Contax T2, 38mm Sonnar F2.8 @Greenwich, CT
昨日とても考えさせられるディナーがあった。
友人の一人が、Yale College*1を卒業後、New York Cityのある有名な投資グループで働いているのだが*2、ここのところ、日本での事業の立ち上げで東京と往復する生活をしている。
また何ヶ月ぶりかで日本に1−2週間かいるというので、ほかのYale関連の日本の知り合いも含めて集まって、飲んだ。僕が先週ずっと風邪を引いていて病み上がりだったということもあり、西麻布辺りでおでんを食べた。
とある顕著な構造不況にある業種の友人もいたので、その辺の不況話もしたのだが、そのニューヨークからの彼とした話で最も心に残ったのは、日本からのYale College applicant(応募生)の質の低さの話だった。
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アメリカで名のある大学は、書類、エッセイや試験の結果、成績、推薦状だけで人をとるなどということはしない。必ず人を通し、人柄、人としての将来的なポテンシャル、人間としてのマチュリティ、志、夢、希望、展望などを総合的に判断する。長らく大統領、Senatorなど社会のリーダー層のかなりを生み出してきた、Yale, Harvardの二校は*3、とりわけ、自分たちに課している要求とその果たすべき役割への意識がクリアで、将来の世界のリーダーを養成することを明確な目標としている。
たとえば、昨年President Levin(現Yale総長)から我々卒業生たちにきたメールにはこうある。
The mission of Yale College is to seek exceptionally promising students of all backgrounds from across the nation and around the world and to educate them, through mental discipline and social experience, to develop their intellectual, moral, civic and creative capacities. The aim of this education is the cultivation of citizens with a rich awareness of our heritage to lead and serve in every sphere of human activity. . .
(Yale Collegeのミッションは、突出して将来のポテンシャルの高い学生たちを、アメリカ全土、そして世界の隅々のすべてのバックグラウンドの中から「探し出し」、精神的な鍛錬と、人の交わりの中の経験を通じ「教育し」*4、知的な、倫理的な、社会に生きる市民としての、そして創造的なキャパシティを「育成する」ことにある。この教育の狙いは、人類の行うあらゆる広がりの活動をリードし、それらの活動に仕えるための、我々の受け継いできたものに対する豊かな見識を持つ市民を養成することである。、、、)
若干余談になるが、Yaleのundergraduateたちで、これに違和感を感じる学生は恐らくいないだろう。日々の教育現場での取り組み、また随時仕込まれるおおきなイニシアチブ、結果としての卒業生たちの活躍などを継続的に、目撃し、体験しているからだ。たしかにそういうinstitution(教育機関)だという理解で、たしかにそういうところだから、やってきたという学生がすべてだと思う。はったりでもなんでもなく、真顔でLevin総長は語っている。
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三億人を超す人口の国で、1割ほどのinternational studentを入れてもわずか1300人の学生(日本の人口規模であれば500人程度の大学*5)しか採れないということもあり、その選考はかなり厳しい。当然かなりmatureな人格、自分の足で考える力、バランスのとれた判断力、自分なりの考えの上での判断が期待される。
で、応募者のうち、ある程度以上に見込みのあるものについては、インタビューになるわけだが、数が数なので、これは信頼でき、まともな卒業生が初期段階を行っていることがそれなりにある。そのニューヨークからの友人はまさにそれをこの所、一部やっているのだ。
で、彼曰く、日本の応募者のクオリティが、もう考えられないほど低いというのだ。そもそも、世界でも指折りの倍率の中から、わざわざ大学が採る必然性を感じなければならない場にあって、自分が何をどう漠然としてでも目指したいのか、だから、その中でYaleがどう位置づけられているのか、なぜ、あえてそのようなcompetitiveで、世界中から優秀な人間が集まる大学に行かないといけないと思うのか、そのぐらいは、本当に行きたいと思っているのであればすらすら答えられないといけない。だが、彼がいままでやってみたところ、例外なく、どれほど助け舟を出してもできない、と言う。単に英語の問題ではない。International schoolや、American schoolの学生でもそうだというのだから。
箸にも棒にもかからないという人間ではないということぐらいは、書類で見ているはずなので、単なるIQの問題ではないだろう。人間としての自立性、自分で考える能力、マインドセットの問題なのだ。付け焼き刃であれば、ちょっとたたけばすぐに分かる。これは僕もこれまで、かなりの数の大学生、院生の採用インタビューをしてきたのでよくわかる*6。そして彼が指摘する問題は、その学卒以上のレイヤでも僕もいやになるほど見てきたので実に共感できるのだ。今回の新しいのは、それが大学以前にも根ざした問題だということにある。
インターだとかアメリカンスクールの学生が主のようだと聞いて、僕はある種、絶望的な気分を感じている。後々の、実際の人生で求められるリーダシップや決断力、判断力の視点から見れば、明らかにどうでもよい1点や5点の差だけが意味のある普通の日本の教育を受けてきて、こうだというのであれば多少わからないでもないのだが、そうではない。これは日本人の心性がこのような子供たちを育てているということを示しているのかもしれないと思うのだ。
僕の前の職場のプロフェッショナルファームでは、どちらかというと中学、高校ではドロップアウト的に、ある種自分なりの自我を持って好きに生きてきた人間が、実に多かった(実は僕もそうだった。笑)。自立的に判断できてものを考え、実際に行動してきた人間(要は「大人」)が欲しいと思うと、ついそういうタイプの人の濃度が上がったりしたのだと思う。
この社会そのものが、全体としてそのような自立性、maturityを認めない、育てようとしない、ということが癖として、あるいは習慣としてあるのだとすれば、これは大きなハンデキャップとなる。
現実には、そのようなグローバル大学は、世界の各地で才能の発掘にあたり、グローバルな企業も同じように発掘にあたる。そのときに求めるものは当然、人として自立しており、知的にも自立していることが何よりの基本だ。「頭が良くなること」に対してfanaticな執着を持つ多くの日本人には申し訳ないが、ちょっと普通より頭が良いというのは、これはある種コモディティで、それほどたいしたことはない。IQなど単なる偏差の問題なので、賢いだけの人間などいくらでもいるのだ。むしろ独創的な発想を、自分の感性なり、経験、考え方から生み出し、それを多くの場合、鍵となる周りの人を巻き込みつつ、実際の形にできるかどうかが本当の意味での才能だ。自分が人を採る立場になればあまりにも自明のことだが、そういうものが、上に述べた基本としての人間性に加わって初めて、これは際立って面白いやつだ、未来のあるやつだ、ということになる。
どうもこの国は、かなり本質的な体質変化が必要なのではないだろうか。なかなか頭の痛い問題である。私の勘違いであればよいのだが、、、。
また、これが本当であるとすれば、国家機密的に隠したい問題でもある。このようなグローバルな世界では、上の事例のようなことがあるので、リーダー層から瞬く間に本当のことが広がっていくのが常であるのだが、その広がり以上のスピードで対応するのは恐らく無理。すくなくとも実際にこれが悪さをおおっぴらにし始める前に(実は、私の周りではもう悪影響が出始めている)、なんとかしたいものだ。
皆さんどう思われますか?
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*1:Yaleのundergraduateのこと。Harvardもそうだが、Ivy schoolを筆頭に、多くのアメリカの大学は、学部教育のことをcollegeと呼び、その部分のみのDean [校長] をmedical school、law schoolなどと同様に置いている。
*2:日経新聞を読んでいる人であれば日本人でもだいたい分かるようなところ
*3:たとえば1989-2009までの大統領はすべてYale出身
*4:原則として、Ivy schoolはOxbridgeに習い、いずれも全寮制である
*5:少子化効果、外人比率を考慮していないのでかなり過大評価した値。実際には20歳前後で4倍以上の人口があるので、そこも補正すれば日本にあれば定員300人ほどの大学ということになるだろう。
*6:10年以上にわたり、これまで会ってきた数は、1000人は下らないのではと思う