心に残った言葉


Success is not the key to happiness. Happiness is the key to success. If you love what you are doing, you will be successful.


— Albert Schweitzer



成功が幸せの鍵なのではない。
幸せが成功の鍵なのだ。
君が自分のすることを心から好きならば、
きっと君は成功するだろう。


アルバート・シュバイツァー


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Thank you, all!


1日一回でも、


何かすてきな言葉に出会うと、ああ、生きていてよかったと思う。


何か新しい考えに触れること、何かそうだなと思えることが、生きている実感につながる。



1日一回でも、


はっと美しさに気付く瞬間があると、心が癒される。


このところ、街角でも、何かを見て「ああ、いやされるー」などと発している女の子などがいるが、これがホントの心の声だとすると、それはそれで素敵。



Leica M7, Summilux 50mm F1.4, RDPIII @around Richmond, IN



tumblr.で僕が気に入っているNinaという二十歳の女の子がいるんだけれど、彼女が数日前こう書いていた*1


Blogging is a confidence thing

ブログをするのは、自信をもらうことなんだって。



There are many reasons I tumble, but one reason in particular stuck out to me today. We all have off days. When I have my off-days, I get doubtful and self reflective, wondering if I can actually do all the things I want to do. I lose my confidence.


私がタンブラーするのは、たくさんの理由がある。でも、今日、その中のとりわけ一つが心の中ではっきりとしてきた。

私たちは、みんなオフの日がある。私がオフの日には、私は信じる力が弱くなる。自分の心を覗き込むようになる。そして、自分がしたいことのすべてが本当にできるのかな、と思ってしまう。自信がなくなってしまう。



I know I’m not an easy person to follow on this blog - I go from posting a bunch of fashion photography posts, to architecture and interior design posts, to the random out pouring of my thoughts on various subjects over which I have no authority. Yet, here you are, all still following me. You find me interesting.


私がこのブログの中で、決してわかりやすい人間じゃないってことは、分かっている。このブログの中で私は、沢山のファッションフォトグラフィーのポスティングから、建築やインテリアのポスティング、そして私がなんの権威もない、さまざまなテーマについてのランダムな考えの流し込みにまで広がっている。でも、みんなはそれでもまだ私のことをフォローしてくれる。まだ、私のことを興味をもてるって、思ってくれている。



It’s not just about the numbers. It’s about what a talented, smart, wonderful group of people you are. I respect you all as people and find you interesting and fascinating. From Crazynutjob, who runs one of the most fascinating econ blogs I read, to Michael Surtees, whose mind is keen and insightful, especially about design, Ben Kraal, Alohanico, each and everyone of my followers is a vote of confidence in me. Though I can’t possibly follow all of you, your voice is still heard. All of you that visit here everyday or follow me through RSS are all amazingly appreciated too. The emails I recieve from you all are touching, and a source of pride to me.


これはフォローしてくれる人の数だけのことを言ってるわけじゃないの。才能があり、頭もよく、素敵なひとが集まってくれていることがうれしい。とてもおもしろくて、魅力があるみんな全員のことを尊敬してる。わたしが読んでるなかでもとびっきりの経済のブログを書いているCrazynutjob, こころが研ぎすまされて、インサイト(洞察)に富んだMichael Surtees, とりわけデザインに関しては、Ben KraalAlohanico。わたしをフォローしてくれている人一人一人、そして全員が、わたしの中での自信につながる一つの票になっている。みんなのこと、全員をフォローすることはできないかもしれないけれど、みんなの声はちゃんと聞こえている。ここを毎日訪れてくれる人、RSSを通じてフォローしてくれる人、みんなのことを驚くぐらい感謝してる。みんなからもらうE-メールは心に響く、そしてわたしの自信の源になっている。



So thank you to my followers for being this wonderful source of confidence. Simply knowing these words will be read and considered is powerful. It lifts my mood and makes me feel invincible. So thank you, thank you for doing this for me; thank you for taking the time to read my crazy little blog.


だから、ありがとう。わたしをフォローして、このすばらしい自信を与えてくれる源になってくれていることに。わたしが紡ぐこれらの言葉が読まれ、意味を考えてもらえることを知っている、、、それだけのことが、私に力を与えてくれる。このことが、わたしの心を奮い立たせ、揺るぎないものにしてくれる。だから、ありがとう。こうしてくれることにありがとう。わたしのクレージーな小さなブログを読むために時間を取ってくれて、ありがとう。

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思わず涙が出そうになった。



ぼくもいつもそう思っている。


みなさん、こんなとりとめもない僕のブログを読んでくれて、ありがとう。ブックマークやスターしてくれてありがとう。コメントまでくれてありがとう。

僕も気持ちを伝えなきゃと思って書きました。


みなさん、いつもありがとう。


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*1:NinaはStanfordでProduct Designを専攻する学生だ。Sillicon Valleyを愛し、スキーの競技に励んでいる。Ninaのブログはここ

白と黒の間

この間、どうやったら筋の良い思考が出来るのか、どうやったら筋よく答えの仮説にたどり着けるのか、と真顔で、マネジメントコンサルタントを行っている知人に聞かれた。

彼は、僕の長年勤めていたプロフェッショナルファームにいる訳ではないのだけれど、十何年前の学生の頃、僕のいたファームでリサーチャーとして(今で言うインターンみたいなものだ)バイトに来ていて、その頃からの知り合い。

僕が随分長い間アメリカに行っていたりしていたこともあり、同じ会社にいた訳でもなく、完全に音信不通だったのだが、数ヶ月前、たまたまある大先輩が催しているパーティに行ったところ、久しぶりに出会ったのだった。

僕はどうも彼たちのチームのチューターをしていたらしく、いやチューターでもないのに、色々訳の分からない爆撃を繰り返していたらしく(笑)、彼にはずいぶんな野郎だと鮮烈に覚えられていたようだった。

実に素敵な人物なのだが、僕はすっかり忘れていて(本当に失礼な野郎だ!苦笑)、五分ほどお話ししているうちにようやく思い出した。


Leica M7, 35mm Biogon F2.0, RDPIII @Grand Canyon National Park

僕は割合、あっという間に仮説が立つほうで、デタラメかもしれないけれど、まあそれは適当にメッシュよくこうなんじゃないかな、なんて思う。というか、わりとポンと、この辺じゃないかな、この辺は筋悪だな、というのが(正しい、正しくないとかというのと別に)割とすぐに思い浮かぶ方だ。もちろん間違っていることもあるにはあるが、ここは長年の訓練のこともあり、経営関連、特にマーケティング周りのことであれば、それほどずれることは多くない。

そんな「野生の勘」野郎(笑)の僕のことを彼は良く覚えていてくれていて、それでせっかく久しぶりにあったので、これをチャンスに、ということで、長年の謎?を僕に聞いたのだった。

僕は「感性こそ知性」、という価値観、あるいは信念、考えを長らく、実に歳にして17-18の頃から持っており、彼に、「一瞥したときに、あるいはその生の事象を見たときに、いったい何をどこまで感じられるかが、実は勝負なんだ」とそう言った。

このことが、どうやって答えの仮説につながっているのか、彼には落ちなかったらしく、手を変え足を変え聞かれた。

僕の言わんとすることは、最初に今起こっていることの本質と、課題、あるいは見極めのポイントを、どこまで一度に感じられるかが勝負なんだ、ということだったのだけれど、これがなかなか分かってもらえない。

そういう感じることに対して、本当に価値があると思うこと、そして区別する必要があると自分で本当に思っていること、経験していることしか、瞬時に区別することも、認知できないんだ、とそう言って初めて少し分かってくれたようだった。


そこで僕が彼に説明した比喩は、こういうことだった。

白と黒がある。

この区別はどんな人にだって出来る。なのにひとは白黒つけたがる。これは白だ、これは黒だって。

これは愚かであり、間違いなんだ、というのが僕の言ったことだった。

世の中は白と黒で出来ている訳ではない。

むしろ白も黒もない。白と黒の間にある無限の段階のなかにこそ、世の中の本質がある。

そこをどこまで細かいメッシュで差を見分けることが出来るか、その濃淡を感じ取ることが出来るか。またその濃淡が生み出すパタンやクセ、形をどこまで見分けることが出来るか、それがその人の価値観であり、生き様であり、そして学んできた世の中の理解、それに対するappreciationそのものなんだ、、、そう伝えた。


そう、世の中を白と黒で見分けるのは間違っている。そしてこれは非常に馬鹿げたことだ。

自然に向かう科学の現場であってもそうだし、経営の問題解決の現場でもそうだ。人間関係なんて、そればかりだ。

自然に立ち向かう時、新しい発見はだいたい非常にsubtleな、つまり微妙な差異にひそんでいることがほとんどだ。そう言う話をずいぶんと目にし、耳にしてきた。私の行ってきた限られた経験でもそうだったし、ノーベル賞をとられたときに、田中耕一さんがお話しされていた話もまさにそうだった。


そうそんな微細な差異や違いをどこまで見分けることが出来るか、それが意味があると思うかが、やはり知性であるし、感性であると思うのだが、いかがだろうか。これこそ(メルロ)ポンティのいうところの裸の知覚だ。

そしてそれを磨くことが、自分の何か深いものを磨き、問題解決につながることではないか、

僕は、そう思っている。




関連エントリ

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ある大学院時代の思い出、、、Joy of Life

最近は、前に書いたような状況で、昔、あるいはこれまで書いて下書き箱に入れてあるものを、ただアップしているだけなので(要は休載中)休みの日ぐらいは何か少し書いてみたいと思う。



Leica M7, 35mm Biogon F2.0 @Monument Valley


僕が日本で学生をやっている頃、日本でも世界規模のグラントを、ということで多分通産省の旗ふりでヒューマンフロンティア(Human Frontier Science Program: HFSP) という大きな研究グラントが出来た。ミリオン単位、億円単位のグラントというのは当時の日本としては非常に例外的で、画期的なプログラムだった。で、割と立ち上げて間もない頃*1、その記念シンポジウムのようなものがあり、行った。僕はマスターの学生だった。X線解析の巨頭、Sir Aaron Klugや、当時、日本のガン関連研究のリーダーであったであった西村暹先生(当時、国立がんセンター腫瘍研究部部門長*2)などそうそうたる面々が集まるということで面白そうだなと思って行ったのだった。場所は虎ノ門パストラルだった。

Sir Aaron Klugの名前は知らなくとも、彼の業績は、現在の生物物理、分子生物学を学ぶものであれば見たことがあるものが大半だ。タバコモザイクウイルスの美しい形や、遺伝現象のど真ん中にあるDNAとタンパクの複合体こそは、彼の生み出した素晴らしい成果の例である。生命現象の真ん中にある遺伝関連についての研究で1982年にノーベル賞を受賞している。西村先生は、とっくに名をなされた当時も、毎年のようにトップジャーナルに論文を出されており、日本の分子生物学が誇る輝けるスターサイエンティストだった。*3

行ってみてまずびっくりしたのは、僕以外はラボを持っているPIしか来ていなかったということ。日本の研究環境やグラントのあり方を幅広に議論するという場であったのだけれど、結局お金が欲しい人がただ集まっているという感じだった。こんな本物の一流に生で触れることが出来る機会なんて、そんなにないのに、どうして?という感じだった。いくらなんでもこの数時間ぐらい、あける自由はあるだろうに。

最初にその5-6人のゲストスピーカーの間でのパネルディスカッションが行われ、そのあと質疑応答の時間になった。何人かの年寄り達が質問したあとで、僕はかねてからの主張というか問題意識をぶつけようと思って、手を挙げた。

すると、他の人は好きに質問してきたのに、ちょっとした動揺があって、僕だけ、

「ま、まず、所属とお名前を、、、」

と言われた。みんなちゃんとジャケットを着ているような人が集まっている中、よれて、ちょっと色あせた、今ならおしゃれだが、当時としてはただきたないだけの赤いトレーナーを着ている。しかもいかにも、異様に若いのが来ているということがあって、発作的にそういう反応になったようだ。

それで、僕が大学と所属、つまり学科とラボ名を言うと、その場のチェアーも、上述の西村先生も、なんだ、自分たちの後輩、しかもあいつの弟子か、と分かったらしく、発言を許され、マイクを渡された(この辺り自体が非常に日本的で、これだけでエントリが1-2本書けるぐらいだ)。チェアーだった某先生は、僕のいた学科の教授を退任後、当時大阪の方にこれも通産の肝いりで出来たばかりの研究所の初代所長をされていた。西村先生に至っては僕のラボの大先輩だった。なんというか、やんちゃな後輩だが、好きに言わせてやれという感じだった。

で、そこで僕が言ったのは、次のような話。

「僕はかねがね日本の大学院制度というのは、奴隷制度だと思っていまして、、、結局、教授の言いなり、すくなくとも教授に気に入られないと学位をもらえない、あるいは学位をもらうまでは “欲しがりません、勝つまでは” 的にただただひたすら働くという制度になっていると思っています。」

ここで場に異様などよめきが走り、皆さん僕を注視。ちなみに、これが英語圏の先生も含めて、同時通訳で一語一句伝えられている。つまりslavery systemという極めて英語ではひどい響きの言葉になって伝わっていた(苦笑)。続けて、

「生活費も家にお金があれば別ですが、普通は自力で稼がないといけないし、かといっても、そんなに働く時間もなく、山のように奨学金という名の借金を背負わされる。学振*4も容易にはもらえない(当時)。すくなくとも僕のいるところのように殆どが博士課程に進む*5たった20数名の学科の学生でも、マスターではもらうことはまずできないし、大変な借金を背負って、たった一人の人のもとで尽くしきらないといけないようになっているからです。」

大学院入学後、当時、もうすでにアメリカでは、学費はおろか生活費すらだしてもらって学位取得に励むのが当然であることを僕は知っていた。またローテーションシステムがあるので、いきなりどこかのラボにコミットする必要がないこともその頃すでに知っていた。インターネットがあれば学部生の時代でも分かったと思うのだが、それはその頃は無理だった。

「このような状況を打破するには、我々学生に直接お金を出して頂けるような仕組みがぜひ必要であり、そのために、いまラボを持たないともらうことの出来ないこのHFSPを、ぜひ学生のためにも直接出せるように検討して頂けないでしょうか」「大学に財源がないことは明らかなので」*6

確か、そう言った。当時の(現在も)私の信念として、科学は日本が先進国であり続けるためのお飾りではないはずであり、であるとすると、これはかなり大切な問題だと思って口に出したのだった。


場が騒然となり、西村先生までが

「a, a, a, atakaくんと言ったかね。君の先生はそう言う感じとはほど遠い人だと思うが、、、」

「もちろんうちの先生が、どうこうという話ではありません。例外的に非常に楽しくやらせて頂いています。ただ、システムとしてそういう閉塞感があると言うことで、、、」

という感じで色々大騒ぎになった。

十分か十五分これだけで議論が続き、時間切れということで、議長の幕引きにより、そのセッションは終わった。まあ、僕としては、こういう問題意識を持つ学生がいることを重鎮達に伝えることが出来れば、それでとりあえず変化は起こせなくとも、楔は打てたのではないかと思って、とりあえず、自分なりの(気分としては学生代表の)ミッションを果たして(誰に頼まれたんだ?笑)、その場は終えた。


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この話には、実はまだ続きがある。

このオープンシンポジウムのあと、近くのホテルオークラの一番上のバーで貸し切りのパーティがあったのだが、さっきの場に来ていた人は自由に行ってよいことになっていたので、おなかもすいていたし、財布はいつもさみしいので行った。(40になった今、当時の清貧が懐かしい。)

するとAaron Klugとかフランスから来ていた偉い学者さんだとか、蛋白研の先生とか色々僕のところにやってきてくれて、「君、こんなこと言って、ラボに帰って大丈夫なのかね」と心配してくれる先生までいた。

「たぶんうちの先生は、(アメリカで正教授をやっていた時代と比べて)いつも日本の教育、研究システムについてかなり問題があると言っているので、むしろ笑って、許してくれると思います」

僕はそう答えていた*7。怖いもの知らずのバカではあるものの、こういうバカがいないと何も起きないというのも事実であり、そのバカであれば喜んでなろうというのが、僕の当時の立場だった。

そうこうしているうちに、今度は鮮やかな緑のジャケットを着て、ものすごーくおしゃれな感じの外人がやってきた。名刺にはAmbassador of Franceと名刺にある。科学担当の、(かなり偉い)外交官らしい。

「日本にこんなことをいう学生がいることを知って驚いた。是非話がしたい」

そう言うことだった。「もちろん、喜んで!」そう言ってかなりひとしきり盛り上がって、一度大使館に遊びにこい、そういって別れた。この番号に電話してくれれば、大丈夫だから。そう言われたが、結局、私の多忙と怠慢のために大使館にいくことは能わなかったが、楽しい思い出である。

で、彼と話をした中で特に印象深いのは次の話。

「我々の国では、Joy of Life (生きる喜び)を何よりも大切にし、それがすべての価値の基準になっている。それを僕らはjoie de vivreと言うのだが、それがこの日本に来てからこの国には全くないのではないかと、僕はいぶかしく思ってきた。」「街を歩いている人も、電車の中の人も、生気がなく、何かを楽しんでいるようには到底見えない」「それはどうなんだ、ホントのことを教えてくれ」

というのが、彼の話だった。

それは今も問われている、そんな気がするのは僕だけではあるまい。そしてそれ以来、僕はJoy of Lifeを生きる信条の一つとしている。



関連エントリ

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ps. これまで、沢山頂いたみなさまの声に少しでもお応えできればと思い、一冊の本をまとめました。(2010.11.24発売予定)知的生産に本格的にご興味のある方は、どうぞ!

内容については、次のエントリをご覧頂ければと思います。

*1:確か1991年だったのではないかと朧げに記憶する

*2:註:私の記憶

*3:ところで、日本ではこういう過去の偉大な科学者達の系譜であるとか、ヒストリーに対してたいして敬意を払わない傾向がとても強いが、これはどうしてなのだろう?そもそも教科書の作りもレクチャーの仕方自体もおどろくほど違う。人の取り組みの歴史として習うアメリカと、単なる知識の集合体として習う日本。

*4:日本学術振興会の特別研究員

*5:これは当時の日本としては実に例外的なプログラム

*6:渡米して知ったが、アメリカでは大学院生が何らかの財団から研究費をもらっていることはザラにある。これはある種のCVに残る実績になることもあり、結構みんなせっせと申請している。問題は市民権、永住権のいずれかを持たないと応募できないのがほとんどであること。

*7:実際どこからもお咎めはなかった。笑

From CT to DC (4) : アナポリス

(3)よりつづく

緑青色の屋根、窓枠に彩られた白亜の建物たちの向こう、フットボールフィールドが広がっている。それを取り囲むフェンスの周りに、十七、八ぐらいの女の子達が何人か、その中で練習に励む若者達を見守っている。若者達の年の頃は二十歳前後。楕円形のボールを投げる度に、鍛えぬかれた身体がしなっている。普通の若者より一回りは大きな身体。華奢な日本人の若者より二周りは大きい。全身から生気と覇気を発する彼らはまぶしい。こんながたいが良く、背筋の通った連中と戦っても勝てない、そんなことが頭をよぎる。

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Annapolis(アナポリス)には米海軍士官学校がある。将来のアメリカの国防の中枢を担う若者が集い、完全な寮生活の中で、朝六時から夕方八時までの訓練を受けている。ここはWestpoint(米陸軍士官学校)と共に、アメリカで最も「厳しい」高等教育機関である。頭脳明晰だというだけでここに入学を許可されることはない。強いリーダーシップ、頑健な肉体、健やかな精神、明快な判断力、それらのすべてが伴って初めて、入学の検討ラインに立つことが出来る。真のエリートとしての要件をここでは求められる。

門を入ったときから、空気が違う。実に清涼な、すがすがしい、気持ちの良い空気がそこには広がっている。所々歩いている学生達は、いずれも背筋が伸び、笑顔が美しく、自信と自律をまとっている。不思議と惹きつけられ、辿り着いたここには、まるで三島由紀夫が望んだような力強い世界が広がっていた。人だけではない。建物も、白亜と緑青色で統一され、一つ一つがとても美しく、毅然としている。そこには、覇気とdisciplineが満ちている。知らず心が洗われる。


Contax T2, 38m Sonnar F2.8 @United States Naval Academy, Annapolis


もう二年以上、日本を見ていない。

最後に訪れたとき、渋谷で見た若者達を思い浮かべる。アメリカに来る度に、この国の女の子からskinny*1と陰で言われている日本の若者達。紙は金髪かもしれないが、目が淀み、動物のようなぎすぎすした顔をした若者達。背だけはそこそこだが、二周りも小さな身体をした若者達。つまらぬ試験での一点だけを競い、関われば関わるほど、それら以外の価値の意味を見失っていっている、そしてそのことに気付いていない若者達。いずれは社会を担わなければならないという気持ちなどどこにもなく、何の保証もないのに、大学に入れば入ったで、あたかも将来が保証されたのかのごとく、ただ遊びほうけている日本の若者達。自分の立つところは何か、徹底的に悩むこともなく、かといって快楽におぼれるわけでもなく、恋愛に命を懸けることもなければ、夢もない若者達。

このアナポリスの若者を見れば見るほど、彼らが脳裏に浮かんでは消えていく。


僕が大学生の頃、社会はバブルだった。タカビー、インビー、ゾンビーなどといわれる、金と、中身のない"ステイタス"ばかりに目がくらみ、男たちを、足や、財布として平然と使い、ブランド品に身を包んでいた女達。そういう女達を何とかものにしようと、やっきにその価値の世界において、「力」を身につけようとしていた男達。地上げをしながら、いくらでも金を借りてきては他の土地を転がしているおっさん達、そして「財テク」というなの中身のない(=バブル)投資をし続けた会社達。世の中はそんな阿呆な連中に飲み込まれていた。いずれバブルがはじけたとき、その女達の価値観とスタイルは下におり(彼女たちは今一体どうなっているのだろうか?)、高校生、中学生に移っていった。コギャルの始まりである。貢がせる男などいるわけなどない彼らは、かつてのバブルで遊び損ねたその上の層のオヤジ達にまつわり、世界に名だたる援助交際という名の巨大ブラック・マーケットを作り上げた。狂気を失った男達は、裸の王様である。

この間、久しぶりに『落日燃ゆ』を読む。どれほどABCD包囲網などで追い込まれたにせよ、大東亜戦争、そして太平洋戦争中、どうして軍部、そして日本国があそこまで暴走してしまったのか、以前読んだときと同じく、やはり再び解せなかったのだが、今こうやってアナポリスの風景を見ているうちに、バブルの時、社会そのものが果たした役割が戦時中と全く同じであることに思い当たる。日本の社会には、自己規制能力がない。自己倫理というものが存在しない。口では悪いと言いながら、平然とその同じ構成員が、その問題に加担する。エリートといわれた官僚がそうだった。銀行がそうだった。日本の産業構造の頂点に立っていたはずの興銀も、長銀も事実上破綻した(自力更正が出来ないというのはまさにそういうことである)。そして国民の多くが狂騒した。そういう意味で、バブルは、日本にとっての三度目の世界大戦だったのかもしれない。巨額の負債を残したところも似ている。一度更地にもどして、すべてを整理し、考え直すべき時が来ているのかもしれない。


心に太陽を持て
唇に歌を持て
他人のために言葉を持て


そんな、戦前の小学校教科書にのっていたというラテン語の詩が、ふと心に思い浮かぶ。


(April 2001)

(5)へ続く
kaz-ataka.hatenablog.com

本連載をはじめからご覧頂きたい人は以下から御覧頂ければと
kaz-ataka.hatenablog.com

*1:(直訳)骨が見えそうなほどやせている。様々な女の子に聞き続けた結果、これは男ではない、といっているに等しい言葉とのこと。

この国はどのような人間を育てようとしているのか?


Contax T2, 38mm Sonnar F2.8 @Greenwich, CT


昨日とても考えさせられるディナーがあった。

友人の一人が、Yale College*1を卒業後、New York Cityのある有名な投資グループで働いているのだが*2、ここのところ、日本での事業の立ち上げで東京と往復する生活をしている。

また何ヶ月ぶりかで日本に1−2週間かいるというので、ほかのYale関連の日本の知り合いも含めて集まって、飲んだ。僕が先週ずっと風邪を引いていて病み上がりだったということもあり、西麻布辺りでおでんを食べた。

とある顕著な構造不況にある業種の友人もいたので、その辺の不況話もしたのだが、そのニューヨークからの彼とした話で最も心に残ったのは、日本からのYale College applicant(応募生)の質の低さの話だった。

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アメリカで名のある大学は、書類、エッセイや試験の結果、成績、推薦状だけで人をとるなどということはしない。必ず人を通し、人柄、人としての将来的なポテンシャル、人間としてのマチュリティ、志、夢、希望、展望などを総合的に判断する。長らく大統領、Senatorなど社会のリーダー層のかなりを生み出してきた、Yale, Harvardの二校*3、とりわけ、自分たちに課している要求とその果たすべき役割への意識がクリアで、将来の世界のリーダーを養成することを明確な目標としている。

たとえば、昨年President Levin(現Yale総長)から我々卒業生たちにきたメールにはこうある。

The mission of Yale College is to seek exceptionally promising students of all backgrounds from across the nation and around the world and to educate them, through mental discipline and social experience, to develop their intellectual, moral, civic and creative capacities. The aim of this education is the cultivation of citizens with a rich awareness of our heritage to lead and serve in every sphere of human activity. . .

(Yale Collegeのミッションは、突出して将来のポテンシャルの高い学生たちを、アメリカ全土、そして世界の隅々のすべてのバックグラウンドの中から「探し出し」、精神的な鍛錬と、人の交わりの中の経験を通じ「教育し」*4、知的な、倫理的な、社会に生きる市民としての、そして創造的なキャパシティを「育成する」ことにある。この教育の狙いは、人類の行うあらゆる広がりの活動をリードし、それらの活動に仕えるための、我々の受け継いできたものに対する豊かな見識を持つ市民を養成することである。、、、)

若干余談になるが、Yaleのundergraduateたちで、これに違和感を感じる学生は恐らくいないだろう。日々の教育現場での取り組み、また随時仕込まれるおおきなイニシアチブ、結果としての卒業生たちの活躍などを継続的に、目撃し、体験しているからだ。たしかにそういうinstitution(教育機関)だという理解で、たしかにそういうところだから、やってきたという学生がすべてだと思う。はったりでもなんでもなく、真顔でLevin総長は語っている。

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三億人を超す人口の国で、1割ほどのinternational studentを入れてもわずか1300人の学生(日本の人口規模であれば500人程度の大学*5)しか採れないということもあり、その選考はかなり厳しい。当然かなりmatureな人格、自分の足で考える力、バランスのとれた判断力、自分なりの考えの上での判断が期待される。

で、応募者のうち、ある程度以上に見込みのあるものについては、インタビューになるわけだが、数が数なので、これは信頼でき、まともな卒業生が初期段階を行っていることがそれなりにある。そのニューヨークからの友人はまさにそれをこの所、一部やっているのだ。

で、彼曰く、日本の応募者のクオリティが、もう考えられないほど低いというのだ。そもそも、世界でも指折りの倍率の中から、わざわざ大学が採る必然性を感じなければならない場にあって、自分が何をどう漠然としてでも目指したいのか、だから、その中でYaleがどう位置づけられているのか、なぜ、あえてそのようなcompetitiveで、世界中から優秀な人間が集まる大学に行かないといけないと思うのか、そのぐらいは、本当に行きたいと思っているのであればすらすら答えられないといけない。だが、彼がいままでやってみたところ、例外なく、どれほど助け舟を出してもできない、と言う。単に英語の問題ではない。International schoolや、American schoolの学生でもそうだというのだから。

箸にも棒にもかからないという人間ではないということぐらいは、書類で見ているはずなので、単なるIQの問題ではないだろう。人間としての自立性、自分で考える能力、マインドセットの問題なのだ。付け焼き刃であれば、ちょっとたたけばすぐに分かる。これは僕もこれまで、かなりの数の大学生、院生の採用インタビューをしてきたのでよくわかる*6。そして彼が指摘する問題は、その学卒以上のレイヤでも僕もいやになるほど見てきたので実に共感できるのだ。今回の新しいのは、それが大学以前にも根ざした問題だということにある。

インターだとかアメリカンスクールの学生が主のようだと聞いて、僕はある種、絶望的な気分を感じている。後々の、実際の人生で求められるリーダシップや決断力、判断力の視点から見れば、明らかにどうでもよい1点や5点の差だけが意味のある普通の日本の教育を受けてきて、こうだというのであれば多少わからないでもないのだが、そうではない。これは日本人の心性がこのような子供たちを育てているということを示しているのかもしれないと思うのだ。

僕の前の職場のプロフェッショナルファームでは、どちらかというと中学、高校ではドロップアウト的に、ある種自分なりの自我を持って好きに生きてきた人間が、実に多かった(実は僕もそうだった。笑)。自立的に判断できてものを考え、実際に行動してきた人間(要は「大人」)が欲しいと思うと、ついそういうタイプの人の濃度が上がったりしたのだと思う。

この社会そのものが、全体としてそのような自立性、maturityを認めない、育てようとしない、ということが癖として、あるいは習慣としてあるのだとすれば、これは大きなハンデキャップとなる。

現実には、そのようなグローバル大学は、世界の各地で才能の発掘にあたり、グローバルな企業も同じように発掘にあたる。そのときに求めるものは当然、人として自立しており、知的にも自立していることが何よりの基本だ。「頭が良くなること」に対してfanaticな執着を持つ多くの日本人には申し訳ないが、ちょっと普通より頭が良いというのは、これはある種コモディティで、それほどたいしたことはない。IQなど単なる偏差の問題なので、賢いだけの人間などいくらでもいるのだ。むしろ独創的な発想を、自分の感性なり、経験、考え方から生み出し、それを多くの場合、鍵となる周りの人を巻き込みつつ、実際の形にできるかどうかが本当の意味での才能だ。自分が人を採る立場になればあまりにも自明のことだが、そういうものが、上に述べた基本としての人間性に加わって初めて、これは際立って面白いやつだ、未来のあるやつだ、ということになる。

どうもこの国は、かなり本質的な体質変化が必要なのではないだろうか。なかなか頭の痛い問題である。私の勘違いであればよいのだが、、、。

また、これが本当であるとすれば、国家機密的に隠したい問題でもある。このようなグローバルな世界では、上の事例のようなことがあるので、リーダー層から瞬く間に本当のことが広がっていくのが常であるのだが、その広がり以上のスピードで対応するのは恐らく無理。すくなくとも実際にこれが悪さをおおっぴらにし始める前に(実は、私の周りではもう悪影響が出始めている)、なんとかしたいものだ。

皆さんどう思われますか?


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*1:Yaleのundergraduateのこと。Harvardもそうだが、Ivy schoolを筆頭に、多くのアメリカの大学は、学部教育のことをcollegeと呼び、その部分のみのDean [校長] をmedical school、law schoolなどと同様に置いている。

*2:日経新聞を読んでいる人であれば日本人でもだいたい分かるようなところ

*3:たとえば1989-2009までの大統領はすべてYale出身

*4:原則として、Ivy schoolはOxbridgeに習い、いずれも全寮制である

*5:少子化効果、外人比率を考慮していないのでかなり過大評価した値。実際には20歳前後で4倍以上の人口があるので、そこも補正すれば日本にあれば定員300人ほどの大学ということになるだろう。

*6:10年以上にわたり、これまで会ってきた数は、1000人は下らないのではと思う

アメリカのPh.D.はどこに行くのか


Nikon F2, 50mm Planar F1.4 @Tokyo

これはmasa346さんのご質問に対するエントリです。

アメリカではPh.D.の人の未来はかなり自由です。エンジニアリングスクールであればマスター出は結構いますが、純粋サイエンスでは、修士課程がないので、まあ、日本とはちょっと違うフレーバーですが、大学院卒として待ちに待った感じで、フレッシュに世に出て行きます。(もちろんさっさと見切りを付けて、マスター出、学卒として世に出る人、別の専門の学校に入り直す人もそれなりにいます。)

ポスドクを始めるのがそれなりに当然います。が、結局、そのうちファカルティポジションを取って残るのは、トッププログラムでも半分いるかな、ぐらいかなと思います。まあ、そこでの海外からのポスドク組も含めたcompetitionで、世界に冠たるアメリカの科学の質が保たれている訳です。

ポスドクでの研究テーマは、独り立ちするときのテーマそのものになることが普通なので*1、そのときのテーマを見越した新たな弟子入り先は、dissertation workを始めた頃から考え始めている人が多いです。ポジション探し、売り込みは、ポスターで発表するようなことが出てきたらすぐに始まります。発表の場でも売り込むし、そうでなくてもコネがあろうが、なかろうがどんどん行くのが普通です。そんなに躊躇しない。ちょっとやり取りして、実績も含めまともそうであれば、よほどの大御所じゃない限り、会うぐらいはそれほど困難ではないと思います。また大きなプログラムであれば、なんやかやで、つながりのあるファカルティは、普通は探せば周りにいるものです。

一つ明らかにいえるのは、彼らはもっと伸びやかに考えているということです。

アカデミア*2を出ようと考える人間もそれなりにいます。というか、それを考えるのはかなり普通です。多彩な才能がある人であるほど、サイエンスで一生やっていくかどうかと、それ以外のオポチュニティをあるところまで、天秤にかけていると思います。何らかの専門性を持って、それをベースに自分なりのユニークな価値を生み出そうと思うという訳です。人に習うというより、自分でキャリア設計していると言った方が良いでしょう。むしろ最大の財産の一つである「若さ」「時間」の巨大な投資をするので、学生のうちから色々考えていると言った方が良いかもしれません。

トップスクールであれば、私のいたようなプロフェッショナルファームに行く人間もたまにいます。例えば私のいたのは、かなり名の通ったファームだったので、行けることであれば行きたいと思っている人はそれなりにいました。私は、例外的にそのようなバックグラウンドを持っていた学生だったので、undergraduateだけでなく、まわりのPh.D.学生から随分相談を受けました。で、インタビューを受ける人はそれなりにいるのですが、ほとんど実際には通らないので、行く人もいる、という感じです。

また、そこから更にメディカルスクール、ロースクール、あるいはビジネススクールに行く人間もいます。多くの大きな大学では、joint-degree program (MBA-Ph.D., J.D.-Ph.D.など)も盛んです。私の10人の同級生の一人も、Ph.D.をとったあと、medical scientistになるためにmedical schoolに行きました*3。サイエンスの専門性をもったpatent lawyerなどは、うまくやると、かなり花形かつ儲かる仕事なので(本質的に賢いこと、対人折衝がうまいことが前提)、そのような道を歩む人もいます。

Ph.D.の経験、知恵、ネットワークをめいいっぱい、テコとして使って、IntelYahoo!、最近であればGoogleの創業者たちのように、自分で何かを始める人間もそれなりにいます*4CaltechでのPh.D. studentのうちに、Harvard Business Schoolのビジネスアイデアコンテストのようなものに応募して入賞した友人もいます。当然そうなれば、事業開始のファンディングにはとりあえず困りません。

若干低めのリスクで、人にとりあえずは雇われようと思ったとしても、Ph.D.が求められるポジションというのは、専門にもよりますが、普通はそれなりにあるので、まあちゃんとした学校の出身で、それなりの人柄であれば、何とかなるという感じだと思います。また、アメリカでは「天は自らを助くるものを助く」というのが、すべての基本にあるので、募集をしてようがしていなかろうが、やりたいことがあれば、自分はどういう人間か、何をしたいのか、どうして自分を採ることが意味があるのかなど、自分を売り込みにいきます。必要があれば、周りの人だとか良く知っている教授などに推薦してもらう。これはこれで立派なことです。

大学であれば、プログラムディレクターであるとか、私立学校や、しかるべき政府のポジションというのもあるでしょう。

より詳しいイメージを持ちたければ、米国のjob searchサイトをご覧になってはいかがでしょうか。たとえば、http://www.careerbuilder.com/

Ph.D.と入れて、ちょっと叩けば、

Dean of the Division of Social Sciences (これなどは典型的なPh.D.が必要なポジション、、、大学のマネジメントというのは一つのキャリアパスです。)
Job type: Full-Time Employee
...Counseling, Sociology, Psychology and Public Administration. In addition, the City University of New York Ph.D. programs in ...

Program manager- semiconductor -Ph.D.
Job type: Full-Time Employee | Pay: $125k/year
...learn from pears. Write Proposals, and / or teaks for R&D of aspects of solar cell development. Design and man experiments...

Bioanalysis Research Investigator (Ph.D) 、、、典型的なライフサイエンス業界の研究職(こういうのが大企業、ベンチャー共々ものすごい量である)
Job type: Full-Time Employee
...Biomedical Research (NIBR) is looking for a highly qualified Ph.D. level scientist with emphasis in the area of analytical......
Novartis Institutes for BioMedical Research MA - Cambridge

こんな感じで、確かにPh.D.がないと回らなそうなポスティングが、実に多様にあります(みなさんも興味があればどんどん日本から応募すれば良いと思います)。LinkedInなどに入ればもっともっと無数にあります。もちろん、大学院に行く段階で、どんな分野で学位を取ると最悪どんな仕事に就けそうか、ということぐらいはみんな周りの人に聞いたり、こうやって調べたりして当たりをつけています。Phoneticsみたいな変わった専門を選ばない限りは、それなりの仕事があるのではないでしょうか。(それでも英語学校ぐらいは開けそう。)

(こんなネット時代なので、皆さんですぐに調べられることも多く、エントリを立てるのもどうかとちょっと思ったのですが、何だか、議論が閉塞しているようなので、ちょっと書いておきたいと思います。)

そういう意味では日本の博士課程の学生に欠けているのは、単に求人ポスティングというより、むしろ、健全な想像力、なのかもしれませんね。


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*1:学位は手堅く取り、ここで新しい技の取得やテーマに取り組む人も多い

*2:academia: ブクマを見ていると、この言葉を使う人をうさん臭いと考える人がいるみたいですが、意味、ニュアンスともに適切な言葉は日本語にないと思います。

*3:なお、一応MD/Ph.D. programという、国から特別なファンドが出ている、特エリートプログラムがアメリカにはあるのですが(いっさい学費がかからず、両方の学位を7−8年で取るプログラム)、これは全米で数百人程度の異常にセレクティブなプログラムで、神がかった成績と、優れた人格、これまでのとんがった実績がないとまず通りません。

*4:例に挙げたのは特別な成功例ですが、そうじゃないが何か始める人も普通にいます。