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安宅和人: 脳神経科学、マーケティング、データ×AIの間に棲息

ウィズコロナ、開疎化と博物館の未来

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Leica M7, 1.4/20 Summilux, RDPIII, @Tuscany, Italy

昭和3年(1928)創刊という大変長い歴史を持つ博物館学の専門誌「博物館研究(MUSEUM STUDIES)」の今月号は「新型コロナウイルス感染症パンデミック下の博物館」特集。そのKeynoteというべき巻頭エッセイの執筆という貴重な機会をいただきました。

北海道、東北、沖縄でCovidの第三波が始まりつつあると、某有力関係筋からお聞きしています。やはり、本質的にこの機に空間や社会の仕組みを刷新する事が望ましく、その検討の一助になれば幸いです。

記事のオンライン化はされていないということで、転載の許可を頂いた日本博物館協会の皆様に深謝です。

www.j-muse.or.jp

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博物館(museum)というのは不思議な場所だ。静かでありながら、もういないはずの人がそこに立ち上がってくる、そんな体験をすることがしばしある。そこにあるのは人間が時間と空間を超え、リアルで日ごろ触れることのないホンモノに実際に接することができる特別な空間だ。対象についての思索を桁違いに深め、深い意味での心の力と霊感をえる場でもある。

このように、社会において特別な役割を持つ博物館が新型コロナ状況のために深刻な困難に陥っているという。何かヒントになる投げ込みを、という依頼を受け、拙い考えを述べさせてもらえればと思う。

本稿では、まず、現在の状況に即した必要な社会システムの変容の方向性について整理した上で、次に、博物館はどのような変容が求められるかについて考察し、更に、この時代が要求する博物館の価値とその発揮のあり方について考察できればと思う。


1 状況の背景と意味合い

COVID-19が日本に上陸してから8ヶ月になる。これまで人類を襲ってきたペスト、天然痘結核エイズなどの感染症に比べれば、遥かに致死率は低いが、経済的なダメージは屈指と言える。主要国では激しいロックダウンを行い、4-6月、中国を除き軒並み2割以上の経済縮小が発生した。

他の感染症同様、拡大の確実な停止には特効薬か、集団免疫が生まれることが必要だ。後者は自然感染もしくはワクチンによってもたらされる。ワクチンの登場は早くて年始であり、どのシナリオで見ても世界的な収束には1年以上はかかると見られる。ポストコロナを議論する前にウィズコロナ的な状況が当面続くと3月から訴えてきた背景だ。

この半世紀、エボラ出血熱エイズSARS、MERSと人類は随分と多くの新規の感染症に遭遇してきた。感染症が増えている一つの背景には、地上の大型動物の9割を家畜と人類が占め、人類と野生動物の生活圏が極度に近づいていることがある。実際、今回のSARS-CoV-2はコウモリ由来と推定されている。更に、世界的に進む温暖化の結果、北極やツンドラの氷が今後数十年中に一度は溶け、新たな病原体が出現する可能性が高まっている。

したがって感染症の発生がこれで止まることは考えにくい。我々は、解決策が必ずしもない様々な病原体とともに生きなければいけない状況、環境にあり、いわばpandemic-readyな社会を創っていく必要がある。


2 必要な変革の方向性

この事態の解決は止血、治療、再構築の3つのフェーズに整理できる。「止血」は現状の急速な悪化を止めるフェーズであり、世界各地で行われたロックダウンがそれに当たる。「治療」はこのようなウィズコロナ的な状態でもある程度の対応力を持つようにするフェーズ、「再構築」は今起きている変化の本質に即して系を作り直すフェーズになる。

なお既に明らかになってきている通り「止血」フェーズは、経済・社会的な負荷が高く、長期に渡って続けることは非現実的だ。かといってなし崩し的に元に戻したのでは、いつ何時、急激に拡大が再度始まるかわからない。では考慮すべき方向性としては何か。私の理解では大きく4つある。
① 密閉(closed)→ 開放(open)
② 高密度(dense)で人が集まって活動 → 疎(sparse)に活動
接触(contact) → 非接触 (non-contact)
④ モノ以上にヒトが物理的に動く社会 → ヒトはあまり動かないがモノは物理的に動く社会

この内①〜③を簡単に図にまとめると、以下のようになる。(図)

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つまり、これまで少なくとも数千年に渡って人類の文明が進めてきた「密閉×密」な価値創造(密密化)と逆向きの、「開放×疎」に向かう、「開疎化」というべきトレンドが強く生まれるだろうということだ。

都市の誇る価値創造の大半が左下の象限に存在する。密密化は半ば「都市化」と表裏一体であり、一人あたりのインフラコストを劇的に下げ、人と人の出会いを生み出し、さまざまな楽しみを効果的に生み出す価値創造のドライバーといえる。

博物館は一般的には収蔵物を密閉空間で展示し、そこに人が集まって見る空間だ。特別な展示になればなるほど人が集まり、それが経営の前提になっている。

開疎化に向けては山あいや海岸、河川沿いの開放的な土地に移し、開疎な展示空間を創ってマネジメントするというのが手の一つではある。しかし、マサチューセッツ州Tanglewoodなどで見られるコンサートホールであればわかるが、多くの博物館にとっては現実性が薄い。集客を無視したとしても、展示と保存に特別な環境が必須であり、かなりのコストを掛けねばハコを作ることができないからだ。すなわち移転も容易ではない前提で、空間、機能そのものの開疎化を実現しうるかどうかが今問われている。


3 空間の開疎化実現に向けた方向性

個別要素別に考えてみよう。まず「疎」については現在もされている「疎密コントロール」が基本だ。入退出を見て建物全体の人員数をコントロールするだけでなく、特定の空間における入場人員をコントロールすることが望ましい。必ずしも事前予約制である必要はないが、当日の直前であろうと受け入れキャパを可視化すること、オンラインで申し込めるようにすることは必要機能になるだろう。

距離感をさり気なくサジェストするようなデザインも有効だ。館内の人同士で距離を認識するアプリを開発し、近づきすぎると知らしめる(距離ウォーニング)手もあり得る。相互に認証すれば同伴者同士で鳴らないようにすることも可能だ。国内、もしくは世界の博物館に共通の基盤としてあれば実に便利だと思う。

では「開」についてはどうか。極力、空気の淀みを可視化し、排除する換気の視点を強化する必要があり、不十分な場合は空気を洗うことが求められる。

開放性のモニタリングが恐らく第一歩になる。すべての展示空間でCO2濃度を測り続けることで、どの程度外気並みの状況かは容易に分かる。東京を例に取ると現在外気は概ね450ppm程度であり、人が多くいるオフィスビルは1000ppm以上が多い。600ppm以下の維持が一つの目安になるだろう。

「空気を洗う」ためには水や高性能のフィルターを通すか、プラズマなどで消毒することが求められる。飛行機などで実装されている技術の転用は恐らく可能。また館内をほんの少し陰圧にすることで外気からの流れ込みを加速し、同時に入ってくる空気を効率的に洗うこともありえる。温度、湿度管理との兼ね合いが更に問われるが、熱効率の視点で建物の作りを見直す必要が出てくるケースもあるだろう。

このように開疎の実現にはおそらく「開」の実現こそが課題になる可能性が高い。状況のモニタリング、低廉で効果的な空気の入れ替え、空気の質の担保などを総合的に検討し、リノベーションの必要性と内容を検討するのがよいだろう。


4 新しい価値創造

博物館そのものの価値の観点からも考えてみよう。

身近で価値のある問いや視点は何であるのか、それを考える場所としての博物館の価値は大きい。過去、地球や人類はどのような災害にあい、それをどのように乗り越えてきたのか、生活視点で何が起き、それにどのように対応したのか、地域によってはどうなのか、他の生物ではどうなのか、など我々が参考とすべきことの多くが博物館に存在している。

数量的、科学的な事実や数字はもちろんだが、さまざまな感染症の流行っていた時代に人類が体験した苦しみと原因、社会的に行われた取り組みとその学びから得るものは多い。絵画、彫刻、音楽、小説、舞台芸術、デザイン、建築など、見るべき対象は広い。

たとえば中世でペストが猛威を奮っていた頃の風景は数多くの風景画に残されているが、その時の人々の暮らしや工夫は実に味わい深い。また結核スペイン風邪などが先人たちを苦しめていた約100年前、モダニズム建築が生まれ、それまでのビクトリア調の家造りに大きな変容が生まれた。その工夫の細部、込められた思い、その結果の評価を知ることの価値も大きい。

以上の目的のために可能であれば館内展示という枠を超え、収蔵品全部、そして+アルファ的に地域あるいは世界の友好的な博物館同士でテーマ的に連動した情報の提供などが行われてもいいのではないだろうか。そこはリアルと超高解像度のデジタル技術も組み合わせる必要があるだろう。

今こそ生で見て、感じ、考える必要がある。Wikipedia的な項目情報の羅列では足りないのだ。全体観を持って世界を捉え、感じるための機能はこのようなときにこそ必要だ。人類の知恵がそこにあるのにアクセスできないというのは残念なことだ。深い見識に基づく情報のつなぎ合わせや気づきの醸成は門外漢には難しい。博物館の持つ潜在力を解き放つために、新しい空間づくり、情報編集力、そして表現力がいま問われている。


初出:博物館研究 Vol.55 No.11 (No.630) pp.4-5

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(参考エントリ)
kaz-ataka.hatenablog.com
kaz-ataka.hatenablog.com