしい)問題である。



次に投資収入を産み出すもう一つの力、『運用力』を見てみよう。上が2007までの10年、下が2007-2008年のパフォーマンスだ。数字は年率%。比較のために、アメリカの日経平均にあたるS&P500の数字を載せている。ただ上表のみは、完全に同期間のS&Pデータを入手できなかったため、2000-2007の数字を載せている。



こちらも驚くべきパフォーマンスである。市場が赤字のときですら黒でまわしているデータから明らかなように、本物の投資、ファイナンス力を持っているのである。


なおこのROI*2投資会社のプロでも模範とあおぐような数字だ。例えば、上に挙げた以外にも、2000年、ハーバードは記録的なリターン32.2%を叩きだしているが、同期間S&P500は7.3%しか上がっていないという。教えているだけではない、これらの大学は、実際に世界の投資の模範となっている。


その結果、投資である以上、確かに沈む年はあるが、際立った「投資運用資金」を、突出した「運用力」により、極めて巧妙に運用し、今の規模に至る。


また、公共サービスを提供する非営利の大学なので当然無税だ。



こうやって手塩にかけて増やしたendowmentの大体5%程度(従って、ここで議論している大学だと学生一人辺り500〜1000万円/年)が毎年の財源として投入される。これが昨日見た巨額の投資収入を産み出すカラクリなのである。単に金を集めているだけでは決してないのだ。


このように産み出されたものを潤沢に学生のサポートに、施設のリノベーションにつぎ込む。Harvardの2007-2008予算では、全出費のうち、10.7%が学生への奨学金の類いに使われている。年額にして、一人平均、約1万7千ドル、、、なかなかの額だ。

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なお、ここまで触れていないが、このendowmentを産み出す最大のベースは当然のことながら寄付である。今わたしの手元にYaleのCampaign Annual Report 2007-2008があるが*3、この1年でYaleは603millionもの寄付を得ている*4。そのうちの七割424millionが卒業生からの寄付だ。大学から若干信じがたいレベルの経済的なサポートを得、他では得がたい濃い学問的、社会的な経験をし、優れた友人、そして師達に出会い、世の中に出て身に着けたスキルとネットワークを生かし、更に成功する*5、その感謝の気持ちがこのような大学へのギフトとなって返る。大学はそれをいきなり使い切るのではなく、大切に殖やし、少しずつ使う。これが一つの系であり、サイクルなのである。


また、この手厚い学生サポートの仕組みが、世界から優秀な学生を集め、その学生と、手厚い給与、周りの優れた学究達に引かれて、更に優れたファカルティが集まる、それがこのような大きく成功する大学の中で回っている。日本や欧州の連中は母国に帰るものが多いが、それ以外の優秀な連中はアメリカを好きになり、定着し、更に新しい価値を産み出す。ハンガリーで生まれ、BerkeleyでPh.D.をとり、Intelを率いたAndy Groveもその一人だ。かなり前に移民し、この間、ノーベル賞を取った南部先生もその一人だ。、、、これはアメリカの国家としての戦略でもある。

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日本の大学が、これらの大学と同じように研究環境と経済環境を整えることで才能を集め、人を育て、持続的に成果を産み出していこうと思うのであれば、文字通り桁違いの運用資金を産み出し、それを通常を大きく越えるリターンでまわし続けていくことが求められる。グラントの拡充はマストだが、それだけでは足りないというのが、前のエントリで詳細に見たとおり、世界の大学の学びである。Yale Corporation、Harvard Corporationでの資金運用をする人間は超一流のinvestorであることが知られているが、まさに彼らがアメリカのアカデミアを身体を張って守っているとも言える。


また、ここまで私自身のなじみが深いアメリカの主力大学ばかりを取り上げてきたが、イギリスで9世紀以上の歴史を誇るOxford、8世紀に登る歴史を誇るCambridge、いずれも兆円近いendowmentを持つことを付け加えておこう。なお、米国のPublic schoolでは、UC Berkeley、そのmedical schoolとも言えるUCSFが世界のトップ10レベルのアカデミックパワーを持つが(graduate schoolのみ)、 以下に述べる通りsustainabiiltyの視点から、今後、国立大学といえども、独立法人としてまわしていくことが期待されている日本の大学の手本にはならないと判断し、取り上げなかった。


UCSFは多くの人は聞いたことがないかもしれないが、西海岸一のmedical schoolであり、学生もかなり少ないため、結果として潤沢だが、規模的にも、総合大学の比較として参考にならない。UCの総本山であるBerkeleyは、州からかなりの補填を行っていることが長らくかなりの課題となっている。Endowmentが小さい中で*6、南のStanford東海岸の名門校と競い合うオファーを提供するための資金が足りないのが一つの理由だろう。従って、sustainableな仕組みとしては、財政の破綻している我が国の参考になりえない。実際、カリフォルニア州自体が財政破綻して、州職員がいきなりお暇をもらったニュースがこの間流れたばかりであり、UCの中でもBerkeleyだけは守るのではないかと思いつつも、今後相当のダメージが来うる状態にある。世界トップレベルのファカルティが集めてくるグラントだけでは、当然のことながら足りないのだ。UC systemはキャンパスごとに会計分離しておらず、州の制度上、成績の良い学生はとりあえず受け入れなければならない状況にある (undergraduate) ことも模範にはならないと判断した。(なお、このように書いてはいるが、Berkeleyは、私個人が世界で最も愛する大学の一つである。)


若干脱線したが、ということで、日本の話に戻ると、現在、各大学が進めている寄付キャンペーンは更に徹底的に行うべきだが、ここまでの差がある中、必要なスピード感を考慮すると、かなり抜本的な荒技も含めて考えないと、なかなか意味のある答えにはならないのではないかと思われる。


あくまで例えば、であるが、

  • 個人、法人が大学に寄付を促進するための税法の改正
  • 会社側の同時寄付補填の仕組みの整備(アメリカではmatch upする*7のは当然の福利厚生の仕組みとなっている。会社が同額払う日本の厚生年金と似た仕組みである。)
  • 現行のアセットを証券化するなどして運用資金を産み出す仕組みを作る
  • 国家としての運用資金の設立(イギリスにもファンドではないが、参考になる仕組みがあると聞く)
  • 世界レベルの投資運用スキルの獲得と磨き込み(世界レベルの優れた人材を捕まえてくるのが第一。その上で、上記の大学たちに分散的に投資をお願いする?)


こういうレベルのことではないか、と思う。ここまで踏み込んでも答えになるのか見えないような時に、安易な民営化論、統廃合論など論外だと僕は考える。これは日本としての国力をどうやって守り、作り上げるのかという問題なのではないだろうか。



(とりあえず第一部完)


ps. このあたりの内容を最新データをもとに分析し直し、経産省産構審 新産業構造部会にて発表しました (2017.2)。よかったらご覧ください。“シン・ニホン” - AI×データ時代における日本の再生と人材育成


ps2. これまで、沢山頂いたみなさまの声に少しでもお応えできればと思い、一冊の本をまとめました。(2010.11.24発売予定)知的生産に本格的にご興味のある方は、どうぞ!

内容については、次のエントリをご覧頂ければと思います。


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ps. このエントリに限らず、写真にもスターなど頂けたりするととてもうれしいです。また、よろしければ下のリンクをクリックして頂けると幸いです。


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*1:年間、わずか数百人しか採らないCaltechを除く

*2:Return on investments: 投資収益率

*3:寄付をしていると、Deanの直筆の手紙とともに送られてくる

*4:たった一年の成果であるが、ほぼ東大の全基金の10倍である。一昨日のエントリに見るとおり、学部卒の学生は東大の三分の一、院卒であっても半分以下しか生み出されないことを考えると更に驚異的

*5:私自身がそう感じ、確かに出来る範囲でcontributeしようとしている

*6:記事を発見しました。$2.9billionですから3000億円程度です。現在$3billion endowment増資キャンペーン中

*7:上限例えば年間1000ドルまでは、従業員と同じ額の寄付を会社も行う