ニッチはマスであり、Diversity対応は宝の山である

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Summilux 1.4/50 ASPH, Leica M10P, RAW @Towada lake, Aomori, Japan


福祉にVRをかけ合わせている登嶋健太さん、多様性視点で様々なファッションの改革を行っている金森香さん、そして落合陽一さんと色々語り合う機会があった。パラリンピックが終わったところでもあり、良いタイミングだったと思う。

そこでの大きな話題は、視覚、聴覚、手や足など多様な障害を抱える方々に向けて行う取り組みはどうやって、一過性の国や自治体などの公的な資金ではなく、ちゃんとビジネスとしてお金が回るようになるのか、という話だった。


そこで僕が思い、発言したのは、

そのニッチと思われている一つ一つの一見レアな多様性は、世界的に見ればそもそもマスであり、大きなセグメントと言える。何らかのdisabilityを持つ人は世界人口の15%にも登る。

www.wethe15.org

一つ一つがたとえレアであるとしても、それが小さなセグメントだというわけではない。コークゼロだって数百人に一人の僕のようなヘビーユーザ*1が消費(市場)のかなりの割合を占めている。いつも宣伝が流れている乗用車だって、国内に12,500万人も人がいるのに年間430万台しか新車が売れない*2。これを数百以上の車種が分け合っている。缶コーヒーのような兆円規模の飲料セグメントだって、5%ぐらいの人口で市場の8割をしめている(20:80ルールではない)。家庭用プリンター市場を支えるプリンターのインク消費(出力量)は1%以下の人が市場の大半だ(多くのひとは利益をほぼ生まないマシンを持っているだけ、、。)*3

、、どのお店にでも並んでいることや、宣伝の多さ、世帯別のクルマの保有率などによって目が濁ってしまいがちだが、誰でも知っている市場 = 誰でもコンスタントに消費しているマス市場、という発想が事実をフラットに見ればそもそも間違いだ。ほとんどのマス市場の正体はごく少数の人に支えられたニッチなのだ。自分自身、相当量で使われている(≒マス的な)商品やサービスづくりに随分携わってきたが、毎度大切だったのは極めて大量の消費を行う実に狭いハードコアなヘビーユーザだった。

もちろんスマホや電話、水道、電気、道、コンビニ、交通・物流網、クラウド上のストレージのような、多くのひとが日常的に使い、消費する存在は存在する。ただ、これらは「社会インフラ」というべき存在であり、いわゆる通常のマス消費市場とは一線を画し、レイヤを分けて考えるのが適切だ。


物理的な存在である我々もいずれ壊れていく。四十肩、五十肩になって腕が自由に動かなくなるのは日常茶飯事。何割もの人が生きているうちに血管障害を体験し、生き延びた場合も中風/脳卒中/strokeと呼ばれてきたトラブルにより往々にして身体の自在性を失う。視野欠損などいくらでもあり、老人性で白内障は随分の割合の人が体験する。四人に一人は認知症になる。いわゆる精神病床の6割はシニア層が占めているのはあまり語られない事実だ。


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安宅和人『シン・ニホン』(NewsPicks 2020)図5-26より


これらからわかることは何らかの身体的、精神的なdisabilityを持つ方々はむしろリードユーザと考えるべきであり、彼らに向けて作られるサービスは多くの人を優しく受け入れるものとなる。

こういう大ヒット商材の原点はあまり知られていないが、非常に先鋭化された課題(ある種のdisability)を持つニッチ市場向けの開発が大きなマス市場を生み出した典型例といえる。いずれもヒットするまでほとんどマスマーケティングらしい活動をされていないのも特徴だ(市場の声を正しく聞き、それに基づき形にしたという意味ではこれこそマーケティングなのだが、、)。

これらがうまく行ったとき、ユニバーサルデザインと言われることもある。(逆にはじめからあざとくユニバーサルデザインを打ち出したものは、何故かうまく刺さらないことが多いのも皮肉だが事実。)


また、グレーゾーンがじつは相当に広い。最近出た筧裕介さんの『認知症世界の歩き方』(ライツ社 2021)*4を読むと、きっと多くのひとが自分も何らかの認知症的な症状を抱えていることに気づくだろう。筧さんが上げていた生活シーン別困りごと(100以上ある)からいくつか抜き出してみると、、

  • 気候や場に応じた服や持ち物を選ぶのが難しい
  • 味付けがわからず、薄味になる
  • 醤油が動いて見える
  • 出先で忘れ物をする・家の中でものがなくなる
  • 整理整頓・片付けができない
  • 館内放送が耳障りで疲れてしまう
  • 支払う金額の計算ができない
  • 冷暖房が効きすぎているように感じ、具合が悪くなる
  • 運転中、信号・標識などに気が付かない
  • 周囲に注意を払って歩くのが難しい
  • 人の名前が覚えられない・思い出せない・取り違える
  • 言葉が出づらく、会話が滞る
  • 使い慣れた・見慣れた漢字が書けない
  • いないはずの人の声や音・気配を感じる
  • 「久しぶり」という感覚がない
  • テレビで見た内容が頭に入らない・残らない
  • 文章を組み立てるのが難しい
  • 聞いたことをあっという間に忘れる
  • 複数人の会話についていけない

amzn.to


僕も以前から臨時メモリを使い、必定な情報をその時々にreloadしながらなんとか生きてきた意識はあったが、読んでみて結構な認知症かもしれないと気づき目鱗だった。

視覚だってそうだろうし、聴覚だって、匂いや触覚、平衡感覚、筋肉感覚だってそうだろう。白とグレーなのではない。その間にたくさんの段階がある。だからこういう多様性を持つ人にやさしくすることは、実は多くの人を救うことにストレートにつながる。ニッチと言いながらその5倍や10倍の潜在市場は常にあるということだ。

kaz-ataka.hatenablog.com

たしかにデジタルによるもの作り(digital fabrication)、典型的にはDTP3Dプリンター(デジタル立体造形装置)の発達によって、一人ひとりに対してカスタマイズしたものづくりコストはかつてとは比較にならないほど下がりつつある。これが可能な分野においては、いわゆる限界費用ゼロ社会に向かっているのだが、それ以前に以上のような視点を持てば、非常に狭い市場対応を行っているのではなく、非常にわかりやすい価値(value proposition)を持つモノやサービスづくりをしていると言えるのではないだろうか。これは職場やまち、国づくりにおいても当てはまる。


ダイバーシティ対応は宝の山だ。


わかっている人にはわかっていることだが、とはいえ、僕らの社会は女性、小さな子供を持つ人、Covidの後遺症で苦しむ多くの人達、いずれ自分たちもそうなるはずのシニアな方々に対するアシストですらちゃんと前に進んでいない。その価値を感じ、考えてもらう、このwebの片隅の拙稿がそんなきっかけになったらうれしいなと思う。

*1:500mlボトルを大体日に3本程度消費。Covid時代に突入し箱で購入

*2:日本自動車工業会「2019年の四輪車新車販売台数は、前年より1.5%減少して519万5千台となりました。乗用車は前年より2.1%減少して430万1千台となり、うち普通車は0.2%増の158万6千台、小型四輪車は5.9%減の123万6千台、軽四輪車は1.1%減の147万9千台でした」

*3:いずれもかつて筆者が調べた情報

*4:ヤバ面白い一冊。本当は戦慄するかもしれない認知症 の世界がなんだかワクワクする冒険のように感じられた。しかも自分もきっと軽い認知症なんだなと思ったり、認知科学的にいろいろ考えたり、更には進化思考の太刀川英輔さんのいうところの創造的になるためにバカになる!やSteve Jobsの "Stay Foolish" は意図的認知症のススメだったのかもしれないと思ったりと、色々楽しめ、そして勉強になった。