手詰まらないこと

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Leica M10P, 50/1.4 Summilux, RAW @尾道

(これはおそらく時限的なポスティングです。)

昨日、自分の社内対象だが、かなり大きなレクチャーと対話のセッションを行った。少なくとも、3,500名ぐらいは参加申込みがあったらしい。

そこで、僕に与えられたのは「未来がますます不確実になっているなかでどう行動すべきか」「"残すに値する未来"をつくるために何が必要か」という重たい二つのお題だった。

まず、僕が話したのは、手詰まらないことの大切さだった。不確実性の高い状況において、生き延びることが出来る企業やそうじゃない企業の違いは、マッキンゼーで相当に研究され、半ば結論が出ている。目先で確実なことしかやっていないか、中長期もしくは未来の視点でそれなり以上の取り組みを埋め込めているか、だ。

これは囲碁や将棋などのボードゲームで言えば「手詰まらない」こと、ということになる。基本、もう有利になる手が打てなくなった時にゲームセットになるからだ。そのためには、どのような視点で世の中を見、ものを考えないといけないだろうか、という話を相当に手を変え、足を変えお話したのだが、多少なりとも意味があったのであればいいなと思う。

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ではこと日本を主語におくと、手詰まらないということはどういうことなのか、少しそんな話をしてみたい。

まず日本の財政事情を見ることから始めてみよう。一般会計だけでは全体がつかめないので、社会保険料も含めてみてみるとどうなるか、といえば、以前のエントリーでも書いたとおり、次のようになっている。

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未来に対してリソースを張らなければ、大きな経済成長ができなくなることは国も会社も同じだが、税収及び社会保険料収入に対して、社会保障費が大きすぎる。この国では生産年齢人口(とその勤務先)の払う社会保険料が本来、年金、医療費他の社会保障費の原資であるが、現在大幅に不足している、ということだ。

(詳しくはこちらのエントリを参照)
kaz-ataka.hatenablog.com


その足りない部分(2016年予算で約45兆円、、)は上に見る通り、一般会計予算によって補填されている。一般会計予算に出てくる社会保障費30兆円が社会保障費の全貌なのではなく、単なる補填費用の一部がそこに出ているだけと考えるのが正しい。

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生産年齢人口に対する非生産年齢人口、特に引退層、の比率が高く、引退層の増大につれニーズ(社会保障費)は当面増え続けるが、社会保険料はそう簡単には増えないことがこの問題を深刻化している。

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かと言って自分たちを育ててきてくれ、またこれまでの社会を支えてきてくれた社会貢献層である引退層を放り出すことは本質的には全くなんの解にもならない。国や社会としてのコミットメント違反の上、人道的に極めて深刻な問題があり、治安の悪化は免れない。いずれ引退層になる生産年齢層、若者たちの将来不安も激増する。

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ではどうしたらいいのか、これがこの国最大級のリソースマネジメント問題だ。国家のCFOである財務省にとっても長らく最大級の課題の一つであることは間違いない。

この状況の質的な改善に向けて、

(I) 社会保険料原資の増大をねらい

(I-1) GPIFによる世界でも指折りの巨大な基金運用の開始
(I-2) 定年の見直しによる生産年齢人口の見直し

が進み、

また(II)社会保障費支出の抑制のために

(II-1) 年金の支払い開始タイミング
(II-2) 医療費の負担率
(II-3) 医療保険点数(医療費・薬の価格)

の見直しも行われてきた。

足りない社会保険料の補填に使われているのは(III)一般会計予算だが、この歳入増大に向けた

(III-1)付加価値税の一種である消費税率の見直し

もその外枠の収支改善のために継続的に行われている。

いずれも相当規模の成果を上げてきたが、未来の経済成長につながる投資をし、経済規模が大きくならない限り、更にこれからも行われるだろう。無い袖は振れない以上当然だ。

これらの構造的な関係を正しく理解することは、日本全体のマネジメント(経営)の視点から見るととても大切だ。

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最大の支出項目である年金については定年、年金の支払いタイミングの両方の見直しによって相当のメスがすでに入っている。医療費もかなり踏み込んだ手を打っているが、それでも次に見る通り、人間が物理的な存在である以上、歳を取ると壊れやすくなり、費用がかさむことは避けられない事実でもある。

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いま若い皆さんも、歳を取るとほぼ例外なく壊れやすくなる。普通の人の三倍ぐらいは生命力があるのではと若い頃思っていた自分も50歳を過ぎてから、目、耳、皮膚と様々にこれまでなかった修理費用が発生してきている。


そこでいま財務省がどうも目をつけているポイントの一つが、単なる引退層の人口が増えているだけの問題ではないということのようだ。人口構成推移はほぼ不可避だが、他の要因であれば手が打ちうる可能性が増えるからだろう。まっとうな発想だ。

その分析が出ていると言うことに元日銀の友人から言われ気づき、これ(リンク先のp.14)を先日FacebookおよびTwitterでポストした。

具体的には直接資料を見ていただきたいが、「国民医療費は過去10年間年率2.4%で増えてきたが、このうち人口増減・高齢化などの要因によるものは(過去10年間丸めると)平均1.1%」という、ちょっとした驚きのある、フレッシュな検討視点を与えてくれる内容だ。あたかも全てがシニア層の数が増えていることが原因のすべてのように見えるがそうではないという投げ込みだからだ。

なお、これははるか昔、2009年段階でマッキンゼーでおこなわれた日本のヘルスケアシステムの未来予測分析と見事に合致している。医療費拡大のドライバーは高齢化以上に、技術革新、経済成長、処方の変化になるだろうという予測だったからだ(全世界的に見ると実際その傾向にある)。

www.mckinsey.com

このような分析結果を見て、どうやってやっているのかと思う人もいるかも知れないが、それほど難しいことではない。売上は「客数×単価」と開くことができ、この変形で「客総数 x セグメント構成 x セグメント単価」、セグメント単価は「ニーズ構成 x 提供サービス別単価」に例えば開くことが出来るが(Σが入るので単純な式ではない)、これと同様の分析をすれば比較的簡単に人口増減・高齢化(人口構成の変化)によるインパクトと、それ以外(一人 and/or 症状あたりの医療費)のインパクトに切り分けることができる。これをざっくりやったものであることは財務省資料の説明から見るにほぼ間違いないだろう。


それ以外(「その他」)の影響要因として

  • 新規医薬品等の保険収載
  • 医師数、医療機関数の増加
  • 診療報酬改定
  • 過去の改定で収載された高額な医療へのシフト*1

と書いてある部分は僕も精査が必要だとは思うが*2、人口増減・高齢化とそれ以外の切り分けは、財務省当局としていくらなんでも根拠なく出すことはは考えにくい。

すると、いわゆる知識層/識者が多い僕のFB上の友人の多くからは、必要な留意点の提起も含め、かなり建設的な議論が行われた。


曰く

  • グローバル比較でも、先進国のほとんどで新技術、新治療法で医療費は伸びてます。その中で、実は日本は抑えられている方です。
  • 技術革新で高度医療があたりまえになってきた要素が多いという論文あります。ちなみに政府が出す図には印象操作が多いでしょう。
  • やはり高度医療も1因。オプシーボ年間数千万円が保険や高額医療負担軽減措置で60万円。アメリカは民間保険負担、高い保険金払えない人は投与されない。
  • 財務省と話をしたときに、このデータをもとに「文科省に研究費を配分すればするほど、高度・高額な医療が開発され、国家財政が悪化する」と言われたことがあります。大学の知の資産を、社会保障費の削減への貢献に使うことが必要と確信したきっかけです。
  • これ、コロナ後を見据えて、病院の統廃合したいのかな。なのであえて、高齢化以外の要因を前に出してきた。
  • 正しい部分もあるけど(その他の影響要因として書いている部分は)怪しいとこもあります(・新規医薬品→古い薬は減額されるから、一部は入れ替わりのはず/・医師数が医療費増に貢献するロジックが分からない/・診療報酬改定→消費税対応とかの分も入ってるよね??)原典数字に当たらないとそのまま信じるのは危ない気がします。なんらかの政策的な意図を持った分析かも知れない、、。
  • 産業として見れば、医療はGNPの上昇に貢献している。人々のさまざまなニーズの中で 健康と命を守るというニーズの割合の増大を反映している、と見るべきで 無理な政治の介入により健全な産業の芽がつまれている
  • QALY(Quality Adjusted Life Years)で医療の効果を測ろうとすると「命に値段を付けるのか?」と騒ぐ一方、この様に費用の面だけから議論する。医療の効果費用のバランスを常に分析するべきと考えるが、技術論では無く、哲学論になるのが問題


TW上では、ほとんどの人には前向きに捉えて頂きうれしかったが、一方、一部の方々から財務省プロパガンダ、或いはデマを撒き散らしているなどというひどい言われ方を言われ大変に困惑した。

上のような因数分解に馴染みがないのだと思うが、驚いた。2つの差がある市場の定量的な要因分析だとか、複数のシナジーが効く打ち手がどのようなインパクトをもたらすのか(売上じゃなくてコストサイドでも)みたいなことを検討したことがないという人が多いことを考えれば無理はないのかもしれないが、それにしても、少々ショックだった。

財務省的には新しい視点の一石を投げ込むことが狙いなのだから、これでも役をなしたのかもしれないが、このように単なる批判を目的とした批判は残念だ。

そもそも財務省には上の社会保障費抑制に向けた政策的な意図があることは立場上明確だが*3、多少印象操作することが合っても、事実として嘘を言うことはまずない上、嘘を言う理由がまったくない(というか業務的にアウト)。

またこれらは財務省の方々や、単に情報を共有した僕に対しては明らかな名誉毀損でもあった。ネット上ではデマに近いほどバズりやすい傾向があるという残念な事実もあり(特にこういう財務省のような当局・権威を叩くのはかっこよいと思っているフシがある)、このままではgood willでやられた財務省の方々の分析にも傷がつく、論理ではなく印象だけで判断するこの国の文化ではこの社会の未来にとって負の影響が高すぎる、そのように判断して問題のTweetは落とした。

あくまで個人の善意でやっているTwitterに対し、このような攻撃をするほんの僅かのアカウントはmute/blockした。同様のトラブルに合った友人たちのように法的に対応することも一瞬考えたが、そんなことをしても詮無いと思い思いとどまった。ここでidを晒すことも今はしない。

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そういう僕も、つい先程、親しいLGBTの友人の話を聞き、言葉を失うことがあった。僕らが大学生の頃、流行っていた、とんねるずのとある人気キャラクターが実に本当につらかったというのだ。無理して合わせて面白いと言っていたが引きちぎられるような思いだったと。僕は何十回、何百回とそのキャラクターのモノマネをしたことがあった。本当にクソ野郎だった、そんなことを50過ぎて知ってしまった。そんな自分が皆さんに言うのも恥ずかしいのですが、僕も悔い改めます。

仲間に加わってくれとはいいません。が、少しでもマシな未来につながればと思い、手詰まらないように一つ一つ仕掛けていければと思っています。

もう少し、暖かく見守ってもらえれば幸いです。

*1:注:例えばオプジーボ 、、高額と言われるオプジーボの治療費、実際はいくらかかる? | がん治療費ドットコム

*2:それぞれ多少論拠になる分析を見たことがあるのでわからなくはないが、数字をセットに出せないのであれば、むしろ考えられる要因と書いておくべきだったかもしれない

*3:これをやろうとしないのであればCFOではない