専門教育に関して悩まれている人へ贈る言葉


Leica M7, 50mm Summilux F1.4, 400VC-3

ブログ、全面再開できる状態にはほど遠いのですが、時たま、読者のかたから進学関連の悩み相談のようなメールを受けることがあり、今週もかなりまじめなものを受け取ったりしたものですからちょっと書いてみたいと思います*1

大体、受けるご相談は、以下の三つのどれかで

  1. 今のまま日本で大学院教育を受け続けるので良いのか
  2. ポスドクになってから外国に行くのでは遅いか
  3. やりたいことがあるが、仕事も忙しく踏ん切りが付かない

こんな感じです。

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これを他人事(ひとごと)として読まれるとなんでそんなことに、と思われる人もいるかもしれませんが、それは毎度大変深刻、あるいは真剣なご相談で、だからこそ僕のような直接あったこともない人にまでご相談が来るのではないかと思うのです。こうやって何人かの人のご相談がやってくるということは、かなりの数の人が実は同様の悩みを持たれているのではないかと思うので、そういう悩みのかたのために、ちょっとだけ書いておけたらと思います。(いつかチャンスがあればもうすこし腰を据えて書いてみたいと思います。)


いずれにおいても、あまり僕としては悩むことはないと実は思っていて、僕の考えは結論から言うとこうです。

  1. サイエンスで生きようと思うのであれば、修士なんか日本でとってる暇があればアメリカ、もしくはヨーロッパの優良大学で学位を取るべき(出来る限り英語圏
  2. 遅いかどうかは分からないがかなりのハンデになりうる
  3. やりたいことがあるのであればやる

これだけでは何が何だか分からないと思うので、暴論に聞こえるかもしれませんが、なぜそう思うのかを書きます。


1について

第一に科学の世界は僕の知りうる限り、本質的に英語がdominateしている世界であり、がたがた言っても英語の論文を書き、英語で話し、英語の研究者の信頼できる友達や教授のネットワークをどれだけ作れるかがかなりの勝負を握ります。従って、出来ることであれば全ての専門教育を英語で受ける方が圧倒的に有利であり、そもそも自分が習う人やそこに学ぶ友人たちと友達を広げること自体が意味がある。

第二に、もし学位(Ph.D.)をアメリカでとるのであれば、日本でやっていたマスターの二年間もそのお金も完全に無駄になる。少なくともアメリカのresearch universityでは、自然科学系の修士課程(マスターをとることを目標としたプログラム)というものは事実上存在していない(要はすべてがPh.D. program)ため、もう一度、アメリカ中の有名大学からピンに近い成績でやってきた新卒たちとゼロからコースワーク(専門の基礎教育)をやり直すことになる。

第三に、マスターを持っていても研究者の世界ではほぼ何の足しにもならないし、たいした尊敬は得られない。これは知る人ぞ知るだと思いますが、アメリカにおけるMSというのは、優秀な学生であれば、実は大学四年間の間に、卒業と一緒にもらう程度のものであり(例えばYaleのようなトップスクールでは、当たり前とはいいませんが、大学卒業と一緒にとる連中は結構ゴロゴロいます)、もしくはPh.D. programを1年程度ちゃんと在学して、ドロップアウトしたときにかわいそうなので学校がくれる学位という位置づけにすぎない。

だから、多くのアメリカ人研究者はマスターを持っていない、もしくはPh.D.授与のときに一応一緒にもらってもそのことはCVのどこにも現れない。この二番目、三番目はほとんど知られていない事実なので、結構衝撃的かもしれません。


2について

これは前に書いた大学院教育のエントリも一緒にご覧頂けたらと思います。日本の大学院教育しか受けないで、日本からアメリカにポスドクに来るとどういうことが起こるのかというのを随分傍目に見ていたのですが、それを見ていた結論としてかなり上のように確信しています。

ポスドクで渡米して来るような人は、TOEFLで満点近いスコアをとり、GREでもかなり高いスコアをとって入ってきたようなinternational graduate studentとは違って*2、大体が英語の基礎体力そのものが弱い。また実は正直、英語圏で研究するとか、いや授業を受けるという段階で、TOEFLがほとんど正解でした程度の英語では付いていけませんし、あまり何だかなぐらいなのです。実は。ですから非常なハンデを背負ってやってくることになります。年齢的にも実験技術以外の基礎的なスキル的にも(前述のエントリ参照)。また年齢的なこと、変なプライドも、下記の誤った行動パタンもあって、英語もあまり伸びないケースが大半。

ということで、結果、何が起こるのかというと多くの場合は、日本人のポスドクの中で群れて、だべり、ラボに戻ると事実上Tech(technitian:実験をただする助手というのがアメリカの多くのラボには1−2名いる)として扱われ、いいように使われて終わる。生産性の高いラボであれば、一緒にペーパーに名前も載るし、2−3年いればいいジャーナルにtop authorで一本ぐらいは出させてもらえるかもしれないが、そこまでsurviveする人は少なく、実はここには全然至らずに帰るケースが多い。特に僕のいたようなmedical schoolでは、日本の大学の医局から金とともに送り込まれているような人が多く、なんというかバケーションのように楽しむだけという感じになるケースも随分見ました。

ということで、本当にサイエンスで飯を食おうという人には全く勧めないオプションです。むしろgrad studentとしていきなり来れない場合、本当は色々なベネフィットの多い、テクニシャンとして潜り込むのがベストなのですが、これは外国人には困難かもしれないです。まあとにかく入ってしまえば、一年がんばればマスターを上述のようにくれるので、最後まで残るのは仮に5割だとしても、後述の通り、お金もかからないし、非常に良いオプションではないかと思うのです。


3について

言うまでもないです。人生は短く、やりたいことは多い。そしてどの一つをやるにしてもかなりの時間がかかる。だからやりたいことが見えている人はそれをまずやるべき。それに尽きます。

忙しいとか金がないとかそう言う言い訳をしない。研究の場合は特にそうです。なぜなら、このキャリアパスを考えた人であればよくご案内の通り、米国のPh.D.プログラムは自然科学系の場合、100%大学が学費と生活費を出してくれるのです*3。すなわち、日本でマスターをとる方がアメリカでPh.D.を取るよりはるかにお金がかかるのです。何しろもらいながら学生をやるのと、払いながら学生をやるのの違いですから。

また、時間がないとかというのはとんでもないいい訳だと思います。僕は恐らく通常の人の基準で言えばかなり逸脱した生活を送るような過酷な仕事をしていましたが、それでも隙間と休みの時間を縫って準備をして、むしろその特異な経験のこともあって、無事なんとか当時、全米で自分の専門分野のトップ5に入っているような学校にadmitしてもらうことが出来ました。むしろ時間がないからこそ工夫するし、がんばるのが人というものではないかと思うのです。

しかももらう学位のパワーがいざ一歩日本を出たときに全く違う(普通欧米の主要大学間では、主たる研究者同士は顔通しが出来ておりレターや一言推薦してもらうことの力が非常に強い。これも学位の力のうち)。僕はマスターを日本でとり、幸い師匠に恵まれいい思いも、素晴らしい経験もしましたが、学位(博士号)を取らなくて本当に良かったと今になって思っています。それはあれ以上の借金を背負う必要がなかったこともそうですし*4、そういう残る経験、残る学位の力もあります。ということで、もし採ってくれるのであればno regretだと思う訳です。

幸い日本の場合、多くの人が日本の大学院に私の若かったときのようにそのまま残ってしまいますから、日本の競争相手は少ないことが多く、ある種、下駄を履く部分もある。通常、international applicant間の競争は、外人に使える教育グラントがほとんどないために100倍をはるかに越える熾烈なものではあるのですが(!)、少なくとも中国やロシアからの留学生よりははるかにまし、、、。彼らの場合、まず第一にアメリカの大学に留学することが大学に入ったときからの目標ですから、ものすごいpeer competitionが働きます。ということで、僕は自分が人生をやり直すなら、大学を卒業した段階で、アメリカに移ることをプランしますね、まず間違いなく。

という感じです。

最後に補足になりますが、アメリカの大学院生活は成績が悪ければ一発で追い出される恐怖がありますが*5、とても楽しいです!これは付け加えておきたい。学生なのでリスクフリーな部分も多いです。社会の違いをまじまじ見るいい機会でもあります。

以上です。かなり若い人、それも男の子ばっかりが読んでいるブログのようなので(ログールデータによると5割が20代、ほぼ100%男性です!)、ご参考になれば幸いです。


もし僕のような年代の人で、日本の大学院に若き日の僕のように行ってしまった人は、ごめんなさい。No offenseです。僕もここまで強い考えをかけらもその頃は持っていませんでした。


Hope above encouraging and inspiring enough, and helpful!

Good luck, guys!!


ps. このエントリのコメントを見て、追伸的なエントリを書いたので、そちらも良かったらご覧ください。


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*1:原則受けられませんので、今後はご遠慮ください。

*2:ちなみにアメリカ人の同級生はほとんどGRE自体が専門科目も含めて、ほぼ満点で入ってくる

*3:ちゃんとしたresearch universityの場合。タダだと言うと驚く人が妙に多いのですが、ネットですぐに情報が手に入るこの時代に、このぐらい知らなくて関心があったというのはありえない。余談的には、このようなfinancial support自体が、アメリカのgraduate program強化の結果と言える。奨学金と称してローンしか組めない日本との根本的な違いの一つ。

*4:米国では総計20万ドルを越える投資を僕の教育のためにしてもらいました。このことに対して、僕は母校Yaleとアメリカの寛大に本当に感謝しています。

*5:Ph.D.studentは通常オールAかそれに準ずるコースワークの成績を求められるので、外国人学生にとってはかなりの負担です