Roger Tsienと今回のGFPのはなし


Leica M7, 50mm Summilux F1.4, PN400N @Caltech


GFP、クラゲの蛍光タンパク、なんでそんなものでノーベル賞、なんて思っている人は多いだろうなと思う。


でちょっとだけ。ちなみに今日は熱が出て早引け(といっても会社を出たのは五時過ぎ、、、)。お昼に医者で診てもらってもらった薬を飲んだら少しだけ良くなったので。


最近は経営の世界でもはやり言葉だけれども、サイエンスの世界ではなんでも可視化するというのはかなりの決まり手だ。目で見えるとどんなことでも「分かった」気がする。


例えば、ちょっと前 (2004) にニューロサイエンス関連でノーベル賞をもらったコロンビアのAxel、彼は匂いのリセプターと「思われる」タンパクを一網打尽的に「クローンして」(要はその遺伝子を単離して配列を決定すること)その功績でもらった*1


それで、そのAxelのリセプターを使って行われた最も記憶に残る研究の一つは、ある一つの種類のリセプターをもつ神経細胞を染め上げるというもの*2。その結果、ずっと良く分かんなかった、「匂い」って脳にとってどういう情報?というのが急にクリアに分かるようになった。(このScienceの表紙にまでなった有名な写真が見つけられないのでリンク張れません,ごめんなさい.かなり美しいです。)


この結果分かったのはこんなこと。、、、おんなじレセプターを持つ神経は全部、なぜだか良く分かんない理由で、脳の特定の場所に伸びてつながっている。違うリセプターはまた違うところに。結果、脳の匂いの神経がつながっている場所(olfactory bulb、通称bulbと呼ばれる場所)の興奮パタンこそが、我々が「匂い」とか「香り」と思われている情報の基礎骨格だと言うことが分かった。


すなわち脳の中のデジタル画像的な二次元の興奮パタンが「香り」「匂い」の基本情報だということをこの上もなく明確に示した(多少語弊があるが省く)。大体1000種類ぐらいその種類が(マウスの場合)あるので、千ピクセルの白黒(本当はデジタルではないので少なくとも5段階の1000乗ぐらいのパタンがあるはず)パタンのようなものをイメージしてもらえればいい。


実はこの辺のことはものすごーく達人の技で森憲作先生(http://morilab.m.u-tokyo.ac.jp/)がアメリカにいた頃、徹底的に生理学的な手法(要は膜電位のレコーディング)で調べて証明していたのだけれど、この論文を見るまで多くの人は良く分からなかった。こんなことはいくらでもある。

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で、今回の話。(前振りが長くてごめんなさい)


いくら遺伝子工学だとか、細胞工学的な手法が進歩したといえども、結局、上みたいな話で、あるタンパクの位置だとか、ある細胞を染め上げないと何がなんだか分からないことが多い。で、それをタンパクだとか、細胞レベルで指定して染め上げようとすると、どうしてもDNAから何か光学的な信号を送り込みたいということになることが多い。うまいこと特定のタンパクにのみ効果的かつ選択的にくっつく抗体を作る方法もあるけれど、なかなか大変。またタンパクが細胞の中にあると多少打ち手はあるけれど、もう殆どどうしようもないことが多い。


では光の信号につながるタンパク、となると、正直殆どない*3。光を出すのはルシフェラーゼという蛍の例の発光を導くものがあるが、これは弱いし、かなりのエネルギー源が必要。従って、光の強さは何を意味しているのかかなり理解が困難。では他から光を与えると、別の波長で光ったように見えるもの(これが蛍光)では、となると初めて応用されて,未だに最も使われているのがGFP


正直今でもこれの変異体とか友達しかほとんど使い物になっているものはない。最近といっても10年ほど前、類縁のタンパクはないかと、分類的にはクラゲの友達であるサンゴでがさがさ調べていると赤とかいろんな色のものが見つかったけれど、それもGFPがあったから。黄色のものはYFP(Yellow Fluorescent Protein)なんていわれているけれど、あくまでGFPのミュータント。


これが思いつく限りの応用を生んで、あるタンパクの細胞内の所在から、ある細胞の染め分け、あるタンパクがある細胞のマップに至るまで広範に使われ、ついにほぼ一般化したというのが、この度の受賞のかいつまんだ理由。

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ちなみに、「蛍光」って何?と聞かれると殆どの人は良く答えられないかもしれないけれど、同じ波長の光を跳ね返す反射と異なって、光を吸収するとより長い波長をある物質が発する時、それは「蛍光」と言われる。(波長とエネルギー量は逆関係にあるので、よりエネルギーの弱い光として出すということ。)GFPの場合は、青い光を吸収して緑を出す。


こんな感じできれいな写真を撮っているのをよく見るかもしれないけれど、これは青い光を通らないフィルターを使って、緑の光だけを撮っているからこんな風に見える。フィルターなしでは真っ青。何色もある写真、例えばこれは、何度も異なるフィルターで撮った写真を重ね合わせたもの。(同時にこう見えることはない!)

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めちゃめちゃにミュータントを作り出して、その上、応用事例を大量に生んだRoger Tsien(今回の共同受賞者)のホームページにある通り、このGFPというタンパクは、本当に美しい形をしている。しかもとてもコンパクト。この「筒」の真ん中にある色素の固まりのところが、形態(化学構造)の非常に面白いシフトがありつつ蛍光を生んでいることが分かっている。β-barrelと言われるこの筒に守られているおかげで、この蛍光は非常に安定でもある。僕はちなみにこの非常に面白いタンパクを、神経にとって根源的なあるタンパクにくっつけて、蛍光のレベルをミリ秒レベルのタンパクの動きに連動させるという研究をやっていたのでとっても思い入れがある。


Rogerのような人が生まれなければ、この賞はなかったけれど、下村先生のように、死にものぐるいで何トンものクラゲからタンパクをついでに単離した奇人?や、そのタンパクのDNAをつないで実際に大腸菌で発光させるという歴史的一歩を踏み出したChalfieの熱狂がなければ、その物語も生まれなかった。


人生七転び八起き。何がどう広がって展開するのかなんて、全て読もうなんて思わない方がいい。それよりも興味があるものを突き進め、それが今回の発表からの僕のtake away。


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*1:なんで「思われる」で貰えたかというと、後々、まあそれがリセプターだと思わざるを得ない結果が次から次へとでたから。それと匂いなんて言う味と並んで殆ど手のつけようもない感じの情報処理のやり方をものすごく手堅い方法で研究できる手がかりをつかんだことが大きい。

で、そのクローニング、つまり匂い(嗅覚/olfactory)リセプターの同定は本当に驚くほどうまいやり方で、その論文がCellというトップジャーナル(科学の世界の専門誌はジャーナル/journalと言われる)に載ったときは衝撃だった。僕は確かまだM1(修士の一年)かなんかで、みんなで随分興奮して読んだのを良く覚えている。そのロジックとか説明しても良いけれど、まあここでは割愛。

ただ,単に情報の脳内での現れ方ということであれば、聴覚に関するCaltech [上の写真はたまたまそう] にいるMark Konishi先生の仕事の方が遥かに美しく感動的だ。

*2:実験したのは、ながらくRockefeller(大学)にいたPeter Mombaerts(今調べてみるとMax Planckに移った様子)という達人的な実験スキルを持つ人(実は僕はもう少しでYaleではなくて彼のところで学生をやるところだった)。Peterは利根川先生の弟子で、そのあとAxel研でポスドクをやっている。

*3:上のPeterが匂いのリセプターでやっていたのはある特定の科学物質の色を変えるという酵素タンパク(lac Z)を使う方法