人を育てるラボの特徴


Leica M3, 50mm C-Sonnar F1.5, Fortia @伊勢

これはHashさんから頂いたコメントに対するレス的なエントリです。

> 「研究を進めるための実務的な能力をいかにして身につけるか」、、、「学生の育て方」や「スキルの磨き方」と言った視点で、生産性の高いラボで気付くことはありますでしょうか?

うーん、「圧倒的に生産性の高いラボ」がヒトを育てる生産性も圧倒的に高いのか、というのは一つ検証の価値のあるところですが、(ある種スポイルされて、本当に自分で極端な困難を切り開く能力を身につけられないかもしれないので)、圧倒的に生産性が高いラボかどうかは別として、非常に人を育てるのがうまい!とされているラボはいくつかありました。

端的な指標としては「学位を取らせるスピードが速い」ということがありますし、その「学生やポスドクたちの中でのreputation(口コミ的な評判)が非常に高い」ということもあります。

ちなみにアメリカの生物系のPh.D.取得の平均は僕がいた当時確か6.8年(!)で、僕がいた大学でも6-7年というのが普通でした。5年でとる人が1-2割いるかどうかで、そういう人を割合コンスタントに生み出しているラボという視点で見ると、一つは「生産性の高いラボ」であることは間違いないのですが、一方、必ずしも非常に生産性が高いかどうかは分からないけれど、「人を育てるのがうまい」とされているラボもそれなりにありました。また、非常に有名なラボで生産性も高いにも関わらず、5年では決して学位が取れない7-8年目がゴロゴロというラボもいくつかありました。

ので、この二つは重なりはあるけれど、従属ではなく、結構独立の軸ではないかと思います。

で、成長をさせるのがうまいラボと言われているところで私が見聞きしてきたことをぐーっと見ると,大体こんなところがポイントかなと思います。

1 人間育成、というもののプラオリティが高い
2. 各人のオーナーシップが明快
3. 課題にはこだわるが、手法にはこだわりすぎない
4. 直接本物の分かる人からハンズオンで学ばせる
5. ストーリーを重視する
6. PIが大御所すぎない。むしろ若い
7. 大きすぎない

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ちょっとこれではなんだか?という感じだと思うので、かいつまんで説明するとこんな感じです。


1. 「人間育成、というもののプラオリティが高い」

これは一見当たり前ですが、人が集まりやすいラボほどできそうで出来ないこと。

いわゆる「育つ」ので有名なところの多くは、そもそもいい人をとり,育てることをラボのアウトプットと同じぐらい重視。こういうreputationなのか良循環がそもそも大切だと思うこともあるし、人をケアする気が強いということもあると思います。もともと師弟関係で成り立っているサイエンスの世界ということもあり、こういう血のつながり的な家族的なネットワークの下作り、あるいは自分の受けてきた教育をそのまま若い人たちに返している部分もあるかもしれません。

良くある、人を踏み台にして、あるいは生産性のためには使い捨てもいとわず、みたいな労働環境とはかなり逆な価値観というのが非常に強くあるかなと思います。そして一度採った以上は、よほどのことがない限り、その人の育成から逃げない。

ただし、そのためにそういうラボは(人気も殺到するので)人をしっかりと選んでいるのも特徴。特によく日本の賢い学生にありがちなとにかく批判から、みたいな人間は決していれない。Constructive(建設的)にモノを考えられ、しかもpositiveに進められる、ある種、心の強い人を採る。PIが直接的にしっかり採用、育成に責任を持っている。

(注意書きとしては、アメリカの大学は、いわゆるResearch universityと呼ばれるところであれば、殆どすべてが「人材育成力」を前面に打ち出しているということで、そういう意味では、かつて私が受けたような日本の大学院教育とは本質的にかけ離れたものであることは付け加えておきたいとおもいます。

今はどうなのか良く分かりませんが、私が修士まで入っていたとある著名な生物化学系の大学院は、難しい院試を終えれば、一見基礎のようなことを大学院レベルでてこ入れし直すことなど決してしない、教育者としての訓練も、モノの書き方の訓練も決して「体系的に」しないところでした。あくまでラボ、教授任せ。、、、この点で、僕は偶然、大変ラッキーな環境にいましたが、これはビックトピックなのでいずれどこかでちゃんと書きたいです。)


2. 「各人のオーナーシップが明快」

原則、全ての人は何らかのテーマでメインのトピックを持つ。逆に言えば、テーマごとにオーナーを明確にする。決して、単なる集団責任のようにはしない。例外はTech(テック)と呼ばれる技術者(technitian)と入りたての人のみ。

要は一人一人逃げ場のない状況をしっかりと作る。自分が守らないと誰も守っていないものを全員に持たせる。

だからといって、周りの人が手伝わないという訳ではなく、むしろ周りの人とか、あとで出てきますが、外でたよりにすべき人みたいなのが出てきた場合、それをネットワークも使って立ち回ってアレンジするのも重要なスキル。これも自分からリードをとらないといけない。

もちろん相談すればPIもアドバイスくれるし、ある程度まではどうやってそれをやるのかは相当しっかりアドバイスはくれるが、とにかく自分が主体になって動かなければ何もならないという状況を作り、その進捗はきっちり見る。


3. 「課題にはこだわるが、手法にはこだわりすぎない」

いくつか、ラボの「売り」となっているアプローチは持ってはいたりするものの、場合によってはそれにすら固執しない。

常に遥かに大切なのは、ケリを付けようとしている課題がクリアになったかどうかで、その視点かららちがあかないとなると、容赦なく別の方法,取り組み方を考える。そして一番簡単な方法論で行く。そのため長々と本ちゃんでやることなく、さっさとテスト的な試みを通じ見極める。これをがんがんやる中で判断力も身に付いていくし、行動力も身に付いていく。

よほどの「売り」にならない限り、あるいは必要性がない限り、新規の方法論にはこだわらない。むしろワークすることが分かっている技術、信頼性を証明する必要がないことを徹底して活用する。そしてその部分だけはちゃんと出来るようにする。

これは、優れたハイテク会社が好きないわゆる「枯れた」技術の活用とそっくり。どんなとんがった技術も5年もすれば普通は洗練される。


4. 「直接本物の分かる人からハンズオンで学ばせる」

ありがちな紙の読み込みなどに時間を使わず、出来るヒトにすぐに直接学びにいかせる。そのラボの外のヒトが一番知ってるのであれば、直接学びにいく。そのためのセットアップをいっさい躊躇しない。必要あれば当然のように第一人者をラボに呼ぶぐらいのことをする。人を育てないラボはこういうアシストをしないし、そもそも自力でかいくぐるために時折大変なことになる。

ここは層の厚いアメリカの大学の利点が大きい。僕の行っていたPh.D.プログラムの場合、学生は年に10人しかいなかったが(内、最終的に学位を取るのは5-6人)、参与するラボは確か100近くあった。当然こういうところはいいリソースになる。もしプログラム外でも学内とか、近くの大学、研究所とかに学ぶべき人がいれば三日とか一週間とか行って全てハンズオン(hands-on:直接)で学んで帰ってくる。

こんな環境なのに、それをレバレッジできているところと(要は活用できているところ)と、そうでないところに大きく別れてしまうのは本当に不思議。


5. 「ストーリーを重視する」

「生産性が高いラボなんだけれど、、、」という時に良くあるのは、ペーパー(論文)を何本も出していて、それなりに面白い(評価が高い)んだれど、一貫性とか、連関性がなくて、「なんかその時そのときで面白い、簡単にまとめられるものを出していただけ?」という感じの話。これではいつまでたっても「一人で研究をある程度設計してまわす能力がある」という免許でもある学位(Ph.D.)は取れない。

大体、人を育てると言われているラボは真逆に近く、一つのサイズ感のある固まり、あるいは何らかの一つの絵に落ちる一連の研究を、本人の意志と相談して、任せるケースが殆ど。

パースペクティブを持つこと、持たせることを重視するということでもある。まずは、この辺を目を通して、という感じでがさっと何十本かペーパを渡した上で、しばらくしたところで、オレはこう思っている、君はどう思うか、、、、的な話に入るケースが多い。大体PIの読みが深すぎて、はじめは殆どなんでそんなこと言ってるの?なんてことになりがちだが、それはいつかは、と思ってがんばる。:)

そして結果が出るごとにその意味合い,ストーリーへの影響を徹底的に話し合っていく。こういう育つので有名なラボの場合、この議論の時間は普通の日本の研究室とは比較にならないほど長いところが多いかもしれない。


6. 「PIが大御所すぎない。むしろ若い」

そのまんまです。若すぎる、つまり人を育てたことのない人のところに行くのはかなりリスクがあるけれど(実は僕はそれをやった:苦笑)、何もかもがそろっていて、習うべきポスドクも沢山いて、みたいなところでがんがん育ちます、というのはあまり聞いたことがない。ラボそのものの活性度もあると思うし、PIそのものの元気さというのもあると思う。またラボが少なからず未完成なところが人を伸ばすのだとも思う。

僕のプログラムの中で、比較的シニアで評判が良かったのは、今、MITの初の女性総長をやっているSue Hockfieldのラボだったけれど、それでも彼女は当時まだ40代だったと思う。


7. 「大きすぎない」

魚も大きすぎると大味になったりしますが、ラボも同じかもしれません。15人以上いるようなラボで人(学生)が良く育つと言われているところはちょっと見たことがないかもしれません。分業が進むせいなのか、目が届かなくなって、一人一人のオーナーシップが弱くなる,あるいはたるむのか、何のせいなのかは分かりにくいですが、とにかくそういう傾向はあるかなと思います。

閾値となるサイズは恐らく分野によって違うと思いますが、僕の前職の研究によるとチームと呼ばれるものは3−5人ぐらいが生産性上、最適サイズということが経験上分かっていて、それともしかすると関係あるかもしれません。

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という感じかなと思います。単純に楽しいラボかどうかということもありますが、それはいわゆるfun timeの楽しさというより、充実の楽しさだったりする訳で、(もちろんdestructiveな発言をする人間がいないというのは絶対です!)、育つかどうかは、上のような厳しさと、学びの重なり合う環境で起きるのだろうと思う。

サイエンスとかエンジニアリングの人はなじみのない言葉だと思うけれど、KPI (key performance indicator) という経営の世界の便利な言葉があります。それで言うと、僕はまさに「日々の気付きの数こそが成長のKPI」だと長らく思ってきました。教えられたものなんて身に付かないし、それでは育ったとは言えない。そういう視点で見ると、確かに上に見てきたようなラボは「気付き」を促すうまいサイクルが回っているなぁと今改めて思う。

いかがでしょうか? 少しは答えになっているといいのですが。


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イシューからはじめよ―知的生産の「シンプルな本質」

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