少子化問題を考える


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「異次元の少子化対策」について国をあげての検討が行われるという。

本ブログを書き始めた十年あまり前に一度議論を整理したほうがいいのではと思ったのだが、機を逸してしまい、今に至ってしまった。ただ、拙著『シン・ニホン』(NewsPicks 2020) を読まれた方であれば、僕がそこで、相当に踏み込んだ議論を行ったことを覚えている方もいるだろう。

このテーマの議論は次の3段の問について考える必要があると考えられる。

  1. 少子化は一体何が問題なのか
  2. 仮に何らかの理由で問題だとしたときに、それはどのような構造的な背景があるのか
  3. その上で、では一体どのような状況が望ましく、それに向けて、どのような取り組みを行うべきか

ただ、世の中の議論はどうかといえば、多く一足飛びに3の議論が行われ、何がなんだかよくわからない状況になっているように見受けられる。

1の少子化が問題だとされる背景は、したがって、ほとんど言語化されることがないが、大きく4つの話があるようにおもう(参考:『シンニホン』第六章 "人口減少は悪いことか?"より抜粋引用)。

① 人口縮小局面では経済が縮小する可能性が高い
② 経済規模が小さくなると国債が返済できなくなる*1
③ これ以上シニア対ヤングの比率がシニア寄りになると社会保障の枠組みでシニアを支える力がなくなる
④ このままでは人口が消滅する


この中で無条件に正しいと言えるのは2だけだが、その前提は①だ。要は一人あたりの生産性を大きく増やすことができない、人口増以外で経済規模を生み出す方法がない、という前提で議論が行われている。③はシニア層の定義が変わらないことを前提とした話だ。

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(略)これまで見てきたとおり日本の生産性は相当に大きな伸びしろがある。そもそもG7の各国にすら追いついていない。数倍、10倍以上の伸びしろがある産業セクターも多い。つまり当面の人口減少、生産年齢人口減少は、生産性が他のG7諸国に到達するだけで解決する部分が大きい。

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(略)人類の生産性は過去200年かけてほぼ100倍に増えてきた。新しい技術革新が起きる中、トレンドに逆行さえしなければこれまで通り100年で10倍程度の一人あたりの豊かさの増強が起きるだろう。

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(略)人間の「数」が経済的に優位になるのは、正直なところAIを作るときの学習データ獲得と消費人口ぐらいしかない時代に突入している。学習データはこれまでどおり世界規模で事業さえすれば手に入るわけであり、市場としての人口は幸い中国やインド、アジアに十二分にある。

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(略)人間は生きている限り誇り高く、キャパのある範囲で社会に貢献する時代になる。

つまり経済的な理由で人口減が大きな問題だという議論は、正しく現実を見れば、もはや筋違いである可能性が高い。

なので、ちゃんと世界水準並みに生産性を増やすこと、グローバルに社会貢献できる事業をちゃんと育てること、歳をとっても追い出されず、無理のない範囲で価値を生み出せつづけられる社会にすること、が本質的な課題と思われる。

となると、この少子化に関する議論はあまり意味がないということになってしまうのだが、それではもうシャンシャンなので、もう少し2の少子化の背景についてまで議論を進めてみよう。

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これについては、先日、文科省の投げ込みでもお話した話だが、ロスリングさんのFACTFULNESSにあるとおり、全世界的に「豊かになれば長寿になるが、豊かになれば急激に子供が減る」という話がもっともベースの背景にある。



いずれもRosling, Hans; Rosling, Ola; Rosling Rönnlund, Anna. Factfulness: Ten Reasons We're Wrong About The World - And Why Things Are Better Than You Think. Hodder & Stoughton. にもとづく、文部科学省 今後の教育課程、学習指導及び学習評価等の在り方に関する有識者検討会(第3回)(2023年3月24日)での安宅和人提出資料

www.mext.go.jp

アメリカを除き、中国を含むほぼすべての主要国は生産年齢人口が下る人口調整局面にあるのはこのためだ。米国の場合、移民によって生産年齢人口が増えているのであり、これも移民が止まれば2030年までに下がり始めることが分かっている(『シン・ニホン』図1-12)。まもなく人口で中国を抜くインドも、この数十年急激に子供の数は減り続け、1970年ぐらいまで6近かった特殊出生数が、昨年ついに人口維持に必要な2.1を割った。同様に調整局面に入るのは時間の問題だ。

indianexpress.com

シンニホンの第一章で「国連などの予測を見ているとアフリカ、インドの人口増大は、今のところ止まる気配はないかのように見える。しかしこれは『FACTFULNESS』で語られたとおり、将来国が豊かになることの影響が十分に織り込まれていない」と書いたとおりだ。

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なぜ豊かになれば子供の数が減るのかについては、それほど理解が難しいわけではない。貧しい状態においては、上下水道を含む衛生・ヘルスケアシステムが弱く5歳までに相当の子供がなくなるためにバッファーとして多めに生む必要がある。その上、子供はそもそも労働力であり、全くもしくはそれほど長い教育を受けず早ければ10歳かそこらで経済的に価値を生み始める。明治中期までの日本では子供は10歳になるかどうかで田畑で働きだしたり、妹や弟のおもりもし、もう少したつと丁稚奉公に出たりしたのと同じ話だ。つまり社会全体が貧困な状態では「子供を増やすインセンティブ」が相当に強い。

また貧しい経済段階の場合、男女ともに成人は早く、10代で結婚するのは全く珍しくない(特に女子)。我が国でも武家元服*2が11~17歳であったことを思い起こせば理解できるだろう。これもFactfulnessに明確に示されているが、1800年ぐらいまで、現在OECDに属するほぼすべての国(現在豊かな国)で大半の人が現在基準で貧困に属していたことは忘れられている。

www.ndl.go.jp

社会が豊かになると、成人まで生き延びる割合は極めて高くなり、そのために多く生むインセンティブは大きく下がる。中等教育(日本では中学、高校での教育に相当)を受けるのが当たり前になり、親に対する経済負荷が上がるとともに、軒並み、子を生む年齢が上がる。

更に高等教育(日本では大学、高専、専門学校)を受ける人間が相当の割合になると、当然のことながら更に初婚年齢が上がる。戦前を描くドラマなどで女学校の生徒たちが卒業前にどんどんと嫁いでいく姿をご覧になると思うが、あれは典型的な過渡期の風景と言える。親への経済負荷が上がることも言うまでもなく、これが更に負のフィードバックを引き起こす。「東京都の平均初婚年齢をみると、平成28年には夫32.3歳、妻30.5歳で、昭和50年と比較して夫が4.7歳、妻が5.0歳上昇」している(東京都 東京都子供・子育て支援総合計画(第2期)第二章「東京の子供と家庭をめぐる状況」より)。

www.fukushihoken.metro.tokyo.lg.jp

そうなると、次のMenken先生の歴史的な論文にある通り生物学的な限界にぶつかってくる。30数歳ぐらいから急激に子供の生まれやすさが下がるという現象だ。並行して、この経済段階になると、人間としての独立性の維持の視点でも、経済的な生活レベルの維持の視点でも、母親は働いているのが当たり前になり、子育てを誰に頼んだらいいのか問題が顕在化する。


Menken, Jane. “Age and Fertility: How Late Can You Wait?” Demography, vol. 22, no. 4, 1985, pp. 469–83. JSTOR, https://doi.org/10.2307/2061583.

更にいわゆるキャリア女性の場合は、キャリア的なブランクが生まれることを忌避する気持ちからも、子育ての負荷の想定以上の高さの学習効果からも二人目の子供以降をもとうというインセンティブがむしろ下がる傾向にある。適宜リモートワークができない職場であること、子育てで一時離脱することへの理解のない職場であることがキャリア的なブランクを生む背景にあることも当然ある。

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まとめると社会が豊かになると

  1. 子供が幼少期も生き延びる確率が高く、多めに生む必要がなくなる(これは良い話)
  2. 子供を労働力として期待しない上、育てるためにはむしろお金がかかるので、多く生むインセンティブはそもそも急激に下る(前半は良い話)
  3. 晩婚化に伴い、生物学的な限界にぶつかり不妊の確率が上がる
  4. キャリア化に伴い、出産と子育てで長く休むことの負のインパクトが上がる

という4つが大きなレバーとして、相乗的に少子化が急激に進む。

幼少期の生き延びる確率を下げるとか、子供を労働力として期待せざるを得ないようにするというのはどのように考えても人道的にありえない。育てるための経済的なコストについては、セーフティネット的にニーズベースで全面的に支える(社会保障、、社会維持のための基礎機能として)というのは十分ありえる。教育の単価にもよるが、子育て、人材育成ほどROIの高いものはそうないはずであり、当然検討すべきだろう。

単価によるというのは、米国の大学のような教育費用になると本当に経済的に合わない可能性があるということだ。ただ教育をうけることは、多くの文明国において、人が基本的に誇り高く生きること、自律的に生きる能力(あるいは社会的な資格)と直結しており、お金を理由に得られないということは極力避けられてしかるべきだ。

ちなみに僕が1997-2001年に米国東部のprivateな(= 州政府や連邦政府に支えられていない)national universityの一つのYale*3に留学していた当時、学内のPhD学生は基本全員、undergraduate(学部生)でも77%がなんらかのfinancial aide(経済的な援助)を主として大学から受けていた。当時家計年収37万ドルぐらいがaideを受けられる基準だったと記憶している。このように教育経費が高い大学は高い大学なりにちゃんと手を打てるのであれば深刻な問題にはならないと思われる。ただ、日本では一部の私立の初等中等教育、医学系、芸術系、一部大学院、またそこに通う事前準備としての予備学校的な費用がとりわけ高単価であるがこのようなセーフティネットは不十分に見える。大きな改善の伸びしろと言えるだろう。

生物学的な限界については、中等教育を終えた後は、若くとも子を持ちうる社会にすることがとにかく大切だろう。仮に結婚式ができなくとも子が生まれることは社会としてwelcome(歓迎)すべきであり、これを忌避する風潮は避けねばならない。リアルで人が多く集まる大規模な高等教育機関や職場の場合、子供を預ける施設を置くことは必要になると思われる。また、結婚をしなくとも、事実婚的に十分に子供が育てられる(両方の親がコミットできるのであれば)それも受け入れるような取り組みが必要になるだろう。加えて、早期の配偶子*4液体窒素凍結、代理母出産(Surrogacyと呼ばれる)の準備も必要だと思われる。*5

en.wikipedia.org

キャリア化に伴う、出産で長く休むことへの負のインパクトの軽減に向けてはやれることは随分と多い。そもそも対面のサービス業などでない限り、リモートワークが可能な職場がどんどんと増えるべきであり、一日、仮に1-2時間であっても仕事ができる社会、そのようなときも労働時間というよりアウトプットベースでちゃんと対価が支払われるような社会とするべきだ。保育園や学童の受け入れキャパが足りない地域では、キャパ拡大、そのための保育士の方々の待遇改善は必須だろう(ここは基礎自治体の首長の肚一つで相当できることが多そう)。Maternity, Paternity両方の産休、育児制度も必須化すべきであり、その間は、社会保障制度がある程度支える仕組みが必要になるだろう。もちろん勤務先がそれを被せる形で更に手厚くすることもでき、そういう職場こそがdiversity, equity, and inclusion(多様、平等、包摂 ; DE&I)、社会のsustainability(持続維持)的にも高く評価されるようになる仕組みも必要だろう。できていないところをあげつらうよりも良いケースをたたえていく、そして共有していくことが有効だと考える。

一旦、少子化を引き起こすレバーから少し考えてみただけだが、このように筋立てて考えてみると、だいぶ議論はスッキリするのではないかと思うがいかがだろうか。

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あと一つ考えておかねばならない問題が実はある。

少子化というのはここまで見たとおり、半ばある程度必然であり、おそらく長期的に続く可能性が高い。また、ここでは触れないが、それは人類と地球の共存をどうしても図っていかねばならないこの局面においてはマクロ的には良い流れともいえる。一方、このように緩やかとはいえ、数十年、場合によっては100年以上も続くという状況下で社会をまわし続けるというのは、かなり新しい問題だということだ。たしかに中世のペストや天然痘だとか、近世においても飢饉などで町や集落で1/4〜1/2の人口が急激に減る(特に老人と子供を直撃)ということは何度となく起きてきた*6。しかし、それは数年レベルの一過性の話であり、質的に大きく異る。

経済的には上述の通り、技術革新、社会の基礎的な枠組みの刷新などを活用し、縮小を避けながら乗り越えることは十分に可能だとは思われるが、人が多すぎる状態の社会で作られたインフラの大多数は実は不要になる。人が次々と大量に採れるということを前提としてきた仕組みの多く(会社、学校など)はこれまでのやり方は続けられなくなる。人手をベースにしか生み出せなかったサービスの多くは維持できなくなる。これはマクロ的には必然といえ*7、次々とイノベーションが求められることになる。AIやロボティクスによる課題解決に大いに期待されるのはこの話からも必然と言えるだろう。ここから数多くのユニコーンデカコーン企業が生まれてくるだろうということもほぼ確実なのではないかと思う。

3年前のCovidもそうだったが、本当にユニークで面白い局面を生きていることを幸せに思う。誰もがヒーロー、ヒロインになりうる社会が始まっている。


*1:> 財政破綻の引き金になりうる

*2:大人になったことを社会的に認め、祝う儀式

*3:米国ではnational universityという言葉は、日本の国立大学のような意味はなく、次のUS Newsのランキングにあるとおり「国全体で評価され、認識された大規模で研究指向の高等教育機関」を指す。これらの大学は、国内外で高い評価を受けており、学術的な研究と教育の質が高いとされており、州立大学や公立大学、私立大学など、様々なタイプの大学が含まれる。 www.usnews.com

*4:卵子精子

*5:代理母出産には、父親の精子で人工授精を受ける女性が赤ちゃんを身ごもり、出産し、精子提供者とパートナーが育てる従来型と、体外受精」と呼ばれる技術により、母親(または卵子提供者)から卵子を採取し、父親(または精子提供者)の精子と受精させ、その胚を妊娠代理母の子宮に入れるケースがある。

*6:これらも相当量『シン・ニホン』で議論した通り

*7:しばらくは競争的にうまくやれる企業とそうじゃない企業に分かれるが、総和としてはどうしてもそうなる