一冊の本をまとめました、、『シン・ニホン』

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2015年春ごろから、急に国の仕事に巻き込まれるようになった。現在、大学と会社*1の仕事が表向きメインではあるが、データサイエンティスト(DS)協会のスキル定義委員会、理事会らの活動に加え、かれこれ10ほどの公的なロールがある。毎週のように講演や取材対応もある*2。その記事確認も結構重い。恥ずかしながら、実は今もいくつも溜まっている。

国関連では、その時折で重い仕事があるが、今は高等教育を受ける人全部にデータ×AIリテラシーを、という話をインプリするための仕事が特に重い*3

こんな生活なのであなたは何が本職なのかと聞かれることも多いが、本職というのはどういう意味なのだろうか、というのが僕がいつも思っていることだ。

僕的には、2018年の年末にその年の対外的な活動を総括したブログエントリで書いたとおり、

  1. 未来に賭けられる国にするということ
  2. 未来を生み出す人材を一人でも多く生み出すこと
  3. 今の子供やその次の世代たちが生きるに値する生活空間を生み出すこと

この三つが最大のアスピレーションで、これを

のすべての活動を通じて合わせ技的におこなって、毎日一歩でも前に状況をすすめられるように頑張っている、というのが正直なところだ。

なるべく名目だけの仕事を受けないようにしているので、関わった活動の多くでは何らかのデルタ(変化、差分)を生み出す触媒にはなれてきたように感じている。例を上げれば

などだ。

政府の委員というものになって知ったが、これは別に本業が減るわけではなく、ひたすらadd-onに乗ってくる。しかも審議会の場だけでなく、信頼されればされるほど、その事前事後で相当の時間が取られる。その中で日頃の仕事とは脳を切り分け、主語を国として考える、ということを唐突にやるという仕事だ。もちろん薄謝だ。これを読む若い人の中にもいずれこういう場に呼ばれる人も出てくると思うので参考までにシェアしておこう。

前職のマッキンゼー時代も含めて、相当の大きな組織のマネジメント課題の解決に関わってきたが、国という規模のしかも企業のように上意下達が可能なわけではない「系」(組織というのは適切ではない)において、課題をどのように考え、どのような取り組みが意味があり、どのように埋め込むと意味があるのだろうか、ということを考えるのは中々のチャレンジだ。マネジメントというものをかなり高いメタレベルで考えざるをえない。ここでそれなりのことを言うのも、いわんや変化を生み出すのも並大抵のことではない。しかし呼ばれて、受けてしまった以上、何らかの形で意味のあるバリューを出さざるをえない。特に僕のように、著名な経営者*5でも大成した学者でもない人の場合、場の格に貢献できるわけでもなく、本当に彼らが困っていることに関して意味のある知恵や変化が生み出せると信じて声がけされているのだからなおさらだ。

当たり前のことだが、国といえども、多くの人がご自身の担当の視点でお仕事を依頼される。産業政策、技術育成政策(経産省内閣府)であり、人材育成(文科省内閣府)であり、AI×データ時代における土木事業の革新(国交省)であったりする。

しかし、長年ストラテジスト(参謀)、変革の触媒として仕事をしてきた自分としては、投下できるのがどれほどなけなしの時間と言えども、国全体を系として考え、また外部的、時代的な変化を踏まえ、あるべき姿を考え、そこに向けて意味のあると思われるイニシアチブを、受け手が飲み込めると思う形で切り出し、投げ込むことを心がけてきた。

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そうこうしているうちに、一年半にわたって関わってきた経産省産業構造審議会産構審)新産業構造部会の最後のあたり(新産業構造ビジョンの発表前後)で、ついに人材について投げ込む場を頂き、ちょうど三年前、2017年の2月に投げ込んだ。そのタイトルが、その後、数多くの講演で使うことになる

“シン・ニホン” - AI×データ時代における日本の再生と人材育成 -

だった。この産構審の議論をずっと行ってくる中で、この国がうまく回らなくなっている最大の核心は、(この産構審の表題上のお題であり、関連政策議論の中心であった)産業政策そのものというよりも、政府のどこでも本気で議論されているように見えない

  1. 人材育成と科学およびテクノロジー育成の目指す像が間違っているが、これを小手先のことでかわそうとしていること、しかもその変化がおそすぎること
  2. この国が伸るか反るか、再生するか、沈没するかの歴史的な局面であるにも関わらず、これを実現するためのリソースをとてもじゃないが十分に張れているとは言い難いこと

の2点が真の中核課題であるとほぼ確信するに至った。これを勝ち筋とまるごとセットにして投げ込んだというのがこの場だった。シン・ニホンという言葉を初めて使ったのはその4ヶ月ほど前のTEDxTokyoだったが、この時は単に勝ち筋の基本的な話に過ぎず、そういう意味で本物のシン・ニホンとなったのはこの日だった。この場で話してほしいと前回*6のあとに依頼され、これは大事な場になると久しぶりに本物のアドレナリンが吹き出てきたのを覚えている。講演の準備なども通常数時間取れるかどうかという隙間しかないのだが、このときばかりは週末の土日を全部朝から晩まで投下して、結構な分析を行い、一気に取りまとめて発表した。

それがそれなりの反響を呼び、官邸(内閣府)の教育再生実行会議で投げ込む場をいただき、その前後で大臣、自民党青年局、財務省の高官の方々の前であるとか本当に多くの場でお話をさせていただき今に至る。

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国以外での講演について、なけなしの時間を投下する意味があるかは、基本パブリックマインド的に意味があるのか、ここでお話することが未来につながるのだろうかという視点でお受けするかを判断している。そこにいる人が未来を変えうる人たちなのか、そこでの投げ込みが未来を変えうるのか、という視点だ。したがって、特定の企業の内部向けのイベントは特殊な理由がない限り概ねお断りし、相手が中高生であるとか大学生であるとかという時にはお受けすることが多い。大人が相手でも、お子さんを持たれている人が多いイベントが多い。

また、省内の勉強会に呼ばれて話をする際には、多くの場合、Q&Aの後半は官僚の方々自身のサバイバルやお子さんの子育ての話になる。また新人官僚研修であれば*7時代の概観と意味合いだけでなく、彼らのサバイバルスキルと人生における目線の話になる。

これらの場にいらっしゃる方々の関心は今の世の中をどう捉える必要があり、そこでどのような取り組みが鍵になるのかということについての全体を見渡した(holisticな)しかし自分と家族の人生に活かしうる全体観だ。プログラミング教育だとかデータサイエンスだとか色んな話が錯綜しているが本当のところ、人は何をやることになるのかであり、そこに向けてどのような仕込みが必要になっていくのか、つまりどのようにサバイブ(survive)していったらいいのか、ということだ。たしかにこれに対してストレートに全体感を持って投げ込まれている話は極めて少ない。それは自分なりに誠実に答えてきた。

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こういった場を通じ、

  • 富の生まれ方が本質的に変わったという話
  • 事業価値の複素数平面化
  • 産業革命のフェーズ論
  • 未来の方程式
  • データ×AI時代におけるリベラルアーツ
  • データの力を解き放つための三つのスキル
  • AI-ready化
  • これから求められる人間の知性の本質
  • 日本にリソースがないのではなく配分の問題であること
  • 科学技術や未来に向けてまともな投資ができているとは言い難いこと
  • 人材育成のモデルが根本から見直しが必要なこと

、、など随分幅広くの議論をこれまで整理してきた。いずれも初めて投げ込んだときは相当にオリジナルな視点であったと自負しているが、もうさすがに空気のようになってしまっただろうと思うことも多く、僕が啓蒙的に行ってきた話を前提に書かれている本も随分とあるので、さすがにこれらを束ねて本にする意味はないだろうと思っていた。

しかし、昨年春、ウェルスナビCEOの柴山さんと猛烈な嵐の日に対談した際に、終わったあと、真顔で、「アタカさん、このシン・ニホン、一冊の本にまとめたほうがいいです、書かないと間に合わなくなります」と言われたときに、なにか大きなボタンが押された。

そこから書くことを決め、ちょうど並行して、「NewsPicksパブリッシングという"希望を灯す"を掲げた全く新しいレーベルを立ち上げる。未来に残すべき言葉をぜひ」となんどもお話を頂いてきた井上慎平編集長*8に連絡をした。これまで様々な出版社からそれなりの数のオファーを頂いてきたことは事実だが、このような清新な、日本の未来を変えるための一撃となることを目指す本をまとめるにあたり、まったく新しい歴史をこれから作るという出版社の志高い新編集長と取り組んでみることが、この本にふさわしいと思ったからだ。また、このような高い志を持ち、大きな航海に出たばかりの井上さんであれば、本そのものについては随分と要求するものが多い自分に逃げずに付き合ってくれると思ったからだ。井上さんの前後の若い世代に響くかどうかの壁打ち相手としてもきっとぴったりだと思ったということもある。

ただ、まだ三十すぎの井上さんの熱意と人柄は素晴らしいのだが、この国と僕にとっての正念場のような本をまとめるには、もう一人、誰か一人強い(高い経験値と見立ての力がある)壁打ち相手が必要だということを確信した。そこで僕に迷いなく浮かんだのが、前Diamond ハーバード・ビジネス・レビュー(DHBR)編集長の岩佐文夫さんだった。岩佐さんにはDHBR編集長時代、行動観察データと比較したビッグ・データの本質、AIの本質とこれから起きる変化、AI時代に求められる知性の本質、という実に重い、執筆当時、誰も正面から答えていないテーマを次々と頂き、どれもがこってりとした実に味わいのある、そして自分にとっても思い出深いアウトプットとしてまとめさせていただいた。これらのテーマのいずれもこの新しく生まれる本にとって大切なお題であり、その意味でも岩佐さんしかこのロールをやって頂ける人は思い浮かばなかった。岩佐さんにご相談したところ、快諾をいただきチームがようやく出来た。

執筆にあたっての苦労は想像以上のものだった。さんざん話してきたテーマなのであっという間にできると思っていたのは間違いだった。事実考証を徹底的に行う必要があったが、それがまずえらく手間がかかる。チャートを見て明らかとしてきたことも論理を通す必要がある。広範なオーディエンスに話してきたものを一つにつなげようとすると流れがうまく通らなくなる、などなどだ。前著『イシューからはじめよ』のように長年貯めてきた知恵をまとめたものではないため、事実確認は正直、数十倍はあったように思う。たった一節や一つの注を書くのに本の読み直しも含めて半日や一日潰れたりすることもザラ。分析のし直しも大変な手間であった。

これを深夜1時ぐらいからとか、週末の隙間*9を夏以降ほとんどすべて投下して何とかまとまったのが年末だった。この期間、人付き合いもほぼ全て断った。登壇も8-9割は断った。一日遅れると、これを起点で起きるはずの日本の未来が一日遅れる、場合によっては柴山さんが言うように間に合わなくなってしまう、そういう気持ちで毎日深夜、なんというか命を削って書いた。*10

こんな時間に書いたテキストで生命力を乗せることは可能なのかとも思ったが、とにかく普通に人が働く時間は埋め尽くされているので、隙間を見て推敲するということを繰り返し行うことでなんとか整えていった。もちろんもっと時間をかければ更に出来た分や、もう一段高められるところはある。フルタイムのコンサルタントであれば一つの分析にあと5~10倍は手間をかけられるだろう。でも自分には残念ながらその時間はない。それをなんというか長年の経験で補うしかない。そんな中で取りまとめたのが本書だ*11。2月20日に正式に発売になった。

ここに書いていることの多くは僕が話してきたことを追われている人には一度は聞かれた内容が多いだろう。それでもおそらく3−4割の内容は全く初見であると思う。僕の講演資料は多く上がっていると思われるかもしれないが、実際には9割以上の講演資料は上がっておらず、その多くが公開資料*12ではカバーされていないからだ。これを通してみるという読み方でも良いと思うし、通常の講演ではほとんど一瞬で話をしてちゃんと説明していない内容もなるべくしっかりとお伝えしたのでそこを読み込んで頂くというのでもいいと思う。

店頭で見かけたらよかったら手にとって見ていただけたらうれしい。この本が僕らの未来にとって意味のある一撃となることを心から願っています。


*1:慶應SFCでの教授職とヤフーでのCSO

*2:キャパが少ないため、僕らの未来に向けて意味があると思わない限りお受けしないようにしている

*3:内閣府 数理・データサイエンス・AI教育プログラム認定制度検討会 副座長および文部科学省 数理・データサイエンス教育モデルカリキュラムの全国展開に関する特別委員会 委員、、、2015春に訴えたことがそのまま降り掛かってきているという。orz

*4:当時NEC CTO

*5:典型的には大きな会社の創業者や社長/会長

*6:第12回新産業構造部会

*7:実は二度経産省で行った

*8:井上さんの編集後記をご参照 note.com

*9:上記のような20ほどのロールをこなす生活なので、週末も残念ながら相当の仕事やコミットしている活動がある

*10:この延長でこれまでほとんど中身を公開したことのない、僕が未来に向けて取り組んでいる活動についてもエピローグ的に書いた。まもなく法人として登録する予定だ。

*11:この過程の多くはプロデユーサーとして関わっていただいた岩佐さんのブログ に掲載されているので良かったらご覧いただけたらと思う。note.com

*12:主として政府の資料