(Brazil 21より続く)
舟で帰る途中、ある立木の奥に立ち寄る。丸太の柱が何本かあり、その上に青いプラスチックのテント地が張ってある。マナウス周辺の釣りバカ達が夜を徹して釣りに来るときに泊まる場所らしい。約五メートル四方。しかし、こんなところに泊まって怖くないのかネ。
おっさんが、靴を脱ぎ、ズボンをまくって、水の中を渡る。トイレだという。そう言えば、十時間以上、ただ舟か車に乗っていたことを思い出し、僕も渡る。柔らかなアマゾンの土が足の裏を包み込む。
開かれた地面の上で用を足し、戻ると、お兄ちゃんが渡る。ふと横を見ると、水辺のミネラル・ウォーターのプラスチック瓶が目に入る。、、、こんなところでまで、人は、自然を傷つけている。、、、それらが残像のように、頭に繰り返し反射しつつ、巨大な湖面を我々は戻る。いずれ枯れ木はなくなり、果てしない海原になる。
到着。すでに夕方。船頭のお兄ちゃんと握手をし、別れる。彼の純朴な笑顔に打たれる。
ジャングルで用を足せなかった妻の不機嫌が天に沖する前に、車に乗ってまもなく、発電所のダムの見張りの建物に立ち寄ってトイレを借りる。建物といっても一部屋と手洗いしかない、コンクリートの箱である。待っている間、そのダム番のおじさんと話をする。通訳はガイドのおっさん。
「こんなところで一人でいるのか?」
「そうだ」
「こわくないのか?」
「怖いも何も、ここにいるときは鍵をかけて中でじっとしている」
「?」
「この辺りにはオンサ(ジャグアー:豹)が沢山いて、迂闊に外を出ていたら喰い殺される」
「!?!」
そんなことを朗らかに笑って言ってのける。では何故門番が必要なのか、という根本的な疑問は解き明かせないまま、オブリガード(ありがとう)と何度も言って去る。ニーチェは「男が熱中できるのは遊びと危機だけだ」と言ったというが、確かにさっきの森のはずれに泊まる釣りバカ達は遊びに命を懸けている。そう言う自分もあまり人のことなど笑えない、ン?
知らず辺りは闇になり、その中を車は走る。その闇と共に、これまで目を向けないようにしてきたあのことが、背中に、肩の上に、心の上に、広がってくるのに気付く。もう釣りは出来ないのだ。アマゾンももう見れなくなる。このあとサンパウロに行き、そしてニューヨークだ。また、あの都会が、どこに言っても変わらぬ、あの匂いと、圧力と、熱と、狂気の世界に戻らないと行けない。野生はもうない。サルたちの叫び声もない。地面から立ち昇る生気もない。滅菌された世界に、猥雑な生命力のかけらもないあの世界に。
憂愁とも、悲しさともつかない思いが、全身の力を抜きにかかる。
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写真説明
1. ジャングルの中のトイレ。濁水の中を恐る恐る進む。
(すいませんファイル、フィルム共に発見できません。発見次第アップします。)
Brazil 23へ続く
(July 2000)