デジタル通貨について思う


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4年前(2019年)の6月18日、、ちょっとした歴史的なイベントがあった。

Facebook創業者のマーク・ザッカーバーグ氏が国の発行する通貨と並ぶ、デジタル通貨システムの立ち上げを発表したのだ。一企業として立ち上げるというのではなく、VISA, Masterやvodafone, paypal, ebay, spotify, liftなども含む大掛かりなコンソーシアムによって立ち上げるというコンセプトで、世界のどこにもリアルタイムで、これまで銀行口座を持てなかった方々も含めて、低廉に価値を届けるという構想だった。その名はLibra(リブラ)。全世界が騒然となったことはいうまでもない。

これまで通貨の発行権は通常のbindingルールを持つコミュニティの枠組みでは最大の単位である「国家」*1 が握ってきており、国家からの通貨発行権の切り出しというのは前代未聞であり、様々に期待および不安の波と衝撃が走った*2。当時、国よりもGAFAM/BATJのようなプラットフォーマーのほうが強いのではないか、いずれ国家は消えるのではないかという楽観論が様々に語られている中での出来事であった。*3

こんなこと実現可能なのかと誰もが思ったが、何しろ立ち上げの「構え」(体制、座組み)がものすごいので、意外と行くかもと様々に期待された。とはいえ、案の定、米国の通貨当局を始め、世界中の中央銀行がかなりの難色を示し、Congress(米国議会)の公聴会にMarkは呼び出された。彼はいつもTシャツとジーンズなのに、めずらしく完全なスーツ姿で参加し、強くしかし丁寧に説明したが、ボコボコにやられ、あなたは誰を相手に話をしているのかわかっているのか、我々はあなたの会社(Facebook。現Meta)をいくつかに割ることもできるんだぞと凄まれたというすごい展開になった。

www.washingtonpost.com

その後、Libra構想はDiemと名を変え、昨年7月、ついに立ち消えになって今に至る。

www.coindesk.com

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同じ年、並行してBlockchainに関する世界的なメディアのCoindeskが日本の事業体をつくり(Coindesk Japan)、10月頭、そのフラッグシップ的なイベント、第一回目のb.tokyo 2019が開かれた。そのときに、たまたまデジタル通貨、Libra、およびCBDC*4について議論する場に僕も呼ばれ、堀潤氏のモデレーションのもと、慶應経済の坂井豊貴氏、マネーフォワード神田潤一氏(現衆議院議員)らとひとしきり議論をした。なお、この議論はLibra発表からまだ三ヶ月あまりのタイミングだった。トピックがかなりホットだった上、ほとんどの人には、blockchainやcryptocurrency、いわんやLibra/Calibraシステムについて馴染みの薄い局面だったため、確か満席で立ち見の人もいたと記憶している。

www.coindeskjapan.com

このとき、僕が言ったのは「通貨」の話は価値創造、価値の流通(デリバリー)、そして価値の利用(決済)の3つのステップに分かれるはずだが、デジタル通貨の議論は、これらがぐちゃぐちゃに議論されすぎている。切り分けて議論するべきだという話だった。

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価値創造は、ざっくり言えば4つある。1つ目はそもそも価値のあるものをベースに作る。金貨は典型的にそうであり、世界的にも同じ銅貨であれば重さがそのまま価値という時代が相当長らくあった。2つ目はなにか価値が明らかにあるものの保持量だけ発行する。金本位制が典型的にこれ。1つ目の延長だが、いちいち切り出す必要がないのがナイスなしくみ。ちなみに江戸時代は米本位制だった。*5 

3つ目は発行体のその母体になるなにかの信用で発行する。典型的には国家。倒幕によって生まれた近代日本は当初十分な信用がなく、最初は三井の信用で、中央銀行である日本銀行ができてからは日銀と日本そのものの信用で日本銀行券を発行。ちなみに紙幣はいくら偽造されにくく作られているといえども、紙切れといえば紙切れだが、手形と異なりどんなところでも使える。これが通貨の通貨たる所以。*6

最後が、ビットコイン(BTC)によってはじまったアルゴリズムによる価値創造。BTCはアルゴリズム的に価値創造の量に上限があり、しかも生み出されるためにはかなりのヘビーな演算がいるという極めて面白いスキームで、実に人類史に残る発明だったと言える。

価値の流通は、(1)紙幣や硬貨のような、偽造が極めて難しい(かする意味のない)形にして人、現金書留、現金輸送車などで運ぶ、(2)CAFIS*7BANCS*8のような安全性が高く担保された価値を流通するための専用のVAN(Value Added Network: 付加価値通信網)によって運ぶが基本だったが、(3)web3的な分散ネットワーク上で運び(専用のDAOを利用)、分散台帳に記録する仕組みが加わった。これは一見素晴らしいが、private networkでやらないとやり取りがむき出しになってしまうということと、同期には相当の時間がかかってしまい、検索事業体で言うところのQPS (query per second)が相当に低いというのが課題。

価値の利用(決済)については、現金を使って払う、口座に振り込む、クレジットカードを使って払う、WAON/Suicaなどの電子マネー*9で払う、Paypay/LINE payなどのQRコード決済で払うなどがあるが、BTCのような暗号通貨*10の場合、クリプト専用のウォレット同士で移動を行う。

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これで言えば、主要国の中央銀行が発行する限り、CBDCの価値創造は明らかに3つ目しかありえない。国がアルゴリズムに基づく価値創造などやる理由がまったくなく、2の〇〇本位制も論理的にはありえるが経済成長と価値あるものの量が釣り合わなくなってこのようなやり方がかつて終わった経緯を考えると全く無理だからだ。

ちなみにLibraは世界中の主要法定通貨をバスケット的に所定の加重平均を1 Libraの価値とするというスキームだった。インフレを抑え込めないような国が自国通貨の価値をドルとペグしてしまう*11ということがしばしば行われるが*12これの一種と言える。流通量が小さいときはこれでもいいが、こんなものがガンガン行われると、通貨の流通量をどのように考えたらいいのかという問題に直結し、金融機関への金利の引き上げや国債の買取りなどを通じ、インフレコントロールを適切に行う必要がある中央銀行的には勘弁してくれというのが正直なところだろう。おいいい加減にしろと当局が反応したのもよく分かる。

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価値の流通についてだが、中央銀行側として偽造されにくい紙幣や硬貨の発行を止めてしまうというのは確かにあるが、そのときは決済側で現金を一切使わないということがセットになっている。これが本当のところ可能なのか、ということについては相当に疑問がある。クレカやQR決済がどこまで広まったとしても、通信環境のないところ、スマホを含めR/W*13的な装置がなにもないところはいくらでもありえ、現金の有用性はチップなどのほぼまったくない日本のような国でも計り知れないからだ。そもそも貨幣や紙幣なしに子供にお金というものを教えることが可能なのだろうか。*14

したがって、現金をなるべく消すというのは、パンデミックレディ化の一環でぜひすすめてほしいが*15 どこまで言っても完全に消えることはないように思われる。ということで、現金を消すという意味でのCBDCも現実性は低い。

ちなみにLibraはCalibraという専用のwalletシステムを前提としており、これをコンソーシアムで運営するという構想だった。おそらくホワイトレーベル的にLibraを扱うサービサーに提供されることを想定していたのではないかと思う。Calibra PFの運営側にはすべての取引データが見える上(仮にレコードを残さないと言われても通り抜けることは間違いない)、本当に発表通りcryptocurrency(暗号通貨)なのであれば取引履歴がblockchain的についてまわる(trackable)という仕組みのように思われた。これが全部提供されるのであれば、徴税する側としてはうれしいかもしれないが、そんなことが全部可視化されて嬉しい人などほとんどいるわけがなく、そういう意味でも気持ちの悪い仕組みだったと言える。

以上の考察を含めると、CBDCというのであと残るのは、private DAOを使った分散台帳システムによる分散決算管理ぐらいしかないが、個別の細部に渡るトランザクションを見たいわけではない場合、そんなの本当に意味あるのか、単に共通のVANを絶対に落ちないような十分なredundancy(冗長性)をもたせて複数作ればいいだけじゃないのか、と思うと本当にだんだん意味がないことが匂ってくる。

こういう話をその時したのだった。この1-2年も、web3だとか生成AIだとはほとんどなんだかわからない段階で、政府の方々などから色々意見を求められるが、あの時もあんな火中の栗みたいな話を良くしたものだ。

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今日のお昼、たまたま日本でも最大級の金融グループの一つの幹部の方とお話をする機会があり、その時、Generative AIの意味合いやインパクトの話だけでなく、CBDCの話が久しぶりに出て、上の話を思い出しつつ少しお話した。

4年もたって、少し多くの人が冷えた頭で考えられるようになったのではないかなと思う。

CBDC議論はまだ終わっていない。備忘録的にこのウェブの片隅にもちょっと残しておきたい。


(参考)
www.boj.or.jp
navenue.jp
kaz-ataka.hatenablog.com


(5/10/2023, 16時追記)気づいていなかったが、長年のハイパーインフレに悩むジンバブエが5/8付で金本位制のデジタル通貨を導入。専用のeWalletで支払い。貨幣や紙幣を発行するコストが高すぎる状態の国では確かにこの打ち手はわかる。あとは財政規律と金の準備高

qz.com
river.com

*1:中央銀行は政府とは独立とされるが当然「国」の一部である

*2:地域通貨があるじゃないかと言われるかもしれないが、これらのほぼ全てはその国の通貨価値をベースにしたものであり、後ほどの議論を見たら分かる通り、通貨発行とは程遠いものである

*3:この議論に関しては僕は一貫して国や地方政府(基礎自治体など)はなくならないと言い続けてきた。何しろ数多くの人がアプリオリに認める徴税の仕組みと意思決定の仕組み=政府を持てない限り、道や上下水道、教育システムなどの高コストだが不可欠なインフラを引き、維持することは不可能だ。またコミュニティが大きな火事、天災、紛争など甚大な危機にさらされたときに、そこから人民を守る消防、警察、国防の仕組みを持つことも不可能だ。これらは気分でやめたりするようなサブスクリプション方式では決して安定的に運営することはできず、またその予算配分、つまり再分配の仕組みはよほどうまく作られた仕組みがないと決して納得の行く形に進まない。

*4:中央銀行デジタル通貨: central bank digital currency

*5:米で年貢を納められないところは、米換算でさとうきびなど何か価値のあるものを米換算で年貢を払っていた

*6:そういえば、米国に留学にいったとき、最初の週にいきなり何枚かの偽札をどこかで受け取ってしまい、銀行でこれは偽札だと言って回収されたときはショックだった。。

*7:Credit And Finance Information Switching system の略。日本電信電話公社が開発し、現在はNTTデータが運営する主にクレジットカードを中心とした共同利用型のオンラインシステム。1984年にサービスを開始; Wikipediaによる

*8:BANks Cash Service 都銀キャッシュサービス

*9:正確には「電子ウォレット」。流通しているのは中央銀行通貨そのもの価値

*10:cryptocurrency: 通貨と付いているが、使える場所が限られているので本当は通貨ではない

*11:ドル連動にしてしまう

*12:戦後日本で1973年まで行われた1ドル = 360円という固定相場制もこれ

*13:reader/writer フェリカなどに読み書きするデバイス

*14:現在成人している娘が、5歳くらいの時に初めて目の前で僕が電子決済をしたのを見て、かなり驚いていたのを今でもよく覚えている。それまで意図的にずっと現金払いのみを見せていたのだった。ひとしきり説明するのはなかなか大変だった。笑

*15:3年前に提言した「開疎化」の要素の非接触化の一つ。以前のブログエントリに書いたとおりオランダやベルギーではもう公共交通機関やパーキングを含め、現金を使える場所は壊滅しつつある