ニューロサイエンスとマーケティングの間 - Between Neuroscience and Marketing

安宅和人: 脳神経科学、マーケティング、データ×AIの間に棲息

ただやりたいことをやろうとするのが本当に幸せか?


Leica M7, 50mm Summilux F1.4, RDPIII
Cambridge, UK

僕は何だか色々な相談を受けることが多い。

よくある相談の一つが、本当はこういうことをやりたいんだけれど、その辺をやったことがないので踏み込むべきかどうか分からない、というものだ。

これが大学出るかどうかぐらいの人だったら、「まあ深く考えずにやってみたらどうか?」という話になるわけだが、結構ないい歳になっていて、労働人生の何割かを過ぎてしまったような人の場合、これがむずかしい。

なぜだか、こういう相談をしてくる人に限って、そこまでの人生でそれが本当にやりたかったらそういう人生を送って来ていないだろう、という選択をしてきているケースが多い。*1本当にやりたいことがあるのだったら、それなりの経験をし、失敗もしているかもしれないけれど、そういう経験から、それなりのスキルを身につけている、、人に話してもそういうことをやらせてみてもいいと思う、、そういう人生を送っているはずなのに、そうじゃない人、というのが結構多いのだ。*2

代わりにというわけじゃないが、そこまでの10年なり、15年なりの労働人生で身につけてきたスキルとか、比較的意味のある仕事というものがあり、その延長だったら他の人も何か仕事を任せてみてもいいなと思ったりするわけだが、それがどうも心の中の夢なのか、隣の青い芝生なのか分からないが、どうも違うらしく、悶々としているというケースが多い。*3

そういう人に対してどういうアドバイスが出来るか、といえば、「まあ自分の人生だし、後悔しないように好きにするのがいいよ」ではあるものの、本当にその人の幸せにとってどうかということで考えれば、迷う程度の漠然としたことをしたいために、10年とかやってきたこと、これならば人よりうまくできること、を完全に捨てて、何か全く新しいことをいい歳して、新人のように学ぶというのはどうなんだろうと思う。

その場合、何しろ何のバリューも出ないのだから、それこそまたイチから薄給でも耐えて生き抜く覚悟がいる。失敗するリスクもある。自分で選んだ道だから誰も助けてくれない。

本当に覚悟があるのであれば、僕は止めないし、むしろ「思い切ってやったほうがいいよ」と背中を押すが、結局踏み切れないで僕に相談するという人の場合は、覚悟も足りず、自信もないというケースが多い。

そういう人に僕が言うのは、「バリューが出るところで、バリューの出る仕事をするべし」「どこならば食っていけるのか、どこならば一人前、一流になれるのかで考えるべき」だ。

人の幸せというのは何か、ということを考え出すとアランの幸福論じゃないが、なかなか難しい問題になる。

幸福論 (岩波文庫)

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ただ、こと仕事ということについて言えば、自分が自分らしい価値を産み出せることをやらないと、認められないし、達成感も生まれない上、当然、成功もしない。そうすると自分がいやになってしまう。

なので相当量の時間、全く異なることに好きであろうと好きじゃなかろうと打ち込んできたのであれば、それをモノにした方が良いと思うのだ。

(もちろん、今までやってきたことに全く適性がないのであれば話は別だ。そのようなときは、さっさと鞍替えするとともに、なんでそれが分かるのにそれほどの時間がかかったのか自体を自分でよくよく内省すべきだ。普通に考えれば半年、一年もすれば分かるはずのことだからだ。)

人は好きなこと、出来たらステキだな、と思うが何の経験もないことをやるのと、好きかどうか分からなくてもバリューが出ることをやるのとどちらが幸せにつながるかといえば、多くの人は後者の場合だと思う。

例えば、僕は音楽や物理の話を聞くのは好きだが、それで食っていけるとは全く思わない。画期的なサービスを作るソフトのエンジニアもかっこいいとは思うが、今からやってモノになるか、というと無理だと思う。

結局、人はいい仕事をして認められれば、そのことに自信を持つし、うれしさも感じる。更に努力もする。スキルも更に伸びる。成功もしやすくなる。気が付いたらその仕事が好きになる。それが生理的に拒絶するようなことであれば別だが、そういうことに長年時間を投下できるような人は普通はいない。

なので、ただこういうのやりたいんだー、と18の青年が思い、そこに飛び込むのは見事な青春で「どんどんやれ」と思うのだが、それなりの歳の人で、それなりの自分の時間を何かに投下してきた人の場合、それが余程、適性のないことじゃない限り、それを生かした方がいいと思うのだ。

これは実は、何が向いているかわからないという若い人に、「与えられた仕事、目先の仕事、ご縁があった仕事にまずは全力を尽くすべし」「やるからには一生その仕事をやる位のつもりでやるべし」というのと本筋で同じ話でもある。

実際上のようなコメントをすると、多くの人が、自分としてバリューの出る選択をし、結局、そのまま幸せになっている。確かに憧れと、現実は別なんだと、いい歳になって気付く、そういうわけだ。

みなさんどう思われるだろうか?


*1:もちろん、何かきっかけがあって、突然気付いたというのだったら、ステキなことだが、そういう人はまれだし、そういう場合、相談ではなく、決意を表明されるケースがほとんどだ。

*2:少なくとも、主たる仕事の世界においては、意に添えず別のことをやっていたとしても、隙間の時間とか、それ以外の時間とかはそれに向けて精進したり、色んなところで経験を積んでいたりして、意外と人のつながりが出来ていたり、技を身につけていたりするはず。

*3:一つ意外とありがちで厄介なケースは、大学の時とか交換留学とかしていたり、大学卒業後に少し留学などしていて、ちょっと英語が出来るが、他にこれといって何も出来ないケースだ。親の教育方針か何かかもしれないが、サブスタンスのない英語力などあまり意味がない。英語だけで食べるような通訳などで食べていくということならいいのかもしれないが、それはそれでかなり厳しい道だし、それなりの立場の人の多くが、かなり英語が使えるようになってしまった現在、そのニーズはもはやそれほどなく、先細りの道とも言える。そしてそれはほとんどの場合、もはや、希少性を失った価値なので、余程一流でない限り、そもそもペイしない。